2011年11月16日水曜日

生まれ変わり反論仮説その2

(その1からのつづき)

(2)潜在記憶仮説

「潜在記憶」とは、通常の意識としては忘れてしまっており、全く記憶に出てこないのですが、実は潜在意識に蓄えられている記憶のことを言います。したがって、潜在記憶仮説で、被験者里沙さんの知るはずがないというタエの語り、ラタラジューの語りを解釈すれば、次のようになるでしょう。
里沙さんの証言は、彼女の自覚としてはそのとおりだが、記憶を忘れ去っているだけで、実は潜在記憶として、情報の貯蔵庫に蓄えられているはずだ。潜在意識が、情報の貯蔵庫に蓄えていた様々な情報を巧みにつなぎ合わせ、加工・変形して架空のタエやラタラジューの前世物語を作りあげ、フィクションとして語ったものだ、という説明になります。
確かに、催眠状態にあるクライアントは、セラピストの指示に従順に従おうとし、期待に応じようとする傾向があることは「要求特性」として知られています。
したがって、過去に得てきた情報を総動員して、架空の人格を作り上げ、それを自分の前世だと語る可能性は否定できません。
イアン・スティーヴンソンも、前世記憶と思われる数事例が、実は潜在記憶によるフィクションであったことを催眠を用いた実験によって確認しています。
こうしたことから、アカデミックな催眠研究者のほとんどが、前世記憶は、催眠中の要求特性によって潜在記憶が編み出したフィクションに過ぎない、と切って捨てるということになります。
しかし、タエの語った検証一致率8割超の事実を潜在記憶仮説ですべてを説明するのは、まず不可能のように思われます。
ラタラジューのネパール語会話に至っては、架空の人格がネパール語会話ができるはずがありません。
また、里沙さんがどこかでネパール語を偶然耳にし、それが潜在記憶として働き、ネパール語会話ができたのだ、という説明はネパール語と接する環境が皆無であった調査結果からまず成り立つ余地はありません。
その1で述べたたように、通常の手段による意図的情報収集でも、タエの語ったあれだけの内容は取得できないと思われます。
それはラタラジューの語った内容についても同様です。たとえば、「78」という数え方を「8と70」という現代ネパール語では使用しない古い数え方をすることを、里沙さんはいったいどこで聞いて、潜在記憶として蓄えたと考えられるのでしょうか。それでも、どこかで、偶然に、聞いたにちがいない、と主張するのであれば、牽強付会の誹りを免れないと言うべきでしょう。
こうして、偶然の経緯で、しかもインターネットなどの手段を使わず、タエやラタラジューの語り諸内容を知ることは、まずあり得ません。したがって、そうした内容を潜在記憶に蓄えていた可能性も、まず考えられません。
タエの語りにおいて、小説『浅間』は、出版から二年しか経っていませんので、それを読んでいて忘れるということも、まず考えられません。
また、潜在記憶仮説では作為は否定されますので、タエが「噴火」という言葉を知らないような態度を取ったことも、説明できません。
これらのことから、潜在記憶仮説が成り立つ可能性は棄却できるでしょう。
(つづく)

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