2020年4月1日水曜日

浄霊療法によるパニック障害改善事例

    SAM催眠学序説 その131


ここに紹介するのは、原因不明のパニック障害に10年間苦しんだ女性クライアントA子さん(40歳)に、2020年1月18日にSAM前世療法をおこない、その後の3ヶ月間の彼女の改善経過報告を、そのまま転載した事例報告です。


10年間にわたるパニック障害の原因が、SAM前世療法中のプロセスで顕現化させた曾祖父夫婦の2体の未浄化霊の救いを求める訴えであることが分かり、未浄化霊へのわずか1回の浄霊作業によって、即効的で顕著なパニック障害の改善効果が得られたという事例です。

クライアントA子さんが、快く改善報告の公開を承諾してくださったので掲載できました。
A子さんにはこの場を借りてあつくお礼申しあげます。

なお、A子さんが特定されるおそれのある個所、症状の改善に直接関わりのない個所は省略してあります。
また、省略によって文脈上前後の事情がわかりづらい個所は、必要かつ最小限の接続詞などの付加を施してあります。

以下にクライアントの報告をそのまま転載します(ゴチック部分は稲垣)

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1 セッション前までのA子さんの症状の報告

私は、平成14年4月から製薬会社で抗がん剤の営業マンをしていて、平成21年夏頃、突然、出張中の飛行機の中でパニック発作を起こし、以来、パニック障害に非常に悩んでいます。
最初は心臓病かと思い、飛行機を降りると心臓が口から出て行く様な動悸や、冷や汗が消えるので、今病院に行っても原因が特定出来ないだろうと思って循環器内科に行かず我慢して過ごし、この発作と精神的マインドが比例して起こると気付いて、1年後、平成22年に初めて精神科に行き、パニック障害と診断されましたが、なかなか病気を受け入れられず、治療もせずに、自己研鑽の為に産業カウンセラーの資格取得のためにカウンセリング面接の練習をしていました。

そして、 飛行機から逃げたい自分を受け入れた結果、ある日、沖縄から福岡への出張で那覇空港で飛行機に荷物を預けたのに、ゲートをくぐれず、飛行機に乗らずに、泣きながらタクシーに乗り込み、空港から逃げて家に帰ってしまい、もう飛行機に乗る事が出来ないと会社にも報告し、同僚にも病気を打ち明けました。
最初は夫が一緒だと飛行機に乗れたので、何とかやり過ごしましたが、平成26年に仕事を辞める結果になりました。

その後すぐ精神科で薬物治療も始めました。
一旦、パニックが治った感じがあり、自信を取り戻し、ふたたび別の医薬品会社に再就職して、営業の仕事をしていたのですが、平成28年夫が一緒でも飛行機に乗っていてパニック発作を起こした事をキッカケに、夫が一緒でも飛行機に乗れなくなりました。
もちろん精神科でも治療は続いていたのですが、新幹線でもパニック発作を起こして、一人で乗れなくなり、バスや地下鉄も避けるようになり、渋滞の高速道路でパニックを起こした結果、上司に営業車の運転が危険と判断され、2年働いていた製薬会社を平成29年に辞めざるを得なくなりました。

生きる自信もなくなり、精神科で処方されたハルシオンを大量に飲んで自殺を図りましたが、沢山寝ただけで、生きていました。
何とかやる気を取り戻し、病気のせいで退職勧奨を受けた悔しさと、こういう労働者さんが他にも居るだろうから、私はパワハラ・セクハラや退職勧奨されて困っている労働者の人達の役に立つ仕事がしたいと思い、1年間勉強に集中して、社労士資格を取得し、国家試験合格後すぐ早速社労士の仕事を平成30年から始めましたが、結局、公共の乗り物に乗る事と渋滞の高速道路が怖くて積極的に仕事が出来ず、会社も徒歩5分の社労士法人事務所で働き、本当はパワハラ・セクハラ防止セミナーの講師の仕事などしたいのに、遠い住所の会場をみただけで萎縮し、なかなか仕事も一歩先に行けない、怯んだ自分が悔しくて悔しくって、なぜパニック障害で、怖くて乗り物に乗れないのか、悔しくて歯がゆくて、それを乗り越えられない自分が情けなく、恐怖心に負けている自分が嫌で、治したいのに、乗り越えられなくて、本当に悩んでいます。
この恐怖心を打破して、以前の様に広い世界で自由に悩まず乗り物に普通に乗りたいです。

パニック障害になって、この病気の事を考えない日は無いです。
そして、なぜ乗り越えられないのか、情けなさと悔しさはいっぱいなのに、どうしても勇気が出ないです。
それに、恐怖心から乗り物から逃げて、仕事も、本来もっと色々と経験したいのに、場所を見たら顧問先も受付けられず、現在の社労士の上司からは仕事に消極的で士業には向いて無いのではないかと言われました。(現在の社労士法人の上司、同僚には病気の事を隠しています)
もう、パニック障害で、逃げる自分に負けて、世界を狭くしている状況を治したいのです。
どうか、先生のお力で、パニック障害が治ったり改善された方がいるなら、是非カウンセリングセッションを受けさせて下さい。
お願い致します。

付け加えると、父も26歳位からパニック障害だったそうですが、私のパニック障害発症と交代するようにこの頃から飛行機に自由に乗れるようになり、パニック障害を克服したと言っています。
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上記のような主訴を受け、2020年1月18日にSAM前世療法のセッションを実施しました。
5年間にわたる精神科医による薬物治療でも手に負えないパニック障害を、果たしてSAM前世療法で改善できるのか、セッション実施を即座に決断することはできませんでした。

しかし、『SAM催眠学序説 その126 事例その2』で紹介したような飛行機恐怖症の顕著な改善事例もあり、現行精神医学では治癒が困難で原因不明な症状にこそ、SAM前世療法の出番と存在意義があると考え、セッション実施を承諾しました。

クライアントには、くれぐれも過大な期待をしないように念押しし、これまでのSAM前世療法の累積から、成果を挙げてきた改善可能性のある手立てをすべて試みる、という条件で施療することにしました。

SAM前世療法の定式にしたがって、「魂状態の自覚」まで誘導し、まずは魂表層に存在する前世の者たちのうちパニック障害に関わって何か訴えや警告をしている「前世の者」を確認しましたが顕現化することはありませんでした。

次に、パニック障害を引き起こしている「生き霊」がいるのなら憑依を許可することを告げましたが、生き霊の顕現化もありませんでした。

さらに、ご先祖の未浄化霊で、パニック障害を引き起こして、子孫であるクライアントに苦しみと救いを訴えている「未浄化霊」の憑依を許可したところ、男女2体のご先祖の未浄化霊の顕現化が起こりました。

クライアントは、霊感は強いようでしたが霊媒体質ではないらしく、憑依した未浄化霊は口頭で答えることはできません。
そこで、わたしの質問に指で応答するように指示し、対話を進めました。

催眠から覚醒後のクライアントに、2体の未浄化霊とわたしとの対話内容の記憶を尋ねると、この間の記憶がほとんど抜け落ちており、催眠性健忘が生じていました。

どうやら、顕現化したのは実家の祖父の両親の未浄化霊であるらしく、A子さんにとっては曾祖父母であるらしいことが判ったところで対話を切り上げました。

未浄化霊は、霊ではなく「残留思念の集合体」である、とするSAM催眠学の仮説では、死後、魂の本体は、すでに行くべき次元に旅立っており、魂の表層に存在し、生前は「現世の者」であった人格に、この世に置き去りにしてきた残留思念がやって来て統合されることを待っている、とする仮説を立てています。
そして、魂の表層を構成している前世の諸人格が欠けることなく完全な形なると、次の生まれ変わりが可能になると考えています。

こうして、旅立つべき次元へ旅立ち、その次元で待っている魂の本体と統合するように説得し、納得を確認したのち、それぞれ1体ずつへの浄霊作業をおこないました。

宗教者ではないわたしの浄霊作業の本義は、どこまでも対話による未浄化霊の苦しみと救いを求めていることへの共感と理解であり、般若心経を唱えることは新しい次元(霊界と呼ばれている)への旅立ちへのきっかけとなる道具だと位置づけています。
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セッション後のA子さんの経過報告(3日後)➊ 

1/18はセッションのお時間を下さりありがとうございました。

無事に、研究室から名古屋までの帰りの1時間かかった名鉄電車も、翌日名古屋から博多までの新幹線も、抗不安薬(レキソタンというお薬)を飲まず、福岡まで帰り着きました。

久しぶりにレキソタンを服用せずに、電車に乗ることができました。

博多までの新幹線で、途中で発作が起こりそうになった時があったのですが、催眠中に指示されたことに従って3つ数えて息を吸い、5つ数えて息を吐いたら、すっと落ち着き、呼吸法で落ち着けた事は何と初めての成功でした。
とりあえず、もう浄霊もしたはずだから今パニック発作を起こすなら、もはや自分自身の問題と考え、この数年間、パニック障害と付き合って来て、考え方のパターンが出来上がっていて定着してたんだなと、認識を持てました。

今まで、勉強して知識上では考え方のパターンがあると理解してはいたのですが、冷静に自分の考え方の分析したのは初めてでした。そしてパニック障害になっていなかった発症前と比較してみました。
それらのことを新幹線に乗りながら分析していました。

簡単に書きましたが、
これがセッション後気付いた変化です。
また後日改めてセッションの御礼メールを致します。


セッション後のA子さんの経過報告(41日後)➋

お久しぶりです。

1月18日のセッション後、2月から新しい職場で仕事も始め、1カ月経ちました。
あれから、般若心経を書き写し、ひらがなの読み方を調べ、毎日唱えています。
気になるのですが、光の玉みたいな感じで、何かが見える様になり、もしかしたら霊感が強くなってるのかもしれないです。

主人から、以前より明るくなって、以前はネガティブな発言が多かったらしいのですが、ほとんどネガティブな発言はなくなった、元気になってるよ、と言われます。
先生のご依頼に従って3項目を設けて経過を報告します。

1、病院のドクターの見解

セッション前、先生の研究室へ伺うために名古屋行きの新幹線と、名古屋から岐阜県可児市までの名鉄電車に乗った時以来、セッション直後からはレキソタンと言う抗不安薬を一回も飲んでいません。
これをドクターにも報告したら、改善しているから、このまま様子を見よう、と言われました。
あと、以前は〇〇しなければならない、とか、飛行機に乗れない自分を責めていました。
でも、今は何故あんな色々とこだわっていたのだろう?と感じます。
飛行機に乗らないなら乗らないで良いのではないか?という様な感情です。
社会保険労務士の勉強も、以前は脅された様に勉強し、仕事が終わった後寝る前も勉強し、常に自分を追い込んでいました。

これは、精神科医によると、脅迫観念が改善した事から、色々と受け流す事が出来て、病気が改善してるからだと言われました。
何かに取り憑かれた様に勉強し、さらに受からないと自分に価値は無いというような脅迫観念が強く、勉強する事で安心感を得ていました。
おかげで1年で合格出来た事が唯一の救いでしたが、仕事を始めても自信がなく、引っ込みがちで、上司から士業が向いてないのではないかと言われて、自信喪失になりました。
どこかに所属しておかないと怖くて、転職活動を焦って行い、2月から新しい会社に入りました。
このどこかに所属しておかないと安心感がないのも、パニック障害や脅迫観念の強い病気の特徴らしいです。

2月からの新しい職場では、仕事中もパニック発作がなく、抗不安薬無しに生活でき、会議でも発言して、積極的に仕事が出来るようになり、私が法的な見解も自信満々で答え、仕事もバリバリ引き受けるので、早速、上司の弁護士から、高い金額が必要な、社労士登録も、又、毎月の登録料(会費)も会社負担にするから社労士会に登録しないかという、有り難い提案を受け、三月に、社労士登録もしました。(2月に申し込むと3月の登録になる)

抗不安薬無しに、会議や友人と面会もでき、自然な私でいられます。
以前は広場恐怖で、薬を飲んでいました。
そのおかげで、以前の会社では、不自然に元気で、周りからいつも、明るく元気で天真爛漫な人と誤解されていました。
今は、薬無しに、自然な私の姿でいられるのが有り難いです。

2、薬物服用の変化

一月から始め、以前は飲み続けられなかった、抗ウツ薬SSRIは、半量でも効果が出ていると言う事で、半量に減量して毎日続けています。
SSRIは以前は副作用の吐き気、倦怠感、下痢、眠気が酷く、飲めなかったのです。
今は、一応飲み続けています。
また、精神科の医師は、私の病気については、先程書いた様に、改善していると言う見解です。
特にレキソタンと言う抗不安薬を飲んでない事はすごいね( ゚д゚)と言われ、飲んで無いから残薬が大量になり、ここ数年ぶりで始めて、先月は処方されなかったです。
3/10に診察予定ですが、多分又処方されないと思います。残薬が一錠も減ってないからです。

3、SAM前世療法を受けて

1/18にセッションを受けたばかりなのに、私の記憶が曖昧になってきているのです。

しかし、何故、催眠中に般若心経が怖いなんて言ったのか本当にわからないです。
でも、あの時ハッキリ、私は般若心経が怖いと言いましたが、まるで、熱いものに触ったら無意識に手を引っ込める反射の様に、私は勝手に般若心経が怖いと無意識に言っていたのだけ覚えています。
また、般若心経は、非常にリズミカルで気持ちが落ち着きますので、現在は唱えていますが、以前の様に、咳が止まらなくなったり、発熱が引かなくなるなんていう現象は起きていません。
以前は般若心経を唱えて咳と発熱で、抗生剤を1カ月飲んでも熱が下がらず、原因不明で、ステロイド療法までしたのに。
その時は、結局、般若心経を唱えるのを辞めたら解熱したのですが、、、。それから般若心経は避けていました。
今は、毎日毎晩般若心経を唱えています。でも風邪も、引かず元気です!

なんと、いきなり思い立ったかのように1/20から、レキソタン飲まず、ホットヨガを習いだし、ホットヨガなので、窓もない熱いサウナみたいな空間で、1時間決められた時間に通っています。
これも、実は、一般人には理解出来ない事だと思いますが、窓もない狭い閉所空間に1時間もいられるなんて、私にとっては信じがたいすごい事なのです。

以上が経過報告です。
40日ほどしか経ってないので、こんな感じですが、また何かあれば報告します!
本当にありがとうございました!

セッション後のA子さんの経過報告(62日後)➌

A子さんに電話を入れ、セッション2ヶ月後の経過を確認したところ、前述41日後の経過報告と変わりなく、元気に新しい職場で活躍しているということでした。
元気な顔をわたしに見せるために、わざわざ顔写真を貼付してPCメールで送付していただきました。

4、総括

セッション直後から、それまで服用していた抗不安薬レキソタンの服用なしで、名古屋から博多まで新幹線に乗れたこと、セッションから62日後の現在は、乗用車の運転も可能になっていること、飛行機の搭乗については、はまだその機会がないので搭乗可能かどうかは不明だがパニックの起こる不安はないこと、新しい職場で積極的に仕事に励んでいること、などの報告を総合的に鑑みて、SAM前世療法1回の施療によってA子さんの パニック障害は、速やかな改善に至ったものと判断できると思われます。

SAM前世療法独自の技法によって、クライアントを「魂状態の自覚」まで催眠深化させ、そこで意図的憑依を試み、顕現化したご先祖の未浄化霊2体それぞれへの、たった1回の浄霊作業によって、このような顕著な改善が可能になったことには、セッション当事者のわたし自身が驚いていますが、クライアントの事後報告が明らかに示しているように、紛れもない「意識現象の事実」です。

このような、顕現化させた未浄化霊への浄霊作業による顕著な改善効果は、事例こそ多くはありませんが『SAM催眠学序説 その126 事例その2』で紹介したように、飛行機恐怖症(閉所恐怖症)男性の顕著な改善事例があり、たまたま、まぐれで、偶然に起こったとは思われません。 
それ以外にも、原因不明の偏頭痛の改善事例、原因不明の足の甲の疼痛の改善事例、統合失調症の改善事例などがあります。


ちなみに、浄霊作業の対象であるご先祖2体の未浄化霊の身元について、A子さんのセッションから4日後に届いた手紙の中で、彼女は次のように書いています。

(前略)
台湾からの引き揚げ者であった、私の姓○○の祖父の両親について、どうして台湾に移ったのか、又、日本ではどこに住んでいて何をしてどこで亡くなり、どこにお墓があるのか、なんという姓名だったのかすら知らず、父に聞いてもはぐらかされるので、もう聞いてはいけない事と思って心にしまっていました。
台湾から引き揚げて、日本に着いた時、祖父一人だけ勝手に姓が「○○」になっていてショックを受けた話を、私の母が父と結婚する際の結納式の時に聞いており「だから○○の姓はおじいちゃんの家とうちの家だけ」と聞いています。
又、祖父の両親は、祖父の若い頃亡くなっており、祖母と結婚した時には、すでに亡くなっていたと聞いています。
なぜ亡くなったのか知りませんし、祖父方の他の兄弟についても、何人いたのかどこに居たのか、何という姓かも存じません。
ただし今回、先生のセッション中、はっきり「おじいちゃんのお父さん」が白黒写真のように見えたのです。
大変な苦しい気持ちの中で亡くなったようです。
祖父の両親がどこで眠っているかも判らないのですが、天に祈ろうと思います。
(後略)

この文面によれば、顕現化した男女2体のご先祖の未浄化霊の身元は、実家の祖父の両親(A子さんにとっては曾祖父母)であると推測できると思われます。

こうして顕現化した未浄化霊の身元がほぼ特定できたという点からも、本ブログの掲げる理念である「生まれ変わりの実証的探究」に適った大変貴重な事例だと考えています。

付言すれば、A子さんの父親のパニック障害治癒と入れ替わるように、彼女がパニック障害を発症した事実は、救いを求めていた曾祖父母である2体の未浄化霊は、最初孫である父親に救いを求め、次いで曾孫であるA子さんに交代し、救いを求めてきたのかも知れないと推測できるように思われます。

そして、『SAM催眠学序説 その126 事例その2』で紹介したような飛行機恐怖症の顕著な改善事例も、その原因であったご先祖の未浄化霊への浄霊作業によって即効的改善の起きたことを重ね合わせて考えてみると、そうした霊的存在とそうした存在による心理的、肉体的な様々な症状の発現がありうることを事実として認めるしかないのではないでしょうか。

とはいえ、わたしは唯物論精神医学による薬物治療効果を否定しているわけではありません。
そうではなく、唯物論精神医学は、少なくとも現時点において、けっしてオールマイティではない、と主張したいと思っているのです。
原因不明な精神疾患の中には、ここに紹介したように、霊的存在による、いわゆる霊障と呼ばれる症例の事実があることを認めるべきではないでしょうか。

また、『SAM催眠学序説その115』、『SAM催眠学序説その130』で紹介してきた「生き霊」という霊的存在についても同様です。

このような霊魂仮説を持ち出すだけで、非科学的だと決めつける、唯物論の枠組みだけに固執せず、霊的存在をも視野に入れた柔軟な思考態度と、症状理解への対応が必要であることを主張したいと思います。

2008年にSAM前世療法を創始し、霊魂仮説によるセッションの累積は、まだ10年余しかありません。
この先も、セッションを累積して霊魂仮説による実践と検証を地道に続けたいと思います。

なお、これまでのSAM前世療法の累積による現時点の到達点が、『SAM催眠学序説 その124 SAM前世療法の重要仮説用語集』としてまとめてあります。

どうぞご覧ください。

2020年3月5日木曜日

「生き霊」への除霊療法による改善事例

    SAM催眠学序説 その130   


今回紹介する記事は、ブログ「宝田昌子『素敵なあなたに微笑みを』SAM前世療法北陸」の
管理人宝田昌子さんの記事です。
彼女は、わたしの主宰する催眠塾の卒業生です。

彼女が、3年前わたしの元へSAM前世療法セッションに最初に訪れたときの主訴は、毎夜の歯ぎしりがひどく、歯科医から、犬歯にひびが入っているのでこのままでは歯がもたない、という診断が下りたことでした。
歯ぎしりの原因を探るため、魂状態の自覚まで催眠を深化したところ、そこで顕現化したのは、理不尽な嫉妬に狂ったと思われる隣家の主婦の生き霊でした。
このことから分かるように宝田さんには、被憑依体質、霊媒体質があると思われます。

今回も、彼女に起きた不都合の原因が、誰かの生き霊の憑依によるものではないか、という直感から、セッションをおこなったその記録です。
彼女の場合、生き霊とおぼしき意識現象の顕現化中の記憶には、一部に催眠性健忘による記憶の途切れはありますが、生き霊の語った内容や自分の身体反応が正確に再現されています。

生き霊の顕現化現象については、「SAM催眠学序説その115」ですでに記事にしていますが、今回のセッションは、それにもまして奇怪で凄まじい顕現化現象といえます。
こうした点からも貴重な記録だと思われます。
彼女から、記事の転載を許可してもらいましたので、以下に紹介します。   
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令和2年2月末から
突然、気絶したように意識が飛んで寝てしまう。
(お風呂に入り、シャンプーをしていても)
寒気が治まらない。
電話の相手が電話を使用していないのに
通話中になって連絡がつかない。
重要なメールの内容が上手く返せない。
重要な話が出来ない状況が続く。
物事が前に進まない。それどころかトラブル直前まで進んでしまう。
何故か特定の相手の事ばかりが思い出したくないのに頭をよぎる。 (Aさんの事で何か執拗に心に入ってくるような嫌な感じです。)

なんとも言えない暗澹とした思いが、心を覆い隠し始めていたんです。
このまま昔に戻った方が楽なのではないか?そんな事さえ考え始めたとき

「夜明けが  一番暗い!!」 


と突然直感が降りてきたんです。
私は、やっと正気に戻ったように私自身を奮い立たせ日常を送ることが出来たんです。

令和2年3月3日
SAM前世療法創始者稲垣勝巳先生にセッションをお願いしていたんです。
そして最近の不可思議な出来事を稲垣先生に聞いてもらったんですね。

「電気関係の不都合や寒気や眠気を起こさせるのは 誰かの生き霊の仕業かもしれないね。 試しに魂の自覚状態まで遡行した後、 生き霊に憑依することを許可してみようか。憑依が起きたら説得して もう二度と憑かないように除霊をしてみますか?」との問いに戸惑いながらもお願いすることにしたんです。

セッションが進む中
「この者に憑依してきた生き霊がもしいるならね、 この者に憑依することを許します。 言いたいことがあるなら言ってごらんなさい」

すると私の顔がどんどん憎悪の形相に歪んでいくのが分かるんです。
犬がうなるときのように、牙を見せるような歪んだ口元。
鼻筋にしわが入り、憎々しく顔を歪めた表情に変わっていき、ふだんの私とはまったく別人のような気味悪い悪相になっていったそうです。

稲垣先生が私の事についてお話をしてくださっていると、

 そんな事知ったことではない・・・・。
 そんな事知ったことではない・・・・。

と心の中で何度も唱えます。
次第に感情が大きくなって声に出し始めたんです。
最初は小さくぼそぼそと言っていたかと思うと、どんどんその声は大きくなり始めたんです。

「そんな事知ったことではない・・・。」

「そんな事知ったことではない・・・」

「そんな事知ったことではない!!」


生意気よー!! 生意気なのよー!!!」 


「私の力を返せ!!」 

「私の力を返せ!!」 

「私の力を返せー!!」


部屋中に生き霊に憑依された私の声が響きます。
獣のように呻き声を出し、声を荒げるとさらに興奮したように暴れます。
挙句には叫びはじめたんです。
事情を知らない人が見ると錯乱状態に見えたと思うんですね。
後で稲垣先生にお聞きすると、 稲垣先生の腕にグーッと私の爪をくいこませ、女性ではとても信じられないほどの、もの凄い力で暴れようとしていたのだそうです(このときの記憶はありません)。
普通の腕力の男性では到底押さえ切れなかっただろう、と話されていたんです。
「あれは、演技では出来ないな・・・」
と最後にポソリと言われたんです。

さらに暴れようと抵抗する生き霊に稲垣先生が
「この者はね、何にもしていないでしょ。 それどころかあなた、この者に〇〇〇なことをしたり 〇〇〇なことをしているじゃありませんか」
生き霊は、鼻で笑って

「何が悪い。何が悪い!!」

「私の力を返せ!!」

「私の力だ~!!」


怒りに任せて、「まだわからないのか」と言わんばかりに何度となくわめくんです。
私をさげすんだ、 生き霊のおぞましい憎悪の思念の波動が伝わってきたんです。
身体の中心から突き上げるように、全身から怒りのエネルギーが爆発しているようでした。

 「私の力だ!!私の力を返せ!!私は悪くない!! こいつが目覚めるから悪いのよ!!」

 「こいつが目覚めるからわるいのよー!!」

「こいつが目覚めるから悪いのよー!!!!!!」

 「私は今まで頑張ってきた!!頑張ったのよ!!私の力よ!!」 


稲垣先生は、私に憑依して暴れる生き霊の肩を両手で押さえ込みながら話します。
「でもね、これはあなた自身の力じゃない。 この者の前世者たちの力を借りていたのだ。 そして、この者が覚醒する時熟の時が来たんです」
生き霊は、まったく聞く耳を持たず力の限りわめき散らします。

「こいつが目覚めるから悪いのよー!!」

「こいつが目覚めるからわるいのよ~!!」 

「嫌よ~!!私の力なのよ~!!」


何とかして、稲垣先生の手をふりほどいてやる、邪魔をするな、私の力だ私の力だ、そんな感情だけがはち切れんばかりに噴出し、何度も何度も叫ぶんです。

 「私の力を返せ~!!」

「私の力を返せ~!!」


 稲垣先生は、動じることなく生き霊に話します。
 「これはね。神が決めた事なんです。 今まであなたを守護していた、 この者の前世の者たちがいなくなると あなたの霊力は確かに弱まるでしょうけど。この者に逆恨みの憎悪を抱いている 今のままじゃ、神に罰せられますよ!!」

生き霊は稲垣先生の言葉が 胸に突き刺さったようでした。
動きは止めませんでしたが、 一瞬心が静かになって、私の前世さんの名前が書いてある掛け軸が 、すっと暗闇の中へ消えてい行く様子が 見えたんですね。
それは、Aさんの家にいつも祀ってある私も見慣れた掛け軸だったんです。

 「嫌よ~。神様・・・。行かないで行かないで・・・」
 「嫌よ~。嫌よ~」

生き霊は、何かを悟ったかのように どんどん大人しくなっていったんですね。
Aさんの生き霊らしいものは 稲垣先生に説得され、不動明王の真言と般若心経を唱えられて除霊されたようなんです。


10年余りSAM前世療法のセッションをしてこられた 稲垣先生も、顕現化した霊現象でこれほど怖かった体験は 2例しかないとの事。
それほど憎悪の思念が強烈な生き霊だったようです。

私は、生き霊を発していたと思われるAさんに対して、全面的に信頼がおけると思っていただけに ちょっとショックだったんです。
けれども、いま振り返って思えば、 Aさんにはここ数年前からとり始めていた私への不可解にしか思えない断定調の言動があったんですね。
特定の神社参りの禁止や祝詞を唱えることの禁止など、その理由を明かさないで一方的に言われてきた批判的言動のわけがようやく分かったような気がしたんですね。

Aさんは私の霊能力がだんだん覚醒し始めたことに気づき、私がAさんへの依存から離れようとし始めたことに気づいて、それを止めようとしていたかもしれないのではないかと。
そして、私がSAM前世療法を自らおこなうことによって、これまでAさんの業務独占状態であった霊的問題相談の仕事に侵入してくるかもしれないと、不安と嫉妬を抱くようになっていったのではないかと。
ただし、この推測は、どこまでも憑依した生き霊はAさんが発していたもの、という仮定に立った、私の直感でしかありません。


生き霊を憑依させる前、稲垣先生は私の前世さんを呼び出されていたんです。
私の前世さんは、私の名前を呼んで
「目覚めた・・・。目覚めた・・・。目覚めた・・・」
とふわふわとした気持ちでとても喜んでいたんです。
 顔はとても穏やかで「柔和」と言う言葉がぴったりの前世さんです。

 稲垣先生が質問します。
「あなたは自分の意志でAさんを守護していたのですか? 神に命令されて守護していたのですか?」
と聞かれ、前世さんは答えはしなかったけれど、稲垣先生から顔を反らし左手を痛いほど握りしめて 涙をこぼしたんです。
前世さんの本意ではなかったのだと伝わってきたんですね。

SAM前世療法では、 依頼されたセッションを成功に導くために、必要に応じて 「未浄化霊の浄霊」、「生き霊の除霊」をしているんですね。

稲垣先生の下記二つのブログ記事をお読みいただくとわかりやすいです。

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ブログその1

稲垣勝巳生まれ変わりの実証的探究
 samzense.blogspot.com

2019年10月18日金曜日

「未浄化霊の存在についての考察」   

SAM催眠学序説 その126

SAM前世療法のプロセス最終段階で、潜在意識に「魂状態の自覚」に至るまで導かせるという「魂遡行催眠」は、SAM前世療法独自・固有の催眠深化技法です。
この「魂遡行催眠」中には、クライアントに憑依していた未浄化霊が顕現化するというきわめて興味深い意識現象があらわれることがあります。
わたしには、事前に未浄化霊の憑依を感知する能力はなく、未浄化霊が自ら顕現化することをもって、そうした存在が憑依していることを認めざるをえなくなったということです。  

未浄化霊は、救いを求めて顕現化するらしく、説得によって憑依を解かなければ魂状態に至ることができないので、セッションの遂行上、説得による浄霊という儀式をやむなくするということです。
そして、事前に未浄化霊の憑依の有無を知る方法はありません。

したがって、SAM前世療法は、浄霊を目的とするセッションをすることはありません。
また、顕現化した未浄化霊と口頭で対話できる現象は多くはありません。

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ブログその2

2018年7月20日金曜日

「元妻に憑依した夫の生き霊との対話」   

SAM催眠学序説 その115

「生き霊」との対話セッション逐語録

 「生き霊」の真偽について科学的検証、証明は不可能だと思われます。 生き霊を飛ばすという行為は意図的におこなわれることより、多くは無自覚のうちに飛ばしているらしいことが言われているからです。
そうなると、無自覚に生き霊を飛ばしている当事者本人に「あなたはA子さんに生き霊を飛ばしていますか?」などの確認の検証をすることは無意味に違いありません。
 また、生き霊は、意識体ですから、その意識現象としての憑依を科学機器による映像化や計測化など可視化ができず、科学的、客観的検証や証明はできません。
できることは、状況証拠を慎重に考察し、その累積から共通項を抽出して間接的な証明をすることしかないと思われます。
 生き霊とはいかなる意識体か。
 SAM催眠学では次のように暫定的な定義をしています。
 生き霊とは、「耐えがたい嫉妬の体験をしたために、魂表層の『現世の者』から分離した嫉妬の思念の集合体であり、意志を持つ人格としての属性を備えたもの」である。
 したがって、生き霊とは、意志を持つ人格として見做される「見做し人格」と言えるでしょう。
この定義によるSAM前世療法のセッションの目的は、生き霊をクライアントに顕現化させ、生き霊との対話をおこなうことによって説得し、納得させ、生き霊を飛ばしている本体である「現世の者」に統合させることです。
その結果として、生き霊の憑依がおさまるであろう、と考えることが、生き霊療法の治癒仮説です。
そして、生き霊の憑依が起きているのではないかと推測されるような、体調の悪化や情緒不安定、憑依様の人格変化などの原因不明の意識現象・身体現象が、少数ながら確かにあるようです。
 単なる思い込みや憑依妄想では解釈できない霊的現象があるようです。

https://samzense.blogspot.com/2018/07/
『稲垣勝巳生まれ変わりの実証的探究』より抜粋
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SAM前世療法 北陸では、
他にも前世さんにしがみついている未浄化霊を 浄霊する事例が何件も出ています。
前世さんを呼び出しヒーリングをした後、 寒気が止まらない。
体から冷気が出ている状態の時に未浄化霊が出てきます。

 女性に首を絞められているのが見えるクライアント
 夢で見た殺した人が、出てきたクライアント
浄霊をすると体中から何かがバーッと出ていくことを感じるクライアント

人それぞれ感じかたは違いますが 、前世さんを恨んで一緒に転生している未浄化霊がいることははっきりしているんです。

 

『生き霊が出てくるきっかけとなった出来事』


数年前。SAM前世療法に出会い、セッションを受ける度、私の霊能力に対する封印が次々解かれていったんです。
封印が解かれるたび、不思議な霊現象が起こるようになったんです。
「もしかしたら私の人生変わるかもしれない 変わるなら、変えたい。最後のチャンスだ」そう思っていたんです。

その当時、実家との関係や家庭生活などが何もかも上手くいかなかった私にとって、SAM前世療法は最後の頼みの綱でした。
SAM催眠塾へ入塾。更に、毎月のように稲垣先生にセッションをお願いし、富山から岐阜に通いつめたんです。

後先考えず行動している私に稲垣先生は、
「こんなに通って、家族は心配しないんですか?」
と聞いてこられた程です。
『死にたい』思いから、『死んでもいいわ』と覚悟を決めた私にとって何も惜しいものはなかったんですね。

風の噂で霊能者Aさんの霊力が最近弱まっていると聞いたんです。
その頃もAさんにお世話になっていましたし、信頼し切っていましたので、ただの噂だと思っていたんです。(お世話になったというよりAさんに依存していたのだと思います)

令和2年2月末。

何も知らないはずのクライアントの前世さんが催眠中に顕現化し伝えてくれたんです。

◯◯◯は、あなたの前世だ。
〇〇の時代にあなたの◯◯◯という前世は、Aさんの〇〇と言う前世に殺されている。

それをわかってほしいから
私の前世を指し示す品物が何十年も前から保管され、今私のもとへ集まっているというのです。
そして、伝えてくれているクライアントの前世さん自身も 、Aさんの前世に呪い殺されているらしいのです。
 
Aさんの前世は、人を支配し好き嫌いが激しかったそうで、Aさんの弟だったクライアントの前世さんは 、「ただ真面目に村のために努力していたのに殺された」と伝えてくれました。

「 Aには、気をつけろ・・。長生きしてほしい・・・。生きてほしい・・・。生きてほしい・・・」

この言葉が突き刺さりました。いくら時代が違うとは言え、私は殺されるかもしれない。そんな恐怖心に襲われたんです。

Aさんに全く面識のないクライアントが、もし作り話をしていたとしても、その人自身に何の得にはならないと考えると、わざわざ作り話を言いにセッションを受けにきたとは、考えられないんです。

前世さんは、「生きろ」と伝えてくれた。

私の前世を示唆する
掛け軸
ポストカード
エジプトの絵

これは単なる偶然だから信じなくてもいいという私と信じずにはいられない現実に戸惑ったんです。
そして一人の人の意見だけを鵜呑みにすることに危険性を感じているので、これまでの出来事を全く何も話を伝えていない20年来の私の友人に私のセッションを受けてくれるよう依頼したんです。
友人はAさんに数年前、一度だけあったことがあるんです。
これと言って話をしたという事もなく連絡先さえ知らない間柄です。

 令和2年3月1日

友人にセッションをすると、もうすでに待ち構えた状態で友人の前世さんが出てきていたんです。
偶然にもクライアントと同じ時代、同じ職業をしていたの男性です。
友人の前世さんもAさんの前世に殺されたのだそうです。
全く何も伝えていないのにクライアントと同じことを言うのです。
そしてすべて潜在意識でつながっている事を教えてくれたんです。

クライアントと友人のセッションが行われたのも偶然ではない。
Aさんを私の前世の者が守護し、私がAさんのお世話になる。この流れは神が仕組まれたことであり 、私の中にはまだ〇〇と言う前世がいるので、3月3日、稲垣先生に他の前世たちとともに癒してもらうように、と伝えてきたんです。
  頭をバーンと叩かれたようでした。色んな情報と感情が絡まりあって収拾がつかなくなっていたんです。

令和2年3月3日

SAM前世療法のセッションをしていただいて

私が「目覚めた・・・。目覚めた・・・」と喜ぶ顕現化した私の前世さん。
「こいつが目覚めるから悪いんだ~!!」と怒り狂う生き霊の反応。

日常は何も変わらなくて、特別な事も起きていません。
(まだ2日しかたっていないので、これからわかるといいなと思うんです)

ただ、セッションをしたことで、Aさんの本心がハッキリと判ったような気がしたんですね。
セッションで起こったことは聞きたくなかったし信じたくなかったけれど、自分自身の目で耳で、しっかり体験してしまった意識現象の事実を否定することはできません。
この「意識現象の事実」の真偽は、この先しだいに明らかになっていくでしょう。

私の妄想の投影された無意識的な生き霊という役割演技だったのか、Aさんの生き霊による憑依という真実の意識現象だったのか。

前を向いて歩くしかないと思うんです。  見守ってくれる人がいるから、 見守ってくれる前世さんがいるから感謝を忘れず謙虚に進みたいと思うんです。


(転載以下省略)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この生き霊への浄霊療法のセッション後、1週間が経過した現在、

突然、気絶したように意識が飛んで寝てしまう。
(お風呂に入り、シャンプーをしていても)
寒気が治まらない。
電話の相手が電話を使用していないのに
通話中になって連絡がつかない。
重要なメールの内容が上手く返せない。
重要な話が出来ない状況が続く。
物事が前に進まない。それどころかトラブル直前まで進んでしまう。
何故か特定の相手の事ばかりが思い出したくないのに頭をよぎる。 (Aさんの事で何か執拗に心に入ってくるような嫌な感じです)


というような、それまで宝田さんに起きていた不可解な現象がすっかり止んだという報告を受けています。
なお、セッション後の1週間のあいだに彼女に、統合失調症など精神疾患疑われるような後遺症の兆候は一切起きてはいないということです。

残念ながら、このセッションの録音記録はありません。
あまりにも奇怪な現象ですから、被験者宝田さんの創作ではなかろうかという疑念を抱かれても当然でしょう。

彼女の創作ではないことを証明できる、セッション当事者わたし以外の客観的証拠(証人)は、生き霊の発した凄まじい怒声に驚いた家人が、心配してセッションルームを覗きに来たということぐらいでしかありません。

しかし、この浄霊療法セッションが示しているように、生き霊とおぼしき霊的存在の顕現化という意識現象が実際に起きたことは厳然たる事実です。



2020年2月24日月曜日

ワイス式前世療法への疑問 その2

   SAM催眠学序説 その129


前世療法と生まれ変わりに興味のある方は、グレン・ウィリストン/飯田史彦編集『生きる意味の探究』徳間書店、1999を読んでおいでだろうと思います。

最近この『生きる意味の探究』を読み直し、ウィリストンほどの前世療法家がなぜ?と思うことがしきりです。
その「なぜ?」の部分を前掲書グレン・ウィリストン/飯田史彦編集『生きる意味の探究』徳間書店、1999から4点取り出してみます。
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ある人物が、催眠状態で、過去に生きていた人物になりきり、異なる抑揚や調子で話し始め(前掲書P.23)

彼女は過去生へと戻っていたのだ。彼女の名前は、もはやジャネットではなくメアリーだった・・・私の耳に聞こえる声は、東部訛りの成人女性の声から、ソフトな響きの英国少女の声に変わっていた。(前掲書P.26)

退行催眠中に、まったく別の人格が自分の身体を通して語っているのを感じながら、その話の中に割り込むことができなかった。
このような「意識の分割」は、 過去生の退行中に必ずと言っていいほど見られる非常に面白い現象である。
私はのちに、多くの人々からこの現象を何度も観察するようになった(前掲書P.61)

過去生の人格が知る由もない文明の利器の名前を出すと、クライアントは驚いて、催眠中にけげんなそうな表情を浮かべる(前掲書P.121)
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上記i引用部分のを読む限り、ウィリストンは、セッション中のクライアントの語りをあくまで「前世記憶の想起」であるととらえていると思われます。
それは「過去に生きていた人物になりきり」や、「過去生へと戻っていたのだ」というウィリストンの記述から明らかなように思われるからです。

どこまでもクライアント自身の想起する「前世の記憶」だととらえているようなのです。
しかし、では、「別の人格が自分の身体を通して語っているのを感じながらその話の中に割り込むことができなかった」というクライアントの「意識の分割」状態を述べています。

また、ではウィリストンが「過去生の人格が知る由もない文明の利器の名前を出すと、クライアントは驚いて、催眠中にけげんなそうな表情を浮かべる」という奇妙な現象を述べています。

わたしが疑問に思うのは、③④の意識現象をきちんととらえているにもかかわらず、なぜ相変わらず「前世記憶の想起」という解釈にこだわり続けるのか、という点です。

のように、「別の人格が自分の身体を通して語っているのを感じ」るのであれば、前世の記憶の想起ではなく、前世の人格が顕現化してクライアントの身体を通して自己表現しているのだ、と現象学的にありのままに受け取るべきではないでしょうか。

東部訛りの成人女性の声から、ソフトな響きの英国少女の声に変わっていた」というクライアントの声の変質状態を観察しながら、英国少女の前世人格が、ただいま、ここに、顕現化して語っているのだ、となぜ考えることができないのでしょうか。

ま た、のように、「過去生の人格が知る由もない文明の利器の名前を出すと、クライアントは驚いて・・・けげんそうな表情を浮かべる」ことを、ありのままに 受け取れば、「けげんそうな表情」を浮かべる主体は、クライアントではなく、それとは別個の、つまり、クライアントに、「けげんそうな表情」を浮かべさせた主体は、クアライアントではなく、「過去生の人格」そのものだと受け取ることが自然な解釈ではないでしょうか。

これまで、「何千人もの人々と」(前掲書P.23)前世療法をおこなってきたウィルストン が、ついに、「前世人格の顕現化現象」という柔軟な仮説に至ることができなかったのか、わたしには不可解でなりません。

ちなみに、別の人格が自分の身体を通して語っているのを感じながらその話の中に割り込むことができなかった。このような『意識の分割』は、 過去生の退行中に必ずと言っていいほど見られる(前掲書P.61)というウィリストンの記述は、きわめて興味深く思われます。
この記述は、SAM前世療法のセッションにおける、前世人格顕現化中の意識状態である「三者的構図」そのものだと言えるからです。

三者的構図」とはSAM前世療法セッションにおける、「セラピスト」、「クライアント」、「顕現化した前世人格」の三者関係を意味するSAM催眠学の用語です。

「前世の記憶を想起する」という仮説によっておこなわれる一般の前世療法のセッションにおいては、「セラピスト」対「クライアント」の二者関係(二者的構図)によって終始展開されます。
SAM前世療法セッションでは、この「二者的構図」が、前世人格が顕現化した後半から、SAM前世療法の「前世人格を呼び出し直接対話する」という独自の仮説によって起こる、特異な「三者的構図」に移行されるのです。                
セッションの前半では、セラピストのわたしはクライアントの催眠深度を深めるためにクライアントに対して、つまり、二者関係で、「魂状態の自覚」に至るまで徹底して催眠誘導をおこないます。                                 

「魂状態の自覚」が確認でき、魂表層に存在する前世人格の顕現化に成功した時点で、わたしの意識は、それまでのクライアントを相手にすることから、顕現化した前世人格を相手に対話をすることへと変換します。

この変換によって、セラピストの「わたし」対「前世人格」の対話、それを傾聴している「クライアントの意識」という三者的構図に移行してセッションが展開します。
この間、「クライアントの意識」はひたすら傾聴するのみで、わたしと前世人格との対話に干渉することはできません。

 前世人格は、クライアント肉体を借りて自己表現しているのであって(自己内憑依しているので)、対話している主体は前世人格であって、クライアントではないのです。

こうした消息をありのままに報告し実証してくれた、「ラタラジューの事例」の被験者里沙さんの体験報告の抜粋を以下に掲載してみます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なぜネパール人が日本語で話が出来たかというと、現世の私の意識が通訳の役をしていたからではないかと思います。
でも、全く私の意志や気持ちは出て来ず、現世の私は通訳の機器のような存在でした。
悲しいことに、ラタラジューの人殺しに対しても、反論することもできず、考え方の違和感と憤りを現世の私が抱えたまま、ラタラジューの言葉を伝えていました。
カルパナさん(ネパール人対話者)がネパール語で話していることは、現世の私も理解していましたが、どんな内容の話か詳しくは分かりませんでした。
ただ、ラタラジューの心は伝わって来ました。
ネパール人と話ができてうれしいという感情や、おそらく質問内容の場面だと思える景色が浮かんできました。現世の私の意識は、ラタラジューに対して私の体を使ってあなたの言いたいことを何でも伝えなさいと呼びかけていました。
そして、ネパール語でラタラジューが答えている感覚はありましたが、何を答えていたかははっきり覚えていません。ただこのときも、答えの場面、たとえば、ラタラジューの戦争で人を殺している感覚や痛みを感じていました。
セッション中、ラタラジューの五感を通して周りの景色を見、におい、痛さを感じました。
セッション中の前世の意識や経験が、あたかも現世の私が実体験しているかのように思わせるということを理解しておりますので、ラタラジューの五感を通してというのは私の誤解であることも分かっていますが、それほどまでにラタラジューと一体化、同一性のある感じがありました。
ただし、過去世と現世の私は、ものの考え方、生き方が全く別の時代、人生を歩んでいますので、人格が違っていることも自覚していました。 
ラタラジューが呼び出されたことにより、前世のラタラジューがネパール語を話し、その時代に生きたラタラジュー自身の体験を、体を貸している私が代理で伝えたというだけで、現世の私の感情は、はさむ余地もありませんでした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
こうして、ウィリストンの述べている別の人格が自分の身体を通して語っているのを感じながらその話の中に割り込むことができなかった。このような『意識の分割』は・・・必ずと言っていいほど見られる」という記述の『意識の分割』とは、セラピストの「ウィリストン」対「前世人格」の対話、その対話に介入が許されず傾聴しているのみの「クライアントの意識」という三者的構図そのものを示していると解釈しても支障はないと思われます。
つまり、彼の言うクライアントの「意識の分割」状態とは、「現世のクライアントの意識」と「顕現化した前世人格の意識」の二つの意識に分割されて併存している状態を指していることにほかなりません。
しかし、そこには、現世のクライアントとは別個に「顕現化した前世人格の意識」という明確なとらえ方はされていません。
どこまでも、「セラピスト対クライアント」という二者的構図における、クライアントの「意識の分割」状態なのだというとらえ方なのです。

お そらく、ウィリストンが、どこまでも二者的構図における意識の分割」としかとらえることができなかったのは、「あなたは、トンネルを抜け、過去の場面に到達するでしょう」、「目の前に展開している過去の場面を見ていきます」(前掲書P.316)などの誘導法に、 最初から含意されている「前世の記憶場面を想起する」という唯物論的固定観念から、ワイスと同様、ついに脱することができなかったからだ、とわたしには思われます。

そして、不可解なことは、「生まれ変わりの真実性は証明不要なほど確かな事実だ(前掲書P.96)」と断言しているにもかかわらず、管見するかぎり、ウィルストンが前世記憶の検証をおこない、生まれ変わりの科学的事実を証明したようには思われません。
また、「前世の記憶」がどこに存在しているのかについて、一切言及していないのです。

このことは、ブライアン・ワイスも同様です。
まさか前世の記憶が、死後無に帰する脳内に存在しているとは考えられないでしょうに。
仮に「前世の記憶」が科学的事実だとして、彼らはその記憶はどこに保存されていると考えているのでしょうか?

わたしの知る限り、前世療法中のクライアントの語りを検証し、「クライアントとは別の前世人格が顕現化し、クライアントの身体(脳)を借りて自己表現しているのだ」と いう解釈をしているのは、3例の応答型真性異言を発見したイアン・スティーヴンソンだけです。

彼は、「トランス人格(催眠性トランス状態で現れる前世の人格)」 が顕現化して、応答型真性現現象を起こしていると表明しています(『前世の言葉を話す人々』PP.9-11)。
彼は、「グレートヒェンの事例」で、グレートヒェンが応答型真性異言を語るセッションを目前で見学し、クライアントが脳内の「前世の記憶」として、応答型真性異言を語っている、という固定観念の不自然さ、不合理さに気づき、「前世の記憶」ではなく、「トランス人格そのものが顕現化」して語っている、という発想の転換をせずにはいられなかったのでしょう。
しかし、スティーヴンソンも、「トランス人格」の存在する場についてはついに言及していません。

そして、わたしは、SAM前世療法において、顕現化する前世人格の存在の場は、「魂の表層」であり、しかも、今も当時のままの感情や記憶を保つ意識体として死後存続している、という作業仮説を立てています。

したがって、セッション中にわたしが対話する相手(主体)は、クライアント自身ではなく、クライアントの魂の表層から顕現化した前世人格そのものであり、しかも現在進行形で対話している、と了解しています。

こうした現象は、現世のクライアントの魂表層に存在する前世人格が、クライアントに憑依して、わたしと対話している、ということになります。
このような憑依現象は、これまで報告されたことがなく、したがってこの現象を表現する用語もありません。
そこで、SAM催眠学では、この憑依現象を「自己内憑依」と呼ぶことにしています。
つまり、前世人格の顕現化現象は、自己内憑依現象である、というとらえ方をしているということです。

こうした作業仮説と観察される意識現象の解釈に、たしかな自信を与えたのが、応答型真性異言「ラタラジューの事例」と「タエの事例」の検証と考察によって、生まれ変わりの科学的実証に肉薄できたことでした。
ただし、SAM前世療法の諸仮説をわたしに教示したのは、わたしの守護霊団を名乗る霊的存在であるという、これまた唯物論者が目を剥いて否定するであろう霊信という超常現象なのです。

このように、唯物論に真っ向から対立する途方もない前提と仮説に立っておこなうSAM前世療法は、世界唯一の前世療法であり、純国産唯一の前世療法だと自負しています。
そしてまた、「前世人格の実在」、つまり「生まれ変わりの実在」の実証性に、かぎりなく肉薄できる可能性をはらんで定式化された世界唯一の前世療法である、という自負があります。

特許庁は、SAM前世療法の名称とそれの意味する内容、つまり仮説の独自性とそれに基づく技法の独自性を審査し、今までまで流通してきた普通名詞の「前世療法」とは明らかに別個の、固有の仮説とそれに基づく固有の誘導技法を有する前世療法として、「SAM前世療法」の名称を、第44類の商標登録としてを認めてくれたのです。

ちなみに、「SAM]とは、「Soul Approach Method」の略であり、「魂状態に遡行し前世人格を呼び出す方法」を意味しています。


2020年1月31日金曜日

ワイス式前世療法への疑問 その1

    SAM催眠学序説 その128


ワイスが前世療法を始めたのは偶然のなりゆきだったようです。
ワイスの『前世療法』山川夫妻訳、PHP、1991によれば次のようにその消息が語られています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あなたの症状の原因となった時まで戻りなさい」
そのあと起こったことに対して、私はまったく心の用意ができていなかった。
「アロンダ・・・・私は18歳です。建物の前に市場が見えます。
かごがあります。
かごを肩に乗せて運んでいます。・・・・(後略)時代は紀元前1863年です。・・・・」
彼女はさらに、地形について話した。
私は彼女に何年か先に進むように指示し、見えるものについて話すように、と言った。 (前掲書PP25-26)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

上記セッション記録のクライアントは、コントロール不能の不安に悩む28歳の女性キャサリン。
そして、突如、キャサリンは紀元前19世紀のアロンダと名乗る18歳の娘であったときの前世記憶を語りはじめたというわけです。

以下は邦訳が正確であるという前提でのわたしの感想です。

注意すべきは、上記の「私は彼女に何年か先に進むように指示し」とは文脈からして「彼女」とは「前世人格アロンダ」ではなく、クライアントのキャサリンに対して指示していると解されます。

ワイスは、明らかにクライアントのキャサリンが前世記憶として、紀元前19世紀に生きたアロンダのことを語っている、ととらえています。
しかし、アロンダの語りをありのままに受け取れば、「前世人格アロンダ」が顕現化したとらえるべきではないでしょうか。

ワイスの思考は、この現象を次のようにとらえています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして、キャサリンは紀元前1863年にいた若い女性、アロンダになった。
それとも、アロンダがキャサリンになったというべきなのだろうか?(前掲書P36)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

上記の「キャサリンが・・・アロンダになった」、「アロンダがキャサリンになった」というワイスの思考回路は、わたしには理解不能な奇妙な思考に写ります。

キャサリンが前世のアロンダになれるはずがないでしょうし、逆にアロンダが現世のキャサリンになれるはずもないからです。
「キャサリンがアロンダであったときの前世記憶を語った」のか、「前世の人格アロンダがキャサリンの口を介して自分の人生を語った」のか、と考えることが自然な思考だろうと思われます。

結局、ワイスは、「前世人格のアロンダが自分の生まれ変わりである現世のキャサリンの口を介して自分の人生を語っているのだ」というありのままの自然な解釈をとらず、「現世のキャサリンが前世でアロンダであったときの前世の記憶を語ったのだ」という解釈を、以後の他のクライアントにおこなった前世療法の語りにおいても一貫して適用しています。

このことはこの本の末尾で次のように述べていることか ら明らかです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こうした人々は、それ以外の前世についても思い出した
そして過去生を思い出すごとに、症状が消えていった。
全員が今では、自分は過去にも生きていて、これからもまた生まれてくると固く信じている。
(前掲書P264)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「前世についても思い出した」、「過去生を思い出すごとに」の文言で明らかなように、ワイスにとっては、前世療法におけるクライアントの語りは、「クライアントが前世の記憶を語るのだ」という解釈が一貫してとられているということです。

「前世人格が顕現化し現世のクライアントの口を通して語る」という発想にどうしても至ることがなかったのです。
著名な前世療法家グレン・ウィリストンと同じく、ワイスもついに「前世人格の顕現化」というとらえ方ができずにいることは、わたしよりはるかに数多い前世療法セッションをこなしているはずなのになぜでしょうか?

わたしがワイス式と呼んでいる、ワイスの前世療法の誘導文言が、『前世療法2』の巻末に次のように書かれています。(注:「ワイス式」とはワイスの著作の邦訳『前世療法』が契機となって日本で前世療法が流行したことをもって、わたしが名付けました。もっぱら「前世記憶の想起をさせる前世療法全般」を意味します)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

階段の下の方には、向こうにまばゆい光が輝いている出口があります。
あなたは完全にリラックスして、とても平和に感じています。
出口の方に歩いてゆきましょう。
もう、あなたの心は時間と空間から完全に自由です。
そして、今まで自分に起こったすべてのことを思い出すことができます」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

やはり、ワイス式においては、クライアントは前世の記憶を「思い出す」のです。

ちなみに、前世療法家グレン・ウィリストンは以下のように誘導するようです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 暗いトンネルをふわふわと心地よい気分で通り抜けていく状態をイメージしてもらうと効果的である。
「トンネルの向こうには、過去生の場面が開けています」と声をかける。
そうすれば、クライアントは、その場面に入り込んで登場人物のひとりとなる前に、その場面に意識を集中する余裕をもつことができるからだ。
(グレン・ウィリストン/飯田史彦『生きる意味の探究』徳間書店,1999,P314)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ウィリストンも、記憶の中にある過去生の場面に戻り、過去生で想起された登場人物になりきる(登場人物になったつもりで役割演技する)、ととらえているわけで、やはり、「前世の記憶を想起する」という前提に立っていると推測して差し支えないでしょう。

誤解を恐れず言えば、ワイスもウィリストンも「生まれ変わり」と「魂」の存在を信じているらしいにもかかわらず、「脳内にあるであろう前世の記憶を想起させる」という唯物論的思考へのとらわれから抜け出すことができなかったのだ、とわたしには思われます。
無条件で、「前世の記憶」と言った場合、その記憶の所在は、現行の脳科学に基づいて脳内である、と考えていることになります。
脳内の記憶は、死とともに脳の消滅によって無に帰することは言うまでもないことです。
したがって、現世の記憶が来世に持ち越されることはありえません。
当然の論理的帰結として、前世の記憶として語られた内容は、すべてフィクションであることになります。

わたしが2004年に日本催眠医学心理学会・日本教育催眠学会の合同学会において、ワイス式前世療法の事例発表した際に、参会者の医師・大学の研究者から批判されたのは、まさにこの前世の記憶の真偽についてでした。

(注:「タエの事例」が出たのは2005年です。「タエの事例」の真偽検証を発表したとしたら参会者の反応も違っていたかも知れません。しかし、2006年に上梓した「タエの事例」を掲載した拙著『前世療法の探究』を学会での批判者数名に献本しましたが一切反応はかえってきませんでした。) 

催眠中のクライアントが、無意識のうちにセラピストの要求に協力しようとする「要求特性」によるフィクションの語りこそ「前世の記憶」の正体なのだという批判でした。


あとで述べるイアン・スティーヴンソンの前世療法に対する厳しい批判も同様です。

脳内の前世の記憶が、フィクションではなく確かに存在することを証明するためには、語られた前世の記憶の真偽を、厳密に検証する以外に方法はありません。
しかし、ワイス式前世療法実践者で、科学的手法で真偽の検証をおこなった事例は、わたしの管見するかぎり公刊されてはいないようです。

生まれ変わりの研究者バージニア大学の故イアン・スティーヴンソン博士は、こうした状況について下記のように前世療法批判を展開しています。
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こうした(催眠によって起こる) 集中力をさらに高めていく中で被術者は、思考の主導権を施術者に委ねてしまうため、施術者の催眠暗示に抵抗できにくくなってくる。催眠暗示により施術者に何か想い出すように命じられた被術者は、それほど正確に想起できない場合、施術者を喜ばせる目的で、不正確な発言をおこなうことも少なくない。それでいながら大半の被術者は、自分が語っている 内容に事実と虚偽が入り混っていることに気づかないのである。(中略)

前世の記憶らしきものをはじめからある程度持っている者に催眠をかければ、細かい事実を他にも想い出すのではないか、とお考えになる方もおられるかもしれない。私自身もそのように考えたため、自然に浮かび上がった前世の記憶らしきものを持つ者に催眠をかけたことがある。(中略)
私はこのような実験を13件自らおこなったり指導したりしている。一部では私自身が施術をおこなったが、それ以外の実験で他の施術者に実験を依頼した。その結果、ただの一件も成功しなかった。 (『前世を記憶する子どもたち』日本教文社、PP72-80)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

スティーヴンソンは催眠への造詣が深いようですし、彼自身も催眠技能があると語っています。
その彼の前世療法批判の結論は次のように痛烈です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 催眠を使えば誰でも前世の記憶を蘇らせることができるし、それにより大きな治療効果があがるはずだと主張するか、そう受け取れる発言をしている者もある。私としては、心得違いの催眠ブームを、あるいはそれに乗じて不届きにも金儲けの対象にしている者がいるという現状を、特に前世の記憶を探り出す確実な方法だとして催眠が用いられている現状を、なんとか終息させたいと考えている。(前掲書P7)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こうした手厳しい批判に対抗するための唯一の方法は、ワイス式によって語られた前世記憶の真偽を検証し、それが真であることを実証すること以外にありません。
そうした真偽の検証がないままに、「前世の記憶」だと主張することを批判されても当然だと思われます。

なぜ、真偽の検証がおこなわれないのでしょう。
検証に耐える前世記憶が語られる事例が出ないのでしょうか。
あるいは、前世の有無は棚上げし、膨大な労力をかけて真偽の検証するより、症状が治れば結果オーライということに割り切るということでしょうか。
わたしに言わせれば、前世存在の真偽が1例たりとも実証されていないワイス式前世療法の現状では、正しくは「前世イメージ療法」と呼ぶことが妥当のように思われます。


また、ワイス式前世療法の明確な治癒仮説が述べられている著作を、わたしは知りません。
過去生の記憶の所在はどこであるのか、なぜ過去世の記憶が想起できると治癒が起こるのか。
過去生を思い出すごとに、症状が消える」とワイスが述べていることを治癒仮説だととらえていいのでしょうか。
仮に過去生の記憶がフィクションでも、それが語られさえすれば治癒は起こると考えられているのでしょうか。

結局は、唯物論的固定観念である「前世記憶」という硬直した思い込みによって、「前世人格が顕現化して対話しているのだ」という発想への転換ができなかったのでしょう。

また、ワイス、ウィリストン両者とも、「ラタラジューの事例」のような応答型真性異言に出会うことができなかったことも、発想の転換を妨げたと思われます。

なぜなら、応答型真性異言「グレートヒェンの事例」に立ち会った、イアン・スティーヴンソンは、真性異言で応答的会話をしている主体は、被験者自身ではなく、顕現化している「トランス人格(前世人格)」である、と解釈しているからです。(『前世の言葉を話す人々』春秋社、P11)

日本で公刊されている生まれ変わり関係、前世療法関係の著作を調べた限りでは、催眠中に「トランス人格が顕現化して会話した」という解釈を提示しているのはスティーヴンソンだけです。
しかし、スティーヴンソンは「トランス人格」が、どこに存在しているかについては何も語ってはいません。
ただし、彼は、「前世から来世へと人格の心的要素を運搬する媒体を『心搬体(サイコフォア)』 と呼ぶことにしたらどうかと思う」(『前世を記憶する子どもたち』日本教文社、P359)と述べていますから、「心搬体」、つまり一般に「魂」と呼ばれている意識体にトランス人格が宿っていると考えていると推測できます。


いずれにせよ、催眠下のトランス状態で「前世人格」が顕現化して会話しているという主張をしているのは、わたし以前には世界中でスティーヴンソンだけでしょう。
同様の主張をしているのは、21世紀になってからはわたしだけのはずです。

ワイスが「キャサリンの事例」に出会ったのは1980年代の半ばころだと思われます。
わたしが、「ラタラジューの事例」に出会ったのは2009年です。

日本にワイス式前世療法が流布し市民権を得て以来、催眠中に語られる内容は「脳内に存在するであろう前世の記憶の想起」として扱われ続けてきた考え方を、わたしは、魂の表層に存在している前世人格の顕現化」だと主張するに至りました。

このわたしの主張は、奇を衒って注目されたいがための主張ではありません。
この主張は、わたしあて霊信が告げた作業仮説に基づくSAM前世療法によってあらわれた応答型真性異言「ラタラジューの事例」という実証の裏付けがあってこその主張です。

きわめて深い催眠下では魂の表層に存在している前世人格の顕現化」が可能になる、という唯物論に真っ向から対立する主張は、容易に受け入れがたいでしょうが、この主張を裏付ける応答型真性異言「ラタラジューの事例」の証拠映像が実証している以上、事実として認めるほかありません。
超ESP仮説さえ考慮しなければ、前世存在の証拠に「タエの事例」も含めることができるでしょう。

そして、両事例について、唯物論による具体的反証を挙げることが2020年1月末の現時点では不可能です。

深い催眠下では魂の表層に存在している前世人格の顕現化が可能になる」という意識現象の事実は、SAM催眠学の発見してきたもっとも大きな成果の一つです。


2019年12月22日日曜日

生まれ変わりの否定論への反論

    SAM催眠学序説 その 127

 

わたしの記事への2019年末までの否定論は 「生まれ変わりなどありえない」という硬直した唯物論信仰の前提に立った実証なき観念論(感情論)の主張ばかりでした。

 

そもそも「ない」ことの証明は、観念論からは導き出せません。(注:「悪魔の証明」参照)

 

また、ことばによって伝達可能な「情報」と、ことばによっては伝達できない「技能」との厳密な区別をしないですべて情報として伝達できるものだとして、聞きかじりの生半可な観念論(実証のない単なる「説」)を持ち出して投稿する否定論者がほとんどです。これら否定論に見られる認知の歪みの傾向は次のように4つにまとめられるでしょう。

 
選択的抽出(自分が関心のあることのみに目を向けて抽象的に結論づける) 、

拡大視・縮小視(自分の関心のあることを大きくとらえ、反対に自分の考えに合わないことをことさらに小さく見る)、

極端な一般化(ごくわずかな事実をとりあげて何事も同様に決めつける)、 

恣意的推論(証拠があいまいなのに独断的に思いつきで推測し判断する)、

などの認知傾向の歪みが認められます。



とりわけ、被験者里沙さんの学んでいないネパール語による応答型真性異言「ラタラジューの事例」についての否定論が典型です。
「情報」ではなく「技能」であるネパール語の会話がなぜできたのか、この科学的説明は現行唯物論では不可能です。

「技能」は、練習で身につけた「暗黙知」であり、「情報」として伝達できないのです。このことの無理解・誤認に基づく否定論ばかりです。

 

否定するからには、反証可能性にひらかれている」わたしの一次証拠を示した主張を、ていねいに検討したのちに具体的反証を挙げて具体論で否定する、という当然の作法が無視されています。

 

提示されている一次証拠に正対し、反証を挙げる労力から逃げて、誰かの主張している観念論を持ち出し、論点ずらしを展開する、というのが否定論者の常套手段になっています。

 

わたしが生まれ変わりの証拠としている「タエの事例」、「ラタラジューの事例」の両動画を視聴し、あるいは逐語録に忠実に目を通し、この一次証拠に正対し、具体的反証を挙げながら、反論することが礼儀でしょう。

  

具体的諸証拠を示した(反証可能性にひらかれた)わたしの主張に反論する場合は、まず提示されている反証可能な具体的諸証拠について反証を挙げて否定することから始める、という「立証責任(挙証責任)」が生じるのです。

具体的反証が挙げられないなら、まず、それを断ってから、自分の主張である観念論なり別の反論なりを主張するべきです。

 

一次証拠を棚上げして一切触れない、実証なき観念論(「仮説」ではなく単なる「説」)で一方的に反論できたつもりでも、説得力はまったくありません。

 

なぜなら、実証をもって否定されえない一次証拠は、肯定されていると見做され、生まれ変わりの科学的証拠として、相変わらず存在し続けているからです。「否定の観念論より否定の具体的証拠」です。

 

実証なき観念だけの「説」は、空理空論です。

実証を示さない観念論だけなら、誰でも何とでも主張できます。       実証をともなわない生まれ変わりを説くだけの「説」なら古来掃いて捨てるほどあります。

 

本ブログのテーマを「生まれ変わりの実証的探究」と掲げている意味は、観念論・抽象論一辺倒で科学的実証をともなわない空虚な議論を避けるためです。

 

科学的仮説には、その仮説の根拠となる検証可能な具体的証拠がともないます。したがって、検証の結果をもって、仮説の真偽が判断できます。

 

STAP細胞の仮説が典型です。STAP細胞の真偽について検証可能な仮説であったからこそ、仮説の検証について諸実験が追試され、その真偽を問うことができたのです。

 

つまり、STAP細胞仮説は、わたしが繰り返し主張してきた検証可能な「反証可能性」にひらかれていました。

反証可能性にひらかれていることが科学的主張(仮説)の条件の一つです。

 

わたしが提示している具体的証拠に基づく生まれ変わりの主張(仮説)を否定するには、わたしの提示している生まれ変わり仮説を支持する具体的諸証拠(一次証拠)に基づく、具体的な反証を挙げて、具体的に否定する以外に方法はありません。

 

この当然の論理と反論の作法を心得ていないコメントは、科学的思考と先行研究に基づく実証的反論者たる投稿資格がないと思わざるをえません。

 

わたしは、実証のない諸証拠を挙げ、注目を浴びたいがためにこのブログを立ち上げたつもりはありません。

 

生まれ変わりの科学的証拠ような重大なことについて主張するからには、多くの先行研究に目を通し、SAM前世療法による1000事例にわたる催眠の臨床研究によって自ら体験し、蓄積してきた意識現象の科学的諸証拠を公開しているつもりです。

 

その金字塔が「タエの事例」、「ラタラジューの事例」だと思っています。  TV番組アンビリバボーでも紹介されたこの両事例は、世界の生まれ変わりの科学的研究史上に日本の事例として残るでしょう。

 

生まれ変わりを科学的事実として認めることの深甚な影響は、個人の人生観・世界観に限らず、自然界のあらゆるものに対する見方など広汎な領域にも根本的な変更を迫ることになるでしょう。

 

だからこそ、生まれ変わり(死後存続)や霊的存在の問題を真剣に実証的に探究するべきだと考えます。

 

そのために、生まれ変わりについて、「観念より事実、理屈より実証」を地道に愚直に示していくことこそが、このブログの存在価値だと思っています。

 

ここで、これまで掲載してきた記事の中で、SAM催眠学独自の見解を示しているものを列挙してしておきます。

 

その102 の転生の仕組みと前世人格の関係

 

その115 元妻に憑依した生き霊との対話

 

その118 医学では説明できない先天性皮膚疾患の改善(前世人格との対話)

 

その119 顕現化したインナーチャイルド人格との対話

 

その122 SAM催眠学2019年現在の到達点

 

その123 なぜ前世人格であって前世記憶ではないのか

 

その124 SAM前世療法の重要仮説用語集(骨格である仮説の説明集)

 

その125 守護霊の存在についての考察

 

その126 未浄化霊の存在についての考察

 

 ゴチックの用語である魂・前世人格・生き霊・インナーチャイルド・守護霊・未浄化霊など霊的現象についての実証的探究の現時点の成果を述べてあります。



2019年10月18日金曜日

未浄化霊の存在についての考察

   SAM催眠学序説 その126

SAM前世療法のプロセス最終段階で、潜在意識に「魂状態の自覚」に至るまで導かせるという「魂遡行催眠」は、SAM前世療法独自・固有の催眠深化技法です。
この「魂遡行催眠」中には、クライアントに憑依していた未浄化霊が顕現化するというきわめて興味深い意識現象があらわれることがあります。
わたしには、事前に未浄化霊の憑依を感知する能力はなく、未浄化霊が自ら顕現化することをもって、そうした存在が憑依していることを認めざるをえないということです。  

未浄化霊は、救いを求めて顕現化するらしく、説得によって憑依を解かなければ魂状態に至ることができないので、セッションの遂行上、説得による浄霊という儀式をやむなくするということです。そして、事前に未浄化霊の憑依の有無を知る方法はありません。
したがって、SAM前世療法は、浄霊を目的とするセッションをすることはありません。
また、顕現化した未浄化霊と口頭で対話できる現象は多くはありません。
その稀な未浄化霊との対話現象の起きた事例を紹介します。

事例その1 マヤの幼女の顕現化事例


クライアントは40代前半の主婦。主訴は、夫および姑との人間関係の改善でした。現世の夫と、ともに生きた前世があるのなら、それを知ることによって家族内の人間関係改善への気づきを得たいということでした。
そのための、「魂遡行催眠」をおこなっている最中に、憑依していた未浄化霊の顕現化が起こりました。
クライアントが、突然すすり泣きを始め、やがて身体をよじりながらの号泣に変わりました。
魂状態の自覚に至る前に起こるこうした反応は、まず間違いなく未浄化霊が顕現化していると判断できます。
号泣が治まると、「セノーテ、セノーテ」と苦しい声で訴えはじめました。

次は顕現化した未浄化霊である3歳の少女との対話です。
 

稲垣:セノーテってなんですか? 
 

霊:泉、泉。
 

稲垣:セノーテとはどこの言葉ですか。
 

霊:マヤ、マヤ。
 

稲垣:あなたはマヤの時代の人なんですね。それで、あなたはさまよっている霊ですね。
 

霊:うん。そう、そう。
 

稲垣:マヤは日本から遠く離れています。あなたは、苦しくて、それを分かってほしいから、この者に憑依したのですか? そのために、マヤから日本までやってきたのですか?
 

霊:ちがう。この人が来た。
 

稲垣:この者が、あなたのいたマヤのセノーテにやってきた。それであなたが憑依して、そのまま日本に来てしまった、そういうことですか。
 

霊:うん。そう、そう。
 

稲垣:あなたは何歳で命を落としたの? 命を落とした場所がセノーテなの?
 

霊:3歳の女の子。セノーテへお母さんが投げ込んだので死んでしまったの。
 

稲垣:お母さんがあなたを殺したわけですね。なぜそんな惨いことをお母さんがしたの?
 

霊:神様への生け贄だって。
ここでまたクライアントは激しくイヤイヤをしながら、激しく泣き出しました。それがすすり泣きに変わるまで待って、対話を続けました。 
 

稲垣:そうやって生け贄にされて殺されたから迷っているのですね。でもね、この者にくっついていても、あなたはいくべき所にいつまでたってもいけませんよ。あなたのいくべき所は光の世界です。そこへいけば、お母さんと会えますよ。あなたを守っておいでになる神様とも会えますよ。
 

霊:いやだ。光の世界はいやだ。お母さんは大嫌い、わたしをセノーテに投げ込んだ。会いたくなんかない。神様はもっと嫌い。わたしを生け贄にした。
 

稲垣:お母さんがね、喜んであなたを生け贄にするはずがないでしょう。ほんとうは悲しくてたまらなかったのに、マヤの掟で泣く泣くあなたを生け贄にしたのですよ。そうして、幼子のあなたを生け贄に求めたというマヤの神様はまやかしです。そんなことを求める神様なんているはずがありません。悲しいことですが、あなたの生きたマヤの時代の迷信です。
 

霊:でも、お母さんは、神様の求めで私をセノーテに投げこんだ。お母さんには絶対会いたくない。いやだ、いやだ。お母さんのいるところへなんか行きたくない。この人のところがいい。
 

稲垣:じゃあね。私の言っていることがほんとうかどうか、ためしてみませんか。きっと、あなたが来るのを待っているお母さんが心配をして、お迎えに来てくれるはずですよ。お母さんがやさしく迎えに来ないことが分かったら、光の世界に行かなくていいのです。ためしてみましょうか。いいですね。浄霊っていう儀式をしましょう。きっとお母さんがお迎えにきてくれますよ。
 

霊:でも、いやだ。お母さんは嫌い。わたしを殺した。光の世界には行きたくない。

 このような対話を繰り返し、マヤの女の子が、浄霊に応じることを納得してくれるまで待ちました。
30分近く説得し、浄霊してよいという了解を得たので、浄霊をはじめました。
浄霊の儀式が終わったところで、お母さんが迎えに来ていますか、と尋ねると、うん、とうれしそうに返事が返ってきました。

こうして、浄霊は成功しました。
このあとで、魂状態の自覚に至ることができました。これまでのセッションの累積から未浄化霊は、自分が先に救われたいために、魂状態に至ることを妨げるらしいということが判っています。

覚醒後、クライアントにセノーテについて尋ねたところ、ユカタン半島の石灰岩の窪みに雨水がたまってできた泉をマヤではセノーテを呼んでいること、そのセノーテの底には生け贄として溺死した人骨が発見されている事実あること、自分はマヤ遺跡の旅行でそのようなセノーテに行っていることを話してくれました。
ちなみに、このクライアントが、いったいどこで、この子どもの未浄化霊に憑依されたのか覚醒後に確認したところ、3ヶ月ほど前の旅行でマヤ遺跡のチツェンイツァのセノーテを訪問していたことが確認できました。

さて、このマヤの女の子の顕現化現象を、このクライアントの役割演技と考えるか、未浄化霊の憑依現象ととらえるか、精神疾患による妄想の現れととらえるか。
未浄化霊が顕現化中のクライアントの髪は乱れ、化粧ははがれ、顔面は涙でぐちゃぐちゃでした。ここまでして、憑依霊の役割演技をする利得はどう考えてもなさそうです。
また、このクライアントの申告を信じるとすれば、憑依妄想、解離性人格障害、統合失調症などの精神疾患はないということですし、事前のカウンセリングでもそのような異常を示す兆候はありませんでした。

 なお、セッション中に顕現化した未浄化霊の身元の検証事例が3事例あり、3事例とも生前の実在可能性まで肉薄できましたが、あと一歩のところで完全な実在証明には至っていません。特に2つ目、3つ目の事例においては、遺族のもとを尋ねて、未浄化霊の語った情報の真偽を検証することは、遺族の心情を憚って自粛するべきだと思いました。そうして亡くなった人が確かにいるという噂のレベルの確認で留めています。

一つは、太平洋戦争の学徒動員による小牧市の軍需工場で、名古屋大空襲に遭い焼死したという名古屋市熱田区在住の19歳女性、あと一つは、くも膜下出血で笠松病院に搬送中、夫と小6の息子のを残して急死した岐阜市岐南町の30代女性の未浄化霊です。
もう一つは、可児市内の団地に在住し、許嫁に裏切られた絶望から32歳で電車に飛び込み自殺した女性の未浄化霊です。

 

事例その2 先祖の未浄化霊の顕現化事例


飛行機恐怖症(逃れることのできない狭い密閉空間に対する恐怖症)改善のためにおこなったSAM前世療法体験者からの感想コメントを事例として紹介しておきます。

このクライアントは40代の会社員で、3週間後に仕事でアメリカまで行くことになったが、飛行機恐怖症(閉所恐怖症)のため機内でトイレに立つこともできない、なんとか改善をしたいという依頼でした。

このクライアントの場合、飛行機恐怖症が生じた現世のトラウマの心当たりがなく、前世人格にもそうした恐怖症にかかわる存在が顕現化しないので、ご先祖の未浄化霊の憑依による何らかの影響を疑って憑依霊の顕現化を試みたという事例です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先日はありがとうございました。
私も、先祖の未浄化霊というものがあるとも、それが影響しているとも全く信じておりませんでした。
しかし、先般のセッションでは四代前の先祖を名乗り、棺桶で墓に運ばれる途中蘇生し、生き埋めにされたために、子孫のわたしを守るために飛行機のような閉鎖空間で怖くなるようにしている、との告白は実に驚きました。
先生に浄霊してもらうと、飛行機が全く怖くなくなったのは厳然たる事実で驚きました。

1時間ほどのフライトでも怖くてシートベルト外せなかったのが、10時間のフライト(注:アメリカまでのフライト)が可能になりシートベルトを外せたのは、まったくもって驚きでしかありません。

科学的な証明はともかく、この事実は曲げようがありません。
驚愕でありました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このご先祖の未浄化霊は、子孫であるクライアントを守るために、閉所空間が危険であることの警告をしていたと同時に、救いを求めて顕現化したようです。したがって、この事例において、ご先祖の祟りによる飛行機恐怖症という解釈は的外れです。

わたしのセッション経験では、未浄化霊の憑依は、祟りや呪いのようなことではなく、救いを求めて憑依している、と結論してよいと思われます。ただし、この事例のご先祖の実在の検証は不可能でした。

この男性が、自分の閉所恐怖症の原因として、棺桶のまま生き埋めになったというご先祖の未浄化霊の話を創作し、その結果による治癒という「ナラティブセラピー(物語療法)」的解釈ができるかもしれませんが、マヤの生け贄になった少女の未浄化霊の顕現化では、そうした解釈では無理があるでしょう。クライアントの女性には、そのような創作をしたところで利得が生じることは考えられないからです。


事例1の女性クライアント、事例2の男性クライアントに共通しているのは、ともに霊媒資質があるということです。でなければ、憑依している未浄化霊が、わたしと対話できないからです。クライアントに霊媒資質がない場合には、潜在意識を宿らせた指での回答を指示して、性別・年齢、死亡の原因、憑依した場所などを尋ねることによって憑依霊の身元を探るということになります。

SAM催眠学では「未浄化霊」の存在を認める立場をとっています。
わたしあて第12霊信(2007年1月23日22:58受信)で、通信霊は次のように告げています。
「この世に残る『未成仏霊のような存在は、残留思念の集合体である。だが、それらは意志を持つようにとらえられる。よって、魂と判断されがちだが、それらは魂とは異なるものである」

強烈な思念(意識)が凝縮し集合体を形成すると、一個の人格を持つ意識体としての属性を帯びる。思念(意識)にはそうした本質があり、そのため「未浄化霊」、「生き霊」などと呼ばれてはいますが、それは「霊魂」ではなく「強烈な思念の集合体」です。

わたしあて第8霊信(2007年1月20日1:01受信)は次のように告げています。

「あなたは、すべては『意識』であると理解していた。ことばとしての『意識』をあなたは理解している。だが、その本質はまだ理解には及んではいない。あなたが覚醒するにしたがって、それは思い出されるものとなる」

こうした霊信から10年間のSAM前世療法のセッションにおける未浄化霊、生き霊などとの対話体験を経て、わたしは「意識の本質」の一つとして、「強力な思念(意識)の集合体は、一個の人格としての属性を帯びた意識体になる」と考えるようになっています。
「未浄化霊(未成仏霊)」然り、「生き霊」然り、「インナーチャイルド」然り、ということです。この仮説をSAM催眠学では、「残留思念仮説」と呼びます。

それでは、残留思念の集合体である「未浄化霊(未成仏霊)」は、本来どこを居場所とするべき存在でしょうか。

わたしあて第14霊信(2007年1月25日22:47受信)で次のように告げています。

「死後、霊体は魂から離れる。だが、それらの意識は魂に取り込まれる。そして魂のものとなるのだ。霊体は、ある意味においてあなた方があなたという人間であるための意識を独立して持つための役割を担うものでもある。それなくしては、あなた方は個人的意識を持つことはできない」

要するに、現世の個人的意識は霊体に宿っており、死後、その霊体に宿っている個人的意識は魂に取り込まれる。取り込まれる先は、生前は魂表層を構成していた「現世の人格」でしょう。こうして、生前の「現世の人格」は、死後、魂表層を構成する「前世の人格」となって位置づくと推測できます。

したがって、「残留思念の集合体(未浄化霊)」とは、本来、魂表層の前世の人格として統合され位置づくべき存在です。つまり、未浄化霊(残留思念)をこの世に残したままでは、魂表層の前世の人格の一部、あるいは全部が欠落しており、魂表層全体が十全な状態ではないということになるわけです。
どうやら、こうした十全ではない不完全な魂は、次の生まれ変わりを禁じられ、霊界に足止めされるといいます。残留思念が霊界へと上がって、そこで待機している魂の表層の、生前は現世人格であった者に統合されるまで待機させられるというわけです。


こうして、「浄霊」の本質は、未浄化霊に対して、本来行くべき次元に上がり、それを待っている魂本体へと統合し十全な魂となるように説得することです。

なお、顕現化した未浄化霊に確認してきた累積の結果として言えそうな結論は、

①未浄化霊が被憑依者を選ぶときには、オーラ(霊体)を読み取って判断するらしい。オーラにはその人の意識が宿っているので、未浄化霊を受け入れるような意識を持つ人であるかどうかが判断できるらしい。あるいは、心身が衰弱してマイナス思考に陥っている人も未浄化霊を引き寄せるので憑依されやすい。霊媒資質を持つ人も憑依されやすい。

②憑依霊が存在する場所は、死者の出る病院、自殺者や事故死者の多く出る場所などらしい。こうした場所に存在する未浄化霊は、その場所から離れることがないので「地縛霊」と呼ばれているらしい。特定の場所ではなく彷徨っている未浄化霊は「浮遊霊」と呼ばれているらしい。

 このわたしの経験的見解にしたがえば、「事例その1」のマヤのセノーテの少女霊は地縛霊であろうし、「事例その2」のご先祖の未浄化霊は浮遊霊かもしれません。

とは言え、未浄化霊の存在する物証を示せと要求されてもそれは不可能です。
未浄化霊の存在を認めないでは整合的な説明のできない未浄化霊の顕現化という「意識現象の事実」が、相当数確かに存在しますよ、という状況証拠を提示するしかありません。

哲学者ベーコンは読書について次のように述べています。
「反駁や論駁を目的としたり、逆に、頭から信じて無批判に受け入れる態度、あるいは話のタネになるものを探そうといった態度で読むのではなく、思考の糧とするために読むべきである」

ここに取りあげた『未浄化霊の存在についての考察』記事も、紹介した未浄化霊の顕現化という「意識現象の事実」をどう考えたらいいのか、そのための読者の思考の糧となるように読んでほしいと思っています。


2019年9月13日金曜日

守護霊の存在についての考察

       SAM催眠学序説 その125  

「SAM催眠学序説 その124」で「守護霊」については、意図的に触れませんでした。別のページであらためて熟考したいと思ったからです。
そこで、ここでは「その125」として、守護霊について現時点で探究してきた考察と見解を述べてみます。
宗教者や霊能者の説く、守護霊に対する一般論、観念論ではなく、「タエの事例」の被験者里沙さんに霊媒となっていただき、憑依実験をさせてもらった結果(意識現象の事実) の考察という里沙さん個人の守護霊に限定した具体論考です。

【1】里沙さんの守護霊の憑衣実験

 2006年12月22日の夜、里沙さんにお願いして彼女の守護霊との直接対話実験をさせてもらいました。
これより先に短時間おこなった憑依実験で、彼女の守護霊は、「わたくしは霊界では異例の存在です。それはわたくしが稲垣に霊界の消息を伝えるという使命を担っているからです」と告げています。

極めて深い催眠中に中間世へと導き、そこで偉大な存在者(守護霊)を呼び出して憑依してもらい、わたしが約25分間直接対話するという初めての試みは、拙著『前世療法の探究』春秋社、PP.167-176、の「タエの事例」で紹介してあるとおりです(この憑依実験の映像はアンビリでは削除されているが、わたしのyou-tubeには公開している)。


ちなみに、「タエの事例」で、里沙さんは自分に憑依している守護霊の語った内容の記憶が、催眠覚醒後には一切思い出すことができませんでした。しかし、前世人格タエの語り内容の記憶は、はっきり記憶にあるのです。
こうした憑依現象は、守護霊が里沙さんに完全に乗り移った状態(フルトランス状態)であったからだと解釈できるでしょう。

また、下記守護霊の語った情報内容がセッション前に入手されていないことは、ポリグラフ検査の鑑定(元大阪府警科捜研所長、現日本法医学鑑定センター荒砂正名氏による)によって明らかになっています。
守護霊は、被憑依者の里沙さんの知らない歴史的事実を語っているのです。
こうしたことも、わたしが守護霊の存在可能性を認める理由の一つになっています。

もう一つの理由は、2009年5月9日「ラタラジューの事例」の応答型真性異言の実験セッションにおいて、生まれ変わりの証拠を探る実験が、許されるかどうかを守護霊に尋ねたところ、「許されます」と答えたことにあります(拙著『生まれかわりが科学的に証明された』ナチュラルスピリット、PP.43-45)。
この問いかけは、ネパール語の真性異言対話実験に入る直前ですから、彼女の守護霊は、世界にそれまで2事例の発見しかない催眠下の応答型真性異言実験の成功を、事前に「予言した」と解されます。やはり、里沙さんには、この守護霊の予言の記憶も一切ありませんでした。
守護霊が「実験は許されません」と答えたなら、わたしは、そこで直ちにこの応答型真性異言実験を中止するつもりでした。

以上二つのことから、わたしは里沙さんの守護霊の存在に信を置いてよいと判断しています。

以下は、2005年6月4日「タエの事例」での里沙さんの守護霊とわたしの対話の一部です。
(拙著『前世療法の探究』春秋社、PP.170-171)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
稲垣:また、聞きますよ。お答え願えますか? 浅間山の噴火のときに雷が起きましたか?

注:噴火による火山灰の摩擦によって火山雷と呼ぶ雷が生じる。天明三年浅間山大噴火の火山雷のすさまじさは、当時の絵図に描かれている。

守護霊:はい。

稲垣:そのことを、雷神様と人々は言うのでしょうか? 雷のことを。

守護霊:そうです。まだ、噴火、自然現象は分からない人たちですから、魔物のせいだと思ったのです。

稲垣:龍神様はなんのことでしょう?

守護霊:浅間山は信仰の山です。龍神が祀られています。

注:浅間山に龍神信仰があったことは、浅間山麓嬬恋村の住人によって確認した。「偉大な存在者」はいい加減なことを告げているわけではない。

稲垣:その龍神が、お山が火を噴いたために住めなくなって、川を下るというように人々は思ったわけですね。

守護霊:そうです。

稲垣:それから、そのときの噴火によって空が真っ暗になって、日が射さなくなって、 火山灰が降り注いで、農作物は不作になりますよね。その結果、下界ではどんなこと が起きたのでしょう?あなたはご存じのはずですが、教えてもらえますか?

守護霊:噴火による土石流で川が堰(せ)き止められ、そのため洪水が起き、たくさんの人が亡くなりました。

注:この事実が「浅間焼泥押(あさまやけどろおし)」と呼ばれる大泥流洪水の被害である。吾妻川、利根川流域で流死者1500人あまりが出た。この時点で、 わたしはこうした史実をまったく知らなかった。もちろん里沙さんも知らない。それは2009年のポリグラフ検査で確認できた。

稲垣:その川の名前がアガツマ川でしょうか?

守護霊:そうです。利根川の上流になります。

注:わたしは吾妻川の実在はもちろん、それが利根川の上流で合流していることもまったく知らなかった。もちろん、里沙さんも知らない。里沙さんの知らない「浅間 焼泥押」の被害や吾妻川が利根川の上流になっていることを「守護霊」は語っている。里沙さんが、超ESP(万能の透視能力やテレパシー)を用いて、 「浅間焼泥押」被害や吾妻川の情報を入手して、「守護霊」として役割演技をして語っているという、超ESP仮説および、催眠学による説明、つまり、 里沙さんの心の力ですべて説明するには無理があるとわたしは思う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先述したように、上記の守護霊の語りは、覚醒後の里沙さんのまったく記憶にないことであり、語られた史実を里沙さんが事前に入手していないことも、ポリグラフ検査の鑑定で明らかになっています。

さて、里沙さんの守護霊が、わたしに霊的情報を伝える使命を担っているなら、わたしに関わりの深い存在であるということであり、そうであるならその真偽の探究を再度試みようとしたわけです。こうした真面目な真偽の探究であるなら、里沙さんに霊媒となってもらい、彼女自身の守護霊を呼び出すことは不遜な態度にはならないと考え、もし守護霊が存在しているとすれば、守護霊の許しを得ることができるだろうと思いました。

そのために次のような四つの質問を問いかけ、その反応結果から憑依霊の実在の真偽の検証を試みようとしました。

 タエの事例は、偶然語られたものか、何かわけがあって語られたものか?

 わたしに突如あらわれたヒーリングのエネルギーは、どこから送られてくるものか? その治療エネルギーがわたしにあらわれた理由が何かあるのか?

 スピリットヒーリング能力のある者は、たいていは霊視、霊感などの霊能力を持っているが、わたしのエネルギーがそうであるなら、なぜわたしに霊能力がないのか?

 わたしの守護霊の素性が分かるならその名を教えてもらえないか?

この憑霊実験は、里沙さんの知人からの依頼で前世療法セッションを実施した際、彼女が付き添いとして同行してきた機会を利用して実現したものです。
その知人のセッション後、彼女に再度の憑霊実験のお願いをしました。
実験前に彼女に伝えておいた質問内容は、上記【1】2(わたしのヒーリングエネルギーの出所)のみでした。1・3・4の質問について彼女には知らせることを意図的に伏せて実施しています。
伏せた意図は、彼女に前もって回答を準備できる時間を与えないためです。
魂状態の自覚まで催眠誘導したのち、里沙さんに憑依したと思われる、彼女の守護霊を主語とする存在者との60分間にわたる対話の録音を起こし、できるだけ生のままの語りの言葉を用いて、上記四つの質問に対する回答を要約してみると以下のようになります。

ただし、質問はこれ以外にもいくつかしていますから、それらの回答を含めて下記5項に整理し要約してあります。
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タエの事例は偶然ではありません。計画されあなたに贈られたものです。計画を立てた方はわたくしではありません。
計画を立てた方はわたくしよりさらに上におられる神です。
タエの事例が出版されることも、新聞に掲載されることも、テレビに取り上げられることもはじめから計画に入っていました。
あなたは人を救うという計画のために神に選ばれた人です。

2  あなたのヒーリングエネルギーは、霊界におられる治療霊から送られてくるものです。治療霊はお一人ではありません。
治療霊はたくさんおられます。
その治療霊が、自分の分野の治療をするために、あなたを通して地上の人に治療エネルギーを送ってくるのです。

  あなたの今までの時間は、あなたの魂と神とが、あなたが生まれてくる前に交わした約束を果たすときのためにありました。
今、あなたの魂は大きく成長し、神との約束を果たす時期が来ました。 
神との約束とは、人を救う道を進むという約束です。
その時期が来たので、ヒーリング能力も前世療法も、あなたが約束を果たすための手段として神が与えた力です。
しかし、このヒーリングの力は万能ではありません。
善人にのみ効果があらわれます。
悪とはあなたの進む道を邪魔する者です。
今あなたを助ける人がそろいました。どうぞたくさんの人をお救いください。

  神はあなたには霊能力を与えませんでした。
あなたには必要がないからです。
霊能力を与えなかった神に感謝をすることです。

 守護霊に名前はありません。わたくしにも名はありません。あなたの守護霊はわたくしよりさらに霊格が高く、わたくしより上におられます。
そういう高い霊格の方に守られている分、あなたには、成長のためにそれなりの試練と困難が与えられています。
これまでの、あなたに生じた困難な出来事のすべてがはじめからの計画ではありませんが、あなたの魂の成長のためのその時々の試練として与えられたものです。
魂の試練はほとんどが魂の力で乗り越えねばなりません。
わたくしたちはただ見守るだけです。導くことはありません。
わたくしたちは魂の望みを叶えるために、魂の成長を育てる者です。
霊能力がなくても、あなたに閃くインスピレーションが守護霊からのメッセージです。
それがあなたが迷ったときの判断の元になります。
あなたに神の力が注がれています。
与えられた力を人を救う手段に使って人を救う道に進み、どうぞ神との約束を果たしてください。
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里沙さんに憑依したと思われる、彼女の守護霊を主語として語る存在者は、以上のようなメッセージを回答として告げてきました。 
そのときの語りの様子は、タエの事例で憑依実験したときと同じく、彼女の表情は能面様の全くの無表情に変化し、声は低音で、囁くような、抑揚のない、ゆったりと厳かな調子の、別人同様の声音に変化していました。
観察される限りでは、ふだんの里沙さんとは別人格の第三者が語ったように思われます。
そして、この守護霊の語り内容は、催眠覚醒後まったく記憶にないということでした。

憑依を解き、60分間の催眠から覚醒直後の里沙さんは、数分間話そうにも声が出ない状態になり、膝から下が冷え切って麻痺し、立ち上がれないという疲労の極みに陥っていました。
立てるようになるまで20分ほど休んでから帰宅してもらいましたが、翌日になっても疲労は回復せず、起き上がれない状態が続き、3日目にやっと回復したという報告を受けています。
こうした不測の事態が生じたことから、その後の彼女への守護霊憑依実験は一切しないことにしました。

さて、これまで2005年6月4日の「タエの事例」のセッション以後、里沙さんとわたしにはいくつかの超常能力・現象があらわれてきました。
このうち、ヒーリングという超常能力出現については検討するまでのない事実として認めざるをえません。

では、この憑依実験で顕現化した里沙さんの守護霊を主語とする存在者の語りという超常現象はどう解釈できるでしょうか。
語られた内容について、できるだけ公正な立場に立って検討・考察をしてみたいと思います。
ただし、この検討・考察は、自分にはスピリチュアリズムに関する知識・情報がない、という里沙さんの証言を前提としていることをお断りしておきます。
また、超ESP仮説(里沙さんが私の心も含め、地上のどのような情報にも自由にアクセスできる法外なESP能力を持っているとする仮説)も、ここでは考慮外としています。
ちなみに、彼女に憑依妄想、統合失調症、解離性同一性障害などの精神疾患が一切ないことも確認しています。

【2】守護霊を主語とする存在者の語りの考察


ここで検討してみることは、語りの内容は里沙さんの既有の知識を元に彼女自身が語ったのだ、と解釈できるかどうかということです。
そうであるならば、守護霊を主語とする存在者は、里沙さんの無意識的な役割演技で説明されうることになり、語りの事実が超常現象である可能性は排除されるからです。
以下にまず全体の考察を、次いで【1】の1~5の語りの内容について、それぞれに検討と考察を加えてみます。

まず、全体としての考察をしてみますと

憑依した「守護霊」は、里沙さんとは異なる位相の視点・情報から発話している。

催眠を解く前に「催眠中に語ったことはすべてはっきり思い出せる」という暗示を強調したにもかかわらず、「守護霊」が憑依したとおぼしき間の里沙さんの記憶は完全に欠落している。

録音された自分の語りを試聴した里沙さんの実感として、声からも語りの内容からも自分と「守護霊」とは全く同一性の感じられない他者であると認識されている。

60分間の憑依を体験し、催眠から覚醒後の里沙さんの疲労状態は、通常の催眠後とは明らかに異質な極度の疲労状態に陥っている。ふつう覚醒後は疲労が抜け、爽快感を感じるものである。

⑤ 守護霊の語り内容と語り口調の格調の高さから、低級霊がわたしをからかって守護霊を装って憑依したとは思われない。憑依した霊的存在に低級霊の疑いがあれば、憑依霊の
身元確認(サニワ)をする用意をしていた。また、霊学知識のある人の助言で、セッションルームの四隅には不動明王の加護を祈念した祈祷盛り塩によって結界を張っておいた。

以上の5点によって、守護霊という「存在者」の憑依が起こったと支持できる状況証拠だと判断することができるでしょう。

ただし、については里沙さんに内在している「心の力」つまり、「高位自我=ハイヤーセルフ」説で説明可能かも知れません。
深い催眠中には、通常の里沙さんの持つ能力をはるかに超えた超常的叡智が現れるというわけです。

しかし、 については「高位自我」説では説明がおさまり切れません。
もともと里沙さんの心に内在している「高位自我」の語りであれば、解催眠前に強調した記憶再生暗示で、催眠後にその語りの内容が記憶として出てくるはずだと考えられるからです。
また、彼女に解離性同一性障害(多重人格)、憑依妄想などの精神疾患がないことは明白ですから、録音された「存在者」の語りに対して、全く同一性を感じられないということも説明が困難です。単に催眠性健忘として片付けられる問題ではないと考えられます。

の極度の疲労感について確かなことは言えませんが、憑依した「守護霊」が、里沙さんの肉体を借りて長時間(約60分間)の対話をさせたために、彼女の脳が酷使された結果ではないかという解釈ができるかも知れません。

次に【1】1~5の守護霊の語りについて一つずつ検討してみましょう。

まず、【1】の1の語りの内容について検討してみます。
里沙さんのスピリチュアリズムについての知識は、治療霊が存在すること以外にはありません。
したがって、スピリチュアリズムでいう「神の計画」つまり、地上の人間に霊的真理(生まれ変わりの存在、霊の存在、霊との交信可能など)を啓発し、霊的覚醒を促す計画があることは知識として持っているはずのないものです。
彼女の無意識の役割演技などでは淀みなく発話される内容ではないと思われます。この計画についての語りは、スピリチュアリズムの高級霊からの霊信内容に一致していると考えることができるでしょう。
ただし、「タエの事例」が出版されたこと、共同通信が取材し全国の新聞に配信されたこと、テレビで放映されたこと、などはこの実験時点で過去になっているので、当然里沙さんの知っている内容です。したがって、里沙さんが無意識的に守護霊の役割演技をして語っている可能性を完全には払拭することはできません。


【1】の2の治療霊の存在については、里沙さんの知識としてある程度あるはずです。
彼女の脊柱側湾症による痛み改善と、湾曲した背骨の矯正のためにヒーリングをした機会に、ヒーリングエネルギーと治療霊について、わたしが話題にしているからです。
また、彼女は霊感によって、わたしの背後に憑いている複数の治療霊らしき霊の存在を感知できると語っているからです。
しかも、わたしのヒーリング能力についての質問をすることについては、催眠に入る前に彼女に知らせてありました。
したがって、治療霊とその治療エネルギーについての回答は、彼女の既有の知識を語った可能性を排除できません。

【1】の3の、わたしが生を受ける前の「魂」と「神との約束」についての語りは、里沙さんの想像力が駆使され、わたしへの願望が投影された彼女の役割演技だと解釈できるかもしれません。
しかし、わたしにヒーリング能力があらわれた理由がそれなりに矛盾なく説明され、瞬時に淀みなく語られた事実を考えると、「守護霊」の憑依可能性を否定できるものではないと思われます。
ちなみに、「わたしの魂が大きく成長した」という語りは、タエの事例に遭遇以後、わたしの世界観・価値観が生まれ変わりや霊魂の存在を視野に入れたものへと転換し、現世的欲望へのとらわれから自由度を増した精神状態を指している気がしないわけでもありません。
ただし、「善人にのみ効果が現れます」という語りは誤解されやすいかもしれません。
しかし、「悪とはあなたの進む道を邪魔する者です」という語りと照らし合わせると、その疾病が当人の霊的成長に必要な場合には、ヒーリングが効かないという意味に解するべきであろうと思われます。
なぜなら、治療によって霊的覚醒が邪魔されることになり、わたしの人を救う道に反することになるでしょうから。したがって、この語り部分も高級霊からの霊信と矛盾するものではないと考えてよいと思われます。

【1】の4の語りについては、理解に苦しむところです。
ところで、前世療法のセッション中に中間世へクラエントを導く過程で、未浄化霊が寄ってきて憑依しようとしていると訴えるクライエントがこれまでに2例ありました。
わたしに霊視などの霊能力がなく、そうした霊を感知できないために、こうした事態に遭遇しても惑わされることなく冷静に対処できたことを考えると、前世療法セラピストとしては、霊能力は持たないほうがよいという含意の語りのようにも思われます。
あるいは、わたしに霊能力がなく、それらに懐疑的な人間の側にいるからこそ、懐疑的な人たちへの霊的真理の啓発には却って説得力を持ち得るので、神の道具としての啓発者には適っている、という意味かも知れません。
こう考えてみると「霊能力を与えなかった神に感謝をすることです」という意味深い語りは、里沙さん自身の通常の意識からは到底出てくるはずのないもののように思われます。まして、その場の咄嗟の思いつきで回答できる類の語りだとは考えられないと思われます。

【1】の5の語りは、まさにスピリチュアリズムの霊信そのものだと言っていいでしょう。そして、「守護霊に名前はありません」「魂の試練はほとんどが魂の力で乗り越えねばなりません。わたくしたちはただ見守るだけです。導くことはありません」「あなたに閃くインスピレーションが守護霊からのメッセージです」などの具体的な語りは、スピリチュアリズムの高級霊たちの霊信と一致し、正当な守護霊の語りとしてその信憑性が保障されているように思われます。
低級霊が憑依しているとすれば、このような高尚な語りをするとは思われません。

ここで浮上してくるのが、里沙さんがシルバーバーチなどスピリチュアリズムの関連する霊信記録の書籍を読んでおり、それを元に無意識的に演技をして語ったのではないかという疑いです。
しかし、これについて彼女はきっぱり否定しています。また、それを信ずるに足る録音試聴後の感想があります。彼女は感想として次のように語っています。

「私の守護霊は阿弥陀如来だ、と高名な信頼できる霊能者から霊視してもらって、そう信じていました。だから、私自身が守護霊の役割演技をして語るとしたら、守護霊に名前はありませんとは絶対言わないと思います。阿弥陀如来です、と言ったはずです。私の守護霊に名前がないと言われてちょっとショックです。阿弥陀如来以上の守護霊はいないと思っていたから、稲垣先生の守護霊より霊格が上だと思って、密かに優越感があったのに、稲垣先生の守護霊のほうが霊格が高いと言われたのもショックです」

つまり、彼女にスピリチュアリズムの知識があったとすれば、自分の守護霊を阿弥陀如来だなどと信じることはまず考えられません。
高級霊は原則素性を明かさない、というのがスピリチュアリズムの常識ですから、彼女の守護霊についての知識は、仏教の説く「守護仏」と混同している程度の知識でしかなかったと判断できるわけです。
このように検討してみると、【1】の5の語りの主体は、里沙さん自身ではなく、憑依した「守護霊」である可能性が高いと判断できるように思われます。

こうして検討を重ねてきますと、憑依した守護霊の回答は、里沙さんの意識が投影された催眠中の無意識的役割演技だと解釈するよりも、彼女が霊媒の役割を果たし、守護霊からの霊信を伝えたものと素直に受け取るほうが妥当性が高いのではないかと思われます。
ただし、そのように受け取るにしても、ここで述べられている守護霊の語り内容が、絶対的な真実であると主張しているわけではありません。
ヒーリングや前世療法をおこなうわたし自身の活動を、こうした言葉によって権威づけようとする意図も全くありません。
あくまで何らかの霊的存在者の一意見として、冷静に受け止め、参考にすることに留めておくべきだろうと考えています。
こうした守護霊の言葉によって、自分を権威づけたり、選民思想やメサイアコンプレックスに陥ることはあってはならないことで、徹底して厳しく自戒すべきだと思っています。
ここで里沙さんの守護霊の憑依実験と考察を紹介したのは、そうした存在の実在可能性が高いという一つの事例として、読者諸賢の検討材料に資するためです。        


その結果、自分も守護霊によって常に見守られているという被護感が持てたとすれば、けっして人生にとってマイナスになることではないと思います。
わたしあて霊信が届く前には唯物論者であったわたしが今、わたしの守護霊(ガイド)の被護感を感じながらこの記事を書いていますから。
ちなみに、守護する存在は、人間を体験した者を「守護霊」、人間を体験していない者を「ガイド」と呼ぶようにと、わたしあて霊信は告げています。わたしの守護的存在は自らガイドを名乗っています。


ところで、特に「神の計画」「神との約束」といった事柄を、軽々に云々することは、極めて大きな問題を孕むものです。
こうした表現の取り扱いについては、十分過ぎるほど慎重であるべきだと考えています。
そうした自戒がなければ、わたしが掲げている「実証的探究」から逸脱し、実証の裏付けのともなわない無責任な観念論者に堕すると思っています。
また、自分自身の頭の中に守護霊が降りてきてお告げがあった、感応があったなどと、臆面なき広言・断言する人(霊能者・宗教者など)たちは、自分の脳の作り出した妄想であるかもしれない可能性をなぜ検討しないのか、そうした反省的思考(critical thinking)がなぜはたらかないのか、その理由がわたしには理解できません。

たとえば、その筋では名前が売ており、自著もある、霊能者を名乗る人物の妄想であったことが暴かれた次のような実例があります。

霊能者を自称している人物のブログで、ラタラジューは未浄化霊の憑依であり、里沙さんはその憑依霊の霊障によって転写された腰痛などに襲われるであろう、という根も葉もない、とんでもない霊視?感応?の内容が、2010年の「ラタラジューの事例」のアンビリ放映直後に、次のように、自信たっぷりにとうとうと述べられていました。
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 私の感応によりますと、数十年前に亡くなったネパール人男性が、日本へ行く旅行者に憑依して、日本霊域に来ています。
昭和までの幽界が強い時代は、日本の結界が強力に存在していて、外国人のさ迷う霊が日本に入ることは非常に難しかったのです。しかし近年は、この結界が崩壊している様です。私は番組を見て、この事を再認識させられました。
日本霊域でさ迷っていたネパール人男性は、ある時、退行催眠で無防備に成っていた女性の所へと引き寄せられたと言います。そして簡単に入り込む事(憑依)が出来たので、自分の言いたい事を話したのです。
女性(注:被験者里沙さん)は、長年の腰痛治療の緩和に成れば良いと思い、安易に退行催眠による腰痛治療を始めました
ところが術者先生(注:稲垣)による「問い掛け」とは、物を言いたい霊に対して、場所を提供することに成るのです。この結果、彼女は異国の男性の憑依を受けたのです。
問題は、そのネパール人の霊は、この女性に執着していました。
今後、彼女には腰痛に加えて、憑依する霊がいまだに持つ腹痛も、現実的な病気として彼女に転写するでしょう。それ以外にも、彼女の人生に影響を与えて変えてしまいます。
現に番組では、ネパール人男性が戦争に行き、人間を刃物で刺した記憶が、彼女が料理で肉を切る時にフラッシュバックして苦しいと、彼女は話していました。
人の意識に干渉する治療は、予想外の二次被害を生み出しますの注意してください。
お金を払ってまでして、違う危険性を新たにはらみます。
これもやはり、先生も相談者も「無知ゆえの事」です。
彼女は過去生において、東北の弁財天信仰をする滝のそばで、口寄せ(くちよせ:霊を憑依させてお告げをすること)をさせる行者の元にいました。
そこで、寄り代(よりしろ)に彼女自身がされていたのです。その時の因縁の白蛇が、彼女の腰のチャクラに巣食っています。これは腰痛として現れています。
このような過去生の行為が、再度また男性の元に引かれて、口寄せをする行為につながっています。 注:上記本文中のゴチック体部分は稲垣の装飾 
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9年以上前(2010年)のSNS上の記事ですが、この霊能者のもっともらしい自信に満ちた上記予言は、その後の経過によって、唖然とするような妄想であったことが完璧に検証、暴露されています。
そもそも 、「(里沙さんは)長年の腰痛治療の緩和に成れば良いと思い、安易に退行催眠による腰痛治療を始めました」という霊能者の事実認識がでたらめで、勝手な想像の産物です。「因縁の白蛇が、彼女の腰のチャクラに巣食っています。これは腰痛として現れています」などは、100%の妄想以外のなにものでもありません。

彼女の実験セッションは、腰痛治療などまったく関係のない、生まれ変わりの科学的研究のためにおこなわれたものです。
だからこそ、セッションの証拠映像を複数の研究者同席のもとで撮影したのです。
そして、セッション後の里沙さんに霊障(ラタラジューの腹痛の転写)らしき身体の痛み現象などが、これまで9年間の経過で一切起こっていないことが実証されています。
この、著作もあるという自称霊能者は、「感応」できたと称する意識現象が、客観的事実であるのか、主観的な妄想であるのかを、自己点検する謙虚さをまったく欠いたまま、「私の感応は真実である」と臆面もなく断定できてしまう、実証のまるでない思いこみとそうした短絡的思考そのままに生きていける能天気な霊能者のようです。

SAM前世療法の名のもとに、SAM前世療法士有資格者が、検証の余地のない、感応やらチャネリングやリーディングをおこなうことを厳しく禁じているのは、不可視であるがゆえに何とでも言える、感応やら霊視やらについて、わたしはそうした言説を鵜呑みにするような信を置いてはならないと考えているからです。

不可視の霊的意識現象を探究するに当たって、わたしの脳裏に常に去来するのは、35歳であったときの上越教育大学大学院生時代の恩師、杵淵俊夫教育学博士のことばです。
「稲垣君、あなたの言っていることは本当にそうですか? なぜそう言えるのですか?」と2年間、先生の研究室で毎日のように議論しているときに、いつも柔らかな口調で厳しく問われたことばです。
今も、わたしがブログ記事を書いているときに、このことばが蘇ります。
わたしの粗雑で短絡した思考態度は、こうして論理的緻密さを鍛えられてきました。

わたしの書いていることは、本当にそうか、それはなぜそう言えるのか。
杵淵先生に、この問いの回答がきちんと出せるような記事を心がけて書いているつもりです。まさに、杵淵先生から贈られた「学恩」です。


本ブログのコンセプトは、生まれ変わりや霊魂の存在についての探究について                    
いかなる意識現象も先験的に否定せず、いかなる意識現象も検証なしに容認せず

理屈(理論)より実証、観念より事実

という理念を堅持することです。
「生まれ変わり」や「霊魂」の存在は、本当にそうなのか、それはなぜそう言えるのか。この回答を出すための探究が本ブログのテーマです。