2012年1月31日火曜日

スティーヴンソンの反論その1

超ESP仮説では説明できない応答型真性異言
スティーヴンソンが着目したのは、もし、ESPによって取得不可能なものであれば、それは超ESPであろうとも取得が不可能である、という事実でした。少し長くなりますが、彼の着目点以下にを引用してみます。
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デュカス(注 カート・ジョン・デュカス、哲学者)は、本来、霊媒は他人の持つあらゆる認知的情報をESPを介して入手する力を持っているかもしれないことを原則として認めているが、その情報を本来の所有者と同じように使うことはできないと考える。
デュカスによれば、霊媒は、テレパシーを用いてラテン語学者からラテン語の知識をすべて引き出すこともあるかもしれないが、その知識をその学者の好みとか癖に合わせて使うことはできないのではないかという。
以上のことからデュカスは次のように考える。
もし霊媒が、本来持っているとされる以外の変わった技能を示したとすれば、それは何者かが死後生存を続けている証拠になるであろう。
もしその技能が、ある特定の人物以外持つ者がない特殊なものであれば、その人物が死後も生存を続けている証拠となろう。
技能は訓練を通じて初めて身につくものである。
たとえば、ダンスの踊り方とか外国語の話し方とか自転車の乗り方とかについて教えられても、そういう技能を素早く身につける役には立つかもしれないが、技能を身につけるうえで不可欠な練習は、依然として必要不可欠である。
ポランニー(注 マイケル・ポランニー、科学哲学者)によれば、技能は本来、言葉によっては伝えられないものであり、そのため知ってはいるが言語化できない、言わば暗黙知の範疇(はんちゆう)に入るという。
もし技能が、普通には言葉で伝えられないものであるとすれば、なおさらと言えないまでも、すくなくとも同程度には、ESPによっても伝えられないことになる。
(スティーヴンソン「人間の死後生存の証拠に関する研究ー最近の研究を踏まえた歴史的展望」笠原敏雄編『死後生存の科学』PP41-43)
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ESPである透視・テレパシーなどによって、取得可能なのは、あくまで「情報」です。
そしていくら情報を集めても、実際にかなりの訓練をしない限り、「技能」の取得はできません。
自転車の乗り方をいくら本や映像で知っても、自転車に乗ることはできないように、たとえば言語も情報による伝達だけでは「会話」まではできないはずです。
つまり、「超ESP」によっても、「外国語の会話能力」までは獲得することができないわけです。
したがって、ある人物が、前世の記憶を、その前世での言語で語り、かつ現世の当人がその言語を学んだことがないと証明された場合には、超ESP仮説は適用できず、生まれ変わりが最も有力な説明仮説となる、とスティーヴンソンは考えたのです。
そして、前世記憶を語る中には、ESPによる「情報取得」では説明できない、学んだはずのない外国語での会話を実際に示す事例が、きわめて稀ですが、これまで4例報告されています。これを「応答型真性異言」と呼びます。
4例のうち、2例は覚醒中に起き、2例は催眠中に起きています。
(つづく)

2012年1月28日土曜日

死後存続仮説と超ESP仮説

死後存続(生まれ変わり)仮説証明の最後の壁ー超ESP仮説

「タエの事例」の検証の考察で取り上げた「透視などの超常能力(超ESP)仮説」は、生まれ変わり(死後存続)を否定するための十分な裏付けのないまま強引に作り上げられた空論だ、と筆者は述べました。
徹底的な裏付け調査によって、筆者の心証として里沙さんの証言には嘘はあり得ないという確信があり、タエの実在証明ができなかったにせよ、生まれ変わりの科学的証明に迫り得たという強い思いがありました。
ポリグラフ検査によっても、タエに関する諸情報を里沙さんが事前に入手していた記憶の痕跡は全くない、という鑑定結果が得られているからです。
しかし、ここに「超ESP仮説」を登場させると、生まれ変わりの証明はきわめて困難になってきます。人間の透視能力が、かなり離れた場所や時間の事実を、認知できるということは、テレビの「超能力捜査官」などをご覧になって、ご存じの方も多いと思います。
この透視能力(ESP)の限界が現在も明らかではないので、万能の透視能力を持つ人間が存在する可能性があるはずだ、と主張する仮説が「超ESP仮説」と呼ばれているものです。
超ESPを発揮すれば、情報である限り、ありとあらゆる情報を、透視やテレパシーによって入手できるわけで、そうした諸情報を編集し、組み合わせて、もっともらしい前世の物語を語ることが可能になるわけです。
これを里沙さんに適用すれば、彼女は、普段は透視能力がないのに、突然無意識的に、「万能の透視能力」を発揮し、しかるべきところにあるタエに関する「記録」や、人々の心の中にある「記憶」をことごく読み取って、それらの情報を瞬時に組み合わせて物語にまとめ上げ、タエの「前世記憶」として語ったのだ、という途方もない仮説が、少なくとも理論的には可能になるのです。
もちろん、普段の里沙さんに透視能力がないことは確認してありますが、催眠中に里沙さんが絶対に超ESPを発揮してはいない、という証明は事実上不可能です。
そのうえ、海外の事例には、催眠中に突如透視能力が発現したという現象が確かに存在するので、ますますやっかいです。
そうなれば、前世記憶とはそれを装ったフィクションに過ぎず、したがって、生まれ変わりなどを考えることは不要であり、生きている人間の超能力(心の力)によってすべてが説明可能だというわけです。
ところで、この超ESP仮説自体を証明することは、現在のところESPの限界が分かっていない以上不可能なことなのです。
しかし、この仮説を完全に反証しなければ、生まれ変わりの証明ができないとすれば、生まれ変わりは完全な反証もされない代わりに、永久に証明もできないという袋小路に追い詰められることになってしまいます。
一方、前述の「超能力捜査官」などの例でテレパシーや透視の存在は知られていますが、人間の死後存続の証拠は直接には知られていません。
したがって、生まれ変わり(死後存続)という考え方自体のほうが奇怪で空想的であるとして、これを認めるくらいなら他の仮説を認めるほうがまだましだ、とする立場を採る研究者たちによって超ESP仮説は支持されてきたという事情があるのです。
こうして、心霊研究と超心理学の百数十年に及ぶ「生まれ変わり(死後存続)」の証明努力の前に、最後に立ちはだかった壁が、この超ESP仮説でした。
多くの心霊研究者や超心理学者は、超ESP仮説さえなければ、死後存続はとっくに証明されていたはずだと考えています。
それを何としても阻むがために、この「超ESP仮説」は、考え出され支持されてきた仮説だと言ってよいでしょう。そして、超ESP仮説を持ち出せば、どのように裏付けが十分な前世記憶であろうと、すべて超能力で入手した情報によるフィクションだとしてなぎ倒すことが少なくとも理論的には成り立ち、生まれ変わり(死後存続)の完全な証明など永久にできるはずがないということになります。
とすれば、仮に、苦労を重ねて「タエ」の実在を文書等の「記録」によって発見できたとしても、万能の超ESP仮説がある限り、里沙さんがその情報を超ESPによって読み取ったという説明が可能であり、「タエの事例」は前世存在の完全な証明とは認められず、検証のための努力は徒労であったということになってしまいます。
やはり、生まれ変わり(死後存続)の実在などということは、宗教的信仰や霊能者と呼ばれる人々の言説に留めておくべきことで、誰もが納得できるレベルでの生まれ変わりの科学的証明などは、ないものねだりとして断念すべきことなのでしょうか。
この難題に真っ向から挑んだ研究者が、『前世を記憶する子どもたち』などの一連の著作で知られる、バージニア大学のイアン・スティーヴンソン教授でした。

2012年1月27日金曜日

筆者の催眠研究歴その6

(その5からのつづき)
(6) 「亜由美の事例」と問題意識

この「亜由美さんの事例」で、筆者が最も驚きと関心を持ったのは、次のような事実でした。
前世療法についてまったく知識がなく、また、魂や生まれ変わりをまったく信じていないにも関わらず、そして、前世療法をおこなうことを予告していないにも関わらず、つまり、クライアントにとって完全に白紙の状態でのセッションにも関わらず、深い催眠状態では「中間世」と呼ばれる次元での記憶や「前世」の記憶が想起された事実でした。
特に「中間世」については前世ほど一般的にイメージしやすい概念ではなく、「時間も空間も超越した光の世界が広がっています」という暗示だけで、このような魂状態に移行することは考えにくいように思われます。
また、彼女の前世記憶の真偽については、語られた内容が情報不足で検証不可能ですが、まったく魂や生まれ変わりを否定している亜由美さんが、それをリアルに想起できたという現象はいかにも不思議でした。
実はこの「亜由美の事例」こそ、2004年4月立命館大学で開催された日本催眠医学心理学会・日本教育催眠学会合同学会で、前世療法の特殊事例として研究発表したものです。
60名ほど集まった発表分科会の研究者の意見は、セラピストの誘導とその期待に応えようとするクライアントの「作話」「前世の物語」「想像した前世」である可能性が濃厚であるというものでした。
催眠中のセラピストの期待(要求)を敏感に感じ取って、その期待(要求)に応えようとするクライアントの態度や心理的傾向を催眠学用語で「要求特性」と呼びます。
「亜由美の事例」は、筆者の前世への誘導暗示に対する「要求特性」がはたらいた結果想起されることになった前世イメージのフィクションに違いない、というのが催眠学に則った「科学的説明」だということになるのでしょう。
想起された前世の記憶についての日本のアカデミズムの見解は、このような受け止めが大勢を占めていると言ってよいと思います。
しかし、前世や魂の存在をまったく信じないという信条を持っている亜由美さんが、催眠下においてそれを簡単に放棄するほど「要求特性」が強くはたらいた、という安易でもっともらしい「科学的説明」は、筆者には説得力があるとは思えませんでした。
「要求特性」を考慮して強引な誘導にならないように、「もし、あなたに今の人生の他にも別の人生があるとしたら、そこに戻ってみましょう」という注意深い暗示を与えたつもりです。
そして、その結果想起されたものは、別の人生である「前世」ではなく、中間世の「魂状態」でした。
潜在意識の深淵には、「要求特性」によるフィクションという催眠学的説明ではおさまり切らない、魂の状態の記憶、あるいは前世の記憶とおぼしき何かが潜んでいるからこそ、それらが顕現化してくると考えることが自然な解釈ではないでしょうか。
そして、この最初の事例を契機に、こうした解釈の妥当性を自ら実証しようという筆者の強いこだわりが始まっていくことになりました。
そもそも、アカデミックな陣営に所属する研究者は、「前世」「魂」という用語に、問答無用の非科学的というレッテルを貼り付け、自ら前世療法に取り組み、非科学的である実証作業を放棄しているとしか思えませんでした。
この筆者最初の前世療法である「亜由美の事例」は、その三年後(2005年)に出会うことになる「タエの事例」につながっていく前駆的事例でした。
前世療法と呼ぶ以上、前世記憶の検証可能な事例に出会ったときには納得のいくまで徹底的に検証せずにはおかないという探究心が強く芽生える契機となったからです。
そして解答は、前世(生まれ変わり)があるか、ないか、二つに一つです。
こうして、2006年10月に「タエの事例」、2010年8月に「ラタラジューの事例」が、フジTV「奇跡体験アンビリバボー」に取り上げられ、生まれ変わりを示すセッション証拠映像が放映されることにつがっていくことになりました。

2012年1月25日水曜日

筆者の催眠研究歴その5

(その4からのつづき)
(5)初めての前世療法の実際
以下は亜由美(仮名)さん19歳におこなった初めての前世療法のセッション記録です。
その4で述べたように、亜由美さんには前世療法を試すことについて告知をしていません。
また、事前の聴き取り調査において、彼女には前世療法についての知識は皆無であり、前世や魂の実在は一切信じていないと断言しています。
TH:もし、あなたに、今の人生の他にも別の人生があるとしたら、そこへ戻ってみましょう。
これから、三つ数えると美しい10段の階段が見えてきます。その先にはドアが見えます。
ドアの隙間からはまばゆい光が漏れています。ドアの向こうは、時間も空間も超越した光の世界が広がっています。そこでは、時間や空間を超えて、自由にどこにでも行くことができます。そうして、あなたの過去の人生で経験したことで、今の亜由美さんのリストカットの原因になっているようなことがあれば、何でもはっきりと思い出すことができます。
では、ドアまで階段をゆっくり降りていきましょう。1・2・3・・・・・・10。  
さあ、ドアの前まで降りてきました。あなたは、ドアのノブを持って、ゆっくりドアを開いています。光があなたを包み込んでいます。さあ、光の世界へ一歩踏み込んでいきましょう・・・・・・。
今、あなたは、どこで何をしていますか? はっきり分かりますよ。私にお話ししてください。
亜由美さんは、能面様の無表情のまましばらく沈黙していました。その後の彼女の語りは、驚くべき内容でした。魂も前世の存在もまったく信じない、と断言していたにもかわらず、彼女は真っ先に魂状態の記憶を語り出したからです。

TH
: さあ、今、どこで何をしているかお話できますか? できるならお話してください。

CL
: 白く輝く、雲みたいに輝く光の中にフワーっと漂っています。 

TH
: あなたの身体はどうなっていますか? ありますか?

CL
: ありません。

TH
: 身体がないなら、あなたはどんな姿なんですか?

CL
: 光みたいです。

TH
: 光みたいな状態で、意識だけがあるのですか?

CL
: はい。

TH
: そういう状態は、魂と呼んでいいのですか?

CL
: はい。

TH
: それでは、魂になってその光の世界に来る前の人生に戻り、現世の亜由美さんの苦しみの原因を作っている場面に戻りますよ。はい、一・二・三。さあ、今、どこで何をしていますか? 

CL
: 厚手の絨毯(じゅうたん)の敷かれた部屋にいます。黒のロングスカートに、宝石が縫いつけてあるシルクの白いブラウスを着ています。部屋の家具の取っ手は、装飾を施した高価な家具です。私の眼の色は緑色で、髪は金髪を結い上げています。私は42歳、お金持ちですが、美人ではありません。自分の名前・国籍、今の年号は分かりません。ただ、窓の外をみると、自動車と馬車が走っているのが見えます。となりには、恋人である男性が座っています。その恋人が、突然ピストルで私の左胸を打ち抜きました。私は、訳も分からず突然恋人に殺されたのです。この恋人の、理不尽な行為を絶対許すことはできません。
こうして彼女は、裕福な生活をしていたらしい42歳の西洋の女性として生き、恋人に突然射殺された人生を想起しました。
国名・年号、自分の名前などを具体的に思い出すことはできませんでした。
彼女は自分が殺害された理由が知らされないままに、理不尽に命を落としたのでした。
そして、そうした、恋人であった男性の裏切り行為がどうしても許せないと語り、同様に現世の夫の裏切り行為もどうしても許すことができないのだ、と語りました。
この初回セッションで、現夫への過剰な怒りの理由が前世人格からの影響を受けていたことを洞察し、しかし、夫に嫌われたくないという葛藤からリストカットに走っていること、その葛藤によって記憶を抑制していたことを理解できたことを境に、リストカットの回数が減少に向かいました。
亜由美さんへの前世療法は、その後4回ほど続き、リストカットがなんとか治まったところで終結としました。 
彼女の場合、普通は思い出せる催眠中の記憶が、抑制されて覚醒後にほとんど思い出せません。
全セッションにはご両親の同席をお願いしましたが、セッション中に語られた内容は筆者が許可するまで、明かさない約束をしておきました。
最終セッションを終えた後、各セッションのおおまかな内容を説明をすると、彼女は激しく動揺し、筆者に嘘をついた、申し訳ない、と言い残して自分の部屋に籠もっしまいました。彼女が落ち着きを取り戻してところで説明を再開して事情を聞いてみました。
動揺したわけは、通常の意識ではまったく信じていない魂や前世であるのに、それを催眠中に語ったことへの驚きと、自分が嘘を語ったに違いないという罪悪感から自己嫌悪に陥ったからということでした。 
しかし、催眠中に意図的に作り話をすることは考えにくいこと、勝手に口が動いて話してしまう自覚があったことなどから、やはり語ったことは意図的な嘘ではないだろうと納得したようです。 
また、納得した大きな理由が、ピストルで左胸を打ち抜かれて殺害された前世記憶を想起したことを境に、幼少から断続的に起きていた心臓の痛みが不思議にもピタリと消失してしまったことでした。
この事はご両親にも確認しましたが、彼女は幼少から心臓の痛みを度々訴えるので、何度も医師の診断を仰いできたけれども、特に所見がないということでこれまで経過してきたとのことした。
このようなことが作り話で起こるとは考えられないと彼女は納得できたようです。
(つづく)

2012年1月24日火曜日

筆者の催眠研究歴その4

(その3からのつづき)
(4) はじめての前世療法
筆者は、自分の学んできた催眠技法はすべて使い果たしたので、これ以上のお役には立てないだろうとお断りをしました。しかし、「どんなことをしても娘を救いたい」という再三の懇願を振り切ることは忍びず、逡巡したあげく、最後の手段として前世療法を試みることを決断しました。万策尽きた以上、可能性はそこにしかないと思ったのです。
とにかく改善効果があるかも知れないのなら、試みてみるのがセラピストの務めであろうと思いました。
とはいえ、筆者にとって未知の前世療法の適用は厳しい認識に立たざるを得ないものでした前もってどんな前世の記憶が出てくるかまったく予測できず、それでも全セッションに責任持って臨機応変、戦略的に対処していかねばならないからです。
心理療法の総合的技量が直截(ちよくせつ)に試されることになるという認識に立たざるをえませんでした。
筆者にそれだけの技量があるのか、前世療法に取り組むことは、緊張と不安なしにはできないことでした。
引き受けたからには最善を尽くすしかない。異常な兆候を感じたときには躊躇(ちゆうちよ)せず中止して覚醒させる。
亜由美さんの潜在意識に現れてくるプロセスを現れるままに受け止め、集結への流れを無理なく進めていくしかない。
こうした覚悟を固めないでは踏み込めない未知への挑戦でした。
この亜由美さんへの最初の前世療法には、通常のセッションにはない特殊な前提が伴っています。
それは、彼女に前世療法を試みることがまったく伏せられていたことです。
彼女自身の希望ではないことと無用な心理的混乱を生じさせないために、ご両親の了解を得ておこなった措置でした。
亜由美さんはもちろん、ご両親にも前世療法の知識が皆無であること、彼女は前世や生まれ変わりをまったく信じていないと断言している状況も、通常のセッションとは異なるきわめて特殊な前提であると言えます。
亜由美さんはすぐに記憶催眠(深い催眠)の深さまで入りました。そこで、順に年齢を退行をさせ、それぞれの年齢で記憶しているエピソードを語ってもらい、最後は子宮内まで退行させました。
前世記憶への遡行に先立って子宮内退行をおこなうという技法が一般的かどうかを筆者は知りません。
ただ、現世以前の記憶があるとすれば、順序として子宮内への退行をしてくことが自然であろうと考えて試みたものです。 
ここで用いた前世記憶想起への誘導暗示は、ワイスの『前世療法2』の巻末にある誘導法を参考にしたものです。
この方法による前世療法を便宜的に「ワイス式」と呼んでおきます。
(つづく)

2012年1月23日月曜日

筆者の催眠研究歴その3

(3) 前世療法への取り組み 
筆者が前世療法に取り組むことになったのは2002年に、一人のクライアントを引き受けた際のことでした。
このクライアントとの出会いがなければ、その後の前世療法への強い関心も生まれ変わりの本格的探究にも導かれることはなかったと思います。
リストカットを繰り返すその既婚女性は19歳の亜由美さん(仮名)でした。
知人を介して亜由美さんの父親から依頼があったのですが、その症状がかなり重篤であることの説明を受けていったんはお断りしました。
毎日のように繰り返し、その間の記憶のないリストカットと、夫に対して些細なことがきっかけで怒り出し、暴力を振るうなど、頻繁に見られるパニック様症状の改善が主訴(依頼内容)でした。
一年近く公立病院精神科に通院しており、抗うつ剤・精神安定剤の処方とカウンセリングを受けていましたが改善の兆しが見られず、本人も承諾しているのでなんとか催眠療法を受けさせたいということでした。
えてしてこうした依頼をされる場合には、最後の頼みとしての催眠療法に対する過大な期待されていることが多く、引き受けることを安易に返答してはならないというのが筆者の原則でした。
二度はお役に立てそうにないからとお断りを繰り返しましたが、とにかく会うだけでも会ってほしい、という懇願に負けて面接をすることにしました。
お会いする前提として主治医に診断名と催眠法適用の適否を確認するようにお願いしました。
最初の家庭訪問で、父親から、診断名は特につけられない、催眠の適用も特に問題はないという主治医の回答をもらったという説明を受け、亜由美さんとの面接でも異常な言動の認められないことを確認して、慎重に第一回のセッションをすることになりました。 
彼女の被暗示性はきわめて良好で、痛覚麻痺の起こる知覚催眠(中程度の深さの催眠)までに容易に誘導することができました。
こうして、リストカットの原因を探るための年齢退行催眠を毎週一回、7回にわたって試みてみました。
この過程で、彼女のリストカット中の記憶が抑圧されていた原因を少しずつ明らかにしていくことができました。
ご主人との恋人どうしの時代に、ご主人が別の女性に妊娠させていたという裏切り行為を知ったことが原因であることが明らかになっていきました。
それにともなって、リストカットの回数とパニックが徐々に治まっていきました。
自分が無意識に抑圧して意識にのぼることがないようにしていたものを意識の明るみに引き出し、抑圧によって引き起こされていた症状の意味を「ああ、そうだったのか」と感情を伴いながら納得できたとき症状は克服される、というのが多くの心理療法に共通する治癒の原理です。
リストカットがほぼ治まったのを確認し、これで筆者に可能なやるべきことは終わったという思いで、彼女への催眠療法を終結しました。
しかし、その一か月後、リストカットが再発し、なんとしても催眠療法を再開してほしいという父親からの依頼が届きました。
(つづく)

2012年1月22日日曜日

筆者の催眠研究歴その2

(2) 前世療法への関心
筆者がブライアン・ワイスの『前世療法』の出版が話題となっていることを知ったのは1992年だと記憶しています。
しかし、筆者はその時点では、大衆受けをねらった催眠療法の目新しい技法がもてはやされていると思っただけで、購入する気も起きませんでした。
自分のやってきた教育催眠とは遠い距離のある、無縁の領域の話だと思っていたからです。
むしろ、催眠療法の領域に前世などという宗教臭の濃厚な言葉を持ち出されたことで、科学としての催眠が、一般の人々から再び非科学的なものと受け取られることになるのではないかという危惧と、実証されてもいない生まれ変わりや魂の存在を当然の前提としていると思われるその用語に、通俗的で抑制を欠いた軽薄さを感じ、嫌悪感すら覚えていました。
ただし、催眠療法実践者として、「前世記憶」が語り出されるまでの誘導過程に対する技法的な関心はありました。そして、93年にワイスの『前世療法2』が書店に並んだ際、その巻末に「前世記憶」想起への誘導法が述べてあるのを見つけてそれを購入しました。
それが前世療法との最初の出会いでした。
ワイスの前世想起への誘導技法は、基本的には記憶催眠レベル(深い催眠)まで誘導し、その先の前世にまで退行させるというだけのことで、年齢退行のできる技法さえ修得していれば実施可能な催眠技法だと思われました。とはいえ、前世や魂といったものへの関心はまったくなかったので、試す気持ちは毛頭なく、また試す機会もないだろうと思いました。
ただし、前世療法で想起されたとする前世記憶の真偽は別にして、どうやら改善効果を認めることは否定できないらしい、というのが当時の筆者の評価でした。
このように、前世といったものに当初は拒絶感を抱いていた筆者ですが、その後、イアン・スティーヴンソンの生まれ変わり研究(『前世を記憶する子どもたち』『前世の言葉を話す人々』)や、臨死体験諸研究の本を読むようになって、次第に拒絶感は薄らいでいきました。
単なる興味本位や宗教的立場で書かれたものではなく、真面目で公正な科学的視点と方法論に立って、生まれ変わりの真偽や臨死体験を経験科学の対象としている研究者が、海外には少なからず存在することを知ったからでした。
特にスティーヴンソンの研究は、綿密・周到な情報収集とその検証において、あらゆる説明可能性を検討する柔軟かつ公正な科学的態度に共感を覚え、前世や生まれ変わりといった筆者にとってこれまで全く未知の領域の問題に徐々に関心をもつようになりました。
死後はあるのか、ないのか、その回答はいずれかしかありません。
これは人生の折り返し点をすでに折り返し、自分の死を否応なしに意識せざるをえなくなった年齢にさしかかった筆者にとって切実さを増す問題となってきたからでもありました。
ただし、生まれ変わりや魂の実在などを認めたのではなく、当面は「判断留保」のまま慎重に探究するに価値のあるテーマではあると思ったのでした。
以上述べてきたように、前世の存在を当然の前提にしていると思われる前世療法に、通俗的な胡散臭さを覚えながらも、その改善効果を認めることにはやぶさかではないというのが、筆者の前世療法に対する評価でした。
そして、語られた前世の記憶については、額面通り受け取ることは軽信的であるとしても、すべて信憑性がないと断定するのも公正な態度ではないだろうと思うようになりました。
(つづく)

2012年1月21日土曜日

筆者の催眠研究歴その1

(1) 筆者の催眠に対する立場
筆者は公立小中学校教員として、25年間教育催眠の研究に携わってきました。
日本教育催眠学会に所属し、教職を退くまでに児童・生徒に教育相談として実施してきた催眠面接者数は、1300名程度になります。
一人ひとりの面接について、保護者への説明責任を果たせるように一回ごとの面接記録をカルテに残してきました。
教育現場での総面接回数は、3000回を超えていると思います。
その面接内容を列挙してみますと、夜尿・就眠困難・花火恐怖症・ジェットコースター恐怖症・恐怖の夢、心因性唾液分泌過剰、バイオリンなど楽器の指使い練習、鼻水すすり音の過剰嫌悪、暴言癖・冷え症・対人恐怖・大便漏らし・失恋愁訴・心因性視力低下などを挙げることができます。
こうした様々な主訴の改善事例を増やしていく過程で、保護者から感謝の手紙を受け取ることが度々あり、科学としての教育催眠研究にますます傾注していくことになりました。
教育催眠研究を始めた頃、中学校生徒指導主事を務めていた筆者は、その実績が上がってくにつれて、突っ張りグループのメンバーなど生徒指導上の要援助生徒からも依頼を受るようになりました。
催眠法適用による生徒指導上の改善効果に確かな手応えを認めることができた後、さら学業指導に催眠法の適用を試みるようになり、ここでも、顕著な成果を上げられることを確認できました。
中学校では保護者からのクレームを一切受けることがなく自信を深めましたが、小学校では、十数人の宗教団体に属するグループの親からの思いもかけない強硬な抗議を受け、教育委員会がらみの事件となることがありました。
催眠は、マインドコントロールであるから学校現場で催眠を用いることはまかりならん、という抗議でした。
催眠を頑強に否定する抵抗に初めて直面し、催眠に生理的とも呼べる嫌悪感、あるいはぬぐいがたい不信感を示す人々が存在することを身をもって実感する苦い経験でした。
まったく聞く耳をもたない一部の親が存在し、しかも市議会議員や教育長がらみで教育催眠に圧力をかけてくるという予想もしなかった事件でした。
催眠はマインドコントロールであるなどの誤解から生じた事件でしたが、催眠への誤解・偏見による不信感・嫌悪感がいかに根深いものであるかを実感させられた事件でした。
この事件のあった小学校においては、その後、校内での催眠面接は中止し、家庭訪問による催眠面接に切り替えて継続しました。
親の見学のもとで実施する面接においては、依頼に応じて年齢退行を試みる機会に恵まれることになり、かえって催眠法の新しい局面を開いていくことができました。
面接依頼に応じて家庭訪問をし、親に見学してもらいながら一つ一つ成功事例を着実に積み上げることで、教育催眠の科学としての正当性と改善効果を着実に認知してもらうしかないと思いました。
こうした努力が徐々に実を結び、保護者など成人からの催眠面接依頼が少しずつ舞い込むようになりました。
教育催眠を広く「自己実現への援助」ととらえる立場からすれば、不都合な症状に苦しむ成人からの依頼に対して断る理由もなく、催眠法適用によって改善可能性ありとの判断ができる事例であれば、たいていの依頼には応じるようにしてきました。
こうして成人への面接事例は徐々に増加し、喫煙依存・パチンコへの耽溺(たんでき)・早漏・対人恐怖・赤面恐怖・爪噛み・失恋愁訴・アトピー性皮膚炎痒(かゆ)み・肥満・あがり症・心因性肩凝りなどの改善に取り組んでいくようになりました。60名ほどに、基本的に子どもへの催眠面接と同様な技法で実施を重ね、70%程度の改善効果を上げることができした。
それによって成人に対する催眠面接にも自信も持てるようになりました。
こうして筆者が25年間の実践で到達した科学としての教育催眠への基本的な考え方は次のようなものです。
催眠を受ける立場に立ったときの催眠体験とは、非論理的、非現実的な性格を持つ暗示に対して、そうした非現実的な暗示を受け入れようと無意識的な努力をした結果、現実の不自由な束縛から解き放たれて、非現実的な催眠の世界に入る体験だと言うことができます。
やがて、こうした催眠に入る体験をすること自体に、改善効果があるらしいと気づくようになりました。
それでは催眠体験を教育という観点から改めて問うとき、それは体験者の生き方にどような教育的影響を及ぼすと考えられるでしょうか。
催眠に入るという体験は、催眠者に全面的な信頼を寄せ、自己を放棄した末に、非論理的、非現実的な暗示を素直に実現しようと無意識的な努力をすることです。
それは、それまでの論理的、現実的な努力の仕方を否応なく放棄しないことには成り立つことではないのです。
そうした努力の仕方は、それまでの論理や現実に束縛されていた日常の生き方をとりあえず中断し、非論理的、非現実的な生き方に転換してこそ可能になると考えることができます。
つまり、催眠に入るという体験は、それまでの日常的な対処の仕方をいったん放棄し、催眠者を信頼しすべてを委ね、非現実的、非論理的な対処の仕方へと転換していくという体験をすることだ、と言うことができます。
体験者は、そうした非日常的、非論理的体験の過程で、自分を拘束し抑制していたものから解放され、自由になる仕方を学んでいくことになると思われます。
それは、現実的意識世界からいったん離脱し、非現実的な意識世界を選択することであり、そこに立ち現れる豊かな未知の無意識(潜在意識)世界へと世界を広げていくことでもあります。
そうした無意識世界でこそ可能になる普段の自分を乗り越える体験が、普段の自分には隠されていた能力への気づきや目覚めを促し、そうした気づきと目覚めによって、自分への信頼感ないし自尊感情を獲得させていくと考えることができます。
このように催眠をとらえるなら、催眠状態とは、一般に定義されている「意識の変性状態」ということではなく、「未知の意識(潜在意識)へと意識領域が拡大した状態」だと理解するべきではないでしょうか。
そうした催眠によって拡大した意識世界の体験と、日常的意識世の体験とを統合することによって、人は人生をさら豊かに生きることができるようになっていくのではないでしょうか。
こうした催眠体験のあり方にこそ、催眠の持つ教育的意義を認めることができると思われます。
このように催眠をとらえるなら、催眠は子どもに限らず、成人においても、広く自己実現を援助する有効な教育手段という位置付けができるのではないかと思うように至りました。
ここまでが、教育催眠の実践から学んできた現在の到達点であると言うことがきます。
そして、この催眠への根本的考え方は、教育現場の実践から離れた現在も変わることなく受け継がれています。
つまり、SAM前世療法も、魂次元における前世人格の自己実現を援助する教育手段である、ととらえています。
魂の表層にあって、今も苦悩を訴え続けている前世人格たちは、己の人生で自己実現を果たすことなく、すなわち、魂の成長・進化に資することなく人生を終えてしまった苦しみ、悲しみを訴え続けているのだ、という解釈に立っています。
これまで述べてきたように、筆者は科学としての催眠を掲げ、教育現場での催眠面接の実践を積み重ねてきました。
その実践の過程では、まれに報告されることがある催眠中の超常的な現象といったものに出会うことは皆無でした。
そもそも教育催眠では、前世記憶の想起などに必要な催眠深度まで誘導することは不要なので、そういった超常現象は起こるはずもありません。子どもはもちろん、保護者からも前世療法の依頼を受けたことはありませんでした。
(つづく)

2012年1月15日日曜日

前世療法とは}何か その6

(6) 前世記憶の実証放棄という現状 その2

(5)で述べてきたように、海外においても前世療法家自身による「前世記憶」の厳密な科学的検証は、ほとんど放棄されているという現状は、日本とあまり大差がないように思われます。
こうした前世記憶の実証放棄の現状について、超心理学者である笠原敏雄氏は、ホームぺージ「心の研究室」で次のような前世療法批判を展開しています。
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ほとんどの前世療法家は、驚くべきことに、患者の発言を歴史的事実に照らし合わせる作業をまったくしていないようです。
仮に、患者の口から、歴史的に正しい事実が語られたとしても、それが「前世の記憶」なのか、それまで本などの情報から得たものなのかはもちろんわかりません。
ですから、そうした情報に基づいたものではないことを証明できない限り、「前世の記憶」とは言えないわけです。
しかし、ほとんどの前世療法家は、それ以前に、歴史的事実との照合すらしていないし、にもかかわらず前世の記憶だと断定してしまうのです。
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一方で、前世療法について筆者の知る唯一の学術論文の著者である相模女子大学石川勇一氏は、その論文『前世療法の臨床心理学的検証』(「トランスパーソナル心理学/ 精神医学Vol.5 No.1)の中で次のように主張しています。
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臨床家的視点に立つならば、果てなき真贋(しんがん)論争に全精力を注ぎ込むよりも、心や魂の現実としてのイメージについて精通し、その扱い方を洗練させる方が、ずっと有益であるように思われる。・・・前世体験が客観であるか想像であるかは括弧(かつこ)にくくり、どちらの可能性も残しながら、イメージそのものを現象学的に扱っていくのである。
したがって、「前世療法」は正式には「前世イメージ療法」というべきなのである。
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前世記憶を実証することは、個人はもちろん、社会すべてにとってきわめて重大な影響を及ぼす問題です。
そうしたやっかいな真偽の検証は「括弧にくくり」、臨床家として「前世イメージ療法」として扱っておくことが有益で生産的だという石川氏のような主張が、あれこれ真偽の詮索をすることより、治ればOK、とする大方の前世療法家の立場を代弁し、実証研究を回避する論拠になっているのではないでしょうか。
こうして、前世記憶の実証放棄という現状が現在もなお続いていると考えられます。

2012年1月14日土曜日

前世療法とは何か その5

(その4からのつづき)
(5) 前世記憶の実証放棄という現状

前世療法は、いまだ実証されていない「前世」を前提としているように見えるために、日本のアカデミズムからは正統的催眠療法とは認められていないように思われます。一方で、日本の100を越える民間機関では現在も最も人気の高い催眠療法です。
そして、前世療法を白眼視していると思われるアカデミズムは当然としても、盛んに前世療法を実施している民間の前世療法士も、どういうわけか「前世記憶」の実証研究をまったく放棄しているという現状が続いています。
それでは海外においてはどうでしょうか。
ワイスの『前世療法』で述べられているキャサリンの事例で示された前世記憶の信憑性の裏付けは、彼女が絶対知るはずのない三つの情報を語ったことにあるようです。
一つはワイスの父親のヘブライ名であるアブロムを言い当てたこと、もう一つはワイスの娘の名が彼女の祖父にちなんで命名されたこと、さらに一つは、生後間もなく死んだワイスの息子の死因である心臓の先天的異常を言い当てたことでした(同掲書56頁)。
このことをもってワイスはキャサリンの語った前世について、「私は事実を掌握したのだ。証拠を得たのだった」(同書61頁)と結んで確信しています。
しかし、この三つの事実をもって前世の証拠を「確信」したとすれば、軽信の誹(そし)りを受けるのではないでしょうか。
ワイスは、スティーヴンソンの著作や、デューク大学のESP(超感覚的知覚。テレパシーや透視など)研究に関する資料にも目を通したと語っています(同書39頁)。
であるならば、キャサリンが強力な超常能力(透視・テレパシーなど)を発揮して、ワイスの意識下から三つの情報を引き出したかもしれないというESP仮説によって説明できることをなぜ検討しなかったのでしょうか。
結局、ワイスの著作『前世療法』は、読み物としては興味深くても、学問的に信頼のおけるきちんとした検証の裏付けという観点からすれば、前世記憶の科学的実証への努力はほとんど何もおこなわれていないと言えるでしょう。
さらに同じく前世療法を扱ったホイットンの『輪廻転生』ではどうでしょうか。
ハロルドというクライアントがバイキングの前世に戻ったときに、ホイットンの求めに応じて書き記した二二の語句を専門家が検証した結果、10語がバイキングの言語であったという記述(前掲書211頁)については、前世存在の状況証拠として採用できるように思われます。
例えば、古ノルド語の、氷山・嵐・心臓・静かな天候、湾・容器などの単語、セルビア語の、おいしくない、堅い氷・流氷などの単語を書き綴ったとされています。古ノルド語は、現在完全に死語となっている言語です。しかも、同様の死語である古典ラテン語や古典ギリシア語のように現在も学ばれる機会のある言語ではなく、北欧の言語専門家のような特殊な研究者にしか理解不能な死語だそうです。
では、こうしたバイキングの用いた特殊な単語を書き綴ったというハロルドの事例は、前世記憶の存在を支持する強力な証拠として手放しで採用できるのでしょうか。
しかし、この事例についても、ハロルドというクライアントが強力な超常能力を発揮して、書物等から死語である単語の情報を入手した可能性を疑うことができるわけで、そうした検討がされないままで、「状況証拠ではありますが、きわめて有力なものがそろっている現在、理屈のうえで輪廻を認めるのに特に問題はない」(同書7頁)と断定できるものではないと思われます。
ほかに催眠療法家の検証した前世記憶の検証としては、ブルース・ゴールドバーグ『前世探検』(邦訳)による、アイビーというクライアントの語った「グレース・ドーズの事例」が挙げられます。詳細な殺害状況を語った前世人格グレース・ドーズの語り内容が、ことごとく60年前の新聞記事と警察の記録に一致したというものです。ただし、このセッションは筆記録しかないものであり、しかも、邦訳を見る限りグレースと殺人者であるジェイクという男の対話は創作とも受け取ることができる点で、科学的信憑性に疑問が残ります。
結局、ワイスの著作、ホイットンの著作、ブルースの著作にしても彼らの実施した前世療法の中で語られたクライアントの前世記憶の科学的実証性という点において、厳密な検証が不十分なままに終わっていると言わざるをえないと思います。
(つづく)

2012年1月13日金曜日

前世療法とは何か その4

(その3からのつづき)
(4) 日本のアカデミズムと前世療法

日本のアカデミックな催眠研究者にとっても、前世療法は目障りな存在のようです。
そもそも催眠というものは、世間では根強い偏見と誤解を持たれ続けてきたものです。
現在の科学体系に加わろうと科学としての催眠を必死に目指してきた催眠研究者にとって、前世療法は世間の偏見・誤解をいっそう助長する、けしからぬ存在と映るのも当然です。
こうした動向を示す一つのエピソードを紹介してみます。
筆者は、2004年、京都立命館大学で開かれた、日本催眠医学心理学会・日本教育催眠学会合同学会で、前世療法の特殊事例を研究発表しました。
なお、両学会を通じて、前世療法について発表したのは筆者が二人目で、過去に元田克己氏(元田教育・心理相談研究所長)が発表しているのみということでした。
筆者の発表分科会には、日本の心理学系催眠を代表する大学の研究者、医師、現場の教師など60名ほどが参加しています。
前世療法に対する大学研究者の象徴的意見が次の討議のやりとりに示されています。A氏は国立大学所属の催眠研究者です。
A氏 : 年齢退行催眠中に「生まれ変わり」などを先生(筆者)が言ったので、クライアントがそれに応える形で「生まれ変わり」などの言葉を出してきたのではないか。
筆者 : そういうことは言っていない。子宮に宿る前の世界があるかどうかを確かめるために「あなたは時間や空間に関係のない世界に入っていく」という言い方の誘導 はした。
A氏 : あなたが、そういう世界に入るだろうと誘いをかけている。ということは、そういう世界にセラピストが誘導した結果、クライアントがセラピストの期待に応えるために「生まれ変わり」や「魂」を作話していく可能性がある。
前世療法には効果があるといって、何でもかんでもセラピストのほうから前世に引きずり込んでいくことには危惧を感じる。前世があくまでクライアントが出してきたものであれば、それに乗って面接を進めていくのはいい。
そうした過程をたどって、クライアントの前世の物語の決着がつくならば改善効果は大きいと思う。
だから、前世療法はナラティブセラピー(物語療法)の観点からみることもできる。
つまり、自分のそれまでの古い物語を作り替え、新しい自分へと脱皮していき、治癒していくという観点からの考え方もできる。
また、一般の人たちはの中には、催眠と言うと前世に行くのかと思っている人が多い。
だから、そうした催眠に対する期待や思い込みによって、自分の想像した前世に行ってしまうということも十分ありえる。
このA氏の意見は、語られる前世記憶の想起がセラピストの誘導とその期待に応えようとするクライアントの「作話」「前世の物語」「想像した前世」である可能性が濃厚であるという点で、前述したベイカーの出した結論と共通しています。
そして、この分科会討議は、前世記憶は論じるまでのないフィクションだという共通認識で終始しました。
筆者の事例発表以後、両学会で前世療法研究が発表されたことをいまだ耳にすることはありません。
前世療法は、科学としての催眠研究の対象には加わる資格のない催眠療法として日本のアカデミズムから白眼視ないし、無視されていると思われます。

2012年1月12日木曜日

前世療法とは何か その3

(その2からのつづき)
(3) 前世療法への批判


一方、前世療法に関する批判も多く出されています。 
もちろん、死後存続や生まれ変わりなどを頭から否定する唯物論者が、前世療法を批判するのは当然のことです。
ところが、生まれ変わり研究の第一人者イアン・スティーヴンソンも、前世療法や催眠による前世想起に対して、厳しい批判をしています。
それは、彼が、前世の記憶をある程度持っていると思われる者を催眠に入れ、前世想起の実験を13例実施し、地名・人名を探り出し特定しようとした試みがすべて失敗した(『前世を記憶する子どもたち』80頁)ということにあるようです。
こうして、催眠中に前世の記憶らしきものが語られたにしても、催眠によって誘発された催眠者に対する従順な状態の中では、何らかの前世の記憶らしきものを語らずにいられない衝動に駆られ、通常の方法で入手した様々な情報をつなぎ合わせて架空の人格を作り上げてしまう可能性が高いと主張します。
そして、催眠中に語られたリアルな前世の記憶が、実は架空の作話であったと検証された実例を数例あげて、催眠が過去の記憶を甦らせる有効な手段だと考えるのは誤った思いこみであって、実際には事実からほど遠いことを証明しようとしています。
こうしてスティーヴンソンは、次のように痛烈な前世療法批判を展開しています。
「遺憾ながら催眠の専門家の中には、催眠を使えば誰でも前世の記憶を甦らせることができるし、それによる大きな治療効果が挙がるはずだと主張するか、そう受け取れる発言をしている者もある。
私としては、心得違いの催眠ブームを、あるいは、それに乗じて不届きにも金儲けの対象にしている者があるという現状を、特に前世の記憶を探り出す確実な方法だとして催眠が用いられている現状を、何とか終息させたいと考えている。(『前世を記憶する子どもたち』7頁) 」
こうしたスティーヴンソンの批判の矛先が、ワイスやホイットンの前世療法に向けられているとは必ずしも言えないでしょうが、この批判がなされる同時期に、相次いで彼らの著作が公刊されていることも事実です。
前世記憶の真偽を研究するために、膨大な労力と綿密な検証作業を長年積み上げてきたスティーヴンソンにとって、催眠中に語られた前世の記憶を確かな科学的検証にかけないまま、症状改善を理由に、前世の存在を安易に認めてしまう前世療法家が、苦々しく思えることは当然でしょう。
ただし、彼は、催眠中に語られる前世の記憶をすべて無意味だとしているわけではありません。
事例の中には、彼自身の検証の結果、通常の方法では入手できない情報が少数ながら存在することも認めています。
スティーヴンソンはその後の著書『前世を記憶する子どもたち2』106頁で、「私は、自らの手で調べた応答性真性異言の二例が催眠中に起こったという事実忘れることができない。
このことから私は、催眠を使った研究をけっして非難することができなくなった」といくぶん持論を修正しています。
ところで、スティーヴンソン以外にも、催眠中に語られる前世の記憶は、脳の作り出したフィクションに過ぎない、とする唯物論的否定論者は少なくありません。
例えば、超常現象の否定論者として知られるロバート・A・ベイカーは、1982年のアメリカ臨床催眠学会機関誌に、自らおこなった前世療法実験の結果を発表しています。
それによれば、前世療法を褒め称(たた)えたうえで実施した被験者は、高い割合で前世記憶の想起をしたのに対し、逆に前世療法を否定し貶(けな)したうえで実施した被験者が、前世記憶を想起した割合は、非常に低かったと報告しています。
この結果から、ベイカーは前世療法による前世の記憶は事実などではなく、催眠者の誘導暗示によって作り出されたフィクションである可能性が高いと結論づけています。
(つづく)

2012年1月11日水曜日

前世療法とは何か その2

その1からのつづき
(2) 前世療法の発展
「ブライディ・マーフィー事件」以降、1970年代になって様々な医師や催眠療法士が、「前世退行」の研究を開始したものと思われます。
そして、1983年にグレン・ウィリストンの『生きる意味の探究』(邦訳)、1986年にジョエル・L・ホイットンの『輪廻転生――驚くべき現代の神話』(邦訳)、1988年にブライアン・L・ワイスの『前世療法』(邦訳)が相次いで刊行され、特にワイスの本がベストセラーとなって、前世療法は一般に広く普及していったと思われます。
イギリスでも1979年に、ピーター・モスという催眠療法家によって『Encounters with the Past』という前世記憶に関する本が刊行されています。ちなみに、これらの療法家は、それぞれ独自に前世療法を「発見」していったようです。
こうしてアメリカでは前世療法(退行催眠法)専門の学会が発足し、会報誌も刊行されるようになりました。
日本でもワイスの本は、1991年に邦訳・出版され、前世療法の一大ブームを巻き起こしました。
ワイスは普通の医師・催眠療法家で、死後存続や生まれ変わりに関する知識は全くなく、1980年、偶然の指示から患者の「前世記憶」の想起に出会いました。
「偶然の指示」とは、「あなたの症状の原因となった幼い頃の出来事に戻りなさい」と指示するところを、ただ「原因となった時まで戻りなさい」と指示したことでした。
すると、クライアントは驚くべきことに紀元前19世紀に生きた女性の人生を語り出した、というものです。
一人の患者への退行催眠による治療をめぐって、偶然に想起された前世記憶という未知の領域の探究を描いたミステリアスな内容と、物語風の読みやすい文体とが相まって、多くの読者を引きつけました。
退行催眠を深化していくことで、「前世記憶」とおぼしきものが想起されるという説は、アメリカでは1956年の「ブライディ・マーフィー事件」以来、比較的知られていたのでしょうが、日本ではそういった情報はなく、ワイスの本は驚きと感動をもって迎えられたようです。
これ以後、前世療法は催眠療法における大きな潮流となり、かなりの大衆的人気を博すことになりました。
アメリカはもちろん、日本でも人気があり、現在、100を越える機関が前世療法を掲げて実施していると見られます。
(つづく)

2012年1月10日火曜日

前世療法とは何か その1

(1) 前世療法の発見
一般に呼ばれる前世療法は、催眠療法の一種であり、年齢退行催眠によりクライアントの記憶を本人出産以前まで誘導し、前世の心的外傷等を取り除くことによって、現在の症状を改善できると主張されている療法です。
具体的には、退行催眠によって出生以前にさかのぼり、さに「あなたの現在の症状に関係した過去の人生があるなら、そこに行ってみましょう」などの誘導によって、前世とおぼしき記憶のイメージが出てくるというものです。
そして、その前世記憶の想起によってクライアントの抱えていた心身症状が改善するといった効果があるとされています。
さて、退行催眠によって前世記憶の想起が可能になるという「発見」は、1956年アメリカで起きた「ブライディ・マーフィー事件」にまでさかのぼります。
モーリー・バーンステインという催眠術師が、ヴァージニア・タイという女性に退行催眠をほどこしところ、彼女は、アイルランドに暮らし、1864年に66歳で死んだブライディ・マーフィーという女性の前世を想起し、建造物や自然地形を始め様々な記憶を語りました。
ヴァージニアはアイルランドを訪れたことがないのに、そこで語られた情報は、調査をしてみると驚くべき一致を見せました。
そして、この実験は『ニューヨーク・タイムズ』を始めとするメディアで大きく取り上げられ、全米およびヨーロッパで話題となったのです。 
彼女は「ブライディ・マーフィー」としての膨大な記憶を語っており、その記録が『第二の記憶・前世を語る女ブライディ・マーフィー』(邦訳)として出版されました。 
この本はベストセラーになり、アメリカに輪廻転生ブームを巻き起こしました。
マスコミによる「ブライディ・マーフィー」探しがおこなわれ、前世記憶の真偽を調査するために、多くの記者がアイルランドに派遣されるという騒ぎに発展しました。
その結果は、前世記憶の真偽は確認された点もあれば、そうでない点もあるという中途半端なものでした。
より重要な調査結果は、「ブライディ・マーフィー」の実在が確認できなかった点と、ヴァージニアが幼少の頃の家の近くに、ブライディ・マーフィー・コーケルというアイルランド移民が存在していたという二点です。
こうした事実が明らかにされたことによって、多くの論者は、ヴァージニアの前世記憶とは実は幼少の頃、ブライディ・マーフィー・コーケルから得た情報であり、それが催眠中に引き出されたに過ぎない、と結論づけたようです。
しかし、ヴァージニアはブライディ・マーフィー・コーケルとの会話の記憶はなく、また会話したことを忘れているとしても、催眠中に語られた内容は非常に詳細であって、とてもこれだけの内容をブライディ・マーフィー・コーケルから聞き出したと結論づけるには無理があると思われます。
いずれにせよ、こうして前世記憶の真偽をめぐる「ブライディ・マーフィー事件」は幕を閉じたようです。
(つづく)

2012年1月8日日曜日

二つの生まれ変わりを語った里沙さんの手記

「タエの事例」と「ラタラジューの事例」の被験者里沙さんの手記
以下の手記は、二つの生まれ変わりを事実として実感し、認めているという里沙さんが、ありのままの心境を正直に書いて欲しい、という筆者の要請に応えて書いてくれたものです。
この手記から何をどう汲み取るかは、読者のみなさんに委ねたいと思います。
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図らずも、二つの前世を思い出し、現世の私は少々混乱しています。
今も時々フラッシュバックしたかのように、どちらかの出来事や言葉をふと思い出し、タエのことだろうか、ラタラジューのことだろうか、現世の私の幼少のことだったのかと考え込んでしまうことがあります。
前世療法により、学んでもいないネパール語を話したことで、私の中では人は生まれ変わりの事実が確認できましたし、その経験を語ることが、もしかしたら人を救う一助になるかも知れないという思いもありますが、前世を思い出すことは、必ずしもよいことばかりだとは言えないとも思っています。
なぜなら、どちらの人生でも、生きるということは過酷なものだと思い知らされるものでしたし、とりわけ戦争とは言えラタラジューの敵を殺すときの生々しい快感を受け入れるには大変苦しい思いをしたからです。
勝手なもので、タエの前世が出てきたときは何となく誇らしいような気持ちでいたのに、ラタラジューの前世は出来れば隠したいと思ってしまうのです。
このような形でみなさんに公開してしまって、何と言われるだろうかと怖い思いでいっぱいです。
頭では前世と現世の自分は違うものだと理解していても、決して気持ちのよいものではありません。
また、いくら生まれ変わることを知ったといっても、やはり現世での親しい人、身内との別れは身を切るように辛く悲しいことに変わりはありません。
来世では、また全く違う人生が始まりますから、現世との別離の思いは簡単に断ち切れるものではないのです。
だからこそ、死後があると分かったとしても、みんな死を怖れるのではないでしょうか。
さて、私は前世で死を迎える間際、そして死後の世界を体験しましたので、これからそのことを通して感じたままに、気づいたこと、あるいは揺れ動く気持ちを述べてみたいと思います。
前述しましたように、死を怖れるのは現世が終わってしまう恐怖と、もう一つ未知の死後の世界への恐怖とがあると思います。
死にゆく人は、死にたくない、誰か助けてと藁をもつかむほどの恐怖を感じることは確かです。
それは、泥流に呑まれて死んだタエの死の直前に私が味わった感覚です。
村を救うために自分の命を捧げることが出来てうれしい、と言ったタエが泥流で息絶えるその瞬間に「助けて、死にたくない」と叫んだ死への恐怖を現世の私は忘れることができません。
でも、タエやラタラジューの死後の魂が、魂のふるさとの世界に導かれて行くと、現世では気づかなかったことが分かりました。
現世に残してきた子どもや肉親、友だちが、実は同じ魂の世界の子どもであり同じ兄弟だったと何となく分かります。
もちろん、母性愛や父性愛、慈愛を現世で学んだのですから、その感情を残したまま、もう一つの同志よ、兄弟よ、現世で頑張れとエールを送る気持ちが芽生えてきます。
そして、今までに感じたことのない大きな安堵感に包まれ癒されます。
先ほどラタラジューが、人を殺すことの快感を現世の私に味わわせたと述べましたが、このおぞましい快感の感情を乗り越えるのに、魂の世界の安堵感は大きな力をくれました。
私の記憶に残っている、魂の世界の心地よさ安堵感は、人殺しの快感などとは比べようもなく、遙かに高貴で慈愛にあふれたものでした。
そして、思い出した瞬間に、ラタラジューからの呪縛から解き放たれることができたのでした。 
このように前世の生き死にを体験しますと、死自体はそんなに怖れなくてもよいと思えるのです。
タエの死の間際の恐怖心も薄らいでいくのです。
とは言え、実際に死を迎えるときは、このような覚悟も思いも忘れ果て、死にたくないと切に願うかも知れません。そうであっても、死を目前にした方には、大丈夫、怖がることはないですよ、と慰めではなく心からの真実として、私は声を掛けることができると思っています。
この二つの前世を思い出したことによって、考えさせられたことがあります。
それは、人は何のために生まれ変わるのだろうかということでした。
生まれ変わるということは、魂を高めるために、現世で学び切れなかったものを来世で学び直すために、自ら願って生まれて来るのだと聞いています。
人のために犠牲になることを喜んだタエ、人を殺すことの快感を喜んだラタラジュー、そして現世の私は、脊柱側湾症が悪化して、今は体幹障害という身体障害者の身となりました。
一体私の魂は、三度の生まれ変わりで、何が学び足らず、気づくことが出来なかったというのでしょうか。
どの人生も過酷だった、生きることは決して楽ではなかったことを体験しました。
では、私は前世を含めてほんとうに不幸だったのかと言うと、辛くはあっても不幸ではなかったと、むしろそ辛い中で幸せを見つけながら生かされてきたと思えるのです。
だとしたら、生きる幸せとは一体どういうことなのでしょうか。
私は、「自分が生かされていること」への感謝の気持ちが持てることのように思うのです。
それは、そのように計らってくださっているにちがいない偉大な存在と、現世を生きていけるように支えてくださっている周囲の人々への心からの感謝の気持ちを持てることだと思うようになりました。
タエは捨て子だったけれども、16歳まで周りのみんなの助けで生きて来られました。
だからこそ、その助けてくれた人々への恩返しのために人柱になることを「うれしい」と思えたことは幸せな人生だったと思います。
ラタラジューも、人の犠牲のうえに生き長らえ、家族を持ち、78歳で、「生きて人と平和な村を守る喜び」を学んだと言って静かに死にました。
二人とも、与えられた運命を一生懸命生きた、生かされた、人生だったと思えます。現世の私も、家族に恵まれ、障害はあっても一生懸命生きています。そして生かされているのだと思います。
憑依した私の守護霊は、私の魂が急速な進化・成長を願って、自分で過酷な人生を選んだと告げているそうです。
その間の記憶のない私には実感が湧きませんが、前世と生まれ変わりを確認できた以上は、守護霊の告げたことも真実だろうと思えます。
だからといって、人生の悟りなどに容易にはたどりつけるものではありません。 
この先にも、背中の痛みに苦しみ、自分の人生を呪うことや、健康な人をうらやむことが必ずあるにちがいないのです。 
 
悟りなどとはとても言えそうにない、そういう振り子のように揺れ動く自分の心をありのままに認め 、与えられた人生をもがきながら、その中にあっても生かされていることの幸せを忘れないで、一生懸命生きていくことでしか、私の魂の成長はないのだろうと思います。

2012年1月5日木曜日

SAM前世療法の今後の展望

今後の展望
SAM前世療法は、「魂の表層は前世人格のものたちから構成されている」など直接の実証が不可能な、いくつかの作業仮説に基づく極めて霊的な療法です。
それは、この前世療法の誕生が、筆者あての霊信が告げた、魂の二層構造や脳と潜在意識の関係などの真偽を検証するための諸作業仮説から成っており、仮説検証の過程で療法としての技法が定式化されていった、という特異な経緯を持っているからです。
したがって、SAM前世療法の成否は、霊信を送ってきた守護霊団が実在していることの間接的立証にも直結している、と筆者は考えておこなってきました。
SAM前世療法の前提は霊信内容を作業仮説としていますから、その作業仮説が成り立てば、それを通信してきた霊団の間接的実在証明になるだろうと考えたわけです。
そして、現時点での500事例ほどの検証の結果では、少なくともクライアントの意識現象の事実として、魂状態の自覚に至ること、それへと至れば魂の表層に存在する前世人格が呼び出しに応じて顕現化し、その前世の人生を語るということが起こることが確認されています。
その一つの実験的事例として、魂の表層から呼び出したラタラジューの前世人格が真性異言で会話するに至って、前世に実在した人物が魂の表層に当時の人格を保って存在している、という霊からの通信が受信者M子さんの妄想や創作ではなく、通信霊の実在を認めることにためらうことはない、とますます思うようになりました。
このことは、霊の実在と霊との交信が可能なこと、生まれ変わりの事実を認めることなどを霊的真理として標榜する近代スピリチュアリズムと、SAM前世療法が明らかにしてきた事実がぴったり重なってきたと言うことができます。
「潜在意識に存在するであろう前世の記憶を想起する」という発想ではなく、「魂の表層に存在している前世人格を呼び出し語らせる」、という明確な作業仮説によるSAM前世療法を、筆者だけの療法に終わらせず、追試できる後継者を育てるとともに、事例の累積によるさらなる検証が必須の作業だと思います。その結果、作業仮説の信憑性は、さらに明らかになっていく可能性が期待できると思われます。
そして、SAM前世療法の真にスピリチュアルなプロセスを促進するためには、クライアントの前世人格の語りに現れた事実をあるがまま受け止め、クライアントのモニター意識が、それから汲み取る意味深い学びを(叡智の学び)を、見守り、支え、自らの霊的気づきの可能性を開いていけるように、中立で柔軟な態度を保ち続けることであると思っています。
また、「魂の自覚」や「守護的存在者からの啓示」などの体験の過程を重視していくことを進めることによって、さらに新たな前世療法の技法と形式が生まれてくる可能性があるかもしれないと考えています。
今後の実践のなかで、「タエの事例」「ラタラジューの事例」のように検証可能な事例に偶発的に遭遇した場合には、その綿密な検証と分析がさらに累積されていくべきでしょう。
また、私たち研究チームのような、生まれ変わり仮説(死後存続仮説)の検証を志す臨床家と研究者が学際的に連携するチームが他にも結成され、そうした検証と分析の検討が蓄積され、その成果の相互交流がなされていけば、前世に対して多くのクライアントの抱く「主観的真実」が、フィクションであるのか、「客観的真実」であるのか、あるいは真実とフィクションが混在されたものであるのかが、徐々に明らかになっていくだろうと思われます。
ただし、こうした偶発例が出るのを待つ、あるいは探すというこの種の粘り強い研究には、志を支えるに足る忍耐力が必要であり、他の研究とはまた違う意味で困難を伴う研究になることは言うまでもありません。
また、前世療法後のクライエントの一定期間にわたる追跡調査をおこない、改善はどの程度持続したのか、その持続はなぜ可能になったかを明かにしていく必要もあるでしょう。
そして、これらの検討が臨床家と研究者によって着実に積み上げられていくとき、前世療法の有効性とそれをもたらす治療構造の輪郭が、いつの日か明確になっていくことが期待できるのではないかと思います。
筆者が抱く最大の謎は、顕在意識・潜在意識があることは誰にでも自明であるにもかかわらず、それがどこから生み出され、どこにその座があるのかが不明であるということです。
現在の脳科学でも、これに関わる研究はまだ手つかずと言ってよいようです。
この謎が解かれるのは今世紀末まで、あるいはそれ以上の時間が必要かもしれません。
SAM前世療法の作業仮説の検証は、この謎解きの一端になるかもしれませんし、あるいはこの作業仮説が、とんでもない迷妄であることを明らかにするかもしれません。
いずれにせよ、課題は山積し、それらの探究はまだほんの緒についたばかりです。

2012年1月3日火曜日

SAM前世療法ゆえの疑問ー前世人格か憑依人格か?

このタイトルは、探究の魅力に富んでいます。
なぜなら、生まれ変わり研究の泰斗イアン・スティーヴンソンすら、憑依人格と前世人格の見分けについて触れてはいない、全く未開拓の研究分野であるからです。
ただし、スティーヴンソンは、アメリカ人女性がドイツ語の応答型真性異言を語った「グレートヒェンの事例」の中で、顕現化したドイツ人少女グレートヒェンに対して「トランス人格」という呼び方をしており、どうやら前世人格の顕現化だと認めているフシがあります。
私は、セッションの事実として確認してきた現象から、憑依と前世人格の区別は、「里沙さんに限定」して判断する限り、憑依だとは判断できません
その理由を述べてみたいと思います。
なお、この試論は、霊能者と呼ばれる人たちが、自らの「霊感」を根拠にラタラジューを憑依人格だと主張されることに対する、私のセッションから得た諸事実に基づく反論でもあります。
憑依人格か前世人格かを見分ける最後のよりどころは、結局、自我を形成する魂は、おのれであるか他者であるかは、魂自身が根源であるがゆえに、見誤ることはあり得ないだろう、という一種の信念に立ち返ることになってきます。
私が里沙さんにセッションから間を置かないで、セッション中の意識状態を内観して記録するようにお願いしたのは、最後は里沙さん自身の「魂」を信頼するほかないと思っていたからです。
①SAMの作業仮説に基づき、ラタラジューは「魂の表層」から呼び出している。魂がおのれの一部である前世人格と「異物」である憑依人格と見誤ることはありえない。
ゆえに、魂の表層のものたちが作り出しているはずの「意識」の内観記録を信頼することは道理に適っている。
②SAMの経験的事実として、ラタラジューが最初から憑依しているとしたら、魂状態の自覚に至ることを妨害する。したがって、里沙さんは魂状態の自覚に至ることができない。
しかし、事実はすんなり魂状態の自覚に至っている。
つまり、憑依霊はいないということになり、ラタラジューが最初から憑依していた可能性はまず考えられない。
③魂の自覚状態に至ると、霊的存在の憑依が起こりやすくなる。未浄化霊も高級霊も憑依することはセッションに現れる意識状態の事実である。
したがって、魂状態をねらってラタラジュー霊が憑依した可能性を完全に排除できない。
しかし、4年前のセッションで、タエの次の前世としてすでにラタラジューは顕現化している。
今回も、ラタラジューという前世人格を「呼び出して」顕現化させた。
憑依が、呼び出しによって起こった可能性は考え難い。
もし、呼び出しによって憑依が起こるとすれば、SAMで現れた人格はすべて憑依ということになりかねない。
④SAM前世療法は、呼び出した前世人格との対話によって、その人格が癒され、連動してモニターしている現世の意識も癒しを得るという治療仮説を持っている。
前世人格ではなく、異物である憑依人格を癒して、これと関係の全くない現世の意識が連動して癒されるとは考えにくい。
里沙さんはラタラジューについて同一性の自覚を持っている。
そして、第一にモニター意識が、憑依人格を異物として感知しないはずがない。
第二に憑依が起きたとすれば、人格を占有されるわけで、その間の記憶(モニター意識)は欠落する。
これはシャーマニズム研究の報告とも一致する。
シャーマンは憑依状態の記憶が欠落することが多いとされている。
里沙さんも守護霊憑依中の記憶は完全に欠落することが、過去3回の守護霊の憑依実験から明らかになっている。
しかし、ラタラジュー顕現化中の記憶は明瞭にあると報告している。
それは、ラタラジューが憑依ではない状況証拠である。憑依ならば、里沙さんの場合、その間の記憶は完全に欠落しているはずである。
しかも、ラタラジューには、真性異言会話実験後、魂の表層に戻るように指示し、戻ったことを確認して催眠から覚醒してもらった。憑依霊が、私の指示に素直にしたがって憑依を解くとは考えられない。
ラタラジューが憑依霊であれば、高級霊とは考えにくく、未浄化霊であろう。
とすれば、憑依を解くための浄霊の作業なしに憑依が解消するとは考えられない。
⑤被験者の潜在意識は原則嘘をつかない。
魂状態に戻ったときに憑依した霊は、セラピストの問いかけに未浄化霊であれば、救いを求める憑依であることを告げる。
沈黙をしているときは、「悪いようにはしないから正体を現しなさい」と諭すとたいていは未浄化霊であることを認める。
手強い沈黙に対しては脳天に手をかざし霊体に向かって不動明王の真言を唱えると正体を現す。
クライアントは痙攣、咳き込み、のけぞりなどの身体反応を示す。
⑥そして、里沙さんは、四年前の「タエの事例」後、他者に憑いた霊や自分に憑こうとしている霊を感知し、それは悪寒という身体反応によって分かると言っている。
ある種の霊能らしきものが覚醒したらしい。
その霊能は、彼女の知人の二名の評価の高い霊能者から認められている。
ちなみに、この二名の霊能者は、ラタラジューが憑依であることをきっぱり否定している。
このような里沙さんが、ラタラジュー霊の憑依を感知できないとは考えにくい。
憑依であるなら、彼女が自ら感知し、違和感を訴えるはずである。  
以上はSAM前世療法によって、これまでに現れている意識現象の事実に基づく考察です。
こうした諸事実からも、「里沙さんに限定すれば」、ラタラジューが憑依霊であるとは考えられないというのが私の判断です。
まとめてみると、憑依人格と前世人格を見分ける一応の指標として
① 被験者に現れた人格の会話中の記憶の有無
② 被験者に現れた人格とおのれとの同一性の自覚の有無
を区別するための仮説として設定しています。
 私の判断の根拠になっている、里沙さんのセッション中の内観記録を下記に再掲します。
ラタラジューの憑依を主張する人は、この内観記録が憑依をされている人物の書いたものと考えられるでしょうか。
それとも憑依霊は、セッション中だけ憑依して、終われば離れるということでしょうか。
ちなみに、真性異言発話中の意識内容の記録は世界的にも一切なく、里沙さんの手記はきわめて貴重なものです。
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セッション中とその後の私の心情を述べたいと思います。こうした事例は誰にでも出現することではなく、非常に珍しいことだということでしたので、
実体験した私が、現世と前世の意識の複雑な情報交換の様子を細かく書き残すのが、被験者としての義務だと考えるからです。
思い出すのも辛い前世のラタラジューの行為などがあり、そのフラッシュバックにも悩まされましたが、こうしたことが生まれ変わりを実証でき、少しでも人のお役に立てるなら、すべて隠すことなく、書くべきだとも考えています。
ラタラジューの前に、守護霊と稲垣先生との会話があったようですが、そのことは記憶にありません。
ラタラジューが出現するときは、いきなり気がついたらラタラジューになっていた感じで、現世の私の体をラタラジューに貸している感覚でした。
タエのときと同じように、瞬時にラタラジューの78年間の生涯を現世の私が知り、ネパール人ラタラジューの言葉を理解しました。
はじめに稲垣先生とラタラジューが日本語で会話しました。
なぜネパール人が日本語で話が出来たかというと、現世の私の意識が通訳の役をしていたからではないかと思います。
でも、全く私の意志や気持ちは出て来ず、現世の私は通訳の機器のような存在でした。悲しいことに、ラタラジューの人殺しに対しても、反論することもできず、考え方の違和感と憤りを現世の私が抱えたまま、ラタダジューの言葉を伝えていました。
カルパナさんがネパール語で話していることは、現世の私も理解していましたが、どんな内容の話か詳しくは分かりませんでした。
ただ、ラタラジューの心は伝わって来ました。ネパール人と話ができてうれしいという感情や、おそらく質問内容の場面だと思える景色が浮かんできました。
現世の私の意識は、ラタラジューに対して私の体を使ってあなたの言いたいことを何でも伝えなさいと呼びかけていました。
そして、ネパール語でラタラジューが答えている感覚はありましたが、何を答えていたかははっきり覚えていません。
ただ、このときも、答えの場面、たとえば、ラタラジューの戦争で人を殺している感覚や痛みを感じていました。
セッション中、ラタラジューの五感を通して周りの景色を見、におい、痛さを感じました。
セッション中の前世の意識や経験が、あたかも現世の私が実体験しているかのように思わせるということを理解しておりますので、ラタラジューの五感を通してというのは私の誤解であることも分かっていますが、それほどまでにラタラジューと一体化、同一性のある感じがありました。
ただし、過去世と現世の私は、ものの考え方、生き方が全く別の時代、人生を歩んでいますので、人格が違っていることも自覚していました。 
ラタラジューが呼び出されたことにより、前世のラタラジューがネパール語を話し、その時代に生きたラタラジュー自身の体験を、体を貸している私が代理で伝えたというだけで、現世の私の感情は、はさむ余地もありませんでした。
こういう現世の私の意識がはっきりあり、片方でラタラジューの意識もはっきり分かるという二重の意識感覚は、タエのときにはあまりはっきりとは感じなかったものでした。
セッション後、覚醒した途端に、セッション中のことをどんどん忘れていき、家に帰るまで思い出すことはありませんでした。
家に帰っての夜、ひどい頭痛がして、頭の中でパシッ、パシッとフラッシュがたかれたかのように、ラタラジューの記憶が、再び私の中によみがえってきました。
セッション中に感じた、私がラタラジューと一体となって、一瞬にして彼の意識や経験を体感したという感覚です。ただ全部というのではなく、部分部分に切り取られた記憶のようでした。カルパナさんの質問を理解し、答えた部分の意識と経験だと思います。
とりわけ、ラタラジューが、カルパナさんに「あなたはネパール人か?」と尋ねたらしく、それが確かめられると、彼の喜びと懐かしさがどっとあふれてきたときの感覚はストレートによみがえってきました。 
一つは、優しく美しい母に甘えている感覚、そのときにネパール語で「アマ」「ラムロ」の言葉を理解しました。
母という意味と、ラタラジューの母の名でした。
二つ目は、戦いで人を殺している感覚です。
ラタラジューは殺されるというすさまじい恐怖と、生き延びたいと願う気持ちで敵に斬りつけ殺しています。肉を斬る感覚、血のにおいがするような感覚、そして目の前の敵が死ぬと、殺されることから解放された安堵で何とも言えない喜びを感じます。
何人とまでは分かりませんが、敵を殺すたびに恐怖と喜びが繰り返されたように感じました。
現世の私は、それを受け入れることができず、しばらくの間は包丁を持てず、肉料理をすることが出来ないほどの衝撃を受けました。
前世と現世は別のことと、セッション中にも充分過ぎるほどに分かっていても、切り離すのに辛く苦しい思いをしました。
三つ目は、ネパール語が、ある程度わかったような感覚です。時間が経つにつれて(正確には夜、しっかり思い出してから三日間ほどですが)忘れていってしまうので、覚えているうちにネパール語を書き留めてみました。
アマ・ラムロもそうですが、他にコド・ラナー・ダルマ・タパイン・ネパリ・シャハ・ナル・ガウン・カトマンズ・ブジナ・メロ・ナムなどです。
 
四つ目は、カルパナさんにもう一度会いたいという気持ちが強く残り、一つ目のことと合わせてみると、カルパナさんの声はラタラジューの母親の声と似ていたのか、またはセッション中に額の汗をぬぐってくれた感覚が母親と重なったのか(現世の私の額をカルパナさんが触ったのに、ラタラジューが直接反応したのか、現世の私がラタラジューに伝えたのか分かりませんが、一体化とはこのことでしょうか)。
母を慕う気持ちが、カルパナさんに会いたいという感情になって残ったのだろうと思います。
セッション一週間後に、カルパナさんに来てもらい、ネパール語が覚醒状態で理解できるかどうか実験してみましたが、もう全然覚えてはいませんでした。
また、カルパナさんに再会できたことで、それ以後会いたいという気持ちは落ち着きました。
以上が今回のセッションの感想です。このことから、私が言えることは、
①生まれる前から前世のことは知っていたこと、それを何かのきっかけで(私の場合は前世療法で)思い出したこと
②生まれ変わりは確かにあること
③前世にとらわれることなく現世を生きなければならないこと
です。
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里沙さんの以上のようなゼッション中の意識状態を内観した手記を検討すれば、ラタラジューを憑依人格だと考える判断の根拠はほとんど考えられないと思います。
催眠下で顕現化した人格が、前世人格であるのか憑依人格であるのかという疑問は、「前世の記憶」を前提にしたワイス式前世療法には問われることのない問題です。
「前世記憶の想起」ではなく、「前世人格の顕現化」を作業仮説とするSAM前世療法につきまとう特有の問題です。
そして、この問題は今後も探究を必要とする問題であると認識しています。