(その4からのつづき)
(5) 前世記憶の実証放棄という現状
前世療法は、いまだ実証されていない「前世」を前提としているように見えるために、日本のアカデミズムからは正統的催眠療法とは認められていないように思われます。一方で、日本の100を越える民間機関では現在も最も人気の高い催眠療法です。
そして、前世療法を白眼視していると思われるアカデミズムは当然としても、盛んに前世療法を実施している民間の前世療法士も、どういうわけか「前世記憶」の実証研究をまったく放棄しているという現状が続いています。
それでは海外においてはどうでしょうか。
ワイスの『前世療法』で述べられているキャサリンの事例で示された前世記憶の信憑性の裏付けは、彼女が絶対知るはずのない三つの情報を語ったことにあるようです。
一つはワイスの父親のヘブライ名であるアブロムを言い当てたこと、もう一つはワイスの娘の名が彼女の祖父にちなんで命名されたこと、さらに一つは、生後間もなく死んだワイスの息子の死因である心臓の先天的異常を言い当てたことでした(同掲書56頁)。
このことをもってワイスはキャサリンの語った前世について、「私は事実を掌握したのだ。証拠を得たのだった」(同書61頁)と結んで確信しています。
しかし、この三つの事実をもって前世の証拠を「確信」したとすれば、軽信の誹(そし)りを受けるのではないでしょうか。
ワイスは、スティーヴンソンの著作や、デューク大学のESP(超感覚的知覚。テレパシーや透視など)研究に関する資料にも目を通したと語っています(同書39頁)。
であるならば、キャサリンが強力な超常能力(透視・テレパシーなど)を発揮して、ワイスの意識下から三つの情報を引き出したかもしれないというESP仮説によって説明できることをなぜ検討しなかったのでしょうか。
結局、ワイスの著作『前世療法』は、読み物としては興味深くても、学問的に信頼のおけるきちんとした検証の裏付けという観点からすれば、前世記憶の科学的実証への努力はほとんど何もおこなわれていないと言えるでしょう。
さらに同じく前世療法を扱ったホイットンの『輪廻転生』ではどうでしょうか。
ハロルドというクライアントがバイキングの前世に戻ったときに、ホイットンの求めに応じて書き記した二二の語句を専門家が検証した結果、10語がバイキングの言語であったという記述(前掲書211頁)については、前世存在の状況証拠として採用できるように思われます。
例えば、古ノルド語の、氷山・嵐・心臓・静かな天候、湾・容器などの単語、セルビア語の、おいしくない、堅い氷・流氷などの単語を書き綴ったとされています。古ノルド語は、現在完全に死語となっている言語です。しかも、同様の死語である古典ラテン語や古典ギリシア語のように現在も学ばれる機会のある言語ではなく、北欧の言語専門家のような特殊な研究者にしか理解不能な死語だそうです。
では、こうしたバイキングの用いた特殊な単語を書き綴ったというハロルドの事例は、前世記憶の存在を支持する強力な証拠として手放しで採用できるのでしょうか。
しかし、この事例についても、ハロルドというクライアントが強力な超常能力を発揮して、書物等から死語である単語の情報を入手した可能性を疑うことができるわけで、そうした検討がされないままで、「状況証拠ではありますが、きわめて有力なものがそろっている現在、理屈のうえで輪廻を認めるのに特に問題はない」(同書7頁)と断定できるものではないと思われます。
ほかに催眠療法家の検証した前世記憶の検証としては、ブルース・ゴールドバーグ『前世探検』(邦訳)による、アイビーというクライアントの語った「グレース・ドーズの事例」が挙げられます。詳細な殺害状況を語った前世人格グレース・ドーズの語り内容が、ことごとく60年前の新聞記事と警察の記録に一致したというものです。ただし、このセッションは筆記録しかないものであり、しかも、邦訳を見る限りグレースと殺人者であるジェイクという男の対話は創作とも受け取ることができる点で、科学的信憑性に疑問が残ります。
結局、ワイスの著作、ホイットンの著作、ブルースの著作にしても彼らの実施した前世療法の中で語られたクライアントの前世記憶の科学的実証性という点において、厳密な検証が不十分なままに終わっていると言わざるをえないと思います。
(つづく)
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