2024年9月6日金曜日

生まれ変わりの実証努力の現在の4

SAM催眠学序説 その175

その174記事の続き 


4 2007年1月27日霊信受信者M子のセッション

 

2007年1月27日、わたしは霊信受信者のM子さんにお願いして前世療法のセッションを受けてもらえるように依頼しました。

 このセッションの目的は二つありました。

一つ目は、わたしあて霊信がM子さんの自動書記現象であることの実際をこの目で確認することでした。

二つ目は、彼女の霊媒能力(チャネリング能力)の真偽を明確にするために、深い催眠状態まで誘導して、霊的存在とのコンタクトの実際を確認することでした。

 この3時間にわたるセッションの逐語録は、「SAM催眠学序説」その64~66で公開しています。

ここでは、マヤ文明時代のパレンケ(マヤの古代都市)で、M子さん前世である片腕の少年と、パレンケで孤児院の教師をしていたというわたしとの対話の中で、注目すべき箇所を抜粋して「前世人格」の顕現化現象について考えてみたいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・抜粋始め          

M子:先生!・・・先生、ありがとう。(泣き声で)ぼく、先生を悲しませて、ごめんなさい。
 

稲垣:分かりました。で、あなたは何をしたんですか?
 

M子:(泣き声で)ぼくだけじゃなくて、みんな、みんな死んで、先生泣いたでしょ。
ぼく、先生が、ずっとずっといっぱい大切なことを教えてくれて、先生、ぼくのお父さんみたいにいっぱいで遊んでくれて、ぼくは先生のほんとの子どもだったらよかったと思ったけど、でも、死んだ後に、ぼくのお父さんとお母さんがいてね、先生は先生でよかったんだって・・・。
で も、ぼく、先生に、先生が喜ぶこととか何もできずに死んだから、ぼく、ずっとね、先生に恩返ししたいってずっと思ってて・・・このお姉ちゃんは、ぼくじゃ ないけど、でも、先生とお話したりできるのは、このお姉ちゃんだけだよ。でも、ぼくも、ずっとこのお姉ちゃんと一緒だから、だから、ぼくのこと忘れないでね。
 

 稲垣:分かりました。きっと忘れませんよ。
それからあなたがね、こうやって現れて、直接あなたの声を聞く能力は、わたしにはありません。
でも、そのうちにそういう能力が現れるかもしれないと霊信では告げられています。
ですから、そのときが来たら存分に話しましょう。
先生は忘れることはないだろ
し、あなたからひどい仕打ちを受けたとも思っていません。
だから、あなたはそんなに悲しまないでください。
 

M子:ぼくは、先生に「ありがと」って言いたかった。
 
稲垣:はい。あなたの気持ちをしっかり受け止めましたからね。
そんなに悲しむことはやめてください。先生も悲しくなるからね。
 

M子:うん。 

稲垣:あなたは片腕をなくしていますか?
 

M子:生まれつき右腕がないんです。でも、先生は、手が一本だけでも大丈夫だっていつも言ってくれた。
 

稲垣:そうですか。                    
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・抜粋おわり

わたしが注目したのは以下の赤字部分の「片腕の少年」の不思議な語りでした。

このお姉ちゃんは、ぼくじゃ ないけど、でも、先生とお話したりできるのは、このお姉ちゃんだけだよ。でも、ぼくも、ずっとこのお姉ちゃんと一緒だから、だから、ぼくのこと忘れないでね。

このお姉ちゃん(M子さん)は、ぼくじゃない」とは、「ぼくは、お姉ちゃんである現世のM子さん自身ではない 」、なぜなら「ぼく」は、前世の人間だからだ。  

でも、お姉ちゃんでなければ、ぼくは先生(稲垣)とお話ができないそれは、「ずっと(前世の)ぼくは、お姉ちゃんの()の中でお姉ちゃんと一緒に生きているからだ」と解釈できるでしょう。

こうした解釈を可能にしたのは、このセッションの数日前までに、霊信によって前ブログの「174」で紹介してある魂と生まれ変わりの情報、とりわけ「魂表層は前世の者たちによって構成されている」という情報に接していたからです。

さらにまた、ブログ「172」で紹介した「タエの事例」の末尾に書いた「被験者里沙さんの前世であるタエであったときの「記憶」ではなく、前世の「タエという人格の顕現化」ではないかというわたしの直感を裏付けてくれたものと思われました。

この片腕の前世の少年は、M子さんの魂表層を構成している前世人格の一つとして存在しており、催眠状態で魂表層から顕現化し、現世のM子さんの肉体を借りて、ただ今、ここで、現在進行形で、自己表現している(憑依している)ことを示しているのだと思われました。

そして、このM子セッションこそ、1年後に開発されていくSAM前世療法の前駆的現象であったということが言えるのです。

わたしは、このM子セッションに触発されて、生まれ変わりを実証するために、魂表層に存在している前世人格を呼び出す、という前例の一切ない前世療法の構想とその催眠誘導法の開発に本格的に取り組むことになっていきました。

 

その176記事につづく

2024年9月4日水曜日

生まれ変わりの実証努力の現在の3

SAM催眠学序説その174 

 その173記事のつづき

 

3 2007年1月~2月「わたしあて霊信現象」

 

2006年5月に「タエの事例」を掲載した『前世療法の探究』春秋社、を出版した年末に、 当時26才で東京在住の派遣社員をしていたM子さんから拙著の感想メールが届きました。

M子さんとわたしとの面識は全くなく、拙著『前世療法の探究』の著者と読者の関係のみです。

彼女は、メールのなかで「自分は幼い頃からチャネリングができる」と述べてきました。

わたしは、好奇心から「稲垣についてチャネリングしてくれませんか」と返信しました。

すると年明けの2007年1月11日から2月14日まで1ヶ月余にわたって、M子さんを霊媒として、わたしあてにわたしの守護霊団を名乗る諸霊から、パソコンの自動書記による霊信が送られてくるという超常現象が起こりました。
 

わたし宛て霊信の全内容は、「SAM催眠学序説 その48~72」で公開しています。
すべてで22通の霊信であり、A4用紙82枚にわたるかなりの量です。

2007年1月14日5:23着信の第2霊信で通信霊は、
「ここで私があなた(注:M子)と稲垣に伝えるべき事は、私があなた方をつなぐ理由である。私は、生前あなた(注:M子)としての素質をもち、稲垣の進むものと類似する方向性をもつ者であった。そのため、私はあなた方をつなぐ者として接触しているのだ」
と告げています。
 

M子さんの素質とは、霊信を自動書記によって受信するような霊媒素質であり、稲垣の方向性とは催眠を用いた生まれ変わりの実証的探究だと思われます。
 

つまり、この送信霊は、生前、霊媒能力があり、しかも催眠との深い関わりを持つ人物であったと告げたことになります。

さらに、2007年1月18日22:28の第7霊信で通信霊は、
「私はエドガー・ケイシーである・・・なぜ今回の霊信で私が役割を担ったかを説明しよう。
それは私がよりあなた方の意識に近づける者であるからだ。
我が霊団は多くの者で成り立つものである。( 注:第12霊信で11の霊から成る守護霊団だと告げる)
その中でも、私はより『新しい意識』である。
それにより、あなた方に近づきやすい状況をつくり出すことができる。
そして、より明確に情報を伝えることができる」
と生前の身元を告げています。
 

エドガー・ケイシーは、催眠状態によって霊的存在とコンタクトをとり、様々な情報を入手し、それをリーディングと称していたようです。

そして、第2霊信で通信霊は、
「稲垣を守護する霊的存在は、生前の私を守護していた存在であり、それよりも以前に多くの偉大なる者たちを守護していた者である」
とも告げています。
 

ちなみに、エドガー・ケイシーは1945年に死亡しています。わたしは1948年の生まれです。

こうしてエドガー・ケイシーとわたしを守護している存在は同一ということになります。 
 

わたしの性向として、こうした霊信がインスピレーションという形でわたしに直に伝えられたとしても、それは自分の妄想や願望の投影された結果の産物ではないか、妄想ではないか、とわたしが必ず疑念を持つことをこの通信霊は知悉しており、そのため第三者のM子さんを霊媒に用い、自動書記による文書の形として送信してきたのだと推測しています。
 

こうすれば、少なくともわたし自身の妄想であることは完全に排除できます。
その結果、わたしの性向にしたがって、必ず霊信内容の真偽を検証しようと試みるであろうことを通信霊は知悉していたと思われます。

2007年1月23日0:06着信の第11霊信で通信霊は、
「あなたが長年探究してきたものは、これまでの視点 からでは成長は望めない。
・・・あなたが探究すべきものは、これまでよりもさらに深奥にあるものである。
魂の療法のみあらず、あらゆる霊的存在に対する奉仕となるものである。
それは命あるものすべてにつながり、私たちへも強いつながりをもつ。
そのために、あなたは自らの内にある疑問をまとめておく必要がある。
あなたがこれまで探究してきた道の中であなたが処理できないでいるもの、そして人の理解を超えるものについて、私たちでなければ答えられないものについてまとめなさい」と告げてきました。


「人の理解を超えるもの」について、霊界の住人であり、人の理解を超えるものについて知っているであろう守護霊団の霊たちが、わたしの疑問について答えると言うのです。
 
わたしは「人の理解を超えるもの」 について、早速16の質問状をつくり、M子さんに返信しました。
 
すると、なんとその90分後に、A4用紙9枚にわたる通信霊からの回答が届きました。
回答を考えながら A4用紙1枚を10分で打つことは、ほぼ不可能です。
A子さんの、通信霊を装った作文による回答ではなく、したがって、守護霊団を称する存在からの自動書記による回答である可能性が高いと判断しました。

「意識 ・脳二元論」と「魂の二層構造」についての霊信の回答


わたしの理解を超えること、守護霊団(通信霊)でなければ答えられないこと、についてわたしの疑問の第一は、魂・脳・心・意識(潜在意識を含む)の相互の関係でした。


第11霊信で、「あなたが探究すべきものは、これまでよりもさらに深奥にあるものである」と通信霊は告げていますから、第12霊信、第13霊信、第14霊信、第15霊信、第17霊信の回答は、「これまでよりもさらに深奥にあるもの」を示唆しているのであり、わたしが「探究すべきもの」であると思われました。


第12霊信、第13霊信、第14霊信、第15霊信、第17霊信における通信霊の、魂・脳・意識・心、の関係性についての難解な諸回答をまとめると次のA~Hようになります。


A 「脳」「意識」を生み出していない。

B意識」を 生み出しているものは、「魂の表層」を構成している前世の者たちである。つまり、前世の者たちは「魂の表層」に存在している。したがって、「魂」は、中心(核)となる意識体とその表層を構成する前世の者たちとの「二層構造」となっている。

C 「魂表層」の前世の者たちによって生み出された「意識」は、肉体を包み込んでいる「霊体」に宿っている。霊体はオーラとも呼ばれる。

D魂表層」の前世の者たちは、互いにつながりを持ち、友愛を築き、与え合うことを望んでいる。つまり、前世の者たちは、死後も「魂表層」で相互に交流を営んでいる。 

E  現世の「わたし」という人格も「魂表層」に位置づいており、生まれ変わりであるすべての前世の者たちとつながりをもち、友愛を築き与え合うことを望んでいる。

F  死後、「霊体」「魂」から離れ、霊体に宿っていた「意識」「魂」に取り込まれる。取り込まれる先は、生きている間は「魂表層」「現世の者」であり、死後は「魂表層」の、現世の直前を生きた前世の者、として位置づくであろうと推測される。

G 「心」「意識」を管理している。「心」「魂」が外部の情報を入手するための道具である。したがって「心」が傷つくことはない。したがって、心と意識は同義ではないが、便宜上、「心=意識」として扱うことに支障はない。

H 「脳」「心」を管理している。脳は心(意識)を管理しているため、見かけ上、脳と心(意識)が一体化しているように受け取られる。このことによって、心は 脳の付随現象であり、脳が心(意識)を生み出しているという「心と脳の一元論」が唱えられているが、脳と心(意識)は本来、別のものである。 
「脳」「心」を管理はしているが、「心」を生み出しているわけではない。
「脳」は外部の情報をまとめる役目をつかさどる。 
「脳」はデータを管理している。

これら上記A~Hの回答は、まさしく「人の理解を超えるもの」であり、26才の霊信受信者M子さんが、創作して回答できるとは思われません。
人間を超えた存在である高級霊であってこそ、はじめて回答できる内容であると評価せざるを得ません。

しかも興味深いことに、第12霊信でA4用紙9枚にわたる回答を告げてきた送信霊は、わたしの16の質問の回答をした後の霊信の末尾で、

M子という人間が答えられる問題は、ここには存在しない。・・・この霊信において告げた内容を読んだとしても、M子自身は理解に到達できない。・・・これは私からの霊信であり、M子の言葉ではない。M子の妄想ではない。妄想では答えられないものである」

と、受信者M子さんの創作や妄想ではなく、11の諸霊たちから構成されているわたしの守護霊団からの回答であることを念押しし、強調していることです。


さて、上記回答Aの「心・脳二元論」の立場は、大脳生理学者でノーベル賞の受賞者であるペンフィールド、エックルズ、スペリーなどが晩年になって唱えており、世界的催眠研究者である成瀬悟策医学博士も、晩年になってからこの立場をとっています。

これら「心・脳二元論」の提唱者たちは、脳が心(意識)を生み出してはいないのだと主張はしても、では心(意識)を生み出しているのは、どこに存在するかについては一切語っていません。
それは人知を超えることであり、想像もできないということでしょう。
 

通信霊は、心(意識)を生み出す存在は、「魂表層の前世の者たちである」と明確に告げています。

わたしは霊信にしたがい、「心・脳二元論仮説」と「魂の二層構成仮説」に基づき、上記A~Hの霊信内容の真偽を、催眠を道具に用いてできるかぎりの徹底的な検証と探究をしようと決心しました。
 

この検証の過程で、徐々に定式化していった前世療法こそ、2008年6月に成立した「SAM前世療法」です。

特筆すべきことは、第11霊信で私の疑問に回答すると告げた通信霊が、同じ第11霊信の中で、 

「そして、前世療法についてだが、あなたは自らの霊性により独自性を持つようになる。あなたの療法は、あなたにしかできないものになる」

と、この霊信1年半後の2008年6月に成立したSoul Approach Method の略「SAM前世療法」について、すでに予言していることです。

通信霊は、前掲A~Hの回答を得たわたしが、当然のように、回答に基づいた独自の前世療法(SAM前世療法)を、新たに開発することをすでに見極めていたと考えるほかありません。
 

むしろ、SAM前世療法の開発をさせるための目的で第11霊信が送られたと思われます。
第7霊信で通信霊は、「わが霊団はあなた方を中心としある計画を進めている」と告げて
いますから、わたしにSAM前世療法の開発を担わせたことは「計画」のうちに入っていた
のだろうと思われます。

霊信による「魂の二層構造」と「生まれ変わり」の図式

 

脳は意識を生み出してはいない、脳と意識は密接な相互関係、対応関係にあるが、本来別物である、とする立場を「意識と脳の二元論仮説」といいます。                

脳が意識を生み出すという因果関係を否定する仮説です。                              

大脳生理学者でノーベル賞学者の、ペンフィールド、スペリー、エックルズ、催眠学者の成瀬悟策などが実験研究の末に晩年になって唱えています。 

しかし、彼らは、それでは意識どこで生まれるのか、という根本問題については一切述べていません。分からないのです。
SAM前世療法では、わたしあて霊信の告げている「魂の二層構成仮説」を採用し、意識を生み出しているのは、魂表層を構成している前世の者たちである、と考えています。
 

魂の二層構造」を理解しやすいように、円を用いて二次元モデルの模式図にしたものが下図です。

 

  「魂の二層構造とその転生の模式図]


左から右への矢印は時間軸を意味しています。
 

大円、魂の核Xの下に引いてある接線は、魂表層の「前世の人格」と、肉体を持つ「現世の人格」の区別のための補助線です。
 

つまり、補助線より下の小円が肉体に宿る現世の人格です。
 

補助線より上の小円が、死者であり肉体のない前世の諸人格です。
 

したがって、右端の3つ目の模式図を例にとると、魂表層の現世人格小円Cは、小円Aと小円B二つの前世人格とともに、3回目の現世の人生を送っている魂をあらわしています。

意識は魂表層の小円A、小円B、小円Cなどの前世人格たちと現世人格が生み出しているというわけです。

魂の転生の仕組みを模式図の時間軸にしたがって説明してみます。

魂の核大円(X)は、最初の肉体に宿ると、その表層に小円という現世人格(の意識体)を生み出す。(左端の図)

現世人格(の意識体)はその肉体の死後、魂の核大円(X)の表層を構成する前世人格(の意識体)小円Aとして位置づき、死後も魂表層に存在し続ける。(真ん中の図)

そして魂は、次の来世の肉体に宿ると、新たに小円という現世人格(の意識体)を魂表層に生み出す。(真ん中の図)

さらに小円Bという現世人格(の意識体)は、肉体の死後魂表層の前世人格(の意識体)小円Bとして位置づき、先に位置付いている前世人格小円A(の意識体)とともに魂表層を構成し死後存続する。(右端の図)

次の来世では小円Cという現世人格(の意識体)を魂表層に生み出し、先に表層に位置づいている前世人格小円A(の意識体)・B(の意識体)とともに魂表層を構成する。(右端の図)

このように、魂の核であるは、新しい肉体を得るたびに諸前世人格(の意識体)を魂表層に次々に位置づけ魂表層の構成単位として包含し、転生していく。
現世人格であった(の意識体)・B(の意識体)・・・は死後も、それぞれの生前の人格、個性、記憶を保ちながら、魂の核とともに魂の表層を構成するそれぞれの諸前世人格(の意識体)として死後も存続している。
これを「魂の二層構造仮説」と呼ぶ。
つまり、「核となる意識体」と、その「表層を構成している諸前世人格(の意識体)」の二層を合わせた全体を「魂」と呼ぶ。

こうして、生まれ変わりの回数分だけの前世の諸人格(の意識体)が、現世人格(の意識体)とともに魂の表層を構成しながら意識体として死後存続している、というのがSAM前世療法で確認できた意識現象の累積によってが明らかなってきた魂の構成とその転生の仕組みであると考えます。

そして、魂は、表層を構成する前世の諸人格のすべてのものがつながり持ち、友愛を築き、与え合うことを望んでいると霊信は告げているので、当然現世の人格は、多かれ少なかれ、また良かれ悪しかれ、前世の諸人格の影響を受けていることになります。

また、転生するたびに、魂表層の前世人格(の意識体)が 新たに位置付き、その前世人格(の意識体)の智恵が分かち合われるので、魂表層を構成している諸前世人格全体の集合的意識は、転生することによって変化していくことになります。
ある方向性、志向性に支えられたこの変化を、「魂の成長・進化」と呼んでいいのではないかと思っています。

なみに、魂の核である意識体Xについて、わたしあて霊信では「ある意識体」とだけ告げており、その実体については現在も謎のままです。

SAM前世療法は、わたしあて霊信が告げているこうした仮説を骨格として、開発された前世療法です。

 

その175記事につづく

 

2024年9月3日火曜日

生まれ変わりの実証努力の現在の2

SAM催眠学序説その173 

 その172記事のつづき    

 

1 2005年5月「タエの事例」との遭遇

 

被験者里沙さんは、当時47歳の主婦でした。                 彼女の主訴は、魂とその生まれ変わりが実在しているのかを実感したいということでした。

当時、わたしは、まだ「SAM前世療法」を開発していませんでしたから、当時おこなわれていた一般の「前世の記憶」を探るという仮説に基づいた前世療法で実施しました。

ただし、一般の前世療法ように、イメージの想起を繰り返すという催眠誘導技法をとらず、アカデミックな催眠技法によって、運動催眠→知覚催眠→記憶催眠へと催眠深度を確認していき、記憶催眠に至ったことを確認したのち、年齢退行へと導くという誘導法をとりました。

母親の胎内まで退行させ、「母親の胎内に宿る前の人生がもしあるのなら、そこへ戻りましょう」という暗示をしました。 

こうして想起された彼女の前世の記憶とは、天明3年(1783年)の浅間山の大噴火で吾妻川を下る龍神の花嫁として人柱になって、16歳で命を落としたタエと名乗る渋川村(現群馬県渋川市)上郷在住の少女の記憶でした。

 詳しくは拙著『前世療法の探究』春秋社、を読んでいただくとして、ここで注目したいのは「前世の記憶」として語られたセッション中の里沙さん表情です。

この表情によって、里沙さんの前世であったタエの記憶の想起というより、前世人格のタエという少女自身の顕現化現象としてとらえることが自然ではないかという強い直感がはたらいたからです。

 以下にそうした直感がはたらいた部分のセッション逐語録を引用してみます。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

稲垣:今あなたは何歳ですか?

里沙:13。

稲垣:13歳ですか。あなたがみなし子だった事情を誰かから聞いていませんか?

里沙:捨てられてた。

稲垣:気がついたときには、赤ちゃんで捨てられていたのですか?

里沙:そう。

稲垣:それで、あなたを育ててくださった人がいますね。どんな人ですか?

里沙:安永九年(1780年)、渋川村、上郷(カミノゴウ)、名主クロダキチエモン。

稲垣:クロダキチエモンがあなたの義理のお父さん。キチエモンさんの連れ合いであなたの義理のお母さんは?

里沙:ハツ。

稲垣:クロダキチエモンさんとハツさんご夫婦に、あなたは育てられたわけですね。あなたが捨てられていたことは、そのお父さん、お母さんが話してくれたわけですね?

里沙:(頷く)・・・たくさん。

稲垣:たくさん拾われた子どもがいるんですね。キチエモンさんは、そういう篤志家(とくしか)ですか。渋川村の名主さんですね。渋川村というのはどの辺りですか?

里沙:上州、上野(こうずけ)の国。

稲垣:あなたは今13歳で、年号は何年ですか?

里沙:安永九年。(1780年)
注:安永は9年で終わっていることがセッション後判明。安永という年号があることは、私を含めてその場の見学者7名全員が知らなかった。


稲垣: はあ、安永9年で13歳。で、今桑畑にいる。それがなぜ、楽しいのでしょう。


里沙:桑の実を摘んで食べる。


稲垣:桑の実を食べるんですか。口の周りどんなふうになってるか分かりますか?

里沙:真っ赤。(微笑む1)おカイコ様が食べる桑の木に実がなる。

稲垣:それならどれだけ食べても叱られることないんですか。ふだんはやっぱり遠慮がちなんですか? (CL頷く)拾われてるから。あなたと同じように拾わ れた兄弟も 一緒に葉を摘んでますか?(CL頷く)楽しそうに。(CL頷く)じゃ、ちょっと 夕飯の場面に行ってみましょうか。三つで夕飯の場面に行き ますよ。一・二・三。今、夕飯の場面ですよ。どこで食べてますか?

里沙:馬小屋。みんなも。

稲垣:下は?

里沙:ワラ

稲垣:どんな物を食べてますか?

里沙:ヒエ。

稲垣:ヒエだけですか。おかずは?

里沙:ない。

稲垣:ヒエだけ食べてるの。白いお米は食べないんですか? (CL頷く)だからあまり夕飯は楽しくない。で、みんなとどこで寝るのですか?

里沙:馬小屋。

稲垣:馬小屋で寝るの。お布団は?

里沙:ない。

稲垣:寒いときは何にくるまるのですか?

里沙:ワラ。

稲垣:ワラにくるまって寝るの。あなたの着てる物を見てごらんなさい。どんな物を着てますか?

里沙:着物。

稲垣:着物の生地は何でできていますか?

里沙:分っからない。

稲垣:粗末なものですか。(CL頷く)手を見てごらんなさい。どんな手になってます か?

里沙:きれいな手じゃない。
注:キチエモンは捨て子を拾い育てているが、おそらくは農作業の労働力として使役するためであろう。したがって、牛馬同様の過酷な扱いをしていたと考えられる。

稲垣:じゃ、もう少し先へ行ってみましょう。三年先へ行ってみましょう。悲しいことがきっとあると思いますが、その事情を苦しいかもしれませんが見てください。どうですか? で、三年経つと何年になりますか?

里沙:天明3年。(1783年)

稲垣:天明3年にどんなことがありましたか? 何か大きな事件がありましたか?

里沙:あ、浅間の山が、お山が、だいぶ前から熱くなって、火が出るようになって・・・。
注:天明三年六月(旧暦)あたりから浅間山が断続的に大噴火を始めた。七月に入ってますます噴火が激しくなり、遂に七月七日(旧暦)夜にかけて歴史的大噴火を起こした。この 夜の大噴火によって、鎌原大火砕流が発生し、このため麓の鎌原村はほぼ全滅、火砕流は吾妻川に流れ込み、一時的に堰き止められた。その後に火砕流による自然のダムが決壊し、大泥流洪水となって吾妻川沿いの村々を襲った。この大泥流洪水の被害報告が、『天明三年七月浅間焼泥押流失人馬家屋被害書上帳』として残って いる。この大泥流に流されてきた噴火による小山のような岩塊が、渋川市の吾妻川沿いの川面から数メートル高い岸辺に流れ着いて、「浅間石」と名付けられて現存している。
吾妻川沿岸55か村におよぶ被害は、流死1624名、流失家屋1511軒であった。ちなみに、渋川村の上流隣村の川島村は、流死76名、流失家屋113 軒、流死馬36頭であり全滅状態であった。ただし、渋川村の被害は「くるま流 田畑少々流水入 人壱人流」となっており、流死はたった一人であった。こうした事実は セッション後の検証で判明した。

稲垣:火が渋川村から見えますか?

里沙:うん。

稲垣:噴火の火がみえますか?

里沙:ふんか?
注:天明の頃には「噴火」という語は無く、浅間山の噴火を「浅間焼」と言った。

稲垣:噴火って分かりませんか? (CL頷く)分からない。火が山から出てるんですか?

里沙:熱い!

稲垣:煙も見えますか?

里沙:は、はい。

稲垣:じゃ、灰みたいな物は降ってますか? そのせいで農作物に何か影響が出てますか?

里沙:白い灰が毎日積もります。
注:渋川市は浅間山の南東50Kmの風下に位置する。天明三年六月(旧暦)から断続的に噴火を続けた浅間山の火山灰が相当量積もったことは事実である。

稲垣:どのくらい積もるんでしょう?

里沙:軒下。

稲垣:軒下までというと相当な高さですね。単位でいうとどのくらの高さですか? 村の人はなんて言ってますか?

里沙:分からない。

稲垣:軒下まで積もると農作物は全滅じゃないですか。

里沙:む、村の人は、鉄砲撃ったり、鉦を叩いたり、太鼓を叩いても、雷神様はおさまらない。

稲垣:その結果なにが起きてますか?

里沙:龍神様は川を下ります。

稲垣:その結果どうなりました?

里沙:天明3年7月、七夕様の日、龍神様と雷神様が、あま、あま、あまつ、吾妻(あがつま)川を下るので ・・・水が止まって危ないので、上(かみ)の村が水にやられるので・・・わたしがお供えになります。

稲垣:自分から志願したの?

里沙:・・・そうです。きれいな着物を着て、(微笑む2)おいしいごちそう食べて・・・。

稲垣:それをしたかったのですか? でも、命を失いますよ。それでもいい?

里沙:村のために・・・。

稲垣:誰か勧めた人がいますか?

里沙:おとっつあん。

稲垣:キチエモンさんが、そう言ってあなたに勧めた。

里沙:恩返し。・・・みんなのために(微笑む3)・・・うれしい。

稲垣:もう一度確認しますよ。あなたのいる村は?

里沙:渋川村、上郷。

稲垣:川の名前が吾妻川?

里沙:吾妻川。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

赤字で示した里沙さんが微笑むときの声音と表情は、被験者里沙さんが前世の記憶を語っているというより、タエの人格そのものの顕現化ではないか、と思わせるほど自然のものでした。

この「タエの事例」のセッションは、その見学者であった教育催眠学会理事・大学教授・医学博士医師らの助言によって2006年に春秋社から『前世療法の探究』として出版しました。

この出版を契機に、わたしの守護霊団を名乗る霊的存在から霊信が送られてくるという超常現象が起こるようになったのです。

なお「タエの事例」の全セッション動画はYou-tubeをご覧ください。

 

 その174記事へつづく

2024年3月20日水曜日

生まれ変わりの実証努力の現在の1

SAM催眠学序説 その172

 
 
 はじめに
 
 
今回からは、わたしの2007以後の「生まれ変わり」の実証努力の現在について、5回に渡りまとめてみます。
 
さて、 『科学的探検雑誌』編集長バーンハード・M・ハイシュは、この研究分野の先駆者イアン・スティーヴンソンの膨大(2000事例以上)にして緻密な「生まれ変わりの実証的(科学的)研究」について次のように論評しています。
 

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人間の行動を考えると、生まれ変わりという考え方が、物事を説明するうえで、利点を持っていることは明らかである。                      

恐怖症や変わった能力、強迫観念、性的方向といったものはすべて、精神分析の往々にして回りくどい論理よりも前世の具体的状況に照らしたほうが、おそらくはよく理解できるであろう。

 遺伝と環境に加え、過去世での経験という第三の要因も、人間の人格の形成にあずかっているのではないか、とする考え方は正当な提案といえる。(中略)                              

スティーヴンソンは、

生まれ変わりという考え方は最後に受け入れるべき解釈なので、これに代わりうる説明がすべて棄却できた後に初めて採用すべきある

どの事例にしても、一例だけでは生まれ変わりの存在を裏付ける決定的証拠になるとは思っていない。

私の詳細な事例報告をお読みいただければ、私たちが説得力に欠けると考えている点が明らかになることは間違いなかろうが、それによって読者の方々が、生まれかわりを裏付ける証拠など存在しないと否定なさるとは思われない。

 もし、そのようなご意見をお持ちの方があれば、その方に対しては『どういう証拠があれば、生まれ変わりが事実だと納得なさいますか』とお聞きしたいと思う」

と述べている。                              

イアン・スティーヴンソン/笠原敏雄訳『前世を記憶する子どもたち』日本教文社、PP.526-527


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

わたしも、上記の見解のゴチック部分にはとりわけ同感しています。

 you-tubeで公開している「タエの事例」・「ラタラジューの事例」の証拠動画、また、ブログに公開しているセッション逐語録とその解説を、虚心坦懐に検討したうえで、それでも生まれ変わりの証拠などではない、と否定される方がおいでになるならば、「どういう証拠であれば、あなたは、生まれ変わりと魂の存在が事実であると納得なさいますか」とわたしも、スティーヴンソン同様に尋ねたいと思います。                                     

なぜなら、わたしの生まれ変わりの実証的探究も、スティーヴンソンの実証研究の方法論をモデルとしているからに他ならないからです。

そして、ここに取りあげる、生まれ変わりを濃厚に示す事例でもって、生まれ変わりは普遍的事実である、などと主張するわけではありません。        

 

「SAM前世療法」という前代未聞の催眠療法によってあらわれた特殊な事例という「前提」と、1000事例ほどのセッションで得られた「意識現象の事実」という「限界」における主張であることをお断りしておきます。

 

人間が死ねば無になるのではなく、どんな形にせよ死後も存続することが科学的に証明されれば、人生観・世界観はもちろんのこと、自然界や人間界のあらゆるものに対する見方など広汎な領域にわたって根底からの深甚な変革が迫られるに違いないでしょう。

 

そうであるからこそ、そしてわたし自身も、死から逃れることが不可避であるからこそ、わたしは、誰もが「魂と生まれ変わりの有無」という根源的な問いを回避せず、当事者性をもって、短絡的に答えを求めず、地道に問い続けることが大切なのだと考えています。それは、人はなぜ生まれてくるのか、人生をどう生きるべきかという答えにつながっていくと思うからです。

 

さて、わたしの76年余の人生を振り返って、自分の死への圧倒的恐怖感が当事者性をもって迫った原体験は、小学校6年生12歳の晩秋でした。              

 

火葬場の焼却炉に穿たれた覗き穴から係員の目を盗んで、かわいがってくれていた祖父の遺体が、眼前で燃やされていく凄まじい光景をじっと見てしまったのです。                             

 

いつか自分も必ずそうなることを身に浸みて実感してしまったのです。     哲学的に言えば、「実存的原体験」とでも呼ばれる体験だろうと思います。

 

死んで肉体が無になっていく圧倒的恐怖感です。                        

 

この恐怖感は眠ることへの恐怖感となり、12歳にして不眠症になり、中学校に上がるまで一冬中続きました。                         どんどん痩せていくわたしを心配した母は、医師の診察に連れていき、睡眠剤を処方される事態にまで悪化しました。

        

この原体験以来、遺体が焼けていく恐怖の光景が、心の深層に沈殿し続け、折に触れてはフラッシュバックし、死への恐怖から逃れることができませんでした。
76歳を越えた現在でも、その恐怖は薄らいではきたものの、いまだになくなることありません。

 

とはいえ、わたしの性格は、観念的な死生観を説くだけの諸宗教に救いを求めることはどうしてもできませんでした。                     「観念より事実」「理屈より実証」を求めるのが、わたしの生まれつきの性向なのです。

 

そして、それまでは唯物論者であったわたしあてに、57歳のとき、わたしの守護霊団を名乗る存在から、拙著読者のM子さんを経由して40日間にわたって毎夜霊信が来る、という思ってもいなかった超常現象が2007年1月に起き、その霊信によって、魂の転生と生まれ変わりの秘密について教示してくるという超常現象に遭遇することになりました。
 

わたしは、催眠を用いた探究によって、その霊信内容の真偽の検証ができる立場にありました。

 

しかしながら、これまでの検証によって確かめてきた「魂の転生と生まれ変わりの事実」は、検証の方法論が、催眠被験者の語る「意識現象の事実」を対象に、それを累積し共通項を分析するしかない、という限界があるため、当然のことながら間接的な証明でしかなく、けっして100%の事実の証明にはなりえません。

 

そうであっても、そこでわたしの得た知見をわたしだけに留めず、この問題意識に正対し、「生まれ変わりの有無」に真面目な関心を寄せる人々に伝えることが、わたしあてに霊信を贈ってきた守護霊団に対する、わたしの礼儀と責務だろうと思っています。

 

そして、スティーヴンソンをはじめとして、生まれ変わりの先行諸研究の成果は、生まれ変わりの可能性を示す証拠が、それを否定する証拠より質・量ともに無視できないほどに蓄積されていると思います。

わたしの、これまでのSAM前世療法の成果を要約すれば、わたしの肉体の死後も、霊体に宿っていた現世のわたしの人格(個性、記憶などの心的要素)は魂表層に吸収され、魂表層を構成する「前世人格」の一つとして存続し、魂はさらに成長・進化に資するための多様な体験を求めて新たな肉体にやどる。                   

 

このようにして、「わたし(という人格)」は、死後も魂の表層を構成する「前世人格」の一つとして存続し、無に帰することはないだろうということが、SAM前世療法を用いた19年余の生まれ変わり探究の現時点における知見です。  

それでは、SAM前世療法の独自・固有の立場である「前世の人格を呼び出し対話する」という仮説が、どのような経緯によって成立してきたかについて、次回以後時間軸にそって順に、SAM催眠学序説「その173」~「その177」まで5回に渡って述べていきます。

 

その173につづく

2024年2月26日月曜日

SAM前世療法による三者的構図と治癒仮説

SAM催眠学序説 その171

 

 前ブログで紹介した宝田昌子 さんが、わたしの最初のセッションを受けたときの感想と、その後催眠塾に入塾し、SAM前世療法士としてどのような努力を積み重ねて、今に至っているかを投稿していただけたので、でそれを紹介します。

これまで、SAM前世療法士自身の具体的、分析的なセッション体験を掲載したことはありません。

 

SAM前世療法の実際を、SAM前世療法士自身が、どのように体験していたのか、その後「スーパーバイザーSAM前世療法士」として、彼女が実力をつけていくための具体的努力をどのように重ねてきたかの軌跡が読み取れると思います。       

 

もう一つ注目していただきたいのは、SAM前世療法における、「セラピスト」対「前世人格」との対話と、それを傾聴している「現世のクライアントの意識」という独特なセッション構図が典型として示されていることです。         

 

世界中の従来の前世療法には例がない、このようなSAM前世療法の特異なセッション構図をわたしは「三者的構図」と呼んでいます。

 

 これに対して、終始「セラピスト」対「クライアント」の関係でおこなう一般の前世療法のセッション構図は「二者的構図」と呼んでいいと思います。

 

宝田昌子さんの投稿記事の次に、で2009年にあらわれたネパール語の応答型真性異言「ラタラジュ-の事例」の被験者里沙さんの感想を引用して、両者を比較検討してみたいと思います。

記事の青文字部分に注目してお読みください。

 

               

宝田昌子さんの投稿記事

                                     先日は投稿記事を取り上げていただきありがとうございます。
稲垣先生のブログ「SAM催眠学序説その170」の中で次のような記述がありました。

**********************************************************
「SAM前世療法」は、クライアントとセラピストと双方の「魂の自己実現をめざす前世療法」となりうる可能性を、まだまだ秘めている(中略)
SAM前世療法は、セラピストとクライアント双方の魂へのいやしの前世療法でもあり、それは魂表層で心身の傷を負って苦しみを訴えている、双方の前世の者たちの魂への功徳につながる前世療法でもある

***********************************************************
このブログの記述を拝読しながら、私は7年近く前の初めてのセッションで顕現化した「前世の者」のことを鮮明に思い出していました。


【 2017年8月 トンネル恐怖症改善の初めてのセッション 】


私は、高速道路のトンネルに入ると「全身に極度な力が入る」「スピードが出せない」「排気口を見るとクラクラする」「呼吸が浅い」「白線が怖い」「対向車線に突っ込んでいくのではないかと考える」など運転に大きな支障がでていました。

トンネル恐怖症と呼んでいい、閉所恐怖症の一つだったと思います。
 

頭では、「何事も起こらない」とわかっているのに、「トンネルのあらゆるものが襲ってくるような」なんとも言えない恐怖心にさいなまれていました。     普段の一般道路の運転では考えられないことでした。


[SAM前世療法初めてのセッション]
セッション記録メモによる再現
 

稲垣先生との催眠に入る前のカウンセリングの後、室内ライトを消しカーテンを引いたほの暗い部屋の環境でセッションが進んでいきました。


セッションが進み、催眠が深くなるにつれ、私の体の感覚がなくなっていくような不思議な感覚がありました。  


ただただ、「深く深く」どこかへ沈んでいくような、まどろんだ沼の中にいるようなそんな感覚だけがありました。                      そこには、「恐怖心」は全くなく、穏やかで何かに包み込まれるような「安心感」さえ感じました。


けれども、先生の「声」は私の耳にハッキリと聞こえました。


催眠状態をたぶん25分~30分くらい深めて「魂状態の自覚」に至ったとき、既に私のトンネル恐怖症に関わっている前世の者は顕現化していたようでした。      
 

私自身の現世の意識は、悲しく思っていません。
それにもかかわらず、なぜか「激しい感情」に襲われていました
。           胸が苦しく張り裂けそうでした。           
           涙が次々とあふれだしてきました。


稲垣先生が
「もう、出てきておられますね」
と言われました。


すると、前世の者は、我慢しきれず「大粒の涙」を流し、先生の方向にグッと体をむけました。
そして、前世の者は、先生の「腕」を両手で爪を立ててガシッと掴みました。       まるで、前世の者には稲垣先生の「腕」が「どこにあるか見えている」ようでした。
前世の者は、先生の腕に頭をうずめ涙ながらに、何度も何度も

「助けてくれ!!助けてくれ!!」

と懇願して叫んでいました。                        

前世の者の心は、「悲しみと恐怖」に満ちていました。
 

なりふりかまわず必死の思いで、先生に訴えているのが伝わってきました。
私は、私自身が大泣きして訴えているのに


「こんな立派な前世の男性が震えて泣くぐらいだから、よほど辛かったんだな。」
「でも、目を閉じているのにどうして先生の腕の位置がわかったのだろう?」


と「第三者のような客観的な思い」で
「先生と前世の者」との「対話」の様子を眺めていたようでした。



SAM催眠塾にて、
「一般の前世療法」における「セラピスト対クライアント」の「二者的構図」とは異なり、「SAM前世療法」では、そこに顕現化した前世の者が参加した「三者的構図」になることを学びました。
私はその時「なるほど!こういうことだったのか!」と感動していました。


 稲垣先生のスピリットヒーリング ]
 

先生が、
「いやしが必要ですか?」
と前世人格に尋ねると前世の者は「いやしてほしい。」と応えました。


すると、目の前にオレンジ色のような白いような「眩しい光」が広がりました。
その光は、胸の辺りから光っているのがわかりました。
あたたかく気持ちのいい光でした。


前世の者の「心の痛み」は、
包み込まれるように穏やかになっていくのがわかりました。


顕現化した前世の者は、
激しい悲哀の感情を錯乱状態で吐き出し穏やかになると


1000年前 
スイス
男性
土着の神に仕える「神官」
洞窟で殺された


という身元を語りました。


私は、「部屋は暗かったし、目を閉じているのになぜいやしの光がわかるのだろう?」と不思議に思っていました。
(数年後、稲垣先生のヒーリングを受けた人のなかに、私と同じような感想を持っている人が何人もおられ「やっぱり不思議だ」と思いました)


[ セッション後 ]
 

稲垣先生が「魂表層の前世の者たちで傷を持たない魂はない」ことを話してくださいました。
私は「他にも辛い前世の者たちがいるのなら、癒してもらおうかな」と思っていました。   


[ トンネル恐怖症の改善 ]
 

帰路につき、高速道路のトンネルに差し掛かりました。
「また、あの嫌な恐怖心が込み上げてくるのではないだろうか・・・」
と不安でした。けれども、私はトンネルに入っても「平常心」で運転していました。
「あれ? 怖くない・・・・」
普通に運転していることが不思議で仕方がありませんでした。


「今日一日で、何が私を変えたのか?」


今日一日私が体験したのは、SAM前世療法のセッションだけです。
 

運転中、前世の者の悲痛な思いがよみがえりました。


「トンネル・・・」
「私の前世の者、洞窟で殺されたんだ・・・」


セッション後稲垣先生から                                   

前世の者は「当時の苦痛体験」から学び、生まれ変わりである現世の者を自分と同じ苦痛から守ろうとして、恐怖心を訴え「危険を回避させること」がある。
「前世の者の生きた時代」と「現代」では状況が違うことに前世の者は気づくことができない。
そのような「危険を訴える潜在意識」は魂表層の前世の者が生み出す。
現世の者は、その影響を受けて生活に支障をきたす場合がある。
原因不明の「高所恐怖症」「閉所恐怖症」などがそうした典型である。
 

と教えていただきました。


[ 直感 ]
 

SAM前世療法によって、トンネル恐怖症の改善が起きた感動もおさまり運転に集中していると

「SAM前世療法を続けたら、人生が変わるかもしれない・・・」


この言葉が、一瞬心をよぎりました。
ひらめきのようなものでした。
けれども、

「人生の何かが変わっていくことだけは確かだ」と感じていました。
             

それからも稲垣先生の「セッション」を毎月1回受け続け、「SAM催眠塾」でも学び、今の私がいます。


SAM前世療法士初級のころから「稲垣先生と私の違いはどこにあるのか」「なにが違うのか」を反省し追究していました。
 

「先生は、前世の者にこんな言葉がけをしていたな」

「先生の按手(パス)の接着力は、こんな感じだったな」

「先生の暗示の間や暗示の言葉がけの話す早さはこんな感じだったな」


と稲垣先生にセッションしていただいたときのことを思い出していました。


SAMの誘導深化の技法のほかにも

「初対面の人とどうやって話の流れを作っていけばいいのか?」

「SAM前世療法の理論の説明は、どう話せば伝わりやすいのか?」

「先生の技量にどうやったら近づけるのか?」

                                     と考え続け「出来ない!」の連続に悩み苦しんでいました。


開業後の数々のセッションをこなしていったとき、やがて私なりの「セッションの形」ができてきました。


先生のブログの記述を拝読しながら、


「今の私は、私だけの力で成長したわけじゃない。多くのクライアントのお陰だった・・・」


と気づくことができました。
それは、私のSAM前世療法士として「何が足りないのか」を「見極めるチャンス」をくれていたと気づいたからです。


また、クライアントに顕現化した「前世の者」の訴えから、私の前世の者にも「同じ苦しみを持つ者がいる」かも知れないと気づき、先生のセッションをお願いすることもありました。


私は今まで、目の前のクライアントの「主訴の改善」だけを目標に、一所懸命やってきただけだと思っていました。
けれども、実は私自身が、クライアントからも学び「SAM前世療法士」としての「土台」を作らせてもらっていたのだと気づきました。


稲垣先生への感謝とともに、多くのクライアントに思いを馳せることができました。                                   ありがとうございました。
 

3月から新しいグループメンバーとともに、さらにSAM催眠塾で学びます。
どうぞご指導をよろしくお願いします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
宝田昌子さんの投稿記事終わり
 

 

「ラタラジューの事例」被験者里沙さんの感想記事

 

「ラタラジュ-の事例」のセッション中とその後の私の心情を述べたいと思います。
こうした事例は誰にでも出現することではなく、非常に珍しいことだということでしたので、実体験した私が、現世と前世の意識の複雑な情報交換の様子を細かく書き残すのが、被験者としての義務だと考えるからです。
(中略)

ラタラジューが出現するときは、いきなり気がついたらラタラジューになっていた感じで現世の私の体をラタラジューに貸している感覚でした。
(中略)

悲しいことに、ラタラジューの人殺しに対しても、反論することもできず、考え方の違和感と憤りを現世の私が抱えたまま、ラタダジューの言葉を伝えていました。

カルパナ
(注:ネパール人の女子留学生)さんがネパール語で話していることは、現世の私も理解していましたが、どんな内容の話か詳しくは分かりませんでした。
ただ、ラタラジューの心は伝わって来ました
(中略)

セッション中、ラタラジューの五感を通して周りの景色を見、におい、痛さを感じました。
セッション中の前世の意識や経験が、あたかも現世の私が実体験しているかのように思わせるということを理解しておりますので、ラタラジューの五感を通してというのは私の誤解であることも分かっていますが、それほどまでにラタラジューと一体化、同一性のある感じがありました。

ただし、過去世と現世の私は、ものの考え方、生き方が全く別の時代、人生を歩んでいますので、人格が違っていることも自覚していました。 
ラタラジューが呼び出されたことにより、前世のラタラジューがネパール語を話し、その時代に生きたラタラジュー自身の体験を、体を貸している私が代理で伝えたというだけで、現世の私の感情は、はさむ余地もありませんでした。

こういう現世の私の意識がはっきりあり、片方でラタラジューの意識もはっきり分かるという二重の意識感覚は、タエのときにはあまりはっきりとは感じなかったものでした。

(後略)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・里沙さんの感想記事終わり

 

さて、宝田さんと、里沙さん両者の記事の青字部分の叙述をお読みになって、どのような感想を抱かれたでしょうか。

 

宝田さんは「セラピストの稲垣」対 「顕現化した前世人格」との対話、それを現世の自分の意識は第三者のような客観的な思いで様子を眺めていたようでしたと語っています。

また、里沙さんは同様な状況を「現世の私の意識がはっきりあり、片方でラタラジューの意識もはっきり分かるという二重の意識感覚だと述べています。

 

こうした「セラピスト」対 「顕現化した前世人格」との対話、その対話を第三者の感覚で眺め、傾聴している「現世の意識」という、いわば分割された意識状態(二重の意識感覚)を、「三者的構図」と呼んでいます。                          

 

そしてこのような意識現象は、従来の前世療法とは一線を画したSAM前世療法独自の際立つ特長だととらえています。

 

また、宝田さんは、「私自身の現世の意識は、悲しく思っていません。それにもかかわらず「激しい感情」に襲われていました。・・・涙が次々とあふれだしてきました語っています。

 

里沙さんも、その時代に生きたラタラジュー自身の体験を体を貸している私が代理で伝えたというだけで現世の私の感情は、はさむ余地もありませんでした語っています。

 

こうした意識感覚は、顕現化した前世人格が自律的な存在であり、クライアントの現世の意識とは別個に前世人格の意識が働いている状況だと思われます。

 

したがって、私自身の意識は、悲しく思っていません。それにもかかわらず激しい感情に襲われていました(宝田)」といった感覚や現世の私の感情は、はさむ余地もありませんでした(里沙)という意識状態が起こると考えられます。   

 

ここのような「激しい感情と大泣き」「体を貸している私が代理で伝えただけ」 現世の感情は、はさむ余地がない」という意識現象を起こしている「主体」は、現世のクライアントではなく、顕現化した前世人格、という解釈が妥当だと思われます。

 

実際に前世人格が顕現化した多くのクライアントから「勝手に口が動いて話してしまう」「勝手に指が起きて応えてしまう」「勝手に涙があふれてくる」などの報告を受けてきました。

 

そして、宝田さん、里沙さんのような憑依体質のクライアントにおいては、前世人格との口頭による対話が可能であり、そうでない場合には、セラピストの質問に前世人格は人差し指を起こして返事をするという対話の形をとることになります。

 

 ところで、ラタラジュー自身の体験を、体を貸している私が代理で伝えたというだけ」という里沙さんの意識体験、前世の者は、先生の腕に頭をうずめ涙ながらに、何度も何度も、助けてくれ!!助けてくれ!!と懇願して叫んでいました」という言動は、前世人格の憑依現象と言うしかなく、こうした自分の魂表層に存在する前世人格が、生まれ変わりである現世の者の身体を用いて自己表現する、つまり憑依している、という意味で「自己内憑依」と仮称しています。        

 

したがって、前世人格の顕現化現象とは、「自己内憑依現象」であると言えます。

 

読者のなかには、「前世人格の顕現化現象」などではなく、クライアント宝田さんや里沙さんの「前世の記憶の顕現化」ではないか、と疑問視される方があるでしょう。                                   あるいは精神疾患の「憑依妄想」ではないか、と思われる方があるかもしれません。

 

しかし、記憶では説明できない、ラタラジュー人格顕現化中の現在進行形の対話現象があり、「前世の記憶説」は否定できます。                        

 

それは、ネパール人女性のカルパナさんとの対話中に、彼女にラタラジュー人格が「あなたはネパール人」ですかと尋ね、「はい、そうです」という返事に対して「おお!」と喜びの声を上げるという現在進行形の対話が、「ラタラジューの事例」で確認されているからです。                      

 

さらに言えば、ラタラジュー顕現化中の里沙さんの声音は年輩の男性に変化し、宝田さんの前世人格「神官」の顕現化中の声音も明らかに男性のものに変化していたという現象が認められるのです。

「前世の記憶」を語るだけならこのような声音の変化現象は起きないでしょう。

また、「憑依妄想」によって、トンネル恐怖症の改善が一気に起こることはないはずです。                                 

 

そして、宝田さん、里沙さんともに、過去から現在にわたって精神疾患の既往歴は一切ありません。

 

なお、名古屋「さかえクリック」で、里沙さんを招いて「タエ」の顕現化実験セミナーをおこなった際に、顕現化した「タエ」が吾妻川の泥流を呑み込み溺死した場面で、被験者里沙さんは、腹部に胃痙攣状態の激しい身体反応を起こし、声を上げて苦悶しました。                                

 

この身体現象も、「タエ」の「自己内憑依」現象を裏付ける事実だと思います。     身体を持たない前世人格タエが、里沙さんの身体を借りて溺死の苦悶を再現してみせたということでしょう。

 

それでは、最後に、SAM前世療法の治癒構造仮説に触れて、まとめとしたいと思います。

 

クライアントの現世の意識は、主訴にかかわって顕現化した前世人格とセラピストの対話を第三者的な客観的な意識で傾聴します。                ただし、現世の意識は傾聴するのみで、セラピストと前世人格との対話に介入できません。

                       

前世人格は、主訴についての苦しみや悲しみを、ときには泣き、ときには怒り、強い感情を伴いながらセラピストに訴えます。                                

 

現世の意識は、前世人格の訴えに共感しながら傾聴し、現世の自分の主訴の原因を洞察(見抜く)していくと考えられます。 

 

精神分析では、主訴の原因を、理屈ではなく感情をともなって洞察できることを「ああ、そうか体験」と呼ぶようです。

 

こうして、現世の意識が、主訴の原因を感情を伴って洞察できた(ああ、そうか体験できた)ことによって主訴の改善に至る、というのが治癒構造だと現時点で考えています。

 

感情を伴って洞察できた(ああ、そうか体験できた)ことによる主訴の改善の具体はで紹介した宝田さんのトンネル恐怖症の改善過程を読んでいただければ了解されるだろうと思います。

 

そして、さらに治癒構造を敷衍して考察すれば

 

現在の人生のありようは、魂表層の諸前世の者たちの人生のありようと分かちがたく結びついており、潜在意識下でその影響を受けているという気づき。

 

現世自己という存在は、死後も魂の表層で他の諸前世の者たちとともに存続する、という「魂」という不滅の存在と、魂が生まれ変わりを繰り返すことへの確信的気づき。

 

現世の自己という存在は、魂表層で前世・来世へと連綿としてつながっている一連の鎖の輪のひとつとして生きているという気づき。

 

それらの気づきによって、自己の人生を再解釈し相対化できる超越的視点への気づき。

 

などの気づきを得て、セッション後においてもそれ以前の唯物論的人生観・人間観・世界観からの転換が、徐々に進んでいくのではないかと推測しています。

 

これらの気づきは、ある意味で宗教的認識に類するものでしょうが、あくまでSAM前世療法のセッション過程で、クライアント自らが獲得していくものであって、セラピストが外部から注入したり押しつけるものではないことを強調しておきたいと思います。 

 

また、治癒構造の説明というものは、どんな心理療法であれ、絶対的な実証ができるわけではなく、仮説にすぎません。

 

ですから、わたしがこれまで述べてきたことも、当然、現時点の暫定的な仮説でしかないことをお断りしておきます。

 

なお、蛇足になりますが、わたしは、既存の新興宗教組織やその教義とは、過去にも現在においても一切無縁の、一介のSAM前世療法の臨床実践者です。    

 

臨床体験で確認できたことを累積することによって、「生まれ変わりの科学的事実」を実証せんと試みる探究者です。

 

死後存続、および霊魂等の問題については、科学はこれまで、不関与・無関心という前提・立場をとり続けてきました。                      

 

その種のものの有無について科学は、つまり、特殊専門科学としては論及する立場にはない、という禁欲、あるいは了解が根強くあるようです。            

 

したがって、わたしは現在アカデミズムに属することはしておりません。

 

2024年1月25日木曜日

SAM前世療法と魂への功徳

SAM催眠学序説  その170

 

下記に紹介する点線内は、SAM催眠塾に学び「スーパーバイザーSAM前世療法士」として活動している40代女性セラピスト宝田昌子さんの投稿記事です。

わたしあて霊信内容の教示と、それに基づくSAM前世療法実践の成果、およびセッションを通してのセラピストである本人の変容について、意味深い記事ですので、宝田さんの了解をいただき抜粋して掲載しました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(掲載始め) 

 

いつもお世話になっています。

先生への第15霊信で

「あなたの魂が、
そしてあなたとともに
あなたの魂から生まれた多くの者が存在し、
同じものを見つめていくのだと理解しなさい。
それらの者の協力を求めるのだ。
友愛、それは自身の魂によるものこそ真の友愛である。
あなたがたは、自らの魂の側面である者たちと友情を築くのだ


と伝えられている部分から、あるクライアントの言葉を思い出していました。

数年前のセッションでの出来事です。

クライアントは、霊感のある方でした。
セッションが終わり、クライアントが不思議そうな顔をしていました。
クライアントは、宙を見つめて

「不思議です。癒してほしいと思っている前世が他にいっぱいいるのを感じました。私たちは、チームなんですね

私はその言葉に、ハッとしたのです。
 

当時、私の前世人格に対する位置付けは「私の中の他人」でした。    どこかで線を引き「現世の私と前世人格とは関係ない」という気持ちがあったように思います。                               

クライアントが発した「チーム」という言葉によって、私の中の何かが変わりました。

「私は、一人ではないのか・・・」
 

「私に、仲間がいたのか・・・」
 

「私は、前世の者たちに必要とされているのか・・・」

私は、どこかでいつも深い孤独感と身体の不調を抱え、何のために生きているのかわからない人生でした。                         

死にたいと思うこともしばしばでした。                                

クライアントの言葉によって、暗くのしかかった私の心に光が射したようでした。

先生、余談ですが、

SAM前世療法士になるようSAM催眠塾に導いてくれたのは「前世の者たち」でした。

私といえば

「SAM催眠塾は、前世の者たちが学べって言うから」              

                                   「自分の子どもの体調改善ために入塾しただけだから」
                                     

「私の県は閉鎖的だから、この土地でSAM前世療法の仕事は難しい」

と考えていました。
 

頑なな私の背中を押してくれたのも、 また「前世の者たち」でした。
 

SAM催眠塾に入塾し、SAM前世療法士として働くまで 、主導権は「前世の者たち」にあったように感じます。

SAM前世療法士としてスタートした頃、私は「前世の者たちのためにやっている」という感覚が強かったのを覚えています。

クライアントの「チーム」の一言に「前世の者たち」から、生きる希望を失っている私に「生きろ」と言われているような気がしました

「生きろというのなら、前世の者たちのために生きてみようか・・・」
 

「前世の者たちの願いを叶えるのもいいかもしれない。前世の者たちと私、みんなで私なのだから・・・」
 

「私は、一人じゃない!」

それからセッションを繰り返していくうちに、私の前世人格たちに愛情を持てるようになりました。

以前の自分より、ほんの少し強くなったように感じます。

今思えば、SAM前世療法との出会いが、私の「人生の転機」だったのではないかと思います。

忌み嫌っていた私の「エンパス体質」も紆余曲折あった私の「暗い人生」も、SAM前世療法士の仕事のうえで役立ってくれます。

・右半身麻痺状態
・坐骨神経痛
・睡眠中の食いしばり
・頑固な便秘
・虚弱体質
・朝起きても疲れが取れない
・いつもつきまとっていた身体のだるい感覚

などのさまざまな身体症状も、お陰様で緩和し、快適な生活を送っています。
 

そして、SAM前世療法士の仕事をしていく中で、クライアントとともに新しい人生の勉強をしています。

稲垣先生、SAM前世療法に出会えたことを心から感謝しています。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(掲載終わり)

 

さて、ちなみに宝田さんの最初のセッションの主訴は「トンネル恐怖症」でした。

 

数キロにわたるような長いトンネルを車で走行するのが怖くてたまらない、という恐怖症を克服したいという実生活上の困難に直結した主訴でした。           

 

この主訴には、彼女の身の安全を守ろうとする前世人格の訴えが絡んでおり、その前世人格を顕現化させ、彼とわたしとの対話によって1回のセッションで恐怖症の改善に成功しました。

 

その後、宝田さんは、体調不良の改善のために毎月1~2回はわたしのもとにSAM前世療法のセッションを受けにおいでになるようになりました。

 

そうした諸セッションをおこなうたびに、魂表層から新しく顕現化してくる前世人格たちの負っている心身の傷とその苦しみの訴えについて、彼ら前世人格とわたしとの対話を繰り返しおこなってきました。

( 注:霊信では魂表層の前世の者たちで傷を持たない魂はない、と教示しています)

 

こうして、宝田さんは、「どこかでいつも孤独を抱え、何のために生きているのかわからない人生」、そのような「暗い人生」から、「私は、一人じゃない!」、さらには「生きろというのなら、前世の者たちのために生きてみようか・・・」というような前向きな気持ちに徐々に変容されていったのだろうと思われます。

 

紹介してきた彼女および、彼女のクライアントの変容こそが 、わたしあて第15霊が告げてきた           

 

あなたの魂が、
そしてあなたとともに
あなたの魂から生まれた多くの者が存在し、
同じものを見つめていくのだと理解しなさい。
それらの者の協力を求めるのだ。

友愛、それは自身の魂によるものこそ真の友愛である。
あなたがたは、自らの魂の側面である者たちと友情を築くのだ
」         
 

という教示(霊的真理)のまさしく具現化だと評価するのは、SAM前世療法開発者であるわたしの我田引水に過ぎる過大評価でしょうか。

 

わたしが開発、実践が始まってからわずか20年に満たない「SAM前世療法」は、クライアントとセラピストと双方の「魂の自己実現をめざす前世療法」となりうる可能性を、まだまだ秘めているはずだ、と自負しています。

 

そして、魂の表層(側面)に存在している、前世人格の顕現化を可能にするSAM前世療法は、セラピストとクライアント双方の魂へのいやしの前世療法でもあり、それは魂表層で傷を負って苦しみを訴えている、双方の前世の者たちの魂への功徳につながっている前世療法でもある、と考えるようになっています。 

 

このことは、本ブログで、これまで紹介してきた諸セッションの記録をご覧いただければ、エビデンスに基づく確かな事実であることがご理解いただけると思います。

 

 

【追記】SAM前世療法士をめざす読者の方のために

 

登録商標「SAM前世療法士」の資格取得は、初級の資格でも「稲垣勝巳メンタルヘルス研究室」に、毎月の第2土曜・第4土曜日のいずれかで受講し、午後4時間のわたしの講習を8回、計32時間(8ヶ月間)受講する必要があります。          

 

 「稲垣勝巳メンタルヘルス研究室」がおこなう1グループ4名限定の催眠塾講習以外で、資格を取得することは一切できません。   

 

10名を超えるような多人数を、1週間前後の、連続短期間で、正しい催眠学理論とそれに基づく確実な技法を身につけさせることは、わたしの催眠学習体験から、とうてい無理であることが明白であるからです。

 

 資格は5段階設けてあります。宝田さんの「スーパーバイザーSAM前世療法士」は最上級であり、32時間×5サイクル、計160時間(40回)の通塾者ということで、毎月1回、3年と4ヶ月の間通塾をされたということになります。

 

現在時点の「スーパーバイザーSAM前世療法士」有資格者は6名 です。      

各段階の資格者には、それぞれの認証番号 、資格名、受講時間数、氏名、資格取得年月日 を明記のうえ、割り印を押印したA4用紙大の「講習修了証書」を授与しています。  

 

わたし以外の者が、SAM前世療法の名称を用いて講習すること、および「SAM前世療法士」の資格を授与することは、商標権の侵害として一切禁止してあります。                 

これに違反した者は、SAM前世療法士資格の取り消し処分としています。                     

 

厳しい規制を設けてある理由は、SAM前世療法の諸理論(仮説)と、それに基づく魂遡行への特殊な催眠技法の正統性を堅持するためです。

 

無資格者が「SAM前世療法」の商標を用いてセッションをおこなうことは、商標権の侵害として1000万円以下の罰金刑が科せられます。

 

将来開業する志のある入塾生のために、資格者どうしの無用な競争を避けるよう、人口10万人につき1名をめどに限定養成するようにしています。       

「前世の記憶」を扱う一般の前世療法との差別化を明確にし、「前世人格の顕現化と対話」を扱うSAM前世療士の資質の低下を防ぐためです。

 

 詳しくはHP「稲垣勝巳メンタルヘルス研究室」にアクセスしてください。   

 

          


2023年12月25日月曜日

脳・魂・意識・霊体の相互関係

SAM催眠学序説 その169  


「心・脳二元論」とは、心(意識)と脳とは別物で、脳が心を生み出してはいない、ということでした。
この「心・脳二元論」の最大の弱点は、それでは意識はどこで生まれ、どこに存在しているのかが説明できないことです。

この説明は、心(意識)のような目にみえない対象を探究するには、実験・観察を手段とする現行 の科学的手法ではなんともならないものです。
そこで、探究を進めるために、わたしあて霊信が教示した魂・意識・霊体などの知識を「作業仮説」として手がかりにするほかないというのがわたしのとった探究の立場です。

作業仮説とは、その仮説の科学的実証はいまだできないけれども、探究を進める作業ために設ける暫定的な仮説です。
フロイトにおける「イド」とか「超自我」などの無意識論、ユングの「老賢人」、「太母」などの元型論は、意識の研究を進めるための作業仮説です。

そして、わたしはSAM前世療法の最終過程である「魂遡行催眠」という技法を成立させるために、意識は脳にあるのではなく霊体にある、という守護霊団の告げた「霊体仮説」を採用しています。

通信霊は、「あなたがこれまで探究してきた道のなかで、あなたが処理できないでいるもの、そして人の理解を超えているものについて、私たちでなければ答えられないものについて、まとめなさい。M子(:霊信の受信者)を通し、あなたは私たちに尋ねなさい」とわたしに教示すると告げてきたのです。
 
  ここで、わたしが探究の手がかりにした、霊信(:SAM催眠学序説その47~72で公開)が、告げている魂の仕組みと霊体の関係について、要点を抜き出してみます。
「霊体仮説」をはじめ、「心・脳の二元論仮説」「魂の二層構造仮説」の原点は、これら諸霊信の真偽の検証にあるからです。

わたしあての第11霊信は次のように告げてきました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あなたが長年探究してきたものは、これまでの視点からでは成長は望めない。
なぜなら、もうすでにその観点での最終地まで達しているものが存在しているからである。
あなたが探究するべきものは、これまでよりさらに深奥にあるものである。
魂の療法のみにあらず、あらゆる霊的存在に対する奉仕となるものである
それは、命あるものすべてにつながり、私たち(:稲垣の守護霊団)へも強いつながりを持つ。
そのために、あなたは自らの内にある疑問をまとめておく必要がある
あなたがこれまで探究してきた道のなかで、あなたが処理できないでいるもの、そして人の理解を超えているものについて、私たちでなければ答えられないものについて、まとめなさい。
M子(:自動書記による霊信の受信者)を通し、あなたは私たちに尋ねなさい。(中略) 

そして、前世療法についてだが、あなたは自らの霊性により独自性を持つようになる。
あなたは、今度その療法(:SAM前世療法の創始を予言している)に関わるが、それだけに限定するのではなく、別のものも同時進行する(:ヒーリング能力と浄霊能力の覚醒を予言している)のだと理解しなさい。(中略)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こうして、わたしの通信霊への16の質問をM子さんに送信したところ、その回答として、第12霊信で次のように告げています。 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
前世療法で顕現化されるのは魂ではなく、魂の側面である。
傷を持つのは魂の側面であり、魂自体が傷を持つのではない。
その表層部分が傷を持つのである。
その表層部分は、これまで転生してきた者たちにより構成されている
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

また、わたしの通信霊への疑問の回答として、第13霊信で次のように告げています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
顕在意識・潜在意識は、脳が生み出しているものではない。
すべては、魂の側面(:第12霊信で「側面」を「表層」とも表現している)である者たち(これまでに転生してきた前世の者たち)が作り出しているものである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さらに第14霊信では、わたしの通信霊への疑問の回答として次のように告げています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
霊体はあなたがたという魂の側面に属するものであり、心も同様である。
その違いは、霊体は魂にその存在をゆだねているが、心はゆだねていないものである。
心は、心という存在なのだ。
だが、魂に属するものである。
魂にとって、心は道具なのだと考えなさい。
霊体とは魂ではない。
それは、あるときは、オーラ と呼ばれもする
そのものを体を包むものである。
私(エドガー・ケイシーを指す。第7霊信で通信霊の一員として「私はエドガー・ケイシーである」と名乗っている)が過去にリーディングした中で、アストラル体という表現を用いて説明したものである。
それは魂ではなく、それに属するものであり、肉体を保護する役割を担うものでもある。
霊体自体は、単体で動くことはできない。
それは魂とともに存在するものである。
魂を取り囲み、それはあなたという存在を構成するための一材料となる。

死後、霊体は魂から離れる。
だが、それらの意識は魂に取り込まれる。
そして、魂のものとなるのだ。
霊体は、ある意味においてはあなたがたが「あなたという人間であるため」の意識を独立して持つための役割を担うものでもある。
心が個人的意識をつくるのではない。
霊体が持つのだ。(後略)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

また、第15霊信では次のように告げています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
生と死の過程は日々おこなわれるものである。
今日という日がはじまり、あなたがたはその先へと進んでいく。
その先に、あなたの魂が、そしてあなたとともににあなたの魂から生まれた多くの者が存在し、同じものを見つめていくのだと理解しなさい。
それらの者の協力を求めるのだ。
友愛、それは自身の魂によるものこそ真の友愛である。
あなたがたは、自らの魂の側面である者たちと友情を築くのだ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして、第10・17霊信では次のように告げています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
魂という存在を理解しなさい。
あなたも、一つの魂をもとに形成された側面なのだ。
あなたという存在も、側面の者であり、すべての側面の者は友であると理解しなさい。
魂は、すべての側面の者がつながりを持ち、友愛を築き、与え合うことを望んでいるのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

抜き書きしたわたしあて霊信告げている「魂の仕組み」と「意識」と「霊体」の関係を要約すれば次のようになります。

①脳は意識を生み出してはいない。

②魂の表層(側面)を構成している前世の者たちが意識を生み出している。 

③魂表層の前世の者たちが生み出している意識は霊体に宿っている。

④「現世のわたし」も、魂表層を構成している一つである。

⑤霊体は、現世のわたしが、わたしという意識を持つための役割を担っている。

⑥霊体はオーラとも呼ばれ、肉体を保護する役割を担っている。

⑦死後霊体は魂から分離し、霊体に宿っていた意識は魂に取り込まれる。

⑧魂表層を構成してる前世人格たちはつながりを持ち、友愛を築き、それぞれの過去の人生の知恵を与え合う関係にある。

以上8点が、SAM前世療法の採用した作業仮説の骨格となっています。

そして、意識は霊体(オーラ)に宿っている、とした場合に次のような現象の説明が成功するのではないかと思っています。

①SAM前世療法の特殊技法である「魂遡行催眠」は、霊体に宿っている潜在意識を指に担わせ、指の繰り返しの動作によって魂状態まで遡行させるという技法が成功している(指に限らず首・手首など肉体の任意の部分に担わせることが可能)。                               意識・潜在意識が脳に存在しているとしたら、このような技法が成功するとは考えにくいのではないか。 
何よりも、この技法により、被験者里沙さんを「魂状態の意識」にまで遡行させ、魂表層を構成している前世人格のタエと前世人格であるラタラジューの顕現化に成功している。                               そして、ラタラジュー人格は、ネパール語で会話し応答型真性異言を示したが、同様の手続きを踏めば被験者の90%以上の確率で前世人格の顕現化に成功している。                                    こうした前世人格の顕現化する意識現象の事実は、霊体仮説を支持している。


②心臓移植をした場合、移植を受けた人にドナーの意識(記憶・癖・好みなど)が現れるという現象は、移植する心臓を取り囲んでいる霊体も同時に移植されることであり、移植先の人の霊体にドナーの霊体が混入すると解すれば、ドナーの意識や記憶の一部が移植を受けた人に現れることは説明可能ではないか。

③体外離脱した人が、離脱中に見聞した記憶を報告することが説明できるのではないか。                                  つまり、魂とともに霊体も離脱するので、魂が見聞し記憶している意識を霊体が持つからだと説明できるのではないか。
臨死体験研究者キュブラー・ロスの報告によれば、全盲の人が対外離脱中に部屋にいる人の服の色・形を正しく報告した。                   ということは、魂は、肉体の全盲という障害とは関係なく五感を感知する能力を持っていることになるのではないか。

④統合失調症の典型的症状に幻聴(自分ではない者の声が聞こえるという訴え)は、患者の霊体に宿る意識に未浄化霊が侵入した(憑依した)と考えれば、侵入した未浄化霊の意識が幻聴を起こしていると解することができるのではないか。
実際に浄霊作業によって統合失調症を治療した記録(米精神科医ウィックランド『迷える霊との対話』)がある。                      また、わたしも未浄化霊の浄霊作業によって統合失調症の19歳男子大学生の症状改善に成功している。

⑤幻肢という意識現象がある。
手足を切断しているにもかかわらず、無いはずの手足の痛みなどを有るごとく感じる現象である。
これは手足を取り囲んでいた霊体が何かの理由で切断後もそのまま残存して、切断時の痛みの意識を訴えているという説明が可能ではないか。

⑥SAM前世療法のセッション中に顕現化する未浄化霊に、何を目安に憑依するのかを尋ねると、被憑依者のオーラに宿る意識を感知して憑依すると答える。   つまり、被憑依者が、未浄化霊に対して共感や受容する意識を持っているかを、そうした意識が宿るオーラによって感知するということらしい。         そして、オーラ(霊体)に憑依すると答える。


これらの諸現象の科学的実証はできませんが、「意識は霊体に宿っている」、という仮説を採用すれば、「意識現象の事実」として現れている未解明な事実を説明することに成功するのではないかと思います。
それにしても、これまで誰も唱えた者がない奇抜な仮説ではあります。
しかし、SAM前世療法の実践によって検証・確認されてきた「意識現象の事実」は、霊体仮説および、その他の仮説の成立をすべて支持しています。

このことは、わたしあて霊信の教示した内容が、受信者M子さんの妄想による作文ではないことを証明していると結論できます。

そしてまた、前述第11霊信で、「前世療法についてだが、あなたは自らの霊性により独自性を持つようになる。あなたは、今度その療法に関わる」と予言した前世療法こそ、この予言の1年後2008年に創始した「SAM前世療法」であり、その成果として、「タエの事例」および、応答型真性異言「ラタラジューの事例」があらわれたのです。

紹介した霊信現象をはじめ、アンビリバボーでTV放映された「タエの事例」、応答型真性異言「ラタラジューの事例」などは、現行唯物論とは真っ向から対立しています。

しかし、2005年以前は唯物論側に与していたわたしは、いかに唯物論と対立しようとも、自ら体験してきたこうした催眠下で起こる
不思議な諸現象の検証結果を前に、それらを事実だと認めることに躊躇しなくなっています。
これまで唯物論側からの様々な反論を受けてきましたが、これら「意識現象の事実」を唯物論ではいまだに具体論として論破することができないでいるからです。

もし、わたし以外にこのような仮説を述べているという医師・療法家や霊能者を知っている読者がおいでになれば、その出所を教えてくださるとうれしく思います。
わたしの知るかぎりでは、米国の催眠療法家L・M ・ルクロンが、潜在意識から情報を探る技法として、催眠下の観念運動による「指による方法」(『催眠のすべて』講談社現代新書、P.62)という技法を紹介しています。
ただし、ルクロンはこの技法の理論的裏付けについては何も語っていません。
質問の回答を、潜在意識による観念運動として指が立ち上がって答える、という考え方をしているようです。

終わりに、読者のみなさんに英国の哲学者フランシス・ベーコンの残している次の二つの箴言を紹介して、2023年の締めくくりとします。

「反駁や論駁を目的としたり、逆に、頭から信じて無批判に受け入れる態度、あるいは話のタネになるものを探そうといった態度で読むのではなく、その内容をよく吟味し、思考の糧とするために読むべきである」             

「知は力である」

 

今年2024年が、読者のみなさんにとって、実り多き、充実した年になりますように。