2012年11月21日水曜日

ラタラジューの応答型真性異言その1

現在、可児市在住で、アマチュアでドキュメンタリー映画制作者、伊藤泰史氏とともに、催眠、魂、生まれ変わりの真実を描いた映画を制作しています。メインは、「タエの事例」、「ラタラジューの事例」のセッション記録映像のノーカット公開になります。
アンビリで公開されたのは、セッション映像 のほんの一部分です。この映像をノーカットで公開しようというものです。前半2時間、後半2時間、全編4時間のドキュメンタリー大作(笑)になる予定で す。アンビリが怖じ気づいてカットした、守護霊の憑依場面映像なども初公開します。催眠によって魂状態の自覚まで誘導したところで、意図的に守護霊の憑依をさせることが可能なことが分かります。
前半の教育催眠と「タエの事例」をメインにした2時間分の監修が終わり、後半「ラタラジューの事例」のネパール語字幕の監修をしている最中です。
そこで、ラタラジューとカルパナさんとのネパール語対話の字幕を入れる作業をしてみて、2009年5月9日のセッション以後、今日までの3年半の間に、新たに分かってきたことがかなり出てきました。
そこで、応答型真性異言の全逐語録を4回に分けて公開し、新たに分かってきた点について日本語訳の後に※印で見解を述べてみます。
なお、次に紹介するセッション逐語録の 「KA」はカルパナさん、「CL」は里沙さんの意味です。また、会話はローマ表記とし、下の( )内はその日本語訳です。この会話部分の聴き取りとローマ字 表記については、真性異研究チームの中部大学大門正幸教授、話者カルパナさんと、同じくネパール語を母語とする中部大学客員研究員カナル・キソル・チャン ドラ博士の全面的お力添えをいただきまた。
KA Tapaiko nam ke ho?  Nam ke ho tapaiko.
   (あなたのお名前は何ですか? お名前は何ですか、あなたの)
CL  Mero nam. Rataraju.
   (私の名前はラタラジュー)※ラタラジューという名前を現代ネパール人は用いない。一昔前のネパール人の用いた名前である。
KA  Kati barsa hunu bho?  Kati barsa hunu bho?
   (お年はいくつですか? お年はいくつですか?)※この質問にラタラューは答えようがない。七八年の人生の何歳の時点であるのかが分からないからである。「死んだときは何歳ですか」というような限定がなければ、答えようがない。
CL  Ke.
   (何?)
KA  Umeru.
   (お年)
CL  Umeru. Ah, umeru. Rana ... ah ... u ... a ... tis ... mero umeru ... umeru tis .
    (年、私の年は、ラナ家、あー、三○)※ラナとはネパールの独裁権力を振るった宰相家のラナ家のこと。三〇歳のときにラナ家の権力闘争に傭兵として戦ったと言いたいのだろうと解される。
KA  Umer kati bhayo tapaiko? Tis barsa hunubho?
   (あなたのお年はいくつですか、あなたは三○ですか?)※この質問にラタラジューは答えようがない。七八年の人生を送っているので、何歳とでも答えることができる。「三〇歳のときにラナ家に何か関わっていましたか」というように尋ねるべきであろう。
CL  ah ...
   (あー)
KA  Tapaiko pariwarma ko ko hunuhuncha? Tapaiko pariwarma? Jahan cha ki chaina garma?
    (あなたの家族には誰がいますか? あなたの家族には。家に奥さんはいますか、 いませんか?)
CL  Ah. Ke
   (あー、何?)
KA  Gharma shrimati hunuhuncha ki hunuhunna.
   (家に奥さんはいますか、いませんか?)※この質問にラタラジューは答えようがない。七八年の人生の何歳の時点である のかが分からないからである。ナル村とカトマンズに住んでいたことは分かっている。ほかにも住んでいた場所があるかも知れない。また、結婚後、妻は常にラタラジューと起居をともにしているとは限らないからである。三〇歳時、傭兵として戦ったカトマンズに居たときには単身生活をしていたと思われる。
CL  ha ... ha ... Ma ... Bujina .
   (は、は、私、分かりません)
KA  Bujnubhaena?
   (分かりませんか?)
CK  Ah.
   (あー)
KA  Tapaiko chorako name ke re?
   (あなたの息子の名前は何ですか?)
CL  Adiu idya ... ah.
    (アディユ、イディア・・・あー)※アディスと言いたかった?
KA  Chorako nam.
    (息子の名前)
CL  Ah...ah...ke .
    (あーあー、何?)
KA  Chorako nam. Chora Chori Kati jana?
    (何人の息子と娘がいますか?)
CL  Ah .. ah.. Bujhina.
    (あー、あー、分かりません)
KA  Bujhinubhayena. Chora chori dui jana hoina?
    (分かりませんか。息子と娘二人ですか?)
CL  Ho ... he ... ke ...abou ... oh ...
    (はい。へ、何、アボウ、おー)※意味不明
KA  Tapaiko srimatiko nam ke re?
    (奥さんの名前は何ですか?)
CL  Oh jira li
    (おー、ジラリ)※意味不明
KA  Srimati, swasniko nam?
    (奥さん、奥さんの名前?)
CL  Ah ... ah ... mero swasni Ramel...Rameli.
   (あー、あー、私の妻、名前、ラメリ、ラメリ)※ラタラジューは標準ネパール語の妻という単語 srimati が理解できない。古いあるいは地方色の濃いネパール語の妻swasni は理解できる。ラタラジューが一昔前のネパール人である傍証と言える。
KA  Choako nam chahi?
    (あなたの息子の名前は何ですか?)
CL  Ah ... ei ... el ... el ... nam ... el ... ei ... kujaus.
    (あー、え、名前、クジャウス)
KA  Kujaus? Chora? Chori?
   (クジャウス? 息子ですか、娘ですか?)
CL  Tiru.
    (チル)※Choraの異形か?
KA  Chora?
    (息子ですか?)
CL  Tiru.
    (チル)
KA  Chori chaki chaina?
   (娘はいますか、いませんか?)
CL  Adis.
   (アディス)
KA  Tapai kaha basnuhunchare ahile?
   (今、どこに住んでいますか?)※この質問にラタラジューは答えようがない。七八年の人生の何歳の時点であるのかが分からないからである。
CL  A .... ke?
   (あ、何?)
KA  Kaha basnuhuncha? Tapaiko ghar kaha ho?
   (どこに住んでいますか? あなたの家はどこですか?)※この質問にラタラジューは答えようがない。七八年の人生の何歳の時点であるのかが分からないからである。
CL  Tapai Nepali huncha?
   (あなたはネパール人ですか?)※ここから始まる会話は明らかに現在進行形の会話である。前世人格ラタラジューが、ただ今、ここに、顕現化して、カルパナさんに尋ねている。被験者里沙さんの記憶の想起という解釈はできない。
KA  ho, ma Nepali.
   (はい、私はネパール人です)
CL  O. ma Nepali.
   (おお、私もネパール人です)
KA  Tapai kaha basnuhuncha? Tapai kaha basnuhuncha? Tapai ghar kaha ho?
   (あなたはどこに住んでいますか? あなたはどこに住んでいますか? 家はどこにありますか?) ※この質問にラタラジューは答えようがない。七八年の人生の何歳の時点であるのかが分からないからである。ナル村とカトマンズに住んでいたことは分かっている。ほかにも住んでいた場所があるかも知れない。
CL  Ah. Bujina.
    (あー、分かりません)
KA  Bujnubhayena?
    (分かりませんか?)
KA  Tapai Gorkhama basnu huncha ki, tapai Kathmanduma basnu huncha ki, kaha basnuhuncha?
   (あなたはゴルカ地方に住んでいますか、それともカトマンズに住んでいますか、どこに住んでいますか?)※この質問にラタラジューは答えようがない。七八年の人生の何歳の時点であるのかが分からないからである。また、ナル村は、ゴルカ地方でなく、隣接するラリトプール地方にある。
CL  Ah ... ah.. ah... bujina.
    (あー、あー、あー、分かりません)
KA  Bujnubhayena?
    (分かりませんか?)
KA  Aru kehi cha tapailai bhannu parne kura?
    (何か他に言いたいことはありますか?)
CL  Kodo ... ah ... dado ... ah ... ah..
    (コド、あー、ダド、あー、あー、)
   ※コドとは雑穀の粉末を固め焼いたた煎餅状の食べ物。
KA  Tapai, bihana beluka ke khanu huncha tapaile gharma?
    (家では何を食べていますか?)
CL  Ah .. ah... Shiba ... e ... e ... dharma.
    (シバ神、宗教)※KA質問の「gharma(グァルマ)」を「dharma(ダルマ)」と聞き間違えていると解される。
KA  Dharma?
    (宗教?)
KA  Tapai mandir janu huncha?
    (寺院には行きますか?)
CL  Ho.
   (はい)
KA  Mandir janu huncha?
    (寺院に行きますか?)
CL  Ho.
   (はい)
KA  Kun mandir janu hunccha ta?
   (どの寺院に行きますか?)※ナル村には寺院は一つしかない。「どの寺院」と尋ねられてラタラジューは戸惑ったと推測できる。
CL  H...... ho.
   (はい)
KA  Ho? Tapai mandir janu huncha ki hundaina?
   (寺院に行くのですか、行かないのですか?)※この質問にラタラジューは答えられないのは、ナル村にある寺院であるのか、傭兵時代のカトマンズにある寺院であるのか不明だからである。カトマンズ時代には、寺院に詣でることはなかったかも知れない。
CL  Aaaa. Bujina.
   (ああ、分かりません)
KA  Bujnubhayena.
   (分かりませんか)
KA  Tapaiko buwa ko nam ke re? Ba ko nam. Ba ko nam.
    (あなたのお父さんの名前は何というのですか)
CL  Ah ... ah ... Tama ... Tamali ... ah...
    (あー、あー、タマ、タマリ)
KA  Tamari? Tamari?
    (タマリ? タマリ?)
CL  Ah ....
(あー)
KA  Ama ko nam thaha cha? Ama?
    (お母さんの名前は分かりますか?)
CL  Ama?
    (お母さん?)
KA  Ama.
    (お母さん)
CL  Ah ... Bhayena. Ma Nallu gaun ek.
   (分かりません。私、ナル村のもの)
KA  Adjur? Hajur, feri ek choti bhandinusha? Feri ek choti.
    (もう一度言ってもらえますか? もう一度)
CL  Ah ... Ki ... ah ... muh ...
    (あー、き、あー、むー)
KA  Feri ek choti bandinuhuncha agiko?
    (もう一回言ってもらえますか)
CL  Ah ... e ... de ... Bujina.
    (あー、えー、で、分かりません)
KA  Bujnubhaena?
    (分かりませんか?)
CL  a ... a ...
    (あ、あ)
 
 その2につづく

2012年11月13日火曜日

ラタラジューの語りの謎に迫る

応答型真性異言(xenoglossyゼノグロッシー)で語った「ラタラジューの事例」(2010年アンビリ放映)のネパール人ラタラジューの語りの謎は大きく一つあります。
ラタラジューの語りの中で、ナル村での食べ物、ヒルの棲息、ナル村での火葬、傭兵としてラナ家のクーデターに参加したことなどは、検証によってすべて事実であることが明らかになっています。
しかし、ラタラジューの語りのこれらの諸情報は、超ESP仮説の適用によって、里沙さんの超能力発揮の結果として、すべての情報が入手可能だという説明が成り立つ余地があります。
語られた諸情報、しかも里沙さんが知っているはずのない情報が、事実と一致しただけでは、生まれ変わりの科学的証拠としては不十分なのです。
「ラタラジューの事例」が、決定的に重要であるのは、応答型真性異言という会話技能が成り立っていることなのです。
会話技能は、超ESP仮説が適用できないからです。
技能は練習が必須条件であり、いかに優れた超能力者といえども、練習が必要な技能を超能力で入手することは不可能だからです。
したがって、里沙さんがネパール語会話を取得していないことが立証され、にもかかわらず、前世人格であるラタラジューが、ネパール語会話をしたことが立証されれば、それだけで、生まれ変わりの科学的証拠として採用されるべきなのです。
そこで、「ラタラジューの事例」が、応答型真性異言であるとした場合に浮上してくる大きな謎が、ラタラジューが日本語を知らないはずであるにもかかわらず、私との日本語会話がなぜできるのか、という謎です。
そして、この謎は、他のSAM前世療法のセッションで顕現化する、日本語を知らない外国人前世人格が、セラピストの私との日本語会話がなぜできるのかという謎とも直結しています。
こうした謎は、「前世記憶の想起」を前提とするワイス式前世療法では回避できます。
現世のクライアントが、外国人であった前世の記憶を想起して語るわけですから、クライアントが母国語で語って当然だからです。問題意識の起こりようがありません。
さて、この謎について、唯一言及している科学者がイアン・スティーヴンソンです。
彼は、応答型真性異言現象を、さすがに「前世の記憶」として扱うことは不可能だと考えました。
退行催眠中に顕現化した「トランス人格(前世人格)」と呼び、次のような解釈を試みています。
ちなみに、退行催眠中に現象した応答型真性異言の公表は、「ラタラジューの事例」を除いて、これまで世界でわずか2例のみです。
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私が特に解明したいと考えている謎に、イェンセンやグレートヒェンが母語(スウェーデン語とドイツ語)でおこなわれた質問と同じく、英語でおこなわれた質問に対しても、それぞれの母語で答えることができるほど英語をなぜ理解できたのかという問題がある。
イェンセンとグレートヒェンが、かつてこの世に生を享けていたとして、母語以外の言葉を知っていたと推定することはできない。
二人は、したがって、自分たちが存在の基盤としている中心人物(英語を母語とする被験者のこと)から英語の理解力を引き出したに違いないのである(『前世の言葉を話す人々』P235)。
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このことは、ラタラジューにも当てはまる謎です。
なぜ、ネパール人前世人格ラタラジューが、知っているはずのない日本語を理解し、私と対話できるのかという謎です。
これはラタラジューが顕現化した第一回セッションからこだわり続けていた謎でした。
だから、、応答型真性異言実験セッションの最初に、「ラタラジューはネパール人です。それなのに日本語が分かるということは、翻訳、仲立ちをしているのは魂の表層の『現世の者』と考えてよろしいですか? 」という質問を里沙さんの守護霊にしたのです(『生まれ変わりが科学的に証明された』P46)。
これに対して、里沙さんの守護霊とおぼしき存在も、そのとおりだと認めています。またこの存在は、「魂レベルでは言語の壁がなくなり自然に分かり合える」とも告げています。
つまり、SAM前世療法の「魂の表層構造仮説」のように、魂の実在を仮定すれば、スティーヴンソンの「特に解明したい謎」に解答が出せるかもしれないということです。
魂の表層に存在し、ラタラジューとつながっている「現世の者(現世の人格を主として担っている者)」が通訳をしているという説明ができることになるのです。
こうした海外で発見された応答型真性異言と考え合わせると、前世人格の存在する座を魂の表層である、とするSAM前世療法の作業仮説の検証は、ますます意味深い作業になると思っています。
なぜならば、スティーヴンソンは、呼び出された「トランス人格(前世人格)」が応答型真性異言を話すことまでは言及しても、その「トランス人格(前世人格)」の存在する座はいったいどこにあるのか、その仮説まで言及しようとしていません。
ただし、彼は、「前世から来世へとある人格の心的要素を運搬する媒体を『心搬体(サイコフオア)』と呼ぶことにしたらどうか」(『前世を記憶する子どもたち』P359)とまでは提唱しています。
それは実証を重んじる科学者としてのスティーヴンソンの慎重な自制からでしょうが、SAM前世療法は、それ以上言及されなかった前世人格の存在する座までも検証することになるからです。
スティーヴンソンは、スウェーデン人の前世人格イェンセン、ドイツ人の前世人格グレートヒェンが、「自分たちが存在の基盤としている中心人物(英語を母語とする被験者のこと)から英語の理解力を引き出したに違いないのである」と確信的に述べています。
この文脈からすれば、スウェーデン人の前世人格であるイェンセン、ドイツ人の前世人格グレートヒェンは、彼らの生まれ変わりである現世の者の「脳内から英語の理解力を引き出した」ことになります。
では、前世人格イェンセン、前世人格グレートヒェンも、中心人物の脳内に存在しているのでしょうか?
死とともに消滅する脳内に、前世人格が存在することはありえません。
前世から来世へとある人格の心的要素を運搬する媒体である「心搬体(サイコフオア)」に、前世人格イェンセン、前世人格グレートヒェンは存在している、とスティーヴンソンは述べるべきであったと、私は思います。
そう考えることができなかったのは、スティーヴンソンがセラピストではなく生まれ変わり研究者であり、したがって、私のように前世療法を実践するための切実な作業仮説を必要としなかったからであろうと思います。
応答型真性異言という生まれ変わり現象は、魂の存在を前提としないことには説明不可能だと私は考えます。

2012年11月12日月曜日

一卵性双生児でも魂は別々だろうか

娘の息子である、外孫の一卵性双生児が1歳5ヶ月になろうとしています。
私は、この男子一卵性双生児の成長ぶりから、魂の存在を間接的に証明できると思われ、興味深く見守っています。
兄がヤマト、弟がヒロトです。
二人は、両親から同じ遺伝的資質を受け継ぎ、これまで別々に生活することなく育てられたので、この1年と5ヶ月間、まったく同じ生育環境で生活してきました。
したがって、まったく同じ遺伝的資質を持ち、全く同じ生育環境という同一条件のもとでは、現行の生物学的観点からすると、双子の性格は、ほぼ同様な性格や行動があらわれていいはずです。
ウィキペディアの記事によれば、一卵性双生児は次のような説明になっています。
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性双生児は基本的に全く同じ遺伝情報(遺伝子型)を持っている。
そのため、性別や血液型等は基本的に(発生段階で変異がなければ)一致し、顔形もよく似ている。一般に一卵性双生児の身体能力や学力の類似性は高い。
さらに成長に従って遺伝的規定性の強い因子の発現量が増大するため、双生児間の類似度が上昇することもある。
しかし同一のDNAを持つ一卵性双生児であっても、DNA情報は個々人の獲得形質に直接的な影響を与えることはないため、身体能力なども(似ているが)個々人で異なり学校の得意科目やスポーツの得意・不得意が分かれることも多い。
胎児期から双子の各々は独自の成長をするため脳の発達過程も異なり、出生時には大脳皮質の形状も違うものとなっている。
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ところが、行動特性も食べ物の好みも、明らかな違いが徐々に顕在化しています。
はじめて遭遇するものに対する反応に、特に顕著に相違が観察できます。
たとえば、初めて出会った人が手を差し伸べると、ヤマトは喜んで抱かれようとしますが、ヒロトはそっぽを向いて用心深く抱かれることを拒みます。
誰に対しても同様な反応を示します。
知らない場所に連れ出したときに、ヤマトは手をつなぐことを拒否して一人で探検しようとします。
ヒロトは用心深く抱いて連れていけとせがんで、けっして一人で歩こうとしません。どういう場所に連れていっても同様の反応を示します。
オモチャの取り合いになると、いつもヒロトが譲ります。
ヤマトは鯛焼きを与えても食べようとしませんが、ヒロトは喜んで1匹ぺろりとたいらげてしまいます。
ヤマトはたこ焼きが大好きで、ヒロトはそうではありません。
食べ物の好みもはっきりと違いがあらわれるようになってきました。
というわけで、性格や行動の相違が最近際立ってきました。

一卵性双生児であっても、魂はまったく別ものが宿っているという観点からすれば、二人の性格特性は相違があって当然ということですが、どうやらそのように考えることが妥当のように観察できます。
こうした観察からも、魂の存在が間接的に証明できると思われます。
ただし、双生児だけあって、身長・体重・体つきは同じですし、顔つきも初見の人には見分けがつきにくいでしょう。
一卵性双生児の研究において、魂という観点から研究がされたことを聞いたことがありません。
唯物論生物学や心理学の観点からのみの研究では、双生児の類似点ばかりが強調されているように思われます。
極端な例が行動主義心理学の考え方です。
人間の行動を刺激と反応の束だと考える観点からすれば、ヤマトもヒロトも同じ遺伝的資質と同じ生育環境という同一条件のもとでは、同じ諸刺激に対して、ほぼ同様の諸反応をするのが当然のはずです。
ヤマトとヒロトの場合、こうした行動主義心理学の主張は、妥当性が怪しくなってきます。
「魂」、しかも、異なる前世をもつ者たちが魂表層に存在し、それらの影響のもとに現世の者の性格や行動があらわれると考えれば、異なる魂をそれぞれもつヤマトとヒロトの性格・行動は違って当たり前ということです。
もし、二人の魂がそろって、初めての人生を送る無知・無垢な魂であるとすれば、おそらく、そろってほぼ同じ性格や行動特性を示すだろうと思われます。

SAM前世療法の実践から得た知見によれば、人格の理解には、前世の諸経験(前世人格たちの諸経験)という観点を加えないで、十全な理解はできないと主張したいと思います。

2012年11月9日金曜日

タエの語りの謎に迫る

私の生まれ変わりの実証的探究の身上は、「執拗な食い下がり」にあると思っています。
その執拗さをかき立てる原動力は、祖父の死によって12歳の秋に刻印された「すべて無に帰する死への恐怖」であることは、過去のブログに書いたとおりです。
私は、12歳のときより、深い意識の根底で、絶えず死への恐怖に苛まれ続けてきました。すべてが無に帰する死に対してきわめて臆病なのです。
そして、そうではなく、「死後存続-生まれ変わりはある」と教えてくれたのが「タエの事例」でした。
しかし、「タエの事例」の前には、超ESP仮説が立ちはだかっており、里沙さんに超ESPという能力がないことを証明しない限り、「タエの事例」は生まれ変わりの証拠としては不完全なのです。
そして、原理的に、里沙さんには超ESPという能力がないことを証明するのは不可能です。
しかし、そもそも、超ESPを発揮した人間が発見されているわけではなく、ESPの限界が不明なので、万能のESP(透視・テレパシーなど超感覚的知覚)を持つ人間がいる可能性があることを排除できないというほどの仮説にすぎません。
里沙さんおよび、周囲の証言によれば、彼女がESPを発揮したことはない、と断言していますから、常識的には、「タエの事例」において、里沙さんが、突然、無意識的に超ESPを用いて、タエに関する諸情報を収集し、タエという架空の少女のふりをして虚構を語ったと推測することには相当に無理があると考えています。
ポリグラフ検査の鑑定においても、「タエに関する諸情報を収集した記憶は全くない」という鑑定書が出ています。したがって、私は、「タエの事例」は、とりあえず超ESP仮説を考慮しなくてもよいと考えています。
であるなら、「タエの事例」は生まれ変わりの証拠だと断言できるかというと、いくつかの謎がありました。
「タエの事例」は、ワイス式と私が呼んでいる一般の前世退行催眠法を用いていますが、ワイス式の前提である「里沙さんの脳内の前世記憶の想起」であるのか、「タエという前世人格の顕現化」であるのか、という謎です。
もし、タエが、里沙さんの脳内の記憶であるとしたら、原理的にタエが実在した証拠であるはずがなくなります。脳の消滅とともに脳内の記憶も消滅するからで、タエであったときの記憶が存続して現世の里沙さんの記憶としてよみがえるはずがないからです。死後も、どういうわけか記憶だけは存続する、という科学的証明は一切ありません。
私は、タエは、ワイス式であるにもかかわtらず、魂状態に遡行し、魂の表層から顕現化した前世人格であるに違いないと考えていました。記憶想起ではなく、人格そのものの顕現化とみなすことが、セッションの事実として自然の解釈だと思ったのです。
その一つの手がかりが、以下の、里沙さんの「タエの事例」セッション後の感想に求められると思います。
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次は、そのときの状態を、記憶に残っているままに書き留めたものです。
扉を開けると、まぶしい光の世界が見え、そこにもう一人の私がおりました。前世の私と思われるそれは、姿も形もなく、無論男か女かも分からない、音も声もない、小さな光の塊ではありましたが、まちがいなく私でした。そして、一瞬にして、すべてのものが、私の中に流れ込んできました。私は、自分が何者なのかを知り、状況も把握できました。
 私の前世は、タエという名前の女性で、天明三年に起きた火山の噴火を鎮めるために人柱となって、一六歳で溺死するというものでした。目の前に迫る茶色い水の色や、「ドーン」という音もはっきり分かりました。水を飲む感覚、息が詰まり呼吸できない苦しさ、そして死ぬことへの恐怖、それは言葉では言い表すことのできない凄まじいものでした。私は、タエそのものとして死の恐怖を体験しました。
『前世療法の探究』2006、P221
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「まぶしい光の中」に、「姿も形もなく」、「男か女かも分からない」ような「小さな光の塊」である「まちがいなく私」であるような存在とは、まさしく魂状態に遡行したことを示しているのではないでしょうか。
「一瞬にして、すべてのものが、私の中に流れ込んで」、「私は、自分が何者なのかを知り、状況も把握」できたと分析しています。
そして、「私は、タエそのものとして死の恐怖を体験」することになったと語っています。
さらに、この後に続く感想で、「勝手に口が動いて」タエが話しているという感覚を自覚していたとも述べています。
一瞬にして、すべてのもの(タエという人格のすべて)が私の中に流れ込んで、私が自分が何者なのか(タエであること)を知った、という述懐こそ、魂の表層から前世人格タエが顕現化したことを裏づけていると思われたのです。
それは、このセッションの2年後に創始することになるSAM前世療法のセッション構造にぴったり一致する現象でした。
①こうして一つ目に湧いた謎は、ワイス式の「前世記憶の想起」という前提でセッションをしたにもかかわらず、タエという前世は里沙さんの記憶ではなく、「前世の人格であるタエの顕現化」ではないか、という謎です。この「タエの事例」のセッションは2005年6月4日に実施したものであり、この証拠映像の一部が2006年10月のアンビリバボーで紹介されています。このセッション当初から、私には前述の謎が持ち上がっていました。もし、脳内にある前世の記憶であるとしたら、タエの語りはすべてフィクションとみなす外ないからです。死後、脳内のタエであった記憶が来世に引き継がれるわけがないからです。この謎解きの手段は、タエを再度呼び出して、タエ自身に尋ねることしかありません。
②二つ目の謎は、守護霊の語りです。村を洪水から守るために馬も雷神の供え物にした、その馬を鎮めるためにタエの左腕を切り落として、渋川村上之郷馬頭観音下の地中に埋納したと語っています。しかし、タエ自身はそれを語っていません。(『前世療法の探究』P172) 
このような左腕切断の重大事をなぜタエが語っていないのかが、大きな謎でした。また、馬がお供えとして橋に繋がれていたことも、語っていません。これも謎です。
③三つ目の謎は、タエと守護霊が、育ての親名主キチエモンの姓をそれぞれ、クロダ・クロカワだと言っていますが、史実によれば実在した天明3年当時の渋川村の名主は4名おり、キチエモン名は堀口吉右衛門(『前世療法の探究』P195)だけでした。なぜ、キチエモンの姓が実在のキチエモンと食い違っているのか、その訳が大きな謎でした。
以上3点の謎が解明されないことには、超ESP仮説を考慮の外としても、タエ実在の証拠は十分とは言えません。
これが2005年6月4日のセッション以来、私がこだわり続けてきた謎でした。
そして、この②③の謎は、史実を渉猟したところで解明は不可能でした。残っていないからです。
残る手段は、タエ自身に尋ねてみる以外にないと思われました。
説得しても、里沙さんは再セッションに応じることは拒否し続けていました。
タエの溺死を再体験する恐怖を二度と味わいたくないと言うのです。
しかし、今年2012年5月29日、再セッションの機会がおとずれました。
生まれ変わりの真実を広めるための自主制作映画のための映像として、再セッションを撮影することの許可が下りたのです。
再セッションの目的の一つは、SAM前世療法を用いて前世人格タエの顕現化を図ることです。
SAM前世療法が科学であるための条件の一つが「再現性」です。同じ手続き・方法をとることによって、誰にでも同じ現象(結果)が再現可能であるという証明ができなければなりません。
前世人格タエにしてもラタラジューにしても、その顕現化が1回のみの偶発現象では科学現象として認められないわけです。
本当の目的である謎解きは一切伏せて実施しました。
里沙さんに謎の回答を事前に検討・用意させないためです。
こうして、2005年6月以来こだわってきた謎解きが、7年後の今年2012年5月に実現したというわけです。
前述①②③の謎について、顕現化したタエの回答を述べてみます。
①2005年に語ったタエは、里沙さんの記憶中のタエではない。魂状態に遡行し、魂の表層から顕現化した前世人格である。また、里沙さんの肉体を借りて話したことは、現世の里沙さんに憑依したということである。
つまり、はじめから自己内憑依現象としてタエは顕現化した存在である、と語った。当然、今回も自己内憑依して顕現化している。
このことは、前世記憶の想起という前提でおこなうワイス式前世療法でも、前世記憶の想起ではなく前世人格の顕現化が起きている可能性があることを示していると思われる。
②タエには左腕を切り落とされた記憶はない。しかし、人柱としてお供えになる前に、花嫁衣装を着てご馳走を食べ、お酒を飲まされた。お酒はキチエモンが勧めた。そして、深い酩酊状態に陥った。
また、酩酊状態のときに「左腕が熱い」という感覚があったことは覚えている、と語った。
おそらく、酩酊し朦朧となった状態で、鋭利な刀で左腕の切断がされたと推測できる。そうした状態で、鋭利な刀で一刀のもとに腕を切断された場合、痛い、というより、熱い、という感覚が出ることはありうるとの外科医のコメントをもらった。ただし、動脈切断の止血がどのようにされたかは謎である。
タエが左腕切断の痛みに苦しむことがないように、また、人柱という死の恐怖を逸らすために、酒を飲ませて酩酊状態にさせたということは十分ありうると思われる。
ちなみに、タエはお供え馬も橋に繋がれていたと語った。
③キチエモンは、吾妻川上流の村々から野菜や生糸を仕入れ、舟で渋川村まで運んでいた。その船着場を持っており、その周辺の川中の石が黒かったので「クロカワのキチエモン」と呼ばれていた。
また、所有の田畑の土が黒かったので、「クロダのキチエモン」とも呼ばれていた。
つまり、クロカワの、クロダの、というのは姓ではなく、村人たちの俗称としての呼び名であった。
タエは、「堀口」という姓については分からないと語った。
ちなみに、渋川村名主堀口吉右衛門は初代以後、代々の当主が堀口吉右衛門を名乗っており、それは江戸時代中継続していることが分かっている。こうした史実から、村人は先代キチエモンや先々代のキチエモンとの区別のために、普段は当代ホリグチキチエモンを俗称で呼んでいたことが、ありうると思われる。
また、タエの人柱は、タエの住む渋川村を救うためではなく、キチエモンの交易相手の上流の村々を救うためであったと推測できないわけではない。
タエは、「水が止まって危ないので・・・上の村が水にやられるので、わたしがお供えになります」と語っている。(『前世療法の探究』P159)
余談になるが、2006年アンビリバボー放映では、私に無断で「上の村が水にやられるので」の文言が消去処理されて、渋川村を救うための人柱という偽りの設定に変更してある。これは視聴者に、そうした設定にしたほうが分かりやすく、受ける、という判断をしたためだと思われる。放映前の視聴をさせてもらえなかったので、クレームをつけることができなかったのである。
以上が、2012年5月29日の再セッションにおけるタエの語りの概要です。
タエが実在し、そのタエの前世人格の顕現化が事実であるとみなせば、私の7年越しの謎は、私なりに氷解できたと思っています。
これも余談ですが、守護霊は、タエ実在の証拠として、タエの左腕が渋川村上郷馬頭観音堂の下に埋納されてるが、土石流の下に埋まってしまい掘り出すことは不可能だと語っています(『前世療法の探究』PP172-173)。
現地調査の結果、渋川市上郷の山手にある良珊寺に至る山道の脇にそれたところに、石灯籠状の馬頭観音堂が存在しました。渋川市教育委員会に確認したところ、上郷地内で馬頭観音が祀られているのはここだけであるということでした。
この確認時点で、この馬頭観音堂周辺で土石流被害の有無を確認しませんでした。現地の地形からは土石流の形跡をうかがうことができなかったので、守護霊はタエの左腕の発掘調査をはぐらかすために偽りを語ったのだろうと思っていました。
ところが、2012年になって、読者の方が、渋川市のハザードマップを検索し、この上郷馬頭観音付近が過去に土石流が起きている事実を突き止めてくださいました。
守護霊は、でたらめを語ったわけではなかったのです。
そして、天明三年当時の渋川村名主名は、渋川市史編纂委員の個人蔵書でしか確認できず、こうした依頼を渋川市教委を通じてお願いしたのは私以外になかったこと、『天明三年浅間焼泥押流失人馬家屋被害書上帳』は渋川市史第五巻の資料編に掲載されているマイナーな資料であることなどから、里沙さんが通常の方法で事前に調べることは、まずありえないと判断できます。
さらに、タエの語りの謎が、再セッションで、それなりに整合性のあるタエ自身の語りによって解明できたこと、とりわけクロダ・クロカワの姓の食い違いの理由が俗称であったことから、キチエモンが実在した堀口吉右衛門である可能性が濃厚であること、歴史資料『天明三年浅間焼泥押流失人馬家屋被害書上帳』によれば、渋川村の被害は、「人壱人流」と記載してあったことなど、状況証拠としてタエの実在はきわめて濃厚であると思われます。
とはいえ、捨て子タエの実在の直接的な証拠が出てくることは、将来もあるとは思われません。
やはり、タエの実在した証拠(生まれ変わりの決定的な証拠)は、画竜点睛を欠くと言わざるをえません。
タエの実在は、信じる人には十分な証拠、しかし、疑う人にはまだまだ疑う余地がある証拠であるようなレベルでしか開示されないような計らいがどこかでされているのかもしれません。

2012年11月7日水曜日

霊信と意識現象との不思議な符合

ここでいう「霊信」とは、高級霊とおぼしき存在からの通信のことを指しています。
具体的には、2007年1月~2月に届いた私あての霊信(本ブログに公開済み)と、定評のある海外の霊信を指しています。
私あての霊信を真とする判断は、偶然では説明できない複数の予言が当たっているからです。
予言の一つは、2007年1月時点で、3年後の2010年の拙著『生まれ変わりが科学的に証明された!』の出版を予言していることです。「あなたはいずれ前回とは異なる内容の本を出版することとなる。全貌が異なるのではなく、方向性が異なるのだ」という予言でした。
二つ目の予言は、「前世療法についてだが、あなたは自らの霊性により独自性をもつようになる。あなたの療法は、あなたにしかできないものになる」という形で、SAM前世療法創始の予言をしており、それがが1年後に当たっていることです。
三つ目の予言は、「あなたは今世で出会うべき女性がいる。その女性とは、あなたが過去世において死別した愛する者である」というものでした。この出会うべき女性は、この予言の1ヶ月後にセッションにやって来ました。また、このセッションから4年後の別のセッションで、私と前世をともにしたという男性クライアントの前世人格が、再会した女性クライアントの前世人格が語った内容と一致する内容を語っています。もちろん、二人のクライアントどうしの事前の接触は一切ありません。超ESP仮説を考慮しないとすれば、この二人のクライアントの語りの一致は偶然とは思われません。
というわけで、私は私あての霊信内容に信をおいてよいと思っています。
その私あて第9霊信が次のように述べています。
「守護するものの中には大きく分けると、生まれ変わりをしたことがある、かつては人として存在した者と、生まれ変わり変わりをしたことがない者とがある。・・・守護霊とは、生まれ変わりを経験したものであり、今後生まれ変わるものや、生まれ変わりを必要としないものを含めたものである。そして、ガイドとは生まれ変わりを必要としないものである」
この霊信が届いたときに、私には一つの疑問が生じました。霊信を文字通り解釈すれば、守護霊の中には、「今後生まれ変わるもの」が存在する、ということになるからです。
守護霊とは、生まれ変わりを重ね、霊的進化を遂げた存在であり、言わば生まれ変わりを卒業した存在であるにもかかわらず、守護霊の中には再度人間に生まれ変わるものがいる、ということが本当にあるのだろうか、という疑問です。
この疑問に対する回答が、セッションに現れる「意識現象の事実」が示しているようです。
つまり、霊信の述べたとおり、前世が守護霊だと答えたクライアントが現れているのです。
というのは、(守護霊であった前世というのは妙な言い方ですが)前世が守護霊である、と答えた事例が5例現れているからです。5例のうち、男性3名、女性2名です。主訴は、4名が生まれ変わりのあることを実感したい、1名が原因不明の深い人間不信の改善でした。
5例のうち、かろうじて口頭で対話できたのは3例、2例は指による回答の対話でした。 
5例に共通していることは、より高次の存在の強力な要請によって、霊的真理を地上に広めるために人間として生まれ変わった、という回答でした。と言っても、5名とも特別な地位にある人ではありません。
ただし、5名ともに、謙虚であたたかなものの言い方であり、非常に好感のもてる人柄でした。
一人の女性は、「苦しむ人たちを救いたい」と悲痛な訴えをし、もう一人の女性は「霊界に戻りたい」と泣きました。
一人の男性は「地上の人間があまりに荒んでいるので人間嫌いに陥った」と嘆きました。この男性が、人間不信の改善を主訴にもっているクライアントでした。興味深いことに、この男性は、幼少の頃より、高い位置から底なしの深い穴のようなところへ落下していく夢を繰り返し見てきた、と語っていることです。霊界から地上へと生まれ変わったことを象徴している夢ではなかろうかと思われます。
というわけで、セッションで現れれた「意識現象の事実」として、私あて霊信の述べているように、霊界の住人である守護霊から再度地上の人間に生まれ変わっているものが存在しているらしいというといことです。
もう一つの興味深い「意識現象の事実」は、現世が最初の人生である魂の持ち主だと答えた事例が12あるということです。
魂の自覚状態を確認後、「あなたは前世人格のどなかですか?」と尋ねても、返事がないので、仕方なく「あなたは魂表層の現世の者ですか?」と聞くと、「そうだ」と答えます。
「では、魂表層の前世の者と交代してください」とお願いしても、「いない」「分からない」という回答です。
「あなたは生まれ変わりを経験していないのですか?」と尋ねると、「そうだ」と答えたクライアントが12名いるということです。
12名に共通する性格特性が、①好奇心が極めて旺盛で、好奇心に駆られてすぐ行動する、②友だちから親切で人が良いという評価を受けている、というものでした。
海外の定評ある霊信、アラン・カルディックの『霊の書』の高級霊からの霊信によれば、「魂の最初の状態は無知・無垢である」と述べていますから、これに照合すれは、最初の人生を送る魂の持ち主が好奇心旺盛であること、親切で人が良いことは納得できるというわけです。
「前世が守護霊であった事例」、「初めて人生を送っている魂の事例」の両事例ともに、その真偽の科学的検証は到底不可能です。
こうした場合、信頼できそうな霊界の住人からとおぼしき霊信に照合するしか私には手がありません。
その結果、現れた「意識現象の事実」と、霊信の述べていることには、確かに不思議な符合があるようだと思われます。

2012年10月2日火曜日

研究上のうれしいできごと

日本の生まれ変わりの科学的研究実践者として、私は研究仲間を持てない孤独な研究を続けてきました。
しかし、私の研究を認めてくださる人がおいでになることが、ここのところ立て続けにわかりました。
その一人が船井幸雄氏です。彼の9月の書評に拙著『生まれ変わりが科学的に証明された!』が取り上げられていることをマイミクさんから教えていただきました。
http://funaiyukio.com/funa_ima/index.asp?dno=201209001
もう一つが「日本サイ科学会」という超常現象の科学的解明を目的としている学会から、10月14日の全国大会に、東京で60分の講演とそのあとのシンポジウム出席への依頼がきました。
大会テーマは「コンタクト」です。SAM前世療法の前世人格の顕現化という現象そのものが「霊的存在とのコンタクト」ですから、このことを未公開セッション映像を交えて講演する予定です。
http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=1&cad=rja&ved=0CCUQFjAA&url=http%3A%2F%2Fhomepage3.nifty.com%2FPSIJ%2F&ei=DtdZULbfOcySiQeEm4CoBg&usg=AFQjCNFfeppEe6_Yq9IRPjB8inlSpIJs3w
私の生まれ変わり研究は、多くの人に認めてもらうというよりは、自分自身の納得のためにやっているというのが本音です。
研究結果を広報していくことは、上からの指示でやっていることです。
しかし、公的に著名な方や公的研究機関から認めてくいただけることは、素直にうれしく思います。

2012年9月12日水曜日

タエの語りと小説『雷電本紀』との符合

最近、飯嶋和一『雷電本紀』小学館文庫、という小説を読みました。
著者飯嶋和一によれば、小説『雷電本紀』は、足かけ6年の歳月をかけて綿密な時代考証のもとに書いた江戸期の力士雷電についての伝記小説ということです。
ここで取り上げる話題は、『雷電本紀』に描写されている天明3年浅間山大噴火の様子が、以下に紹介するタエの語りにことごとく符合している事実です。
(THは筆者、CLは里沙さん)
TH 天明三年にどんなことがありましたか? 何か大きな事件がありましたか?
CL あ、浅間の山が、お山が、だいぶ前から熱くなって、火が出るようになって・・・。
TH 火が渋川村から見えますか?
CL うん。
TH 噴火の火がみえますか?
CL フンカ?
TH 噴火って分かりませんか? (CL頷く)分からない。火が山から出てるんですか?
CL 熱い!
TH 煙も見えますか?
CL は、はい。
TH じゃ、灰みたいな物は降ってますか? そのせいで農作物に何か影響が出てますか?
CL 白い灰が毎日積もります。
TH どのくらい積もるんでしょう?
CL 軒下。
TH 軒下までというと相当な高さですね。単位でいうとどのくらの高さですか? 村の人はなんて言ってますか?
CL 分からない。
TH 軒下まで積もると農作物は全滅じゃないですか。
CL む、村の人は、鉄砲撃ったり、鉦を叩いたり、太鼓を叩いても、雷神様はおさまらない。
(中略)
TH 一六歳ですか。川岸にキチエモンさんの姿見えますか? それで川の水は増えているんですか?
CL 昼間だけど真っ暗で提灯が・・・ 分からない。
TH なぜ昼間なのに暗いんでしょう? 分かりますか、そのわけが。
CL お山が火を噴いてるから。
TH 煙で暗いわけですか。太陽が遮(さえぎ)られて。(CL頷く)
  (『生まれ変わりが科学的に証明された!』ナチュラルスピリット、PP.180-184)
さて、次に『雷電本紀』に描写されている上記タエの語りと符合する部分を紹介します。
五月二六日、よく晴れた真昼、四月のものよりもはるかにすさまじい音が耳を破り、大地が竜巻の音を立ててうねり、押し寄せてきた。見上げた浅間周辺の山中から赤い稲妻が、一面空を覆った暗雲のなかを走り回り、大人でさえその場にしゃがみ込み、なすすべもなく震えるしかなかった。(中略)
家々は窓も戸も閉じ、昼に行灯をともし、時折襲ってくる地の底のうねりと、頭を割られるような爆発音の耳鳴りに怯えていた。
浅間周辺の村々は、鬼、魔物を射殺すべく鉄砲や弓矢を浅間山頂めがけて放ち、鉦や太鼓を打ち鳴らして、魔物を追い払おうとしていたが、七月に入ると、さすがにそれをやる気力も失せてしまった。
上州との動脈路、中山道碓氷峠をはじめ、主要路はどこも四尺を超える灰に埋もり、七月に入ると人馬の通行は不能。軽井沢の宿は、石、砂、灰に塗り込められ、谷や川はすべて埋まった。
  (飯嶋和一『雷電本紀』小学館文庫、PP,69-70)
筆者が驚いたのは、タエが、「村の人は、鉄砲撃ったり、鉦を叩いたり、太鼓を叩いても、雷神様はおさまらない」、白い灰が軒下まで積もった、昼間なのに提灯が必要だと語ったことなどが、 『雷電本紀』の「村々は、鬼、魔物を射殺すべく鉄砲や弓矢を浅間山頂めがけて放ち、鉦や太鼓を打ち鳴らして、魔物を追い払おうとして・・・」、主要路が四尺を超える灰に埋まった、昼に行灯をともしたなどの描写ときわめて一致していたことでした。
『雷電本紀』は、1994年に河出書房から単行本として刊行されています。小学館文庫から文庫本として刊行されたのは2005年7月です。
「タエの事例」が出たのは2005年6月4日ですから、里沙さんが『雷電本紀』の文庫本を読んでいることはありえません。しかし、単行本を読んでいる可能性はあります。
そこで、里沙さんに確認をとってみました。以下は電話でやりとりした冒頭の会話です。
「突然だけど雷電って知っていますか?」
「ライデンってなんのことですか?」
「雷電が江戸時代の相撲取りだということを知ってないのですか?」
「はあ、ライデンって名前ですか。ぜんぜん知りません。わたし相撲にぜんぜん興味がありませんから」
「ところで『雷電本紀』という小説を読んだ記憶はありませんか?」
「読んだことはないです。なんでそんなことを質問するのですか?」
里沙さんは、雷電が人の名前であることすら知らない、ということでした。彼女が意図的に嘘をつくことの利得はありませんから、『雷電本紀』を読んでいないことは信用してよさそうです。
また、2009年におこなったポリグラフ検査でも、「タエに関する情報を入手した認識(記憶)はまったくないものと考えられる」という鑑定結果が得られています。
ただし、潜在記憶の有無はポリグラフ検査では鑑定不能ですから、里沙さんが2005年6月のセッション以前に『雷電本紀』を読んでおり、それをすっかり忘れている可能性はあいかわらずあるということです。そして、紹介した『雷電本紀』の浅間山噴火に関わる描写を潜在記憶としてもっており、タエの語りに援用したという潜在記憶仮説が成り立つ余地があるということです。
さらに、超ESP(万能の透視能力やテレパシーなど超能力)仮説を適用すれば、里沙さんが催眠中に突如として超ESPを発揮し、『雷電本紀』の問題の個所を透視し、タエの言葉として語ったという仮説も成り立たないわけではありません。もちろん、ふだんの里沙さんがESPを発揮したことがないことは周囲の人たちが証言しています。しかし、催眠中に限ってESPを発揮した事例があるので、ことはやっかいなのです。
かように、「タエの事例」が、生まれ変わりの科学的証拠であると断言することは困難です。
だからこそ、超ESP仮説が適用できない応答型真性異言現象である「ラタラジューの事例」の生まれ変わりの証拠としての重みがあるというわけです。