2026年5月19日火曜日

恩師からの霊信

SAM催眠学序説 その183 

 

 

 

催眠学研究者成瀬悟策先生は、岐阜県中津川市のご出身です。            2019年8月に95歳の長寿を全うされました。

 

わたし(稲垣:岐阜県可児市在住)とは岐阜県東濃地方の同郷ということで、日本教育催眠学会の懇親会の折に先生を紹介され、それ以来亡くなるまで20年以上にわたって師事してきた臨床催眠研究上の文字通りの恩師です。

 

ここに紹介するのは、わたしの主宰している催眠塾の塾生であるA子さんがメールしてくれた成瀬先生からの霊信と思われる内容です。 

 

 

2024年4月20日の霊信

 

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稲垣先生と、成瀬悟策先生の催眠研究の話をしていたときでした。


そのとき、ぞわっと左半身に寒気が走りました。

誰かが憑依して来たと思いました。

 

なんと成瀬悟策先生でした。

共有したと思いました。 

やはりそうなのかと思いました。


そう思っていると

涙が頬を伝っていきました。

涙が止まりませんでした。

成瀬先生は、稲垣先生が自分のことを話してくれるのが嬉しい様子でした。

成瀬先生の優しい思いが私の全身を駆け巡りました。


成瀬先生は、稲垣先生が羨ましかったようでした。

先生が眩しかった。

先生が煌々としていた。


稲垣先生が何事にも流されず生きるさまは素晴らしいとおっしゃいました。

そして、続けて次のように話されました。

 

私に出来なかったことを

彼には出来るのだよ。


私には、勇気がなかった。

幸せな人生だったが

それだけが心残りだ。


彼には幸せになってもらいたい。

私の分まで。


私は彼に出会えたことに感謝している。

ありがとう 。


彼は私の視点を大きく変えてくれたのだよ。
本当に感謝している。
私の人生において彼との出会いは貴重なものだった。
勇気を教えてくれた。

彼のように生きたいと心から願った。

彼に会ったら伝えて欲しい。

この老いぼれの心に火をつけてくれてありがとう。
同じ 岐阜県に生まれたことを誇りに思うよ。

 

こうして成瀬先生は最後に 「さぁ、行こうか」

と爽やかに言って、わたしから出ていかれました。

 
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霊信受信者A子さんは霊媒体質のようです。SAM前世療法を学んでからそうした霊能力が顕著にあらわれるようになったそうです。A子さんは、生き霊や未浄化霊の憑依も感知できるそうです。
 
さて、わたしが上記の成瀬先生からの霊信をA子さんから転送してもらったときの感想は、「亡くなって5年も経った今頃、なんでA子さんに憑依し霊信をくださったのだろう」という疑問でした。
あるいは「A子さんの創作かもしれない」という疑いでした。
したがって、それ以上のことは判断停止とし、すっかり忘れていました。

 

 それより先2006年5月に拙著『前世療法の探究』春秋社、を上梓し、成瀬先生に早速献本した返礼に下記のようなお葉書をいただきました。

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最近刊『前世療法の探究』のご出版おめでとうございます。              またその一冊をご送付いただきありがとうございます。

 

「前世」ということ、これは飽くまで、トランス中のイメージとして扱うこと、それ以上に前世そのものにこだわると誤解され易いですから。

 

2005年5月26日 成瀬悟策 

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2026年 5月3日明け方の霊信 

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再び成瀬先生が憑依され、「二年前の2024・4・20の霊信をもう一度稲垣に送ってほしい、わたしから彼への誕生日プレゼントだ」と訴えておいでになりました。(※稲垣の誕生日は5月2日


そして、「私の大事な弟子だからね。幸せになってもらいたい」と言っておられました。

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 上記の2026年2回目の霊信は、1回目の2024年の1回目霊信からさらに2年の歳月が流れています。2019年の成瀬先生の没後からは7年の歳月が流れていることになります。

興味深いのは、存命中の2005年にいただいたお葉書の前世療法に対する「前世を飽くまで、トランス中のイメージとして扱うこと、それ以上に前世そのものにこだわると誤解され易いですから」という立場から

私に出来なかったことを彼(稲垣)には出来るのだよ。私には、勇気がなかった。幸せな人生だったがそれだけが心残りだ

 と稲垣の催眠を用いた前世の真偽の探究を肯定的に認め、それをしなかった自分には勇気がなかった、それだけが心残りだ、と反省的に述べておいでになることです。

穿ったとらえ方をすれば、成瀬先生は霊界へと旅立たれた後、その後の霊界生活で前世と生まれ変わりの実在を身をもって体験され、存命中の前世否認的立場を否応なしに肯定的立場へと変更せざるをえなかったのではなかろうかと想像しています。 

ちなみに、わたしと成瀬先生との年齢差は24年あり、64歳で他界したわたしの父親のあと、成瀬先生に対父親的な心情を投影していたと言えます。

 

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