総括その5 「超ESP仮説」を打破する「応答型真性異言」
難題である超ESP仮説の打破に挑んだのが、ヴァージニア大学精神科教授で、現代における超心理学の泰斗、そして「生まれ変わりの科学的研究」の先駆者として知られる故イアン・スティーヴンソンです。
スティーヴンソンが着目したのは、もし、ESPによって取得不可能なものであれば、それは超ESPであろうとも取得が不可能である、という事実でした。
少し長くなりますが、彼の着目点を下記に引用してみます。
「デュカス(注:カート・ジョン・デュカス、哲学者)は、本来、霊媒は他人の持つあらゆる認知的情報をESPを介して入手する力を持っているかもしれないことを原則として認めているが、その情報を本来の所有者と同じように使うことはできないと考える。
デュカスによれば、霊媒は、テレパシーを用いてラテン語学者からラテン語の知識をすべて引き出すこともあるかもしれないが、その知識をその学者の好みとか癖に合わせて使うことはできないのではないかという。
以上のことからデュカスは次のように考える。
もし霊媒が、本来持っているとされる以外の変わった技能を示したとすれば、それは何者かが死後生存を続けている証拠になるであろう。
もしその技能が、ある特定の人物以外持つ者がない特殊なものであれば、その人物が死後も生存を続けている証拠となろう。
技能は訓練を通じて初めて身につくものである。
たとえばダンスの踊り方とか外国語の話し方とか自転車の乗り方とかについて教えられても、そういう技能を素早く身につける役には立つかもしれないが、技能を身につけるうえで不可欠な練習は、依然として必要不可欠である。
ポランニー(注:マイケル・ポランニー、科学哲学者)によれば、技能は本来、言葉によっては伝えられないものであり、そのため知ってはいるが言語化できない、言わば暗黙知の範疇(はんちゆう)に入るという。
もし技能が、普通には言葉で伝えられないものであるとすれば、なおさらと言えないまでも、すくなくとも同程度には、ESPによっても伝えられないことになる」
(スティーヴンソン「人間の死後生存の証拠に関する研究ー最近の研究を踏まえた歴史的展望」笠原敏雄編『死後生存の科学』PP41-43)
ESPである透視・テレパシーなどによって、取得可能なのは、あくまで「情報」です。
そしていくら情報を集めても、実際にかなりの訓練をしない限り、「技能」の取得はできません。
自転車の乗り方をいくら本や映像で知っても、自転車に乗ることはできないように、たとえば言語も情報による伝達だけでは「会話」まではできないはずです。
つまり、「超ESP」によっても、「外国語の会話能力」までは獲得することができないわけです。
したがって、ある人物が、前世の記憶を、その前世での言語で語り、かつ現世の当人がその言語を学んだことがないと証明された場合には、超ESP仮説は適用できず、生まれ変わりが最も有力な説明仮説となる、とスティーヴンソンは考えたのです。
そして、前世記憶を語る中には、ESPによる「情報取得」では説明できない、学んだはずのない外国語での会話を実際に示す事例が、きわめて稀ですがいくつか報告されています。
これを「真性異言」と呼びます。
「真性異言」(xenoglossy ゼノグロッシー)とは、フランスの生理学者で心霊研究協会の会長も務めたシャルル・リシェの造語で、本人が習ったことのない外国語を話す現象のことを言います。
『新約聖書』などにも「異言」(glossolaria グロッソラリア)という現象が記述されていますが、「真性異言」は、その言語が特定の言語であることが確認されたものです。
このうち、特定の文章や語句だけを繰り返すものを「朗唱型真性異言」、その言語の話者と意味のある会話ができるものを「応答型真性異言」と呼びます。
さて、真性異言のうち、「朗唱型真性異言」は、「情報」ですから超ESPによって取得が可能と言えます。
しかし、意味の通った応答的会話ができる「応答型真性異言」は、そうではありません。
言語を自由に話せるというのは、「技能」であり、いくら単語や文型の情報を集めても、実際にかなりの訓練をしない限り、応答的会話は可能にはなりません。
自転車の乗り方をいくら本や映像で知っても、自転車に乗ることはできないように、言語も情報による伝達だけでは技能である「会話」まではできないのです。
つまり、「超ESP」によっても、「外国語の会話能力」は取得できないことは明白です。
こうして、ある人物が、前世の記憶を、その前世の外国語で語り、かつ現世の当人がその言語を学んだことがないと証明された場合には、超ESP仮説は適用できず、生まれ変わりの最も有力な説明仮説として採用せざるをえないということになります。
生まれ変わりの証拠である応答型真性異言は、スティーヴンソンが20年以上にわたって世界中から収集し精査した2000余の生まれ変わり事例の中で、わずか3例にすぎません。
「イェンセンの事例」と、「グレートヒェンの事例」、および「シャラーダの事例」です。
イェンセンとグレートヒェンの事例は、催眠中に偶発的に前世人格が出現したもので、前者はスウェーデン語、後者はドイツ語で、短い応答的会話によるやりとりが記録されています。
両者とも、アメリカ人女性が被験者です。
シャラーダの事例は、マラティー語しかしゃべれないインド人女性が、覚醒時に、きわめて長いベンガル語の会話で流暢に受け答えし、歌まで歌っています(『前世の言葉を話す人々』春秋社)。
スティーヴンソンの報告以外に信頼できる事例として、数名の科学者によって調査され、覚醒時にスペイン語で流暢な長い会話をした「ルシアの事例」の調査報告があります(心霊現象研究協会 (The Society for Psychical Research)。
つまり、世界中で信頼にあたいする応答型真性異言の事例は4例発見されており、そのうち2例が催眠下で起こった事例ということになります。
スティーヴンソンが、著書『前世を記憶する子どもたち2』P106で、「私は、自らの手で調べた応答型真性異言の2例が催眠中に起こったという事実忘れることができない。このことから私は、催眠を使った研究をけっして非難することができなくなった」と述べているのは、「イェンセンの事例」と「グレートヒェンの事例」を指しています。
私の出会った「ラタラジューの事例」は、世界で5例目の応答型真性異言であり、催眠中に起きた事例として世界で3例目の応答型真性異言に加えられてよいと自負しています。
そしてSAM前世療法の成立を支えているのは、SAM前世療法によってあらわれた応答型真性異言「ラタラジューの事例」が、超ESP仮説の適用を拒絶できるからにほかなりません。
(その45へつづく)
わたしは臨床催眠実践者です。登録商標を取得した「SAM前世療法」の実践によって、魂状態の自覚とともに前世人格の顕現化などが「意識現象の事実」として確認できます。それらの意識現象について、生まれ変わりの先行研究と科学的方法論に基づく検証結果についての考察を公開していきます。「意識現象の事実」の真偽について、「観念より事実」、「理屈より実証」をコンセプトに検証と考察を深める実践を続けています。なお、このブログは、諸宗教との関わりは一切ありません。
2014年1月16日木曜日
2014年1月10日金曜日
SAM前世療法の成立 その43
総括その4 前世療法への批判
前世療法に関する批判は多く出されています。
もちろん、死後存続や生まれ変わりなどを頭から否定する唯物論者が、前世療法を批判するのは当然のことです。
ところが、生まれ変わり研究の第一人者イアン・スティーヴンソンも、前世療法や催眠による前世想起に対して、厳しい批判をしています。
それは、彼が、前世の記憶をある程度持っていると思われる者を催眠に入れ、前世想起の実験を13例実施し、地名・人名を探り出し特定しようとした試みがすべて失敗した(『前世を記憶する子どもたち』P80)ということにあるようです。
スティーヴンソンは、催眠中に前世の記憶らしきものが語られたにしても、催眠によって誘発された催眠者に対する従順な状態の中では、何らかの前世の記憶らしきものを語らずにいられない衝動に駆られ、通常の方法で入手した様々な情報をつなぎ合わせて架空の人格を作り上げてしまう可能性が高いと主張します。
そして、催眠中に語られたリアルな前世の記憶が、実は架空の作話であったと検証された実例を数例あげて、催眠が過去の記憶を甦らせる有効な手段だと考えるのは誤った思いこみであって、実際には事実からほど遠いことを証明しようとしています。
こうしてスティーヴンソンは、次のように痛烈な前世療法批判を展開しています。
遺憾ながら催眠の専門家の中には、催眠を使えば誰でも前世の記憶を甦らせることができるし、それによる大きな治療効果が挙がるはずだと主張するか、そう受け取れる発言をしている者もある。
私としては、心得違いの催眠ブームを、あるいは、それに乗じて不届きにも金儲けの対象にしている者があるという現状を、特に前世の記憶を探り出す確実な方法だとして催眠が用いられている現状を、何とか終息させたいと考えている。(『前世を記憶する子どもたち』P7)
こうしたスティーヴンソンの批判の矛先が、ワイスやホイットンの前世療法の著作に向けられているとは必ずしも言えないでしょうが、この批判がなされる同時期に、相次いで彼らの著作が公刊されていることも事実です。
前世記憶の真偽を研究するために、膨大な労力と綿密な検証作業を長年積み上げてきたスティーヴンソンにとって、催眠中に語られた前世の記憶を確かな科学的検証にかけないまま、症状改善を理由に、前世の存在を安易に認めてしまう前世療法家が、苦々しく思えることは当然でしょう。
ただし、彼は、催眠中に語られる前世の記憶をすべて無意味だとしているわけではありません。
事例の中には、彼自身の検証の結果、通常の方法では入手できない情報が少数ながら存在することも認めています。
スティーヴンソンは、その後の著書『前世を記憶する子どもたち2』P106で、「私は、自らの手で調べた応答型真性異言の二例が催眠中に起こったという事実忘れることができない。このことから私は、催眠を使った研究をけっして非難することができなくなった」といくぶん持論を修正しています。
ところで、スティーヴンソン以外にも、催眠中に語られる前世の記憶は、脳の作り出したフィクションに過ぎない、とする唯物論的否定論者は少なくありません。
例えば、超常現象の否定論者として知られるロバート・A・ベイカーは、1982年のアメリカ臨床催眠学会機関誌に、自らおこなった前世療法実験の結果を発表しています。
それによれば、前世療法を褒め称(たた)えたうえで実施した被験者は、高い割合で前世記憶の想起をしたのに対し、逆に前世療法を否定し貶(けな)したうえで実施した被験者が、前世記憶を想起した割合は、非常に低かったと報告しています。
この検証結果から、ベイカーは前世療法による前世の記憶は事実などではなく、催眠者の誘導暗示によって作り出されたフィクションである可能性が高いと結論づけています。
日本のアカデミックな催眠研究者にとっても、前世療法は目障りな存在のようです。
そもそも催眠というものは、世間では根強い偏見と誤解を持たれ続けてきたものです。
現在の科学体系に加わろうと、科学としての催眠を必死に目指してきた催眠研究者にとって、前世療法は世間の偏見・誤解をいっそう助長する、けしからぬ存在と映るのも当然です。
そして、私も、科学としての催眠を標榜し、ライフワークとして児童・生徒へ教育相談活動の一環として催眠面接法を研究していた教師の立場にあったときには、「前世療法」については否定的であり、むしろ嫌悪感すら感じていました。
催眠とマインドコントロールを誤解・混同している新興宗教がらみの一部の親から、強硬な抗議と即時禁止の訴えを受けたことがあったからです。
もちろん、こうした親の子どもに催眠を適用したことはありませんし、子どもから車酔いやあがり症の改善に催眠適用の申し出があった場合には、親への確認をとって後実施してきたにもかかわらずです。
このトラブルは、やがて教育委員会の知るところとなり、その後私は「ゆるやかな迫害」を教育委員会から受けることになりました。
いかに教育効果があろうとも、トラブルの芽を吹くような教育催眠研究はやってほしくない、という保守的な教育委員会の本音が透けて見える態度でした。
このトラブルで示された催眠に対する根強い誤解・偏見は、現在でもあいかわらず続いていると思っています。
ましてや、こうした偏見の持ち主にとっては、前世療法などもってのほかにちがいありません。
(その44へつづく)
前世療法に関する批判は多く出されています。
もちろん、死後存続や生まれ変わりなどを頭から否定する唯物論者が、前世療法を批判するのは当然のことです。
ところが、生まれ変わり研究の第一人者イアン・スティーヴンソンも、前世療法や催眠による前世想起に対して、厳しい批判をしています。
それは、彼が、前世の記憶をある程度持っていると思われる者を催眠に入れ、前世想起の実験を13例実施し、地名・人名を探り出し特定しようとした試みがすべて失敗した(『前世を記憶する子どもたち』P80)ということにあるようです。
スティーヴンソンは、催眠中に前世の記憶らしきものが語られたにしても、催眠によって誘発された催眠者に対する従順な状態の中では、何らかの前世の記憶らしきものを語らずにいられない衝動に駆られ、通常の方法で入手した様々な情報をつなぎ合わせて架空の人格を作り上げてしまう可能性が高いと主張します。
そして、催眠中に語られたリアルな前世の記憶が、実は架空の作話であったと検証された実例を数例あげて、催眠が過去の記憶を甦らせる有効な手段だと考えるのは誤った思いこみであって、実際には事実からほど遠いことを証明しようとしています。
こうしてスティーヴンソンは、次のように痛烈な前世療法批判を展開しています。
遺憾ながら催眠の専門家の中には、催眠を使えば誰でも前世の記憶を甦らせることができるし、それによる大きな治療効果が挙がるはずだと主張するか、そう受け取れる発言をしている者もある。
私としては、心得違いの催眠ブームを、あるいは、それに乗じて不届きにも金儲けの対象にしている者があるという現状を、特に前世の記憶を探り出す確実な方法だとして催眠が用いられている現状を、何とか終息させたいと考えている。(『前世を記憶する子どもたち』P7)
こうしたスティーヴンソンの批判の矛先が、ワイスやホイットンの前世療法の著作に向けられているとは必ずしも言えないでしょうが、この批判がなされる同時期に、相次いで彼らの著作が公刊されていることも事実です。
前世記憶の真偽を研究するために、膨大な労力と綿密な検証作業を長年積み上げてきたスティーヴンソンにとって、催眠中に語られた前世の記憶を確かな科学的検証にかけないまま、症状改善を理由に、前世の存在を安易に認めてしまう前世療法家が、苦々しく思えることは当然でしょう。
ただし、彼は、催眠中に語られる前世の記憶をすべて無意味だとしているわけではありません。
事例の中には、彼自身の検証の結果、通常の方法では入手できない情報が少数ながら存在することも認めています。
スティーヴンソンは、その後の著書『前世を記憶する子どもたち2』P106で、「私は、自らの手で調べた応答型真性異言の二例が催眠中に起こったという事実忘れることができない。このことから私は、催眠を使った研究をけっして非難することができなくなった」といくぶん持論を修正しています。
ところで、スティーヴンソン以外にも、催眠中に語られる前世の記憶は、脳の作り出したフィクションに過ぎない、とする唯物論的否定論者は少なくありません。
例えば、超常現象の否定論者として知られるロバート・A・ベイカーは、1982年のアメリカ臨床催眠学会機関誌に、自らおこなった前世療法実験の結果を発表しています。
それによれば、前世療法を褒め称(たた)えたうえで実施した被験者は、高い割合で前世記憶の想起をしたのに対し、逆に前世療法を否定し貶(けな)したうえで実施した被験者が、前世記憶を想起した割合は、非常に低かったと報告しています。
この検証結果から、ベイカーは前世療法による前世の記憶は事実などではなく、催眠者の誘導暗示によって作り出されたフィクションである可能性が高いと結論づけています。
日本のアカデミックな催眠研究者にとっても、前世療法は目障りな存在のようです。
そもそも催眠というものは、世間では根強い偏見と誤解を持たれ続けてきたものです。
現在の科学体系に加わろうと、科学としての催眠を必死に目指してきた催眠研究者にとって、前世療法は世間の偏見・誤解をいっそう助長する、けしからぬ存在と映るのも当然です。
そして、私も、科学としての催眠を標榜し、ライフワークとして児童・生徒へ教育相談活動の一環として催眠面接法を研究していた教師の立場にあったときには、「前世療法」については否定的であり、むしろ嫌悪感すら感じていました。
催眠とマインドコントロールを誤解・混同している新興宗教がらみの一部の親から、強硬な抗議と即時禁止の訴えを受けたことがあったからです。
もちろん、こうした親の子どもに催眠を適用したことはありませんし、子どもから車酔いやあがり症の改善に催眠適用の申し出があった場合には、親への確認をとって後実施してきたにもかかわらずです。
このトラブルは、やがて教育委員会の知るところとなり、その後私は「ゆるやかな迫害」を教育委員会から受けることになりました。
いかに教育効果があろうとも、トラブルの芽を吹くような教育催眠研究はやってほしくない、という保守的な教育委員会の本音が透けて見える態度でした。
このトラブルで示された催眠に対する根強い誤解・偏見は、現在でもあいかわらず続いていると思っています。
ましてや、こうした偏見の持ち主にとっては、前世療法などもってのほかにちがいありません。
(その44へつづく)
2014年1月2日木曜日
SAM前世療法の成立 その42
総括その3 霊信の恩恵によるSAM前世療法
総括その2の末尾で次のような二つの難問を提示しました。
「①タエの語りは、被験者里沙さんの前世の記憶の語りであるのか、それともタエという前世の人格の顕現化であるのか。
②もし、前世人格の顕現化であるとすれば、そのような前世人格の所在が脳内であるはずがない、いったいどこにタエという前世人格は所在しているのか」
この二つの難問を解決することは、人智を超えるものと言っていいでしょう。
そして、果たして人智を超える存在とおぼしきものから、この難問の回答が贈られることになりました。
「タエの事例」を、春秋社から『前世療法の探究』として出版したのは2006年5月でした。
この本の読者であるM子さん(当時26歳)を私の守護霊団からの霊信受信者として、パソコンによる自動書記が2007年1月11日~2月14日まで毎夜送られてくるという超常現象が現れたのです。
この霊信には、のちに開発することになるSAM前世療法の予言が、いくつか次のように述べられています。
その抜粋を以下に示してみます。なお、全霊信はこのブログの最初のほうに掲載してあります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第3霊信 2007.1.14
あなたに対して、忠告しておかなければならない事がある。
あなたは突如として霊性の進化を迎え、そしてその分野に対しての学びを得るための努力を積んだ。
だが、あなたが得たものの中にはねじ曲げられ、伝えられたものがある。
あなたは、それらを捨てさるべき情報と吸収するべき情報として判断を下さなければならない。
それは、あなたが今後あなた自身を通し分かるものである。
あなたが得たもののすべてが絶対的であり、不滅である真理を与える要素ではないのだと理解しなさい。
あなたはこれから自らの体験をもとに叡智を創造していく。
あなたが信頼する者からの知識でさえも、ときには足かせとなるだろう。
第8霊信 2007.1.20
あなたがこれまで今世を通し、より強い興味や探究心をひきつけられるものを、あなたはそこで理解していた。
あなたはそれを科学的な見解から理解していた。
すべては「意識」であると理解していた。
ことばとしての「意識」をあなたは理解している。
だが、それの本質はまだ理解に及んでいない。
あなたがより覚醒するにしたがって、それは思い出されるものとなる。
そして、あなたは意図的に「体外離脱」状態をつくりだすことができた。
それは、あなた自身に対しても可能であり、他者に対しても同様であった。
その状態を通し、あなたはあらゆる存在と接触を持つことが可能であった。
あなたが「何故か」と考えること、疑うことは、あなた自身が生じさせる思考であると同時に、私たちが投げかけている課題なのだと理解しなさい。
あなたが催眠を深く探究したのと同じように、これからあなたは多くのものについて知ることとなる。
第11霊信 2007.1.23
あなたが長年探究してきたものは、これまでの視点からでは成長は望めない。
なぜなら、もうすでにその観点での最終地まで達しているものが存在するからである。
あなたが探究するべきものは、これまでよりもさらに深奥にあるものである。
魂の療法のみにあらず、あらゆる霊的存在に対する奉仕となるものである。
それは命あるものすべてに繋がり、私たちへも強い繋がりを持つ。
そのために、あなたは自らの内にある疑問をまとめておく必要がある。
あなたがこれまで探究してきた道の中で、あなたが処理できないでいるもの、そして理解を超えるものについて、私たちでなければ答えられないものについて、まとめなさい。
M子を通し、あなたは私たちにそれを尋ねなさい。
探究の一歩として、あなたは自身の霊性と知性によりあなたの功績を築くのだ。
あなたは今後、進むにしたがって多くの恩恵を受け取るようになる。
多くの者に求められるようになる。
あなたは、探究心を重要とする。
あなたがまだ理解していないものについて、誰も理解を完全に得ていないものについて、強く引き寄せられる。
あなたは、今後それについて探究しはじめるのだ。
そして、前世療法についてだが、あなたは自らの霊性により独自性を持つようになる。
あなたの療法は、あなたにしかできないものになる。
あなたは、今度その療法に関わるが、それだけに限定するのではなく、別のものも同時進行するのだと理解しなさい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あなたがこれまで探究してきた道の中で、あなたが処理できないでいるもの、そして理解を超えるものについて、私たちでなければ答えられないものについて、まとめなさい。
M子を通し、あなたは私たちにそれを尋ねなさい」
という第11霊信にしたがって、早速私は16の質問にまとめて、M子さんにメールしました。
その回答が90分後に、A4用紙9枚にわたって返ってきました。
A4用紙9枚分を90分で作文すること、しかも難解な質問に考えながら回答を作文することは不可能です。
それまで自動書記による霊信現象に半信半疑であった私は、霊信現象を認めざるをえない、という結論に至りました。
もし、霊信の告げる内容が検証の結果真実であれば、通信してきた守護霊団の実在を間接的に証明できることになります。
こうして、霊信の告げた「脳」、「心」、「魂」、{意識・潜在意識」の関係を四つの作業仮説にまとめ、仮説検証の催眠実験に取り組むことにしました。
霊信によって得られた四つの作業仮説とは
1 心・脳の二元論仮説(脳は心をつくりだしていない)
2 魂の表層構造仮説(魂表層は前世のものたちから構成されている)
3 霊体仮説(肉体を包み込む霊体に意識・潜在意識が宿っている)
4 憑依仮説(霊的存在の自己外憑依、魂表層の前世人格の自己内憑依)
です。
こうして、実験を重ねた結果、作業仮説を覆すような意識現象の事実は認められないという結論に達し、魂表層から前世人格を呼び出し、対話することに成功しました。
前世人格が、魂表層から顕現化し、対話が可能であることが証明できたのです。
前世の記憶ではなく、前世人格が語ること、前世の人格の所在は、脳内ではなく魂表層であることが、意識現象の事実として証明できたということです。
こうして、2008年の夏、この前世療法を「SAM前世療法」と命名し、世に問うことにしました。
霊信の恩恵によって作業仮説がもたらされたという世界に例のない成立基盤を持つ前世療法の誕生です。
また、前世の記憶にアクセスせず、魂状態にアクセスし前世人格と対話するという、前提も催眠技法もこれまでとは全く異なる前世療法の誕生です。
2009年3月、大学の英語学研究者ら三名と真性異言研究チームを発足した私は、2005年の「タエの事例」以来、ひっかかり続けていたネパール語らしき二言の異言の再検証をしてみました。
その結果なんと間違いなくネパール語であるという鑑定結果がでたのです。
実は、すでに4年前(2005年)の「タエの事例」の続きのセッションで、タエの次の生まれ変わりとして、ネパール人ラタラジューを名乗るナル村村長が現れ、ネパール語らしきこの二言の異言が話されていました。
こうして、里沙さんを説得して、実際に前世のラタラジューとネパール人女性との応答的会話が成立するかどうかを検証する実験セッションを、SAM前世療法によって試みることになったのです。
その結果は、現れた前世人格ラタラジューによって、24分間に渡るネパール語会話がされるという驚くべき現象が起こりました。
この2009年6月の実験セッションの全貌は二台のビデオカメラに記録されました。
音声記録されたネパール語会話の分析と、里沙さんがネパール語を学んでいない形跡を検証するためにポリグラフ検査をはじめ聞き取り調査に1年間を費やした結果、この「ラタラジューの事例」は間違いなく「応答型真性異言」であると判断できる諸証拠が固まりました。
ついに、私は前世の存在と、生まれ変わりの科学的証拠とされる「応答型真性異言」に出会うことができたのです。
このネパール語による応答型真性異言会話の記録映像と、テレビ局によるナル村での検証取材映像が、2010年8月、「奇跡体験アンビリバボー」で60分間放映されたものです。
視聴率が13%近くあった反響はきわめて大きく、私のもとには放映後半直後から三日間に渡って視聴者からの電話がひっきりなしにかかってきました。
100通を越えるPCメールも届きましたが、ヤラセやトリック等の疑いをにおわす内容は皆無でした。
「前世存在と生まれ変わりを信じざるをえない」、「驚きで鳥肌が立った」という感想が数多く寄せられました。
また、一般視聴者から以外にも、真性異言研究チームの一員である末武信宏医師のもとに、著名な大学医学部教授から、生まれ変わりの科学的研究史上のすばらしい成果である、という賞賛の感想が届いたという報告がありました。
(その43につづく)
総括その2の末尾で次のような二つの難問を提示しました。
「①タエの語りは、被験者里沙さんの前世の記憶の語りであるのか、それともタエという前世の人格の顕現化であるのか。
②もし、前世人格の顕現化であるとすれば、そのような前世人格の所在が脳内であるはずがない、いったいどこにタエという前世人格は所在しているのか」
この二つの難問を解決することは、人智を超えるものと言っていいでしょう。
そして、果たして人智を超える存在とおぼしきものから、この難問の回答が贈られることになりました。
「タエの事例」を、春秋社から『前世療法の探究』として出版したのは2006年5月でした。
この本の読者であるM子さん(当時26歳)を私の守護霊団からの霊信受信者として、パソコンによる自動書記が2007年1月11日~2月14日まで毎夜送られてくるという超常現象が現れたのです。
この霊信には、のちに開発することになるSAM前世療法の予言が、いくつか次のように述べられています。
その抜粋を以下に示してみます。なお、全霊信はこのブログの最初のほうに掲載してあります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第3霊信 2007.1.14
あなたに対して、忠告しておかなければならない事がある。
あなたは突如として霊性の進化を迎え、そしてその分野に対しての学びを得るための努力を積んだ。
だが、あなたが得たものの中にはねじ曲げられ、伝えられたものがある。
あなたは、それらを捨てさるべき情報と吸収するべき情報として判断を下さなければならない。
それは、あなたが今後あなた自身を通し分かるものである。
あなたが得たもののすべてが絶対的であり、不滅である真理を与える要素ではないのだと理解しなさい。
あなたはこれから自らの体験をもとに叡智を創造していく。
あなたが信頼する者からの知識でさえも、ときには足かせとなるだろう。
第8霊信 2007.1.20
あなたがこれまで今世を通し、より強い興味や探究心をひきつけられるものを、あなたはそこで理解していた。
あなたはそれを科学的な見解から理解していた。
すべては「意識」であると理解していた。
ことばとしての「意識」をあなたは理解している。
だが、それの本質はまだ理解に及んでいない。
あなたがより覚醒するにしたがって、それは思い出されるものとなる。
そして、あなたは意図的に「体外離脱」状態をつくりだすことができた。
それは、あなた自身に対しても可能であり、他者に対しても同様であった。
その状態を通し、あなたはあらゆる存在と接触を持つことが可能であった。
あなたが「何故か」と考えること、疑うことは、あなた自身が生じさせる思考であると同時に、私たちが投げかけている課題なのだと理解しなさい。
あなたが催眠を深く探究したのと同じように、これからあなたは多くのものについて知ることとなる。
第11霊信 2007.1.23
あなたが長年探究してきたものは、これまでの視点からでは成長は望めない。
なぜなら、もうすでにその観点での最終地まで達しているものが存在するからである。
あなたが探究するべきものは、これまでよりもさらに深奥にあるものである。
魂の療法のみにあらず、あらゆる霊的存在に対する奉仕となるものである。
それは命あるものすべてに繋がり、私たちへも強い繋がりを持つ。
そのために、あなたは自らの内にある疑問をまとめておく必要がある。
あなたがこれまで探究してきた道の中で、あなたが処理できないでいるもの、そして理解を超えるものについて、私たちでなければ答えられないものについて、まとめなさい。
M子を通し、あなたは私たちにそれを尋ねなさい。
探究の一歩として、あなたは自身の霊性と知性によりあなたの功績を築くのだ。
あなたは今後、進むにしたがって多くの恩恵を受け取るようになる。
多くの者に求められるようになる。
あなたは、探究心を重要とする。
あなたがまだ理解していないものについて、誰も理解を完全に得ていないものについて、強く引き寄せられる。
あなたは、今後それについて探究しはじめるのだ。
そして、前世療法についてだが、あなたは自らの霊性により独自性を持つようになる。
あなたの療法は、あなたにしかできないものになる。
あなたは、今度その療法に関わるが、それだけに限定するのではなく、別のものも同時進行するのだと理解しなさい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あなたがこれまで探究してきた道の中で、あなたが処理できないでいるもの、そして理解を超えるものについて、私たちでなければ答えられないものについて、まとめなさい。
M子を通し、あなたは私たちにそれを尋ねなさい」
という第11霊信にしたがって、早速私は16の質問にまとめて、M子さんにメールしました。
その回答が90分後に、A4用紙9枚にわたって返ってきました。
A4用紙9枚分を90分で作文すること、しかも難解な質問に考えながら回答を作文することは不可能です。
それまで自動書記による霊信現象に半信半疑であった私は、霊信現象を認めざるをえない、という結論に至りました。
もし、霊信の告げる内容が検証の結果真実であれば、通信してきた守護霊団の実在を間接的に証明できることになります。
こうして、霊信の告げた「脳」、「心」、「魂」、{意識・潜在意識」の関係を四つの作業仮説にまとめ、仮説検証の催眠実験に取り組むことにしました。
霊信によって得られた四つの作業仮説とは
1 心・脳の二元論仮説(脳は心をつくりだしていない)
2 魂の表層構造仮説(魂表層は前世のものたちから構成されている)
3 霊体仮説(肉体を包み込む霊体に意識・潜在意識が宿っている)
4 憑依仮説(霊的存在の自己外憑依、魂表層の前世人格の自己内憑依)
です。
こうして、実験を重ねた結果、作業仮説を覆すような意識現象の事実は認められないという結論に達し、魂表層から前世人格を呼び出し、対話することに成功しました。
前世人格が、魂表層から顕現化し、対話が可能であることが証明できたのです。
前世の記憶ではなく、前世人格が語ること、前世の人格の所在は、脳内ではなく魂表層であることが、意識現象の事実として証明できたということです。
こうして、2008年の夏、この前世療法を「SAM前世療法」と命名し、世に問うことにしました。
霊信の恩恵によって作業仮説がもたらされたという世界に例のない成立基盤を持つ前世療法の誕生です。
また、前世の記憶にアクセスせず、魂状態にアクセスし前世人格と対話するという、前提も催眠技法もこれまでとは全く異なる前世療法の誕生です。
2009年3月、大学の英語学研究者ら三名と真性異言研究チームを発足した私は、2005年の「タエの事例」以来、ひっかかり続けていたネパール語らしき二言の異言の再検証をしてみました。
その結果なんと間違いなくネパール語であるという鑑定結果がでたのです。
実は、すでに4年前(2005年)の「タエの事例」の続きのセッションで、タエの次の生まれ変わりとして、ネパール人ラタラジューを名乗るナル村村長が現れ、ネパール語らしきこの二言の異言が話されていました。
こうして、里沙さんを説得して、実際に前世のラタラジューとネパール人女性との応答的会話が成立するかどうかを検証する実験セッションを、SAM前世療法によって試みることになったのです。
その結果は、現れた前世人格ラタラジューによって、24分間に渡るネパール語会話がされるという驚くべき現象が起こりました。
この2009年6月の実験セッションの全貌は二台のビデオカメラに記録されました。
音声記録されたネパール語会話の分析と、里沙さんがネパール語を学んでいない形跡を検証するためにポリグラフ検査をはじめ聞き取り調査に1年間を費やした結果、この「ラタラジューの事例」は間違いなく「応答型真性異言」であると判断できる諸証拠が固まりました。
ついに、私は前世の存在と、生まれ変わりの科学的証拠とされる「応答型真性異言」に出会うことができたのです。
このネパール語による応答型真性異言会話の記録映像と、テレビ局によるナル村での検証取材映像が、2010年8月、「奇跡体験アンビリバボー」で60分間放映されたものです。
視聴率が13%近くあった反響はきわめて大きく、私のもとには放映後半直後から三日間に渡って視聴者からの電話がひっきりなしにかかってきました。
100通を越えるPCメールも届きましたが、ヤラセやトリック等の疑いをにおわす内容は皆無でした。
「前世存在と生まれ変わりを信じざるをえない」、「驚きで鳥肌が立った」という感想が数多く寄せられました。
また、一般視聴者から以外にも、真性異言研究チームの一員である末武信宏医師のもとに、著名な大学医学部教授から、生まれ変わりの科学的研究史上のすばらしい成果である、という賞賛の感想が届いたという報告がありました。
(その43につづく)
2013年12月25日水曜日
SAM前世療法の成立 その41
総括 その2 「タエの事例」と超ESP仮説
良好な催眠状態に導き、潜在意識をどんどん深め、年齢退行によって子宮にまで戻したその先に、現世に影響をもたらしている前世の記憶とおぼしきものが想起される。
そうした想起によって、現世の不都合な症状が解消されていくという事例が積み重なるにつれて、私には語られる前世の記憶とおぼしきものの真偽を突き止めたいという探求心が徐々に芽生えてきました。
そして、「前世療法」を謳うからには、「前世」存在の有無について自分なりの見解を持って療法に取り組むべきであろうと思うようになりました。
こうして、語られた前世の真偽の検証可能な事例との出会いを待つこと四年目にして、ついに「タエの事例」との出会いが起こりました。2005年6月のことです。
「タエの事例」とは、約230年前の天明3年(1783年)7月に起きた浅間山大噴火で、群馬県を流れる吾妻川が火砕流で堰き止められ、それが決壊して泥流の大洪水が起きた折り、村を守る人柱となった渋川村上郷(かみのごう)(現渋川市上郷(かみごう))の16歳の少女タエの前世人格が現れたというものです。
タエによって語られた、年号・月日・地名・浅間山大噴火の様子などは、いずれも史実との照合が可能な具体的内容であるという希有の事例でした。
私は、勇躍して、語り内容の検証のため渋川市教育委員会の協力を仰ぎ、渋川市の現地調査に出かけました。
その検証結果は8割以上の一致率を示し、残り2割も検証不能というだけで、はっきりと誤りだと認められるものはない、という結論をもたらしました。
ただし、タエ自身の実在を示す文書等の証拠は発見できませんでした。
しかし、この検証結果即、生まれ変わり(前世の存在)の証拠となるわけではありません。
この語り内容の正確な情報が通常の方法で入手されたものではないという証明のためには、いくつかの説明仮説を検討しなければなりません。このことは「ラタラジューの事例」にも関わってくることですので、ここで検討すべき仮説の概要を述べておきます。
説明仮説その1は、「意図的作話仮説」です。
これはクライアント里沙さん(仮名)が、事前にタエに関わる諸情報を入手し、これをもとにタエという前世の架空の作り話を意図的に語ったとする仮説です。
説明仮説その2は「潜在記憶仮説」です。
これは里沙さんの通常の意識にはのぼらないタエに関わる潜在的な諸記憶があり、それを組み合わせて架空のタエの作り話を無意識的に語ったとする仮説です。
説明仮説その3は「遺伝子記憶仮説」です。
これは遺伝子の中にタエの記憶が保存されており、それによって語られたのではないかと考える仮説です。
説明仮説その4は「超ESP仮説」です。
ESPとは透視・テレパシーなの超能力のことで、これに「超」が付くと、「万能の超能力」を意味します。
つまり、里沙さんが万能の超能力を用いて、タエに関わるあらゆる情報を入手し、その情報を組み合わせて架空のタエの物語を語ったのだ、とする仮説です。
説明仮説その5は「憑依仮説」です。
これはタエを名乗る憑依霊が里沙さんに憑依してタエの人生を語ったのだ、とする仮説です。
最後の説明仮説その6が「生まれ変わり仮説」です。
これは文字どおりタエという前世が実在し、その前世の記憶が現れて、その人生を語ったとする仮説です。
私は「生まれ変わり仮説」以外に考えられる五つの仮説を詳細に検討した結果、これら五つの仮説は棄却できると判断しました。
そして、「生まれ変わり仮説」こそ、「タエの事例」をもっとも妥当に説明できる、と結論しました。
こうして、「タエの事例」を、生まれ変わりを濃厚に示す事例として、2006年5月『前世療法の探究』の中に収載し、世問うことにしたのです。
これが2006年10月、フジTV番組「奇跡体験アンビバボー」が取り上げ、セッションの記録映像と合わせて25分余り放映がされて、大きな反響を呼ぶことになりました。
放映当初、「タエの事例」は前世の存在を示してしているはずだ、という大きな自信に満ちていましたが、やがてその自信はだんだんと揺らいでくるようになりました。
それは「超ESP仮説」を完全に打破することが不可能であったからです。
この「超ESP仮説」を完全に打破しない限り、超心理学上では前世の存在を証明したことにはなりません。
通常の状態で、里沙さんが超能力を発揮した事実がないからと言って、催眠中にも絶対発揮されなかったという証明にはならないからです。
事実、海外では、普段には現れない超能力が、催眠中に突如現れたという事例があるのです。
同様に里沙さんにも、そういうことが起きていた可能性を排除できません。
「超ESP仮説」を適用される限り、「タエの事例」は前世の存在と生まれ変わりの科学的証拠として不完全だという思いが膨らんでいったのです。
また、「前世の記憶」の所在を「脳内」であるとする前提は、解決できない大きな矛盾をはらんでいます。
死とともに脳は滅び、当然脳内の記憶も滅ぶはずです。
脳内の現世の記憶や個性や人格が、来世に引き継がれる(死後存続する)道理がありません。
したがって、想起された前世の記憶は、フィクション以外のなにものでもない、という論理的帰結を免れることができないことになります。
こうして、私の探究は、「超ESP仮説」を打破できる、より完全な事例発見へと向かうことになったのでした。
そうした事例こそ、「応答型真性異言」にほかなりません。
技能である会話ができるためには練習が必要です。
いかなる情報も入手可能な万能の超能力でも、練習が不可欠な技能までは獲得できないのです。
したがって、途方もない超能力者でも、超能力によって学んでいないはずの外国語で会話できることはあり得ません。
学んでいないはずの外国語で突然会話できたとしたら、それは、前世で学んでいたとしか説明ができないことです。
「超ESP仮説」の適用を排除できる「応答型真性異言」こそ前世の証明であり、これを何としても発見したい、これが、生まれ変わりの実証を探究する私の、追い求めるべき次のターゲットとして定められることになりました。
しかし、世界中を駆け回り、20年かけてやっと3例の応答型真性異言をイアン・スティーヴンソンは発見しています。
たやすく応答型真性異言に出会うことはできない相談でした。
「タエの事例」以後4年間で、伝説のムー大陸の異言らしきもの、古代アッシリア語らしき異言など、検証にかけられないものがわずかに現れただけでした。
そして、立ちはだかっているもう一つの大きな壁は、「前世の記憶」という考え方のはらむ矛盾を、いかにして解決するかという難題でした。
タエの語りは、被験者里沙さんの前世の記憶の語りであるのか、それともタエという前世の人格の顕現化であるのか。
もし、前世人格の顕現化であるとすれば、そのような前世人格の所在が脳内であるはずがない、いったいどこにタエという前世人格は所在しているのか。
(その42へつづく)
良好な催眠状態に導き、潜在意識をどんどん深め、年齢退行によって子宮にまで戻したその先に、現世に影響をもたらしている前世の記憶とおぼしきものが想起される。
そうした想起によって、現世の不都合な症状が解消されていくという事例が積み重なるにつれて、私には語られる前世の記憶とおぼしきものの真偽を突き止めたいという探求心が徐々に芽生えてきました。
そして、「前世療法」を謳うからには、「前世」存在の有無について自分なりの見解を持って療法に取り組むべきであろうと思うようになりました。
こうして、語られた前世の真偽の検証可能な事例との出会いを待つこと四年目にして、ついに「タエの事例」との出会いが起こりました。2005年6月のことです。
「タエの事例」とは、約230年前の天明3年(1783年)7月に起きた浅間山大噴火で、群馬県を流れる吾妻川が火砕流で堰き止められ、それが決壊して泥流の大洪水が起きた折り、村を守る人柱となった渋川村上郷(かみのごう)(現渋川市上郷(かみごう))の16歳の少女タエの前世人格が現れたというものです。
タエによって語られた、年号・月日・地名・浅間山大噴火の様子などは、いずれも史実との照合が可能な具体的内容であるという希有の事例でした。
私は、勇躍して、語り内容の検証のため渋川市教育委員会の協力を仰ぎ、渋川市の現地調査に出かけました。
その検証結果は8割以上の一致率を示し、残り2割も検証不能というだけで、はっきりと誤りだと認められるものはない、という結論をもたらしました。
ただし、タエ自身の実在を示す文書等の証拠は発見できませんでした。
しかし、この検証結果即、生まれ変わり(前世の存在)の証拠となるわけではありません。
この語り内容の正確な情報が通常の方法で入手されたものではないという証明のためには、いくつかの説明仮説を検討しなければなりません。このことは「ラタラジューの事例」にも関わってくることですので、ここで検討すべき仮説の概要を述べておきます。
説明仮説その1は、「意図的作話仮説」です。
これはクライアント里沙さん(仮名)が、事前にタエに関わる諸情報を入手し、これをもとにタエという前世の架空の作り話を意図的に語ったとする仮説です。
説明仮説その2は「潜在記憶仮説」です。
これは里沙さんの通常の意識にはのぼらないタエに関わる潜在的な諸記憶があり、それを組み合わせて架空のタエの作り話を無意識的に語ったとする仮説です。
説明仮説その3は「遺伝子記憶仮説」です。
これは遺伝子の中にタエの記憶が保存されており、それによって語られたのではないかと考える仮説です。
説明仮説その4は「超ESP仮説」です。
ESPとは透視・テレパシーなの超能力のことで、これに「超」が付くと、「万能の超能力」を意味します。
つまり、里沙さんが万能の超能力を用いて、タエに関わるあらゆる情報を入手し、その情報を組み合わせて架空のタエの物語を語ったのだ、とする仮説です。
説明仮説その5は「憑依仮説」です。
これはタエを名乗る憑依霊が里沙さんに憑依してタエの人生を語ったのだ、とする仮説です。
最後の説明仮説その6が「生まれ変わり仮説」です。
これは文字どおりタエという前世が実在し、その前世の記憶が現れて、その人生を語ったとする仮説です。
私は「生まれ変わり仮説」以外に考えられる五つの仮説を詳細に検討した結果、これら五つの仮説は棄却できると判断しました。
そして、「生まれ変わり仮説」こそ、「タエの事例」をもっとも妥当に説明できる、と結論しました。
こうして、「タエの事例」を、生まれ変わりを濃厚に示す事例として、2006年5月『前世療法の探究』の中に収載し、世問うことにしたのです。
これが2006年10月、フジTV番組「奇跡体験アンビバボー」が取り上げ、セッションの記録映像と合わせて25分余り放映がされて、大きな反響を呼ぶことになりました。
放映当初、「タエの事例」は前世の存在を示してしているはずだ、という大きな自信に満ちていましたが、やがてその自信はだんだんと揺らいでくるようになりました。
それは「超ESP仮説」を完全に打破することが不可能であったからです。
この「超ESP仮説」を完全に打破しない限り、超心理学上では前世の存在を証明したことにはなりません。
通常の状態で、里沙さんが超能力を発揮した事実がないからと言って、催眠中にも絶対発揮されなかったという証明にはならないからです。
事実、海外では、普段には現れない超能力が、催眠中に突如現れたという事例があるのです。
同様に里沙さんにも、そういうことが起きていた可能性を排除できません。
「超ESP仮説」を適用される限り、「タエの事例」は前世の存在と生まれ変わりの科学的証拠として不完全だという思いが膨らんでいったのです。
また、「前世の記憶」の所在を「脳内」であるとする前提は、解決できない大きな矛盾をはらんでいます。
死とともに脳は滅び、当然脳内の記憶も滅ぶはずです。
脳内の現世の記憶や個性や人格が、来世に引き継がれる(死後存続する)道理がありません。
したがって、想起された前世の記憶は、フィクション以外のなにものでもない、という論理的帰結を免れることができないことになります。
こうして、私の探究は、「超ESP仮説」を打破できる、より完全な事例発見へと向かうことになったのでした。
そうした事例こそ、「応答型真性異言」にほかなりません。
技能である会話ができるためには練習が必要です。
いかなる情報も入手可能な万能の超能力でも、練習が不可欠な技能までは獲得できないのです。
したがって、途方もない超能力者でも、超能力によって学んでいないはずの外国語で会話できることはあり得ません。
学んでいないはずの外国語で突然会話できたとしたら、それは、前世で学んでいたとしか説明ができないことです。
「超ESP仮説」の適用を排除できる「応答型真性異言」こそ前世の証明であり、これを何としても発見したい、これが、生まれ変わりの実証を探究する私の、追い求めるべき次のターゲットとして定められることになりました。
しかし、世界中を駆け回り、20年かけてやっと3例の応答型真性異言をイアン・スティーヴンソンは発見しています。
たやすく応答型真性異言に出会うことはできない相談でした。
「タエの事例」以後4年間で、伝説のムー大陸の異言らしきもの、古代アッシリア語らしき異言など、検証にかけられないものがわずかに現れただけでした。
そして、立ちはだかっているもう一つの大きな壁は、「前世の記憶」という考え方のはらむ矛盾を、いかにして解決するかという難題でした。
タエの語りは、被験者里沙さんの前世の記憶の語りであるのか、それともタエという前世の人格の顕現化であるのか。
もし、前世人格の顕現化であるとすれば、そのような前世人格の所在が脳内であるはずがない、いったいどこにタエという前世人格は所在しているのか。
(その42へつづく)
2013年12月22日日曜日
SAM前世療法の成立 その40
総括 その1 教育催眠研究から前世療法研究へ
私と催眠との出会いは、小学生期にまで遡ります。
祖父に催眠の心得があり、離れの和室に訪ねてくる人に施療していた姿をしばしば見て育ちました。
祖父は、名古屋市の裕福な和楽器問屋の長男として育ち、若いときから風流な趣味人として生きてきた人でした。
八卦、姓名判断、手相・人相、華道、茶道、催眠とそれぞれ免許を持ち、晴れの日は農作業、雨の日は注文を受けた鍬やツルハシの柄を樫材を削って作る毎日を送っていました。
夜は、お茶と生け花の師匠をし、依頼があれば催眠治療をするという生活でした。
今で言うボランティアで、依頼に応じては施療していたようです。
祖父の催眠技能がどれほどであったかは小学生の私が知る由もありませんが、車酔い・吃音・悪癖で悩む大人・子どもの訪問者が結構ありましたから、ある程度の腕前はあったのでしょう。
当時小学生だった妹が祖父に車酔いを治してもらったと自慢していたのを聞いて、催眠術なんてインチキくさいよ、とからかったことを覚えています。
やがて中学校教員になった私は、学級の子どもたちの車酔いや、学習指導に催眠を活用できないかと考えて,祖父に催眠の伝授を頼んでみました。
明治生まれの頑固な祖父は、「おんしは、人間がまだできておらんから断る」と素っ気ない返事でした。
それでも、85歳を過ぎて寝込むと、私を枕元に呼び、「あの本棚に催眠の秘伝書が二冊ある。おんしに譲る。催眠術は自得するものである。精進せよ」と遺言を残して逝きました。
私が29歳のときでした。
催眠の本格的研究に取り組んだのは、35歳のときに上越教育大学大学院修士課程へ現職教員の身分で研修派遣され、二年間学んだときのことでした。
A・Hマズローの自己実現論の研究に取り組み、その研究過程で、マズローがその人間観に反発・批判したフロイトに触れることになりました。
フロイトの精神分析理論の根幹である「無意識」の発見の端緒が、催眠にあったことを知り、ここから催眠理論と誘導実技の本格的研究に取り組むことになっていきました。
垣間見られる潜在意識(無意識)の謎の深淵は、催眠研究をライフワークとして取り組ませるだけの大きな魅力に満ちた世界でした。
その後、37歳で中学校の教育現場に戻った私は、岐阜県教育センター研修主事として催眠療法の研究歴を持つ大澤功校長(故人)に仕え、大澤校長のスーパーバイズとバックアップを受けて、当時岐阜県ではまったく先行研究のなかった、学校での教育相談の一環として教育催眠の研究に傾倒していくことになりました。
同時に、日本教育催眠学会へ入会し、学会発表を通しながら、自らの教育催眠の理論と実践の研鑽を積み重ねました。
この学会に所属した縁で、学会の生みの親であり、日本の催眠学の泰斗、九州大学名誉教授成瀬悟策医学博士のスーパーバイズを受けるという幸運に恵まれることになりました。
やがて、児童生徒への教育催眠の実績を聞いて、親や、知人からの催眠療法の依頼が舞い込むようになり、大人への催眠療法にも守備範囲を広げていくことになりました。
大人への催眠療法も手がけていく中で、それまで学んだ催眠技法では歯の立たない19歳女性のリストカットの事例に出会いました。2002年のことでした。
この事例で、最後の手段として私がが初めて用いたのが、当時一世を風靡していたワイス式前世療法です。
それまで、科学としての催眠療法を標榜し、唯物論科学を信奉していた私にとって、いまだ立証されてもいない「前世」をかぶせた「前世療法」は、心理学として位置付いた催眠療法を、再び非科学的なニュアンスの濃厚な催眠療法へと逆行させる、目障りで怪しげな療法でした。
また、それまでの教育催眠にはまったく用いる必要のないものでした。
こうして初めておこなった前世療法は、予想に反して意外な著効をもたらしました。
クライアントの女性が、前世の影響からリストカットに陥っていた気づきを得たことで、それまで執拗に繰り返され、しかもその間の記憶がないというリストカットが改善に向かうという、まことに不思議な成果を挙げることができたのです。
この最初の前世療法の事例は、その3年後に出会うことになる「タエの事例」の前駆的事例となりました。
私の抱いていた前世療法への反発は影をひそめ、試す機会を得ては前世療法を用い、その改善効果を検証することへと研究を傾注することになっていったのです。
(その41に続く)
私と催眠との出会いは、小学生期にまで遡ります。
祖父に催眠の心得があり、離れの和室に訪ねてくる人に施療していた姿をしばしば見て育ちました。
祖父は、名古屋市の裕福な和楽器問屋の長男として育ち、若いときから風流な趣味人として生きてきた人でした。
八卦、姓名判断、手相・人相、華道、茶道、催眠とそれぞれ免許を持ち、晴れの日は農作業、雨の日は注文を受けた鍬やツルハシの柄を樫材を削って作る毎日を送っていました。
夜は、お茶と生け花の師匠をし、依頼があれば催眠治療をするという生活でした。
今で言うボランティアで、依頼に応じては施療していたようです。
祖父の催眠技能がどれほどであったかは小学生の私が知る由もありませんが、車酔い・吃音・悪癖で悩む大人・子どもの訪問者が結構ありましたから、ある程度の腕前はあったのでしょう。
当時小学生だった妹が祖父に車酔いを治してもらったと自慢していたのを聞いて、催眠術なんてインチキくさいよ、とからかったことを覚えています。
やがて中学校教員になった私は、学級の子どもたちの車酔いや、学習指導に催眠を活用できないかと考えて,祖父に催眠の伝授を頼んでみました。
明治生まれの頑固な祖父は、「おんしは、人間がまだできておらんから断る」と素っ気ない返事でした。
それでも、85歳を過ぎて寝込むと、私を枕元に呼び、「あの本棚に催眠の秘伝書が二冊ある。おんしに譲る。催眠術は自得するものである。精進せよ」と遺言を残して逝きました。
私が29歳のときでした。
催眠の本格的研究に取り組んだのは、35歳のときに上越教育大学大学院修士課程へ現職教員の身分で研修派遣され、二年間学んだときのことでした。
A・Hマズローの自己実現論の研究に取り組み、その研究過程で、マズローがその人間観に反発・批判したフロイトに触れることになりました。
フロイトの精神分析理論の根幹である「無意識」の発見の端緒が、催眠にあったことを知り、ここから催眠理論と誘導実技の本格的研究に取り組むことになっていきました。
垣間見られる潜在意識(無意識)の謎の深淵は、催眠研究をライフワークとして取り組ませるだけの大きな魅力に満ちた世界でした。
その後、37歳で中学校の教育現場に戻った私は、岐阜県教育センター研修主事として催眠療法の研究歴を持つ大澤功校長(故人)に仕え、大澤校長のスーパーバイズとバックアップを受けて、当時岐阜県ではまったく先行研究のなかった、学校での教育相談の一環として教育催眠の研究に傾倒していくことになりました。
同時に、日本教育催眠学会へ入会し、学会発表を通しながら、自らの教育催眠の理論と実践の研鑽を積み重ねました。
この学会に所属した縁で、学会の生みの親であり、日本の催眠学の泰斗、九州大学名誉教授成瀬悟策医学博士のスーパーバイズを受けるという幸運に恵まれることになりました。
やがて、児童生徒への教育催眠の実績を聞いて、親や、知人からの催眠療法の依頼が舞い込むようになり、大人への催眠療法にも守備範囲を広げていくことになりました。
大人への催眠療法も手がけていく中で、それまで学んだ催眠技法では歯の立たない19歳女性のリストカットの事例に出会いました。2002年のことでした。
この事例で、最後の手段として私がが初めて用いたのが、当時一世を風靡していたワイス式前世療法です。
それまで、科学としての催眠療法を標榜し、唯物論科学を信奉していた私にとって、いまだ立証されてもいない「前世」をかぶせた「前世療法」は、心理学として位置付いた催眠療法を、再び非科学的なニュアンスの濃厚な催眠療法へと逆行させる、目障りで怪しげな療法でした。
また、それまでの教育催眠にはまったく用いる必要のないものでした。
こうして初めておこなった前世療法は、予想に反して意外な著効をもたらしました。
クライアントの女性が、前世の影響からリストカットに陥っていた気づきを得たことで、それまで執拗に繰り返され、しかもその間の記憶がないというリストカットが改善に向かうという、まことに不思議な成果を挙げることができたのです。
この最初の前世療法の事例は、その3年後に出会うことになる「タエの事例」の前駆的事例となりました。
私の抱いていた前世療法への反発は影をひそめ、試す機会を得ては前世療法を用い、その改善効果を検証することへと研究を傾注することになっていったのです。
(その41に続く)
2013年12月13日金曜日
SAM前世療法の成立 その39
SAM前世療法の成立の作業仮説を得た過程と、その考え方ついて、延々と述べてきました。
今回からは、SAM前世療法についての総括です。
総括に入る前に、SAM前世療法によって「魂の自覚状態」に至ったクライアントの特異な事例について紹介したいと思います。
この65歳の男性クライアントは、ある宗教団体の指導的立場においでになる方でした。
人品骨柄卑しからず、という表現がぴったりの落ち着きのある穏やかな紳士でした。
以下は、クライアントが送付してくださった体験報告です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は教団の中で、指導的な立場を与えていただいております。
教団には定年制はありませんが、今、私が教会長をつとめている教会の会長職を倅に譲ろうと準備を進めているところです。
これまで何十年と霊的真理については研究を重ねてきて、その過程で、どうしても実証的な体験をしなければ、人に確信をもって言うことができない、と思うようになりまして、今年に入った頃から、私に前世体験をさせてくれそうな人を探しておりました。
飯田先生のことは、「生きがいの創造」を出版なさる前からネットで知っており、先生にメールでお願いして、あの本のもとになった論文も頂きました。
そのご縁から、門真市の奥山先生も知りまして、色々下調べをしてみましたが、お二人とも施術者としては優秀ですが、死後の霊魂の存続については、個人的には信じておられるようですが、公式には態度保留というお立場にみえます。
前世があるかないか分からないが、一定の治療効果があるから、たとえ見えたものが無意識の作り出したビジョンでもいいではないか、という見解のようです。
私の求めているのは、治療ではなくて「霊的真理」のみですから、(と申しますのは、教団では、一定の信仰信念に達しますと、いわば「ヒーリング能力」を付与される制度があります。
私には、宗教的なヒーリング能力がすでにありますから、治療には興味も必要もないのです。
どこかにどなたかいらっしゃらないかなあ、とネットサーフィンしていて、偶然先生のことを知りました。
あらゆるサイトを探して、先生のことはあらかた分かりました。
教師をなさっておられた頃のことや、近年の「タエの事例」や「ラタラジューの事例」と、その後の経過も逐一調べました。
この先生に会いに行かなければならない!と心に決めて先生にセッションの事前予約を承諾して頂いた後、その旨を家族に相談しました。が、猛烈な反対にあいました。
家内は一定の理解を示してくれましたが、二人の息子が強硬に反対するのです。
長男は教会長後継者ですので、「今、おやじがオカルト的な行動をすると、教団に知れたらどんな処分を受けるかわからん。
どうしてもやるのなら、完全に退職してからやってくれ」というのが彼の意見です。
次男は学者ですが、「行くのはいいが、いきなりセッションを受けるのはやめて、まずはその方と会ってみてはどうか?世間には色々いかがわしい輩もいて前世体験などと言って金品を巻き上げる事例も多いから。おやじなら、一度会えばその人物が本物かどうか見分けがつくだろうから」という意見です。
私は悩みました。倅たちの意見は至極尤もです。
私が強行する理由はありません。
ところが、心はどうしてもすぐにでもセッションを受けたいとはやるのです。
色々考えた挙句、長男の意見に従うことにしました。
先生にも申し上げたように私はPCのエキスパートです。
ちょうどその頃に、長女が自宅のPCの無線LANを組んでほしいと言ってきまして、そのために普段私が使っているノートPCを持って行きました。
無線LANはすぐに構築できまして、時間がありましたから、そうだ、稲垣先生に延期をお願いしようと、上記の理由を詳細に書いて、来年の11月3日のあとにセッションを受けたい旨のメールを送信しました。
ところが、受信サーバは反応するのですが、送信サーバが反応しません。
何度やっても同じです。
他人からPCのメンテナンスを依頼された場合は、設定を色々いじってなんとか直します。
そのときも送信できるようにする自信はあったのですが、無理はやめようと思いました。
これは、何かのメッセージに違いない。
延期をお願いするメールが送信できないのは、早急に行けという意味ではなかろうか。
よし、直観に従おうと決めました。
但し、倅が心配するだろうから、家内には本当のことを打ち明けて、倅には内緒でいくことにしました。
もちろん、どんなことを経験しようが、来るべき時がくるまでは倅には内緒にしておくつもりでした。
セッション当日の朝、不思議と心は穏やかでした。生まれて初めての経験、それも唯物論ではありえないことに遭遇しつつあるのですから、極度の期待と緊張があるはずなのに、まるで日常のルーティン・ワークをこなしているような平静な自分に驚きました。
自分は行くべくして行っているなあ、となかば可笑しいように自分を観察していました。
駅を降りて、お会いする前に、ご自宅周辺を30分ほど散策しました。
デジャブは感じませんでしたが、とても懐かしい気がしました。
それから、呼び鈴を押しました。
お会いして、私より先生の方が少し緊張なさっている印象を受けました。
あとは先生御承知の通りです。(中略)
1・壁を通して聞こえてくる戸外の雑音(特にトラックの通過する爆音)が気になった。
2・左側頭部で圧迫痛がした(左耳朶が特に痛い)。セッションを終えて数分で痛みはなくなった。
3.浄霊後の催眠での、守護霊の応答について。
(特に左手人差し指の動きについて。)
あの時、私の意思を離れて、勝手に指が動きましたが、あの時の指は単なる指ではなくて、指に宿った“無意識さん”の“顔ないしは頭部”になっていたのではないでしょうか?
指の動きは「上下」だけではなくて、「左右」にも動いていた記憶があります。
私は自分の指の動きを感知できました。
誘導の最初の頃は、指は単なる「イエス、ノー」の意味で「上下」運動をしていましたが、守護霊が現れてからは、指が霊体の頭となって「首から上」の動作をしていたように感じました。
守護霊は前世の誰かと交代することを「受諾した」のではなく、「ためらいがちに、首を左右に振った」という
感じを受けました。
指は質問に応じて色々な反応をしました。
単なる上下運動だけじゃなくて、一見あいまいな動きもしましたが、それは、指が「首から上」の動きを表していたからのように感じました。
守護霊の意思表示は「それはしてやりたいが、することを許されていないんだ」ということを指と言う「全身」で「いやいやと首を左右に振って」表現しているように感じました。
指が勝手に動くだけで、指の「意思」は私には伝わっておりません。
ただ、「神様の降臨」の時は、それ以外の時とは全く違いました。
降臨の直前に私の意識が一瞬消えて、気が付いたら指が化身となって「昂然と屹立している」と言う感じでした。
しかも指が立つ、というより、何かの力に引っ張られて指が上を指している、という感じでした。
指自体は完全に脱力していました。
帰宅してから、同じ動作を試みましたが、自力ではあんなに直立はできませんでした。
4、セッションの最後に呼び戻される過程で、魂状態では、下半身が霊体化しているのを感じました。
現実には椅子に深くかけて、腰も膝も曲がっているはずなのに、下半身をまっすぐ伸ばして頭と同じ高さで水平に宙に浮かんでいる感じがしました。
そして霊体の足は、現実の足よりはるかに力に満ちていました。
5、未浄化霊については心当たりがあります。
私と血縁はないのですが、家内の妹で32年前に20代で死亡したものがおります。
結婚後一年程で男児を出産しましたが、生後五日目に赤ん坊が死にました。
医師によれば、生まれつき複数の代謝異常があって生きられなかったそうです。
本人もその数カ月後に腎臓病で死亡しました。
その後、教団では、神道に倣って、死後に一年祭、五年祭、十年祭、二十年祭、十年ごとに慰霊の年祭をしますが、婚家がしましたので、たぶん形式的で、慰霊にはなっていなかったのでしょう。
夫はすぐに再婚しました。
浮かばれない気持ちは分かりますが、何故血族の家内に憑依せずに私に憑依したのかが分かりません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「魂状態の自覚」に至ると、きわめてまれですが、「神を名乗る存在」が降臨することが起きます。
この男性クライアントの場合がそうでした。
この降臨した神を名乗る存在の真偽は、もちろん検証不可能です。
ただし、
「神様の降臨の時は、それ以外の時とは全く違いました。降臨の直前に私の意識が一瞬消えて、気が付いたら指が化身となって昂然と屹立していると言う感じでした。しかも指が立つ、というより、何かの力に引っ張られて指が上を指している、という感じでした。指自体は完全に脱力していました。帰宅してから、同じ動作を試みましたが、自力ではあんなに直立はできませんでした」
と報告されているような超常的な現象が起きたことは誇張ではなく事実です。
私の観察でも、「あなたは神という存在でいらっしゃいますか」という私の問いに、クライアントの左人差し指は、ほぼ90度の角度で屹立し、指関節の可動域では考えられないあまりの異常さに鳥肌が立ったことがはっきりと記憶に残っています。
こうした事実から、クライアントの願望が投影された、「神」の役割演技であると考えることには無理があるように思われます。
堅固な信仰と優れた霊的感性をもつクライアントの、「霊的真理を実証体験したい」という切実な願いに、「神」が感応されたのではないかと私には思われました。
未浄化霊が、血縁者でなくても親戚関係にある霊感のある者に憑依することは起こるようです。
このセッションでは、クライアントが、「もし縁者の中に未浄化霊として苦しんでいる霊がいれば、浄霊してやって功徳を積みたい」という要望でおこなった憑依実験です。
こうした霊的超常現象が起こるのは、クライアントにすぐれた霊媒体質があることが条件です。
(その40につづく)
今回からは、SAM前世療法についての総括です。
総括に入る前に、SAM前世療法によって「魂の自覚状態」に至ったクライアントの特異な事例について紹介したいと思います。
この65歳の男性クライアントは、ある宗教団体の指導的立場においでになる方でした。
人品骨柄卑しからず、という表現がぴったりの落ち着きのある穏やかな紳士でした。
以下は、クライアントが送付してくださった体験報告です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は教団の中で、指導的な立場を与えていただいております。
教団には定年制はありませんが、今、私が教会長をつとめている教会の会長職を倅に譲ろうと準備を進めているところです。
これまで何十年と霊的真理については研究を重ねてきて、その過程で、どうしても実証的な体験をしなければ、人に確信をもって言うことができない、と思うようになりまして、今年に入った頃から、私に前世体験をさせてくれそうな人を探しておりました。
飯田先生のことは、「生きがいの創造」を出版なさる前からネットで知っており、先生にメールでお願いして、あの本のもとになった論文も頂きました。
そのご縁から、門真市の奥山先生も知りまして、色々下調べをしてみましたが、お二人とも施術者としては優秀ですが、死後の霊魂の存続については、個人的には信じておられるようですが、公式には態度保留というお立場にみえます。
前世があるかないか分からないが、一定の治療効果があるから、たとえ見えたものが無意識の作り出したビジョンでもいいではないか、という見解のようです。
私の求めているのは、治療ではなくて「霊的真理」のみですから、(と申しますのは、教団では、一定の信仰信念に達しますと、いわば「ヒーリング能力」を付与される制度があります。
私には、宗教的なヒーリング能力がすでにありますから、治療には興味も必要もないのです。
どこかにどなたかいらっしゃらないかなあ、とネットサーフィンしていて、偶然先生のことを知りました。
あらゆるサイトを探して、先生のことはあらかた分かりました。
教師をなさっておられた頃のことや、近年の「タエの事例」や「ラタラジューの事例」と、その後の経過も逐一調べました。
この先生に会いに行かなければならない!と心に決めて先生にセッションの事前予約を承諾して頂いた後、その旨を家族に相談しました。が、猛烈な反対にあいました。
家内は一定の理解を示してくれましたが、二人の息子が強硬に反対するのです。
長男は教会長後継者ですので、「今、おやじがオカルト的な行動をすると、教団に知れたらどんな処分を受けるかわからん。
どうしてもやるのなら、完全に退職してからやってくれ」というのが彼の意見です。
次男は学者ですが、「行くのはいいが、いきなりセッションを受けるのはやめて、まずはその方と会ってみてはどうか?世間には色々いかがわしい輩もいて前世体験などと言って金品を巻き上げる事例も多いから。おやじなら、一度会えばその人物が本物かどうか見分けがつくだろうから」という意見です。
私は悩みました。倅たちの意見は至極尤もです。
私が強行する理由はありません。
ところが、心はどうしてもすぐにでもセッションを受けたいとはやるのです。
色々考えた挙句、長男の意見に従うことにしました。
先生にも申し上げたように私はPCのエキスパートです。
ちょうどその頃に、長女が自宅のPCの無線LANを組んでほしいと言ってきまして、そのために普段私が使っているノートPCを持って行きました。
無線LANはすぐに構築できまして、時間がありましたから、そうだ、稲垣先生に延期をお願いしようと、上記の理由を詳細に書いて、来年の11月3日のあとにセッションを受けたい旨のメールを送信しました。
ところが、受信サーバは反応するのですが、送信サーバが反応しません。
何度やっても同じです。
他人からPCのメンテナンスを依頼された場合は、設定を色々いじってなんとか直します。
そのときも送信できるようにする自信はあったのですが、無理はやめようと思いました。
これは、何かのメッセージに違いない。
延期をお願いするメールが送信できないのは、早急に行けという意味ではなかろうか。
よし、直観に従おうと決めました。
但し、倅が心配するだろうから、家内には本当のことを打ち明けて、倅には内緒でいくことにしました。
もちろん、どんなことを経験しようが、来るべき時がくるまでは倅には内緒にしておくつもりでした。
セッション当日の朝、不思議と心は穏やかでした。生まれて初めての経験、それも唯物論ではありえないことに遭遇しつつあるのですから、極度の期待と緊張があるはずなのに、まるで日常のルーティン・ワークをこなしているような平静な自分に驚きました。
自分は行くべくして行っているなあ、となかば可笑しいように自分を観察していました。
駅を降りて、お会いする前に、ご自宅周辺を30分ほど散策しました。
デジャブは感じませんでしたが、とても懐かしい気がしました。
それから、呼び鈴を押しました。
お会いして、私より先生の方が少し緊張なさっている印象を受けました。
あとは先生御承知の通りです。(中略)
1・壁を通して聞こえてくる戸外の雑音(特にトラックの通過する爆音)が気になった。
2・左側頭部で圧迫痛がした(左耳朶が特に痛い)。セッションを終えて数分で痛みはなくなった。
3.浄霊後の催眠での、守護霊の応答について。
(特に左手人差し指の動きについて。)
あの時、私の意思を離れて、勝手に指が動きましたが、あの時の指は単なる指ではなくて、指に宿った“無意識さん”の“顔ないしは頭部”になっていたのではないでしょうか?
指の動きは「上下」だけではなくて、「左右」にも動いていた記憶があります。
私は自分の指の動きを感知できました。
誘導の最初の頃は、指は単なる「イエス、ノー」の意味で「上下」運動をしていましたが、守護霊が現れてからは、指が霊体の頭となって「首から上」の動作をしていたように感じました。
守護霊は前世の誰かと交代することを「受諾した」のではなく、「ためらいがちに、首を左右に振った」という
感じを受けました。
指は質問に応じて色々な反応をしました。
単なる上下運動だけじゃなくて、一見あいまいな動きもしましたが、それは、指が「首から上」の動きを表していたからのように感じました。
守護霊の意思表示は「それはしてやりたいが、することを許されていないんだ」ということを指と言う「全身」で「いやいやと首を左右に振って」表現しているように感じました。
指が勝手に動くだけで、指の「意思」は私には伝わっておりません。
ただ、「神様の降臨」の時は、それ以外の時とは全く違いました。
降臨の直前に私の意識が一瞬消えて、気が付いたら指が化身となって「昂然と屹立している」と言う感じでした。
しかも指が立つ、というより、何かの力に引っ張られて指が上を指している、という感じでした。
指自体は完全に脱力していました。
帰宅してから、同じ動作を試みましたが、自力ではあんなに直立はできませんでした。
4、セッションの最後に呼び戻される過程で、魂状態では、下半身が霊体化しているのを感じました。
現実には椅子に深くかけて、腰も膝も曲がっているはずなのに、下半身をまっすぐ伸ばして頭と同じ高さで水平に宙に浮かんでいる感じがしました。
そして霊体の足は、現実の足よりはるかに力に満ちていました。
5、未浄化霊については心当たりがあります。
私と血縁はないのですが、家内の妹で32年前に20代で死亡したものがおります。
結婚後一年程で男児を出産しましたが、生後五日目に赤ん坊が死にました。
医師によれば、生まれつき複数の代謝異常があって生きられなかったそうです。
本人もその数カ月後に腎臓病で死亡しました。
その後、教団では、神道に倣って、死後に一年祭、五年祭、十年祭、二十年祭、十年ごとに慰霊の年祭をしますが、婚家がしましたので、たぶん形式的で、慰霊にはなっていなかったのでしょう。
夫はすぐに再婚しました。
浮かばれない気持ちは分かりますが、何故血族の家内に憑依せずに私に憑依したのかが分かりません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「魂状態の自覚」に至ると、きわめてまれですが、「神を名乗る存在」が降臨することが起きます。
この男性クライアントの場合がそうでした。
この降臨した神を名乗る存在の真偽は、もちろん検証不可能です。
ただし、
「神様の降臨の時は、それ以外の時とは全く違いました。降臨の直前に私の意識が一瞬消えて、気が付いたら指が化身となって昂然と屹立していると言う感じでした。しかも指が立つ、というより、何かの力に引っ張られて指が上を指している、という感じでした。指自体は完全に脱力していました。帰宅してから、同じ動作を試みましたが、自力ではあんなに直立はできませんでした」
と報告されているような超常的な現象が起きたことは誇張ではなく事実です。
私の観察でも、「あなたは神という存在でいらっしゃいますか」という私の問いに、クライアントの左人差し指は、ほぼ90度の角度で屹立し、指関節の可動域では考えられないあまりの異常さに鳥肌が立ったことがはっきりと記憶に残っています。
こうした事実から、クライアントの願望が投影された、「神」の役割演技であると考えることには無理があるように思われます。
堅固な信仰と優れた霊的感性をもつクライアントの、「霊的真理を実証体験したい」という切実な願いに、「神」が感応されたのではないかと私には思われました。
未浄化霊が、血縁者でなくても親戚関係にある霊感のある者に憑依することは起こるようです。
このセッションでは、クライアントが、「もし縁者の中に未浄化霊として苦しんでいる霊がいれば、浄霊してやって功徳を積みたい」という要望でおこなった憑依実験です。
こうした霊的超常現象が起こるのは、クライアントにすぐれた霊媒体質があることが条件です。
(その40につづく)
2013年12月2日月曜日
SAM前世療法の成立 その38
「魂遡行催眠」段階(魂の表層構造仮説に基づく解釈)
① 仮説としての体外離脱状態
知覚催眠段階をクリアできると、いよいよ魂の自覚状態にまで潜在意識に導かせることになります。
なぜなら、潜在意識は魂の表層(側面)のものたちが作り出してしているものであり、魂の状態とともにあると考えられるからです。
したがって、潜在意識を遡っていけば、魂状態に至るであろうということになります。
この魂状態の自覚へと遡行するために、潜在意識を肉体の任意の部分に宿らせ導かせる、という発想と技法は、ワイス式前世療法と一線を画すSAM独特のものであり、この技法は、霊体仮説に触発されて編み出した技法です。
「個人的意識(顕在意識・潜在意識)は霊体に存在している」という霊信が真実であるなら、潜在意識の座は脳ではなく全身を包む霊体がその座になります。
また、「霊体の色がオーラである」とも告げています。
オーラの見える人たちは、対象者の肉体の傷んでいる個所のオーラの色が黒ずんで見えると報告します。
実際に、肉体の不調個所を告知しないでオーラを見た場合、不調個所のオーラの黒ずみを指摘するという実験結果を得ています。
また、健康な肉体のオーラの色は澄んで輝いているとも報告します。
こうした実験結果から、オーラと肉体は相互反映関係にあると思われます。
つまり、オーラ(霊体)と肉体には共通する要素があるのではないかと推測できます。
私は、オーラ(霊体)は、肉体的(物質的)要素を包含していると考えています。
とすれば、霊体に宿っている潜在意識を、肉体のどの部分にでも移し替え、宿らせることが可能だということになります。
この発想から、肉体の任意の部分(たとえば指)に潜在意識を宿らせ、指の上下運動によって魂状態にまでの遡行を導かせるという技法を編み出したというわけです。
さて、私の用いていたワイス式前世療法では、知覚催眠段階の次には記憶催眠段階に深化させます。
つまり、現世の記憶を幼児期、さらには胎内まで遡り、さらにその先の前世の記憶へと遡行させるという技法を展開していきます。
かつて、ワイス式で前世療法をおこなっていたときには、記憶催眠段階をクリアできない場合は前世記憶への遡行ができないことがほぼ確定的でしたから、記憶催眠段階の確認が必要でした。
SAMでは、記憶催眠段階をクリアしたことを確認しません。
必要がないからです。
知覚催眠段階さえクリアできれば、魂の自覚状態へと遡行できることを臨床経験で検証できているからです。
さて、 魂の自覚状態とは、クライアントの報告の共通点を集約すると、およそ次の3点になるようです。
ただし、魂状態を体験をしたクライアントの中には、催眠性健忘による記憶の抑制が起こり、報告できない場合もあります。
しかし、報告できない場合でも、潜在意識を宿した指は、魂状態に至ったことを明確に回答しています。
ア 体重の感覚が消えている。あるいは、肉体が感じられない自覚になる。
イ 「わたし」と表現する以外にない、意識体そのものになった自覚がある。
ウ 「わたし」が、肉体からずれたり、空間に浮いている状態の感覚になる。
こうした魂状態の自覚について、私は一種の「体外離脱」状態が生じているのではないかという仮説を抱いています。
それは、近年数多くの「体外離脱体験」「臨死体験」として報告されている状態によく似ていると思われるからです。
体外離脱体験が脳内現象として起こる幻覚であるのか、意識体(魂)が肉体を離脱した体験であるのかは科学的決着がついているわけではありませんが、幻覚だと断定できない事例があることも事実のようです。
私の周辺にも睡眠中に体脱体験をしたと報告する人が複数います。
また、モンロー研究所の開発した人為的に体外離脱体験を起こさせる「ヘミシンク」の技術は、催眠誘導の技法にきわめて似ています。
左右の聴覚に周波数の異なる波の打ち寄せるような音を繰り返し聞かせ、「さあ、リラックスして心の扉を開きましょう」などのナレーションによって体脱状態に誘導するわけですが、これは催眠誘導の技法にきわめて類似していると言って過言ではないでしょう。
等作用被暗示性高進と呼ばれ、人は同じリズムの繰り返しによって催眠状態に入りやすいのです。
それに適切な言語暗示を加えればいっそう催眠状態が促進され深化されるのです。
私の技法では、呼吸法と体を揺らす運動を組み合わせて誘導しますが、それはこうした等作用被暗示性高進によって起こる生理的特性を意図的に用いたものです。
よく宗教などでは、太鼓・鉦などをリズミカルに打ち鳴らし、それに合わせて単純な経文を繰り返し唱えるなどの「お勤め」と呼ばれる儀式をおこないますが、その結果起きてくる「法悦」などの恍惚状態の境地(心理状態)も、まさしく同じリズムの繰り返しという等作用被暗示性高進による催眠状態の一つだと言って差し支えないと思います。
さて、ヘミシンクによって起こる体外離脱体験の真偽は明らかになっているわけではありませんが、ヘミシンクによって体外離脱状態の意識現象が起こるとすれば、類似の技法を用いる催眠法で体外離脱状態の意識現象が起きても不思議ではないというのが、私の催眠臨床的見解です。
② 魂の表層(側面)に生きて存続している前世のものたち
潜在意識が魂状態に到達したことが、潜在意識を担わせ、たたとえば指の上下運動の停止によって示されると、魂状態に到達していることを指による回答で確認します。
軽く潜在意識の宿っている指を撫でて、「潜在意識であるあなたは、今、魂状態に導き終えましたか? 魂状態に到達しているなら指を立てて答えなさい」と尋ねます。
指が立って「はい」の回答を確認できると、いよいよ魂の表層(側面)に息づいている前世のものたちの中から、主訴に応じて必要なものを呼び出す作業に入ります。
この作業は、「魂の二層構造仮説」に基づいて展開していきます。
つまり、魂の表層(側面)は、各前世のものたちが、互いに繋がりを持ち、友愛を築き、与え合う(リンクしている)関係で構成されている、と霊信は告げています。
これら魂の表層(側面)に存在する「前世のもの(前世人格)」を、必要に応じて呼び出そうというわけです。
まず最初の質問は、指を立てることで回答を求め、「あなたは魂の表層の前世のどなたかですか?」から始めます。
次いで「魂の表層にあるもののうち、現世のものに、最も大きな影響を与えている前世のものと交代してください」、あるいは「魂の表層にあるもののうち、深い傷を負ったまま、癒しを必要として苦しんでいるものと交代してください」など、必要に応じて前世のものを指名して呼び出し、そのものの人生の軌跡を聞き出すという作業を展開していきます。
その前世のものが口頭で答えられるときには口頭で、それができないときには指を立てることで回答するように質問を重ね、そのものの人生の傷を探り当てていくことをしていきます。
こうした作業の過程が、傷の癒しにつながることになります。
こうして、クライアントの傷ついた前世のものに交代すると同時に、そのものが悲痛な泣き声を上げて苦悩を訴えることが少なくありません。
あるいは、傷の部分に触れる質問をした途端に苦痛で身体を震わせたり、もがいたり、涙を流し始めるという現象が現れます。
さらには、未浄化霊を名乗る存在が救いを求めて憑依することや、高級霊を名乗る存在が降りてきて憑依し、私あてのメッセージを告げることも稀ではありません。
こうした前世人格が現れたときのクライアントの意識状態は次のように特徴的です。
ア 前世人格はそのものが人生を送ったときの人格と感情を当時のままに保って魂の表層に意識体として生きて存在しており、呼び出しに応じて現世の意識と併存して現れる。
イ 前世人格の感情が現れているとき、一方にはそれをモニターしている意識も併存しており、クライアントの意識内部で両者の分離状態が起きている。
ウ つまり、モニターしている意識の監視下で前世ものは自己の人生を語り始めるという現象が起き、モニターしている意識は自分とは別個の人格が勝手に話し始めるという自覚を持つ。そして前世のものの悲しみの感情などが勝手に噴き出し涙があふれるという自覚状態になる。
ちなみに、2010年8月フジTV「奇跡体験アンビリバボー」で紹介された応答型真性異言「ラタラジューの事例」は、この手続きによって現れた前世人格です。
③ セッション中における三者的構図
SAM前世療法では、セラピストはクライアントと対話しているという自覚を持ちません。
あくまで呼び出した前世人格と対話をしている、という自覚のもとにセッションを展開します。
クライアントのモニター意識は、セラピストと前世人格の対話にオブザーバーとして同席しセッションの行方を見守る、という関係になります。
つまり、セラピスト対前世人格、それをモニターしているクライアントの意識という三者的構図になっているというということができます。
ただし、モニターしている現世の意識は、生まれ変わりの関係によって前世人格と密接な繋がりを持っていますから、前世人格の感情をすべてストレートに共体験することになります。
したがって、前世人格の苦しむトラウマを共体験し、その癒しの感情も共体験することになり、その結果として、前世人格が及ぼしていた現世の不都合な精神的、肉体的諸症状が改善に向かうということが起こると考えられます。
あくまで暫定的仮説ですが、こうした三者的構図、およびそこで展開する対話のあり方が、他の前世療法とは異なるSAM前世療法における基本的治療構造だと言ってよいと思われます。
(その39に続く)
① 仮説としての体外離脱状態
知覚催眠段階をクリアできると、いよいよ魂の自覚状態にまで潜在意識に導かせることになります。
なぜなら、潜在意識は魂の表層(側面)のものたちが作り出してしているものであり、魂の状態とともにあると考えられるからです。
したがって、潜在意識を遡っていけば、魂状態に至るであろうということになります。
この魂状態の自覚へと遡行するために、潜在意識を肉体の任意の部分に宿らせ導かせる、という発想と技法は、ワイス式前世療法と一線を画すSAM独特のものであり、この技法は、霊体仮説に触発されて編み出した技法です。
「個人的意識(顕在意識・潜在意識)は霊体に存在している」という霊信が真実であるなら、潜在意識の座は脳ではなく全身を包む霊体がその座になります。
また、「霊体の色がオーラである」とも告げています。
オーラの見える人たちは、対象者の肉体の傷んでいる個所のオーラの色が黒ずんで見えると報告します。
実際に、肉体の不調個所を告知しないでオーラを見た場合、不調個所のオーラの黒ずみを指摘するという実験結果を得ています。
また、健康な肉体のオーラの色は澄んで輝いているとも報告します。
こうした実験結果から、オーラと肉体は相互反映関係にあると思われます。
つまり、オーラ(霊体)と肉体には共通する要素があるのではないかと推測できます。
私は、オーラ(霊体)は、肉体的(物質的)要素を包含していると考えています。
とすれば、霊体に宿っている潜在意識を、肉体のどの部分にでも移し替え、宿らせることが可能だということになります。
この発想から、肉体の任意の部分(たとえば指)に潜在意識を宿らせ、指の上下運動によって魂状態にまでの遡行を導かせるという技法を編み出したというわけです。
さて、私の用いていたワイス式前世療法では、知覚催眠段階の次には記憶催眠段階に深化させます。
つまり、現世の記憶を幼児期、さらには胎内まで遡り、さらにその先の前世の記憶へと遡行させるという技法を展開していきます。
かつて、ワイス式で前世療法をおこなっていたときには、記憶催眠段階をクリアできない場合は前世記憶への遡行ができないことがほぼ確定的でしたから、記憶催眠段階の確認が必要でした。
SAMでは、記憶催眠段階をクリアしたことを確認しません。
必要がないからです。
知覚催眠段階さえクリアできれば、魂の自覚状態へと遡行できることを臨床経験で検証できているからです。
さて、 魂の自覚状態とは、クライアントの報告の共通点を集約すると、およそ次の3点になるようです。
ただし、魂状態を体験をしたクライアントの中には、催眠性健忘による記憶の抑制が起こり、報告できない場合もあります。
しかし、報告できない場合でも、潜在意識を宿した指は、魂状態に至ったことを明確に回答しています。
ア 体重の感覚が消えている。あるいは、肉体が感じられない自覚になる。
イ 「わたし」と表現する以外にない、意識体そのものになった自覚がある。
ウ 「わたし」が、肉体からずれたり、空間に浮いている状態の感覚になる。
こうした魂状態の自覚について、私は一種の「体外離脱」状態が生じているのではないかという仮説を抱いています。
それは、近年数多くの「体外離脱体験」「臨死体験」として報告されている状態によく似ていると思われるからです。
体外離脱体験が脳内現象として起こる幻覚であるのか、意識体(魂)が肉体を離脱した体験であるのかは科学的決着がついているわけではありませんが、幻覚だと断定できない事例があることも事実のようです。
私の周辺にも睡眠中に体脱体験をしたと報告する人が複数います。
また、モンロー研究所の開発した人為的に体外離脱体験を起こさせる「ヘミシンク」の技術は、催眠誘導の技法にきわめて似ています。
左右の聴覚に周波数の異なる波の打ち寄せるような音を繰り返し聞かせ、「さあ、リラックスして心の扉を開きましょう」などのナレーションによって体脱状態に誘導するわけですが、これは催眠誘導の技法にきわめて類似していると言って過言ではないでしょう。
等作用被暗示性高進と呼ばれ、人は同じリズムの繰り返しによって催眠状態に入りやすいのです。
それに適切な言語暗示を加えればいっそう催眠状態が促進され深化されるのです。
私の技法では、呼吸法と体を揺らす運動を組み合わせて誘導しますが、それはこうした等作用被暗示性高進によって起こる生理的特性を意図的に用いたものです。
よく宗教などでは、太鼓・鉦などをリズミカルに打ち鳴らし、それに合わせて単純な経文を繰り返し唱えるなどの「お勤め」と呼ばれる儀式をおこないますが、その結果起きてくる「法悦」などの恍惚状態の境地(心理状態)も、まさしく同じリズムの繰り返しという等作用被暗示性高進による催眠状態の一つだと言って差し支えないと思います。
さて、ヘミシンクによって起こる体外離脱体験の真偽は明らかになっているわけではありませんが、ヘミシンクによって体外離脱状態の意識現象が起こるとすれば、類似の技法を用いる催眠法で体外離脱状態の意識現象が起きても不思議ではないというのが、私の催眠臨床的見解です。
② 魂の表層(側面)に生きて存続している前世のものたち
潜在意識が魂状態に到達したことが、潜在意識を担わせ、たたとえば指の上下運動の停止によって示されると、魂状態に到達していることを指による回答で確認します。
軽く潜在意識の宿っている指を撫でて、「潜在意識であるあなたは、今、魂状態に導き終えましたか? 魂状態に到達しているなら指を立てて答えなさい」と尋ねます。
指が立って「はい」の回答を確認できると、いよいよ魂の表層(側面)に息づいている前世のものたちの中から、主訴に応じて必要なものを呼び出す作業に入ります。
この作業は、「魂の二層構造仮説」に基づいて展開していきます。
つまり、魂の表層(側面)は、各前世のものたちが、互いに繋がりを持ち、友愛を築き、与え合う(リンクしている)関係で構成されている、と霊信は告げています。
これら魂の表層(側面)に存在する「前世のもの(前世人格)」を、必要に応じて呼び出そうというわけです。
まず最初の質問は、指を立てることで回答を求め、「あなたは魂の表層の前世のどなたかですか?」から始めます。
次いで「魂の表層にあるもののうち、現世のものに、最も大きな影響を与えている前世のものと交代してください」、あるいは「魂の表層にあるもののうち、深い傷を負ったまま、癒しを必要として苦しんでいるものと交代してください」など、必要に応じて前世のものを指名して呼び出し、そのものの人生の軌跡を聞き出すという作業を展開していきます。
その前世のものが口頭で答えられるときには口頭で、それができないときには指を立てることで回答するように質問を重ね、そのものの人生の傷を探り当てていくことをしていきます。
こうした作業の過程が、傷の癒しにつながることになります。
こうして、クライアントの傷ついた前世のものに交代すると同時に、そのものが悲痛な泣き声を上げて苦悩を訴えることが少なくありません。
あるいは、傷の部分に触れる質問をした途端に苦痛で身体を震わせたり、もがいたり、涙を流し始めるという現象が現れます。
さらには、未浄化霊を名乗る存在が救いを求めて憑依することや、高級霊を名乗る存在が降りてきて憑依し、私あてのメッセージを告げることも稀ではありません。
こうした前世人格が現れたときのクライアントの意識状態は次のように特徴的です。
ア 前世人格はそのものが人生を送ったときの人格と感情を当時のままに保って魂の表層に意識体として生きて存在しており、呼び出しに応じて現世の意識と併存して現れる。
イ 前世人格の感情が現れているとき、一方にはそれをモニターしている意識も併存しており、クライアントの意識内部で両者の分離状態が起きている。
ウ つまり、モニターしている意識の監視下で前世ものは自己の人生を語り始めるという現象が起き、モニターしている意識は自分とは別個の人格が勝手に話し始めるという自覚を持つ。そして前世のものの悲しみの感情などが勝手に噴き出し涙があふれるという自覚状態になる。
ちなみに、2010年8月フジTV「奇跡体験アンビリバボー」で紹介された応答型真性異言「ラタラジューの事例」は、この手続きによって現れた前世人格です。
③ セッション中における三者的構図
SAM前世療法では、セラピストはクライアントと対話しているという自覚を持ちません。
あくまで呼び出した前世人格と対話をしている、という自覚のもとにセッションを展開します。
クライアントのモニター意識は、セラピストと前世人格の対話にオブザーバーとして同席しセッションの行方を見守る、という関係になります。
つまり、セラピスト対前世人格、それをモニターしているクライアントの意識という三者的構図になっているというということができます。
ただし、モニターしている現世の意識は、生まれ変わりの関係によって前世人格と密接な繋がりを持っていますから、前世人格の感情をすべてストレートに共体験することになります。
したがって、前世人格の苦しむトラウマを共体験し、その癒しの感情も共体験することになり、その結果として、前世人格が及ぼしていた現世の不都合な精神的、肉体的諸症状が改善に向かうということが起こると考えられます。
あくまで暫定的仮説ですが、こうした三者的構図、およびそこで展開する対話のあり方が、他の前世療法とは異なるSAM前世療法における基本的治療構造だと言ってよいと思われます。
(その39に続く)
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