まずは、「生き霊」という概念についてウィキペディアの記事を引用してみます。
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人間の霊(魂)は自由に体から抜け出すという事象は古来より人々の間で信じられており、多くの生霊の話が文学作品や伝承資料に残されている]。広辞苑によれば、生霊は生きている人の怨霊で祟りをするものとされているが 、実際には怨み以外の理由で他者に憑く話もあり(後述)、死の間際の人間の霊が生霊となって動き回ったり、親しい者に逢いに行ったりするといった事例も見られる 。
古典文学では、『源氏物語』(平安時代中期成立)において、源氏の愛人である六条御息所が生霊となって源氏の子を身籠った葵の上を呪い殺す話がよく知られている。また、『今昔物語集』(平安末期成立)27巻20話に、辻で立っていた女が実は夫に離婚された近江国の女房の生霊だったというものがある。
憎らしい相手や殺したい相手に生霊が憑く話と比べると数が少ないが、相手に恋焦がれるあまり、その想いの強さが生霊となって恋する相手に憑く話もある。江戸中期の随筆集『翁草』56巻「松任屋幽霊 」では、享保時代に京都のある男性に近所の女性が恋をして、あまりに強い想いが生霊となって彼に取り憑き、想いを囁いたり男の体を激しく動かしたりし、男が散々悩まされた挙句に病の床に臥せってしまったという話がある 。また、寛文時代の怪談集『曾呂利物語』では、ある女性が眠っている間に、その生霊が抜け首となってさまよい歩き、道端で男に追いかけられ、眠りから目覚めた後に「外で男に追いかけられる夢を見た」と語っており、かつて夢とは生霊が遊び歩いている間に見ている光景と解釈されていたことが窺える
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さて、ここで紹介する奇妙なセッションに登場する人物は次の3名です。
①会社員で20代半ばのクライアントA子さん。
②職場同僚でA子さんの恋人B男君。
③職場同僚で生き霊を飛ばしていると思われるC子さん。
クライアントA子さんの主訴は、恋人B男君と一緒にいるときに、突然、別人格のように変身して(憑依様の状態)、B男君を非難することの改善でした。セッションには、同行したB男君が同席しました。
突然、別人格のように変身して憑依様の状態が、かなり頻繁に起こる、という心理現象にはいくつかの可能性が考えられます。
①統合失調症(精神分裂病)の症状である妄想
②解離性同一性障害(多重人格)の副人格の顕現化
③未浄化霊の憑依
④前世人格の顕現化
⑤生き霊の憑依
⑥無意識的理由によって別人格に変身する役割演技
事前のカウンセリングによって、①②など精神疾患の所見のないことは確認できました。ただし、精神疾患が隠れている可能性を疑って、催眠誘導には細心の注意を怠らないように慎重を期しておこないました。
催眠によって、潜在意識下に抑圧していたマイナス感情が噴出して(蓋開け効果)、コントロール不能になる畏れがあるからです。
A子さんの催眠感受性は良好で、異常の兆候はなく、魂の自覚状態まで順調に誘導できました。
しかし、魂状態の自覚に至って、顕現化した存在は、なんと、A子さんの職場の同僚で先輩C子さんの生き霊であると名乗ったのです。A子さんとC子さんは、同僚以上の親しい人間関係はないということです。
憑依している生き霊は、同席しているB男君を名指しで次のように罵り始めました。このとき、閉眼し催眠中であったA子さんは、薄目を開けてB男君を指さし、不気味とも思える表情をしていました。
「おまえ(B男)は、ほんとうはこいつ(A子)より、わたし(C子)のほうが綺麗だと思っているんだろう。な、なっ、ほんとうことを言えよ。私(C子)が綺麗だって言えよ」
「おまえ(B男)は、私(C子)を抱きたいと思っていたんだろう。ほんとうのことを言えよ」
「嘘つけ!ほんとうのことを言えよ。ほんとうは私(C子)を抱きたいと思ってたんだって言えよ!」
「私(C子)は、絶対、こいつ(A子)を許さないからな。おまえらの仲を必ず裂いてやるからな」
「私(C子)は、こいつ(A子)を、絶対自殺に追い込んでやるからな。殺すからな。絶対許さないからな」
生き霊を名乗る存在が顕現化したのも初めてのことですが、そうした存在が口頭で話すという現象も初めてのことで、私は驚くと同時に、どのようにしてこのセッションを終結したらよいのか混乱してしまいました。
解離性同一性障害のセッションと、インナーチャイルドのセッションから、「意識・想念」が、一個の人格としてふるまうような存在を作り出すらしいことは承知していましたから、このC子さんの生き霊に対しても、一個の人格として対話するしかないと腹を決めて、その後のセッションを展開しました。
まず、この生き霊が、なぜこのようなすさまじい憎悪と怨念をA子さんにぶつけてくるのか、その理由を問い質してみました。
生き霊が語る理由は、次のような事情でした。
前世で、A子さんは花魁であった。そしてその花魁に入れあげて妻子ある男が家庭を放棄した。その男の妻こそ現世のC子さんであった。
捨てられた妻(C子の前世)は、夫を迷わせ奪った花魁(A子の前世)を憎み、刺し殺して恨みを晴らした。
こうした前世の経緯をもつA子さんとC子さんが、ふたたび現世で再会し、しかも同じ職場の同僚として出会った。しかも、同僚のB男君は、最初C子さんに好意を示して接近しておきながら、後から就職してきたA子さんに乗り換えて、恋愛関係を結んでいる。C子さんにしてみれば、前世で夫を奪われ、今度は現世でもC男君を奪われ、恨み骨髄に徹しているということらしい。
こうして、C子さんの生き霊が、A子さんに憑依して、恨みを晴らそうということらしい。
ここまで分かったところで、私の思いは、この生き霊を説得して、おだやかにC子さんの元へ帰ってもらうことでした。生き霊というからには、浄霊して光の世界(霊界)へ送り出すことはできないでしょうし、生き霊を飛ばしているC子さんの元へ帰ってもらうしかないだろうと思われたからです。
生き霊祓いという強制措置は、最後の手段であって、祓ったからといって事が収まるとは思えなかったからです。C子さんが生きているかぎり、また生き霊の憑依現象が再発することが当然起こりうると考えられるからです。
また、私は、こうした生き霊の語りを聞くうちに、怨念へのおぞましさより、生き霊の心情に共感し、あわれに思う気持ちが湧いてきたからです。好いた男に対する深情け、その裏返しとしての奪った女への憎悪という女心をいとおしく思いました。
「あなたのC子を恨む気持ちはよく理解できた。しかし、あなたは前世で、夫を奪った花魁である前世のA子を殺して恨みを晴らし、帳消しにしたはずではなかったか。それを現世でふたたび、A子を殺すという同じことを繰り返すとしたら、C子の魂が成長するために生まれ変わった甲斐がないではないか。このような理不尽なことを、神が許されるとは思われない。あなたが、生き霊として、これ以上A子に害を為すというなら、あなたに生き霊祓いをすることになる。そのようなことをすると,C子は衰弱すると聞いている。そのようなことはどうしても避けたい。今後A子は、C子に悪意の感情を向けないという約束で、どうか憑依を解いてC子の元へおだやかに帰ってもらえないだろうか。約束が守られないときには、またあなたが憑依することはやむをえないと思っている」
ざっと以上のような説得を繰り返したところ、生き霊はやっと帰ることを約束してくれました。
その後、人格交替のような憑依様現象は収まったという報告を受けています。
また、C子さんには衰弱の気配はなく、逆にA子さんがエネルギーの減退を感じているということでした。
A子さんによれば、彼女はエンパスと呼ばれる他者の自分に向けられる想念を敏感に感知してしまう体質らしく、それまでC子さんが自分に向けている理由不明の悪感情を感じ続けていたということでした。
ちなみに、A子さんは美形というにふさわしいクライアントでしたが、C子さんもA子さんに劣らぬ美形だということでした。
この奇怪なセッションをどう解釈するかはなかなか難解な問題です。
意識現象としての生き霊の顕現化は事実ですが、果たして生き霊の憑依か否かの真偽を客観的に検証することは不可能です。
私は最初、A子さんは、恋人B男君がC子さんに想いを寄せていたことを知っているので、無意識的に生き霊の役割を演じて、B男君のC子さんへの未練の有無を試していることを疑いました。
深層心理学的解釈をするのであれば、そのようなことになるでしょう。
しかし、生き霊のすさまじい憎悪と怨念を、B男君の前で吐露すれば、B男君のA子さんへの恋愛感情が萎えてしまうのではないかと思われます。そのような憑依体質の恋人をもつことをためらうような気がします。
また、役割演技をしていることを疑われるとしたら、そこまでして疑り深いA子さんに興ざめするかもしれません。
そのようなマイナス面を覚悟してまで、役割演技をする利得があるとは考えにくいのです。
こうした生き霊現象を、精神科医であれば、統合失調症、あるいは解離性同一性障害を疑うことはほぼ間違いないと思われます。
憑依様現象を何度も体験しているセッション当事者の私は、唯物論的解釈を停止して、ありのままの意識現象の事実として、生き霊の顕現化現象として、とりあえずは認めておくしかないだろうと思っています。
15 件のコメント:
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SAM療法によって魂の自覚状態になると、他霊による憑依が起きやすくなるという経験的事実のひとつとして興味深い事例だと思います。
起きたことを先入観や予断を交えずに忠実に記述するという現象学的な捉え方は、後々、後学の研究者を披益する点で多大なものがあると思います。
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自分の臨床体験では女性の生霊が浮気の原因であったり 元夫が憑依して再婚の妨げをしたり 仕事の妨げ 問題行動の原因として現れます。生霊を取り除くと浮気がピタリと止まったり 婚活が出来るようになったり 仕事の効率が上がったと報告がありました。
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憑依というのを、ある意識の主体性が別の意識によって奪われる、または、妨げられることであると解釈して、現象として生きている人間にそういうことが起こっているとしたなら、憑依とは、ある魂が別の魂によって無理矢理、支配されてしまい、魂の独立性や主体性を奪われてしまうものなのか、それともある魂が宿る肉体にたいするその魂の支配力を別の魂が横取りするようなもので魂そのものが他の魂によって支配されるわけではないと考えるべきなのかという疑問が生じますが、この点については、どのようにお考えになりますか?
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生き霊にしろ死霊(未浄化霊)にしろ、どうやら霊体に入り込んでいるようです。それは、顕現化した存在に尋ねると、そのような回答をするからです。
SAM前世療法の作業仮説では、意識・潜在意識は霊体に宿るとしています。この作業仮説に照らせば、生き霊はA子さんの霊体に憑いたわけで、その霊体に宿っているA子さんの意識・潜在意識に、憑依した生き霊の意識が混入し、A子さんの意識のほかに生き霊の意識が顕現化することになる、と考えています。その憑依霊の意識の混入のレベルによって、全面的な混入(乗っ取り)現象が生じたり、部分的混入現象であったりするのではないかと思われます。全面的な乗っ取り現象になると、憑依中の本人の記憶が完全に喪失するようです。里沙さんの場合には、彼女の守護霊が憑依している間の記憶が完全に喪失しています。A子さんの生き霊現象については、勝手に言葉が飛び出すという自動発話状態になるようです。
私は、意識現象ほど謎に包まれた現象はないと思っています。
しかし、セラピイをおこなうためには作業仮説を設け、検証しながらより確かな仮説を構築するしかありません。仮説のない臨床実践は盲目であり、実践のない仮説は空虚に陥るからです。
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>稲垣勝巳さん
霊体に意識が宿るわけですね。しかも、霊体に宿る意識はかならずしも、ひとつとは限らず、複数の意識が宿りうるということでしょうか?また、憑依する側から考えてみると、憑依する側は、それ自身の固有の肉体および霊体を占有しつつも、他人の肉体および霊体の占有支配の侵奪を実行しようとするわけですか?
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霊体に意識・潜在意識が宿っている、ということを告げたのは、私の守護霊団です。霊体の色がオーラであるとも。SAM前世療法の実践から明らかになってきたところでは、未浄化霊の憑依は、1体に限らず複数あることは間違いないと思われます。未浄化霊の憑依を解かないうちは魂状態への遡行ができないからです。このことは、私あて霊信で告げられています。「対象者の傷をいやす流れを止めるものによる意図がある場合には前世退行ができない」と告げています。私は最高10体の浄霊の後、魂状態に戻った事例があります。
また、未浄化霊については、「残留思念の集合体である。だが、それらは意志を持つように捉えられる。よって、魂と判断されがちだが、それらは魂とは異なるものである」と告げています。
未浄化霊が、実は残留思念の集合体であって、霊とは異なる存在であっても、セッションで顕現化するそうした存在は、あたかも一個の人格としてふるまいます。私も、一個の人格に対峙するように対話をします。おそらく、生き霊も、生きている者の激烈な思念(怨念や思慕の念)の集合体であり、霊ではないが、意志を持つ一個の人格としてふるまうのではないかと推測しています。今回のA子さんの場合は、セッション前から生き霊が憑依していたのではなく(その場合は魂遡行ができません)、魂状態に遡行と同時に憑依し、顕現化したと思われます。
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>稲垣勝巳さん
生き霊とは、他人の残存思念なのですか。死者の魂が憑依する場合とは違うのですね?浄霊はどのように行うのでしょうか?また、生き霊と死者の魂とでは、浄霊のやり方に違いがあるのでしょうか?
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生き霊とは生者の激しい思念の集合体であろうと思われます。未浄化霊は、死者の残留思念の集合体でしょうね。
生き霊も未浄化霊も、ともに意志をもった一個の人格のようにふるまいます。
解離性同一性障害における副人格、インナーチャイルドと呼ばれる存在も、思念の集合体だと思われますが、あたかも意志をもつ一個の人格としてのふるまいをすることが臨床の事実として認められます。生き霊も未浄化霊も、同様の存在であろうと思われます。
したがって、それらの霊的存在などが顕現化したときに、どのような存在であるのか尋ねてみないと区別がつきません。私は霊能者ではないので、霊的存在自身の身元回答をそのままに受け取るということです。
浄霊の原則は、霊への共感と、行くべき世界へ行くように説得することです。生き霊であれば発信源の生者のもとへ帰ること、未浄化霊であれば霊界(光の世界)へと上がることの説得です。
副人格であれば主人格との統合すること、インナーチャイルドであれば大人へと成長した人格に統合することを説得します。
いずれの浄霊(説得)も、SAM前世療法において、魂遡行と前世人格顕現化という本来の作業を成功させるために、やむをえずおこなうものです。
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>稲垣勝巳さん
いわゆる「浄霊」というものは、「除霊」と異なり、一種の治療なんですね。「除霊」は霊をはらう、つまり追い出したり、排除することを意図するのに対して、「浄霊」は、解離した意識の分裂を癒し、統合を促すことである、というご見解は、精神療法や、サイコセラピーが目標とするところと一致していますね。トランス・パーソナル心理学やユングの深層心理学が意識に生じた分裂や解離を癒すことによって新たな、拡大したアイデンティティーを獲得し、それが成長であり、発達であると考えることとよく符合しているように思います。
精神療法やサイコセラピーは、あくまで現に生きている人を対象にしてなされるものですが、死によって現世を生きなくなった後も人格は消滅せずに存続する、というのがスピリチュアリズムの主張であり、イアン・スティーヴンソンや稲垣先生が事実であるとあきらかに立証に成功されたわけですが、「未浄化霊」をその死後も存続する人格に統合すべきものとして捉えたところは稲垣先生の卓見であると思います。
稲垣先生が提唱される魂の二層構造モデルは、深層心理学の知見と矛盾しませんし、そういうふうに考えるほうが真相により近いのだろうと思いますが、霊や魂について興味のある人は、深層心理学も勉強しておいたほうがよいのではないかとわたしは思います。
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私あて第9霊信は次のように告げています。
あなたがもっとも理解すべきなのは「霊祓い」を選択するのではなく、「浄化」を選択することである。祓うことは、追いやることや強制的に引き離すことを意味する。離れたとしても、一時的なものでしかない。霊がいつも求めるのは「理解」であることを忘れないようにしなさい。そして、その本質は、「愛」なのだ。
私は、上記霊信の告げたことに従っているまでです。
意識体としての「霊」は、肉体を持たないだけで、肉体という器を持つと「魂」と呼び換える、というのが、私の概念規定です。したがって、霊も魂も、ともに意識体であることでは本質は同じだとみなせるので、霊に対しても肉体をもつ人間と同様に扱って間違いはないと考えています。
こうしたとらえ方をしていますから、魂表層から顕現化する前世人格も、肉体をもたない意識体として扱います。彼らも肉体をもたないというだけで、本質は生身の人間と同じ人格的存在だと思っています。肉体がないので、自分の生まれ変わりである現世の者の肉体を用いて自己表現をするわけです。
魂表層から呼び出したラタラジューという人格的存在は、まさしくそうした霊的存在として、被験者里沙さんの肉体を用い、ネパール語会話(応答型真性異言)という現象を示したという理解をしています。
唯物論者が、ありえないと憤慨する見解でしょうが、意識現象の事実として認めるしかありません。
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>稲垣勝巳さん
わたしは、存在するものには、すべて意味と理由があると思っています。わたしにそう考えさせてくれたのは、精神療法家の斎藤学先生や、ユング心理学者の故河合隼雄先生でした。
一人の人間というものの内部は、かならずしも単一で単純なものではなく、矛盾や対立を内包しつつも、分裂したり、細分化したりしないで、より高いレベルで統合された存在なんだ、というような理解は、わたしにとって、腑に落ちるものでした。
歴史的、時間的にそれぞれ独立した存在である前世人格や現世人格というのは、それ自体、優れて複合的かつ多重な存在であると思いますが、それらを包含し包括する魂もしくは、霊というものは、さらに一層、複合的かつ多重な存在なのだろうと思っております。
人格からこぼれ落ちるような仕方で解離した心的内容というものは、人格の統合と全体性のためになくてはならないピースのひとつであるように、魂もしくは霊にとって、いかなる前世人格および、現世人格も欠くことのできない重要な構成要素なのだろうと思います。
ユング派の深層心理学が目標とするのは、損なわれた、あるいは、いまだ達成されていない全体性を回復するために、相対立し、矛盾する要素を高度なレベルで統合することですが、魂の浄化とは、切り捨てたり排除することではないという理解には、深く同意します。
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私という人格と、魂の表層(側面)の前世のものたちとの関係性について、私あて霊信で次のように告げています。
私あて第10霊信
魂という存在を理解しなさい。
あなたも、一つの魂をもとに形成された側面なのだ。
私あて第15霊信
あなたの魂が、そしてあなたとともに、あなたの魂から生まれた多くのものが存在し、同じものを見つめていくのだと理解しなさい。それらのものの、協力を求めるのだ。
友愛、それは自身の魂によるものこそ真の友愛である。
あなた方は、自らの魂の側面であるものたちと友情を築くのだ。
私あて第17霊信
あなたという存在も、側面のものであり、すべての側面のものは友であると理解しなさい。
魂は、すべての側面のものたちが繋がりを持ち、友愛を築き、与え合うことを望んでいるのだ。
こうした通信霊の告げるところの魂のあり方は、ソウルメイトさんの人格のあり方についての
「一人の人間というものの内部は、かならずしも単一で単純なものではなく、矛盾や対立を内包しつつも、分裂したり、細分化したりしないで、より高いレベルで統合された存在」であるべきだ
という見解に一致します。
つまり、私という一個の現世人格とは、私の内包している魂の側面(表層)の一つであり、表層の一つである現世の私は、表層の他の前世のものたちと友愛を結び、円現化するべきなのだということらしいのです。
したがって、魂の実在という観点からすれば、現世人格とは、他の前世人格たちの持つ人生体験の知が、複合化し、重層化したものを引き継いでおり、それら抜きで、現世誕生時の両親からの遺伝的資質と、誕生以後の生活体験との相互作用のみで人格を理解することは、浅薄で、皮相的で、真の理解とはならないだろう、ということです。
そして、この見解はSAM前世療法の臨床の累積から実感できたことです。
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>稲垣勝巳さん
ユング派の深層心理学やトランス・パーソナル心理学の臨床での知見からすると、人間の心の中には、神や仏、天使や菩薩のようなスピリチュアルな側面が認められ、唯物論的な人間観とは相入ません。徹底した唯物論的生物学者のリチャード・ドーキンスは、「神は妄想である」と書きましたが、唯物論および唯物論者は、長きにわたり人間をおとしめてきたとわたしは思います。
人間の本質は、紛れもなく、霊的なものであり、物質を超越したはるかに深く高いものだと思います。一人の人間を成り立たせているのは、単なる物質の物理・化学的な相互作用などではなく、つまり、機械のような無機的なメカニズムのようなものではなく、共感や理解や愛をベースに働く意識または、意思のようなもので、それは、時間や場所の制約を超えて働くものだと思います。
人間を単なる物質に過ぎないとする唯物論に捕われた人々を解放するためには、霊的な啓蒙や霊的人間観の復興がなされるべき重要な仕事だと思いますが、稲垣先生の活動は非常に大きな意義を持つものだと思います。現代人の高度な批判や懐疑にさらされてもなお、ゆるぎなく立ち続けるだけの堅牢さを備えているからです。
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>ソウルメイトさん
生まれ変わりや魂の実在についての、千万の実証なき言説より、たった一つの実証した事実を示すことこそ、否定できない説得力を持つと思っています。
今年中に、ラタラジューの事例の映像の英訳を完成して、英語圏に証拠映像を発信したいと計画中です。
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>稲垣勝巳さん
「実証なき千万の言説より、ひとつの確実な実証」こそ、真に力を持つ、というお考えに全面的に賛同いたします。
ラタラジューの事例の英訳を作成なさるということですが、さまざまな発表の舞台のひとつに、トランス・パーソナル心理学会や超心理学会などのアカデミズムを標榜する舞台での発表をご検討されてはいかがなものかと思量いたします。
バラエティー番組などでセンセーションを巻き起こすことが、おそらく先生の本意とされるところではないのではないかと推察いたします。もちろん、広く生まれ変わりや死後生存の事実を大衆にしらしめるという点では、それもあながち排除すべきものとは思いませんが、単なるセンセーショナリズムに消費されてしまうことを恐れます。タエおよびラタラジューの事例は、はるかに高い価値を持つものであるとわたしは思います。
欧米の文化では、学術的なコンテンツが広く社会に受け入れられる素地があるようですので、しかるべき発表の舞台を選んで発表されることにより、強力に真実を求める人々に訴えることができるのではないかと思います。イアン・スティーヴンソンの後継者であるジム・タッカーに仲介の労をとってもらうことができるのではないでしょうか?
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