2020年8月29日土曜日

ある宗教家のセッション体験記

   SAM催眠学序説 その134    


下記に掲載するのは、ある宗教団体の要職にある男性のセッション後の体験報告
です。

大変理知的で誠実な求道者といった印象を与えたクライアントでした。

主訴は、「魂の実在」と「親神さま」(天地創造と人間創造のすべての創造神)の
実在を実感したいということでした。

自分の催眠状態をモニターしている冷静な顕在意識のありようがよく分かる貴重な
体験談です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
平成24年12月3日、午後3時からセッション開始、稲垣勝巳先生65歳。
私も65才。
 

1・壁を通して聞こえてくる戸外の雑音(特にトラックの通過する爆音)が気になっ
た。
 

2・左側頭部で圧迫痛がした(左耳朶が特に痛い)。セッションを終えて数分で痛み
はなくなった。
 

3.除霊後の催眠での、守護霊の応答について。
  (特に左手人差し指の動きについて。)
あの時、私の意思を離れて、勝手に指が動きましたが、あの時の指は単なる指ではな
くて、指に宿った“無意識さん”の“顔ないしは頭部”になっていたのではないでしょう

か?
 

指の動きは「上下」だけではなくて、「左右」にも動いていた記憶があります。私は
自分の指の動きを感知できました。誘導の最初の頃は、指は単なる「イエス、ノー」
の意味で「上下」運動をしていましたが、守護霊が現れてからは、指が霊体の頭と
なって「首から上」の動作をしていたように感じました。

守護霊は前世の誰かと交代することを「受諾した」のではなく、「ためらいがちに、
首を左右に振った」という感じを受けました。
指は質問に応じて色々な反応をしました。単なる上下運動だけじゃなくて、一見あい
まいな動きもしましたが、それは、指が「首から上」の動きを表していたからのよう
に感じました。
 

守護霊の意思表示は「それはしてやりたいが、することを許されていないんだ」とい
うことを指と言う「全身」で「いやいやと首を左右に振って」表現しているように感
じました。
指が勝手に動くだけで、指の「意思」は私には伝わっておりません。
 

ただ、「親神様の降臨」の時は、それ以外の時とは全く違いました。
降臨の直前に私の意識が一瞬消えて、気が付いたら指が化身となって「昂然と屹立し
ている」と言う感じでした。

しかも指が立つ、というより、何かの力に引っ張られて指が上を指している、という
感じでした。
指自体は完全に脱力していました。帰宅してから、同じ動作を試みましたが、自力で
はあんなに直立はできませんでした。
 

4、セッションの最後に呼び戻される過程で、魂状態では、下半身が霊体化している
のを感じました。

現実には椅子に深くかけて、腰も膝も曲がっているはずなのに、下半身をまっすぐ伸
ばして頭と同じ高さで水平に宙に浮かんでいる感じがしました。
そして霊体の足は、現実の足よりはるかに力に満ちていました。
 

5、未浄化霊については心当たりがあります。
結婚後一年程で男児を出産しましたが、生後五日目に赤ん坊が死にました。
医師によれば、生まれつき複数の代謝異常があって生きられなかったそうです。
本人もその数カ月後に腎臓病で死亡しました。
その後、○○教では、神道に倣って、死後に一年祭、五年祭、十年祭、二十年祭、
十年ごとに慰霊の年祭をしますが、婚家がしましたので、たぶん形式的で、慰霊
にはなっていなかったのでしょう。
夫はすぐに再婚しました。
浮かばれない気持ちは分かりますが、何故血族の家内に憑依せずに私に憑依した

のかが分かりません。
 
大事なことをお伝えすることを忘れておりました。

私は○○教の中で、指導的な立場を与えていただいております。

○○教には定年制はありませんが、今、私が教会長をつとめている教会の会長職を
倅に譲ろうと準備を進めているところです。
来年11月3日に正式に譲る予定です。

これまで何十年と霊的真理については研究を重ねてきて、その過程で、どうしても実
証的な体験をしなければ、人に確信をもって言うことができない、
と思うようになり
まして、今年に入った頃から、私に前世体験をさせてくれそうな人を探しておりまし
た。
 

飯田史彦先生のことは、『生きがいの創造を出版なさる前からネットで知っており、
先生にメールでお願いして、あの本のもとになった論文も頂きました。
 

そのご縁から、門真市の奥山輝実先生も知りまして、色々下調べをしてみましたが、
お二人とも施術者としては優秀ですが、死後の霊魂の存続については、個人的には信じ
ておられるようですが、公式には態度保留というお立場にみえます。
 

前世があるかないか分からないが、一定の治療効果があるから、たとえ見えたものが
無意識の作り出したビジョンでもいいではないか、という見解のようです。
 

私の求めているのは、治療ではなくて「霊的真理」のみですから、(と申しますの
は、
○○教では、一定の信仰信念に達しますと『おさづけの理』という、いわば
「ヒーリング能力」を付与される制度があります。

私には「身上助けの効能の理としてのおさづけの理」という宗教的なヒーリング能
力がすでにありますから、治療には興味も必要もないのです。
 

どこかにどなたかいらっしゃらないかなあ、とネットサーフィンしていて、偶然稲垣
先生のことを知りました。
あらゆるサイトを探して、先生のことはあらかた分かりました。

教師をなさっておられた頃のことや、近年のタエの事例やラタラジューの事例のその
後の経過も逐一調べました。

この先生に会いに行かなければならない!と心に決めて先生にセッションの事前予約
を承諾して頂いた後、その旨を家族に相談しました。

が、猛烈な反対にあいました。
家内は一定の理解を示してくれましたが、二人の息子が強硬に反対するのです。


長男は教会長後継者ですので、「今、おやじがオカルト的な行動をすると、教団に知れ
たらどんな処分を受けるかわからん。どうしてもやるのなら、完全に退職してからやっ
てくれ」というのが彼の意見です。


次男は少壮の物理学者ですが、「行くのはいいが、いきなりセッションを受けるのは
やめて、まずはその方と会ってみてはどうか?
世間には色々いかがわしい輩もいて前世体験などと言って金品を巻き上げる事例も多
いから。おやじなら、一度会えばその人物が本物かどうか見分けがつくだろうから」
という意見です。
私は悩みました。

倅たちの意見は至極尤もです。
私が強行する理由はありません。

ところが、心はどうしてもすぐにでもセッションを受けたいとはやるのです。
色々考えた挙句、長男の意見に従うことにしました。
 

先生にも申し上げたように私はPCのエキスパートです。
ちょうどその頃(11月19日)に、長女が自宅のPCの無線LANを組んでほしい
と言ってきまして、そのために普段私が使っているノートPCを持って行きました。
無線LANはすぐに構築できまして、時間がありましたから、そうだ、稲垣先生に延
期をお願いしようと、上記の理由を詳細に書いて来年の11月3日のあとにセッショ
ンを受けたい旨のメールを送信しました。
 

ところが、受信サーバは反応するのですが、送信サーバが反応しません。
何度やっても同じです。
他人からPCのメンテナンスを依頼された場合は、設定を色々いじってなんとか直し
ます。
そのときも送信できるようにする自信はあったのですが、無理はやめようと思いまし
た。
これは、何かのメッセージに違いない。

延期をお願いするメールが送信できないのは、早急に行けという意味ではなかろうか。
よし、直観に従おうと決めました。
 

但し、倅が心配するだろうから、家内には本当のことを打ち明けて、倅には内緒でい
くことにしました。

もちろん、どんなことを経験しようが、来るべき時がくるまでは倅には内緒にしてお
くつもりでした。(今でもそう思っています)
 

12月3日朝、不思議と心は穏やかでした。生まれて初めての経験、それも唯物論で
はありえないことに遭遇しつつあるのですから、極度の期待と緊張があるはずなの
に、まるで日常のルーティン・ワークをこなしているような平静な自分に驚きまし
た。
自分は行くべくして行っているなあ、となかば可笑しいように自分を観察していまし
た。
駅を降りて、お会いする前に、ご自宅周辺を30分ほど散策しました。

デジャブは感じませんでしたが、とても懐かしい気がしました。
それから、呼び鈴を押しました。
お会いして、私より先生の方が少し緊張なさっている印象を受けました。
あとは先生御承知の通りです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(終わり)

ゴチック部分は、注目していただきたいと、わたしが願った部分です。
とりわけ、水平に置いた手のひらの人差し指がほぼ垂直に直立した現象には驚きました。
 わたしもやってみましたが、とても真似のできることではありませんでした。
 解剖学的にも、人指し指が単独で直立状態に立てることは不可能です。

「指が立つ、というより、何かの力に引っ張られて指が上を指している、という感じで した」という述懐がありますが、これは降臨されたと思しき「親神さま」が、指を立てた 主体であると考えれば筋が通る現象です。
 なお、指自体は完全に脱力していました」ということですから指を直立させたのはクライアント自身の顕在意識ではないと考えられるからです。

 また、私の求めているのは、治療ではなくて『霊的真理』のみ」「どうしても実  証的な体験をしなければ、人に確信をもって言うことができない」と述べるほどの真摯 な求道者精神の持ち主であるクライアントですから、その求めに応じて「親神さま」が
顕現化している証として知らしめた指の直立現象だととらえてよいように思われました。

こうした超常的現象に遭遇できることも、SAM前世療法の醍醐味の一つです。
     

2020年7月17日金曜日

SAM前世療法の独自姓と固有性

     SAM催眠学序説 その133

SAM前世療法の創始は2008年です。
そして、このSAM前世療法の作業仮説は、2007年1月から2月の1ヶ月余に霊媒M子さんを経由して、わたしあてに毎夜送信されてきた、M子さんの自動書記による42通の霊信現象の内容をそのまま用いています。
この信じがたい霊信内容の真偽を、催眠を用いて検証していく過程で構築されていった前世療法こそ、SAM前世療法です。
わたしあて全霊信は、「SAM催眠学序説その47~72」で公開しています。

地上の人間が知り得ることのない、魂の仕組みと意識の所在など、わたしの守護霊団を名乗る霊からの通信内容による、きわめて特異で独自性に富む、世界で類をみない固有の前世療法です。 

SAM前世療法で起こる特異・固有の現象には、一般のワイス式前世療法(前世の記憶にアクセスする技法)と比較して、いくつかの解明できていない謎があります。

ワイス式前世療法でうまくいかなかったクライアントで、SAM前世療法で成功しなかった事例は今のところありません。
両方の前世療法を経験したクライアントは50名を超えています。

この両方の前世療法を経験したクライアントが報告される大きな共通項は2つあります。

①催眠中の意識状態が明らかに違う。SAM前世療法の場合、ワイス式前世療法と比べてさらに極めて深い変性意識状態に入ったという自覚がある。

②ワイス式ではセラピストの質問に対して口頭で答えられるのが普通なのに、SAMの場合には前世人格の20人のうち19人程度は口頭で答えることがどうしてもできない。

この①と②について、それぞれ現時点で分かっている限りの考察をしてみます。


①について、ワイス式前世療法では、催眠学の先行研究に則った「標準催眠尺度」(米国催眠学者ヒルガード作成)によって確認することなく誘導が進められるので、どの程度の催眠深度に至ってセッションがおこなわれているかが不明です。

SAM前世療法が創始される2008年以前、わたしがワイス式でおこなっていた前世療法では、「運動催眠」→「知覚催眠」→「記憶催眠」の順に、催眠深度を成瀬悟策博士の「日本語版標準催眠尺度」を用いて確 認し、「記憶催眠」レベルの深度到達後、年齢退行によって子宮内まで退行し、その先の「子宮に宿る前の記憶(前世記憶)」がもしあるのなら、そこに戻ります、という暗示をしてい ました。
しかし、わたしの知る限り、ワイス式体験者は、「記憶催眠」より浅い催眠体験である印象を受けます。
それは、記憶催眠以上の深度で多くの被験者に共通して観察される、深いリラックス状態における「企図機能の低下」と、 筋肉の深い弛緩による緩慢で小声でつぶやくような発語状態が観察されないからです。


催眠学の明らかにしているところでは、「知覚催眠」レベルでは、五感が暗示通り知覚されます。
したがって、さまざまな幻覚を暗示によってつくり出すことが可能です。
また、創造活動が活性化され、自発的にイメージが次々に現れるようになります。
しかも、被験者は、そうした自発的に出てくるイメージに対して、自分が意図的にイメージをつくり出しているという自覚を持つことはありません。

つまり自発的イメージは架空のものとは感じられず、自分の中に潜んでいた真実の前世記憶が自発的にイメージ化して現れてきたという錯覚をもつ可能性が大きいということです。

こ うした催眠中のイメージ体験の特性を根拠にして、大学のアカデミックな催眠研究者は、前世療法における前世の記憶とは、セラピストの期待に応えようとする催眠中の心理傾向である「要求特性」がはたらくことによって想起された「フィクション」であると口をそろえて主張します。

わたしの敬愛してやまない故成瀬悟策先生も、こうした立場を明確にとっておられます。
拙著『前世療法の探究』を献本したコメントで「あなたの扱っている前世の記憶はフィクションとしてとらえなさい。さもないと危ういですよ」というコメントを受けています。
わたしの立場から反論すれば、「『タエの事例』は綿密な検証の結果、これをフィクションとするには超ESP仮説を適用しない限り説明は不可能です、成瀬先生は超ESP仮説を認めておいでになりますか? そうでないとすれば、被験者里沙さんの知り得ないはずの、タエの語りと史実との一致をどのように説明されますか?」 ということになります。

SAM前世療法では、「知覚催眠」レベルの深度に至っていることを日本語版標準催眠尺度にはない「体温の知覚の変性状態」を必ず確認します。
さらに知覚催眠のうち、知覚の中でも難度の高い「痛覚麻痺」の暗示をおこないこれを確認します。
痛覚麻痺は、標準催眠尺度にはありませんが、これを用いるのは、クライアントが確実に知覚催眠に入っていることを確認するためです。
痛覚麻痺は、我慢して痛みのないふりをしても表情の歪みなどが観察され、ごまがしができないからです。

そして、知覚催眠レベルに至ることがない深度では、「魂状態の自覚」まで遡行 できないことが明らかになっているからです。
こうして知覚催眠に至れば、ほぼ誰でも記憶催眠に至ることも明らかになっています。
したがって、SAM前世療法では記憶催眠レベルの確認はおこないません。
記憶催眠を突き抜けて、さらに深度を深めていきます。

標準催眠尺度には無い「魂遡行催眠」と呼ぶ、わたしが独自に名付けている最深度レベルにまで深めます。
企図機能の低下により身体の自発的運動は完全停止し、筋肉・関節の深い弛緩状態にもっていきます。
SAM前世療法ではこうした催眠状態にまで誘導するので、ワイス式前世療法より深い意識状態に至ったという報告が共通してされるのではないかと推測しています。


②については、その解明は容易ではありません。
 
SAM前世療法の魂遡行状態では、わたしの場合、顕現化した前世人格が口頭で答えられる割合は20人に1人、約5%以下しか口頭では話せません。
20人のうち19人までが、どうしても口頭で答えることができないと答えます。

ワイス式前世療法では、想起した前世の記憶内容を口頭で報告できないことを聞いたことがありません。
ワイス式体験者は、誰でも前世記憶のビジョンを口頭で報告することが可能です。

SAM前世療法における顕現化した前世人格が口頭で話せないという現象は、SAMの催眠深度がワイス式よりも深く、筋肉の弛緩状態がきわめて深く、声帯も弛緩し切っているので発声できないのではないか、という推測は的外れのようです。

どうも、SAM前世療法の作業仮説に理由が求めることができるのではないかと考えています。
ワイス式前世療法では、「前世の記憶として現れるビジョンをクライアントが報告する」という前提になっています。
あくまでクライアントが、「前世記憶を想起し報告する」のです。

SAM前世療法では、「顕現化した前世人格が、彼の生まれ変わりであるクライアントの身体を借りて対話する(自己内憑依)」という作業仮説でおこないます。

したがって、クライアントは普通、まず、前世人格の喜怒哀楽の感情を共体験します。
ビジョンは、それにともなって体験することになります。
感情のみの共体験で終わる場合も多くあります。
心理療法としての改善効果は、ビジョンより感情のほうが有益ですから、前世人格の語り内容の真偽(生まれ変わりの真偽)を科学的検証にかける目的でなければ、それで大きな問題はないと思っています。

セラピストの対話相手はクライアントではなく、魂表層を構成している、意識体として当時のままの感情で生きている、身体をもたない、前世人格という死者なのです。
死者である前世人格は、身体を失ってすでに長い時間を経ている存在です。
そこで、何人かの顕現化している前世人格に、なぜ話すことができないのかその理由を指で回答してもらうことを試みたところ、「肉体を失ってから長い時間が経過し、声帯と舌の操作の仕方を忘れて難しくなっているから、声に出すことができない」という回答でした。

指や、うなづくという単純な動作なら、現世の身体を借りて(自己内憑依して)その動作で回答することが可能であるということでした。
一理あるとは思いますが、さらに探究する必要があると思っています。

ここで注目すべきは、SAM前世療法においては、クライアントは前世人格の霊媒的な役割を担うということです。
わたしの創始したSAM前世療法は、クライアントの意識の中に顕現化した死者である前世人格と、発声器官にしろ指にしろ、クライアントの身体を借用して(自己内憑依して)自己表現をするクライアントとは別人格である前世人格と対話する、という世界の前世療法にまったく類のない作業仮説に立って展開しているのです。

つまり、クライアントは、自分の身体を自分の魂の表層に存在する前世人格に貸している霊媒的役割を担うことになっているということです。
前世人格は、自分の生まれ変わりである現世の肉体に憑依している、と考えられます。
この現象はこれまで発見されたことはなく、わたしはSAM前世療法独自の固有概念として「自己内憑依」と名付けています。

クライアントの魂表層から顕現化した前世人格は、現世クライアントの身体を媒介にして、現在進行形でセラピストと対話をしている、これがSAM前世療法のセッションの構図になっているということです。

「セラピスト」対「自己内憑依した前世人格」との対話、それを「じっと傾聴しているクライアントの意識」という構図をSAM前世療法の固有概念としてセッションの「三者的構図」と名付けています。
そしてまた、三者的構図が、SAM前世療法における治癒仮説でもあります。

クライアントの不都合な症状の原因を、その原因を語る前世人格の語りを傾聴することによって、「ああ、そうだったのか」と感情をともなった納得すること、つまり洞察が起こることによって、症状の改善が起こると考えられるのです。
この治癒仮説実証の典型が、「SAM催眠学序説その118」の先天性皮膚疾患の治癒事例として、治癒前、治癒経過の4枚の証拠写真とともに公開してあります。

そしてまた、魂の自覚状態にまで誘導し、魂表層に存在する前世人格を呼び出し対話するという固有の作業仮説に基づく前世療法は、SAM前世療法以外に世界中にありません。
そして、このような信じがたいセッション構図は、「ラタラジューの事例」によって実証されたと思っています。

SAM前世療法のこれまで述べてきた独自の仮説と技法の固有性が認められた結果、すでに流通している「前世療法」の用語があるにもかかわらず、「SAM前世療法」が、第44類(心理療法・医療分野)の登録商法として認可されています。

登録商標「SAM前世療法」は、世界に誇れる純国産の固有の前世療法だと自負しています。

一般に流通しているほとんどすべての「前世療法」は、わたしがワイス式と呼んでいる、あるいはそのバリエーションの、「前世の記憶にアクセスする」という方法論によっておこなわれる舶来の前世療法です。
しかも、語られた前世記憶の真偽の信憑性を、科学的に検証した事例報告は皆無です。

さて、里沙さんの前世人格ラタラジューは、セッション中にネパール語話者カルパナさんと次のような現在進行形でのやりとりをしています。

里沙  Tapai Nepali huncha?
   (あなたはネパール人ですか?)

カルパナ  ho, ma Nepali.
   (はい、私はネパール人です)

里沙  O. ma Nepali.
   (おお、私もネパール人です)

つまり、前世人格ラタラジューは、ただ今、ここにいる、ネパール人カルパナさんに対して、「あなたはネパール人ですか?」と、明らかに、ただ今、ここで、問いか け、その回答を確かめているわけで、「里沙さんが潜在意識に潜んでいる前世の記憶を想起している」という解釈がすでに成り立たないことを示しています。

ラタラジュー は死者であり、現世の里沙さんの身体(発声器官)を借りて、自己内憑依して、自己表現している身体を持たない意識的存在です。
里沙さんは、カルパナさんとラタラジューのネパール語会話の媒介役として、つまり霊媒的役割としてラタラジューに身体を貸している、とそういうことにほかなりません。

このことは、このラタラジューのセッション後に、研究資料としてお願いして書いていただいた以下の体験記録からも垣間見ることができるでしょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
セッション中とその後の私の心情を述べたいと思います。
こうした事例は誰にでも出現することではなく、非常に珍しいことだということでしたので、実体験した私が、現世と前世の意識の複雑な情報交換の様子を細かく書き残すのが、被験者としての義務だと考えるからです。
思い出すのも辛い前世のラタラジューの行為などがあり、そのフラッシュバックにも悩まされましたが、こうしたことが生まれ変わりを実証でき、少しでも人のお役に立てるなら、すべて隠すことなく、書くべきだとも考えています。

ラタラジューの前に、守護霊と稲垣先生との会話があったようですが、そのことは記憶にありません。
ラタラジューが出現するときは、いきなり気がついたらラ タラジューになっていた感じで、現世の私の体をラタラジューに貸している感覚でした。
タエのときと同じように、瞬時にラタラジューの七八年間の生涯を現世 の私が知り、ネパール人ラタラジューの言葉を理解しました。

はじめに稲垣先生とラタラジューが日本語で会話しました。
なぜネパール人が日本語で 話が出来たかというと、現世の私の意識が通訳の役をしていたからではないかと思います。
でも、全く私の意志や気持ちは出て来ず、現世の私は通訳の機器のよ うな存在でした。
悲しいことに、ラタラジューの人殺しに対しても、反論することもできず、考え方の違和感と憤りを現世の私が抱えたまま、ラタダジューの言 葉を伝えていました。

カルパナさんがネパール語で話していることは、現世の私も理解していましたが、どんな内容の話か詳しくは分かりませんでした。
ただ、ラタラジューの心は伝わって来ました。
ネパール人と話ができてうれしいという感情や、おそらく質問内容の場面だと思える景色が浮かんできまし た。
現世の私の意識は、ラタラジューに対して私の体を使ってあなたの言いたいことを何でも伝えなさいと呼びかけていました。
そして、ネパール語でラタラジューが答えている感覚はありましたが、何を答えていたかははっきり覚えていません。
ただこのときも、答えの場面、たとえば、ラタラジューの戦争で人を殺している感覚や痛みを感じていました。

セッション中、ラタラジューの五感を通して周りの景色を見、におい、痛さを感じました。セッション中の前世人格の意識や経験が、あたかも現世の私が実体験して いるかのように思わせるということを理解しておりますので、ラタラジューの五感を通してというのは私の誤解であることも分かっていますが、それほどまでに ラタラジューと一体化、同一性のある感じがありました。
ただし、過去世と現世の私は、ものの考え方、生き方が全く別の時代、人生を歩んでいますので、人格 が違っていることも自覚していました。 

ラタラジューが呼び出されたことにより、前世のラタラジューがネパール語を話し、その時代に生きたラタラジュー自身の体験を、体を貸している私が代理で伝えたというだけで、現世の私の感情は、はさむ余地もありませんでした。
こういう現世の私の意識がはっきりあり、片 方でラタラジューの意識もはっきり分かるという二重の意識感覚は、タエのときにはあまりはっきりとは感じなかったものでした。
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「ラタラジューが呼び出されたことにより、前世のラタラジューがネパール語を話し、その時代に生きたラタラジュー自身の体験を、体を貸している私が代理で伝えたというだけで、現世の私の感情は、はさむ余地もありませんでした」
という里沙さんの述懐は、彼女がラタラジューに「体を貸している」霊媒的役割を果たしたことを如実に語っていると思われます。

そして、「稲垣」対「前世人格ラタラジュー」との対話、それを傾聴している「里沙さんの意識」という関係が、前述した「三者的構図」です。

イアン・スティーヴンソンは、退行催眠中に現れた信頼できる応答型真性異言を2例あげています。
ともにアメリカ人の女性2名に現れた「イェンセンの事例(スウェーデン語会話)」と「グレートヒェンの事例(ドイツ語会話)」です。

「ラタラジューの事例」を含めると、退行催眠下で偶発的に起き、科学的に検証された事例で、公刊されたものとしては、世界でこれまでわずか3例の応答型真性異言しか発見されていません。
ちなみに、催眠下でなく応答型真性異言があらわれた事例が2例あります。
ちなみに、スティーヴンソンも「グレートヒェンの事例(ドイツ語会話)」において、わたしと同様、顕現化した前世人格を「トランス人格」と呼んで、応答型真性異言の話者を、クライアントとは別人格が現れて会話している(『前世の言葉を話す人々』P.9)、ととらえています。
つまり、クライアントが前世の記憶として真性異言を語ったとは考えていません。

生まれ変わりが普遍的事実であるならば、なぜもっと多くのクライアントが応答型真性異言を話さないのか、これは、ほんとうに大きな謎です。
多くのクライアントは、日本人以外の前世人格が顕現化する事例を示すからです。

この謎について、里沙さんの守護霊に尋ねたところ、「非常にすぐれた霊媒体質を備えている者だけが、異言を話すことができる」という回答でした。

したがって、霊媒資質を備えたクライアントに顕現化した(自己内憑依した)前世人格だけが、口頭で答えることができる、と推測してよいように思われます。

2020年6月8日月曜日

未浄化霊の憑依現象についての考察

    SAM催眠学序説 その132



前ブログ130・131で、生き霊と未浄化霊の憑依についてその顕現化現象を述べてきました。


SAM催眠学では、SAM前世療法セッションであらわれる意識現象の事実として、霊的存在を認める立場を明確に表明しています。

そもそも、わたし宛て霊信の告げた内容が、SAM催眠学の諸仮説の根本基盤ですから、その霊信を送信してきた「通信霊」という霊的存在を認めることが仮説の前提となっています。

SAM催眠学では、「霊とは、肉体を持たない死後存続する意識体」、「魂とは、肉体という器に宿った霊を呼び変えたもの」という「霊」と「魂」の概念の明確な区別をしています。
こうして「霊」も「魂」も、本質はまったく同じ意識体です。

したがって、魂は肉体という器を無くした時には霊にもどるわけで、香典袋の表書きに「御霊前」と書くことは理に適っています。

さて、わたし宛て第12霊信(SAM催眠学序説その59で公開) で、わたしの守護霊団の一員を名乗る霊は「未浄化霊」について次のように告げています。(注:「未成仏霊」と「未浄化霊」は同義語)

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この世に残る「未成仏霊」のような存在は、残留思念の集合体である。 

だが、それらは意志を持つようにとらえられる。 

よって、魂と判断されがちだがそれらは魂とは異なるものである。

それらの持つ意志は意志ではない。

なぜ、それらが意志を持つものだととらえられるのか、そして、魂が別の道をたどりながらそのような意志を残すのか。

それを残すのは、その魂ではない。

それらを管理するのは神である。

それらは計画の一部である。

転生し旅を続けるものに対する課題として必要なものである。

その詳細への説明は与えるものではない。

あなた方は、なぜそのような仕組みになっているのか答えを待つのではなく、自らが探究して得るべきなのだ。                                                  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「未浄化霊」とは、いわゆる魂(霊)ではなく、「残留思念の集合体」である、というとらえ方は初耳でしたし、このことについてはしばらくの間、探究することを怠ってきました。
ぜなら、SAM前世療法のセッションでたまたま顕現化する未浄化霊は、1個の人格を持つ意識体として人間的対話が可能だからです。
「残留思念の集合体」というとらえ方のほうが不自然だと思われたからです。

その一つの例示として、SAM催眠学前世療法の最終過程「魂遡行催眠」のセッション中に顕現化した未浄化霊との対話事例を提示してみます。


クライアントは30代の女性であり、「魂遡行催眠」の過程で、憑依していたとおぼしき未浄化霊が顕現化し、唐突に「セノーテ、セノーテ」と話しはじめました。

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: セノーテってなんですか? 

: 泉、泉。

: セノーテとはどこの言葉ですか。

: マヤ、マヤ。

: あなたはマヤの時代の人なんですね。それで、あなたは迷っている霊ですね。

: うん。そう、そう。

: マヤは日本から遠く離れています。あなたは、苦しくて、それを分かってほしいから、この者に憑依したのですか? そのために、マヤから日本までやってきたのですか?

: ちがう。この人が来た。

: この者が、あなたのいたマヤのセノーテにやってきた。それであなたが憑依して、そのまま日本に来てしまった、そういうことですか。

: うん。そう、そう。

: あなたは何歳で命を落としたの? 命を落とした場所がセノーテなの?

: 3歳の女の子。セノーテへお母さんが投げ込んだので死んでしまったの。

: お母さんがあなたを殺したわけですね。なぜそんな惨いことをお母さんがしたの?

: 神様への生け贄だって。

注: ここでまたクライアントは激しくイヤイヤをしながら、激しく泣き出しました。それがすすり泣きに変わるまで待って、対話を続けました。 

: そうやって生け贄にされて殺されたから迷っているのですね。でもね、この者にくっついていても、あなたはいくべき世界にいつまでたってもいけませんよ。あなたのいくべきところは光の世界です。そこへいけば、お母さんと会えますよ。あなたを守っておいでになる神様とも会えますよ。

: いやだ。光の世界はいやだ。お母さんは大嫌い、私をセノーテに投げ込んだ。会いたくなんかない。神様はもっと嫌い。私を生け贄にした。

:  お母さんがね、喜んであなたを生け贄にするはずがないでしょう。ほんとうは悲しくてたまらなかったのに、マヤの掟で泣く泣くあなたを生け贄にしたのですよ。そうして、幼子のあなたを生け贄に求めたというマヤの神様はまやかしです。そんなことを求める神様なんているはずがありません。悲しいことですが、マ ヤの時代の迷信です。

: でも、お母さんは、神様の求めで私をセノーテに投げこんだ。お母さんには絶対会いたくない。いやだ、いやだ。お母さんのいるところへなんか行きたくない。この人のところがいい。

:  じゃあね。私の言っていることがほんとうかどうか、ためしてみませんか。きっと、あなたが来るのを待っているお母さんが心配をして、お迎えに来てくれるはずですよ。お母さんがやさしく迎えに来ないことが分かったら、光の世界に行かなくていいのです。ためしてみましょうか。いいです ね。浄霊っていう儀式 をしましょう。きっとお母さんがお迎えにきてくれますよ。

: でも、いやだ。お母さんは嫌い。私を殺した。光の世界には行きたくない。
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このような対話を繰り返し、マヤの女の子が、浄霊に応じることを納得してくれるまで待ちました。
30分近く説得し、浄霊してよいという了解を得たので、浄霊をはじめました。
浄霊の儀式が終わったところで、お母さんが迎えに来ていますか、と尋ねると、うん、とうれしそうに返事が返ってきました。こうして、浄霊作業は終了しました。


ちなみに、このクライアントが、いったいどこで、この子どもの未浄化霊に憑依されたのか覚醒後に確認したところ、3ヶ月ほど前の旅行でマヤ遺跡のチツェンイツァのセノーテを訪問していたことが確認できました。

ここのセノーテでは、実際に生け贄を投げ込んで神への供物とすることがおこなわれていたという歴史的事実が確認されています。

このクライアントは、おそらく旅行先のここで憑依されたものと推測できます。

さて、ここでわたしと対話した未浄化霊である3歳の女の子は「残留思念の集合体」なのでしょうか?

だとすれば、「残留思念の集合体」は、あたかも一個の人格として振る舞っていることが明らかです。

このことについては、「SAM催眠学序説その82」において次のような見解を示しておきました。

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通信霊の告げている、未成仏霊は残留思念の集合体である、という説を採用すると、インナーチャイルド、多重人格にあらわれる副人格、生き霊といった 現象も、「強烈な思念の集合体であり、それらは意志を持つ人格のように振る舞う」という仮説が成り立つのではないか、というのがここでのテーマです。

なぜなら、SAM前世療法のセッションにおいて、たしかに未浄化霊を名乗る霊的存在が顕現化する意識現象があらわれることは稀ではなく、「残留思念の集合体」であるにもかかわらず、あたかも意志を持った一個の人格として振る舞うからです。

このことをさらに考察しますと、「憎悪・悲哀・嫉妬などの強烈な思念」、つまり「強烈な負の意識」が凝縮された集合体になると、それが一個の人格的存在を創出することがある、という仮説が成り立つと思われるのです。
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つまり、「インナーチャイルド」・「多重人格」・「生き霊」と呼ばれる存在は、生者の強い思念が凝縮して、一個の人格的存在として振る舞っているわけですから、死者のこの世に残した強い「残留思念」も、一個の人格的存在として振る舞っても不思議ではないということです。

そして、顕現化した未浄化霊が、本当に「残留思念の集合体」であるのかどうか、は当の未浄化霊に尋ねてみるしかない、というのがわたしのとった確認方法です。

その結果、尋ねた十数事例のすべての未浄化霊が、自分はいわゆる霊ではなく「残留思念の集合体である」と答えています。
それでは、本体である霊(死者の魂)はどこに存在しているかを尋ねると、どうやら「残留思念の集合体」が浄化されて上がってくるのを霊界で待っているとの回答でした。

本体の霊と分離したまま地上に残してしまった「残留思念」が浄化され、本体の霊と統合され、霊として十全な状態になることが求められているようです。
どうやら、そのような十全な霊となるように統合がなされるまでは、霊界からの次の生まれ変わり(転生)が許可されないのではないかと思われます。

 そうした消息を霊信では次のように告げていると思われます。
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なぜ、それら(注:残留思念の集合体)が意志を持つものだととらえられるのか、そして、魂が別の道をたどりながらそのような意志を残すのか。・・・(中略)

転生し旅を続けるものに対する課題として必要なものである。(第12霊信)
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「残留思念の集合体が意志を持つものだととらえられる」理由は、インナーチャイルド、多重人格、生き霊などの事例からすでに明らかだと言ってよいでしょう。

「魂(霊)が別の道をたどる」ということは、残留思念を地上に残し、本体から分離したままの十全ではない霊は転生が足止めされ、そうした転生を許可されない霊たちの居場所が、霊界のどこかに用意されていることを意味しているのかもしれません。

また、残留思念を地上に残したばかりに、願っても転生が許可されず、霊として成長進化する機会を奪われていることへの後悔や悲しみなどの苦悩や反省が、「転生し旅を続けるものに対する課題」ということかもしれません。

こうして、われわれが未浄化霊と呼んできた霊的存在は、どうやら「霊」ではなく「残留思念の集合体」であると判断してもよいようです。

以後は、「残留思念の集合体」であるという前提で、それを従来どおり 「未浄化霊」と呼んで記述していきます。

しかし、わたしは残念なことに、未浄化霊の生前の身元の検証に完全に成功したことがありません。
未浄化霊の語った生前の身元が実証できるあと一歩まで肉薄した事例は2例ほどあります。

したがって、未浄化霊の存在の有無は判断留保という前提において、未浄化霊とおぼしき存在に憑依されている複数のクライアントの「意識現象の事実」を累積した結果としての見解をこれまで述べてきました。

そして、クライアントに憑依している未浄化霊の語りが、客観的事実であるのか虚構であるのかは、検証して確認するほかありません。

ただし、検証の結果、生前の身元が客観的事実であると確認できたとしても、厳密な研究者からは、クライアントが超ESPによってそうした身元の情報を入手して語ったのだ、という疑惑が提出されるかもしれません。

未浄化霊と対話したわたしの実感としては、例示したマヤの女の子のような霊的存在の生前の身元が確認できないからといって、その実在を完全否定できないと思われます。

もちろん、クライアントの妄想の産物であるとか、役割演技とかの説明は可能でしょうが、なぜそのような妄想を語ったり役割演技をクライアントがする必要があるのか、必然性も利得もないからです。
ちなみに、統合失調症などの精神疾患は、このクライアントにはまったく認められませんでした。


さて、さらに、未浄化霊に憑依されていたとおぼしき諸クライアントの告げた「意識現象の事実」を、それを告げた未浄化霊の実在は判断留保という前提において、未浄化霊との対話で確認してきたことを取り上げてみたいと思います。


未浄化霊は、何を求めて憑依するのか、どういう人を選んで憑依するのか、どこに憑依するのか、という問題です。
また、未浄化霊に憑依されやすい人は、どのようにしてそれを防ぐことができるのか、という問題です。

未浄化霊の求めていることは、に苦しんでさまよっている霊への理解と共感だということです。
要するに、さまよっている霊の心情を分かってくれそうな人を選ぶといいます。
つまり、未浄化霊に対して、意識的にも、無意識的にも、受容的態度を持つ人を選ぶということです。
憑依が確認できたクライアントの多くは、霊的感性の豊かな人であり、そうした霊への受容的態度を持っていたと言えるようです。

それでは未浄化霊は何をもって、その人が霊への受容的態度を持っていることを知るのでしょうか。

未浄化霊の語るところによれば 、その選択の指標はオーラだと言います。

SAM催眠学では、霊体(オーラ)に意識・潜在意識が宿っている、という「霊体仮説」を設けています。
霊体はオーラとも呼ばれます。

したがって、未浄化霊に、霊体に宿っている意識内容を読み解く能力があるとすれば、霊体に宿っているその人の意識・潜在意識に、霊への受容的態度があるのかないのかが判断できるということになり、実際にそのようにして受容してくれそうな人に憑依すると言います。

逆に言えば、未浄化霊に対して強い拒否的意志を固めていれば、その拒否の意識は霊体に反映し宿っているわけであり、それを察知した未浄化霊は、憑依したところで理解も共感も得られないので憑依をあきらめることになるようです。
または、霊的存在をまったく認めていない人に対しても憑依は無駄であり、あきらめることになります。

したがって、憑依されやすい人が憑依を防ぐには、ふだんから未浄化霊への強い拒否的意志(思念)を固めておくことが、もっとも有効な手段であると言えるでしょう。
ちなみに、どこで憑依をしたかを未浄化霊に尋ねたところ、最も多かった回答は病院でした。
次に多かったのは、自殺者の出ている場所でした。

さて、憑依を防ぐ方法は、マヤの幼子に憑依されていたクライアントの守護霊によって確認しています。

それでは、未浄化霊はどこに憑依するのでしょうか。

霊体に憑依すると言います。

この霊体への憑依によって、被憑依者の霊体に宿っている本来の意識・潜在意識に、憑依した未浄化霊の意識(残留思念)が併存、ないし混入することになる、という理解が「霊体仮説」から導き出されます。

こうして、憑依によって、未浄化霊の残留思念(悲しみ、怒り、憎しみなどマイナスの思念)の影響を多かれ少なかれ受けざるを得ない被憑依者の意識は、理由の思い当たらない憂鬱感や悲哀感、怒りなどの意識に彩られることになります。

強力な未浄化霊の憑依によっては、その優勢な残留思念に支配され、一時的に本来の人格が変わってしまうような意識現象があらわれるかもしれません。
このことは、生き霊に憑依されたクライアントが示した事例からも類推できそうだと思われます。

わたしの体験した唯一の事例においては、統合失調症の診断の下りている青年で、精神科に入院するために病院に入ると同時に寛解状態に戻り、入院の必要なしと診断されて病院から出ると同時に異常行動に戻ることを繰り返すという不思議な病態を示しました。

大胆な私見を述べれば、この事例は、被憑依者の病院内での治療を嫌う未浄化霊が、憑依したり、離れたりするという解釈をすれば理解できそうです。
わたしの信頼している唯一の霊能者も、この青年の事例は私見のとおりだろうとコメントしています。

とすれば、統合失調症の患者さんの中には、強力な未浄化霊の憑依による病態だと推測できる患者さんがおいでになるかもしれません。


2020年4月1日水曜日

浄霊療法によるパニック障害改善事例

    SAM催眠学序説 その131


ここに紹介するのは、原因不明のパニック障害に10年間苦しんだ女性クライアントA子さん(40歳)に、2020年1月18日にSAM前世療法をおこない、その後の3ヶ月間の彼女の改善経過報告を、そのまま転載した事例報告です。


10年間にわたるパニック障害の原因が、SAM前世療法中のプロセスで顕現化させた曾祖父夫婦の2体の未浄化霊の救いを求める訴えであることが分かり、未浄化霊へのわずか1回の浄霊作業によって、即効的で顕著なパニック障害の改善効果が得られたという事例です。

クライアントA子さんが、快く改善報告の公開を承諾してくださったので掲載できました。
A子さんにはこの場を借りてあつくお礼申しあげます。

なお、A子さんが特定されるおそれのある個所、症状の改善に直接関わりのない個所は省略してあります。
また、省略によって文脈上前後の事情がわかりづらい個所は、必要かつ最小限の接続詞などの付加を施してあります。

以下にクライアントの報告をそのまま転載します(ゴチック部分は稲垣)

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1 セッション前までのA子さんの症状の報告

私は、平成14年4月から製薬会社で抗がん剤の営業マンをしていて、平成21年夏頃、突然、出張中の飛行機の中でパニック発作を起こし、以来、パニック障害に非常に悩んでいます。
最初は心臓病かと思い、飛行機を降りると心臓が口から出て行く様な動悸や、冷や汗が消えるので、今病院に行っても原因が特定出来ないだろうと思って循環器内科に行かず我慢して過ごし、この発作と精神的マインドが比例して起こると気付いて、1年後、平成22年に初めて精神科に行き、パニック障害と診断されましたが、なかなか病気を受け入れられず、治療もせずに、自己研鑽の為に産業カウンセラーの資格取得のためにカウンセリング面接の練習をしていました。

そして、 飛行機から逃げたい自分を受け入れた結果、ある日、沖縄から福岡への出張で那覇空港で飛行機に荷物を預けたのに、ゲートをくぐれず、飛行機に乗らずに、泣きながらタクシーに乗り込み、空港から逃げて家に帰ってしまい、もう飛行機に乗る事が出来ないと会社にも報告し、同僚にも病気を打ち明けました。
最初は夫が一緒だと飛行機に乗れたので、何とかやり過ごしましたが、平成26年に仕事を辞める結果になりました。

その後すぐ精神科で薬物治療も始めました。
一旦、パニックが治った感じがあり、自信を取り戻し、ふたたび別の医薬品会社に再就職して、営業の仕事をしていたのですが、平成28年夫が一緒でも飛行機に乗っていてパニック発作を起こした事をキッカケに、夫が一緒でも飛行機に乗れなくなりました。
もちろん精神科でも治療は続いていたのですが、新幹線でもパニック発作を起こして、一人で乗れなくなり、バスや地下鉄も避けるようになり、渋滞の高速道路でパニックを起こした結果、上司に営業車の運転が危険と判断され、2年働いていた製薬会社を平成29年に辞めざるを得なくなりました。

生きる自信もなくなり、精神科で処方されたハルシオンを大量に飲んで自殺を図りましたが、沢山寝ただけで、生きていました。
何とかやる気を取り戻し、病気のせいで退職勧奨を受けた悔しさと、こういう労働者さんが他にも居るだろうから、私はパワハラ・セクハラや退職勧奨されて困っている労働者の人達の役に立つ仕事がしたいと思い、1年間勉強に集中して、社労士資格を取得し、国家試験合格後すぐ早速社労士の仕事を平成30年から始めましたが、結局、公共の乗り物に乗る事と渋滞の高速道路が怖くて積極的に仕事が出来ず、会社も徒歩5分の社労士法人事務所で働き、本当はパワハラ・セクハラ防止セミナーの講師の仕事などしたいのに、遠い住所の会場をみただけで萎縮し、なかなか仕事も一歩先に行けない、怯んだ自分が悔しくて悔しくって、なぜパニック障害で、怖くて乗り物に乗れないのか、悔しくて歯がゆくて、それを乗り越えられない自分が情けなく、恐怖心に負けている自分が嫌で、治したいのに、乗り越えられなくて、本当に悩んでいます。
この恐怖心を打破して、以前の様に広い世界で自由に悩まず乗り物に普通に乗りたいです。

パニック障害になって、この病気の事を考えない日は無いです。
そして、なぜ乗り越えられないのか、情けなさと悔しさはいっぱいなのに、どうしても勇気が出ないです。
それに、恐怖心から乗り物から逃げて、仕事も、本来もっと色々と経験したいのに、場所を見たら顧問先も受付けられず、現在の社労士の上司からは仕事に消極的で士業には向いて無いのではないかと言われました。(現在の社労士法人の上司、同僚には病気の事を隠しています)
もう、パニック障害で、逃げる自分に負けて、世界を狭くしている状況を治したいのです。
どうか、先生のお力で、パニック障害が治ったり改善された方がいるなら、是非カウンセリングセッションを受けさせて下さい。
お願い致します。

付け加えると、父も26歳位からパニック障害だったそうですが、私のパニック障害発症と交代するようにこの頃から飛行機に自由に乗れるようになり、パニック障害を克服したと言っています。
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上記のような主訴を受け、2020年1月18日にSAM前世療法のセッションを実施しました。
5年間にわたる精神科医による薬物治療でも手に負えないパニック障害を、果たしてSAM前世療法で改善できるのか、セッション実施を即座に決断することはできませんでした。

しかし、『SAM催眠学序説 その126 事例その2』で紹介したような飛行機恐怖症の顕著な改善事例もあり、現行精神医学では治癒が困難で原因不明な症状にこそ、SAM前世療法の出番と存在意義があると考え、セッション実施を承諾しました。

クライアントには、くれぐれも過大な期待をしないように念押しし、これまでのSAM前世療法の累積から、成果を挙げてきた改善可能性のある手立てをすべて試みる、という条件で施療することにしました。

SAM前世療法の定式にしたがって、「魂状態の自覚」まで誘導し、まずは魂表層に存在する前世の者たちのうちパニック障害に関わって何か訴えや警告をしている「前世の者」を確認しましたが顕現化することはありませんでした。

次に、パニック障害を引き起こしている「生き霊」がいるのなら憑依を許可することを告げましたが、生き霊の顕現化もありませんでした。

さらに、ご先祖の未浄化霊で、パニック障害を引き起こして、子孫であるクライアントに苦しみと救いを訴えている「未浄化霊」の憑依を許可したところ、男女2体のご先祖の未浄化霊の顕現化が起こりました。

クライアントは、霊感は強いようでしたが霊媒体質ではないらしく、憑依した未浄化霊は口頭で答えることはできません。
そこで、わたしの質問に指で応答するように指示し、対話を進めました。

催眠から覚醒後のクライアントに、2体の未浄化霊とわたしとの対話内容の記憶を尋ねると、この間の記憶がほとんど抜け落ちており、催眠性健忘が生じていました。

どうやら、顕現化したのは実家の祖父の両親の未浄化霊であるらしく、A子さんにとっては曾祖父母であるらしいことが判ったところで対話を切り上げました。

未浄化霊は、霊ではなく「残留思念の集合体」である、とするSAM催眠学の仮説では、死後、魂の本体は、すでに行くべき次元に旅立っており、魂の表層に存在し、生前は「現世の者」であった人格に、この世に置き去りにしてきた残留思念がやって来て統合されることを待っている、とする仮説を立てています。
そして、魂の表層を構成している前世の諸人格が欠けることなく完全な形なると、次の生まれ変わりが可能になると考えています。

こうして、旅立つべき次元へ旅立ち、その次元で待っている魂の本体と統合するように説得し、納得を確認したのち、それぞれ1体ずつへの浄霊作業をおこないました。

宗教者ではないわたしの浄霊作業の本義は、どこまでも対話による未浄化霊の苦しみと救いを求めていることへの共感と理解であり、般若心経を唱えることは新しい次元(霊界と呼ばれている)への旅立ちへのきっかけとなる道具だと位置づけています。
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セッション後のA子さんの経過報告(3日後)➊ 

1/18はセッションのお時間を下さりありがとうございました。

無事に、研究室から名古屋までの帰りの1時間かかった名鉄電車も、翌日名古屋から博多までの新幹線も、抗不安薬(レキソタンというお薬)を飲まず、福岡まで帰り着きました。

久しぶりにレキソタンを服用せずに、電車に乗ることができました。

博多までの新幹線で、途中で発作が起こりそうになった時があったのですが、催眠中に指示されたことに従って3つ数えて息を吸い、5つ数えて息を吐いたら、すっと落ち着き、呼吸法で落ち着けた事は何と初めての成功でした。
とりあえず、もう浄霊もしたはずだから今パニック発作を起こすなら、もはや自分自身の問題と考え、この数年間、パニック障害と付き合って来て、考え方のパターンが出来上がっていて定着してたんだなと、認識を持てました。

今まで、勉強して知識上では考え方のパターンがあると理解してはいたのですが、冷静に自分の考え方の分析したのは初めてでした。そしてパニック障害になっていなかった発症前と比較してみました。
それらのことを新幹線に乗りながら分析していました。

簡単に書きましたが、
これがセッション後気付いた変化です。
また後日改めてセッションの御礼メールを致します。


セッション後のA子さんの経過報告(41日後)➋

お久しぶりです。

1月18日のセッション後、2月から新しい職場で仕事も始め、1カ月経ちました。
あれから、般若心経を書き写し、ひらがなの読み方を調べ、毎日唱えています。
気になるのですが、光の玉みたいな感じで、何かが見える様になり、もしかしたら霊感が強くなってるのかもしれないです。

主人から、以前より明るくなって、以前はネガティブな発言が多かったらしいのですが、ほとんどネガティブな発言はなくなった、元気になってるよ、と言われます。
先生のご依頼に従って3項目を設けて経過を報告します。

1、病院のドクターの見解

セッション前、先生の研究室へ伺うために名古屋行きの新幹線と、名古屋から岐阜県可児市までの名鉄電車に乗った時以来、セッション直後からはレキソタンと言う抗不安薬を一回も飲んでいません。
これをドクターにも報告したら、改善しているから、このまま様子を見よう、と言われました。
あと、以前は〇〇しなければならない、とか、飛行機に乗れない自分を責めていました。
でも、今は何故あんな色々とこだわっていたのだろう?と感じます。
飛行機に乗らないなら乗らないで良いのではないか?という様な感情です。
社会保険労務士の勉強も、以前は脅された様に勉強し、仕事が終わった後寝る前も勉強し、常に自分を追い込んでいました。

これは、精神科医によると、脅迫観念が改善した事から、色々と受け流す事が出来て、病気が改善してるからだと言われました。
何かに取り憑かれた様に勉強し、さらに受からないと自分に価値は無いというような脅迫観念が強く、勉強する事で安心感を得ていました。
おかげで1年で合格出来た事が唯一の救いでしたが、仕事を始めても自信がなく、引っ込みがちで、上司から士業が向いてないのではないかと言われて、自信喪失になりました。
どこかに所属しておかないと怖くて、転職活動を焦って行い、2月から新しい会社に入りました。
このどこかに所属しておかないと安心感がないのも、パニック障害や脅迫観念の強い病気の特徴らしいです。

2月からの新しい職場では、仕事中もパニック発作がなく、抗不安薬無しに生活でき、会議でも発言して、積極的に仕事が出来るようになり、私が法的な見解も自信満々で答え、仕事もバリバリ引き受けるので、早速、上司の弁護士から、高い金額が必要な、社労士登録も、又、毎月の登録料(会費)も会社負担にするから社労士会に登録しないかという、有り難い提案を受け、三月に、社労士登録もしました。(2月に申し込むと3月の登録になる)

抗不安薬無しに、会議や友人と面会もでき、自然な私でいられます。
以前は広場恐怖で、薬を飲んでいました。
そのおかげで、以前の会社では、不自然に元気で、周りからいつも、明るく元気で天真爛漫な人と誤解されていました。
今は、薬無しに、自然な私の姿でいられるのが有り難いです。

2、薬物服用の変化

一月から始め、以前は飲み続けられなかった、抗ウツ薬SSRIは、半量でも効果が出ていると言う事で、半量に減量して毎日続けています。
SSRIは以前は副作用の吐き気、倦怠感、下痢、眠気が酷く、飲めなかったのです。
今は、一応飲み続けています。
また、精神科の医師は、私の病気については、先程書いた様に、改善していると言う見解です。
特にレキソタンと言う抗不安薬を飲んでない事はすごいね( ゚д゚)と言われ、飲んで無いから残薬が大量になり、ここ数年ぶりで始めて、先月は処方されなかったです。
3/10に診察予定ですが、多分又処方されないと思います。残薬が一錠も減ってないからです。

3、SAM前世療法を受けて

1/18にセッションを受けたばかりなのに、私の記憶が曖昧になってきているのです。

しかし、何故、催眠中に般若心経が怖いなんて言ったのか本当にわからないです。
でも、あの時ハッキリ、私は般若心経が怖いと言いましたが、まるで、熱いものに触ったら無意識に手を引っ込める反射の様に、私は勝手に般若心経が怖いと無意識に言っていたのだけ覚えています。
また、般若心経は、非常にリズミカルで気持ちが落ち着きますので、現在は唱えていますが、以前の様に、咳が止まらなくなったり、発熱が引かなくなるなんていう現象は起きていません。
以前は般若心経を唱えて咳と発熱で、抗生剤を1カ月飲んでも熱が下がらず、原因不明で、ステロイド療法までしたのに。
その時は、結局、般若心経を唱えるのを辞めたら解熱したのですが、、、。それから般若心経は避けていました。
今は、毎日毎晩般若心経を唱えています。でも風邪も、引かず元気です!

なんと、いきなり思い立ったかのように1/20から、レキソタン飲まず、ホットヨガを習いだし、ホットヨガなので、窓もない熱いサウナみたいな空間で、1時間決められた時間に通っています。
これも、実は、一般人には理解出来ない事だと思いますが、窓もない狭い閉所空間に1時間もいられるなんて、私にとっては信じがたいすごい事なのです。

以上が経過報告です。
40日ほどしか経ってないので、こんな感じですが、また何かあれば報告します!
本当にありがとうございました!

セッション後のA子さんの経過報告(62日後)➌

A子さんに電話を入れ、セッション2ヶ月後の経過を確認したところ、前述41日後の経過報告と変わりなく、元気に新しい職場で活躍しているということでした。
元気な顔をわたしに見せるために、わざわざ顔写真を貼付してPCメールで送付していただきました。

4、総括

セッション直後から、それまで服用していた抗不安薬レキソタンの服用なしで、名古屋から博多まで新幹線に乗れたこと、セッションから62日後の現在は、乗用車の運転も可能になっていること、飛行機の搭乗については、はまだその機会がないので搭乗可能かどうかは不明だがパニックの起こる不安はないこと、新しい職場で積極的に仕事に励んでいること、などの報告を総合的に鑑みて、SAM前世療法1回の施療によってA子さんの パニック障害は、速やかな改善に至ったものと判断できると思われます。

SAM前世療法独自の技法によって、クライアントを「魂状態の自覚」まで催眠深化させ、そこで意図的憑依を試み、顕現化したご先祖の未浄化霊2体それぞれへの、たった1回の浄霊作業によって、このような顕著な改善が可能になったことには、セッション当事者のわたし自身が驚いていますが、クライアントの事後報告が明らかに示しているように、紛れもない「意識現象の事実」です。

このような、顕現化させた未浄化霊への浄霊作業による顕著な改善効果は、事例こそ多くはありませんが『SAM催眠学序説 その126 事例その2』で紹介したように、飛行機恐怖症(閉所恐怖症)男性の顕著な改善事例があり、たまたま、まぐれで、偶然に起こったとは思われません。 
それ以外にも、原因不明の偏頭痛の改善事例、原因不明の足の甲の疼痛の改善事例、統合失調症の改善事例などがあります。


ちなみに、浄霊作業の対象であるご先祖2体の未浄化霊の身元について、A子さんのセッションから4日後に届いた手紙の中で、彼女は次のように書いています。

(前略)
台湾からの引き揚げ者であった、私の姓○○の祖父の両親について、どうして台湾に移ったのか、又、日本ではどこに住んでいて何をしてどこで亡くなり、どこにお墓があるのか、なんという姓名だったのかすら知らず、父に聞いてもはぐらかされるので、もう聞いてはいけない事と思って心にしまっていました。
台湾から引き揚げて、日本に着いた時、祖父一人だけ勝手に姓が「○○」になっていてショックを受けた話を、私の母が父と結婚する際の結納式の時に聞いており「だから○○の姓はおじいちゃんの家とうちの家だけ」と聞いています。
又、祖父の両親は、祖父の若い頃亡くなっており、祖母と結婚した時には、すでに亡くなっていたと聞いています。
なぜ亡くなったのか知りませんし、祖父方の他の兄弟についても、何人いたのかどこに居たのか、何という姓かも存じません。
ただし今回、先生のセッション中、はっきり「おじいちゃんのお父さん」が白黒写真のように見えたのです。
大変な苦しい気持ちの中で亡くなったようです。
祖父の両親がどこで眠っているかも判らないのですが、天に祈ろうと思います。
(後略)

この文面によれば、顕現化した男女2体のご先祖の未浄化霊の身元は、実家の祖父の両親(A子さんにとっては曾祖父母)であると推測できると思われます。

こうして顕現化した未浄化霊の身元がほぼ特定できたという点からも、本ブログの掲げる理念である「生まれ変わりの実証的探究」に適った大変貴重な事例だと考えています。

付言すれば、A子さんの父親のパニック障害治癒と入れ替わるように、彼女がパニック障害を発症した事実は、救いを求めていた曾祖父母である2体の未浄化霊は、最初孫である父親に救いを求め、次いで曾孫であるA子さんに交代し、救いを求めてきたのかも知れないと推測できるように思われます。

そして、『SAM催眠学序説 その126 事例その2』で紹介したような飛行機恐怖症の顕著な改善事例も、その原因であったご先祖の未浄化霊への浄霊作業によって即効的改善の起きたことを重ね合わせて考えてみると、そうした霊的存在とそうした存在による心理的、肉体的な様々な症状の発現がありうることを事実として認めるしかないのではないでしょうか。

とはいえ、わたしは唯物論精神医学による薬物治療効果を否定しているわけではありません。
そうではなく、唯物論精神医学は、少なくとも現時点において、けっしてオールマイティではない、と主張したいと思っているのです。
原因不明な精神疾患の中には、ここに紹介したように、霊的存在による、いわゆる霊障と呼ばれる症例の事実があることを認めるべきではないでしょうか。

また、『SAM催眠学序説その115』、『SAM催眠学序説その130』で紹介してきた「生き霊」という霊的存在についても同様です。

このような霊魂仮説を持ち出すだけで、非科学的だと決めつける、唯物論の枠組みだけに固執せず、霊的存在をも視野に入れた柔軟な思考態度と、症状理解への対応が必要であることを主張したいと思います。

2008年にSAM前世療法を創始し、霊魂仮説によるセッションの累積は、まだ10年余しかありません。
この先も、セッションを累積して霊魂仮説による実践と検証を地道に続けたいと思います。

なお、これまでのSAM前世療法の累積による現時点の到達点が、『SAM催眠学序説 その124 SAM前世療法の重要仮説用語集』としてまとめてあります。

どうぞご覧ください。

2020年3月5日木曜日

「生き霊」への除霊療法による改善事例

    SAM催眠学序説 その130   


今回紹介する記事は、ブログ「宝田昌子『素敵なあなたに微笑みを』SAM前世療法北陸」の
管理人宝田昌子さんの記事です。
彼女は、わたしの主宰する催眠塾の卒業生です。

彼女が、3年前わたしの元へSAM前世療法セッションに最初に訪れたときの主訴は、毎夜の歯ぎしりがひどく、歯科医から、犬歯にひびが入っているのでこのままでは歯がもたない、という診断が下りたことでした。
歯ぎしりの原因を探るため、魂状態の自覚まで催眠を深化したところ、そこで顕現化したのは、理不尽な嫉妬に狂ったと思われる隣家の主婦の生き霊でした。
このことから分かるように宝田さんには、被憑依体質、霊媒体質があると思われます。

今回も、彼女に起きた不都合の原因が、誰かの生き霊の憑依によるものではないか、という直感から、セッションをおこなったその記録です。
彼女の場合、生き霊とおぼしき意識現象の顕現化中の記憶には、一部に催眠性健忘による記憶の途切れはありますが、生き霊の語った内容や自分の身体反応が正確に再現されています。

生き霊の顕現化現象については、「SAM催眠学序説その115」ですでに記事にしていますが、今回のセッションは、それにもまして奇怪で凄まじい顕現化現象といえます。
こうした点からも貴重な記録だと思われます。
彼女から、記事の転載を許可してもらいましたので、以下に紹介します。   
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
令和2年2月末から
突然、気絶したように意識が飛んで寝てしまう。
(お風呂に入り、シャンプーをしていても)
寒気が治まらない。
電話の相手が電話を使用していないのに
通話中になって連絡がつかない。
重要なメールの内容が上手く返せない。
重要な話が出来ない状況が続く。
物事が前に進まない。それどころかトラブル直前まで進んでしまう。
何故か特定の相手の事ばかりが思い出したくないのに頭をよぎる。 (Aさんの事で何か執拗に心に入ってくるような嫌な感じです。)

なんとも言えない暗澹とした思いが、心を覆い隠し始めていたんです。
このまま昔に戻った方が楽なのではないか?そんな事さえ考え始めたとき

「夜明けが  一番暗い!!」 


と突然直感が降りてきたんです。
私は、やっと正気に戻ったように私自身を奮い立たせ日常を送ることが出来たんです。

令和2年3月3日
SAM前世療法創始者稲垣勝巳先生にセッションをお願いしていたんです。
そして最近の不可思議な出来事を稲垣先生に聞いてもらったんですね。

「電気関係の不都合や寒気や眠気を起こさせるのは 誰かの生き霊の仕業かもしれないね。 試しに魂の自覚状態まで遡行した後、 生き霊に憑依することを許可してみようか。憑依が起きたら説得して もう二度と憑かないように除霊をしてみますか?」との問いに戸惑いながらもお願いすることにしたんです。

セッションが進む中
「この者に憑依してきた生き霊がもしいるならね、 この者に憑依することを許します。 言いたいことがあるなら言ってごらんなさい」

すると私の顔がどんどん憎悪の形相に歪んでいくのが分かるんです。
犬がうなるときのように、牙を見せるような歪んだ口元。
鼻筋にしわが入り、憎々しく顔を歪めた表情に変わっていき、ふだんの私とはまったく別人のような気味悪い悪相になっていったそうです。

稲垣先生が私の事についてお話をしてくださっていると、

 そんな事知ったことではない・・・・。
 そんな事知ったことではない・・・・。

と心の中で何度も唱えます。
次第に感情が大きくなって声に出し始めたんです。
最初は小さくぼそぼそと言っていたかと思うと、どんどんその声は大きくなり始めたんです。

「そんな事知ったことではない・・・。」

「そんな事知ったことではない・・・」

「そんな事知ったことではない!!」


生意気よー!! 生意気なのよー!!!」 


「私の力を返せ!!」 

「私の力を返せ!!」 

「私の力を返せー!!」


部屋中に生き霊に憑依された私の声が響きます。
獣のように呻き声を出し、声を荒げるとさらに興奮したように暴れます。
挙句には叫びはじめたんです。
事情を知らない人が見ると錯乱状態に見えたと思うんですね。
後で稲垣先生にお聞きすると、 稲垣先生の腕にグーッと私の爪をくいこませ、女性ではとても信じられないほどの、もの凄い力で暴れようとしていたのだそうです(このときの記憶はありません)。
普通の腕力の男性では到底押さえ切れなかっただろう、と話されていたんです。
「あれは、演技では出来ないな・・・」
と最後にポソリと言われたんです。

さらに暴れようと抵抗する生き霊に稲垣先生が
「この者はね、何にもしていないでしょ。 それどころかあなた、この者に〇〇〇なことをしたり 〇〇〇なことをしているじゃありませんか」
生き霊は、鼻で笑って

「何が悪い。何が悪い!!」

「私の力を返せ!!」

「私の力だ~!!」


怒りに任せて、「まだわからないのか」と言わんばかりに何度となくわめくんです。
私をさげすんだ、 生き霊のおぞましい憎悪の思念の波動が伝わってきたんです。
身体の中心から突き上げるように、全身から怒りのエネルギーが爆発しているようでした。

 「私の力だ!!私の力を返せ!!私は悪くない!! こいつが目覚めるから悪いのよ!!」

 「こいつが目覚めるからわるいのよー!!」

「こいつが目覚めるから悪いのよー!!!!!!」

 「私は今まで頑張ってきた!!頑張ったのよ!!私の力よ!!」 


稲垣先生は、私に憑依して暴れる生き霊の肩を両手で押さえ込みながら話します。
「でもね、これはあなた自身の力じゃない。 この者の前世の者たちの力を借りていたのだ。 そして、この者が覚醒する時熟の時が来たんです」
生き霊は、まったく聞く耳を持たず力の限りわめき散らします。

「こいつが目覚めるから悪いのよー!!」

「こいつが目覚めるからわるいのよ~!!」 

「嫌よ~!!私の力なのよ~!!」


何とかして、稲垣先生の手をふりほどいてやる、邪魔をするな、私の力だ私の力だ、そんな感情だけがはち切れんばかりに噴出し、何度も何度も叫ぶんです。

 「私の力を返せ~!!」

「私の力を返せ~!!」


 稲垣先生は、動じることなく生き霊に話します。
 「これはね。神が決めた事なんです。 今まであなたを守護していた、 この者の前世の者たちがいなくなると あなたの霊力は確かに弱まるでしょうけど。この者に逆恨みの憎悪を抱いている 今のままじゃ、神に罰せられますよ!!」

生き霊は稲垣先生の言葉が 胸に突き刺さったようでした。
動きは止めませんでしたが、 一瞬心が静かになって、私の前世さんの名前が書いてある掛け軸が 、すっと暗闇の中へ消えてい行く様子が 見えたんですね。
それは、Aさんの家にいつも祀ってある私も見慣れた掛け軸だったんです。

 「嫌よ~。神様・・・。行かないで行かないで・・・」
 「嫌よ~。嫌よ~」

生き霊は、何かを悟ったかのように どんどん大人しくなっていったんですね。
Aさんの生き霊らしいものは 稲垣先生に説得され、不動明王の真言と般若心経を唱えられて除霊されたようなんです。


10年余りSAM前世療法のセッションをしてこられた 稲垣先生も、顕現化した霊現象でこれほど怖かった体験は 2例しかないとの事。
それほど憎悪の思念が強烈な生き霊だったようです。

私は、生き霊を発していたと思われるAさんに対して、全面的に信頼がおけると思っていただけに ちょっとショックだったんです。
けれども、いま振り返って思えば、 Aさんにはここ数年前からとり始めていた私への不可解にしか思えない断定調の言動があったんですね。
特定の神社参りの禁止や祝詞を唱えることの禁止など、その理由を明かさないで一方的に言われてきた批判的言動のわけがようやく分かったような気がしたんですね。

Aさんは私の霊能力がだんだん覚醒し始めたことに気づき、私がAさんへの依存から離れようとし始めたことに気づいて、それを止めようとしていたかもしれないのではないかと。
そして、私がSAM前世療法を自らおこなうことによって、これまでAさんの業務独占状態であった霊的問題相談の仕事に侵入してくるかもしれないと、不安と嫉妬を抱くようになっていったのではないかと。
ただし、この推測は、どこまでも憑依した生き霊はAさんが発していたもの、という仮定に立った、私の直感でしかありません。


生き霊を憑依させる前、稲垣先生は私の前世さんを呼び出されていたんです。
私の前世さんは、私の名前を呼んで
「目覚めた・・・。目覚めた・・・。目覚めた・・・」
とふわふわとした気持ちでとても喜んでいたんです。
 顔はとても穏やかで「柔和」と言う言葉がぴったりの前世さんです。

 稲垣先生が質問します。
「あなたは自分の意志でAさんを守護していたのですか? 神に命令されて守護していたのですか?」
と聞かれ、前世さんは答えはしなかったけれど、稲垣先生から顔を反らし左手を痛いほど握りしめて 涙をこぼしたんです。
前世さんの本意ではなかったのだと伝わってきたんですね。

SAM前世療法では、 依頼されたセッションを成功に導くために、必要に応じて 「未浄化霊の浄霊」、「生き霊の除霊」をしているんですね。

稲垣先生の下記二つのブログ記事をお読みいただくとわかりやすいです。

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ブログその1

稲垣勝巳生まれ変わりの実証的探究
 samzense.blogspot.com

2019年10月18日金曜日

「未浄化霊の存在についての考察」   

SAM催眠学序説 その126

SAM前世療法のプロセス最終段階で、潜在意識に「魂状態の自覚」に至るまで導かせるという「魂遡行催眠」は、SAM前世療法独自・固有の催眠深化技法です。
この「魂遡行催眠」中には、クライアントに憑依していた未浄化霊が顕現化するというきわめて興味深い意識現象があらわれることがあります。
わたしには、事前に未浄化霊の憑依を感知する能力はなく、未浄化霊が自ら顕現化することをもって、そうした存在が憑依していることを認めざるをえなくなったということです。  

未浄化霊は、救いを求めて顕現化するらしく、説得によって憑依を解かなければ魂状態に至ることができないので、セッションの遂行上、説得による浄霊という儀式をやむなくするということです。
そして、事前に未浄化霊の憑依の有無を知る方法はありません。

したがって、SAM前世療法は、浄霊を目的とするセッションをすることはありません。
また、顕現化した未浄化霊と口頭で対話できる現象は多くはありません。

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ブログその2

2018年7月20日金曜日

「元妻に憑依した夫の生き霊との対話」   

SAM催眠学序説 その115

「生き霊」との対話セッション逐語録

 「生き霊」の真偽について科学的検証、証明は不可能だと思われます。 生き霊を飛ばすという行為は意図的におこなわれることより、多くは無自覚のうちに飛ばしているらしいことが言われているからです。
そうなると、無自覚に生き霊を飛ばしている当事者本人に「あなたはA子さんに生き霊を飛ばしていますか?」などの確認の検証をすることは無意味に違いありません。
 また、生き霊は、意識体ですから、その意識現象としての憑依を科学機器による映像化や計測化など可視化ができず、科学的、客観的検証や証明はできません。
できることは、状況証拠を慎重に考察し、その累積から共通項を抽出して間接的な証明をすることしかないと思われます。
 生き霊とはいかなる意識体か。
 SAM催眠学では次のように暫定的な定義をしています。
 生き霊とは、「耐えがたい嫉妬の体験をしたために、魂表層の『現世の者』から分離した嫉妬の思念の集合体であり、意志を持つ人格としての属性を備えたもの」である。
 したがって、生き霊とは、意志を持つ人格として見做される「見做し人格」と言えるでしょう。
この定義によるSAM前世療法のセッションの目的は、生き霊をクライアントに顕現化させ、生き霊との対話をおこなうことによって説得し、納得させ、生き霊を飛ばしている本体である「現世の者」に統合させることです。
その結果として、生き霊の憑依がおさまるであろう、と考えることが、生き霊療法の治癒仮説です。
そして、生き霊の憑依が起きているのではないかと推測されるような、体調の悪化や情緒不安定、憑依様の人格変化などの原因不明の意識現象・身体現象が、少数ながら確かにあるようです。
 単なる思い込みや憑依妄想では解釈できない霊的現象があるようです。

https://samzense.blogspot.com/2018/07/
『稲垣勝巳生まれ変わりの実証的探究』より抜粋
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SAM前世療法 北陸では、
他にも前世さんにしがみついている未浄化霊を 浄霊する事例が何件も出ています。
前世さんを呼び出しヒーリングをした後、 寒気が止まらない。
体から冷気が出ている状態の時に未浄化霊が出てきます。

 女性に首を絞められているのが見えるクライアント
 夢で見た殺した人が、出てきたクライアント
浄霊をすると体中から何かがバーッと出ていくことを感じるクライアント

人それぞれ感じかたは違いますが 、前世さんを恨んで一緒に転生している未浄化霊がいることははっきりしているんです。

 

『生き霊が出てくるきっかけとなった出来事』


数年前。SAM前世療法に出会い、セッションを受ける度、私の霊能力に対する封印が次々解かれていったんです。
封印が解かれるたび、不思議な霊現象が起こるようになったんです。
「もしかしたら私の人生変わるかもしれない 変わるなら、変えたい。最後のチャンスだ」そう思っていたんです。

その当時、実家との関係や家庭生活などが何もかも上手くいかなかった私にとって、SAM前世療法は最後の頼みの綱でした。
SAM催眠塾へ入塾。更に、毎月のように稲垣先生にセッションをお願いし、富山から岐阜に通いつめたんです。

後先考えず行動している私に稲垣先生は、
「こんなに通って、家族は心配しないんですか?」
と聞いてこられた程です。
『死にたい』思いから、『死んでもいいわ』と覚悟を決めた私にとって何も惜しいものはなかったんですね。

風の噂で霊能者Aさんの霊力が最近弱まっていると聞いたんです。
その頃もAさんにお世話になっていましたし、信頼し切っていましたので、ただの噂だと思っていたんです。(お世話になったというよりAさんに依存していたのだと思います)

令和2年2月末。

何も知らないはずのクライアントの前世さんが催眠中に顕現化し伝えてくれたんです。

◯◯◯は、あなたの前世だ。
〇〇の時代にあなたの◯◯◯という前世は、Aさんの〇〇と言う前世に殺されている。

それをわかってほしいから
私の前世を指し示す品物が何十年も前から保管され、今私のもとへ集まっているというのです。
そして、伝えてくれているクライアントの前世さん自身も 、Aさんの前世に呪い殺されているらしいのです。
 
Aさんの前世は、人を支配し好き嫌いが激しかったそうで、Aさんの弟だったクライアントの前世さんは 、「ただ真面目に村のために努力していたのに殺された」と伝えてくれました。

「 Aには、気をつけろ・・。長生きしてほしい・・・。生きてほしい・・・。生きてほしい・・・」

この言葉が突き刺さりました。いくら時代が違うとは言え、私は殺されるかもしれない。そんな恐怖心に襲われたんです。

Aさんに全く面識のないクライアントが、もし作り話をしていたとしても、その人自身に何の得にはならないと考えると、わざわざ作り話を言いにセッションを受けにきたとは、考えられないんです。

前世さんは、「生きろ」と伝えてくれた。

私の前世を示唆する
掛け軸
ポストカード
エジプトの絵

これは単なる偶然だから信じなくてもいいという私と信じずにはいられない現実に戸惑ったんです。
そして一人の人の意見だけを鵜呑みにすることに危険性を感じているので、これまでの出来事を全く何も話を伝えていない20年来の私の友人に私のセッションを受けてくれるよう依頼したんです。
友人はAさんに数年前、一度だけあったことがあるんです。
これと言って話をしたという事もなく連絡先さえ知らない間柄です。

 令和2年3月1日

友人にセッションをすると、もうすでに待ち構えた状態で友人の前世さんが出てきていたんです。
偶然にもクライアントと同じ時代、同じ職業をしていたの男性です。
友人の前世さんもAさんの前世に殺されたのだそうです。
全く何も伝えていないのにクライアントと同じことを言うのです。
そしてすべて潜在意識でつながっている事を教えてくれたんです。

クライアントと友人のセッションが行われたのも偶然ではない。
Aさんを私の前世の者が守護し、私がAさんのお世話になる。この流れは神が仕組まれたことであり 、私の中にはまだ〇〇と言う前世がいるので、3月3日、稲垣先生に他の前世たちとともに癒してもらうように、と伝えてきたんです。
  頭をバーンと叩かれたようでした。色んな情報と感情が絡まりあって収拾がつかなくなっていたんです。

令和2年3月3日

SAM前世療法のセッションをしていただいて

私が「目覚めた・・・。目覚めた・・・」と喜ぶ顕現化した私の前世さん。
「こいつが目覚めるから悪いんだ~!!」と怒り狂う生き霊の反応。

日常は何も変わらなくて、特別な事も起きていません。
(まだ2日しかたっていないので、これからわかるといいなと思うんです)

ただ、セッションをしたことで、Aさんの本心がハッキリと判ったような気がしたんですね。
セッションで起こったことは聞きたくなかったし信じたくなかったけれど、自分自身の目で耳で、しっかり体験してしまった意識現象の事実を否定することはできません。
この「意識現象の事実」の真偽は、この先しだいに明らかになっていくでしょう。

私の妄想の投影された無意識的な生き霊という役割演技だったのか、Aさんの生き霊による憑依という真実の意識現象だったのか。

前を向いて歩くしかないと思うんです。  見守ってくれる人がいるから、 見守ってくれる前世さんがいるから感謝を忘れず謙虚に進みたいと思うんです。


(転載以下省略)
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この生き霊への浄霊療法のセッション後、1週間が経過した現在、

突然、気絶したように意識が飛んで寝てしまう。
(お風呂に入り、シャンプーをしていても)
寒気が治まらない。
電話の相手が電話を使用していないのに
通話中になって連絡がつかない。
重要なメールの内容が上手く返せない。
重要な話が出来ない状況が続く。
物事が前に進まない。それどころかトラブル直前まで進んでしまう。
何故か特定の相手の事ばかりが思い出したくないのに頭をよぎる。 (Aさんの事で何か執拗に心に入ってくるような嫌な感じです)


というような、それまで宝田さんに起きていた不可解な現象がすっかり止んだという報告を受けています。
なお、セッション後の1週間のあいだに彼女に、統合失調症など精神疾患疑われるような後遺症の兆候は一切起きてはいないということです。

残念ながら、このセッションの録音記録はありません。
あまりにも奇怪な現象ですから、被験者宝田さんの創作ではなかろうかという疑念を抱かれても当然でしょう。

彼女の創作ではないことを証明できる、セッション当事者わたし以外の客観的証拠(証人)は、生き霊の発した凄まじい怒声に驚いた家人が、心配してセッションルームを覗きに来たということぐらいでしかありません。

しかし、この浄霊療法セッションが示しているように、生き霊とおぼしき霊的存在の顕現化という意識現象が実際に起きたことは厳然たる事実です。



2020年2月24日月曜日

ワイス式前世療法への疑問 その2

   SAM催眠学序説 その129


前世療法と生まれ変わりに興味のある方は、グレン・ウィリストン/飯田史彦編集『生きる意味の探究』徳間書店、1999を読んでおいでだろうと思います。

最近この『生きる意味の探究』を読み直し、ウィリストンほどの前世療法家がなぜ?と思うことがしきりです。
その「なぜ?」の部分を前掲書グレン・ウィリストン/飯田史彦編集『生きる意味の探究』徳間書店、1999から4点取り出してみます。
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ある人物が、催眠状態で、過去に生きていた人物になりきり、異なる抑揚や調子で話し始め(前掲書P.23)

彼女は過去生へと戻っていたのだ。彼女の名前は、もはやジャネットではなくメアリーだった・・・私の耳に聞こえる声は、東部訛りの成人女性の声から、ソフトな響きの英国少女の声に変わっていた。(前掲書P.26)

退行催眠中に、まったく別の人格が自分の身体を通して語っているのを感じながら、その話の中に割り込むことができなかった。
このような「意識の分割」は、 過去生の退行中に必ずと言っていいほど見られる非常に面白い現象である。
私はのちに、多くの人々からこの現象を何度も観察するようになった(前掲書P.61)

④過去生の人格が知る由もない文明の利器の名前を出すと、クライアントは驚いて、催眠中にけげんなそうな表情を浮かべる(前掲書P.121)
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上記i引用部分のを読む限り、ウィリストンは、セッション中のクライアントの語りをあくまで「前世記憶の想起」であるととらえていると思われます。
それは「過去に生きていた人物になりきり」や、「過去生へと戻っていたのだ」というウィリストンの記述から明らかなように思われるからです。

どこまでもクライアント自身の想起する「前世の記憶」だととらえているようなのです。
しかし、では、「別の人格が自分の身体を通して語っているのを感じながらその話の中に割り込むことができなかった」というクライアントの「意識の分割」状態を述べています。

また、ではウィリストンが「過去生の人格が知る由もない文明の利器の名前を出すと、クライアントは驚いて、催眠中にけげんなそうな表情を浮かべる」という奇妙な現象を述べています。

わたしが疑問に思うのは、上記③④の意識現象をきちんととらえているにもかかわらず、なぜ相変わらず「前世記憶の想起」という解釈にこだわり続けるのか、という点です。

のように、「別の人格が自分の身体を通して語っているのを感じ」るのであれば、前世の記憶の想起ではなく、前世の人格が顕現化してクライアントの身体を通して自己表現しているのだ、と現象学的にありのままに受け取るべきではないでしょうか。

東部訛りの成人女性の声から、ソフトな響きの英国少女の声に変わっていた」というクライアントの声の変質状態を観察しながら、英国少女の前世人格が、ただいま、ここに、顕現化して語っているのだ、となぜ考えることができないのでしょうか。

ま た、のように、「過去生の人格が知る由もない文明の利器の名前を出すと、クライアントは驚いて・・・けげんそうな表情を浮かべる」ことを、ありのままに 受け取れば、「けげんそうな表情」を浮かべる主体は、クライアントではなく、それとは別個の、つまり、クライアントに、「けげんそうな表情」を浮かべさせた主体は、クアライアントではなく、「過去生の人格」そのものだと受け取ることが自然な解釈ではないでしょうか。

これまで、「何千人もの人々と」(前掲書P.23)前世療法をおこなってきたウィルストン が、ついに、「前世人格の顕現化現象」という柔軟な仮説に至ることができなかったのか、わたしには不可解でなりません。

ちなみに、別の人格が自分の身体を通して語っているのを感じながらその話の中に割り込むことができなかった。このような『意識の分割』は、 過去生の退行中に必ずと言っていいほど見られる(前掲書P.61)というウィリストンの記述は、きわめて興味深く思われます。
この記述は、SAM前世療法のセッションにおける、前世人格顕現化中の意識状態である「三者的構図」そのものだと言えるからです。

三者的構図」とはSAM前世療法セッションにおける、「セラピスト」、「クライアント」、「顕現化した前世人格」の三者関係を意味するSAM催眠学の用語です。

「前世の記憶を想起する」という仮説によっておこなわれる一般の前世療法のセッションにおいては、「セラピスト」対「クライアント」の二者関係(二者的構図)によって終始展開されます。
SAM前世療法セッションでは、この「二者的構図」が、前世人格が顕現化した後半から、SAM前世療法の「前世人格を呼び出し直接対話する」という独自の仮説によって起こる、特異な「三者的構図」に移行されるのです。                
セッションの前半では、セラピストのわたしはクライアントの催眠深度を深めるためにクライアントに対して、つまり、二者関係で、「魂状態の自覚」に至るまで徹底して催眠誘導をおこないます。                                 

「魂状態の自覚」が確認でき、魂表層に存在する前世人格の顕現化に成功した時点で、わたしの意識は、それまでのクライアントを相手にすることから、顕現化した前世人格を相手に対話をすることへと変換します。

この変換によって、セラピストの「わたし」対「前世人格」の対話、それを傾聴している「クライアントの意識」という三者的構図に移行してセッションが展開します。
この間、「クライアントの意識」はひたすら傾聴するのみで、わたしと前世人格との対話に干渉することはできません。

 前世人格は、クライアント肉体を借りて自己表現しているのであって(自己内憑依しているので)、対話している主体は前世人格であって、クライアントではないのです。

こうした消息をありのままに報告し実証してくれた、「ラタラジューの事例」の被験者里沙さんの体験報告の抜粋を以下に掲載してみます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なぜネパール人が日本語で話が出来たかというと、現世の私の意識が通訳の役をしていたからではないかと思います。
でも、全く私の意志や気持ちは出て来ず、現世の私は通訳の機器のような存在でした。
悲しいことに、ラタラジューの人殺しに対しても、反論することもできず、考え方の違和感と憤りを現世の私が抱えたまま、ラタラジューの言葉を伝えていました。
カルパナさん(ネパール人対話者)がネパール語で話していることは、現世の私も理解していましたが、どんな内容の話か詳しくは分かりませんでした。
ただ、ラタラジューの心は伝わって来ました。
ネパール人と話ができてうれしいという感情や、おそらく質問内容の場面だと思える景色が浮かんできました。現世の私の意識は、ラタラジューに対して私の体を使ってあなたの言いたいことを何でも伝えなさいと呼びかけていました。
そして、ネパール語でラタラジューが答えている感覚はありましたが、何を答えていたかははっきり覚えていません。ただこのときも、答えの場面、たとえば、ラタラジューの戦争で人を殺している感覚や痛みを感じていました。
セッション中、ラタラジューの五感を通して周りの景色を見、におい、痛さを感じました。
セッション中の前世の意識や経験が、あたかも現世の私が実体験しているかのように思わせるということを理解しておりますので、ラタラジューの五感を通してというのは私の誤解であることも分かっていますが、それほどまでにラタラジューと一体化、同一性のある感じがありました。
ただし、過去世と現世の私は、ものの考え方、生き方が全く別の時代、人生を歩んでいますので、人格が違っていることも自覚していました。 
ラタラジューが呼び出されたことにより、前世のラタラジューがネパール語を話し、その時代に生きたラタラジュー自身の体験を、体を貸している私が代理で伝えたというだけで、現世の私の感情は、はさむ余地もありませんでした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
こうして、ウィリストンの述べている別の人格が自分の身体を通して語っているのを感じながらその話の中に割り込むことができなかった。このような『意識の分割』は・・・必ずと言っていいほど見られる」という記述の『意識の分割』とは、セラピストの「ウィリストン」対「前世人格」の対話、その対話に介入が許されず傾聴しているのみの「クライアントの意識」という三者的構図そのものを示していると解釈しても支障はないと思われます。
つまり、彼の言うクライアントの「意識の分割」状態とは、「現世のクライアントの意識」と「顕現化した前世人格の意識」の二つの意識に分割されて併存している状態を指していることにほかなりません。
しかし、そこには、現世のクライアントとは別個に「顕現化した前世人格の意識」という明確なとらえ方はされていません。
どこまでも、「セラピスト対クライアント」という二者的構図における、クライアントの「意識の分割」状態なのだというとらえ方なのです。

お そらく、ウィリストンが、どこまでも二者的構図における意識の分割」としかとらえることができなかったのは、「あなたは、トンネルを抜け、過去の場面に到達するでしょう」、「目の前に展開している過去の場面を見ていきます」(前掲書P.316)などの誘導法に、 最初から含意されている「前世の記憶場面を想起する」という唯物論的固定観念から、ワイスと同様、ついに脱することができなかったからだ、とわたしには思われます。

そして、不可解なことは、「生まれ変わりの真実性は証明不要なほど確かな事実だ(前掲書P.96)」と断言しているにもかかわらず、管見するかぎり、ウィルストンが前世記憶の検証をおこない、生まれ変わりの科学的事実を証明したようには思われません。
また、「前世の記憶」がどこに存在しているのかについて、一切言及していないのです。

このことは、ブライアン・ワイスも同様です。
まさか前世の記憶が、死後無に帰する脳内に存在しているとは考えられないでしょうに。
仮に「前世の記憶」が科学的事実だとして、彼らはその記憶はどこに保存されていると考えているのでしょうか?

わたしの知る限り、前世療法中のクライアントの語りを検証し、「クライアントとは別の前世人格が顕現化し、クライアントの身体(脳)を借りて自己表現しているのだ」と いう解釈をしているのは、3例の応答型真性異言を発見したイアン・スティーヴンソンだけです。

彼は、「トランス人格(催眠性トランス状態で現れる前世の人格)」 が顕現化して、応答型真性現現象を起こしていると表明しています(『前世の言葉を話す人々』PP.9-11)。
彼は、「グレートヒェンの事例」で、グレートヒェンが応答型真性異言を語るセッションを目前で見学し、クライアントが脳内の「前世の記憶」として、応答型真性異言を語っている、という固定観念の不自然さ、不合理さに気づき、「前世の記憶」ではなく、「トランス人格そのものが顕現化」して語っている、という発想の転換をせずにはいられなかったのでしょう。
しかし、スティーヴンソンも、「トランス人格」の存在する場についてはついに言及していません。

そして、わたしは、SAM前世療法において、顕現化する前世人格の存在の場は、「魂の表層」であり、しかも、今も当時のままの感情や記憶を保つ意識体として死後存続している、という作業仮説を立てています。

したがって、セッション中にわたしが対話する相手(主体)は、クライアント自身ではなく、クライアントの魂の表層から顕現化した前世人格そのものであり、しかも現在進行形で対話している、と了解しています。

こうした現象は、現世のクライアントの魂表層に存在する前世人格が、クライアントに憑依して、わたしと対話している、ということになります。
このような憑依現象は、これまで報告されたことがなく、したがってこの現象を表現する用語もありません。
そこで、SAM催眠学では、この憑依現象を「自己内憑依」と呼ぶことにしています。
つまり、前世人格の顕現化現象は、自己内憑依現象である、というとらえ方をしているということです。

こうした作業仮説と観察される意識現象の解釈に、たしかな自信を与えたのが、応答型真性異言「ラタラジューの事例」と「タエの事例」の検証と考察によって、生まれ変わりの科学的実証に肉薄できたことでした。
ただし、SAM前世療法の諸仮説をわたしに教示したのは、わたしの守護霊団を名乗る霊的存在であるという、これまた唯物論者が目を剥いて否定するであろう霊信という超常現象なのです。

このように、唯物論に真っ向から対立する途方もない前提と仮説に立っておこなうSAM前世療法は、世界唯一の前世療法であり、純国産唯一の前世療法だと自負しています。
そしてまた、「前世人格の実在」、つまり「生まれ変わりの実在」の実証性に、かぎりなく肉薄できる可能性をはらんで定式化された世界唯一の前世療法である、という自負があります。

特許庁は、SAM前世療法の名称とそれの意味する内容、つまり仮説の独自性とそれに基づく技法の独自性を審査し、今までまで流通してきた普通名詞の「前世療法」とは明らかに別個の、固有の仮説とそれに基づく固有の誘導技法を有する前世療法として、「SAM前世療法」の名称を、第44類の商標登録としてを認めてくれたのです。

ちなみに、「SAM]とは、「Soul Approach Method」の略であり、「魂状態に遡行し前世人格を呼び出す方法」を意味しています。


2020年1月31日金曜日

ワイス式前世療法への疑問 その1

    SAM催眠学序説 その128


ワイスが前世療法を始めたのは偶然のなりゆきだったようです。
ワイスの『前世療法』山川夫妻訳、PHP、1991によれば次のようにその消息が語られています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あなたの症状の原因となった時まで戻りなさい」
そのあと起こったことに対して、私はまったく心の用意ができていなかった。
「アロンダ・・・・私は18歳です。建物の前に市場が見えます。
かごがあります。
かごを肩に乗せて運んでいます。・・・・(後略)時代は紀元前1863年です。・・・・」
彼女はさらに、地形について話した。
私は彼女に何年か先に進むように指示し、見えるものについて話すように、と言った。 (前掲書PP25-26)
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上記セッション記録のクライアントは、コントロール不能の不安に悩む28歳の女性キャサリン。
そして、突如、キャサリンは紀元前19世紀のアロンダと名乗る18歳の娘であったときの前世記憶を語りはじめたというわけです。

以下は邦訳が正確であるという前提でのわたしの感想です。

注意すべきは、上記の「私は彼女に何年か先に進むように指示し」とは文脈からして「彼女」とは「前世人格アロンダ」ではなく、クライアントのキャサリンに対して指示していると解されます。

ワイスは、明らかにクライアントのキャサリンが前世記憶として、紀元前19世紀に生きたアロンダのことを語っている、ととらえています。
しかし、アロンダの語りをありのままに受け取れば、「前世人格アロンダ」が顕現化したとらえるべきではないでしょうか。

ワイスの思考は、この現象を次のようにとらえています。

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そして、キャサリンは紀元前1863年にいた若い女性、アロンダになった。
それとも、アロンダがキャサリンになったというべきなのだろうか?(前掲書P36)
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上記の「キャサリンが・・・アロンダになった」、「アロンダがキャサリンになった」というワイスの思考回路は、わたしには理解不能な奇妙な思考に写ります。

キャサリンが前世のアロンダになれるはずがないでしょうし、逆にアロンダが現世のキャサリンになれるはずもないからです。
「キャサリンがアロンダであったときの前世記憶を語った」のか、「前世の人格アロンダがキャサリンの口を介して自分の人生を語った」のか、と考えることが自然な思考だろうと思われます。

結局、ワイスは、「前世人格のアロンダが自分の生まれ変わりである現世のキャサリンの口を介して自分の人生を語っているのだ」というありのままの自然な解釈をとらず、「現世のキャサリンが前世でアロンダであったときの前世の記憶を語ったのだ」という解釈を、以後の他のクライアントにおこなった前世療法の語りにおいても一貫して適用しています。

このことはこの本の末尾で次のように述べていることか ら明らかです。

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こうした人々は、それ以外の前世についても思い出した
そして過去生を思い出すごとに、症状が消えていった。
全員が今では、自分は過去にも生きていて、これからもまた生まれてくると固く信じている。
(前掲書P264)
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「前世についても思い出した」、「過去生を思い出すごとに」の文言で明らかなように、ワイスにとっては、前世療法におけるクライアントの語りは、「クライアントが前世の記憶を語るのだ」という解釈が一貫してとられているということです。

「前世人格が顕現化し現世のクライアントの口を通して語る」という発想にどうしても至ることがなかったのです。
著名な前世療法家グレン・ウィリストンと同じく、ワイスもついに「前世人格の顕現化」というとらえ方ができずにいることは、わたしよりはるかに数多い前世療法セッションをこなしているはずなのになぜでしょうか?

わたしがワイス式と呼んでいる、ワイスの前世療法の誘導文言が、『前世療法2』の巻末に次のように書かれています。(注:「ワイス式」とはワイスの著作の邦訳『前世療法』が契機となって日本で前世療法が流行したことをもって、わたしが名付けました。もっぱら「前世記憶の想起をさせる前世療法全般」を意味します)

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階段の下の方には、向こうにまばゆい光が輝いている出口があります。
あなたは完全にリラックスして、とても平和に感じています。
出口の方に歩いてゆきましょう。
もう、あなたの心は時間と空間から完全に自由です。
そして、今まで自分に起こったすべてのことを思い出すことができます」
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やはり、ワイス式においては、クライアントは前世の記憶を「思い出す」のです。

ちなみに、前世療法家グレン・ウィリストンは以下のように誘導するようです。
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 暗いトンネルをふわふわと心地よい気分で通り抜けていく状態をイメージしてもらうと効果的である。
「トンネルの向こうには、過去生の場面が開けています」と声をかける。
そうすれば、クライアントは、その場面に入り込んで登場人物のひとりとなる前に、その場面に意識を集中する余裕をもつことができるからだ。
(グレン・ウィリストン/飯田史彦『生きる意味の探究』徳間書店,1999,P314)
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ウィリストンも、記憶の中にある過去生の場面に戻り、過去生で想起された登場人物になりきる(登場人物になったつもりで役割演技する)、ととらえているわけで、やはり、「前世の記憶を想起する」という前提に立っていると推測して差し支えないでしょう。

誤解を恐れず言えば、ワイスもウィリストンも「生まれ変わり」と「魂」の存在を信じているらしいにもかかわらず、「脳内にあるであろう前世の記憶を想起させる」という唯物論的思考へのとらわれから抜け出すことができなかったのだ、とわたしには思われます。
無条件で、「前世の記憶」と言った場合、その記憶の所在は、現行の脳科学に基づいて脳内である、と考えていることになります。
脳内の記憶は、死とともに脳の消滅によって無に帰することは言うまでもないことです。
したがって、現世の記憶が来世に持ち越されることはありえません。
当然の論理的帰結として、前世の記憶として語られた内容は、すべてフィクションであることになります。

わたしが2004年に日本催眠医学心理学会・日本教育催眠学会の合同学会において、ワイス式前世療法の事例発表した際に、参会者の医師・大学の研究者から批判されたのは、まさにこの前世の記憶の真偽についてでした。

(注:「タエの事例」が出たのは2005年です。「タエの事例」の真偽検証を発表したとしたら参会者の反応も違っていたかも知れません。しかし、2006年に上梓した「タエの事例」を掲載した拙著『前世療法の探究』を学会での批判者数名に献本しましたが一切反応はかえってきませんでした。) 

催眠中のクライアントが、無意識のうちにセラピストの要求に協力しようとする「要求特性」によるフィクションの語りこそ「前世の記憶」の正体なのだという批判でした。


あとで述べるイアン・スティーヴンソンの前世療法に対する厳しい批判も同様です。

脳内の前世の記憶が、フィクションではなく確かに存在することを証明するためには、語られた前世の記憶の真偽を、厳密に検証する以外に方法はありません。
しかし、ワイス式前世療法実践者で、科学的手法で真偽の検証をおこなった事例は、わたしの管見するかぎり公刊されてはいないようです。

生まれ変わりの研究者バージニア大学の故イアン・スティーヴンソン博士は、こうした状況について下記のように前世療法批判を展開しています。
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こうした(催眠によって起こる) 集中力をさらに高めていく中で被術者は、思考の主導権を施術者に委ねてしまうため、施術者の催眠暗示に抵抗できにくくなってくる。催眠暗示により施術者に何か想い出すように命じられた被術者は、それほど正確に想起できない場合、施術者を喜ばせる目的で、不正確な発言をおこなうことも少なくない。それでいながら大半の被術者は、自分が語っている 内容に事実と虚偽が入り混っていることに気づかないのである。(中略)

前世の記憶らしきものをはじめからある程度持っている者に催眠をかければ、細かい事実を他にも想い出すのではないか、とお考えになる方もおられるかもしれない。私自身もそのように考えたため、自然に浮かび上がった前世の記憶らしきものを持つ者に催眠をかけたことがある。(中略)
私はこのような実験を13件自らおこなったり指導したりしている。一部では私自身が施術をおこなったが、それ以外の実験で他の施術者に実験を依頼した。その結果、ただの一件も成功しなかった。 (『前世を記憶する子どもたち』日本教文社、PP72-80)
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スティーヴンソンは催眠への造詣が深いようですし、彼自身も催眠技能があると語っています。
その彼の前世療法批判の結論は次のように痛烈です。

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 催眠を使えば誰でも前世の記憶を蘇らせることができるし、それにより大きな治療効果があがるはずだと主張するか、そう受け取れる発言をしている者もある。私としては、心得違いの催眠ブームを、あるいはそれに乗じて不届きにも金儲けの対象にしている者がいるという現状を、特に前世の記憶を探り出す確実な方法だとして催眠が用いられている現状を、なんとか終息させたいと考えている。(前掲書P7)
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こうした手厳しい批判に対抗するための唯一の方法は、ワイス式によって語られた前世記憶の真偽を検証し、それが真であることを実証すること以外にありません。
そうした真偽の検証がないままに、「前世の記憶」だと主張することを批判されても当然だと思われます。

なぜ、真偽の検証がおこなわれないのでしょう。
検証に耐える前世記憶が語られる事例が出ないのでしょうか。
あるいは、前世の有無は棚上げし、膨大な労力をかけて真偽の検証するより、症状が治れば結果オーライということに割り切るということでしょうか。
わたしに言わせれば、前世存在の真偽が1例たりとも実証されていないワイス式前世療法の現状では、正しくは「前世イメージ療法」と呼ぶことが妥当のように思われます。


また、ワイス式前世療法の明確な治癒仮説が述べられている著作を、わたしは知りません。
過去生の記憶の所在はどこであるのか、なぜ過去世の記憶が想起できると治癒が起こるのか。
過去生を思い出すごとに、症状が消える」とワイスが述べていることを治癒仮説だととらえていいのでしょうか。
仮に過去生の記憶がフィクションでも、それが語られさえすれば治癒は起こると考えられているのでしょうか。

結局は、唯物論的固定観念である「前世記憶」という硬直した思い込みによって、「前世人格が顕現化して対話しているのだ」という発想への転換ができなかったのでしょう。

また、ワイス、ウィリストン両者とも、「ラタラジューの事例」のような応答型真性異言に出会うことができなかったことも、発想の転換を妨げたと思われます。

なぜなら、応答型真性異言「グレートヒェンの事例」に立ち会った、イアン・スティーヴンソンは、真性異言で応答的会話をしている主体は、被験者自身ではなく、顕現化している「トランス人格(前世人格)」である、と解釈しているからです。(『前世の言葉を話す人々』春秋社、P11)

日本で公刊されている生まれ変わり関係、前世療法関係の著作を調べた限りでは、催眠中に「トランス人格が顕現化して会話した」という解釈を提示しているのはスティーヴンソンだけです。
しかし、スティーヴンソンは「トランス人格」が、どこに存在しているかについては何も語ってはいません。
ただし、彼は、「前世から来世へと人格の心的要素を運搬する媒体を『心搬体(サイコフォア)』 と呼ぶことにしたらどうかと思う」(『前世を記憶する子どもたち』日本教文社、P359)と述べていますから、「心搬体」、つまり一般に「魂」と呼ばれている意識体にトランス人格が宿っていると考えていると推測できます。


いずれにせよ、催眠下のトランス状態で「前世人格」が顕現化して会話しているという主張をしているのは、わたし以前には世界中でスティーヴンソンだけでしょう。
同様の主張をしているのは、21世紀になってからはわたしだけのはずです。

ワイスが「キャサリンの事例」に出会ったのは1980年代の半ばころだと思われます。
わたしが、「ラタラジューの事例」に出会ったのは2009年です。

日本にワイス式前世療法が流布し市民権を得て以来、催眠中に語られる内容は「脳内に存在するであろう前世の記憶の想起」として扱われ続けてきた考え方を、わたしは、魂の表層に存在している前世人格の顕現化」だと主張するに至りました。

このわたしの主張は、奇を衒って注目されたいがための主張ではありません。
この主張は、わたしあて霊信が告げた作業仮説に基づくSAM前世療法によってあらわれた応答型真性異言「ラタラジューの事例」という実証の裏付けがあってこその主張です。

きわめて深い催眠下では魂の表層に存在している前世人格の顕現化」が可能になる、という唯物論に真っ向から対立する主張は、容易に受け入れがたいでしょうが、この主張を裏付ける応答型真性異言「ラタラジューの事例」の証拠映像が実証している以上、事実として認めるほかありません。
超ESP仮説さえ考慮しなければ、前世存在の証拠に「タエの事例」も含めることができるでしょう。

そして、両事例について、唯物論による具体的反証を挙げることが2020年1月末の現時点では不可能です。

深い催眠下では魂の表層に存在している前世人格の顕現化が可能になる」という意識現象の事実は、SAM催眠学の発見してきたもっとも大きな成果の一つです。