2026年10月22日木曜日

SAM催眠塾生の実践報告 その2

SAM催眠学序説 その185の2 

 「その185の1」の続き 

 

ここで、生霊のクライアントの話から少し離れて、同時進行で起こった私の話になりますが、

3年ほど前から私自身も、生霊が関わっているのではないかと感じ
る出来事が続いており、家の中で、家族が全員幽霊を見た、人影を見た、と口々に言い始めました。

その頃から、長男におかしなことが起こり始めました。
チック症が急激に悪化して、暴れたり、動物のように上にぴょんぴ
ょん跳ね上がったり奇声を上げたりする様になり、学校からも心配して、何度か連絡をいただきました。

また、
学校の大きな行事、イベントの度に、直前に熱を出す、ケガをする
、ということが重なり、その年は、運動会、音楽会、文化祭、学舎研修旅行、ピアノの発表会など
全て直前になると参加出来ない、ということが続いていました。
ここまで重なると流石におかしい、と思うようになりました。
しかし、何故か、生霊は私の前にだけは姿を見せませんでした。

なので、私は徹底して気にしないという態度を貫いていたのですが
、クライアントの生霊のセッションを重ねるたびに、生霊の影響が無視できないほど大きくなってきたのです。

また、催眠塾の練習でさせてもらった他のセッション時にも、生霊が出てき
て暴れる、ということが重なり、
あまりの言い草、態度、まともに話すことすらできず喚くのみ、全
部他責の思考回路、負のエネルギーに散々疲れてしまい、私の胸の中にも流石に怒りが湧いてきました。

もう、口を聞くのも嫌になって、生霊なんてもう全員まとめてくた
ばってしまえ!と思うようになっていました。

そんなある日、友人と話していた時に、私は急に具合が悪くなり、倒れそうになったことがありました。
でも、すぐに回復したのでそのまま忘れていました。

その翌日、私は家族旅行へ行ったのですが、旅行中、何故か、人と
ぶつかる事が多く、今日はどうしたんだろう?と思っていました。

宿に帰り着いてすぐに、急激に体調が悪化。
発熱、嘔吐、腹痛で倒れてしまい、うなされながら眠ってしまいました。

その時に、やけにリアルな夢を見ました。

夢の中で生霊が私に向かって、呪いの言葉を吐き続けるのです。

「何もしてない女のくせに、こんな贅沢な旅行をしやがって、死ね、死んでしまえ」云々
生霊は、凄い形相で私に向かって呪いの言葉を吐き続けました。

次第にその存在が私と重なり、私の口を借りて、隣にいる夫に、呪いの言葉を吐きかけたい、という衝動に駆られて
きました。

私は、今にも口から呪いの言葉を夫に向かって出しそうになり、ず
っとそれを我慢していました。もうダメだ、口から出てしまう!と思った瞬間に、頭の中で誰かが、こう言いました。

「お前は、少しくらいならいいと思っているだろう?そんな甘い考
えを持っているだろう?でも、ただの一言も、その呪いの言葉を口から吐いてはいけないよ。ただの一言もね。その言葉を吐いたらお前はもう後には戻れない。」

とピシャリと言われたのです。

そう言われて、ハッと我に返りました。
そんなやり取りを一晩で3回ほど繰り返し、4回目の後、
私の中で何かが壊れた感覚がありました。

その瞬間に、血の気が引いて、
頭が冷静に静まり返り、
完全なる自分に戻った感覚がしました。

そして、生霊に向かってこう言いました。

「あなたが私を恨んでいるのはよく分かった。
あなたが私をあなたと同じ世界に引きずり込みたいのも十分に分か
った。
でも、私はあなたと同じ世界で生きていくことは絶対にできない。
あなたのような生き方は絶対にできない」
と、氷よりも冷たく冷えた頭と心で
生霊に向かってそのように言いました。

そこで目が覚めました。

翌日は朝から、現地は嵐で、雨風、雷とひどい天気に見舞われまし
た。どこにも行けず、ふと旅館の窓から外を見ると、旅館の横にとても神々しい場所があり、雷、嵐の中だったにも関わらず、そこへ引き寄せられるように行ってしまいました。
ただそこに座り、目を閉じました。

全ての自然界の音が一斉に耳に入って来た瞬間神様の存在を感じ、何故か涙が止めどなく流れてきました。

その1週間後、私はまた家族旅行で別の場所にいました。その日の
夜、また不思議な夢を見ました。

私は、小高い丘の上に立って、ぼんやりと景色を見ていました。
ふと、下を見ると、魑魅魍魎どもが上に向かって這いながら、登ってこようしている姿でした。
しかし、自分たちが吐いた毒が自分たちにかかって、もがき苦しみ
、それ以上登ってくることが出来ず、苦しみ悶えている姿。

我先に、登ろうと誰かを踏みつけにするも
登ることが出来ず、踏みつけた者が落ちて
さらに誰かに踏まれるというような風で

何とも地獄のような有様で、その有様を何となく見つめていたら、またあの声がどこからともなく聞こえてきました。

「よく見なさい。これが貴女がやったことの顛末ですよ。貴女はた
だ、目撃すればよいのです」

そう言われたのです。

言われた言葉の意味はよくわからなかったのですが、

その次の瞬間、生霊の存在を形づくっていたのは、他でもなく私の意識だという考えが、勝手に頭の中に流れ込んでき
ました。

私の意識が、生霊に存在を与え、なんとかしようとすればするほど生霊は物質化し、現実に影響を与
えられるほど「濃く」なっていた、密度が濃くなっていたんです。

そして、生霊として飛んで来ている人と
同じ心の傷を私自身の中に見つけてしまったのです。

私は、ドキッとして
すぐには認める事が出来ませんでした。
私の中にある怒りの気持ちが、こんなことを認めるわけにはいかな
い、と反発したのです。

こんな人間にはなりたくない。
なんて最低な人なんでしょう、と軽蔑の気持ちを抱いていた人と自分が同じだなんて、到底、認めるわけにはいかない。あり得ない。否定したい。

心が大きく動揺しました。

しかし、どんなに足掻いても、それは事実のようでした。その事実
が、自分を打ちのめしました。

その人は、形を変えた私自身であり、鏡のように私の姿を映すために現れたんだと
分かった後、自分自身が足下から崩壊するほど落ち込みました。

認められない気持ちを持ち続ければ、
事実が私を打ちのめし、認めたら認めたで、足下が崩壊する。

どのみち、私は今の自分が壊れる必要があったのだな、と思いまし
た。

しかし、
私自身の心にも大きな変化が起きました。
そして、それと同時に、私を取り巻いていた「環境」にも大きな変化が起きました。

その夢を見た翌日の朝、
夢の重たさの余韻が残る中、父から電話がかかってきました。
「クーラーが壊れて、交換費用が今すぐ20万円必要になった。申し
訳ないけど用立ててほしい」そんな内容の電話でした。

私の家族は、色んな問題を抱えた家族で、所謂、機能不全家族でした。
私は家族の経済問題を10代の頃から一人で背負ってきました。
結婚後も、大きなお金を用立てるのは私の役目であり、これまで
もずっとそうしてきました。

ですから、私にとって「何時もの当たり前のやりとり」でした。

すぐに振り込むね、といって電話を切った30分後、母からもう一
度電話が来ました。

そして、母はこう言いました。
「さっき、お父さんが言ってたお金はここで暮らしている弟に出してもらうから
貴女は出さなくていいよ」

そんな事を言われたのは初めてだったので驚きました。
しかも、弟はフリーターで、自分のお小遣いだけを稼ぐような子で
、そんな大金を出すなんて絶対にしないだろうと思いましたので、弟に出させるのは、無理なんじゃない?と問い返しました。
もし、用立てられなかったからこの暑さの中、クーラー無しでは危ないからすぐに連絡してね、といって電話をきりました。

その後すぐに、弟が全額を出してくれたという連絡が入り、私は、初めて、実家のためにお金を出さない、という状況を経験することになり
ました。

そして、続いてこう言われたのです。

「今まで、自分たちの生活のことなのにあなたに甘えっぱなしで来てしまって、ごめんなさい。もう、これ以
上は、バチが当たるからできる限り自分たちで解決できるように頑張るね」と。

驚きでした。突然、何の前触れもなくこんな日が来るなんて・・・。

私の人生の大半を覆い尽くしてきた家族という重み。その中で苦し
んできた若かった自分。

苦しみの中にあって、苦しい顔をしながら、苦しい苦しいと言い続けるのも、
顔だけでも笑って楽しく過ごすのも、やることが同じなら、私は後者を選ぶ、と決めた日から、私は何かが欠けたまま必死で走り続けてきました。
欠けていることは、もはや私にとってはどうでもよいことでした。
良いとか悪いとかのジャッジも要らない。

私は家族をどんなに憎んでも、
結局は愛することをやめられない。

だったらこのままでも良いから、走り続けられることの方に自分を全振りしよう。そんな気持ちでし
た。

それが、ここで突然に終わりを迎えた気がしました。

終わりを迎えたのにも関わらず、私の心はとても静かで、不思議と
何の感情も湧いてきませんでした。
自分に対して、よく頑張ったね、とも良かったねとも、ポッカリ穴が空くのかと思いきや、それもなく不思議なほど静かでした。

でも、ふとある仮説を思いつきました。

もしかしたら、生霊が飛んでくるのはギフトの様な性質の可能性があるのではないだろうか?
鏡の役目。この世界に神様という存在がいるとしたら、神様から送
られてくる使者としての生霊。

若しくは、この世界が、魂の進化を求めて創造されたものだとした
ら、そのようなシステムになっているのではないだろうか?

自分が一番見たくないと思っている自分の姿を、生霊が映すことによって、無意識領域から意識領域へ課題が上がる。
だから、同質のものが飛んでくると考えたら私はこれまで、とにかく祓うというか、生霊に返ってもらう事ばかり考えて来たけれど、根本的に違うのかもしれない、という考えが浮かんできたのです。

飛んできているものが、私と同質の感情を映したもので、私に気づ
かせるためであるなら、それを認めて、気づく。受け入れ統合する事ができれば、そもそも、生霊はとんでくる意味をなくすのではないだろうか?

そんな発想の転換が起こり

すぐにクライアント女性に、この一連の出来事を報告共有しました。

クライアント女性も、はじめは私と同様受け入れられないといった風でしたが、
最終的には認めて受け入れたようでした。

その後、徐々に生霊は消え、次のセッション時には、生霊は現れず、順調にストレートに魂まで遡行する事が出来ました。その後も生霊
が出てくることは今のところありません。

私の家でも、徐々におかしな現象は減り、今は特に、何の影響もなくなりました。

これで、本当に解決が出来たのか。ということは私にはわかりませ
ん。
また、これが生き霊の対処法だ、と言い切ることも出来ません。

ただ、生き霊の影響は消え、今のところは、再度飛んでくるという
ことはなく、過ごせております。

ですので、私たちの経験したことは
一つのケースとして先生にご報告しておこう。と思いました。

そして今、私は、先生のご指導の通り
クライアントの感情に同化することなく、
 

片足はしっかり現実世界に踏みしめ
片足はクライアント魂の世界に共感しながら、
 

セッションを進めていくということが以前よりも出来るようになりました。

その事もあわせてご報告させていただきました。

ある程度境界線を引くことが、徐々にできるようになりました。
それでもまだまだですので更にこれから境界線は強化していきたい
と思います。

お忙しい中、長文を失礼しました。
読んでいただき、ありがとうございました。

こういう経験の直後でしたので、
先月の先生のブログ(注:SAM催眠学序説184)の記事が心に強く染みました。

先生からSAMを学ばせていただける素晴らしい機会に恵まれたこ
とを感謝しつつ
謙虚に、先生と同じSAM療法ではなく、その真似事だとしても人をお救いで
きるということ、またそのお手伝いをさせてもらえる可能性があるということを胸に、感謝してしっかり学んでいきたいと思いました。
ありがとうございました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・実践報告おわり 

わたしが、塾生指導のなかで繰り返し強調してきたことを着実に身につけ、SAM前世療法の実践を進め深めておいでになるN子さんに、指導者の立場から敬意を表したいと思います。

SAM前世療法は、わたしが創始してからまだ20年足らずの特異な催眠療法です。  

したがって、先行研究が皆無の状態で、創始者のわたし自身が試行錯誤を重ねながら手探りの実践を積み重ねており、現在も発展途上の催眠療法です。

N子さんには、メサイアコンプレックス(救世主コンプレックス)に陥っていないか、万能感に陥っていないかを常に自己反省するように、かなりきつい指導もおこなってきました。 

そして、SAM前世療法独自の「魂状態の自覚」という深奥の催眠状態へと誘導していく過程で、万が一不測の事態が起こったときには、迷わず誘導を中止し、催眠から覚醒させるように繰り返し厳しく指導してきました。

また、統合失調症・境界性人格障害・解離性同一性人格障害(多重人格)などの自己申告のあった場合には、セッションを引き受けないことも繰り返し伝えてきました。 

SAM前世療法のセッションによって、それら諸症状の悪化がおきた場合には、問答無用でSAM前世療法が潰されることは間違いないからです。 

新しい前世療法を創始することは、必然的にそれまでの前世療法への批判が含意されています。

わたしは、こうしたことも覚悟した上で、すぐれたSAM前世療法の担い手を広め、育てていきたいと思っています。

 

わたし宛てのメールの公開を許可していただいたN子さんに、この場を借りてあらためてお礼申し上げます。

ありがとうございました。 

 

 

 

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