2018年5月21日月曜日

SAM催眠学序説 その113

私の死に対する原体験と生まれ変わり研究


芥川賞作家で臨済宗妙心寺派福聚寺の玄侑宗久住職は、自分の死に対する原体験を次のように語っています。

「小学校2年生のとき、『自分が死ぬこと』ばかりを思って、毎晩のように泣いていました。たとえ死んでも、人の意識はしばらく肉体に留まっていると考えていたからです。その状態で火葬されれば、棺が炎に包まれて、棺の中にいる私に刻々と迫ってくる。あるいは、土葬で埋められた私の体中に蛆が湧きはじめる。それを思うと恐ろしくてどうしようもなかったんです」

私の死に対する原体験は、体験年齢は玄侑宗久住職より遅いのですが、死への強烈な恐怖体験は、氏とほぼ同様の内容でした。
は小学6年の晩秋、母方の祖父が、火葬場の焼却炉の火炎に包まれて、刻々と骨と灰になっていく様相を覗き窓から目の当たりにしたのです。

昭和30年代当時の火葬の焼却炉は、かなり原始的な仕組みで、火葬場職員が小さな覗き窓から遺体の焼け具合を見るようになっており、私は職員が席を外したときをねらって、覗き窓からこっそり覗いてしまったというわけです。
重油バーナーから吹き出される猛烈な火炎の中で、肉が焼け、肋骨や頭蓋骨が露出していく恐怖の光景から目を離そうとしても離せないで、おそらく十数分間は釘付けになっていたと思います。

私も、いつか、必ず、遺体は焼かれ、骨と灰になる、という逃れられない事実を目の当たりに突きつけられ、この恐怖体験はぬぐいがたいトラウマとなって、この12歳の冬中、眠って目覚めなければ死ぬ、という深刻な恐怖に苛まれ不眠症に陥りました。

夜明けの四時、五時のボンボンという架け時計の時刻を打つ音を聞き、うとうとして六時にはもう目が覚めてしまうという生活が3ヶ月続き、体重は10キロ近く減りました。

今度は眠らないと死んでしまう、という恐怖にとりつかれ、眠ろうとすればするほど目がさえて眠れないという悪循環に悩まされました。

さすがに母親は、私の痩せ具合と顔色のすぐれないことを心配して、医者のところへ連れていかれました。
これを飲めば必ず眠れる、という猛烈に苦い水薬を処方され、中学生となって部活動の適度な疲労とあいまって、やっと不眠症から解放されました。

不眠症から解放されたとはいえ、死への圧倒的恐怖は、私の心の底に潜むマグマのようなトラウマとなって深く刻印され、その後の人生で、24歳で突然死した妹、40代で癌死した親友、などに直面するたび、死への恐怖が噴出し、しばらくしては沈静していくことを繰り返すことになっていきました。

私は、理屈より実証、観念より事実へと向かう心性がきわめて強く、死後の世界や生まれ変わりを説くだけで、実証のともなわない宗教的言説に与することは、どうしてもできない人間です。
したがって、信仰に救いを求めることは、しないし、できませんでした。

そうした中で、50歳半ばにして「タエの事例」に遭遇しました。
もし、この事例の検証によって、生まれ変わりが「科学的事実」であることをこの手で証明でき、納得できれば、つまり、死後存続する魂と呼ばれる意識体がある、ということになれば、死後も「私」は、無に帰するのでなく、何らかの形で存在し続けるならば、死への恐怖は随分緩和されるはずだと思ったのです。

こうして、「タエの事例」への偏執的とも言える検証へ取り組むことになっていきました。
その執拗な検証は、本ブログの2012年11月9日付「タエの語りの謎に迫る」で報告したとおりです。
こうした、きわめて執拗な検証態度の原動力は、生まれ変わりの科学的実証によって、私自身の死の恐怖を緩和したい、救われたいという切実な求めこそが第一義でした。
 「ラタラジューの事例」の検証動機もまったく同様です。

その後、「SAM前世療法」の実践は以下のような、憑依現象とも遭遇していくことになりました。

霊媒体質を持つ52歳男性クライアントの功徳を積むということで、SAM前世療法で魂状態の自覚に至ったところで次のような暗示をして、未浄化霊の憑依を許可し、浄霊しました。
「この部屋(研究室)の光に引き寄せられて、癒しを求めている未浄化霊には、この者に憑依することを許可します。3つ数えたら憑依をしてよろしい」 
3つ数えた後、憑依状態を確認しました。

「あなたの身元を尋ねます。あなたは男性ですか、女性ですか、名前と年齢を教えてください」

「ナカガワチエコ18歳です」 このあとすすり泣きを始めました。

「あなたはどのような状況にいるのですか」

「空襲で周りは火事になっています。私は防空頭巾を被って逃げています。爆弾が落ちてきて・・・・学徒動員で工場で働いていて・・・・その後はわかりません」
 すすり泣きが激しくなりました。

「あなたの生活している町はどこでしょう?」

「名古屋です」

「あなたは空襲の爆弾が落ちてきた後、命をなくしているのですよ。それが分かっていませんか?」

「分かりません。家族がどうなってしまったか心配でたまりません」

「あなたは死んでいるのに、それに気づかず、苦しいのでこの者に憑依をしているのです。あなたはもう肉体がないのです。だから、行くべき光の世界へいきなさい。そこへ連れていってくださる方が現れますから、その方に導かれて光りの世界、霊界へと上がるのですよ」

クライアント男性は「苦しい、熱い」と言い出してもがき始めるので、

「あなたが憑依しているこの者の肉体を通してあなたをヒーリングをします。苦しみが癒されますよ。そのあとで、浄霊の儀式をしてあなたを必ず送ってあげますからね」

こうして、未浄化霊が穏やかに落ち着くのを待って、浄霊をおこないました。

覚醒後に、体験した意識現象の感想は次のようでした。
里沙さんとは違い、このクライアントは憑依中の記憶があり、それを次のようにモニターできたようです。


①白いブラウスにモンペのようなものを履いた防空頭巾の若い娘の姿が見えた。
②アツタという言葉と昭和20年5月14日という日付が脳裏に浮かんだ。

そこで、「名古屋大空襲」で検索したところ、昭和20年5月14日にB29爆撃機530機、投下爆弾2,515トン、罹災者66,585名、死者319名という記録が確認できました。
「アツタ」という言葉は、名古屋市「熱田区」を指すのでしょうが、5月14日の空襲では熱田区は被害区域には入っていませんでした。
 この日の空襲は、名古屋市北部に存在した軍需工場に集中されたらしく、そうした軍需工場で働くナカガワチエコはそこで罹災したものと思われます。
そして、彼女の実家が熱田区であろうと推測できます。

このクライアントの生地・現住所ともに関西です。
名古屋や中京圏に在住したことはなく、名古屋の土地勘はまったくありません。
熱田神宮は知っているということでしたが、「熱田区」のあることは知らないし、昭和20年5月14日の名古屋大空襲についてはまったく知らないということでした。
こうした検証から、この未浄化霊とおぼしき「ナカガワ・チエコ」18歳の実在した信憑性はかなり高いと思われました。
5月14日の319名の死者名簿が現存していれば、検証してみたいものです。

こうしたSAM前世療法の「魂の自覚状態」における未浄化霊の意図的被憑依現象は、クライアントに霊媒体質があれば、意識現象の事実として、顕現化が可能であるようです。
これまでにも、未浄化霊や守護的存在の意図的被憑依現象は数十例を数えます。

余談になりますが、太平洋戦争における米軍の非戦闘員への無差別空襲は明らかに国際法違反です。
ましてや広島・長崎の原爆投下は言語道断の非人道的犯罪行為です。
しかも、これら戦争犯罪に対する公式謝罪は今もなされていません。
ナカガワチエコの無念さ、戦後60余年もさまよっている哀れさに胸が痛みました。


生まれ変わりを認めたくない人は、生まれ変わりを否定する証拠をもって反証する以外に方法はありません。
生まれ変わりを裏付ける証拠のように重大な問題の場合、完璧なもの以外は証拠として受け入れられないと言われるのであれば、イアン・スティーヴンソンに倣(なら)って、この問題が重要であるからこそ、不完全なものであろうが可能性を示す証拠については科学として検討をするべきだ、と答えたいと思います。
細部が不正確・不明であるという欠点よりは、重要なことについて確実なことを示す事実にこそ意味があると考えているからです。
そして、こうした探究が決して無駄であるとは思われません。

私の現在の見解は、人間の生まれ変わりを裏付ける証拠は、その証拠を根拠に生まれ変わりを認めることが妥当ではないかと考えられる証拠が、これまでの海外の諸研究によって十分に累積されていると思っています。
しかしながら、これらの諸証拠は現段階ではまだ完璧なものではないので、誰もが完全に納得出来るだけの説得力を持っていないことも、認めざるをえません。
生まれ変わりを認めたい人には十分な証拠、しかし、認めたくない人には、まだまだ疑う余地の残されている証拠、のレベルでしか生まれ変わりの科学的事実は開示されていないのです。

「タエの事例」、「ラタラジュー事例」の二つの事例をはじめ、未浄化霊「ナカガワ・チエコの事例」など、こうした生まれ変わりの諸証拠の存在を知った人は、その証拠を材料として、必ずやってくる死に正対して、生まれ変わりと魂と呼ばれる意識体は、あるのか、ないのか、自分の立場を明確にせざるをえないと思います。

本ブログ記事がそうした材料の一助になったとすれば、本ブログの目的は十分果たされたものと思います。 

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