2025年8月18日月曜日

体外離脱体験と魂の存在 その2

 SAM催眠学序説 その180

 

 体外離脱体験「マリアの事例」について

 

前ページの『SAM催眠学序説 その179で紹介した体外離脱体験の「マリアの事例」は、体外離体験としては極めて信憑性が高い事例として、わたしは高く評価してよいだろうと思います。

この事例を現地取材した立花隆氏は体験当事者であるマリア本人に直接会ってさらに詳しく取材を試みようとしましたが、彼女の行方が不明であったことから、直接取材ができなかったと語っています。

立花氏が、体脱体験取材に強い関心を向ける理由は、体験が「脳内現象によるのか(脳内で起きている錯覚や空想上の体験)」、「現実体験であるのか(肉体から離脱した意識体が体外離脱した状態で見聞きするなどの現実体験)」の、両仮説の科学的結着がいまだついていないからです。

 立花氏によれば、「マリアの事例」を科学的に説明できる理論がないことは率直に認めるが、いずれは科学的に説明できるようになるだろうと期待して判断留保としておこうということらしい。                       したがって、彼は唯物論的「脳内現象説」に軸足をおいていると判断できます。(立花隆『臨死体験 下』文春文庫、PP.47-53

次に立花氏が体脱体験者に直接取材、確認した事例「サリバンさんの事例」を紹介します。


2 体外離脱体験サリバンさんの事例」について

 

サリバン(59歳)さんは三年前、心筋梗塞の発作を起こして救急病院にかつぎこまれて緊急手術を受けた。そのとき体外離脱して、自分が手術されるところを天井のほうから見ていた。そのとき見たことを今でも覚えているが、それが本当に自分の見た手術室の様子と客観的に合致しているかどうか、自分を手術した主治医の医師に直接会ってたしかめてみたいとかねがね思っていたというのである。

「手術台の上のわたしの肉体は、私というより本当の私を包んでいたパッケージのようなものだと思いました。それを見ても、何の感情もわきませんでした。手術台の私は、見るも無残に切り裂かれていましたが、私自身には全く苦痛がありませんでした」(中略)

「私がまずびっくりしたのは、沢山の人が私の体を取り囲んでいたことです。五人くらいいたと思います。そして、そのうち二人が、熱心に私の脚を手術していました。私は悪いところは心臓だとばかり思っていたので、これにはびっくりしました。主治医の先生は私の頭のほうにいました。その両脇に医者と看護婦が一人ずついて、それから、私の頭のところに大きな白い帽子をかぶった看護婦がいて、主治医の先生以外に全部で五人いました」(中略)

主治医に聞くとこれはその通りで、サリバンさんの心臓は冠動脈が動脈硬化起こし心筋梗塞をもたらしていたので、冠動脈のバイパスを作る必要があった。バイパス用の血管は、脚の血管を切って利用する。心臓の手術にかかる前に脚を切開して、その血管をいつでも切り取れるようにむき出しにしておかなければならない。脚のところにいた二人の医師はその作業をしていたのである。

「上から見ると、私の目のところが、何かよくわからないもので覆われていました」

主治医によると、患者の目を万が一にも傷つけることがないように、患者の目を閉じさせ、その上に卵形のアイパッチを乗せ、それをテープで固定してしまうので、たとえ患者が手術中に意識を取り戻して目を開いたとしても、何も見えないのである。(中略) 

 「それから主治医の先生は、手を胸の前に組んで、肘を左右に突き出すような格好をしていました。その姿勢のまま、肘の先で何かを指し示しながらいろんな指示を下すので、まるで両肘が鳥の翼のように見えました。鳥が翼をパタパタ動かしているようでした」                              これについては、同僚の医師が主治医のクセだと証言してくれた。

これ以外にも、主治医が手術のときだけ特別の拡大鏡のついた黒縁の重そうな眼鏡を着用していたこと、三つのライトの集合体の無影燈の見えたこと、心臓手術に使われる大きな人工肺装置が見えたことなどを、サリバンさんは語っている。

さらにサリバンさんは、体脱中の自分の心臓の見え方について次のように語っている。

「私の胸が切り開かれ、心臓が見えていました。(中略) 心臓は血で赤いのかと思ったら、白っぽい紫色で血の気がぜんぜんないのにも驚かせられました。心臓はガラスのテーブルの上に置かされているように見えました」          このくだりは、ガラスのテーブルという1点を除いて、ほぼ完全に手術の現場の様子に合致しているのである。そして、その中には実際現場を見ていなければ分かるはずがないと思われる事実がいろいろ語られている。

ガラスのテーブルの上に心臓が置かれているという点について、別の専門医は次のように指摘している。 

 「冠動脈のバイパス手術に限らず、心臓を停止させて手術をする場合には心臓の温度を下げます。これは低温にすることにより代謝を抑え、心臓を止めている間の無酸素による心筋の障害を最小限にするためです。このため乳酸リンゲルを凍らせたアイス・スラッシュを心臓の周囲に詰めた状態で手術を行います。これは透明なシャーベット状の氷で、心臓の部分だけが氷のかぶっていない状態になるわけです。これを天井から見れば、心臓がガラスのテーブルの上に置かれているように見えたのは、もっとものことであると思われます。したがって、サリバンさんの話には事実と異なる点はなく、体外離脱現実説の有力な例であると考えます」

そこでサリバンさんの手術のときもこれと同じ方式かどうかをサリバンさんの主治医に確認したところ、アイス・スラッシュを心臓の周囲に詰めて手術したということであった。                              (立花隆『臨死体験 下』文春文庫PP.246-256

 

 応答型真性異言と魂と呼ばれる存在について

 

わたしが体外離脱体験の真偽に執拗にこだわるのは、わたしの創始したSAM前世療法の「魂の存在を前提とする根本的仮説」に直結しているからです。

体外離脱体験とは脳内現象であり、脳の作り出した架空の体験だとすれば、体外離脱した意識体(魂)などはそもそも存在せず、したがって、そうした意識体が見聞きしたとされる体験などはすべて脳の働きによる作り話、あるいは錯覚であると判断されることになります。

したがって、魂の存在を前提として展開する「SAM前世療法」は、到底まともな心理療法として認められる資格はない、と切って捨てられる運命は免れないでしょう。

しかしながら、SAM前世療法被験者リサさんの、魂の表層から顕現化したネパール人の前世人格であるラタラジューが、被験者リサさんの絶対知るはずのないネパール語で、ネパール人女性であるカルパナさんと応答的な会話をする、という超常現象が確認されています。そして、医学博士号を持つ医師、催眠研究者など複数の見学者が同席するなかで、このSAM前世療法の全セッションのビデオ映像が確たる証拠として残っているのです。

この応答型真性異言現象「ラタラジューの事例」こそ、現時点において被験者リサさんの魂の存在と生まれ変わりを示すもっとも強力な証拠です。

そして、体外離脱現象「マリアの事例」と「サリバンさんの事例」も、肉体から離脱した魂の存在を示す現実体験であることを示す強力な証拠です。

生まれ変わりの科学的実証に取り組み、3例の応答型真性異言を発見したバージニア大学のイアン・スティーヴンソンも、いわゆる魂と呼ばれている意識体を認めており「前世から来世へとある人格の心的要素を運搬する媒体を『心搬と呼ぶことにしたらどうかと思う」と提案しています。

イアン・スティーヴンソン/笠原敏雄訳『前世を記憶する子どもたち』日本教文社P.359 

 

ちなみに文芸春秋社から立花隆氏著『臨死体験上・下が出版されたのは          2000年です。                                 「ラタタジューの事例」を収録した拙著『生まれ変わりが科学的に証明された』が出版されたのは2010年です。                      同事例は、同年10月にフジテレビ番組「アンビリバボー」でも90分間放映されています。

したがって、当然のことながら、立花隆氏が『臨死体験上・下』執筆前に「ラタラジューの事例」を知っていることはありません。

立花氏が存命中であれば、彼の徹底的な懐疑精神と科学的公正な視点によって「ラタラジューの事例」をどのように判断・評価されるのか是非知りたいところですが、それが今となってはかなわないことは、かえすがえすも大変残念だと思っています。 

おそらく、立花氏は、応答型真性異言「ラタタジューの事例」について、現時点では科学的に説明できる理論がないことは率直に認めるが、いずれは科学的に解明できるであろう、と判断留保の立場を堅持されるだろうと推測しています。

ちなみに、イアン・スティーヴンソンが 「ラタタジューの事例」を知ったなら、必ず来日して調査をするだろう、と彼の著作の翻訳者であり親交のあった笠原敏雄氏は語っています。

2025年5月9日金曜日

体外離脱体験と魂の存在 その1

 SAM催眠学序説 その179

 

SAM前世療法が創始されるまでに、わたしが影響を受けた2冊の本を紹介します。

1 体外離脱体験と魂の存在可能性

 

「 彼女(キンバリー)はワシントン大学医学部に進み、大学院生のときに付属病院で、アルバイトがてら、ソーシャルワーカーの仕事をしていた。          そして1976年の春、臨死体験の患者に出会う。患者はマリアという名前の50代の女性だった。(中略)

彼女が入院して3日目のことでした。彼女の心臓が突然停止してしまって、大騒ぎになりました。(中略)                           

しばらくしてマリアは意識を回復したので・・・マリアのところに行ってみると、自分は、医者や看護婦が蘇生処置を施しているとき、自分の体からぬけだして天井のほうから、一部始終を見ていたと語り始めた。・・・そのときベッドのまわりに誰と誰がいて、誰は何をやっていたかということを 、マリアは正しく語りました。

マリアは医者たちの作業を見ているのにあきて、何か他のことをしようと思った瞬間、今度は救急治療室の窓のすぐ外の、病院の玄関の上あたりの空間にいたというのである。(中略)

マリアはその玄関の上の空間から、もう一度瞬間的に移動した。        そこはやはり病院の一画だったが、彼女のいる病室があるあたりとは別の場所だった。マリアはそこの三階あたりの窓の外側にいた。その窓枠の下のところがちょっと外に張り出していた。

そこにブルーのテニス用シューズの片一方だけが乗っかっているのをマリアは見た。                                   その靴は小指のところがすり切れていて、靴ひもがほどけて、かかとの下にたぐり入れられているといった細かいところまで見た。               それは夢や幻ではなくて、本当にこの目で見たのだから、きっとどこかにあるにちがいない。それを探して取ってきてくれと彼女は頼んだのである。(中略)

まず外に出ました。三階の窓のところを見上げて病院をグルっとまわってみましたが、そんなものはどこにも見当たりません。次に三階に上がり、部屋を一つ一つ訪ねて、窓のところをのぞいて歩きました。                  

すると、ある病室の窓のところにマリアの言ったとおりのテニスシューズがあったのです。それは片一方だけで、色はブルーで、小指のところがすり切れていて、靴ひもがかかとの下に入っているのも、マリアの言った通りでした。                        

マリアがこの靴の存在を事前に知るということは絶対にありえないことです。  その窓は三階で、マリアの病室は二階です。その窓は病院の西側に面していてマリアの病室は北側なのです。マリア以外の人にも、その靴は見えません。下から見上げてても窓枠の張り出しに邪魔されて見えません。窓を開けるか、窓のすぐそばによって、下を見れば見えますが、それ以外では見えません。近くの建物から見えるのではと思われるかもしれませんが、病院の西側は開けた土地でずっと建物がないのです。(中略)

わたしたちは、そのテニス靴と同じような靴を用意して、それを実際に窓のところに置いて、いろんなところから見てみたが、確かにキンバリーの言う通り、外からは絶対に見えない。内側からも、窓を開けるか、窓のすぐそばにいかないと見えない。                                   これは実に不思議な話である」

 立花隆『臨死体験 下』文春文庫、pp.47-53

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注:この上記の体外離脱事例を「マリアの事例」としておく。「マリアの事例」は典型的な体外離脱体験の事例でもある。                           しかも、きちんとした検証がされているので、マリアの見たテニスシューズは体外離脱した彼女の魂が、空中から見たと考えることが妥当だと思われる。

しかしながら、超心理学では次のような驚くべき透視事例が紹介されているである。

 「これまでに最高かつ、もっとも信頼性の高い研究の対象となった霊媒のひとりであるグラディス・オズボーン・レナードは、一度も行ったことのない家の中にある閉じた本に書かれた文章を何らかの方法で読み、その文章が何ページに出ているか(場合によっては、そのページのどのあたりにあるか)や、そのその書物が本棚のどのあたりに置かれているかを正確に言い当てる能力を持っていた。E・M・シジウィック(哲学者・ケンブリッジ大学教員)は、レナード夫人のこの書籍実験に関する厳密な分析をおこなった論文を発表している」           

イアン・スティーヴンソン/笠原敏雄訳『前世を記憶する子どもたち』日本教文社P.500 

もし、マリアが体脱体験中に、どういうわけかレナード夫人並の万能に近い透視能力を発揮したとしたら、空中に浮かんでいる魂などを持ち出さなくても、病室のベッドから透視できた光景を述べたのでないかという説明ができるのです。

こうした万能、あるいは万能に近い透視能力が「超ESP仮説」と名付けられています。超ESP仮説を用いれば、これまで決定的なものとして提出されてきた死後生存のあらゆる証拠(魂の存在、生まれ変わり、体外離脱体験など)は、生きている人間のESP仮説で説明できることになります。                     

たとえば、わたしの提示している「タエの事例」も、被験者里沙さんが催眠中に発揮したESP能力によって入手した情報によって語られたもので、前世の記憶などではない、生まれ変わりの証拠などではない、生きている人間のESP能力の発揮の結果であるという説明が成り立つのです。

 

ESP仮説と生まれ変わりの証拠

 

ESPでは原理的に説明不可能と考えられる現象が起こった場合には、超ESP仮説でも説明できない有力な死後生存の証拠と考えてよいのではあるまいか。        この点に着目したのがイアン・スティーヴンソンです。彼は著名な哲学者デユッカスの考察を引用しながら、次のように述べています。                

「デユッカスは、次のように考える。もし霊媒が、本来持っているとされる以外の変わった技能を示したとすれば、それは何者かが死後生存を続けている証拠になるであろう。もし、その技能が、ある特定の人物以外持つ者がいない特殊なものであれば、その人物が死後も生存を続けている証拠となろう。

技能は訓練を通じて初めて身につくものである。たとえばダンスの踊り方とか外国語の話し方とか自転車の乗り方とかについて教えられても、そういう技能をすばやく身につける役には立つかもしれないが、技能を身につけるうえで不可欠な練習は、以前として必要不可欠である。                     

マイケル・ポランニー(哲学者)によれば、技能は本来、言葉によっては伝えられないものであり、そのため、知ってはいるが言語化できない、いわば「暗黙知」の範疇に入るという。もし技能が、ふつうには言葉で伝えられないものであるとすれば、なおさらとは言えないまでも、少なくとも同程度には、ESPによっても伝えられないことになる。

そう考えると、認知的情報が得られただけでは説明できない、特殊な技能を訓練なしに示す事例などは、死後生存の有力な証拠ということになる」

これこそイアン・スティーヴンソンが応答型真性異言の事例や特殊な技能や癖や行動を示す生まれ変わりの事例を重視するゆえんである。             

笠原敏雄『超心理学読本』講談社、PP.230-231

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注:イアン・スティーヴンソンが、世界各地から前世の記憶を語る子どもたちの2000を越える事例を徹底的に調査・検証したうえで、さらに「応答型真性異言」の事例を重視したゆえんはどこにあるのだろうか。                           私見によれば、前世の記憶を語った子どもあろうとも、絶対にESP能力を発揮して語ってはいないと断定できないからだろうと考える。したがって、ESP仮説が適用できない、より完全な生まれ変わりの科学的証拠を求める科学的探究精神が応答型真性異言の発見へと向かわせたのだろうと思う。          

 

応答型真性異言と魂の存在可能性

 

 イアン・スティーヴンソンは、応答型真性異言の事例を3事例発見している。  スウエーデン語で話した「イエンセンの事例」、ドイツ語で話した「グレートヒエンの事例」、ベンガル語で話した「シャラーダの事例」である。        

わたしが注目したのは 、スティーヴンソンが、催眠中の被験者に前世の「トランス人格」が顕現化したと以下のように記述している点である

トランス人格たるグレートヒエン・・・」、「ドイツ人と思しき人格・・・」  「グレートヒエン人格が出現した・・・」のように、被験者が前世の記憶を語っているのではなく、催眠中にトランス人格が顕現化し、被験者の知らないドイツ語で応答的に会話したとスティーヴンソンは解釈しているのである。                                    

イアン・スティーヴンソン/笠原敏雄訳『前世の言葉を話す人々』春秋社,PP.11-15 

 それではスティーヴンソンは、顕現化したトランス人格はいったいどこに存在していると考えているのでしょうか。

彼はこのことについて次のように考察している。

前世から来世へとある人格の心的要素を運搬する媒体を「心搬体(サイコフオア)」と呼ぶことにしたらどうかと思う。私は、「 心搬体」を構成する要素がどのような配列になっているのかは全く知らないけれども、肉体のない人格がある種の経験を積み、活動を停止していないとすれば、 心搬体」は変化して行くのではないかと思う。                                    

イアン・スティーヴンソン/笠原敏雄訳『前世を記憶する子どもたち』日本教文社,P.359

注:「心搬体(サイコフオア)」とは、いわゆる「魂」と同義語である。ただし、  「魂」という語は多義的であり宗教色が強いので、中立的な科学的用語として 「心搬体(サイコフオア)」を提案している。この提案は、彼が生まれ変わりを科学的事実として認めていることにほかならない。                                          

 

4 魂と生まれ変わりについてのSAM前世療法の仮説

 

以上述べてきた知識の土壌があったわたしに、霊媒能力があると思われる拙著の読者を介して、わたしの守護霊団を名乗る存在からの霊信が、毎夜1ヶ月余に渡って届くという超常現象が起こった。                      2007年1月11日から2月14日の期間である。

その霊信が伝えてきた生まれ変わりと魂の仕組みに関する情報を図示すると次の点線以下のようになります。

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 霊信が告げている、魂とよばれる意識体の転生の仕組みで明らかになりつつあることの現時点の報告です。
該当する私あて霊信は、第12霊信~、SAM催眠学序説その59~を参照してください。  

次の報告は、わたしあて霊信の告げた内容の真偽を検証するため、霊信内容を仮説としたSAM前世療法を実践し、クライアントが示した意識現象の累積によって明らかになってきたことです。

 

  [魂と生まれ変わりの仕組みについての模式図]

はじめに、霊信の告げてきた「魂の二層構造」の模式図を説明します。

左から右への矢印は時間軸を意味します。
大円、魂の核Xの下に引いてある接線は、魂表層の前世人格と現世人格の区別のための補助線です。
つまり、補助線より下の小円が現世人格になります。
補助線より上の小円が前世人格です。
したがって、右端の3つ目の模式図を例にとると、魂表層の現世人格Cは、AとB二つの前世人格とともに、3回目の人生を送っている魂をあらわしています。

魂の転生の仕組みを模式図にしたがって説明します。

魂の核大円(X)は、最初その表層に小円という現世人格を生み出す(左端の図)。

現世人格は肉体の死後、魂の核大円(X)の表層を構成する前世人格小円Aとして位置づき(真ん中の図)、死後も魂表層に存在し続けます。

そして魂は、次の来世の肉体に宿ると、新たに小円という現世人格を魂表層に生み出す((真ん中の図))ということです。

さらに小円Bという現世人格は、肉体の死後魂表層の前世人格小円Bとして位置づき、先に位置付いている前世人格小円Aとともに魂表層を構成し、死後生存します。

次の来世では小円Cという現世人格を魂表層に生み出し、先に表層に位置づいている前世人格A・Bとともに魂表層を構成します。(右端の図)

このように、魂の核であるは、新しい肉体を得るたびに諸前世人格を魂表層に次々に位置づけ魂表層の構成単位として包含し、転生していきます。
現世人格であったA・B・・・は死後も、それぞれの生前の個性や記憶を保ちながら、魂の核とともに魂の表層を構成するそれぞれの諸前世人格として死後生存しています。


こうして、生まれ変わりの回数分だけの諸前世人格が、現世人格とともに魂の表層を構成している、という仕組みを霊信が告げ、それにしたがって創始・実践した「SAM前世療法」で明らかになってきた魂の転生の仕組みです。
ちなみに、魂の核であるXについて、わたしあて霊信では「ある意識体」とだけ告げており、その実体については謎のままです。

霊信が告げていることは、魂の核であるXの表層は前世の諸人格によって構成され、それらのものが意識・潜在意識を作り出しており、それら意識は脳ではなく霊体に宿っている、ということです。
また、魂表層の前世諸人格は、それぞれ死後生存しており、互いに友愛を結んで、それぞれの人生の智慧を与え合っている、ということです。
こうした魂表層を構成している諸前世人格のありようを考慮すれば、現世の人格は、前世の諸人格の智慧を分かち与えられ、その影響を受けていることになります。
とすれば、人格が両親からの遺伝的要素と生育歴との相互作用によって成り立っている、という一般に了解されている人格心理学の説明は、前世人格の諸影響(諸体験)を考慮に入れない視野狭窄に陥っていることになります。

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こうして、図示した魂状態(の自覚)まで催眠を深め、魂表層に存在している前世人格を呼び出し、対話を通して前世人格の訴えている傷を癒やし、その結果現世人格への悪影響を軽減化、鎮静化していく前世療法が「SAM前世療法」です。

わたしの提示している「タエの事例」、「ラタラジューの事例」は 、霊信が告げている魂とよばれる意識体の転生の仕組みを仮説として、その実証をしつつある検証成果です。

ちなみに応答型真性異言「ラタタジューの事例」は、21世紀最初の事例であり、生まれ変わりを示す応答型真性異言の発話中のビデオ撮影に成功した世界初の事例でもあります。

 生まれ変わりの証拠である「ラタタジューの事例」がSAM前世療法のセッションによってあらわれたこと、そしてそのセッション証拠映像に成功したことは、世界に誇れる快挙だと思います。