2015年2月3日火曜日

SAM催眠学序説 その38

「タエの事例」再考 その4 セッション逐語録4

ここからは、里沙さんに憑依してもらった「偉大な存在者」、いわゆる彼女の守護霊との対話です。この守護霊との対話は25分間続きました。
これは、催眠を用 いて、意図的に憑依させた霊との対話実験というほうが適切でしょう。
この守護霊との対話実験は、この場で思いついたインスピレーションです。
タエの魂が 「偉大な存在者」と出会い、対話できたことを報告したので、それならばその存在と私が直接対話することが可能であるかどうか、試みることを思いついたわけ です。
この守護霊との対話は25分間続きました。
前世療法中に、こうした霊的存在との対話実験がおこなわれたという話を、私は寡聞して知りません。
私にとっ て、初めての冒険的試みでした。

注:THはセラピスト稲垣、CL(憑依した守護霊)は被験者里沙さんの略

TH:じゃ、一つ聞きますよ。そのあなたのいる魂の世界に、たとえば、私の愛する人が待っていて、生まれ変わりがまだなら、私もそこへ行けば会えますか?
注:この質問は、セッション見学者小野口裕子氏(現可児市教育委員長)から依頼されていた。機会があれば是非探ってほしいと依頼されていたので、質問してみたということである。

CL:はい。会えます。

TH:もう、生まれ変わりをしていたらどうなりますか?

CL:必ず出会います。

TH:生まれ変わりをしていても出会えますか、魂どうしは?

CL:はい。
注:先に他界し、生まれ変わりをすでにしている魂に、後で他界した魂が、霊界でにおいてなぜ「必ず出会える」のか? 2005年12月、里沙さんの守護霊との対話実験再セッ ションでその謎解きを告げられている。霊界において魂は、「類魂(グループ・ソウル)」という、魂どうしがひとまとまりの集団を形成しているという。生まれ変わりは、この類魂から一個の魂が分離され生まれ変わりの旅に出る。ただし、分離するとはいえ、類魂に分身を残している。したがって、霊界には分身としての 魂が常在しているということになる。だから、後で霊界に来た魂は、先に霊界に来ている「魂の分身」と「必ず出会える」ということらしい。彼女の守護霊は、 自分は霊界では異例の存在だと言う。その訳は、自分は稲垣に霊界の消息を教えることが使命になっているからだということであった。こうした経緯があるの で、私は里沙さんの守護霊を信頼し、憑依してもらっては霊界の情報を入手している。霊的現象や霊界のことは信頼できる霊界の住人に聞け、というのが私の探究方法である。ただし、霊的存在の語りの真偽は、語り内容の検証ができない限りにおいて、判断留保としている。おそらく、里沙さんは、すぐれた霊媒資質を備えていると考えられる。

TH:もう一つ聞きますよ。今、あなたは偉大な存在者そのものになっていますね。じ ゃあその方は、時間も空間も超越していますから、今、私が、こうやって前世療法のセッションをしていることも、きっとお見通しのはずですね?

CL:はい。

TH:じゃ、聞きます。多くの人が、前世のことは現世に生まれ変わると、忘れて出てきません。でも今、里沙さんは深い催眠状態で前世のことを語ってくれましたが、もともと人間は、前世のことを忘れて生きるようにできていますか?

CL:はい。

TH:それを、無理矢理こうやって、催眠によってほじくり出すことは罪なことでしょうか? どうでしょう。
注:この問いは、前世療法に携わるようになってから、私が抱き続けてきた畏れである。

CL:そうではありません。人を救う手段であります。人を救う手段であれば、罪なことではありません。あなたは、それができる人なので、たくさんの人を苦しみから救うことが使命であると。
注:この守護霊の回答は、裏を返せば、人を救う以外の目的に用いてはならないということである。
 

TH:私の使命ですか。

CL:そうです。

TH:であれば、私がこうやって前世療法をやった後は、二人の人からとっても憔悴(しょうすい) しているように見えるそうです。命を縮めているんじゃないかって言われています。そういうことになっていますか? どうでしょう。命を縮めることですか。
注:実際、この「タエの事例」のセッション直後には疲労困憊し、膝ががくがくになって歩行がままならない状態に陥った。前世療法は、セラピストの命を縮める所業ではないかと真剣に心配していたのである。

CL:違います。できる限りたくさんの人を救います。

TH:分かりました。じゃあ私は、それを自信を持ってやっていいのですか?

CL:はい。

TH:他に、私に伝えておかなければならないことがあれば、どうぞおっしゃってくだ さい。

CL:世界にたくさんの悩める人がいます。必ず出会います。力を尽くすよう。力を尽くしてお救いください。

TH:はい。私はそういう道を進むのが使命ですか?

CL:そうです。

TH:もう一つ聞きます。大きな謎ですよ。おタエさんは、人柱となって一六歳で短い 一生を終えました。そのおタエさんの魂が、今、平成の現世では里沙さんとして生まれ変わっています。その里沙さんは、側湾症という治る見込みのない苦しい 病に罹(かか)っています。なぜ、苦しみを二度も味あわねばならんのですか? いかにも不公平な人生ではありませんか。そのわけは何でしょう?

CL:魂を高め、人を救う道に位置付きし人です。

TH:里沙さんがそういう人ですか。

CL:そうです。

TH:じゃあ、側湾症になるということも、里沙さん自身が、あなたのいらっしゃる中間世で決められたことなんですか?
注:「中間世」と「霊界」とは同義として用いる。中間世は前世療法でもっぱら使用される。霊界という用語は宗教色が濃厚であるので敬遠されていると言えよう。

CL:そうです。

TH:それは、里沙さん自身が魂として選んだ道なんですか?

CL:「わたし」が選びました。

TH:「わたし」とは、魂の「わたし」なのか、それとも偉大な存在である「わたし」 のことですか? どちらですか?
注:この質問のニュアンスは微妙である。後に分かってくることであるが、「偉大な存在者である私」は類魂そのものである、と「偉大な存在者」が答えている。 したがって、「魂のわたし」は、類魂を構成している存在であり、類魂である「偉大な存在者」の構成員でもあることになる。推測するに、類魂の一員としての 里沙さんの魂が、類魂全体の意志を担って魂を高めるための生まれ変わり(脊柱側湾症の苦難の道)を選んだということであろう。つまり、類魂とそこに所属する里沙さんの魂とは一体であり、不可分の存在だと思われる。そして、類魂においては、そこに所属する個々の魂どうしが、それぞれの生まれ変わりにおいて獲得してきた智慧を分かち合い、類魂全体の霊的成長・進化を図るようになっているという。ただし、このセッション時点で、私には上記のような霊学的知識の素養はまったくなかった。里沙さんも同様であった。

CL:魂の「わたし」が選びました。
注:「魂のわたし」とは、「類魂全体としてのわたし(偉大な存在者)」でもある、と解釈してよいと思われる。

TH:もし、そのことを現世の里沙さんがはっきり自覚できたら、彼女は救われるでしょうか?

CL:救われます。

TH:その苦しみを乗り越えるだけの力を得ることができますか?

CL:できます。

TH:また、聞きますよ。お答え願えますか? 浅間山の噴火のときに雷が起きましたか?
注:噴火による火山灰の摩擦によって火山雷と呼ぶ雷が生じる。天明三年浅間山大噴火の火山雷のすさまじさは、当時の絵図に描かれている。

CL:はい。

TH:そのことを、雷神様と人々は言うのでしょうか? 雷のことを。

CL:そうです。まだ、噴火、自然現象は分からない人たちですから、魔物のせいだと思ったのです。

TH:龍神様はなんのことでしょう?

CL:浅間山は信仰の山です。龍神が祀られています。
注:浅間山に龍神信仰があったことは、浅間山麓嬬恋村の住人によって確認した。「偉大な存在者」はいい加減なことを告げているわけではない。

TH:その龍神が、お山が火を噴いたために住めなくなって、川を下るというように人々は思ったわけですね。

CL:そうです。

TH:それから、そのときの噴火によって空が真っ暗になって、日が射さなくなって、 火山灰が降り注いで、農作物は不作になりますよね。その結果、下界ではどんなこと が起きたのでしょう?あなたはご存じのはずですが、教えてもらえますか?

CL:噴火による土石流で川が堰(せ)き止められ、そのため洪水が起き、たくさんの人が亡くなりました。
注:この事実が「浅間焼泥押(あさまやけどろおし)」と呼ばれる大泥流洪水の被害である。吾妻川、利根川流域で流死者1500人あまりが出た。この時点で、 私はこうした史実をまったく知らなかった。もちろん里沙さんも知らない。それは2009年のポリグラフ検査で確認できた。

TH:その川の名前が吾妻川でしょうか?

CL:そうです。利根川の上流になります。
注:私は吾妻川の実在はもちろん、それが利根川の上流で合流していることもまったく知らなかった。もちろん、里沙さんも知らない。里沙さんの知らない「浅間 焼泥押」の被害や吾妻川が利根川の上流になっていることを「偉大な存在者」が語っている。里沙さんが、超ESP(万能の透視能力やテレパシー)を用いて、 「浅間焼泥押」被害や吾妻川の情報を入手して、「偉大な存在者」として役割演技をして語っているという、超ESP仮説および、催眠学による説明、つまり、 里沙さんの心の力ですべて説明するには無理があると私は思う。ちなみに、私は、このセッションで、宗教色を薄めるために「偉大な存在者」と表現している が、守護霊と呼ばれている存在と同義である。

(その5へ続く)

15 件のコメント:

稲垣勝巳 さんのコメント...

ショウタさん
私はモト小中学校の教員でした。それで「その37」のコメントに

「このブログは生まれ変わり科学だけでなく自分の未熟な点についても学べました」

と書いてもらえることは、率直にうれしく思いますし、光栄に思います。

ただし、私は少々ひねくれ者でもありまして、こんなに素直に自分の未熟さを認めてしまって、ほんとうに大丈夫かいな、と心配にもなるのです。
正直さはあなたの人間性の大きな美質ですが、それゆえ、そこにつけ込む悪質な者に利用される危うさが隣り合わせているからです。

くれぐれも、偉そうに見える人のご高説でも、「ほんとうにそうか?」と問い続ける懐疑精神を忘れないでくださいね。

坊さん
あなたの高く評価している苫米地氏が実は、研究者としてかなりの食わせ者であることが理解できましたか? 彼は前世療法を肯定するどころか、セミナーで自ら前世療法を使っているのです。一方で前世を否定するようなふりをして、一方では前世療法をセミナーの売りにする、こんな不誠実な研究者のあほらしい本など読んでも参考になるはずがありません。ナントカイッタラドウダイ!

稲垣勝巳 さんのコメント...

生まれ変わり(死後存続)仮説について

この仮説は、里沙さんのセッション中の証言を全面的に採用した場合には、もっとも支持できそうな仮説だと思われます。
とはいえ、「生まれ変わり仮説」を支持するためには、現行科学の知の枠組みをはずして考えなければなりません。
現行科学の知の体系からみれば、個人の記憶が、時空を隔てた別の人格に伝達されるということは、ありえないからです。
記憶を蓄えているとされる脳が、前世の肉体とともに消滅することは、言うまでもありません。
したがって、「生まれ変わり仮説」は、物質である脳の消滅後にも存続している意識体(魂とか霊と呼ばれるもの)の存在を認めないことには成り立たない仮説です。
肉体の消滅後にも何らかの意識体が存続する」という仮説は、「死後存続仮説」として、近代においても、様々に研究されています。

臨死体験や、霊媒と呼ばれる特殊能力者を通しての霊との交信などもその一環です。「生まれ変わり仮説」は、「死後存続仮説」に含まれるうちの一つです。

こういった「死後存続」研究の中でも、極めて大きな注目を浴びているのが、イアン・スティーヴンソンによる一連の「生まれ変わり」研究です。
スティーヴンソンは、世界中の、2000を超える「生まれ変わりとおぼしき事例」を、詳細かつ慎重に検証して、膨大な研究報告としてまとめています。その周到な情報収集と、あらゆる可能性を疑う公正な検討姿勢は、一部の科学者からも高く評価されているようです。
ここでは「死後存続」研究やスティーヴンソンの「生まれ変わり」研究をめぐっての議論・評価に関して、深入りすることはできません。
しかし、「生まれ変わり仮説」は、語られた前世を検証するに当たって、それ以外にも考えられるすべての仮説を慎重に検討し、そのそれぞれの仮説にともなう矛盾を明らかにしたうえで、もっとも矛盾のない説明ができる仮説として最後に受け入れられるべきものです。

私が、「タエの事例」、「ラタラジューの事例」で検討した仮説は、

①意図的作話仮説 
②潜在記憶仮説 
③遺伝子記憶仮説
④超ESP仮説 
⑤憑依仮説 

です。

①②③④は唯物論による仮説であり、⑤は死後存続している浮遊霊を認める霊魂仮説です。
これ以外にも「唯脳論」の立場から、正夢仮説やら、偶然の一致仮説やら、脳の未解明領域仮説やらがこれまでのブログコメントで話題になっていますが、そうした仮説が反証可能性に開かれておらず、単に「説明できるからそうにちがいない」という仮説は、仮説とは認められません。
「説明できること」が仮説ではなく、その「説明が証明できる可能性に開かれていること」が、仮説の名に値すると考えます。

①意図的作話仮説については、里沙さんへの聞き取り調査、その裏付けとしてのポリグラフ検査によって棄却できると判断しています。つまり、里沙さんが、意図的に情報を入手して、それらを加工・編集し(作話して)、前世人格の語りとしていることは否定できます。

なお、里沙さんの「偉大な存在者(守護霊)」の憑依現象についての私の見解は、逐語録公開がもう少し先に進んだところで述べる予定です。

坊 さんのコメント...

目を覚ましてください。

死後の霊魂だの生まれ変わりなの存在しません。死んだらそれまでです。

だから命は尊く生きているうちが大切なのです。

霊魂だのが存在するなら鬱病や脳の一部を刺激することで正確が変化することや喜怒哀楽の機能が麻痺されることや睡眠や意識不明の状態について説明できません。

脳にはそれぞれ笑いの回路、怒りの回路、悲しみの回路がそれぞれあります。

脳が受信機なら脳の刺激で人格が変わるわけありません。

知りえない情報を得たことなんて脳が知りえない情報を得たと勘違いしているだけです。

人間の脳は忘れがちです。本人には悪気はなくても脳に騙されるのです。

もう一度言います。全て脳みその構造です。

稲垣勝巳 さんのコメント...

坊さん
「知りえない情報を得たことなんて脳が知りえない情報を得たと勘違いしているだけです」という唯脳論的強弁で、知り得たはずのないことがをきっちり検証されているネパール語で対話した「ラタラジューの事例」を「脳の勘違い」で説明できると思うのですか?。正夢仮説同様の珍妙な仮説です。
応答型真性異言が、脳の勘違いであることの検証がまったくできませんから、仮説ですらありません。
なぜ、脳が勘違いで、知り得たはずのないネパール語で応答的会話ができるのでしょう?
こんな不合理な説明の強弁がとおるはずがないでしょう。

脳の、ある特定部分を刺激すると、ある特定の反応が出ることは、大脳生理学者でノーベル賞を受賞しているW・ペンフィールドが実験研究しています。
しかし、この刺激に対して反応が観察できるからといって、脳が意識を作りだしていることにはなりません。
どこまでも、刺激と反応の「対応関係」を示しているだけで、「因果関係」を示していることにはなりません。
ペンフィールドは、脳の実験研究の結果、それに気づいて「脳と心は密接な対応関係はあるが別物だ」という結論に至っています。
他にも、大脳生理学者でノーベル賞受賞者のJ・エックルズ、R・スペリーが、脳の実験研究の末に、脳と心は別物である、という見解に至っています。
優秀な大脳研究者のすべてが唯脳論者ではない、という事実をあなたはご存じですか?
そもそも、脳が意識を生み出している、つまり、意識は脳の随伴現象である、という因果関係の実証は、いまだに一切ないのです。そうした実証研究があるのなら示してください。
0rphan elderさんのコメントを熟読されることです。

苫米地氏が、生まれ変わりの否定論者ではないことを納得しましたか?  石川幹人氏が、生まれ変わり研究についいて言及していますか?
UROノートさんのコメントを熟読されることです。

生まれ変わりの事実を認めたとしても、現世は1回しかないのです。
生まれ変わりがあるといって、1回しかない現世が、尊く大切なことに、まったく変わりはありません。

現行唯物論では説明できない、応答型真性異言「ラタラジューの事例」は、証拠映像のある確たる事実ですから、私は夢を見ているわけではありません。したがって、目を覚ます必要は一切ありません。

不合理な思い込みから目を覚ます必要があるのは、応答型真性異言という確たる事実に正対して、きちんと理解し、合理的な解釈をしようとしない、あなたのほうではありませんか?

坊 さんのコメント...

>他にも、大脳生理学者でノーベル賞受賞者のJ・エックルズ、R・スペリーが、脳の実験研究の末に、脳と心は別物である、という見解に至っています。
優秀な大脳研究者のすべてが唯脳論者ではない、という事実をあなたはご存じですか?
そもそも、脳が意識を生み出している、

>苫米地氏が、生まれ変わりの否定論者ではないことを納得しましたか?  石川幹人氏が、生まれ変わり研究についいて言及していますか?

それらの科学者はもう生きていないですね。あくまで昔の学者であって現代の学者です。これらの学者が生きているときと現代とは科学の進歩もだいぶ違いので説得力ありません。

確かに苫米地さんの件は矛盾がありますがだからと言って肯定者もしくは中立派とは言えません。「生まれ変わり 苫米地」ググッてみたらわかります。

もう21世紀なのですから死後の霊魂だの生まれ変わりだの肯定するのは時代遅れです。

シュヴァル さんのコメント...

坊さんへ

自己の主張をされる前になすべきことがあるのではないでしょうか?

質問にも答えず、一方的に持論を述べられても誰も信じないと思います。
説得力とはすなわち信用なわけで
坊さんの信用はここの読者には皆無と言わざるを得ません。

信用を高める努力をされないかたにだれもついてこないと思います。
無視されるのはかまいませんがそうすると
どんどん信用がさがっていきます

前回も言いましたがそれ以上でもそれ以下でもないならもう投稿される意味はないと思います

シュヴァル さんのコメント...

坊さんへ

時代遅れとは時代とはなんでしょうか?

無いと主張される自身の理論・仮説・証明を頂かないと勝手な時代論はそれこそ無意味ではないでしょうか?

ショウタ さんのコメント...

確かに自分もそうですが「マスコミが言えば」とか「科学者が言えば」と言う理由で無批判で信じる人が多いですね。

自分も小学校までは「先生が言えば全て正しい」と無批判で信じていました。

しかし自分が考えることが理性だと思いました。

ラタラジューの生まれ変わり事例にしても唯物論を受け入れず様々な見方で考えるのが必要だと思いました

稲垣勝巳 さんのコメント...

「もう21世紀なのですから死後の霊魂だの生まれ変わりだの肯定するのは時代遅れです」という坊さんは、生まれ変わりの証拠「ラタラジューの事例」を、否定できるまともな反証を、これまで、一つも挙げることができないでいる、ではありませんか。

この事例について、唯脳論によって反証が一切提出できず、論破がまったくできないところで、生まれ変わりは時代遅れ、などと根拠不明な感情論で力んだところで、説得力はまるでないでしょう。

あなたの、時代遅れという暴論は、故イアン・スティーヴンソンの膨大な生まれ変わりの実証研究も、時代遅れとして破棄することになります。
彼の生まれ変わり研究を、時代遅れだという暴論を吐いた研究者は、さすがにいませんがね。

あなたのように生まれ変わりを絶対認めたくない人は、「ラタラジューの事例」において、生まれ変わりを否定する具体的証拠の事実(反証)を挙げて反論するしかありません。
ここに勝負をかけるしかありません。苫米地氏がどうのこうのなどの論点ずらしは、反証ができない負けを認めたことになります。
きちんと反証できるなら論点ずらしは不要だからです。
私の示している動画等の実証に対して、その実証がそうではないという実証(反証)を挙げて反論することが、このブログ「生まれ変わりの実証的探究」での議論のルールです。

したがって、「ラタラジュー事例」の「科学的事実」は、時代遅れなどとはまったく関係ありません。
21世紀最初の応答型真性異言の事例です。

それとも、時代遅れではない最新の科学的事実として、脳が意識を生み出しているメカニズムの確かな実証がありますか?

仮にそうした実証ができたとしても、ネパール語を学んだことのない脳が、ネパール語で応答的会話ができた事実を、ますます説明できないことにするとは思いませんか。
脳は、どこから、学んでいないネパール語会話の技能を獲得したのでしょうか?
無から有を生み出す摩訶不思議な力を脳が持っていると本気で思うのですか? それこそ実証のない戯言です。

「あくまで昔の学者であって現代の学者です」などという意味不明の文脈を平気で書ける坊さんであれば、これまでの意味不明な諸珍説も、さもありなん、ということでしょうか。
ショウタさんがそうしたように、あなたも脳を再起動させて、「ラタタジューの事例」に対して、きちんと論理的思考力を働かせてみることです。

現行唯脳論で、「ラタラジューの事例」を否定できる仮説を考えるなら、

①私と被験者里沙さん、ネパール語対話者カルパナさんがツルんで、事前にネパール語対話の綿密なリハーサルをして一芝居打った(そんな欺瞞を弄することは絶対していませんが)という実証をする。

②ラタラジュー程度のネパール語対話なら誰でもできるという実証をする。

③対話はネパール語ではなく空耳の羅列に過ぎないという実証をする。

④里沙さんが密かにどこかでネパール語会話を学んでいた実証をする。

以外にないだろうと思いますよ。
もちろん、仮説①②③④はポリグラフ検査を含めて検証済みです。

あなたの信仰する現行唯脳論で、すべて説明がつくのだ、という「脳の万能神話」は、生まれ変わりの証拠の「鉄壁の砦」に立てこもる「ラタラジューの事例」を攻略するには、すでに無力であることが、あなた自身のとりとめのない珍説・奇説によってさらけ出されています。 

稲垣勝巳 さんのコメント...

坊さん
匿名読者から次のような個人メールをいただいています。

あなたの未熟な諸珍説についての私の反論について、猫がネズミをいたぶって楽しんでいるような悪趣味の印象を受けられたそうです。

この辛辣なご指摘に、私は恥じるところがありますので、今後あなたの知性を疑われるような支離滅裂なコメントは、掲載しないでおこうと思います。

きちんとした文脈による日本語で、論理的整合性のあるコメントであればこの限りではありません。

また、この読者は、坊さん自身、または親しい知人が、過去に生まれ変わりを受け入れたばかりに、何らかのトラウマを抱えることになっているのでないか、という推測もしておいでのようです。


UROノート さんのコメント...

う~んこの坊さんの状態を見ると……。

コメント増えてるかな?と思ってこのブログを覗いてみると、いつもながら頑迷で稚拙なコメントに対する稲垣先生のご苦労と愛情を感じ、強い既視感にひどい眩暈と徒労感を感じました。
ショウタさんが理知的になって、クリティカルシンキング(批判的思考)を身に付けつつあるのは喜ばしいことですが……。

ひょっとしたら十代前半の方なのでしょうか?日本語の運用についても再三再四指摘されている通りですが、坊さんがこの先生きのこるには、必要条件と十分条件についての学習は最優先事項ですね。
脳自体を刺激した為に肉体やムードに一定の影響が出る事は、魂の不存在を決定付けるものとはなり得ません。このブログの読者を説得したいと、坊さんが本気で望むなら、カフカの不条理小説チックなトンデモ理論ではない形で、稲垣先生の誇るラタラジューの事例を矛盾なく説明する理論を示してください。

未だ黎明期にある脳科学の、しかも驚くほど古い情報をドヤ顔で提示されましてもね……。
脳を愛するのも良いですが、脳だけ見つめてタコツボ的研究をしたのでは、大して役に立たないからこそ、心理学という分野が存在するのですよ。

例としてコンピューターのディスプレイの真ん中に真っ白な四角を表示するという方法について考えてみましょう。
これにはOSからX環境をコントロールして行うこともできますが、BIOSなどのファームウェアから行うこともできるでしょう。もちろんディスプレイの液晶などを直接コントロールする方法もあります。
しかしながら、それらの出力結果が同じたからと言って、WindowsやMacOS、Linux、*BSD、Solaris、TRONなどなどが存在しないことの証明にも、OS不要論にも結び付かないと思いませんか?

そもそも脳科学では大したことを語れないからこそ、苫米地さんはリチャード・バンドラーの風貌をマネつつNLPやら心理学やらを駆使してセミナーを展開しているのです。しかも脳の本のサイトの作者さんが仰る通り、未だにメソッドの共同開発者としてフランクルやペンフィールドなど死者の名前を活用していますよね。
ちなみに、坊さんはコレどうやってるか知ってますか?中川隆幸福の科学名誉総裁による霊言同様、死者の霊を呼び寄せてやっているらしいですよ。アレ?苫米地さんって魂肯定派なのでしたっけ?

>ググッてみたらわかります。
まず検索するのはいいけどね。それでは彼が弘めたい情報や世間の誤解ばかりが流れてきちゃうでしょ?

残念ながら現実社会には、利益誘導の為に嘘の情報を意図的に流したり、その場限りのご都合主義的情報を流す人物がおり、それらの虚報に踊らされてしまっている人々も多数居るということです。
世間には科学的根拠に乏しい特殊な詐欺まがい商品は五万とあります。
霊の存在さえ認めなければ、悪徳商法から自由になれる訳ではありません。
虚像の先にある実像を見られるように努力する必要があります!坊さんご注意ください!

とは言え、矛盾に気付いたということは大いなる前進かもしれません。
苫米地教信仰も、唯脳論信仰も、大槻義彦教授のプラズマ教も、クリティカルシンキングを持って疑ってはじめてその危険性から抜け出すことが出来ますからね。

ショウタ さんのコメント...

ラタラジューの事例を覆す唯物論は今のところありませんね。

唯物論の解釈で「遠い先祖の記憶が遺伝子に刻まれてそれを見ている状態」という仮説を見つけましたがラタラジューの事例は赤の他人しかも外国人の記憶、言語、会話と言う点が興味深いです4.

稲垣勝巳 さんのコメント...

ショウタさん
「遺伝子記憶仮説」は当然検証してあります。

そもそも、ラタラジューの語ったナル村の様々な情報、およびネパール語の応答的会話技能が、遺伝子に記憶されるという科学的実証は一切ありません。

もし、遺伝子記憶仮説が成り立つならば、応答型真性異言事例がもっと多数発見されるはずです。
現在、催眠中の応答型真性異言は、「ラタラジューの事例」を含めて、世界で3例しか発見されていません。
覚醒中の事例は他に2事例発見されています。

念のために、里沙さんの両親、祖父母など血統上にネパール人とのつながりは一切ないことも検証しています。

したがって、遺伝子記憶仮説は棄却できます。

ショウタ さんのコメント...

ニュース!!

生まれ変わりの肯定記事

『前世を詳細に語る幼児。1993年の大火災で命を落とした女性の生まれ変わりか(米)』

http://news.biglobe.ne.jp/international/0208/tec_150208_4457856949.html

少しずつ死後存続が認められてきているのだと思います。

ラタラジューの事例も事例の一つとしてまた紹介されて欲しいですね

稲垣勝巳 さんのコメント...

ショウタさん
ご紹介の「パムの事例」は、かなり信憑性が高いと思われます。
火災でビルから飛び降りて死亡した前世のパムの写真を五歳の子どもが特定したことは語られた前世存在の信憑性があります。
これに加えて、パムは黒人女性ですからもし、スワヒリ語など異言で会話できれば応答型真性異言になり、生まれ変わりの証拠としては、ほぼ完璧でしょう。
残念なことに、パムに関わる情報だけが検証されても、ありえないことでしょうけれども、情報を語った子どもが超ESPを用いて情報を入手した可能性がゼロとは断言できないことです。スティーヴンソンの前世の記憶(情報)を語る子どもの研究も、この超ESP仮説が最後の壁となっています。彼は、この壁を打破するために、応答型真性異言の発見に努めたわけです。