2014年11月13日木曜日

SAM催眠学序説 その29

「ラタラジューの事例」再考 その11

「ラタラジューの事例」セッション逐語録 その7


今回提示する逐語録において、前世人格ラタラジューには、ネパール語の助動詞の文法と数詞の運用能力がある程度備わっていることが示されています。その根拠を「注」にコメントしてあります。

 

注:略号KAはネパール人女性対話者カルパナさん、略号CLはクライアント里沙さん。


KA  Tapaiko desko, Nepalko faja ko ahile?
   (あなたの国の、ネパールの王様は誰ですか?)

CL  Ah ... oh ...
      (あー、おー)

KA  Nepalko raja?
   (ネパールの王様?)

CL  Shah ...
   (シャハ)


KA  Shah?

CL (シャハですか?)

CL  Shah.
   (シャハ)

KA  Shah, namchahi ke hola?
   (シャハ? 名前は何ですか?)

CL  Ah ...
      ( あー)

KA  Nam chahi ke hola?
   (名前は何ですか?)

CL  Ha, ho.
   (は、はい)

KA  Nam? Rajako nam?
   (名前、王様の名前は?)

CL  Ho, ha ... bujina ... ha.
   (はい、はっ、分かりません。はっ)
注:現在でも、ネパールの山間の村のほとんどの住人は、年中あるいは一生畑にいて、その場所から他の場所に移動することはない生活をしている。国政や他の地域で起こっていることは、知らないまま一生を過ごす生活がふつうだという。ラタラジューが、シャハ王朝の名を知っていても、当時の王の名前を知らないことは当然といえば当然である。


KA  Tapaile agi rana sanga ladhai garya bhannu hunthiyoni ke bhannu bho? Gorkha?
   (あなたは前に、ラナと闘ったといったようなことを言いましたよね。どういう意味ですか? ゴ    ルカですか?)

CL  ha ...
      (はー、はー)

KA  Tapaiko buwale ke garnu hunchare?
   (あなたのお父さんは何をしていますか?)

CL  a ... mero buwa ...
   (あ、私の父は・・・)

KA  Hajur.
   (はい)

CL  ah ...
      (あー、あー)

KA  Ke garnuhuncha buwa?
   (お父さんは何をしていますか?)

CL  Mero buwa.
   (私の父)

KA  Hajur.
   (はい)

CL  ah ...
      (あー、あー)

KA  Buwa?
   (お父さんは?)

CL  Gorkha.
   (ゴルカ)
注:ラタラジューにとって、 Gorkha.(ゴルカ)とは「グルカ兵」の意味以外にない。ちなみに、ネパール語で Gorkhaは「ゴルカ地方」と「グルカ兵」の2つの意味がある。「グルカ」はGorkhaの英語読みである。


KA  Gorkha?
   (ゴルカ?)

CL  Ah.
      (あー)

KA  Gorkhama busnu huncha?
   (ゴルカ地方に住んでいるんですか?)
注:「ナル村」は「ゴルカ地方」ではなく、隣接する「ラリトプール地方」になる。文盲であったラタラジューは、ナル村が何地方になるかの知識はなかったであろうし、そうした知識は僻地の寒村で生きていく上で不要であったとも考えられる。 


CL  Mero buwa Go ... Gorkha ...mero buwa Tamang hunnuhuncha.
   (私の父、ゴ、ゴルカ。私の父はタマン族です)
 注:「私の父はゴルカ」のゴルカは、グルカ兵のことを意味し、ゴルカ地方に住んでいるという意味ではない。ここのネパール語の末尾のhunnuhuncha(フヌフンチャ)とは、日本語の「です」に当たる助動詞である。ネパール語文法では、日本語と異なり、「です」が人称によって変化する。一人称は「hu(フ)」、二人称と相手を尊敬する場合はhunnuhuncha(フヌフンチャ)、三人称は「ho(ホ)」にそれぞれ変化する。ラタラジューは、父親を尊敬しているため、hunnuhuncha(フヌフンチャ)と、ネパール語文法に則って正しく用いている。
 ラタラジューには、ネパール語文法の助動詞の運用能力があることを示している。


KA  Hajur.
   (そうですか)

KA  Tapaile Dahainma ke kani garnuhuncha?  Dashainma? 
   (ダシャインでは何を食べますか?)
注:ダシャインはネパール最大のお祭り。ただし、ソバナ博士の現地調査によれば、2010年現在のナル村人口2,277人の97%はタマン族であり、その90%以上が仏教徒、7%強がヒンズー教徒である。したがって、ラタラジューは仏教徒であった可能性が高い。ダシャインの祭りはヒンズー教の秋祭りである。ラタラジューにはなじみのない祭りであった可能性がある。

CL  Ka ... kana.
   (食べ物)

KA  Hajur. Dashain ke.
   (はい。ダシャインでは何を?)

CL  Dal, dal, Kodo.
   (ダルとコドです)
注:ダルはレンズ豆のカレー。「ダル」をネット検索すると、ダルチキンカレーでヒットする。「コド」は雑穀。コドはネット検索してもヒットしない。

KA  Kodo?
   (コドですか?)

CL  Kodo.
   (コドです)

KA  He.
   (?)
注:コドは雑穀であり、これを粉にして水で練り、厚めの煎餅のように焼いて食べる。現在では、カトマンズあたりではコドを食べる習慣はない。カルパナさんはコドを知らないらしい。

CL  Dal
   (ダルです)

KA  Dal.
   (ダルですか)


KA  Ani Dashain, chadbadma chahi ke kanu huncha ta?
   (ダシャインの祭りでは何を食べますか?)

CL  Ah ... oh ... a ... Ho  ...
   (あー、あー、おー、はい)

KA  Chadbadma ke kanuhuncha?
   (祭りでは何を食べますか?)

CL  Kana.
   (食べ物)

KA  Dashaima? Dashain manaunuhuncha?
   (ダシャインは祝いますか?)

CL  Ah ... kodo ... bhat ... dal. ani.
   (コドと米とダル。食べる)

KA  Tapaiko gauma kati jana hunuhuncha?
   (あなたの村には何人の人がいますか?)

CL  Ah ...
      (あー)

KA  Tapeiko gauma.
   (あなたの村には)

KA  Pachis.
   (25人です)
注:ここまでのネパール語対話で、ラタラジューは、「tis(30)」、「ath satori(8と70)」、「pachis(25)]の4つの数詞を自ら発語している。ネパール語の数詞の「1・2・3」は、「ek・dui・tin」ですが、「11・12・13」は、「egara・bara・tera」であり、日本語のように1の位に「ジュウ」を付けて「ジュウイチ・ジュウニ・ジュウサン」というような規則性がまるでない。
したがって、ネパール語の数詞を覚えることは覚えづらいと言える。こうしたネパール語の数詞をラタラジューはよどみなく使うことができている。「です」に当たる助動詞の尊称・二人称の変化 hunnuhunchaを用いていることと併せて、ラタラジューにネパール語の運用能力がある程度あることの証拠と言える。


KA  Pachis jana?
   (25人ですか?)
注:ラタラジューは村民が25人だと答えているが、彼が何歳のときの人数かが不明。また、ラタラジューが少なくとも30歳の時点ではカトマンズで傭兵としてラナ家の権力闘争に参加していたらしいが、その後ナル村に戻ったのか、あるいは別の村で住んだのかも不明。はっきりしているのは78歳で毒殺されたらしいときにはナル村で死亡していることである。


KA  Hari lai chinuhuncha, Hari lai?
   (ハリを知っていますか?)


CL  A, ah ... eh ...
      (あ、あー、えー)
注:「ハリ」はヒンズー教の神。ラタラジューは仏教徒であった可能性が高いので、ヒンズー教の神「ハリ」を知らないかもしれない。

KA  Hari lai chinuhuncha?  Hari.
   (ハリを知っていますか? ハリです)

CL  Murari.
   (ムラリ)


KA  Murari?
   (ムラリですか?)
注:ムラリとはサンスクリット語の詩の作者か?
 

CL  Kwa ... eh ... Meo ...
   (私の・・・)

KA  Tapaiko chimekiko nam ke ho? chimeki ko?
   (隣人の名前は何ですか?)

CL  Oh ...
      (おー、おー)


(その30へつづく)

3 件のコメント:

ショウタ さんのコメント...

生まれ変わりについて肯定的な記事をまた見つけました

最近死後の存続の記事や番組を見て思いましたが臨死体験については唯物が主流になっていますが生まれ変わりについては霊魂説のような気がします

http://www.excite.co.jp/News/odd/Tocana_201411_post_5212.html

稲垣勝巳 さんのコメント...

ショウタさんご紹介のサイトをせっかくですので下記にコピペしておきます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
 アメリカのバージニア州、CBS系列のTV局「WTKR-TV」のインタビューを受けた女性、ミケーレ・ルーカスさんが「4歳になる息子アンドリュー君の様子がおかしくなり、知らない人物の記憶を語っている」と証言し、話題をよんでいる。

 なんと、アンドリュー君は「ボクは30年前に死んだ海兵隊員だ」と言い出し、その年齢からはありえないような、戦争に関する知識や、かつて住んでいた場所などの記憶を持っていたのだった。

 アンドリュー君の証言からTV番組のプロデューサーが調査を開始。すると、アンドリュー君の証言が、レバノンのベイルートで1983年10月で起きた「ベイルート・アメリカ海兵隊兵舎爆破事件」で犠牲になったジョージア州出身の海兵隊員、ヴァル・ルイス軍曹の記憶である可能性が高いことがわかった。

 この結果を受けて、慰霊のためにミケーレさんとアンドリュー君は、ジョージア州のヴァル・ルイス軍曹の墓を訪れた。そこでも、アンドリュー君は奇妙な行動に出た。

 なんと別の墓の前に立ち、

「この人も海兵隊員で、ボクの仲間だったんだ...」

 と語ったのだ。

■憑依か?生まれ変わりか? 子どもが他人の記憶を語る現象の謎!

 今回のニュースは、30年前に戦死した海兵隊隊員の霊が彷徨い、4歳のアンドリュー君に取り憑いたと考えられている。つまり、30年も前に中東のレバノンで戦死した人間の霊が、生まれ故郷のジョージア州でもない、バージニア州に住んでいる幼い男児に取り憑いたということになる。

 こうした"生まれる前の記憶を語る子供"の出現は、今回が初めてではない。「第二次世界大戦中の硫黄島を語る2歳の少年」「ポロック家の生まれかわりの双子」など、世界中で起きているのである。

 超常現象の科学に迫った名著『超心理学』(石川幹人/紀伊國屋書店)でも、ヴァージニア大学の精神科医イアン・スティーヴンソン氏が、1961年から集めた世界中の生まれ変わり事例の実施調査によって、信ぴょう性の高い225のエピソードを集め、研究していたことが報告されている。

 こうした調査により、「前世を語るのは2歳~5歳」「『前世』の人物が死亡した時の様子を語る」「生まれてきた子どもに先天的な母斑や身体欠損があり、それが前世の人物の死亡時の身体的特徴と酷似している」「『前世』の死から『現世』の生までの間隔は、死の直前~数十年後までバラつきがある」など、さまざまな"傾向"があることがわかったという。ちなみに前世が自殺者であることは少なく、動物であった報告は2012年時までは確認されていないそうだ。ちなみに、この本ではESP仮説 (超感覚的知覚説)、つまりわかりやすく説明すると、超能力が働いたことによる現象である可能性も示唆されている。

 子どもが映画やTV番組で覚えた知識を、あたかも自分の記憶のように語ることもあり、そうした作られた記憶こそが生まれ変わり現象の正体だと言う学者もいるが、アンドリュー君のように整合性の取れた話を、TVや映画で見知った知識だけで語れるのだろうか?

 浮遊霊がとりついた憑依現象か、輪廻転生による前世の記憶なのか、超能力による情報収集力が働いたのか? その謎が解ける日はくるだろうか?
(文=ごとうさとき)

稲垣勝巳 さんのコメント...

用語の混乱をさけるために定義を明確にしておきます。

「霊魂仮説」と「生まれ変わり仮説」とは定義が異なります。
両方を含めて「死後存続仮説」と呼びます。

「霊魂仮説」は、死後の霊魂の存続のみを認めるという意味で用います。

「生まれ変わり仮説」は、死後存続する霊魂が、新たな肉体に宿って生まれ変わりをすることを認めるという意味で用います。

現在のキリスト教では霊魂の実在を認めていますが、生まれ変わりを認めてはいません。

アンドリュウー君の事例を第三者の霊(海兵隊員ヴァル・ルイス軍曹)の憑依だとみなすなら、これは生まれ変わりと呼ぶことはできません。
したがって、この事例を生まれ変わりの肯定的事例だとみなすことは誤りです。