2016年4月30日土曜日

ウィリストンの前世療法五つのレベルとSAM前世療法

    SAM催眠学序説 その89

ウィリストンは、『生きる意味の探究』徳間書店、1999の中で、退行催眠(前世場面への遡行)のレベルを5つに設定して示しています。

そのことを「クライアントがどの程度場面に入り込んでいるか、退行体験の現実味をどの程度主観的に評価しているかによって決定した」(同書P293)」と述べています。

以下にそのレベルの概要と、それへ達する割合を紹介します。(前掲書PP294ー302)
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レベル1
 退行のもっとも浅いレベル。通常イメージはぼんやりしている。特定の何かを実際に見た、と感じる人はあまりいない。約25%の人がこのレベルに留まる。

レベル2 誰か過去生の特定人物の肉体に気持ちが入り込むことはなく、実体のないとらえどころのない存在として「その場面を漂っているような感じ」がするのが普通である。約75%の人がこのレベルに到達する。

レベル3 このレベルの経験は「映画を見ているような感じ」だと言える。しかし、登場人物になりきるのではなく、その場面で繰り広げられるアクションを、客観的に眺めているだけである。約50%がこのレベルに到達する。

レベル4 目前の状況に関与しており、傍観者というよりも、場面に参加している当人になりきっている。約30%の人がこのレベルに到達する。

レベル5 完全に場面に引き込まれ、現実味あふれる体験をする。方言、アクセント、珍しい言い回しなどがはっきり現れる。外国語を話し始めることもある。過去生での自分の感情が完全によみがえり、過去の自分の心で、すべてのことを考えるようになる。約10%がこのレベルに到達する。 
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ウィ リストンもブライアン・ワイスも、「前世記憶の場面」へアクセスすることを前提としており、その催眠誘導の技法は、「トンネルの向こうには、過去生の場面が開けてい ます」と暗示する(前掲書P314)としているので、「階段を下りるとドアがあり、ドアの向こうの時間も空間も超越した次元に入ります」といったブライア ン・ワイスの退行誘導の技法との本質的な差異はない、と判断しても差し支えないと思われます。

トンネルにしろ、ドアにしろ、そうした現世と前世を隔てる「イメージとしての関門」を通過させ、前世記憶の特定場面にアクセスさせようとする誘導技法であるからです。
こうした誘導技法によって、前世記憶にアクセスする前世療法(退行催眠法)を、私は「ワイス式」と呼んでいます。

さて、ワイスはウィリストンのように、退行催眠のレベルやその到達度を述べていないようですが、1990年のあるインタビューでは、過去生まで行けるケースは被験者の3~5%(ブライアン・ワイス/山川夫妻『前世療法』PHP、P268)だと語ったとされています。
この3~5%の数字は、ウィリストンのいうレベル5に到達できた数字に該当するであろうと思われます。

こうした数字は、私の「SAM前世療法」臨床体験からすると、低すぎる、あるいは低く見積もっているのではないかと感じられます。
ただし、ワイス式とは、前提仮説も誘導技法も、まったく異なる「SAM前世療法」とを比較することは、そもそも無理があるかもしれません。

さ て、私のおこなうSAM前世療法では、誘導の最終プロセスである「魂遡行催眠」によって魂状態の自覚に至るまで催眠深度を深めます。
「魂状態遡行催眠」の誘導に入る前段階で、催眠学の先行研究である「標準催眠尺度」を用いて「運動催眠レベル(浅い深度)」、「知覚催眠レベル(中程度の深度)」のそれぞれの催眠現象が認められるかどうかの客観的測定をおこない、クライアントが確実にそれぞれの催眠深度に到達していることを確認し、さらに次の深い催眠レベルに誘導するという手続きを踏んでいます。


なぜなら、クライアントが今、どの程度の催眠深度レベルに到達しているか、の客観的判断は、標準的な何らかの尺度(物差し)によって確認しないかぎり、クライアントはもちろんのこと、セラピストにも判断できないからです。
催眠状態中と推測できる場合の脳波を調べても、瞑想状態やまどろみ状態と同様のアルファ波優勢の脳波が確認できますが、催眠状態特有の脳波は確認できないことが分かっています。
現時点で、催眠状態の深度レベルを科学機器で測定することはできません。

ちなみに「標準催眠尺度」とは、もっとも現れやすい催眠現象から、もっとも現れにくい催眠現象までを、22段階の難易度として設定し、催眠暗示によってそれぞれの尺度の催眠現象実現の有無を観察し、催眠の深度を客観的に測定するための尺度(物差し)のことです。
スタンフォード大学で研究開発され、日本では成瀬悟策医博が標準化しています。
標準催眠尺度によって測定される催眠現象について、浅い深度から順に「運動催眠」→「知覚催眠」→「記憶催眠」→「夢遊催眠」のように呼ばれています。

理由は不明ですが、ワイス式前世療法では、誘導プロセスに催眠の深度を客観的に確認する手続きがありません。
前世療法実践者として、私がもっとも知りたく思うことは、前掲ウィリストンの示すレベル1~5のクライアントのそれぞれが、「標準催眠尺度」のどのレベルであるのか、の測定結果です。
クライアント自身の「主観的評価」の5段階レベルが、前世療法の成否を判断するもっとも重要な尺度であることはもちろんですが、クライアントの各主観的レベルと、セラピスト側の「標準催眠尺度」による客観的催眠深度測定との照合があれば、臨床的にさらに有効な参考データとなるに違いないのです。

さて、もっとも深い深度であると推測できる「魂状態遡行」によって魂状態の自覚に至れば、「前世人格」を顕現化させることが可能になり ます。
ただし、「魂状態の自覚」という尺度は、標準催眠尺度にはありません。
第2段階深度の「知覚催眠」以上の催眠深度に至っていることは確実です。
「知覚催眠」をクリアできない場合には、「魂状態の自覚」に至ることができないことが確認できているからです。

こうして顕現化した前世人格は、自分の生まれ変わりである現世のクライアントの肉体を借りて(自己内憑依して)激しく泣いたり、怯えの感情をあらわにしたり、まさに、ただ今、ここに、意識体として顕現化している、としか思えない意識現象をあらわします。
ウィリストンの退行レベル5のような様相を示します。

しかし、「前世場面に引き込まれる」のでなく、「前世人格そのものが顕現化している」という前提ですから、レベル5の様相を示すことは当然と言えば当然でしょう。

そして、前世人格の顕現化する割合は、直近100事例で91%です。
9%は魂状態まで遡行できても、前世人格の顕現化が起こりません。
SAM前世療法における催眠状態深化レベルは、魂状態の自覚まで遡行できるか、できないか、の二者択一であり、顕現化した前世人格の様相は、ウィリストンの退行レベル5に相当していると言っても過言ではありません。

ただし、前世人格のうち口頭で答えられる割合は約20%未満であり、5人のうち4人までの前世人格は、私の質問に対して指を立てたり頷いたりすることでしか回答できないと言います。

こうした前世人格に、口頭で答えることがなぜできないかを尋ねると、肉体を離れて時間が経っているので、現世のクライアントの脳に命じても発声器官を操作することが難しくなっている、指や頷くといった簡単な操作ならできる、と回答します。
そして、現時点でほぼ間違いなく判断できていることは、クライアントに霊媒資質がある場合には、前世人格の口頭での対話が可能であるということです。
さらに、里沙さんの守護霊の告げるところによれば、そうした霊媒資質のきわめてすぐれている場合にかぎり、「応答型真性異言」現象をあらわすことが可能であるらしい、ということです。

顕現化した「タエ人格」も「ラタラジュー人格」も、すぐれた霊媒資質を有する被験者里沙さんであったので、彼女の発声器官を用いることができたということです。

ワイス式前世療法では、前世の記憶を口頭で答えることができない、といった事例はないようです。
クライアント自身が前世の記憶を語る、という前提ですから、これは当然のことなのでしょう。

SAM前世療法は2008年に私が創始した療法であり、先行研究がまったくありません。

さらに事例の累積を積んで検証をしていく必要があります。
前世人格の口頭回答率が20%未満でしかない理由も、さらに検証を重ねていくなかで明らかになっていくものと思っています。

2016年4月17日日曜日

グレン・ウィリストンの「前世記憶」の概念

   SAM催眠学序説 その88

前世療法と生まれ変わりに興味のある方は、グレン・ウィリストン/飯田史彦編集『生きる意味の探究』徳間書店、1999を読んでおいでだろうと思います。

最近この『生きる意味の探究』を読み直し、ウィリストンほどの前世療法家がなぜ?と思うことがしきりです。
その「なぜ?」の部分を前掲書から4点取り出してみます。
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①ある人物が、催眠状態で、過去に生きていた人物になりきり、異なる抑揚や調子で話し始め(前掲書P23)

②彼女は過去生へと戻っていたのだ。彼女の名前は、もはやジャネットではなくメアリーだった・・・私の耳に聞こえる声は、東部訛りの成人女性の声から、ソフトな響きの英国少女の声に変わっていた。(前掲書P26)

③ 退行催眠中に、まったく別の人格が自分の身体を通して語っているのを感じながら、その話の中に割り込むことができなかった。
このような「意識の分割」は、 過去生の退行中に必ずと言っていいほど見られる非常に面白い現象である。
私はのちに、多くの人々からこの現象を何度も観察するようになった(前掲書P61)

④過去生の人格が知る由もない文明の利器の名前を出すと、クライアントは驚いて、催眠中にけげんなそうな表情を浮かべる(前掲書P121)
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上記i引用部分の①と②を読む限り、ウィリストンは、セッション中のクライアントの語りをあくまで「前世記憶の想起」であるととらえていると思われます。
それは「過去に生きていた人物になりきり」や、「過去生へと戻っていたのだ」というウィリストンの記述から明らかなように思われるからです。

どこまでもクライアント自身の想起する「前世の記憶」だととらえているのです。
しかし、③では、「別の人格が自分の身体を通して語っているのを感じながら、その話の中に割り込むことができなかった」というクライアントの「意識の分割」状態を述べています。

また、④ではウィリストンが「過去生の人格が知る由もない文明の利器の名前を出すと、クライアントは驚いて、催眠中にけげんなそうな表情を浮かべる」という奇妙な現象を述べています。

私が疑問に思うのは、③④の意識現象をきちんととらえているにもかかわらず、なぜ相変わらず「前世記憶の想起」という解釈にこだわり続けるのか、という点です。

③のように、「別の人格が自分の身体を通して語っているのを感じ」るのであれば、前世の記憶の想起ではなく、前世の人格が顕現化してクライアントの身体を通して自己表現しているのだ、と現象学的にありのままに解釈するべきでしょう。

②「東部訛りの成人女性の声から、ソフトな響きの英国少女の声に変わっていた」というクライアントの声の変質状態を観察しながら、英国少女の前世人格が、ただいま、ここに、顕現化して語っているのだと、なぜ考えないのでしょうか。

ま た、④のように、「過去生の人格が知る由もない文明の利器の名前を出すと、クライアントは驚いて・・・けげんそうな表情を浮かべる」ことを、ありのままに 解釈すれば、「けげんそうな表情」を浮かべる主体は、クライアントではなく、それとは別個の顕現化している「過去生の人格」が、驚いてけげんそうな表情を浮かべるのだ、と考えるべきでしょう。

これまで、「何千人もの人々と」(前掲書P23)前世療法をおこなってきたウィルストン が、ついに、「前世人格の顕現化現象」という仮説に立つことをできなかったのか、私には不思議でなりません。

お そらく、「あなたは、トンネルを抜け、過去の場面に到達するでしょう」、「目の前に展開している過去の場面を見ていきます」(前掲書P316)などの誘導法に、 最初から含意されている「前世の記憶場面を想起する」という常識的、唯物論的先入観の大前提から、ワイスと同様、ついに脱することができなかったからだ、と私には思われます。

そして、不可解なことは、「生まれ変わりの真実性は証明不要なほど確かな事実だ」(前掲書P96)と断言しているにもかかわらず、管見するかぎり、ウィルストンが前世記憶の科学的検証をし、生まれ変わりの確かな事実を証明したようには思われません。
また、「前世の記憶」がどこに存在しているのかについて、一切言及していないことです。

このことは、ブライアン・ワイスも同様です。
まさか前世の記憶が、死後無に帰する脳内に存在しているとは考えられないでしょうに。
仮に「前世の記憶」が事実だとして、彼らはその記憶はどこに保存されていると考えているのでしょうか?

私 の知る限り、前世療法中のクライアントの語りを検証し、「クライアントとは別の前世人格が顕現化してクライアントの身体(脳)を通して自己表現しているのだ」と いう解釈をしているのは、応答型真性異言を発見したイアン・スティーヴンソンだけです。

彼は、「トランス人格(催眠性トランス状態で現れる前世の人格)」 が顕現化して、応答型真性現現象を起こしていると表現しています。
応答型真性異言を語るセッションを見学して、さすがに脳内の「前世の記憶」として語っている、という解釈の不自然さ、不合理さに気づかずにはいられなかったのでしょう。
しかし、スティーヴンソンも、「トランス人格」の存在する場については言及していません。

そして私は、顕現化する前世人格の存在の場は、「魂の表層」であり、しかも、今も当時のままの感情や記憶を保つ意識体として死後存続している、という作業仮説を立てています。

したがって、セッション中に私が対話する相手は、クライアント自身ではなく、クライアントの魂の表層から顕現化した前世人格であり、しかも現在進行形で対話している、と理解しています。
こうした現象は、現世のクライアントの魂表層に存在する前世人格が、クライアントに憑依して私と対話している、ということになります。
このような憑依現象は、これまで報告されたことがなく、したがって用語もありません。
SAM催眠学では、この憑依現象を「自己内憑依」と呼ぶことにしています。
つまり、前世人格の顕現化現象は、自己内憑依現象である、という解釈をしているということです。

こうした作業仮説と観察される意識現象の解釈に、たしかな自信を与えたのが、応答型真性異言「ラタラジューの事例」と「タエの事例」の検証と考察によって、生まれ変わりの実証に肉薄できたことでした。
ただし、SAM前世療法の諸仮説を私に教示したのは、私の守護霊団を名乗る霊的存在であるという、これまた唯物論者が目を剥いて否定するであろう霊信という超常現象です。

このように、唯物論に真っ向から対立する途方もない前提と仮説に立っておこなうSAM前世療法は、世界唯一の前世療法であり、純国産唯一の前世療法だと自負しています。
そしてまた、「前世人格の実在」、つまり「生まれ変わりの実在」の実証性に、かぎりなく肉薄できるように定式化された世界唯一の前世療法である、という誇りがあります。

特許庁は、SAM前世療法の名称とそれの意味する内容、つまり仮説の独自性とそれに基づく技法の独自性を審査し、今までまで流通してきた普通名詞の「前世療法」とは明らかに別個の、固有の仮説とそれに基づく固有の誘導技法を有する前世療法として、「SAM前世療法」の名称を、第44類の商標登録としてを認めてくれたのです。
ちなみに、「SAM]とは、「Soul Approach Method」の略であり、「魂状態に遡行し前世人格を呼び出す方法」を意味しています。

2016年4月8日金曜日

ワイスの「前世の記憶」という概念

   SAM催眠学序説 その87

ワイスが前世療法を始めたのはまったくの偶然だったようです。
彼の『前世療法』山川夫妻訳、PHP、1991によれば次のようにその消息が語られています。

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「あなたの症状の原因となった時まで戻りなさい」
そのあと起こったことに対して、私はまったく心の用意ができていなかった。
「アロンダ・・・・私は18歳です。建物の前に市場が見えます。
かごがあります。
かごを肩に乗せて運んでいます。・・・・(後略)時代は紀元前1863年です。・・・・」
彼女はさらに、地形について話した。
私は彼女に何年か先に進むように指示し、見えるものについて話すように、と言った。      (前掲書PP25-26)
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上記セッション記録のクライアントは、コントロール不能の不安に悩む28歳の女性キャサリン。
そして、突如、キャサリンは紀元前19世紀のアロンダと名乗る18歳の娘であったときの前世記憶を語りはじめたというわけです。

注意すべきは、上記の「私は彼女に何年か先に進むように指示し」とは文脈からして「彼女」とは「前世人格アロンダ」ではなく、クライアントのキャサリンに対して指示していることです。
ワイスは、明らかにクライアントのキャサリンが前世記憶として、紀元前19世紀に生きたアロンダのことを語っている、ととらえています。
しかし、アロンダの語りをありのままに受け取れば、「前世人格アロンダ」が顕現化したとらえるべきではないでしょうか。

ワイスの思考は、この現象を次のようにとらえています。
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そして、キャサリンは紀元前1863年にいた若い女性、アロンダになった。
それとも、アロンダがキャサリンになったというべきなのだろうか?(前掲書P36)
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上記の「キャサリンが・・・アロンダになった」、「アロンダがキャサリンになった」というワイスの思考法は私には理解不能な奇妙な考え方に写ります。

キャサリンが前世のアロンダになれるはずがないでしょうし、逆にアロンダが現世のキャサリンになれるはずもないからです。
「キャサリンがアロンダであったときの前世記憶を語った」のか、「前世のアロンダがキャサリンの口を介して自分の人生を語った」のか、と考えることが通常の思考だろうと思われます。

結局、ワイスは、「前世人格のアロンダが自分の生まれ変わりである現世のキャサリンの口を介して自分の人生を語っているのだ」という素直な解釈をとらず、「現世のキャサリンが前世でアロンダであったときの前世の記憶を語ったのだ」という解釈を、以後の他のクライアントにおこなった前世療法の語りにおいても一貫して適用しています。

そのことはこの本の末尾で次のように述べていることか ら明らかです。

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こうした人々は、それ以外の前世についても思い出した
そして過去生を思い出すごとに、症状が消えていった。
全員が今では、自分は過去にも生きていて、これからもまた生まれてくると固く信じている。
(前掲書P264)
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「前世についても思い出した」、「過去生を思い出すごとに」の文言で明らかなように、ワイスにとっては、前世療法におけるクライアントの語りは、「クライアントが前世の記憶を語るのだ」という解釈が一貫してとられているということです。

「前世人格が顕現化し現世のクライアントの口を通して語る」とはどうしても考えることがなかったのです。
著名な前世療法家グレン・ウィリストンと同じく、ワイスもついに「前世人格の顕現化」というとらえ方ができずにいることは、私よりはるかに数多い前世療法セッションをこなしているはずなのになぜでしょうか?

私がワイス式と呼んでいる、ワイスの前世療法の誘導文言が、『前世療法2』の巻末に次のように書かれています。
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階段の下の方には、向こうにまばゆい光が輝いている出口があります。
あなたは完全にリラックスして、とても平和に感じています。
出口の方に歩いてゆきましょう。
もう、あなたの心は時間と空間から完全に自由です。
そして、今まで自分に起こったすべてのことを思い出すことができます」
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やはり、ワイス式においては、クライアントは前世の記憶を「思い出す」のです。

ちなみに、前世療法家グレン・ウィリストンは以下のように誘導するようです。
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 暗いトンネルをふわふわと心地よい気分で通り抜けていく状態をイメージしてもらうと効果的である。
「トンネルの向こうには、過去生の場面が開けています」と声をかける。
そうすれば、クライアントは、その場面に入り込んで登場人物のひとりとなる前に、その場面に意識を集中する余裕をもつことができるからだ。
(グレン・ウィリストン/飯田史彦『生きる意味の探究』徳間書店,1999,P314)
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ウィリストンも、記憶の中にある過去生の場面に戻り、登場人物になりきる(登場人物になったつもりで役割演技する)、ととらえているわけで、やはり、「前世の記憶を想起する」という前提に立っていると考えて差し支えないでしょう。

誤解を恐れず言えば、ワイスもウィリストンも「生まれ変わり」と「魂」の存在を信じているらしいにもかかわらず、「脳内にあるであろう前世の記憶を想起させる」という唯物論思考へのとらわれから完全に抜け出すことができなかったのだ、と私には思われます。
無条件で、「前世の記憶」と言った場合、その記憶の所在は脳内である、と考えていることになります。
脳内の記憶は、死とともに無に帰することは言うまでもないことです。
したがって、現世の記憶が来世に持ち越されることはありえません。
当然の論理的帰結として、前世の記憶として語られた内容は、すべてフィクションであることになります。
私が2004年に日本催眠医学心理学会おいて、ワイス式前世療法の事例発表した際に、参会者の医師・大学の研究者から批判されたのは、まさにこの前世の記憶の真偽についてでした。
催眠中のクライアントが、無意識のうちにセラピストの要求に協力しようとする「要求特性」によるフィクションの語りこそ「前世の記憶」の正体なのだという批判でした。
 あとで述べるイアン・スティーヴンソンの前世療法に対する厳しい批判も同様です。

脳内の前世の記憶が、フィクションではなく確かに存在する、ことを証明するためには、語られた前世の記憶の真偽を、徹底的に検証する必要があります。
しかし、ワイス式前世療法実践者で、科学的手法で真偽の検証をおこなった事例は、私の管見するかぎり公刊されてはいないようです。

生まれ変わりの科学的研究者イアン・スティーヴンソンは、こうした状況について下記のように前世療法批判を展開しています。
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こうした(催眠によって起こる) 集中力をさらに高めていく中で被術者は、思考の主導権を施術者に委ねてしまうため、施術者の催眠暗示に抵抗できにくくなってくる。催眠暗示により施術者に何か想い出すように命じられた被術者は、それほど正確に想起できない場合、施術者を喜ばせる目的で、不正確な発言をおこなうことも少なくない。それでいながら大半の被術者は、自分が語っている 内容に事実と虚偽が入り混っていることに気づかないのである。(中略)

前世の記憶らしきものをはじめからある程度持っている者に催眠をかければ、細かい事実を他にも想い出すのではないか、とお考えになる方もおられるかもしれない。私自身もそのように考えたため、自然に浮かび上がった前世の記憶らしきものを持つ者に催眠をかけたことがある。(中略)
私はこのような実験を13件自らおこなったり指導したりしている。一部では私自身が施術をおこなったが、それ以外の実験で他の施術者に実験を依頼した。その結果、ただの一件も成功しなかった。 (『前世を記憶する子どもたち』日本教文社、PP72-80)
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スティーヴンソンは催眠への造詣が深いようですし、彼自身も催眠技能があると言っています。
その彼の前世療法批判の結論は次のように痛烈です。

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 催眠を使えば誰でも前世の記憶を蘇らせることができるし、それにより大きな治療効果があがるはずだと主張するか、そう受け取れる発言をしている者もある。私としては、心得違いの催眠ブームを、あるいはそれに乗じて不届きにも金儲けの対象にしている者がいるという現状を、特に前世の記憶を探り出す確実な方法だとして催眠が用いられている現状を、なんとか終息させたいと考えている。(前掲書P7)
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こうした手厳しい批判に対抗するための唯一の方法は、ワイス式によって語られた前世記憶の真偽を検証し、それが真であることを実証すること以外にありません。
そうした真偽の検証がないままに、「前世の記憶」だと主張することを批判されても当然だと思われます。


結局は、唯物論的固定観念である「前世記憶」という思い込みによって、「前世人格が顕現化して対話しているのだ」という発想の転換ができなかったのでしょう。

また、ワイス、ウィリストン両者とも、「ラタラジューの事例」のような応答型真性異言に出会っていなかったことも、発想の転換を妨げたと思われます。
なぜなら、応答型真性異言「グレートヒェンの事例」に立ち会った、生まれ変わりの科学的研究者イアン・スティーヴンソンは、真性異言で応答的会話をしているのは被験者自身ではなく、顕現化している「トランス人格」であると解釈しているからです。(『前世の言葉を話す人々』春秋社、P11)

日本で公刊されている生まれ変わり関係、前世療法関係の著作を調べた限りでは、催眠中に「トランス人格」が顕現化して会話した、という解釈を示しているのはスティーヴンソンだけです。
しかし、スティーヴンソンは「トランス人格」が、どこに存在しているかについては何も語ってはいません。
ただし、彼は、「前世から来世へと人格の心的要素を運搬する媒体を『心搬体(サイコフォア)』 と呼ぶことにしたらどうかと思う」(『前世を記憶する子どもたち』日本教文社、P359)と述べていますから、「心搬体」、つまり「魂」と呼ぶ意識体にトランス人格が宿っていると考えていたと推測できそうです。


いずれにせよ、催眠下のトランス状態で「前世人格」が顕現化して会話しているという主張をしたのは、私以前には世界中でスティーヴンソンだけでしょう。
同様の主張をしているのは21世紀になってからは私だけのはずです。

ワイスが「キャサリンの事例」に出会ったのは1980年代の半ばころだと思われます。
私が、「ラタラジューの事例」に出会ったのは2009年です。

前世療法が流布し市民権を得て、30年程度の間、催眠中に語られる内容は「脳内に存在する前世の記憶」だとして扱われ続けてきた概念を、私は、魂の表層に存在している前世人格の顕現化」だと主張するに至りました。


この主張は、私あて霊信が告げた作業仮説に基づくSAM前世療法によってあらわれた応答型真性異言「ラタラジューの事例」という実証があってこそのことです。

きわめて深い催眠下では魂の表層に存在している前世人格の顕現化」が可能になる、という唯物論に真っ向から対立する途轍もなく奇怪な主張は、素直に受け入れがたいでしょうが、この主張を裏付ける応答型真性異言「ラタラジューの事例」の証拠映像が実証している以上、事実として認めるほかありません。
超ESP仮説を考慮しなければ、前世存在の証拠に「タエの事例」も含めることができるでしょう。
そして、両事例について、唯物論による反証を挙げることが不可能です。

深い催眠下では魂の表層に存在している前世人格の顕現化が可能になる」という意識現象の事実は、SAM催眠学の発見してきた成果の一つです。