2015年11月20日金曜日

SAM催眠学序説 その77

ネパール語を学んでいないことの検証と考察

里沙さんが、仮に現代ネパール語を何らかの手段で学んでいたとしても、「ath satori(8と70)」という一昔前の年齢表示のしかたを知ること、および一昔前のネパール語の妻「swasni」を知ることが、まずありえないことは前記事「その76」で述べたとおりです。


それでは、ほかのネパール語会話についてはどうでしょうか。

 

通常の方法で学んでいないことの検証と考察 


ラタラジューのネパール語会話が「応答型異言」であることはすでに前記事「その76」で検証してきました。

問題は「真性」異言であるかどうかです。
つまり、里沙さんが通常の方法でネパール語を学んだ可能性の有無についての検証を徹底的にすることです。

この検証は同時に、「意図的作話仮説」「潜在記憶仮説」の検証も意味します。
つまり、里沙さんが意図的にせよ無意識的にせよネパール語を学んでおり、それを何故か隠してあるいは、潜在記憶として話した、という仮説が成り立つかどうかの検証でもあるわけです。

(1)里沙さん証言の裏付け調査


まず最初に疑われるのは、里沙さんが生育歴のどこかでネパール人と接触し、そこでネパール語を無意識的、あるいは意図的に学んでいたのではないかということです。
そこで、まず里沙さんに、生育歴についての綿密な聴き取り調査をし、その裏付け調査を彼女の友人・家族等に可能な限りおこないました。
その結果は次のようでした。

 

① 結婚するまでの生育歴調査


昭和33年、A市近郊田園の広がるB町の自営業両親の二人姉弟の長女として生まれました。
幼稚園・小中学校ともに1学年2クラスの地元のB町小規模学校へ通学しています。高校も地元の公立高校、大学はA市の4年制私立大学家政学部へ入学し、実家から通学、栄養士の資格を取得。

大学卒業後、初めて実家を離れ、公立僻地(へきち)中学校の学校給食栄養士として就職、勤務先教員住宅で自炊生活を経験します。
就職2年後、24歳で結婚のため退職。
A市駅前の食品小売り業の長男の家に嫁ぎ、舅・姑と同居生活を送りました。

B町の小中学校はそれぞれ1校しかなく、1学年2クラスの級友は9年間固定したまま義務教育を終えています。
この小中学校までの生育歴で、里沙さんは、ネパール人を含めて外国人との接触の記憶は一切ないと証言していますし、友人への聴き取り調査でもその裏付けはとれています。
ネパール語を学ぶ機会のありそうな高校・大学時代でも、学校事務局へ確認したところネパール国籍の学生の在籍した事実はなく、本人もネパール人との交遊関係は一切ないと証言しています。

また、昭和40年から50年代当時の在日ネパール人状況からしても、ネパール人が、大都市以外の地方都市近郊のB町に在住することはまず考えられない状況で、仮に里沙さんの幼・小・中・高時代にネパール人の知人・友人があり、しかも、ネパール語会話が身に付く程に親しく交際していれば、その事実を友人・家族等に隠し通すことはまず不可能だと思われます。

② 結婚後の生活歴調査


婚家は、A市の商店街にある非常に多忙な食品小売り業であり、その切り盛りをしながら、早朝から夜遅くまで家業と家事と二人の息子を育てるという、個人的時間のほとんどない生活をしたということです。

二人の息子が成人した頃には姑が体調不良となり、その介抱と、自身の脊柱側湾症の悪化による痛みとその治療に苦しむ生活で、やはり時間的ゆとりは持てない生活が続きました。
2時間以上の外出は姑の手前遠慮し、それ以下の時間で友人との語らいや買い物でも、必ず行き先を告げるのが結婚以来の決まりだったそうです。

やがて、家業を続けることが困難になり店を閉めた後、10年前に私立大学関係事務の午後3時間のパートタイムの職を得、現在に至っているとのことでした。

この生活歴の中で、私立大学関係の3時間の仕事中に、ネパール人との接触の可能性があると見て、この大学事務局に問い合わせましたが、開学以来ネパール国籍の学生の在籍はないとの回答でした。

なお、里沙さんの在住している駅前商店街周辺にはアパートはなく、それ以外にも近辺に在住するネパール人がいないことを確認しました。
里沙さんには、夫が外国人嫌いという事情もあり、新婚旅行でパリに出掛けたこと以外、渡航歴は一切ありませんでした。
また、ネパール語を話せる知人・友人・親戚も皆無でした。

ちなみに、里沙さんの住むA市は、人口42万人の地方都市です。
市役所に出向き、ラタラジュー人格の顕現化した初回セッションの2005年から、ラタラジューのネパール語応答型異言が確認できた第二回セッションの2009年までの5年間に、在住していた毎年のネパール人人口を調査しました。

その結果、最多の年で33人、最少の年は25人であり、A市総人口に占める平均割合は0.007%でした。
この期間中に里沙さんがA市内でネパール人と出会い、ラタラジュー程度のネパール語会話技能を習得する機会はまずありえないと推測できます。

③ ネパール人らしき者と接触した唯一の記憶


里沙さんの証言によれば、市内のインドカレー料理店に息子と三度食事に行った折りに、その店のコックとウェイターが外国語で会話しており、その人たちがインド人かネパール人かも知れない、というのが、唯一ネパール人らしき人と接触した記憶でした。

私はその料理店の住所を教えてもらい、平日の店の空いている時刻をねらって裏付け調査に出向きました。
店には二人のネパール人ウェイターと一人のインド人コックが働いていました。
ウェイターの一人であるライ・ルドラさんに調査の事情を説明し、協力をお願いしました。

ライさんは37歳、カトマンズ東方の東ダランの出身で、ネパールに妻子を残して出稼ぎに来ていると話してくれました。 

ライさんの証言によれば、客を前にしてウェイターどうしがネパール語で会話することは控えており、カウンター越しに厨房(ちゆうぼう)に向けてヒンズー語でインド人コックと話すことはあるということでした。
また、日本人にネパール語を教えたことはないとのことでした。
もちろん、里沙さんが客として来た記憶はまったくありませんでした。

ライさんとの話の中で思わぬ収穫がありました。
彼はカトマンズ周辺の地理に詳しいというので、ナル村を知っているかと尋ねたところ、知らないと答えました。
そこで、カトマンズ周辺の村ではヒルが生息しているかを尋ねると、カトマンズ盆地は、もともと湖底であったことから沼地が多く、ヒルがたくさんいる、と教えてくれました。
この証言は、初回セッションで、ラタラジューが語った「沼地・・・虫、虫・・・ヒル」という言葉に符合すると思われました。

(2) 里沙さん夫妻の証言書


里沙さんへの聞き取り調査をし、証言内容の裏付け調査をおこなった結果、彼女が意図的にせよ無意識的にせよ、ネパール語を学んだことを疑わせる形跡は、何一つ浮上しませんでした。

ラタラジュー程度のネパール語会話能力を身に付けるためには、ラタラジューの会話を分析した中部大学研究員のカナル・キソル・チャンドラ博士の言うように、相当の学習時間を要することは明らかで、彼女の生育歴にも結婚生活の中にも、そのような学習時間が費やされた形跡はまったくありませんでした。
そもそも、ネパールにく興味がないと断言する里沙さんには、ネパール語を学ぶ動機もなく、車または公共交通機関を用いて往復2時間圏内には、ネパール語の学習施設もありません。

そうした検証結果が出たところで、「ラタラジューの事例」を研究チームとして学会発表、出版することに承諾をいただき、そのための証拠資料として学会等の研究発表の際に公開することを了解のうえ、次のような証言書にご夫婦で署名・押印してもらいました。

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ネパール人ラタラジュー人格が初めて出現した2005年6月の前世療法セッションのおこなわれた以前にも以後にも、私はネパール語を意識の上では全く知りませんでした。

また、ネパール語の勉強をしたこともありませんし、理解したり会話したりすることも全くできなかったことをここに証言します。

2005年6月の初回セッションから、2009年5月の真性異言実験セッションの間に、学校であれそれ以外のどこであれ、ネパール語を勉強したり、誰かにネパール語で話しかけられたりすることも、目の前でネパール語で会話されているのを見たり聞いたりしたことも全くありません。

私はインターネットが使えませんし、誰かに頼んでインターネットでネパールについて情報を調べたこともありません。
また、ネパールへ旅行したこともありません。
それは、ラタラジュー人格が初めて出現した初回セッション以前も以後も同様です。

現在も結婚前も、私の住んでいる地区・職場・親戚、学校時代の友人、現在の友人など、私の生活してきた環境にネパールの人は一人もおりません。

私が唯一ネパール語かも知れない言葉を耳にしたのは、息子たちと食事に行ったインドカレー料理店で、店員の異国の方が何か一言二言厨房に向かって短く異国語で話しているのを一度聞いたことがあることだけです。
ただし、この方がどこの国の人で、言葉が何語であるかは全く分かりませんでした。

以上の内容に間違いがないことをここに証言します。
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こうして、私のできる範囲で考えられる限りの検証はすべて終了しました。

(3) ポリグラフ検査の実施と結果についての鑑定

 

① ポリグラフ検査実施までの経緯


ポリグラフ検査は、一般に「嘘発見機」と呼ばれているものです。

人は記憶にあることを聞かれたとき、無意識に身体が反応してしまう、その微少な生理反応の変化を身体各部にセットした精密な測定機器によって記録し、その記録を分析・解読することによって、嘘を見抜くという原理です。
具体的には、検査者の質問に回答するときの呼吸・脈拍・血圧・発汗などの微少な変化を調べることになります。
ポリグラフ検査による鑑定で、里沙さんがネパール語を学んでいた記憶はない、という結果が出れば、科学機器を用いた有力な検証結果として説得力を持つだろうと考えたのです。 

しかし、里沙さんとご主人への説得は難航しました。
証言書まで書かせておきながら、その上にポリグラフ検査とはいかにも疑り深過ぎると思われるのは至極当然の心情です。
結局、生まれ変わりの科学的研究への貢献のためにという粘り強い説得によって了解を取り付けることができました。

ポリグラフ検査で決定的に重要なことは、測定記録データを精査・解読でき、正確な鑑定眼を持つ検査者に依頼することです。
そうした権威ある検査者が、事情を知ったうえで快く引き受けていただけるかが気がかりでした。

引き受けていただけたのは、日本法医学鑑定センターの荒砂正名氏です。
荒砂氏は、和歌山毒物カレー事件の容疑者のポリグラフ鑑定をおこなった前大阪府警科学捜査研究所長で、36年間に8000人を超える鑑定経験を持つポリグラフ検査の専門家です。 
そして、「ラタラジューの事例」のセッションから二か月後、2009年8月6日に里沙さんの自宅において、2時間40分にわたるポリグラフ検査が実施されました。

② ポリグラフ検査の内容


ポリグラフ検査の対象は5件の事項でした。そのうち2件は「タエの事例」についての情報入手経緯・時期の記憶に関すること、2件はネパール語の知識に関するもの、残り1件はネパールの通貨単位ルピーに関するものです。 
その検査内容の概要を手元にある荒砂鑑定書から拾い出して紹介します。 

鑑定事項1 「タエの事例」に関する情報入手経緯は下のどれか?
 ラジオ・テレビ等の番組を通じて。インターネットなどで。新聞記事・パン フレット類で。本・雑誌類で。人から聞いたり教わることで。

鑑定事項2 「タエの事例」に関する情報入手時期は下のいずれか?
保育園・小学校の頃。中学生の頃。高校生の頃。女子大生のころ。独身で働いていた頃。結婚して以降。

鑑定事項3 「隣人」を意味するネパール語は下の何れか?(該当はchimeki)
tetangga(テタンガ) chimeki(チメキ) vecino(ヴェシーノ) jirani(ジラニ)  najbaro(ナイバロ)

鑑定事項4  息子を意味するネパール語は下の何れか?(該当はchora)
chora(チョラ)  filo(フィロー)    hijo(イーホ)   nmana(ムワナ) anak lelaki(アナク レラキ)

鑑定事項5  ネパールの通貨単位は下の何れか?(該当はルピー)
レク ルピー   クワンザ   ダラシ    プント

上記の1から5の鑑定事項の質問に対して示された一つ一つの回答について、被験者は該当する記憶があっても、「いいえ」「分かりません」とすべてについて否定して答えることがルールです。

このルールに従って一つの回答につき十数秒間隔で質問し、このときの生理的諸反応を記録します。
一系列の質問が終わると2分休憩し、その間に内観報告(内省報告)をします。
同様の質問をランダムに3回程度繰り返します。

被鑑定者は、肯定に該当する回答に対して毎回否定しなければならず、つまり、毎回嘘をつくわけで、そのときの特異な生理的諸反応が精密に記録されるという仕組みになっています。 

ネパール語の鑑定事項3・4に関しては、次のような慎重な配慮のもとに単語が選ばれています。

本検査前に、セッション中に使用されたネパール語12単語を抽出し、その記憶の有無を事前検査して、覚えていた単語は本検査の回答からはずすという慎重な手続きをとってあります。

里沙さんが、セッション中に使用されていたネパール単語で本検査前にも記憶していた単語は、九つありました。
これらの単語を除き、セッション中に使用されたにもかかわらず、彼女が覚えていないと答えているネパール単語3語のうち2語、chimekiとchoraが鑑定用単語に選ばれています。
なお、鑑定事項5「ルピー」という単語は、セッション中には使われていない単語です。

③ ポリグラフ検査の鑑定結果と考察


次は鑑定結果の原文です。

 鑑定事項1「たえの事例」に関する情報入手経緯については「本・雑誌類で」で明確な特異反応(顕著な皮膚電気反応)を認めたが、内観には考慮すべき妥当性があり、前世療法を受ける以前の認識(記憶)に基づくものか否かの判断はできない。

考慮すべき妥当性ある内観とは「先生(稲垣)からこんな本読んだことはないかと尋ねられる度に本屋に走り本を読んだりした。

こうした経緯があり、前世療法を受けて以後のことながら、一回目の質問時から引っかかりを感じた」という内観報告である。

したがって、特異反応はこうした内観に矛盾しないものである。

鑑定事項2「タエの事例」に関する情報入手時期については何れにも特異反応を認めず。
特記すべき内観なし。
これらに対する認識(記憶)は全くないものと考えられる。

鑑定事項3「隣人」を意味するネパール語について、chimeki(チメキ)には特異反応を認めず。特記すべき内観なし。
これが該当事実であるとの認識(記憶)は全くないものと考えられる。

鑑定事項4「息子」を意味するネパール語について、 chora(チョラ)には特異反応を認めず。特記すべき内観なし。
これが該当事実であるとの認識(記憶)は全くないものと考えられる。

鑑定事項5 「ルピー」には注目すべき特異反応を認めず。
これが該当事実であるとの認識(記憶)は全くないものと考えられる。

さて、上記の鑑定内容にさらに説明を加えると、次のようなことになります。

 「タエの事例」に関する情報については、その情報を入手した時期の記憶はない。
つまり、情報を事前に調べた記憶はいない。
しかし、本・雑誌から入手した記憶はあるという一見矛盾した鑑定結果が出たということです。
ただし、この情報源である本・雑誌を読んだのは、「タエの事例」以後の記憶であることの妥当性を持つ根拠があるので、セッション以前に本・雑誌から情報を入手していたと判断はできないということです。
もし、鑑定事項2の回答の中に「セッション以降」という回答が設定してあれば、おそらく里沙さんはこれに特異反応を示したはずで、そうなれば、セッション以前にタエに関する情報を入手した記憶はない、との鑑定結果が出るに違いないと思われます。 

 3語のネパール語に関する認識(記憶)は全くないものと考えられる、という鑑定結果から、少なくとも里沙さんが、意図的にネパール語を学んでいた可能性はないと判断できます。
特に、ネパール語を学んでいて通貨単位のルピーを知らないはずはないでしょう。

したがって、意図的作話仮説は既に説得力を失いました。

しかしながら、検査に使われた単語のchora(チョラ・息子)も chimeki(チメキ・隣人)も、セッション中にカルパナさんが用いた単語で、記憶していた九つの単語同様、里沙さんがこれら2語も記憶していてもいいはずの単語です。
にもかかわらず、里沙さんは全く特異反応を示さなかった、つまり、知っているという反応が全く出なかったという結果は何を意味しているのでしょうか。 

考えられる可能性は三つあります。
一つ目は、chora もchimekも、顕在意識・潜在意識の両方ともに、初めから完全に記憶に留めていないと解釈することです。

二つ目は、催眠中の潜在意識下で里沙さんが知った単語なので12のうち二つの単語は潜在記憶となって抑制されており、顕在意識としては知らないものとして処理され反応しなかった、と解釈することです。

もう一つの解釈は、ラタラジューは里沙さん自身ではない前世の別人格であるので、カルパナさんの用いた単語の記憶すべてがそのまま里沙さんの記憶とはならず、里沙さんは知っているという反応を示すことがなかった、と考えることです。 

いずれにせよ以上のポリグラフ検査鑑定結果によって明らかになったことは、ポリグラフ検査で判断できるのは、あくまで顕在意識としての記憶の有無であり、潜在記憶の有無は判断できないという事実です。
このことは、意図的作話仮説の検証にポリグラフ検査の有効性を認めることはできても、潜在記憶仮説の検証には有効性がないだろうということです。  

しかしながら、里沙さんがネパール語を人生のどこかで無意識的に学んでいるにもかかわらず、その記憶を忘却しているだけだ、とする潜在記憶仮説で説明することにきわめて無理があることは、これまでの検証結果から明白です。
潜在記憶の元となるネパール語の情報に一切接触がないことが検証されたからです。
したがって、潜在記憶仮説も棄却できると判断しました。

いや、それでもどこかでネパール語を学んでいるはずだ、調査に見落としがあるはずだ、という主張をなさるのであれば、里沙さんに生育歴の再調査の許可を取り付けますから、ご自分で得心のできるまで再調査を実施することができます。
「ラタラジューの事例」は、反証可能性に開かれています。

生まれ変わりなどあってたまるか、どこで学んだかの特定はできないがきっと学んでいるに違いないという主張であれば、非科学的な言いがかり以外の何ものでもなく、そういう人は「縁無き衆生」であって私はお相手することができません。

こうして、私は、「ラタラジューの事例」を応答型真性異言として認めるることが出来ると結論するに至りました。

したがって、里沙さんは生まれ変わりを確かにしている、と断定してよいと判断しています。



里沙さんが、ネパール語にまったく無縁であることの執拗な検証に、惜しみない協力をしていただいたご本人はじめご家族には、こころよりあつくお礼申しあげます。

いかに貴重なセッション証拠映像が撮れたとしても、ただそれだけでは生まれ変わりの実証にはなりえません。
証拠映像で語られた内容の事実が、科学的な検証に耐えてこそ、生まれ変わりの科学的証拠として多くの人に納得と共感を呼び起こす力を持ちうるからです。

そして、正確な科学的検証には、里沙さんの生育歴など個人情報の開示が不可欠です。
生まれ変わりの科学的研究のために、それを承知したところで当事者里沙さんには何の利得もありません。
生まれ変わりの生き証人として奇異の目で見られることはまだしも、仕組まれたヤラセの疑いや、心ない中傷を被ることが実際起きています。

たとえば、「よくも上手に演技ができたもんやねえ」、「ヤラセに協力してまで有名になりたいのか」などの中傷は、「ラタラジューの事例」のアンビリ放映後、実際にあったことです。
あるいは、怪しげな霊能者から、ブログ上で根も葉もないおどろおどろしい憑依現象だと決めつける記事を書かれるなどがありました。

こうした不愉快な思いをするであろうことは事前に想定されたにもかかわらず、「ラタラジューの事例」のテレビ放映、生命情報科学会での事例研究発表、書籍としての出版、you-tubeでの映像公開などに許可をいただけたのは、ひとえに里沙さんの使命感に支えられてのことです。

死を間近に控えた人に、「死は無に帰るのではなく死後があること」、「生まれ変わりがあること」を、信仰ではなく、検証された科学的事実として伝え、安んじて死に臨んでほしい、そうした人のお役に少しでも立ちたい、という一貫した揺るぎない使命感があったからです。

このブログを読むであろう里沙さんの使命感と勇気に、重ねてあつくお礼を申しあげます。

生まれ変わりの事実を自覚し、人間は物質的存在のみにあらず、魂の成長進化を図るために生まれてきた霊的存在でもあること、それを助ける大いなる諸存在に見守られているという被護感に包まれて、迷い苦しみを魂の成長のための負荷として受け入れ、憂き世をしたたかに生き抜きたいものです。

生まれ変わりを確かに自覚できた里沙さんにおいては、そうした生き方が体現されていると思われます。


2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

私はそのようなことはないと思っていますが、ポリグラフ検査を催眠により問題なく通過させることの可否についてはいかがでしょうか。今後当然そのような批判も出てくるのではないでしょうか。

稲垣勝巳 さんのコメント...

徹底的な懐疑主義者であれば、匿名さんのような疑問を持たれるでしょうね。
ただし、現在のところ、そのような疑問を提出されたことは一切ありません。

催眠暗示により、嘘を嘘として認知しないようにポリグラフ検査前に細工するということは、嘘をつくことが道徳に反する、という価値観の持ち主には原則的に不可能です。
私の数度の催眠実験でも、嘘をつくことを強要する催眠暗示した場合、被験者は拒否するか覚醒してしまいました。
したがって、里沙さんに虚言癖のような傾向が無い限り、嘘をついても心理的動揺を起こさず平然としていられるような催眠暗示が有効であるとは思われません。
催眠は、良心に反することを強要できるほど強力ではない、というのが催眠学上の定説です。

また、ここで紹介したポリグラフ検査は被験者里沙さんが嘘をついても平然としているかどうか、つまり動揺せず、したがって生理的諸反応が起きないかどうかを確認する本検査前の予備検査がされています。

内容は、彼女の年齢を問う予備検査です。
30代か、40代か、50代か、60代かそれぞれにすべてに「いいえ」と答えさせるものでした。
その結果、50代で明白な特異反応が認められました。
彼女は、検査当時51歳でしたから、50代か? で「いいえ」と嘘をつき、それが特異反応として検知されたというわけです。

この事前検査結果からも、彼女が嘘をついても心理的動揺を起こさず平然としている、などの催眠暗示がおこなわれていないことは、すでに明らかです。
仮に、そうした事前暗示がなされていても無効であったことが証明されています。

また、つづく本検査結果においても、以下の鑑定が出ています。

「鑑定事項1「たえの事例」に関する情報入手経緯については「本・雑誌類で」で明確な特異反応(顕著な皮膚電気反応)を認めたが、内観には考慮すべき妥当性があり、前世療法を受ける以前の認識(記憶)に基づくものか否かの判断はできない。
考慮すべき妥当性ある内観とは「先生(稲垣)からこんな本読んだことはないかと尋ねられる度に本屋に走り本を読んだりした。
こうした経緯があり、前世療法を受けて以後のことながら、一回目の質問時から引っかかりを感じた」という内観報告である。
したがって、特異反応はこうした内観に矛盾しないものである」

この鑑定は、つまり里沙さんは、完全な嘘をついていなくても、少しでも心理的なひっかかりがあれば動揺が生じること、正直で素直な性格であることを示しています。

こうした諸事実によって、少なくとも、ここで実施されたポリグラフ検査を、催眠により問題なく通過させたなどの不正が起こり得たはずがありません。

それでも納得できないというのであれば、同じ鑑定者あるいは別の鑑定者によるポリグラフの再検査を実施していただければよいのです。
ただし、荒砂正名氏に依頼すると20万円+交通費が必要経費としてかかります。

私は、ポリグラフ検査鑑定結果が、絶対のものだと主張しているわけではありません。
ポリグラフ検査は、里沙さんの証言の地道な裏付け調査結果を補強するものとして評価しています。
裏付け調査とポリグラフ検査は相補関係にあると位置づけています。

「ラタラジューの事例」を公にした場合に、聴き取り調査などの裏付け調査だけで、里沙さんの証言に嘘はなかったと判断すれば、必ず、科学的機器を用いた検査による裏付けも必要だ、という批判が出ることを当然想定していました。

ただし、催眠を用いてポリグラフ検査をパスさせたという疑いが出ることは想定外でした。
私の盲点をご指摘いただき、ありがとうございました。