2015年11月14日土曜日

SAM催眠学序説 その76

前世人格ラタラジューのネパール語の考察

SAM催眠学における作業仮説によって、里沙さんの魂表層から顕現化したラタラジュー人格が、応答型真性異言であるところのネパール語会話をおこなった、前世の本物のネパール人である検証を、7つの観点から考察してみました。

 

(1)ネパール語での会話の成立度


会話の成立度の分析に当たって、一まとまりの対話ごとに78の部分に分けてみました。
そして、それぞれの対話部分について、ラタラジューの受け答えの整合性の有無を検討し、判断した結果は次のようなものになりました。

ア 応答に整合性があり成立している・・・29部分(37%)
イ  応答に整合性がなく成立していない・・25部分(32%)
ウ 応答がちぐはぐである・・・・・・・・・・・・・6部分  (8%)
エ 応答が曖昧で判断が難しい・・・・・・・・18部分(23%)

「対話が成立していない部分」とは、年齢を尋ねられて、何ですか、と聞き返したり、家に妻がいますかと尋ねられて、分かりません、などと応答した場合です。
これも、ネパール語に対して、ネパール語で応答した対話と見なせば、「対話が成立した部分」は54部分、69%になり、会話全体の約七割の高率で対話が成立したと判断できます。 

「ちぐはぐな応答」とは、何を食べていますかと尋ねられて、あーシバ神、のように質問の意味を理解しないで的外れな応答をしていると思われる場合を指します。

「判断が難しい」とは、あー、と いうような応答をし、肯定したのか質問の意味が理解できていないのか判然としない場合を指します

以上の分析・検討から、ネパール語での応答的会話は、完全とは言えないものの、ほぼ成立していると判断してよいと思われます。

ただし、応答的会話といっても、ラタラジューの応答は、「はい」とか「わかりません」など短い単語の単純なものが多いではないかという問題が指摘できるでしょう。
また、会話したと言っても、たどたどしいものでネパール語の会話とはとても認められないではないかという批判も出るでしょう。 

しかし、この点については、スティーヴンソンの『前世の言葉を話す人々』の「グレートヒェンの事例」のドイツ後会話の記録(同書PP.226-310)と比較しても、けっして見劣りするものではありません。
前世人格グレートヒェンの応答も「いいえ」「知りません」「町です」など短い応答がほとんどです。
なお、このグレートヒェンのセッションは19回に及んだそうですが、録音記録を見ると後のセッションになっても、短い応答しかしていないという傾向はほとんど変わっていないようです。

また、彼女は、「応答することができたが、たどたどしいものであったし、文法も語彙も不完全であった」(前掲書P4)とスティーヴンソンは述べています。
ラタラジューの会話もこれに似ており、だからこそ、応答型真性異言としての信憑性は高いと判断できると思われます。
こうしたことを考えれば、ラタラジューが、初回実験セッション24分間でこれだけのネパール語会話をおこなったことはむしろ評価されるべきだと思います。

 

(2)母語対話者の発話していないネパール語


ラタラジュールの発話において重要なことは、ラタラジューが対話相手カルパナさんの発語の中で用いられていないネパール語を用いているかどうかの点です。
カルパナさんが質問で用いた単語をその回答にオウム返しで繰り返しているだけならば、質問内容が理解出来ていなくても対話が成立しているように錯誤されてしまうからです。
ラタラジューが本当にネパール人の前世人格なら、カルパナさんが用いていない単語で、ラタラジューが自ら発語しているものがなければ、彼がネパール人であった信憑性は低いものとなるでしょう。
正しい意味で、会話技能を用いている応答型異言とは言えないということになります。
そこで、固有名詞を除き、ラタラジューが初めて発語している単語を拾ってみると次の22単語があることが分かりました。

mero(わたしの)・ ke(何)・tis(30)・bujina(分かりません)・ ho(はい)・ma(私)・dhama(宗教)・pachis(25)・hoina(いいえ)・pet(お腹)・dukahuncha(痛い)・rog (病気)・guhar(助けて)・ath(8)・satori(70)・kana(食べ物)・dal (ダル豆のカレー)・kodo(キビ・アワ)・sathi(友)・cha (ある、いる)・gaun(村)・kancha(息子)

この事実は、ラタラジューが、ネパール語を知っており、その会話技能を身につけている可能性を裏付けていると思われます。
また、彼の父がタマン族らしいことを考えると、彼の母語はタマン語であり、ネパール語ではない可能性もあり、そうしたことを重ねて考えますと、ますますネパール語の22の単語を発語できた意味は 大きいものと思われます。
ちなみに、ラタラジューの発音は、日本語を母語とする里沙さんの舌の用い方ではないように聴き取れます。

 

(3)ネパール語と日本語の言語学的距離


日本語とネパール語の間には言語的系統性が見られず、言語学的に大変距離の遠いものと言えます。
例えば、スティーヴンソンの発表している催眠中の応答型真性異言事例は、英語を母語とする被験者がスェーデン語で会話した「イェンセンの事例」、同じく英語を母語とする被験者がドイツ語で会話した「グレートヒェンの事例」という二つですが、これら言語は先祖を同じくするゲルマン語派です。
言語学的に近いわけで語彙も文法も似通った体系であると言えます。

また、マラーティー語を母語とする女性が、催眠を用いないでベンガル語で会話した「シャラーダの事例」は、同じインド語派に属する言語です。
したがって、スティーヴンソンの発表しているこれら三例の事例は、比較的近縁関係のある言語間において起こった真性異言事例だと言えます。

ネパール語は、日本人にとって非常に馴染みの薄いマイナーな外国語です。
日本人でネパール語単語を知る人も極めて少ないでしょうし、会話能力ともなると外交官・商社マン・ネパール旅行会社関係者など限られた人間以外は学ぶことのない言語です。


こうしたことを考え合わせると、スティーヴンソンの発表している事例の被験者と比較して「ラタラジューの事例」は、言語学的距離の離れた、つまり、日本人の里沙さんが学習するのに言語学的に相当に困難な言語で会話したという点で、他の応答型真性異言事例に比較してその重みが大きいと言えるのではないでしょうか。

 

(4)ネパール語の助動詞変化の正しい使用


ネパール語の文法で助動詞は、主語の人称と尊敬する人物に対応して複雑に変化するという特徴があります。
たとえば、日本語の「です」に当たる助動詞は、一人称の場合は「hu」、二人称と尊敬する人物の場合は「hunuhuncha」、三人称の場合は「ho」のように変化します。

ラタラジューは、「私の父はタマン族です」 と話していますが、尊敬する父に対してhunuhunchaを
正しく用いて「mero buwa Tamang hunuhuncha」と発話しています。

このことは、ラタラジューがある程度ネパール語の文法を知っていた証拠として採用出来ると思います。
ラタラジューが村長をしていたナル村について1991年の調査によれば、320世帯1849名、その使用言語の97%はタマン語であることが分かりました。
ラタラジューの父はタマン族であること、ナル村はタマン族の村であることから、ラタラジューの母語はネパール語ではなくタマン語であったと推測できます。

ラタラジューの会話分析に当たった中部大学ネパール人客員研究員カナル・キソル・チャンドラ博士によれば、数詞の発音などにタマン語なまりが混入しているネイティブなネパール語であるという鑑定をしています。

ちなみに博士によれば、ラタラジュー程度にネパール語会話ができるためにはネパールに3~4年程度の滞在が必要であろうとの判断をしています。

 

(5)ネパール語の規則性のない複雑な数詞の使用


ネパール語の数詞の数え方は規則性がないので、記憶するには数詞一つ一つを覚えなければなりません。
日本語の場合であれば、一の位の「いち・に・さん・・・きゅう・じゅう」が十の位になれば、「じゅういち・じゅうに・じゅうさん・・・」のように連結して用いるので覚えやすいわけです。

ところがネパール語の1・2・3はek・dui・tinですが、11・12・ 13になるとegara・bara・teraとなりまったく規則性がありません。

ラタラジューは、このネパール語の数詞を、tis(30)、patis(25)、ath satori(8と70)のように4つ発語しています。

 

(6)日本にいては学べない二つのネパール語(古語)の使用


ラタラジューは、死亡年齢を尋ねられて「ath satori(8と70)」と答えています。
これは、「87(才)」 のことを意味しているのですが、現代のネパールでは「8と70」という年齢表示はしません。

対話者のカルパナさんは現代ネパール人ですから「8と70」が「78(才」を意味していることが理解できず、再度「70(才ですか?)」 と尋ねています。

ところが、現地調査の結果、一昔前にはこうした年齢表示を確かにしていたことが明らかになっています。

また、妻の名前を尋ねられて現代ネパール語の妻「srimati」が理解できませんでした。

そこで、対話者カルパナさんが古いネパール語の妻「swasni」で再び尋ねると、これを理解し「私の妻の名前はラメリです」と答えることができました。

カルパナ:Tapaiko srimatiko nam ke re?
      (奥さんの名前は何ですか?)

ラタラジュー:Oh jira li
          (おー、ジラ、リ)※意味不明

カルパナ:Srimati, swasniko nam?
      (奥さん、奥さんの名前?)

ラタラジュー:Ah ... ah ... mero swasni Ramel...Rameli.
        (あー、あー、私の妻、名前、ラメリ、ラメリ)

ラタラジューが、古いネパール語による年齢表示をしたこと、古いネパール語の妻しか理解できないというの二つの事実を示したことはきわめて重要な意味を持つといえます。

一つは、ラタラジューが一昔前(120年前に死亡と推定できる) のネパール人であることの証明をしていることです。

もう一つは、これら古いネパール語は、仮に被験者里沙さんがひそかにネパール語を学んでいた、あるいはひそかにネパール人と交際したとしても到底学ぶことができないであろうという事実を証明していることです。

 

(7)ラタラジューの語った内容についての検証と考察


① ナル村の実在について 


ラタラジュー人格が最初に顕現化した2005年6月当時のグーグル検索では「ナル村」はヒットしませんでした。
このことは、拙著を読んだ大門教授も、同様に検索しておりヒットしなかったことを確認しています。したがって、初回セッション時に里沙さんがネット検索によって「ナル村」を知っていた可能性は排除できます。

ところが、二回目異言実験セッション直後の2009年5月21日に、念のためグーグルで再度検索したところヒットしたのです。
それは青年海外協力隊の派遣先として」ナル村」が掲載されていたからでした。

その記事によれば、カトマンズから南へ直線で25Km、車で未舗装の悪路を2~3時間の所にある小さな村でした。
そのローマ字表記のNalluでウィキペディアの検索すると、ナル村は、ゴルカ地方に隣接するラリトプール地方のカトマンズ盆地内にあり、1991年の調査によれば、320世帯1849名、その使用言語の97%はタマン語であることが分かりました。
タラジューが日本語で語った「カトマンズに近い」、ネパール語で語った「父はタマン族」にも符合し、ナル村はこの記事の村だとほぼ特定できると思われます。
ちなみに、日本人旅行客がナル村に立ち寄ることはまずありえないということでした。

 

② 食物「ダル(豆)」と「コド(雑穀)」、「タマン族」について


「ダル」は、グーグル検索で「ダルチキンカレー」でヒットしました。「コド」はグーグルでもウィキペディアの検索でもヒットしませんでした。
また、「タマン族」はウィキペディアの検索でヒットしました。
ラタラジューの語りの内容が、事実と一致していることが確認できたということです。
このうち「コド」については、里沙さんが通常の方法で知った可能性は極めて低いと思われますが、超心理学上の議論では、単語の情報である以上、超ESP仮説が適用されれば、透視やテレパシーで入手できたことになる、という議論が成り立ちます。

 

③ 死亡年齢を Ath satori(8と70)と二回繰り返したことについて


4年前の初回セッションで、ラタラジューは死亡年齢を78歳だと日本語で言っています。
今回の Ath satori(8と70)は、それを正しくネパール語で繰り返しています。
カルパナさんは初回セッションを知らないので、「8と70」の意味が分からず、二回目にも Sattari?(70ですか?)と尋ねたと思われます。

このことは、つい見逃してしまうことですが、初回に顕現化し日本語で話したラタラジュールと、今回顕現化しネパール語で会話したラタラジューが、同一人格である証拠として重要だと思われます。

 

④ Gorkha(ゴルカ地方)について尋ねられ Bua(お父さん)と応答したことについて


この対話部分は、文脈からして一見ちぐはぐに見えますが、ラタラジューがゴルカをグルカ兵のことだと取り違いしていると思われ、グルカ兵であった父のことを持ち出したと解釈できます。
そう考えれば、応答としては成り立っていると判断できます。
このような判断に経てば、ラタラジュー人格が、ネパール人である傍証の一つとして採用できると思われます。
ネパール人にとっては、Gorkhaは地方名とグルカ兵の両方を指す単語であるからです。
そして、120年前の人口25人程度の寒村に生き、文盲でもあり、村を出ることも稀だったと思われるラタラジューには、Gorkhaがゴルカ地方を指すという知識も、知る必要もなかったと推測できるからです。


以上7つの観点から考察してきました。
驚くべきことに、こうした分析を記述した拙著『生まれ変わりが科学的に証明された!』 を読み、アンビリ放映を視聴した人の中に、「あの程度のネパール語会話なら誰でもできる」、「あのネパール語会話は空耳の羅列に過ぎない」といった無根拠かつ非論理的な批判をぬけぬけとする人がいるということです。

生まれ変わりを絶対認めたくない人の無茶苦茶な言いがかりと言うほかありませんが、それくらい生まれ変わりを認めることに心理的抵抗を覚えるヒステリックな人たちがいることは知っておくべきことだろうと思います。

私の提示した生まれ変わりの証拠を否定したければ、生まれ変わりがありえないことの立証責任をもって否定することが科学的態度ではないでしょうか。

次回は、被験者里沙さんが、実験セッション時点でネパール語についてまったく無知であったことの考察をする予定です。

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