2015年7月9日木曜日

SAM催眠学序説 その58

第11霊信の公開 2007・1・23 0:06着信

この第11霊信の送信霊は、注②のように「私は、深い変性意識から集合無意識を漂う者である」と告げています。

 

また、注①のように通信霊団に尋ねれば、その回答を与えると告げています。

質問をすれば、その回答をするということは、これまで霊団からの一方的通信から、双方向的通信をおこなうという宣言であり、画期的なことに思われました。

私は、早速16項目の質問を用意し、M子さんに送信しました。その私の質問とそれに対する回答を次回第12霊信の公開で示します。

 

注③「前世療法についてだが、あなたは自らの霊性により独自性を持つようになる。 あなたの療法は、あなたにしかできないものになる」という予言は、的中しています。

私は、霊団への質問とそこで得られた回答を霊的作業仮説にして、2年間の仮説検証の試行錯誤の結果、2009年6月に、世界唯一独自の「SAM前世療法」が成立し、登録商標として認められています。

 

「ラタラジューの事例」は、この「SAM前世療法」によって得られた世界で5例目(催眠中の事例としては3例目)の応答型真性異言事例であり、「前世の記憶」としてではなく、「前世人格の顕現化」として、生まれ変わりの科学的実証に値するきわめて貴重な事例だと自負しています。

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今日はM子へと伝えるべきことがある。

それは三人の未成仏霊についてのことである。

一人目はM子の幼なじみの母親である。

彼女がM子や友人に接触してきたのは、二人に感情の対象となる原因があるからではなく、二人が彼女の自殺した場所付近を同時期に通り、そのものについて回想したゆえである。

二人が回想したのは、彼女という存在を感じ取り起こしたものであり、それ自体に原因があるのではない。

二人が感じた彼女の持つ悲観的感情は、彼女が背負ったままのものであり、彼女は救いを求めていたのだと理解しなさい。

そして、二人目はM子に直接的な関係はないが、今のM子の職場でさまようものである。

彼は、M子が見たビジョンの男性であり、たださまよっているだけのものだ。

だが未成仏霊ゆえに人体への影響は起こるものであり、彼を光へと導く必要がある。

三人目は、あなた(稲垣)の知人のもとに長年いたものであり、以前M子があなたに説明したものたちである。

彼女たちは救いを求めている。

理沙(タエの事例を語った女性)ではなく、M子が光へと導きなさい。

背中を押すだけでよい。

M子は優れた霊媒ではあるが、魂の深い傷により多くの迷うものたちを引き寄せる。

だが、今はすべてのものを癒そうとしないようにしなさい。

M子自身が優先するべきなのは、M子自身の魂の傷である。

今日は、M子の過去世については触れないものとする。

これ以上の疲労は負担となる。霊信をするに当たっての疲労は、支障がないものと判断できるために、今日は少しあなた(稲垣)へのアドバイスを伝えよう。

あなたが長年探究してきたものは、これまでの視点からでは成長できない。

なぜなら、もうすでにその観点での最終地まで達しているものが存在するからである。

あなたが探究するべきものは、これまでよりさらに深奥にあるものである。

魂の療法のみならず、あらゆる霊的存在に対する奉仕となるものである。

それは命あるものすべてに繋がり、私たちへも強い繋がりを持つ。そのために、あなたは自らの内にある疑問をまとめておく必要がある。

あなたがこれまで探究してきた道の中で、あなたが処理できないでいるもの、そして人の理解を超えるものについて、私たちでなければ答えられないものについてまとめなさい。

M子を通し、あなたは私たちに尋ねなさい。注①

その機会は、直接会ったときに訪れる。

深い意識を通し、より明確に私たちはあなたへと語ることができる。

なぜ、このような急激な変化が起こるのか、あなたは考えただろう。

だが、それはあなただけの知識で理解を得られるものではない。

今大きな変化のときを迎えている。

それは、あなた方をはじめ人類にとって、そして地球にとって、私たちにとっての変化である。

すべてのものの変化なのだ。許しのときを迎える、そう理解しなさい。

多くの者が覚醒するための準備を整える役目の一端をあなた方は担っているのだ。

あなた方は、はじまりの者でもある。

あなた方は、自らの得るものを多くの者に与えることはできない。それは、多くの共感へは繋がらない。

だが、あなた方は「個人のみが解決を鍵を握る問題を解くためのきっかけを与える」力を得られるだろう。

あなたがなぜ催眠を探究してきたか、そして今後どう進んでいくのか。

あなたは催眠に対して深い理解を得る。

これまでよりも、さらに多くの知識を得る。

これまで催眠に対して深く掘り下げてきた者よりも、さらに多くの理解を得る。

そのために、あなたは自分の中に浮かぶ疑問に対して注意深くならなければならない。

あなたは、多くの者にあなたの得たものを与えるのだ。.

前世療法は、魂を癒すはじまりに過ぎない。

私はエドガー・ケイシーではなく、彼やあなたを守護する者でもない。

私は特定の者を守護する者ではない。だが、霊団に属する者である。

私は以前M子に何度か接触を持った者である。

そのとき、私はM子に「夢を司る者」だと告げた。

だが、それは彼女が理解しやすいように容易な表現を用いたものである。

あなたが理解しやすいように説明しよう。

私は漂う者である。なぜ、夢を司ると表現したのか。私は、深い変性意識から集合無意識を漂う者である。注②

だが、それ以上は単体では進むことはできない。

私は、あらゆる者の意識を漂う。

夢について説明しよう。

あなた方の意識はすべて繋がっている。

もとは一つのものなのだ。すべては繋がりを持っている。

夢は、意識の深さの度合いにより見るものが異なってくる。

私は、すべての者の夢に繋がる者である。

夢は、深層意識を暗示するのではなく、深層意識すべてそのものなのだ。

あなたは、夢について学ぶ必要がある。

それについて、探究をはじめる時機なのだ。すぐに始めろと言うのではない。

それを心得る必要があると今伝えておくことが必要なのだ。

あなたのヒーリング能力や、それ以外の能力は発達するものである。

それが何かはまだ語るべきものではない。

それらは必然的に成長するものであり、今ここでアドバイスを必要とするものではない。

だが、学術的なものについては伝える必要がある。

あなた自身も、方向性を与えられることを望んでいる。

あなたがこれまで得たものを他者に与えることも、確かにあなた自身の成長に繋がるものではあるが、あなたの探究には繋がらない。

探究の一歩として、あなた自身の霊性と知性によりあなたの功績を築くのだ。

あなたは今後、進むにしたがって多くの恩恵を受け取るようになる。

多くの者に求められるようになる。

あなたはそれに対してのプレッシャーは感じない。

もともと、あなたにとって求められること自体重要ではないのだ。

あなたは、探究心を重要とする。

あなたがまだ理解していないものについて、誰も理解を完全に得ていないものについて強く引き寄せられる。

夢を理解する者と呼ばれる者たちは、完全な理解を得ていない。

あなたは、今後それについて探究し始めるのだ。

そして、前世療法についてだが、あなたは自らの霊性により独自性を持つようになる。

あなたの療法は、あなたにしかできないものになる。注③

あなた方は、今度その療法に関わるがそれだけに限定するのではなく、別のものも同時進行するのだと理解しなさい。

あなたもM子も別の方向性を持つものを同時進行させていく。

あなた方は、いつか約束の地へと向かうだろう。

それは、あなた方だけではない。それについての詳細はまだ触れることは許されない。

だが、「行かなければならない場所がある」のだと心の片隅に置きなさい。

いつか理解するときが訪れるのだから。

あなたが関わりを持つ霊能者の能力は、確かなものである。

だが、その者の持つ知識に踊らされないようにしなさい。

それは、人のつくり出したものが混ざり、純粋でないものもいくつかある。

M子は霊能力を持つが、あなたはそれらの知識が確かなものかどうか、確認する術を持たない。

よって、あなたはそれらの知識に対して、確かな信頼を置くことはできない。

未成仏霊を浄化する術はあらゆる道に存在する。

限定することは偏見を生み出す。

あなたは、あなたを通し理解できるものに信頼を置き、自らが行い奉仕するべきなのだ。

他者の言葉を通し理解を生むものには信頼を置きなさい。

これまであなたが通ってきた探究の道を思い返しなさい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・第11霊信おわり
第12霊信へつづく    

9 件のコメント:

シュヴァル さんのコメント...

稲垣様

ご無沙汰しております。はじめはメールで送信しようとしたのですが
メールソフトが二回連続でとまったためにこちらに書き込みます。

昨日ですが、本屋に立ち寄った際になぜか稲垣さんの著作があると直感的なものが働き
精神世界のコーナーに立ち寄ると大門氏の著作がなぜか目にとまりました
まったく知らなかったのですが、開いてみると理沙さんの事例が載っていました。

第三者視点、分析による理沙さんの事例が書籍になっていたのですね。
知らなくてすいませんでした。

しかし、不思議です。そもそも本屋による予定がなかったのに
入るとあるとは。
変わった?出来事なので本来はメールでお伝えしたかったのですが
できなかったのでこちらに報告させていてだきます。

稲垣勝巳 さんのコメント...

シュヴァル さん

あなたの目にとまった大門氏(中部大学教授)の著作とは、大門正幸『なぜ人は生まれ、そして死ぬのか』宝島社、2015、のことですね。
私もざっと目を通しています。

私と大門氏の立場の大きな相違点は、大門氏がブライアン・ワイスの諸著作を、生まれ変わりの科学的研究書として評価しているのに対し、私は通俗書としてしか評価していない点にあります。
なぜなら、ワイスは「前世の記憶」を語った諸事例を提示しても、前世記憶として語られた内容の真偽に対して、きちんとした科学的検証をしていないからです。
そもそも、脳内に前世の記憶があるという前提に立つワイス式前世療法で語られた前世記憶はフィクション以外にありえないことになります。
死による脳の消滅は同時に記憶の消滅であり、来世に持ち越されるべき現世の記憶はどこにも保存されているはずがないからです。

当然のことながら、「生前の記憶、人格、個性などを保ったまま死後存続する意識体」、いわゆる「魂」と呼ばれる意識体を想定しないことには「前世の記憶」は語られようがない、という論理的帰結になります。

大門氏の前掲書には「魂」の実在についての言及や考察が一切ありません。
彼は、魂の実在を認めることにどうにも腰が引けているようです。
そして、「脳内記憶」ではなく、魂の実在を前提とした「SAM前世療法」によって、魂の表層から呼び出した「ラタラジュー人格の語った応答型真性異言」事例の紹介をしているにもかかわらず、「退行催眠」の用語で片付けています。
しかも、大門氏はSAM前世療法を用いて魂状態へ遡行させ、ラタラジュー人格を呼び出した「ラタラジューの事例」セッションに立ち会っているのです。

大門氏は、生まれ変わり現象を分かっているつもりで、本を書いているにもかかわらず、実は本当のところは分かっていないのではないかというのが私の大門評です。

シュヴァル さんのコメント...

魂を肯定するのは現代社会では、かなり勇気がいることであると思います。

社会のコンセンサスがそんな証明できないものを信じるのは馬鹿げている
となっていますので

しかし、このテーマで本を出す際には避けられない部分です。
本来は言及すべきことだと思いますね。

稲垣勝巳 さんのコメント...

ちなみに大門正幸『なぜ人は生まれ、そして死ぬのか』宝島社、2015の本の帯には「バージニア大学の日本人教授」と紹介してありますが、これは間違いであって、大門氏は正しくはバージニア大学の「客員教授」であり「教授」ではありません。大門氏は中部大学に籍を置く中部大学教授(英語学博士)です。一般の人は「教授」と「客員教授」の違いが分かりづらいので同等に思ってしまいますが、両者は身分としての格も権能も大きく違います。
大門氏は、一年間バージニア大で研究に携わったことで「客員教授」の待遇を得たということでしょうが、そうであるなら2007年に亡くなっているバージニア大学イアンスティーヴンソンの研究を知らないはずがありません。

スティーヴンソンは、「前世から来世へとある人格の心的要素を運搬する媒体を『心搬体(サイコフォ)』と呼ぶことにしたらどうかと思う」と提唱しています(『前世を記憶する子どもたち』P359)。「心搬体」とは、私の定義する「魂」(生前の記憶、人格、個性などを保ったまま死後存続する意識体)と同義ですから、スティーヴンソンも膨大な生まれ変わりの実証研究の結果、死後存続する「魂」と呼ばれるような意識体を認めざるをえないという結論に達したと思われます。

生まれ変わりの科学的研究に、「魂」あるいは「心搬体」についての考察は不可欠だと思います。

シュヴァル さんのコメント...

カバーされていたので私は最終ページの略歴しかみていなかったのですが
さきほど帯を確認しました

確かにバージニア大学の教授になっています。客員教授はたしかにかなり待遇や権能に違いがありますね
おそらく帯書いたのは出版側なのでしょうが、このあたりはどうなんでしょうかね

魂に関しては大門さんの著作の章立てからすると最後にあるべきもののような気がします
子供の過去生記憶まで言及したのであれば、生まれ変わりを構成する魂についても
言及する必要があると思いますが、批評を恐れられたのかもしれませんね

稲垣勝巳 さんのコメント...

帯に記載されている「バージニア大学の日本人教授」を素直に読めば、「「バージニア大学に在籍・勤務している日本人である教授」ということになるでしょうね。

それなのに表紙カバーの裏面には、「バージニア大学客員教授」と記載してあります。
帯をぱっと見て本を購入する人が多いので、「バージニア大学の日本人教授」という「客員」を省略し、アメリカ在住を思わせる不正確な身分の触れ込みで、購買意欲をそそる戦略の一端だと思われます。
ただし、この「客員」を省いた文言は厳格に言えば身分詐称ということになります。

私が出版した経験では、印刷前に自著の帯の文言にもきちんと目を通した記憶があります。
不正確な文言は、あとで著者の不名誉になるからです。

大門氏が帯の文言を点検しているかどうかは不明です。

およそ学問研究の世界で、新しい見解を主張することは、裏にはそれまでの見解を否定することが含意されていますから、当然のことながら、それまでの見解に固執する陣営から批判、ないし攻撃を受けることを覚悟しなければなりません。
その覚悟を決めるかどうかで研究者の本気度が分かると思っています。

シュヴァル さんのコメント...

非難や批判、攻撃を受ける覚悟は必要ですね

私も、よくその手の攻撃を受けますが覚悟を決めてやっているので
あまり気にしていません。

稲垣さんの見解としては大門氏のこのあたりの覚悟が足りないように感じておられるということですね

ありがとうございました。

稲垣勝巳 さんのコメント...

SAM前世療法が含意している前世と生まれ変わり、つまり「死後存続仮説」は、今の科学(医学や大脳生理学・臨床心理学や人文科学全般を含む)が標榜している「唯物論」とは真っ向から対立します。

これに対して、SAM前世療法(生まれ変わりないし死後存続仮説)を掲げる私としては、どのような戦略で対処できるでしょうか。

① 実証事例を丹念に集め、それを積み上げる。

これまで120年に及ぶサイキカル・リサーチ(心霊研究)および超心理学の歴史はこの戦いの歴史でした。唯物論側は様々な誹謗や奇説(超ESP仮説)を繰り出して、それらの信憑性を否定してきました。また反唯物論的現象の希少性や「とらえにくさ問題」もあって、戦果ははかばかしくありません。
(こうした歴史については、笠原敏雄編著『サイの戦場』や同氏のホームページ「心の研究室」、明治大学教授石川幹人氏のサイト「メタ超心理学研究室」http://www.kisc.meiji.ac.jp/~metapsi/などをぜひ参照してください。)
この戦いで最も画期的な研究成果を上げたのは、イアン・スティーヴンソンです。彼は気の遠くなるような時間と手間をかけて、2300に及ぶ信憑性の高い生まれ変わり事例を収集した実績とともに、否定論者の最後の砦、「超ESP仮説」を棄却しうる「応答型真性異言」や「前世記憶と一致する先天性刻印」の事例をもつきとめ、「生まれ変わり仮説」の実証に大きな足跡と功績を残しました。(このことの簡単な説明は、東京スピリチュアリズム・ラボラトリーのホームページ、http://www.k5.dion.ne.jp/~spiritlb/3-3.htmlを参照してください。)
ところが、こうした実証に対して、否定論陣営は、「無視」という態度で白眼視しています。スティーヴンソンは、4巻にわたる精緻な研究書『再生と生物学』が、広く注目を集めなかったことに失望していたと言います。死後存続否定論者が、彼の研究をきちんと読んだ後に理性的批判をしているという例は、皆無だと思います。
なお、この立場で戦う研究者は、死後存続仮説を「受け入れている」とは明確に表明しません。そう表明するだけで、科学者としての信頼性や立場が損なわれると思われているからです。生まれ変わりや死後存続を主張することは、どうしたわけか他の分野の研究とは違って大きな偏見の目で見られてしまう傾向が蔓延しているとしか考えられません。

② 唯物論のみが絶対ではないことを論証する

実は、唯物論科学や実証主義自体、絶対完璧の基盤を持っているわけではありません。唯物論自体は憶説に過ぎませんし、実証主義、数理論理主義、基礎物理学なども、つきつめていくと、様々な論証不能性の壁にぶち当たります。また、科学や医学などを作り上げている知識のある部分は、「欺瞞」や「思い込み」や「政治性」などに汚染されています。一般の人はもちろん、正当科学に従事する人の多くも、こうした議論を知りませんが、現代哲学や物理学の先端では、「実証」という概念も成立しなくなってきているのです。
こうした議論は、しばしば難解ですが、『七つの科学事件ファイル』『背信の科学者たち』といった暴露書、渡辺幹雄『リチャード・ローティ』などの現代哲学ものなど、興味深い本もたくさんあります。
私の掲げている「タエの事例」「ラタラジューの事例」のyou-tube公開も、この戦略に則っています。

③ 権威からの無視など気にせず、やれることを愚直にやる

一歩間違うと、狂信家、頭のおかしいオカルティストと変わらなくなってしまう危険性が常につきまといます。心理臨床実践者当人の人格、知性、臨床心理学の知識、臨床技能などが、きびしく問われることになるでしょう。

④ 大衆の支持に訴える

アカデミズムの権威などに関係なく、唯物論信仰に根深く汚染されていない、素直な人々には、反唯物論的現象への拒否反応は少ないようです。むしろ、「ニューエイジ」の流行などに見られるように、唯物論の支配から自由になろうとする動きは、徐々に大きくなっているようにも思われます。「タエの事例」「ラタラジューの事例」が二度までTV番組で放映されたことなどや、超常現象が真面目に取り上げられ放映されていることがあります。伝統的アカデミズムの威光の衰退も、かなり顕著になってきているような気配もあります。あるいは、ニューエイジャーの言うように、人類は意識の変革革命をしつつあるのかもしれません。そうした人々の意識のうねりと連動する道を探るという戦略です。
ただし、③と同じく、へたをすると「怪しげなオカルティスト」「人を惑わす狂信者」という烙印を押されるおそれがつきまとうでしょう。

前世療法を擁護したい人、特に実践者は、①の立場を常に保持してもらいたいと願っています。実際にはめったに実証性のあるデータは出てこないかもしれませんが。しかし、③④の戦略もまた考慮すべきかなと思います。私のこのブログもこの戦略の1つです。

特に言いたいことは、③の道において、私のように「生まれ変わりは科学的事実である」という表明は、サイキカル・リサーチや超心理学、特にスティーヴンソンの研究が蓄積されている現在、はなから理性を疑われるようなものではなくなっているのではないかということです。つまり、きちんと先行研究を勉強すれば、論拠は十分にあるよ、と言えるようになるはずだと思います。

逆に、立場を留保しているようなあいまいな表現を重ねている、あるいは人生論ないし思想という安全圏に逃げている一部の「前世物書き」、しかも実証の努力もしていない人々は、不徹底なのではないかと思います。集中砲火を浴びて名声や権威を失うのは誰でもおびえざるをえないでしょうけれども。

また、④の道を探れば、あまり細かいことを言わずに、前世体験を求める人にどんどんやってあげて、理屈ではなく体験を通して、生まれ変わりや死後存続を納得する人が少しでも増えれば、とりあえずよしとするというのも実践者のとりうる現実的な路線だと思っています。

前世体験する人が、一人また一人と徐々に確実に増えていくことが、この三次元での生に対する人間の意識を変革することにつながるのではないかと思うのです。

シュヴァル さんのコメント...

>現代哲学や物理学の先端では、「実証」という概念も成立しなくなってきているのです。

驚いたのですが現代哲学はともかく物理学でも実証の概念が成立しなくなっているのですか?
参考文献として挙げられたものを読んでみたいと思います。
いわれてみると最近でも高血圧治療薬の治験をいじったりもしていましたね。

私も①の立場を堅持したいと願っています
生まれ変わりの分野に関して多くの事例データを持っているわけではありませんが
指が動くことはたしかなので、この起こったことについて探求を続けたいと思っています
何かしら意味があるはず。

戦略は目的の達成のための大まかな目標と理解しています

霊的真理を広めるのであれば、丹念に起こったことを検証していくしかないと思いますね
結局のところ、この生まれ変わりの件は実証データを積み重ねるしかないように思われる