2014年11月21日金曜日

SAM催眠学序説 その30

「ラタラジューの事例」再考 その12


「ラタラジューの事例」逐語録 その8


この部分の対話では、ラタラジューのネパール語の理解能力がかなり疑われます。
友人の名、畑や靴や服、楽器のことを尋ねられても、「分かりません」を連発しています。
もっともこのあたりから、里沙さんの疲労度が高まり、朦朧とした答え方が濃厚になってきます。
カルパナさんの問いかけが、ラタラジューの年齢特定のないことばかりであるので、ラタラジューとしては、理解に苦しみ、戸惑い、どう回答するかに苦しんだと思われるからです。

ただし、疲労したのは、前世人格ラタラジューなのか、ラタラジューに身体を貸している里沙さんなのか、両方なのか?

里沙さんの場合、前世人格タエにしても、前世人格ラタラジューにしても、その顕現化中の前世人格の身体状況が、身体を貸している里沙さんにそのまま再現されるという現象が生じます。
タエの場合であれば泥流に呑まれて死ぬ状況、ラタラジューの場合には腹痛で苦しむ状況の苦悶が、それを語る里沙さんにも、喉の閉塞による激しい咳き込みや、腹痛による胃部の痙攣という身体現象が現れることがはっきり観察されます。
きわめて興味深い現象です。
里沙さんの前世の記憶として語られるのであれば、苦悶の表情や落涙はあっても、溺死のときの咳き込みや腹痛による胃部の痙攣という身体症状が伴うことは考えにくいと思われます。
このことは、近く公開する「タエの事例」「ラタラジューの事例」のセッション動画で確認できるはずです。

注:KAはカルパナさん」、CLは里沙さんの略号。


KA  Chimekima?
   (近所には)

CL  Ei ... La ... Laji ho ... Mero sathi.
   (私の友人)

KA  Sathi? Sathi?
   (お友達、お友達?)

CL  Ho ...
   (はい)

KA  Sathi ko nam ke ho ta?
   (では、お友達の名前は何ですか?)

CL  ho, ho ... Sathi cha. Oh ... ho ...
    (はい、はい、友達がいます。おー、はい)

KA  ... nam ke ho?  Sathi ko nam ke ho ta?

   (名前は、お友達の名前は何ですか?)

CL  Bujina.
   (分かりません)

KA  Sathiko nam. Tapaiko sathiko nam?
   (お友達の名前、あなたのお友達の名前です)

CL  Bu ... bu ...

      (ブ・・ブ・・)

KA  Bujnubhyena?
   (分かりませんか?)

KA  Tapai ke garnu hunccha re ahile?  Khetbari cha?
   (あなたは何をして生活していますか? 畑を持っていますか?)
注:何をして生活をしているかは、何歳時点の特定がなされていないと、答えられないと思われる。傭兵として生活している期間があるし、ナル村で農作業をしていた時期もあるからである。


CL  A ... ke ?
   (あ・・・何?)

KA  Khetbari.
   (畑です)

CL  Ah ... Bujina.
   (あー、分かりません)

KA  Kethbari chaina?
   (畑はありませんか?)

CL  Ah ...
      (あー)

KA  Ghar ke ko ghar ho?
   (家は何でできていますか?)
注:この問いも答えにくいと思われる。ナル村の住まいなのか、傭兵時代のカトマンズの住まいなのか特定のない問いだからである。

CL  Ah ...
      (あー)

KA  Bujnubhyena.
   (分かりませんか)

CL  Un.
      (はい)

KA  Tapailai kehi bhanna man la cha aru?
   (他に言いたいことはありますか?)

CL  Ah ...
      (あー)

KA  Aru Gorkhako barema kehi bhannusna.
   (ゴルカ地方について何か言ってくれませんか?)

CL  Bujina.
   (分かりません)

KA  Gorkha?
   (ゴルカですよ)

CL  Gorkha?
   (ゴルカ?)

KA  Un.Gorkha. Gorkhako barama?
   (はい、ゴルカ地方、ゴルカ地方についてです)

CL  Bua.
   (お父さん)
注:ゴルカ地方について尋ねられて、「お父さん」と答えているのは、ラタラジューにとって Gorkhaは、グルカ兵のことであり、したがって父親はグルカ兵だったと答えている。カルパナさんとラタラジューとの間で、 Gorkhaの認識は終始食い違ったままで終わっている。


KA  Bua?と
   (お父さんですか?)

KA  Tapaile zutta lagaunuhuncha? Zutta?
   (あなたは靴を履いていますか?)

CL  Ke?
   (何?)

KA  Zutta.
   (靴です)

CL  Ke?
   (何?)

KA  Zutta.
   (靴です)

KA  Tapaile luga, ke luga lagaunuhuncha?  Kasto luga lagaunuhuncha?  Luga ...
   (どんな服を着ていますか? どんな服を着ていますか? 服を)

CL  Bujina.
   (分かりません)

KA  Luga. Tapaile jiuma kosto luga lagaunuhuncha?
   (服です。身体にはどんな服を着ていますか?)

CL  Ho.
   (はい)

KA  Tapailai git gauna aucha? Git. Git. Nepal ko git. Nepali git
   (あなたは歌を歌えますか? ネパールの歌です。ネパールの歌)

CL  Bujina.Oh, bujina.
   (分かりません。おー、分かりません)

KA  Tapailai baja bajauna aucha? Sarangi bajauna aucha? Ke bajauna aucha.
   (あなたは楽器を弾くことはできますか? サランギを弾けますか? どんな楽器を弾けます    か)
注:サランギは楽器

CL  Ah ...
      (あー)

KA  Madal bajauna aucha?
   (マダル(楽器)を弾くことはできますか?)
注:マダルは楽器。山間僻地の寒村で育ったラタラジューには歌や楽器の音楽的素養はないと推測できる。

CL  Bujina.
   (分かりません)


(その31につづく)

5 件のコメント:

ショウタ さんのコメント...

また生まれ変わりに関する記事を見つけました

http://www.excite.co.jp/News/column_g/20141124/Postseven_288383.html

稲垣勝巳 さんのコメント...

ショウタさんご紹介の記事は以下です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
胎内記憶持つ子 5人に1人が前世終了時~受精までの記憶持つ
NEWSポストセブン 2014年11月24日 07時00分 (2014年11月24日 07時33分 更新)

「暗くてあたたかくて、フワフワ浮いていたよ」――0~6才の子供の約3人に1人に、お母さんのお腹にいた時の“胎内記憶”があるという。しかし、驚くべき記憶はこれだけで終わらない。“きょうだい”として生まれてきた子供たちのエピソードを紹介!

 胎内記憶研究の第一人者である産婦人科医の池川明さんが15年ほどかけて聞き取り調査を行った子供たちの中には、あらかじめ、きょうだいになることを決めて生まれてきたという子供たちも多いという。

「胎内記憶の研究を続けていると、胎内だけでなく、生まれる前、つまり前世の終了時から受精までの“中間生記憶”がある子が5人に1人ほどいます。

 中間生では、たいてい雲の上のようなところで子供たちが暮らしており、そこから下界を見て母親を選んでいるというのが、大まかな共通点。そして、ここできょうだいとなるべき存在と出会い、彼らと親や生まれる順番を決めてから誕生するのだそうです」(池川さん)

 池川さんが調査をした水津あんなちゃんは、4才から胎内記憶について語りはじめ、8才の時には、中間生で弟に出会っていたことを絵に描いてくれた。

「空の上では、私が妹だったの。2人でママとパパを決めた後、神様にお願いして私をお姉さんにしてもらったの」と語ったという。

 ほかにも、6人の息子をもつ淳子さん(仮名・40才)のお宅では、6番目の子を妊娠中、3番目の子が「ぼくたちはじゃんけんで順番を決めて生まれてきたんだよ。きょうだいは、この子で最後だよ」と語ったなど、きょうだいの存在を、生まれる前から覚えている子供たちのエピソードは多数ある。

※女性セブン2014年12月4日号
・・・・・・・・・・・・・・・・・
SAM前世療法においても、流産しかけて産婦人科病棟に入院中の未来の母親となる女性の胎児に宿ることを迷っていると魂状態の記憶を語った女性クライアントがいます。病室のベッド数と配置、母親のベットの位置、母親となる女性の着ていた服の色などを語りましたが、セッションにその母親が同席していましたので確認したところ事実でした。その母親への確認では、クライアント(娘)には流産しかけて入院したことは話したが、それ以外は一切話したことはなく、この入院病室はまもなく小児科病棟に変更になっているので、クライアントが病室の様子を見ているはずがない、と青ざめた様子で話してくれました。
池川医師の胎内記憶研究には一通り目を通していますが、残念ながら語られた胎内記憶の検証がありません。検証なくして容認なし、が私の一貫した立場ですから、こうした胎内記憶の真偽については判断留保です。

ショウタ さんのコメント...

池川さんの研究事例は前世の記憶があまりにおとぎ話っぽいです

これら何かの虚偽記憶説で説明がつく気がします

ジェイムズ・レニンガー君やライアンくんのような前世の人物が特定でき遺族しか知らない細かい情報を語ったなど偽りの記憶では説明つかない事例を取り上げて欲しいですね

orphan elder さんのコメント...

 結局、「虚偽記憶説」にしろ「潜在記憶仮説」にしろ、それ自体が立証できるものではなく、あくまでも現時点での「解釈」に過ぎないものなんですよね。
 
 要するに、生まれ変わりにしろ臨死体験にしろ、取り合えずは「随伴現象説」という現在の主流派の流れに沿う形で、「虚偽記憶」や「潜在意識」「脳の未解明の力」という、ある意味この分野では水戸黄門の印籠にも等しいものを持ち出して、

「たぶんそういうことなんだろう」

と勝手に解釈しているだけで何ら証明が伴っているわけでもないわけです。

 さらに言えば、こんな水戸黄門の印籠みたいなものを持ち出せば、専門家でなくても、たとえば私でも一応「説明」して「解釈」できますよ。たとえば、人は脳だけでなく体全体(たとえば細胞レベル)で記憶することができるとか、DNAに記憶が組み込まれているとか、本人が気がつかないうちに対象事項のことを把握していたとか、そういうレベルの「説明」や「解釈」でいいなら、私でもできます。要するに、それを現時点で専門家が堂々とやっているという段階で、はっきり言ってそれじゃあ専門家の必要性ないじゃん、科学者いらなくね?という話になるわけです。

 素人でも考えつくような「説明」や「解釈」を専門家がせざるを得ないということは、それだけこの分野のことが何らわかっていないということを意味しているというだけの話であり、重要なのは、

「どう解釈あるいは説明されるか」

ではなく、

「その説明が正しいかどうか立証できるか否か」

ではないでしょうか。

 ついでに言うと、ショウタさんが以前にアップされた「哲学的思考」とやらも、失礼ながらずいぶんレベルが低い人が書いているように見えました。まあ、これに関してもいずれ反論するつもりでおりますが(もちろん、稲垣先生にご迷惑がかからなければですが)。

稲垣勝巳 さんのコメント...

「たとえば、人は脳だけでなく体全体(たとえば細胞レベル)で記憶することができるとか、DNAに記憶が組み込まれているとか、本人が気がつかないうちに対象事項のことを把握していたとか、そういうレベルの「説明」や「解釈」でいいなら、私でもできます。要するに、それを現時点で専門家が堂々とやっているという段階で、はっきり言ってそれじゃあ専門家の必要性ないじゃん、科学者いらなくね?という話になるわけです」
というorphan elderさんのご指摘は,生まれ変わりの研究者にとっては身も蓋もないご批判ですが、現在の生まれ変わり研究(とくにアカデミックな)の実態を鋭く突く、胸のすく明快なご意見だと思います。
こうしたorphan elderさんのように明晰な思考力・判断力をお持ちの読者に愛想づかしをされずにいることは、本ブログの管理者として名誉かつ誇りとするところです。
これからも歯に衣を着せないご意見をどうぞ遠慮なくお寄せください。