2013年1月29日火曜日

真性異言の検証と公にするむつかしさ

私のもとへ、覚醒中に異言らしきことばを話せるので検証してほしい、という依頼がたまに舞い込みます。
私は、原則としてこうした依頼をお断りしています。
その理由は、仮にその言語が真性異言だと証明できても、応答型真性異言でなく、単に異言を発音するだけであれば超ESP仮説が適用されるので、厳密な意味で生まれ変わりの科学的証拠とは判断できないからです。

また、そうした現象は、本人以外の霊の憑依現象が疑われ、その語りの主体が前世人格なのか憑依霊なのか判別が困難であるからです。
そのうえ、学んでいない外国の単語や文章の一節を繰り返し発音できたとしても、それは「技能」とは言えず「情報」として扱われますから、万能の透視能力やテレバシー(超ESP)を用いて入手した、という疑いを払拭できません。
こうした真性異言を単に発音するだけの場合を「朗唱型真性異言」と呼びます。

また、私の検証体験でも、催眠中に起こった朗唱型真性異言だと思われる事例では、流暢にそれらしく話される異言が、検証の結果、まったくのでたらめであったということが3例ありました。
この事例は、催眠学で呼ばれる「役割演技」、つまり、無意識のうちに外国人の役割演技をおこない、自分のイメージにある外国のそれらしき発音を真似た言語を創造的に発音したということでしょう。
催眠中には創造活動が活性化することが分かっていますから当然起こりうる現象です。

こうした体験がありますから、学んでいない外国語らしき言語で話せるという異言現象が起きたとしても、真性異言現象だと判断できることは稀だと思っています。
宇宙語であるとかムー大陸のことばであるとかを話せると言ってくる方もいますが、そうした地球上にない言語は、そもそも真偽の検証が不可能で、生まれ変わりの科学としての検証対象になりません。

さて、超ESPによっても絶対入手できないのは「技能」です。
いかに優れた超能力を用いても技能は入手できません。
練習を必須条件とする技能は、練習抜きに獲得できないからです。
ヴァイオリンに触ったこともない超能力者が、超能力によって、練習を必要とするヴァイオリンの名曲を演奏できることはありえません。
同様に、応答的な会話も練習抜きに話せることはありません。
技能は暗黙知と考えられ、本来、ことばで伝達することは不可能とされています。
ことばで伝達可能なことなら、ESPによって入手可能です。
したがって、学んだことのない外国語で、練習の不可欠な応答的な会話ができる現象が、「応答型真性異言」と呼ばれ、それは超ESP仮説による説明を不可能にしますから、最終的説明仮説、つまり、生まれ変わり仮説を実証する最有力の科学的証拠だと認められているわけです。

しかし、応答型真性異言は容易に発現するものではありません。とりわけ、催眠中に起こった応答型真性異言で、公になっている事例はイアン・スティーヴンソンの発表している3例とSPR(心霊研究協会)の検証した1例にすぎません。それも1980年代で途切れています。
私の知る限り、21世紀になって最初に「応答型真性異言」として公になったのは2009年の「ラタラジューの事例」です。
しかも、スティーヴンソンの発表している三つの事例は、応答型真性異言で対話中の録音は残されていても、映像は残されていません。
証拠映像が残されたという点でも、「ラタラジューの事例」は、世界初の画期的な応答型真性異言事例だと思っています。

しかし、「ラタラジューの事例」の検証と公表には、いくつかのクリアすべき以下のような多くの困難がありました。

①被験者里沙さんにセッション証拠撮影の許可をもらうこと。

②セッションにヤラセや欺瞞の疑いを持たれぬために、社会的地位があり信用度の高い複数の同席者を確保すること。

③ネパール語を母語とする知的に優れたネパール人対話者を確保すること。

④ネパール語会話をローマ字表記にし、それを日本語に翻訳できる学識あるネパール人協力者を複数確保すること。

⑤里沙さんがネパール語を学んでいない証明のために、小・中・高・大学時代の友人、結婚前、後の友人、家族等彼女のプライバシーの徹底的身辺調査の同意を得ること。

⑥ラタラジューの語りのナル村の状況の真偽を検証するために、学識あるネパール人、できれば博士号を持ち、日本語でメールのやりとり可能なネパール人にナル村現地調査を依頼すること。

⑦里沙さんとご主人にポリグラフ(嘘発見器)検査の同意を得ること。

⑧権威あるポリグラフ検査者を探し、事情を納得してもらったうえで検査の協力を得ること。

⑨学会発表、出版、それにともなうTV出演の同意などを、本人、ご主人から得ること。

⑩TV出演によるいわれのない中傷、陰口も予測し、それに耐えてもらうことの家族の同意を得ること。

ざっと列挙しただけで、以上のような困難を乗り越えなければなりませんでした。
とりわけ、⑥⑧の調査・検査を含めて50万円ほどの総費用がかかりました。
真性異言の科学的検証を厳密におこなうためには、当然のことながら数十万円の費用を覚悟しなければなりません。科学的検証のために先立つものはお金なのです。

また、予測した⑩は予測どおりに起きています。
アンビリスタッフがワゴン車を里沙さん宅の前に乗り付け、撮影機材を持ち込むのを見た近所の人が、里沙さん宅で新聞沙汰になる事件が起きたと勘違いし、ついには自治会長まで事情を探りに訪問する騒ぎになりました。

また、アンビリを視聴したご近所の口から、よくもまあネパール語を練習して上手に演技したものだ、そんなことしてまで有名になりたいのか、などのヤラセだという陰口が聞こえてきたということです。

また、アンビリ視聴した霊能者を自称する人物は、自身のブログで、あることないことを立証ぬきで書き込んで、里沙さんが不幸にさらされるようなことを予言しています。

これまでにない新しい何かを思い切ってすると、必ず心ない誹謗中傷を免れられない、ということです。

「ラタラジューの事例」の科学的検証とその公開は、里沙さんおよび、ご家族の使命感と犠牲なしにはけっして公になることはなかったのです。


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