2012年6月6日水曜日

「タエの事例」における語りの謎の解明

手作りで映画を制作している男性がおいでになります。
彼の要請で、SAM前世療法が探ってきた、生まれ変わりと魂の実在を示す映像編集を開始しています。
私に著作権があり、保有している「タエの事例」、「ラタラジューの事例」の記録映像をメインに、それ以外の事例のセッション映像も加える予定です。
この男性が、映像の編集を担当し、私が監修の仕事をします。
4時間程度の映画に編集する予定です。

またこの映画とは別に私の納得できる学術的に映像編集をしたものを新たに制作し、yu-tubuにアップするつもりです。

この映画のために、里沙さんに再々セッションを許可していただき、彼女宅での実験セッション撮影を5月29日におこないました。
この再々セッションの目的は、タエとラタラジュー、および守護霊を呼び出し、それら存在が最初に顕現化して語った内容のうち、現在も謎として残っていることを尋ね、謎の解明を図ることでした。
拙著の2冊『前世療法の探究』・『生まれ変わりが科学的に証明された!』の出版以後に解明された謎です。

今日は、そのうち「タエの事例」のタエの語りのいくつかの謎のうち、解明できたことについて報告します。残りは、2回に分けてこのブログで報告します。
さて、SAM前世療法によって、魂表層からタエを呼び出し、尋ねた内容は次の3点でした。
もちろん、筆者の用意した質問事項について、里沙さんには、事前に一切知らせてありません。セッション前に、里沙さんが回答を用意する余地をなくすためです。

①2005年の「タエの事例」はワイス式、つまり、「里沙さんの脳の潜在意識内に記憶されているタエの前世記憶を想起させる」という前提でおこなったセッションである。そうではなく、里沙さんが「自動的に魂状態に戻り、魂の表層からタエという「前世人格が顕現化(自己内憑依)」した現象」であるかどうかを確認すること。

②タエは、育ての父親を渋川村上郷の名主「クロダキチエモン」だと語っている(拙著『前世療法の探究』P155)。一方で、彼女の守護霊は、「クロカワキチエモン」だと語っている(同書P174)。検証の結果、天明3年当時の渋川村名主は5名おり、その中に堀口吉右衛門(ホリグチキエモン)が実在している(同書P196)。キチエモンの名はあるが、姓がホリグチであり、食い違いがある。この食い違いの謎を解くこと。

③タエの守護霊は、雷神(浅間山噴火による火山雷のこと)の怒りを静めるために、村人は馬を供え物にし、その馬が必死で暴れるのを鎮めるために、タエの左腕を切り落とし、馬頭観音堂の下に埋納したと語っている(同書PP172-175)。しかし、タエ自身はこの左腕切断も、馬がともに供え物になったことも語っていない。そのわけを解明すること。

④タエは人柱になった理由を、「上の村が水にやられるので・・・わたしが(龍神様の)お供えになります(同書P159)」と語っている。自分の住む渋川村を救うためではなかったのである。上の村とはどこを指すのか、その上の村を人柱を立ててまで救わねばならなかった理由を解明すること。

タエ自身が答えた、上記①②③④の回答の概要は以下のようでした。
この回答の証拠映像は、いずれ公開される予定です。

①の回答について
2005年セッションのタエは、里沙さんの前世記憶の想起として語られたものではない。魂の表層から顕現化した前世人格そのものである。そして、セッション中の、いま、ここで、語っているタエは、魂表層から呼び出された前世人格のタエが、自分の生まれ変わりである里沙さんに憑依している現象である。

②の回答について
名主キチエモンは、多くの田んぼを所有しており、その田んぼの土が黒い土であったことから、「クロダのキチエモン」と呼ばれていた。また、キチエモンは、野菜など農作物や生糸などの交易のために吾妻川岸に船着き場を持っており、その船着き場の普請のために黒い石を多く用いたので「クロカワのキチエモン」とも呼ばれていた。つまり、クロダ、クロカワは姓ではなく俗称である。したがって、二つの俗称でキチエモンが呼ばれていた。しかし、タエは、キチエモンの正式の姓は知らない。

③の回答について
人柱として吾妻川の橋脚に縛られたときに、左腕がひどく熱かったことは覚えている。左腕を切り落とされていたかどうかは覚えていない。人柱になる前に、ご馳走を食べさせてもらい、そのときにたくさんのお酒を飲まされて酔ってしまい、朦朧となってしまった。タエと一緒に、馬も側で縛られて雷神様のお供えになったことは覚えている。

④「上の村」とは、吾妻側沿いのすぐ上流のとなりの川島村だけのことではなく、いくつかの村々を指している。キチエモンが、商いのために野菜や生糸を仕入れている仕入れ先の上流の村々である。キチエモンが商いをするために、仕入れ先の上の村々が洪水でやられることから救う必要があった。さらに、キチエモン夫婦には、タエが生きていては不都合な切迫した秘密の事情があり、タエの口封じをねらった人柱でもあった。

タエ自身から聞き出した上記4つの回答は、私にとっては、それなりに納得のできるものでした。2005年の最初のセッション以来、7年越しにこだわってきた謎が解明できたからです。
とりわけ、②の回答は、キチエモンの姓を、クロダとクロカワだと、タエと守護霊が、それぞれ食い違って告げている謎の合理的説明だと言えそうです。
この姓の食い違いを尋ねたときに、タエは、言いよどむことなく即座に回答しました。
なお、堀口家の末裔は、現在も健在であり、会社経営をしておられるようです。その社史によれば、寛永年間より江戸期の堀口家の当主は、代々「吉右衛門」を襲名しているとのことであり、天明3年当時の渋川村上郷名主堀口吉右衛門以外に、先代、先々代にも堀口吉右衛門が存在していることになります。それら、同姓同名の先祖堀口吉右衛門と当代の堀口吉右衛門とを区別の必要から、村人が当代吉右衛門を示すために、「黒川の」、「黒田の」という俗称で呼んでいたであろうという事情は
了解できるでしょう。ただし、その真偽の検証は、当時から230年後の現在では不可能です。


また、③の多量の飲酒による深い酩酊状態(麻酔様状態)を利用して、鋭利な脇差し等の刃物で左腕が一太刀で切り落とされたなら、切断面が熱いという意識以外に記憶に残っていない、というタエの説明が成り立つ余地があるように思われます。ちなみに、守護霊は、タエの左腕が刀によって切り落とされたと告げています(『前世療法の探究』P175)。

今回のタエの語りによれば、雷神に供える馬もタエとともに川中に縛られていた、ということですが、被害報告文書である『天明3年7月浅間焼泥押流失人馬家屋被害書上帳』の渋川村の項には、「人一人流」となっているだけであり、馬の流失は記録されていません。おそらく、被害届けの報告者(名主?)は、供え物であるタエも馬も洪水で流されることは承知だったので、馬の流失を被害届けから省いたのでしょう。タエも流失することはあらかじめ分かっていたはずですが、さすがに人間であるタエを流失被害から省くことはできなかったと推測できます。

さらに、キチエモンが名主として、生糸や野菜などの商品作物を商取引していたということも、天明年間にはありうることだと思われます。キチエモンには商才があったのでしょう。
そして、天明3年当時の渋川村実在5人の名主のうち、キチエモンの名は堀口吉右衛門一人であることに照らせば、俗称「黒田のキチエモン」、「黒川のキチエモン」は、名主堀口吉右衛門のことを指していると推測して間違いないと考えられます。

これら私の得た「タエの事例」に関する新たな情報は、タエの実在を前提とし、今回セッションで顕現化したタエの回答に嘘はない、と信用する前提のもとで、ほぼ納得のできる説明がなされたことをもって判断しました。
また、生まれ変わりの証拠として最有力である応答型真性異言を話した里沙さんの語りという信憑性の高い事情に照らして、信用してよいと判断しました。

私の真理観は、「説明の成功」です。
とりわけ、科学的検証が不可能な今回のようなタエの回答の真偽判断においては、タエの回答に矛盾が無く、説明が成功していることをもって、真偽を判断する以外に手はないように思います。
それにしても、タエが人柱に至る経緯の詳細を知るにつけ、道具扱いされるままに命を絶たされた哀れさに、胸がふさがれる思いがします。
そして、キチエモンが、堀口吉右衛門であったことがほぼ特定できたことによって、その末裔がおいでになるという事情から、タエの人柱には裏に口封じという秘密の意図があったことの詳細を封印せざるをえなくなりました。
人柱の裏事情とは、タエと義父キチエモン、義母ハツの三者が絡んだ外聞をはばかる事件が生じており、その秘密を漏らさないために、タエの口封じを必要とする切迫した事情があったということです。
「洪水から上の村を救うための人柱」という大義名分の裏には、人柱を利用してタエの口封じを図ったという裏事情があったことをタエが語ったということです。
その、「外聞をはばかる事件」の詳細の公開は、封印すべきであると判断しました。
どうぞご寛恕ください。

次回は、「ラタラジューの事例」における語りの謎の解明について報告します。

3 件のコメント:

barafukuhime さんのコメント...

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イナ先生、先生の業績が、
映画になるのですね。
完成を楽しみにしております。
りささんのご協力で、
いま、一段、タエさんの事情が
解明されて、素晴らしいですね。
哀しいタエさんのご冥福を
こころからお祈りして居ります。

稲垣勝巳 さんのコメント...

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PASS:
>barafukuhimeさん
タエについての謎解きはこれでおしまいです。
しかし、事実は知らないほうがいいこともあると思いました。タエは妊娠していたのです。

匿名 さんのコメント...

アンビリーバボーで偶然この映像を見ていました。
それから、時々思い出しては動画サイトでVTRを観ていましたが、今回検索サイトでこちらを知りました。

私はタエさんと同じ市の出身です。
そして、タエさんが人柱になり、救おうとしてくれた地区の出身です。
セッションを見ていると、出身地の情景が思い浮かびます。
もちろん、セッションの中に知らない言葉や習慣もありますが、なじみのあるものもたくさんありました。
小学生の時は畑の外側に飢えてあった桑の実(こちらではドドメの実といいましたが)を食べ舌が真っ赤になり、近所では蚕を飼い繭を作っていた農家もあります。
近所には浅間焼で亡くなった方を埋葬したという畑もありました。

VTRの中で、タエさんがくくりつけられた橋があった場所が映像で出されたときに、どうして自分の村を救う為なのに、こんなに離れた上流に来ているのかと不思議に思いました。そこでなくても上郷から近い吾妻川はもう少し下流にあったはずなのに、と。
こちらのサイトを見て、その疑問も解決されました。と、同時に私の地区を守ってくれようとしたことに対して、とても感謝の気持ちになりました。
キチエモンさんが隠ぺいしたかったことを考えると、タエさんの死に心が痛くなりますが、それでもみんなを助けるためにと言ってくれたタエさんの心がありがたかったです。
このサイトを残してくださったこと、感謝いたします。
出身地区は狭い社会ですので、このくらいのコメントしかできませんが、また、拝読させていただきます。