2012年4月24日火曜日

コノハナサクヤヒメの降霊とおぼしき現象の後日談

前ブログ記事、コノハナサクヤヒメの降霊とおぼしき現象の後日談です。
ただし、ここに紹介する記事はコノハナサクヤヒメの降霊という不思議現象の一つの解釈であり、実証的探究ではありません。
日本神話に登場するコノハナサクヤヒメと、クライアントと、筆者との三者にまつわるお話として、前ブログ記事と併せて気楽にお読みください。
さて、降霊したコノハナサクヤヒメが、なぜ「世の女性のすべての悲しみを担っている」と語ったのか、そのわけは次の神話にあると思われます。
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「コノハナサクヤヒメ、あなたはたった一夜で子どもができたと言いますが、そんなはずはない。その子はきっとほかの国つ神(くにつかみ)の子だろう」
 ニニギノミコトのこのひと言はコノハナサクヤヒメの心をとても傷つけました。
 
コノハナサクヤヒメは
 「私はこれからお産の準備をします。もしあなたが言うとおり、生まれてくる子どもがほかの国つ神の子であるなら無事に生まれてはこないでしょう。しかし、あなたの子であるなら、たとえ火の中でもきっと無事に生まれてくることでしょう」
 こう告げると、コノハナサクヤヒメは出口のない大きな産屋(うぶや)をつくらせました。そして中へ入ると、まわりを土で塗(ぬ)りふさいでこもってしまいました。
 やがて出産の時が近づきました。
 するとコノハナサクヤヒメは産屋のまわりにみずから火を放ったのです。そして、燃えさかる炎の中で三人の男の子が生まれました。
 三人の名は、火が燃えさかる時に最初に生まれた子がホデリ(火照)。次に火の勢いがより強くなった時に生まれた子がホスセリ(火須勢理)。最後に火がおとろえてきた時に生まれた子どもがホオリ(火遠理)です。のちに、ホデリは海幸彦、ホオリは山幸彦と呼ばれるようになりました。
 
 こうしてコノハナサクヤヒメは炎の中で無事に三人の子どもを生み、身の潔白(けっぱく)は証明されたのですが、ニニギノミコトから疑(うたが)われたことにひどく傷つき、それからもニニギノミコトに心を開くことはありませんでした。                                         
                                「ひむかし神話街道」より
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ニニギノミコトから求愛され、一夜の契りによって身籠もったコノハナサクヤヒメは、たった一夜の契りで子ができるはずがないとニニギノミコトからの疑惑の言葉に深く傷つきます。
疑惑を晴らすために産屋に火を放ち、炎の中で三つ子を出産し、みごと疑惑を晴らすのですが、疑惑の言葉を口走ったニニギノミコトに二度と心を開くことはなかったといいます。
この神話の筋書きに照らすと、コノハナサクヤヒメがセッション中に語った「世のすべての女性の悲しみを担っている」という意味が浮かび上がってきます。
つまり、「愛する男性から疑惑の言葉を投げつけられ、傷つき、嘆き、心を開くことができなくなったことに象徴されるような、男性不信への深く重い悲しみ」とでも言うべきものでしょう。コノハナサクヤヒメは、世のすべての女性のそのような悲しみを担っているのだ、ということです。
降霊現象を起こした女性クライアントの主訴は、幼少より心の深いところにある重い悲しみと、男性に対する理由不明の不信感によって、親密な男女関係が結べないことにありました。また、言葉を綴ることに理由のない不安がわき起こり、手紙や電子メールが書けないという悩みを抱いていました。
実はこの女性へは、コノハナサクヤヒメの降霊現象の起きたセッションの11日前に、同様の主訴改善のためにすでに第1回のセッションをしていました。以下はその第1回セッションの概要です。
SAM前世療法の定式にしたがって、魂状態の自覚まで誘導し、「男性に対する理由不明の不信感によって、親密な男女関係を妨げている前世の者は出ておいでなさい」という暗示をしてみました。
そこで顕現化した者は、「私は異次元の存在です」、「言葉は裏表があっておそろしい。言葉は誤解を生むものです。言葉は誤解無しに遣うことはできないものです」と語りました。
筆者は、理解不能な「異次元の存在」を憑霊現象とは思わないで、「前世の者」として扱ったままヒーリングを施し、この第1回のセッションを終結しました。
「前世が異次元の存在である者」と「言葉に対する不信感」との結びつきがどうもすっきりしない、という不全感を残したセッションでしたが、その日のうちに「メールができるようになりました」というクライアントの喜びの報告メールをもらって、少し救われた気持ちになったものでした。
こうした第1回セッションの経緯がありましたので、前ブログで紹介した第2回セッションで顕現化(降霊)したコノハナサクヤヒメに、「あなたは前回のセッションで『異次元の存在』だと告げていますか?」と尋ねたところ、「そのとおりです」という回答でした。
この回答と、紹介したコノハナサクヤヒメの出産に関わる神話を重ね合わせた結果、この女性クライアントの主訴の秘密とコノハナサクヤヒメの降霊との不思議な関係が、筆者のなかで次のように氷解していきました。
①第1回セッションで、「異次元の存在」だと告げたコノハナサクヤヒメは、求愛の熱い言葉をかけられ、契りを結んだニニギノミコトから、手の平を返したような疑惑の冷たい言葉を投げつけられた。だから、「言葉は裏表があっておそろしい。言葉は誤解を生むものです。言葉は誤解無しに遣うことはできないものです」というコノハナサクヤヒメの語った言葉への不信感、恐怖感は、ニニギノミコトの豹変した態度によって植え付けられた。
②コノハナサクヤヒメは、求愛したニニギノミコトに心を許し、一夜の契りを結んだにもかかわらず、身に覚えのない疑惑をかけられた。愛する男性から疑われ、深く傷つき悲しみ、炎の中での出産によって身の潔白を晴らしたものの、二度とニニギノミコトに心を開くことはできなくなった。こうした、ぬぐいがたい男性不信の感情も、愛するニニギノミコトによって植え付けられた。
こうして、コノハナサクヤヒメは、愛するニニギノミコトに手痛く裏切られ、深く傷つき、重い悲しみと男性不信の感情を抱くことになり、男性に心を開くことができなくなった。
③こうした経緯から、コノハナサクヤヒメは、「神」として、自分の被ったような悲しみを抱く世の女性すべての悲しみを担うことになった」と告げたと思われる。
④そして、コノハナサクヤヒメは、第2回セッションにおいて次のようにも告げている。
幼少から冨士浅間神社に参拝を続け、霊媒体質をもつクライアントの女性に、コノハナサクヤヒメはたびたび降霊を繰り返した。そして、自分(コノハナサクヤヒメ)の担っている世のすべての女性の悲しみと、言葉への不信と恐怖の感情を訴えてきた。
その結果、クライアントに、主訴である「重く深い悲しみの感情」や「言葉に対する不信と恐怖」、「男性との親密な関係を忌避する理由不明の感情」などを抱かせることになったことを認めている。
⑤こうしてクライアントは、浅間神社の氏子であり、幼少より神社の向かいに住み、コノハナサクヤヒメと縁が深いとも言える筆者にセッションを依頼することとなった。
コノハナサクヤヒメのコノハナ(木花)は桜の花を指すともいう。
浅間神社境内の桜満開の日、しかも浅間神社の春の例祭を間近に控えた日のセッションに、コノハナサクヤヒメが降霊するという意識現象が生じたことを、まったくの偶発現象として片付られないような幾つかの符合が重なっている。
クライアントが、4月22日の春の例祭の直前に、そして桜が散る前に、どうしてもセッションを受けたいという切迫感に促されてやってきたことは、偶然ではないかもしれない。
以上がコノハナサクヤヒメと名乗る存在の降霊現象についての後日談です。
読者のみなさんが、コノハナサクヤヒメの降霊現象とクライアントの主訴、そして、筆者とコノハナサクヤヒメとの縁などの不思議な符合を感じながら楽しくお読みくださったなら、うれしく思う次第です。

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