2012年12月30日日曜日

ドキュメンタリー映画『催眠・魂・生まれ変わりの真実』の封切り上映

前回記事にかかわって、以下は、自主制作ドキュメンタリー映画『催眠・魂・生まれ変わりの真実』の伊藤靖史氏のface bookからの転載です。お時間のある方はどうぞ見てやってください。ただし、上映時間4時間ですぞ(笑)。
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いよいよです。なんと前半2時間、後半2時間、合計4時間の大作です♪
長いですが、お昼休みを1時間とってあります。
ドキュメンタリー映画、『催眠・魂・生まれ変わりの真実』!
2013年1月6日(日)上映
前半9時45分開場 10時上映開始12時終了
後半13時上映開始 15時終了
15時15分からSAM前世療法創始者 稲垣 勝巳先生のトークがあります。様々な質問に答えていただきます。
岐阜県可児市「文化創造センター 映像シアター」
入場料:500円です
連絡先:伊藤泰史
携帯090-7037-7618
beniuma77@i.softbank.jp
     稲垣勝巳
携帯090-3954-4597
katumi-i@ma.ctk.ne.jp
※「可児市文化創造センター」は、名鉄名古屋駅から「新可児行き」50分、「日本ライン今渡」駅下車南600m、徒歩7分です。
「日本ライン今渡」駅から駅前国道を南へ歩くと、すぐに「エイデン」の二階建てビルが左手にあり、それを通り過ぎると、左手小高い位置に「文化創造センター」の大きな建物が見えてきます。
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27日深夜までかかって、映画『催眠・魂・生まれ変わりの真実』の監修者として最後の検閲をして、字幕等の間違いのないことを確認できたので、最終OKを出しました。なんと、28日のSAM前世療法セッションで、「神」を名乗る存在が降臨し、メッセージを伝えてきました。映画完成への励ましと霊的真理を広めることの叱咤が内容です。このタイミングでの不思議現象の感慨にふけっているところです。「伊藤にも伝えよ」ということでしたので、早速伝えました。
神の降臨の真偽はさておき、被護感に包まれてなんとも心地よい気分に浸りました。

2012年12月24日月曜日

「タエの事例」「ラタラジューの事例」の現時点での総括

前回まで、「ラタラジューの事例」、「タエの事例」の全セッション逐語記録と、拙著二冊の出版以後新たに解明できたことを逐語録にコメントして紹介してきました。
2005年の「タエの事例」から7年、2009年「ラタラジューの事例」から3年を経て、セッション当初は謎であったことを少しずつ解いてきました。
私は、この両事例の徹底的検証の結果をもって、少なくとも被験者里沙さんには生まれ変わりが実在している、と宣言してよいと思っています。生まれ変わりは、「信仰」などではなく「事実」なのです。
そして、一人に起きている生まれ変わりが、他の人たちにも起きている蓋然性は高いと判断しています。
なぜなら、他の人たちのSAM前世療法セッションにおいて、ラタラジューを呼び出したと同様の手続きによって、ラタラジューと同様の前世人格が顕現化するからです。
つまり、魂状態の自覚に至れば、魂の表層に存在する前世人格の顕現化が間違いなく起こるからからです。
しかし、検証可能な具体的内容を語る前世人格は、きわめて稀であることも事実です。
とりわけ、催眠中に起きた応答型真性異言は、イアン・スティーヴンソンの公表している二事例を加えても、世界で三事例しか在りません。
しかし、検証できないからといって、顕現化した前世人格がフィクションであるという断定は、「ラタラジューの事例」を前にしては、できるとは思われません。
こうして、幾多のセッションに現れた意識現象の累積から、私が、魂と生まれ変わりの実在を認める立場をとる理由は、
それが直感に著しく反していないからであり、
それを認めることが不合理な結論に帰着しないからであり、
その霊的現象が唯物論的枠組みからは説明できないからです。
SAM前世療法の作業仮説は、霊の告げた魂の構造を前提にして導き出したもので、良好な催眠状態に誘導し潜在意識を遡行していくと、意識現象の事実として、クライアントが「魂の自覚状態」に至ることが明らかになっています。
この魂の自覚状態に至れば、呼び出しに該当する前世人格が魂の表層から顕現化し、対話ができることもクライアントの意識現象の事実として明らかになっています。
ラタラジューも、こうして呼び出した前世人格の一つであるわけで、その前世人格ラタラジューが真性異言で会話した事実を前にして、魂や生まれ変わりの実在を回避するために、深層心理学的概念を駆使してクライアントの霊的な意識現象に対して唯物論的解釈することは、現行科学の知の枠組みに固執した不自然な営みだ、と私には思われるのです。
魂の自覚状態、前世人格の顕現化という意識現象に対して、事実は事実としてありのままに認めるという現象学的態度をとってこそ、SAM前世療法を実りあるものにしていくと思っています。
そして、クライアントの示す意識現象の諸事実は、現行科学の枠組みによる説明では、到底おさまり切るものではありません。
魂や生まれ変わりの実在を認めることを回避する立場で、あるいはすべて非科学的妄想だと切り捨てて、どうやって顕現化した前世人格ラタラジューの応答型真性異言現象の納得できる説明ができるのでしょうか。
ちなみに、スティーヴンソンも、「グレートヒェンの事例」において、真性異言で会話したグレートヒェンを名乗るドイツ人少女を「ドイツ人とおぼしき人格をもう一度呼び出そうと試みた」(『前世の言葉を話す人々』11頁)と記述し、呼び出された前世人格を「トランス人格」(前掲書9頁)と呼んでいます。
つまり、催眠下で前世人格を呼び出し顕現化させる、というSAM前世療法における私と同様のとらえ方をしています。
おそらく、この被験者も里沙さんのような高い催眠感受性を持ち、タエやラタラジューの人格同様、催眠下で一気に魂状態になり、その表層に存在している前世人格グレートヒェンが顕現化したと推測してよいように思われます。
「タエの事例」と「ラタラジューの事例」は、私にとって、まさに掌中の珠であり、私の人生で遭遇した僥倖でした。イアン・スティーヴンソンが世界中を二十数年かけて探し求め、わずか二事例しか発見できなかった応答型真性異言を、私自身のセッションで直接自分の手で確認できるなどということは想像すらできなかったことでした。
しかも、「ラタラジューの事例」は、応答型真性異言発話中の世界初の映像証拠を残しています。
ただし、タエにしてもラタラジューにしても、その実在が文書等の記録では確認できまませんでした。
生まれ変わりを裏づけるような証拠のように重大な問題においては、完璧なもの以外は証拠として受け入れられないと批判されるのであれば、この問題が重要であるからこそ、不完全なものであろうが可能性を示す証拠については、科学として検討するべきだと考えます。細部が不明、不完全であるという欠陥があろうと、重要なことについて確実なことを示す事実にこそ意味があると考えます。
そして、不完全であっても、重要なことについて確実なことを示す生まれ変わりの証拠は、これまでの海外の事例の諸研究によって、その証拠を根拠に生まれ変わりを認めることが自然ではないかと考えられるだけのものが蓄積されています。
さて、「タエの事例」、「ラタラジューの事例」は、それぞれ2006年、2010年にアンビリバボーに
取り上げられ証拠映像が部分的に放映されています。セッションの全容でなく部分的放映であったがゆえに誤解が生じ、様々な意見をいただきました。
そこで、この度、両事例の全セッション映像をドキュメンタリー映画として、ほぼ1年かけて自主制作してきた仕事が完成しました。
「タエの事例」を核として、児童生徒への教育催眠とSAM前世療法の二事例が前半2時間、「ラタラジューの事例」を核として、SAM前世療法による未浄化霊の意図的憑依実験、宇宙人の前世人格、守護霊としての前世人格という特異な事例を加えた後半2時間、合計4時間の映画です。
映像撮影・編集・監督を可児市在住の伊藤泰史氏、監修を私が受け持って作業にあたり、里沙さんの検閲でのOKが出ましたので、上映できる運びとなりました。
まずは、可児市とその周辺の公民館等小規模会場を巡回して上映会をすることになると思います。 
私は、自分では、けっして「生まれ変わり研究」オタクではないと自認しています。私をとりまく政治・経済の問題、原発問題、国家の安全保障問題等の諸問題について人並み以上の関心を寄せています。
そして、現状の日本と世界の先行きに不安と危機感を抱いています。
生まれ変わりが事実であること、霊的存在が実在することを証明し、発信することは、こうした現実の諸問題と無縁な、一見浮き世離れした仕事に思われるでしょうが、生まれ変わりを事実だと認めるならば、人間に対する見方、考え方は言うに及ばず、自然界のあらゆるものに対する見方、考え方も根本的な変更を迫られるはずだと思っています。
生まれ変わりを事実だと認める人々が、必ずや当事者性をもって、自分が生まれ変わるはずの地球、世界、日本の未来を真剣に考え、「生まれ変わる自分のために」、必要な政治的諸行動や経済的諸活動をおこなうだろうと期待をしています。
だからこそ、生まれ変わりという重要な問題を執拗に真剣に探究することが必要なのだと思っています。
生まれ変わりなど絶対に認めたくない人は、生まれ変わりを否定する証拠をもって反論する以外に方法はありません。
「タエの事例」、「ラタラジューの事例」を、生まれ変わりの証拠として絶対に認めたくない人のために、反証可能性に開かれているという意味を含めて、セッション全容証拠映像の公開が必要であると思ってきたところです。その思いがやっと叶いました。
生まれ変わりについて考えている、できるだけ多くの人に見ていただきたいと思っています。

2012年12月20日木曜日

生まれ変わりの両事例を語った被験者里沙さんの感想

ここに紹介するのは、タエ・ラタラジューの両事例を語った里沙さんの感想です。彼女は、生まれ変わりと魂の実在を揺るぎない事実だと認めていますが、 そこから何を考え、自分の生き方にどう影響を及ぼすことになってきたかを知るために書いていただいたものです。
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図らずも、二つの前世を思い出し、現世の私は少々混乱しています。
 
 今も時々フラッシュバックしたかのように、どちらかの出来事や言葉をふと思い出し、タエのことだろうか、ラタラジューのことだろうか、現世の私の幼少のことだったのかと考え込んでしまうことがあります。
 
 前世療法により、学んでもいないネパール語を話したことで、私の中では人は生まれ変わりの事実が確認できましたし、その経験を語ることが、もしかしたら人を救う一助になるかも知れないという思いもありますが、前世を思い出すことは、必ずしもよいことばかりだとは言えないとも思っています。
 
 なぜなら、どちらの人生でも、生きるということは過酷なものだと思い知らされるものでしたし、とりわけ戦争とは言え傭兵ラタラジューの敵を切り殺すときの生々しい快感を受け入れるには大変苦しい思いをしたからです。
  
 勝手なもので、タエの前世が出てきたときは何となく誇らしいような気持ちでいたのに、ラタラジューの前世は出来れば隠したいと思ってしまうのです。このような形でみなさんに公開してしまって、何と言われるだろうかと怖い思いでいっぱいです。頭では前世と現世の自分は違うものだと理解していても、決して気持ちのよいものではありません。
 
 また、いくら生まれ変わることを知ったといっても、やはり現世での親しい人、身内との別れは身を切るように辛く悲しいことに変わりはありません。来世では、また全く違う人生が始まりますから、現世との別離の思いは簡単に断ち切れるものではないのです。だからこそ、死後があると分かったとしても、みんな死を怖れるのではないでしょうか。
  
 さて、私は前世で死を迎える間際、そして死後の世界を体験しましたので、これからそのことを通して感じたままに、気づいたこと、あるいは揺れ動く気持ちを述べてみたいと思います。
  
 前述しましたように、死を怖れるのは現世が終わってしまう恐怖と、もう一つ未知の死後の世界への恐怖とがあると思います.死にゆく人は、死にたくない、誰か助けてと藁をもつかむほどの恐怖を感じることは確かです。それは、泥流に呑まれて死んだタエの死の直前に私が味わった感覚です。村を救うために自分の命を捧げることが出来てうれしい、と言ったタエが泥流で息絶えるその瞬間に「助けて、死にたくない」と叫んだ死への恐怖を現世の私は忘れることができません。
  
 でも、タエやラタラジューの死後の魂が、魂のふるさとの世界に導かれて行くと、現世では気づかなかったことが分かりました。現世に残してきた子どもや肉親、友だちが、実は同じ魂の世界の子どもであり同じ兄弟だったと何となく分かります。もちろん、母性愛や父性愛、慈愛を現世で学んだのですから、その感情を残したまま、もう一つの同志よ、兄弟よ、現世で頑張れとエールを送る気持ちが芽生えてきます。そして、今までに感じたことのない大きな安堵感に包まれ癒されます。
  
 先ほどラタラジューが、人を殺すことの快感を現世の私に味わわせたと述べましたが、このおぞましい快感の感情を乗り越えるのに、魂の世界の安堵感は大きな力をくれました。私の記憶に残っている、魂の世界の心地よさ安堵感は、人殺しの快感などとは比べようもなく、遙かに高貴で慈愛にあふれたものでした。そして、思い出した瞬間に、ラタラジューからの呪縛から解き放たれることができたのでした。 
  
 このように前世の生き死にを体験しますと、死自体はそんなに怖れなくてもよいと思えるのです。タエの死の間際の恐怖心も薄らいでいくのです。とは言え、実際に死を迎えるときは、このような覚悟も思いも忘れ果て、死にたくないと切に願うかも知れません。そうであっても、死を目前にした方には、大丈夫、怖がることはないですよ、と慰めではなく心からの真実として、私は声を掛けることができると思っています。
  
 この二つの前世を思い出したことによって、考えさせられたことがあります。それは、人は何のために生まれ変わるのだろうかということでした。
 
 生まれ変わるということは、魂を高めるために、現世で学び切れなかったものを来世で学び直すために、自ら願って生まれて来るのだと聞いています。人のために犠牲になることを喜んだタエ、人を殺すことの快感を喜んだラタラジュー、そして現世の私は、脊柱側湾症が悪化して、今は体幹障害という身体障害者の身となりました。
  
 いったい私の魂は、三度の生まれ変わりで、何が学び足らず、気づくことが出来なかったというのでしょうか。どの人生も過酷だった、生きることは決して楽ではなかったことを体験しました。では、私は前世を含めてほんとうに不幸だったのかと言うと、辛くはあっても不幸ではなかったと、むしろそ辛い中で幸せを見つけながら生かされてきたと思えるのです。だとしたら、生きる幸せとは一体どういうことなのでしょうか。
 
 私は、「自分が生かされていること」への感謝の気持ちが持てることのように思うのです。それは、そのように計らってくださっているにちがいない偉大な存在と、現世を生きていけるように支えてくださっている周囲の人々への心からの感謝の気持ちを持てることだと思うようになりました。
 
 タエは捨て子だったけれども、一六歳まで周りのみんなの助けで生きて来られました。だからこそ、その助けてくれた人々への恩返しのために人柱になることを「うれしい」と思えたことは幸せな人生だったと思います。
 ラタラジューも、人の犠牲のうえに生き長らえ、家族を持ち、七八歳で、「生きて人と平和な村を守る喜び」を学んだと言って死にました。その後のフラッシュバックで、村民から毒殺されたと語っていますが。
  
 二人とも、与えられた運命を一生懸命生きた、生かされた、人生だったと思えます。現世の私も、家族に恵まれ、障害はあっても一生懸命生きています。そして生かされているのだと思います。
  
 憑依した私の守護霊は、私の魂が急速な進化・成長を願って、自分で過酷な人生を選んだと告げているそうです。その間の記憶のない私には実感が湧きませんが、前世と生まれ変わりを確認できた以上は、守護霊の告げたことも真実だろうと思えます。だからといって、人生の悟りなどに容易にはたどりつけるものではありません。 
 
 この先にも、背中の痛みに苦しみ、自分の人生を呪うことや、健康な人をうらやむことが必ずあるにちがいないのです。悟りなどとはとても言えそうにない、そういう振り子のように揺れ動く自分の心をありのままに認め 、与えられた人生をもがきながら、その中にあっても生かされていることの幸せを忘れないで、一生懸命生きていくことでしか、私の魂の成長はないのだろうと思います。
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次回は、両事例に対する私の総括を述べる予定です。

2012年12月10日月曜日

「タエの事例」全セッション記録その8

その7からの続き
CL:沼地。・・・虫、虫!
CO:虫がいますか。刺しますか?
CL:(頷く)・・・ヒル。
※2009年5月の再セッション後、カトマンズ在住のソバナ文化人類学博士に9日間にわたってナル村現地調査を依頼した。その結果、ナル村には湿地が点在し、たしかに多くの蛭が棲息していることが確認できた。ソバナ博士に同行した夫君は油断しているうちに靴下の隙間から蛭が侵入して血を吸われてしまったという報告があった。ナル村もカトマンズもカトマンズ盆地内にあるが、カトマンズ盆地はもともと湖底であった所が隆起したもので湿地が多い地形となっている。
CO:でも、楽しいことがきっとある人生でしたよ。そこへ行きましょう。もう少し進めましょう。どんな楽しいことがありましたか?
CL:・・・。
CO:じゃ、指定しますよ。あなたは村長さんでしたからきっと楽しい食事ができたはずですよ。家族と一緒の夕食の場面へ行きましょう。三つで行きますよ。一・二・ 三。食卓を囲んでますか? ごちそうですか? 何を食べるんですか?
CL :トウモロコシ。
CO:そのまま食べるのですか?
CL:粉。蒸す。
※現在のナル村でもトウモロコシを使った料理が多い。
CO:パンみたいにして食べるのですか。ほかには何か食べるものありますか?
CL:イモ。
CO:ジャカイモ? サツマイモ? どんな芋でしょう。
CL:・・・イモ。
CO:何か牛乳みたいなものありますか? バターとか。
CL:ない。
※現地調査によれば、ナル村では牧畜をおこなっていない。したがって、乳製品は食べることはない。2009年5月の再セッションでも、ラタラジューは、コド(キビなどの雑穀)やダル(ダル豆のスープ)などを食べていると語っている。けっして豊かな食生活を送っていたとは言えないようである。
CO:それでは、あなたの人生を終える場面へ行ってみましょうね。その場面で、あなたがその人生で何を学んだのか一番よく分かりますよ。じゃあ、死の間際へ行きましょう。死はね、蝉が殻を脱いで飛び立つように、次の新しい人生へ飛び立つ入り口ですから、何も恐いことはありません。それでは三つ数えると、あなたの死の間際まで行きます。一・二・三。・・・今どこにいますか。
CL:家。寝てる。
CO:今、あなたはどうしてますか? 病気ですか、老衰ですか?
CL:老衰。
※2009年5月の再セッションでは、死の直前に腹痛を訴えている。そのセッション後にフラッシュバックしたラタラジューは、死因を村民から毒を盛られたためだと訴えている。
CO:年は何歳ですか。
CL:七八。
※4年後、2009年5月の再セッションでも、ラタラジューは死亡年齢をAth satori(8と70)、つまり78だと答えている。
CO:周りに誰かいてくれますか? 妻はいますか? 子どもは?
CL:妻はいる。子どもはそばにいない。
CO:その家族の誰かと、現世の里沙さんと深いつながりのある人はいませんか?
CL:いない。
CO:老衰で亡くなりますよ・・・。今、あなたは肉体を離れました・・・。あなたは、そのネパール人の人生で何を学びましたか? どんなことを学びましたか。
CL:生きて、人と、平和な、村を守る、喜びを、感じました。願わくは、字が読めるようになりたかった・・・。
※2009年再セッション後のフラッシュバックでは、ラタラジューは独裁権力を振るったため村民から恨みを買い、一家全員が抹殺されたと訴えたそうである。「平和な村を守る喜び」というここでの語りと、4年後のセッション後のフラッシュバックでの毒殺による一家抹殺の訴えとは大きな齟齬がある。その理由は不明である。
CO:ああ、あなたは、字が読めなかったのですか。
※ネパール人の識字率は2000年において、成人40%(女子20%)である。19世紀半ばに生きたラタラジューが、文字が読めないことは当然ありうると推測できる。なお、ネパール山村部の住民は、ほとんど年中畑にいて、他の地域に動くことはなく、国政や他の地域で起こっていることは、まず知らずに一生を終える生活だという。
CL:はい。勉強をしたかった・・・。
CO:あなたは今魂なんですが、次は里沙さんに生まれ変わるわけですか?
CL:はい。
CO:これまで、二つの人生を見てきました。これから、あなたは、現世の里沙さんの身体の中に戻りますよ。そのときには、この二つの人生で見た学びをしっかり生かして、これからの里沙さんの人生を、より充実して生きる力がきっと生まれていますよ。 いいですか。きっと素敵な人生を送れます。難病に耐えて、あなたは自分の使命を果 たす勇気と力を取り戻して、たくましく生きることがきっとできますよ。では、ゆっくり五つ数えます。目が覚めたときには、すっきりしてとても気持ちよく目が覚めます。そして、今の催眠中に起きたことは、すべてはっきり思い出すことができます。 いいですか、ではゆっくり戻りましょう。一・二・三。もう戻ってきますよ。四、もう身体に入りましたよ。五。さあ、これですっかり里沙さんの身体に入りました。ゆっくり、目を開いていいですよ。とっても疲れましたね。よくがんばりました。でも、がんばっただけのことはきっと起きますからね。きっとプラスになっていますからね。
※この2005年6月のセッション時点、4年後の2009年5月の再セッションの時点でも、ナル村の実在は確認できていなかった。2005年のこのセッション後、「ネパールナル村」で検索してもヒットしなかった。しかし、2009年のセッション後、再度「ネパールナル村」で検索したところヒットした。ヒットの理由は、海外青年協力隊の派遣先として政府関係の公報に掲載されたからである。ちなみに、ネパール地図を検索してもナル村は掲載されていない。カトマンズで手に入る地図には掲載されている。このようなナル村を、なぜ被験者里沙さんが知っていたのか、里沙さんが超ESP(万能の透視能力・テレバシーなど)でも発揮しないかぎり、通常の方法ではナル村を知ることは不可能だと思われる。そして、もっとも妥当な解釈は、前世人格ラタラジューがナル村に実在していたと考えることではないだろうか。
終わり

2012年12月8日土曜日

「タエの事例」全セッション記録その7

その6からの続き
これまで紹介してきた2005年6月4日の「タエの事例」に引き続いて、タエの次の生まれ変わりを探ったところ、ネパール人ラタラジューが顕現化しました。そして、4年後の2009年5月9日にラタラジューの応答型真性異言実験再セッションをすることに繋がっていきました。
CO:じゃあ、里沙さんの魂に戻ってください。あなたは、おタエさんが最初の人生で した。その後にも生まれ変わりを繰り返したといいます。里沙さんに生まれ変わる直 前の人生に戻ってください。その人生の一番楽しかった場面に戻りますよ。じゃ、三つ数えるとその場面をはっきり思い出すことができます。一・二・三。はっきり思い 出しましたか?
CL:・・・ラタ・ラジュー・・・ラタ・ラジュー。
CO:あなたは日本人ではないですか?
CL:ネパール。
CO:ネパール人?
CL:ゴルク。
CO:ゴルカ?
CL:ラー。ラタ・ラジュー。
CO:それは何語か分かりますか? 私の言ってること分かりますか? 今、お話ししたのは日本語ではないですね。何語でしょう?
CL:ネパール。
CO:ネパール語? で、なんてお話ししてくださったんですか? 翻訳してください。
※この時点で、ラタラジューを名乗ったネパール人村長が、ひょっとして日本語をネパール語に翻訳して会話するかもしれないと期待した。それが起これば、少なくとも朗唱型真性異言現象となり、日本初の真性異言現象の発見となるはずであった。被験者里沙さんがネパール語を知っている可能性はほぼゼロだと考えられたからである。
CL:・・・わたしは、ネパール、ナル村に住むラタ・ラジューという村長です。
CO:男性ですか。
CL:そうです。
CO:あなたの奥さんの名前は?
CL:・・・ラメリ。
※4年後の2009年5月の再セッションでもラタラジューを呼び出すと、妻はラメリだと答えている。
CO:子どももいますね。上の子の名前は?
CL:・・・アディス・クジャウス。
※この時点でアディス・クジャウスで一つの名前だと勘違いした。4年後の2009年5月の再セッションでラタラジューは、アディスが男の子、クジャウスが女の子だと答えている。
CO:そのネパール語で、あなたの一番楽しかった場面をゆっくりお話ししてください。
CL:・・・。
CO:お話しできませんか? その場面を是非ともお話ししてください。はっきり分かりますよ。それがあなたの前世を証明する証拠の一つになるかもしれません。ゆっくりと発音してくれませんか。
CL:・・・。
CO:じゃ、「わたしは、ネパールのナル村の村長です」ってネパール語で言ってくれませんか。
CL:アディドウーダ、イリ、ナル、アディス。
※この発音を二人のネパール人に聞いてもらったが、ネパール語であるかどうかは判断できないとの回答であった。その後、2009年3月に、Aru Vanda Eni Yada Aucha のように聞き取れるという別のネパール人からの鑑定があった。ただし、私の要求した意味ではなく、「他の人と比べると彼女を思い出させる」という意味だとのことであった。これだけ意味のズレがあっては、異言とは言えても、真性異言とは言えない。
CO:「わたしには子どもが何人いて、長男の名前はだれだれです」と言ってもらえませんか。
CL:・・・。
CO:はっきり思い出すことができますよ。あなたが生きた人生ですからね。ネパール 人として、村長として。「わたしには何人の子どもがいて、上の子の名前はこれこれです、下の子はこれこれです、妻はこれこれです」と言ってください。
CL:・・・んん。
CO:出てきませんか? それじゃ、これからゆっくり五つ数えるとはっきりと頭の中にすーっと浮かんできますよ。一・二。だんだん鮮明になってきました。三、ずーっとはっきりしてきた。四、もう当時の言葉がすらすら話せる状態ですよ。五。もう話せますよ。さあ、お話ししてください。
CL:・・・んん。
CO:じゃ、簡単にしましょう。「わたしの妻の名前はこれこれです」でいいですよ。 それなら言えるでしょ?
CL:アードウー、カドウール、ナトリ、メモリス。               
※前述「アディドウーダ、イリ、ナル、アディス」の発音の鑑定者はMa Aja kathmandu magai Mugulinと聞き取ったという。意味は「今日、私はカトマンズからムグリンへ行って」になるという。こうして2009年3月になってから、ラタラジューの発音した二つのネパール語らしきものは、私の要求した意味に翻訳されてはいなかったが、ネパール語であるという鑑定結果が出たのである。この結果を受けて、2005年5月9日にラタラジューの真性異言実験再セッションをすることとなった。
CO:じゃ、少し頭を冷やしましょう。これからちょっとの間休みましょう。また声を かけるまでゆっくり頭を冷やしてください。(5分ほど休憩)
では続けましょう。あなたが村長さんとして生きているネパールの国王の名前は分かりますか?                               
CL:グルカ。グルカ・コスターレス。
※検証の結果、この名前の国王は実在しないという結果であった。
CO:あなたが村長さんでいらっしゃる生きているのは何年ですか? 西暦で答えられますか? 西暦分かりませんか?
CL:西暦?
※ネパールでは西暦カレンダーを用いない。ネパール公式の暦はヴィクラム暦という太陰太陽暦で、1年の始めはグレゴリオ暦の四月中旬に固定されている。2012年はヴィクラム暦2069年に当たる。しかし、他民族から構成されているので、暦も数種類用いられている。ちなみに、現在でも村長クラスの家でさえネパール暦のカレンダーはないことが多い。2009年5月9日の再セッションでも、ラタラジューはカレンダーそのものが分からないと答えている。
CO:西暦が分かりませんか。何年のお話でしょう。
CL:五九歳。
※私の質問から推測すると、ラタラジューは五九歳時点で村長であったということか?
CO:あなたの年齢ですね、それは。
CO:何年のことか分かりませんか? 私が何を聞いてるか理解できませんか?
CL:分からない。
※後に分かるが、ラタラジューは78歳で死んでいる。「何年のことか分かりませんか?」という私の質問には答えようがないのである。カレンダーを知らないラタラジューに対して、この質問は愚問であった。
CO:そうですか。それじゃだめですね。国王の名前は分かるのですね。
CL:グルカ。
CO:そのときにカレンダーはないんでしょうか? あなたの生きている五十九歳のときの。
CL:カレンダー?
CO:ネパールにはカレンダーがない?(CL頷く)今、あなたはどこにいるのですか?
CL:畑。
CO:周りを見てください。何が見えますか?
その8に続く

2012年12月6日木曜日

「タエの事例」全セッション記録その6

その5からの続き
O:それはC分かっています。でも、おタエさんを記録した人はいませんでしょうか?
CL:女は、道具です。
※この偉大な存在者(守護霊)の語りは、当時の男尊女卑への痛烈な批判を含んだ冷徹な語り口であった。とりわけ、人柱になったタエが捨て子であり、記録にさえ残されることのないことへの怒りがこもっているように感じられた。、
CO:道具でしたか。それでは、おタエさんを育ててくれた名主の・・・?
CL:クロカワキチエモン。
※渋川市教委を通じて、渋川市史編集委員の郷土史家の蔵書の検索によって、当時の渋川村の名主が4名であったことが判明。そのうち一人がホリグチキチエモンであった。クロカワチエモンではなかった。2012年5月29日の再セッション(映画で公開予定)によって、クロカワキチエモンは、「クロカワのキチエモン」と呼ばれていたことをタエが語った。名主キチエモンの設置した吾妻川の船着場の石が黒かったので村の衆がそう呼んだという。つまり、「クロカワのキチエモン」は俗称であり本名ではなかった。本名をタエは知らないと語っている。ホリグチ家は初代以後明治になるまで当主は代々ホリグチキチエモンを襲名していることが判明。村の衆は、当代ホリグチキチエモンを先代、先々代と区別するために「クロカワのキチエモン」と俗称で呼んだことは信憑性が高いと思われる。タエが語った「クロダのキチエモン」も同様の俗称であった。こうして、このセッション(2005年6月4日)以来の謎であった、タエがクロダキチエモン、偉大な存在者がクロカワキチエモンと別性をそれぞれ語った理由の解決が、7年後の2012年になって決着した。ただし、なぜ、全部お見通しであるはずの偉大な存在者(守護霊)が、俗称の「クロカワのキチエモン」を語り、本名のホリグチキエモンを語らなかったのかという謎が浮上する。偉大な存在者(守護霊)は、本名を知っていて敢えて語らなかったということだろうか。偉大な存在者(守護霊)が本名をズバリ語ったとすれば、通常では検索不可能に近い資料でしか検索できないだけに、偉大な存在者(守護霊)の実在の可能性の濃厚な証拠になる。それを韜晦するための計らいがあるのかも知れない。あるいは、別姓の語られた謎に、私がどこまで肉薄できるのかを試されたのかも知れない。
CO:そのクロカワキチエモンと連れ合いのハツは名主でしたから、その記録は残っているでしょうか?
CL:残っています。
CO:どこへ行けばわかりますか? 図書館へ行けば分かりますか? それとも?
CL:・・・資料はあります。
※この偉大な存在者(守護霊)の語りも謎である。資料のありかをズバリ語らず韜晦しているとしか思えない。クロカワキチエモンがホリグチキチエモンであることの特定ができる資料は郷土史家の個人蔵書で確認できた。後の調査で、ハツの実在を確認できる有力資料である寺の過去帳は、同和問題の関係から開示はされていない。当時の人別帳は焼失して現存していない。墓石からの発見も、200年前の古い墓碑銘が読み取れず空振りであった。
CO:そこにハツの記録も残っているでしょうか? 多くのみなし子を育てたことぐらいは残ってるでしょうか?
CL:たくさんの文書は洪水で流され、田畑(でんばた)の帳簿、村の様子など書き記(しる)したものは、ほとんどありません。
CO:分かりました。そうすると、おタエさんの存在そのものの裏付けを取ることは、現在のわれわれには無理ですね。
CL:はい。
CO:ただ、馬頭観音のお堂の下に、おタエさんの左腕が、土石流の下に埋まっているのは間違いないですね。
CL:はい。
CO:なぜ、片腕が馬頭観音様の下に埋められることになったのですか?
CL:雷神様を乗せる馬を守るために、タエの左腕が供えられたのです。
※2012年5月のタエの再セッションで、タエは馬も一緒に橋の柱に繋がれていたと語っている。
CO:それは切り落とされたわけですか? 刀によって?
CL:そうです。
※左腕を切り落とされた重大事をタエは語っていない。これも大きな謎として残った。このセッションから7年後、2012年5月29日の再セッション(映画で公開予定)で、タエにと尋ねたところ、人柱として送り出される酒宴で、ご馳走とともにキチエモンから酩酊するまで酒を飲まされたこと、左腕を切り落とされたことは分からないが、左腕の付け根が「熱い」と語った。酩酊状態で鋭利な脇差しなどで一気に切り落とされた場合、「痛い」ではなく、「熱い」という感覚が残ることはありうるとの外科医の見解を得ている。おそらく、人柱として死を前にしたタエの恐怖心を麻痺させ、左腕を切り落とす痛みをなくすために酩酊させたと推測できる。
CO:それにタエさんは耐えたわけですか。
CL:そうです。
CO:それはタエさんが望んで腕を差し出したわけですか?
CL:違います。馬が必死で暴れるので抑えるために、タエの腕を馬の口取りのために馬頭観音に捧げることになりました。
※ここで言う「口取り」の意味を里沙さんは知らない。ビールの口取りなら知っているという。ここで言う口取りとは、馬の轡に付けた手綱を持って引くことである。この意味の口取りは現代ではほぼ死語であり、競馬関係者くらいしか用いない。
CO:分かりました。もう一つ、あなたは偉大な存在者なので、私の探究が許されるなら、魂がおタエさんの後、里沙さんに生まれ変わるまでの間に、もし、生まれ変わりがあるとしたら、そこへ里沙さんをもう一度行かせることはいいでしょうか?
CL:はい。
CO:ありますか、やっぱり。
CL:はい。
CO:あなたならすべてお見通しなので聞きますが、里沙さんの魂は、今までどれくらい生まれ変わりを繰り返したのでしょうか? 回数、分かりますか?
CL:長く繰り返している。
CO:一番古くはどんな時代でしょう?
CL:天明、タエが初。
※引き続いてのセッションで分かるが、タエ→ラタラジュー→里沙と3回の生まれ変わりをしている。
CO:もう一つ聞きます。その魂はいったいどこから生じるのでしょう?
CL:中間の世界。
CO:そうすると、あらゆる魂はもともと一つのところから生まれてくるのですか?
CL:中間の粒子が魂に生まれ変わります。
CO:中間の世界で粒子が魂になる。
CL:そうです。
CO:魂は永久に生まれ変わりを続けるわけでしょうか?
CL:粒子の色が消えると、生まれ変わりはなくなります。
CO:その魂は、中間の世界に留まることができるのですか?
CL:わたしの一部になります。
※この「わたし」とは、偉大な存在者であり、守護的存在である。魂がそうした存在の一部になる、という謎の語りは、偉大な存在者であり、守護的存在であるものがスピリチュアリズムが説く「類魂(グループソウル)」でもあると考えられる。ただし、同レベルの霊的進化・成長を遂げた魂の共同体である「類魂(グループソウル)」が、守護的存在として一つの意志を持つ人格のような働きをするということを聞いたことがない。しかし、スピリチュアリズムでは、生まれ変わりの旅に出る魂は、類魂全体の成長進化をも担って、類魂から分かれ出ると言われている。とすれば、類魂全体が一つの意志的存在として働くのかも知れない。このことを2009年5月の「ラタラジューの事例」セッションで、里沙さんの守護霊を呼び出して尋ねたところ、守護霊は類魂としての守護霊であると回答している。さらに、ハイヤーセルフと呼んでもいいとも回答している。
CO:分かりました。ありがとうございました。わざわざお呼び立てして、申し訳ありませんでした。でも、随分いろんな勉強になりました。
※ここで「タエの事例」は終了です。ただし、引き続いてタエの次の生まれ変わりを探ったセッションを続けました。そこで、ラタラジューが1回目の顕現化をすることになります。次回に紹介します。
その7に続く

2012年12月4日火曜日

「タエの事例」全セッション記録その5

その4からの続き
CO:さっき、あなたのおっしゃったことに勇気を得て、もう一つ聞きます。今、あなたが語ったことが、その時代に生きたおタエさんしか知り得ないことだという証拠を、私はつかみたいと思っています。その結果、前世というものが間接的にでも証明できたら、多くの人の人生観が変わって、特に死を間近にした人たちに勇気を与えることができると思っています。このセッションの場には、その研究をしていらっしゃる小野口さんという先生も来ています。そういう人のためにも、おタエさんしか知り得ないことで、でも、われわれが後で調べたら何とか分かるような、そういう証拠の話か物がないでしょうか? そんなことを聞くのは傲慢(ごうまん)でしょうか? もし、お許しがあれば、それを教えていただけないでしょうか。
CL:傲慢ではありません。タエは・・・左腕をなくしています。渋川村上郷、馬頭観音下に左腕が埋まっています。
※タエは、人柱になるに当たって、自分の左腕をなくしたことを一切語っていない。このような重大事をなぜ語らないのか謎であった。その謎は7年後(2012年5月)の再セッションで明らかとなった。このことは「その6」で記述する。
CO:それはおタエさんの左腕ですか?
CL:そうです。
CO:であれば、今は随分時代が下がってますから、骨になっていますね。
CL:そうです。
CO:その骨が、渋川村、上郷、馬頭観音の下ですか?
CL:そうです。
CO:下ということは、馬頭観音様は外に立っていらっしゃいますか? お堂の中ではない?
CL:お堂です。お堂の下を掘るとタエの左腕が出てきます。
CO:それが、タエが実際に存在した証拠になりますか?
CL:そうです。
CO:馬頭観音様が祀られているのはお寺でしょうか?
CL:馬頭観音は寺ではありません。小さなお御堂(みどう)です。
CO:それは現在でもありますか?
CL:あります。
※現渋川市上郷で小さなお御堂を供えている馬頭観音は一基ある。山手にある良珊寺参道脇の道を少し入った山林に囲まれた場所であることを現地で確認した。石の馬と並んで石灯籠状に祀られた馬頭観音であった。この石灯籠状のお御堂の銘文には「享保一五年(1730年)」と刻んである。天明三年は1783年なので50年余前に建立されている。これが偉大な存在者の告げた馬頭観音だと特定して間違いないであろう。
CO:おタエさんの左腕を探すためにはその床下を掘れということですか?
CL:土、下。
※石灯籠状の馬頭観音お御堂であるので、当然床はない。お御堂は直接土の上に建ててある。したがって、床下ではなく土下と告げている。「土、下」の意味が分かったのは、セッション後に現地の馬頭観音堂を確認してからのことである。
CO:どのくらい掘ったらいいのでしょうね?
CL:土石流で埋まっているので・・・。
※上郷馬頭観音お御堂付近の現地調査では、土石流の痕跡が確認できなかった。偉大な存在者は、私がタエの実在証拠を求めて掘り起こすことを予想して、土石流によって骨を見つけることができない、といった予防線を張ったのではないかと疑った。しかし、2012年になって、私の読者がネット検索によって渋川市のハザードマップを見つけ出した。ハザードマップによれば、上郷馬頭観音お御堂付近には、過去に土石流被害のあったことが確認できた。偉大な存在者の告げた「土石流に埋まっているので」という語りは本当であった。
CO:ちょっと掘れない。でも、埋まっているのは間違いない?
CL:はい。
CO:分かりました。それ以外に、もっと何とかなる方法で、おタエさんの存在を証明する何かがありませんか? たとえば、おタエさんを、村の人たちが供養のために何かしていませんでしょうか?
CL:何も残してはおりません。村は洪水で壊滅状態になりました。
※偉大な存在者の告げている「村」は、渋川村を指していない。「田畑少々水入る 人壱人流」が渋川村の被害報告である。壊滅状態にはほど遠い被害である。渋川村より上流の村々の洪水被害を指している。ちなみに、すぐ上流にある川島村(現渋川市川島地区)では「家百一三間(軒)、人七六人、馬三六疋」の被害報告があり、まさに壊滅状態であった。
CO:おタエさんのことは、郷土史か何かの記録には残っていませんか? 語り継ぐ人はいませんでしたか?
※「浅間焼泥押」被害に限らず、渋川市に伝わる人柱伝説の文書等の有無を渋川市史編集委員である郷土史家に調査していただいたが、人柱伝説の類は発見できなかったという回答を得ている。どうやら、タエの人柱については「何も残してはおりません」という偉大な存在者の語りはそのまま受け取るしかないようである。村人が何も残していない理由を、このあとで「女は道具です」という語り方で、偉大な存在者は冷徹に言い放っている。
CL:たくさんの人が浅間山の噴火を記録しました。
その6に続く

2012年12月2日日曜日

「タエの事例」全セッション記録その4

その3からの続き
ここからは、里沙さんに憑依してもらった「偉大な存在者」、いわゆる彼女の守護霊との対話である。この守護霊との対話は25分間続いた。これは、催眠を用いて、意図的に憑依させた霊との対話実験というほうが適切である。この守護霊との対話実験は、この場で思いついたインスピレーションである。タエの魂が「偉大な存在者」と出会い、対話できたことを報告したので、それならばその存在と私が直接対話することが可能であるかどうか、試みることを思いついたわけである。この守護霊との対話は25分間続いた。前世療法中に、こうした霊的存在との対話実験がおこなわれたという話を、私は寡聞して知らない。私にとって、初めての冒険的試みであった。
CO:じゃ、一つ聞きますよ。そのあなたのいる魂の世界に、たとえば、私の愛する人が待っていて、生まれ変わりがまだなら、私もそこへ行けば会えますか?
※この質問は、セッション見学者小野口裕子氏(現可児市教育委員)から依頼されていた。機会があれば是非探ってほしいと依頼されていたので、質問してみたということである。
CL:はい。会えます。
CO:もう、生まれ変わりをしていたらどうなりますか?
CL:必ず出会います。
CO:生まれ変わりをしていても出会えますか、魂どうしは?
CL:はい。
※先に他界し、生まれ変わりをすでにしている魂に、後で他界した魂が、霊界でにおいてなぜ「必ず出会える」のか? 里沙さんの守護霊との対話実験再セッションでその謎を告げられている。霊界において魂は、「類魂(グループ・ソウル)」という、魂どうしがひとまとまりの集団を形成しているという。生まれ変わりは、この類魂から一個の魂が分離され生まれ変わりの旅に出る。ただし、分離するとはいえ、類魂に分身を残している。したがって、霊界には分身としての魂が常在しているということになる。だから、後で霊界に来た魂は、先に霊界に来ている「魂の分身」と「必ず出会える」ということらしい。彼女の守護霊は、自分は霊界では異例の存在だと言う。その訳は、自分は稲垣に霊界の消息を教えることが使命になっているからだということであった。こうした経緯があるので、私は里沙さんの守護霊を信頼し、憑依してもらっては霊界の情報を入手している。霊的現象や霊界のことは信頼できる霊界の住人に聞け、というのが私の探究方法である。
CO:もう一つ聞きますよ。今、あなたは偉大な存在者そのものになっていますね。じ ゃあその方は、時間も空間も超越していますから、今、私が、こうやって前世療法のセッションをしていることも、きっとお見通しのはずですね?
CL:はい。
CO:じゃ、聞きます。多くの人が、前世のことは現世に生まれ変わると、忘れて出てきません。でも今、里沙さんは深い催眠状態で前世のことを語ってくれましたが、もともと人間は、前世のことを忘れて生きるようにできていますか?
CL:はい。
CO:それを、無理矢理こうやって、催眠によってほじくり出すことは罪なことでしょうか? どうでしょう。
※この問いは、前世療法に携わるようになってから、私が抱き続けてきた畏れである。
CL:そうではありません。人を救う手段であります。人を救う手段であれば、罪なことではありません。あなたは、それができる人なので、たくさんの人を苦しみから救うことが使命であると。
※この守護霊の回答は、裏を返せば、人を救う以外の目的に用いてはならないということである。
CO:私の使命ですか。
CL:そうです。
CO:であれば、私がこうやって前世療法をやった後は、二人の人からとっても憔悴(しょうすい) しているように見えるそうです。命を縮めているんじゃないかって言われています。そういうことになっていますか? どうでしょう。命を縮めることですか。
※実際、この「タエの事例」のセッション直後には疲労困憊し、膝ががくがくになって歩行がままならない状態に陥った。前世療法は、セラピストの命を縮める所業ではないかと真剣に心配していたのである。
CL:違います。できる限りたくさんの人を救います。
CO:分かりました。じゃあ私は、それを自信を持ってやっていいのですか?
CL:はい。
CO:他に、私に伝えておかなければならないことがあれば、どうぞおっしゃってくだ さい。
CL:世界にたくさんの悩める人がいます。必ず出会います。力を尽くすよう。力を尽くしてお救いください。
CO:はい。私はそういう道を進むのが使命ですか?
CL:そうです。
CO:もう一つ聞きます。大きな謎ですよ。おタエさんは、人柱となって一六歳で短い 一生を終えました。そのおタエさんの魂が、今、平成の現世では里沙さんとして生まれ変わっています。その里沙さんは、側湾症という治る見込みのない苦しい病に罹(かか)っています。なぜ、苦しみを二度も味あわねばならんのですか? いかにも不公平な人生ではありませんか。そのわけは何でしょう?
CL:魂を高め、人を救う道に位置付きし人です。
CO:里沙さんがそういう人ですか。
CL:そうです。
CO:じゃあ、側湾症になるということも、里沙さん自身が、あなたのいらっしゃる中間世で決められたことなんですか?
※「中間世」と「霊界」とは同義として用いる。中間世は前世療法でもっぱら使用される。霊界という用語は宗教色が濃厚であるので敬遠されていると言えよう。
CL:そうです。
CO:それは、里沙さん自身が魂として選んだ道なんですか?
CL:「わたし」が選びました。
CO:「わたし」とは、魂の「わたし」なのか、それとも偉大な存在である「わたし」 のことですか? どちらですか?
※この質問のニュアンスは微妙である。後に分かってくることであるが、「偉大な存在者である私」は類魂そのものである、と「偉大な存在者」が答えている。したがって、「魂のわたし」は、類魂を構成している存在であり、類魂である「偉大な存在者」の構成員でもあることになる。推測するに、類魂の一員としての里沙さんの魂が、類魂全体の意志を担って魂を高めるための生まれ変わり(脊柱側湾症の苦難の道)を選んだということであろう。つまり、類魂とそこに所属する里沙さんの魂とは一体であり、不可分の存在だと思われる。そして、類魂においては、そこに所属する個々の魂どうしが、それぞれの生まれ変わりにおいて獲得してきた智慧を分かち合い、類魂全体の霊的成長・進化を図るようになっていると言う。ただし、このセッション時点で、私には上記のような霊学的知識の素養はまったくなかった。
CL:魂の「わたし」が選びました。
※「魂のわたし」とは、「類魂全体としてのわたし(偉大な存在者)」でもある、と解釈してよいと思われる。
CO:もし、そのことを現世の里沙さんがはっきり自覚できたら、彼女は救われるでしょうか?
CL:救われます。
CO:その苦しみを乗り越えるだけの力を得ることができますか?
CL:できます。
CO:また、聞きますよ。お答え願えますか? 浅間山の噴火のときに雷が起きましたか?
※噴火による火山灰の摩擦によって火山雷と呼ぶ雷が生じる。天明三年浅間山大噴火の火山雷のすさまじさは、当時の絵図に描かれている。
CL:はい。
CO:そのことを、雷神様と人々は言うのでしょうか? 雷のことを。
CL:そうです。まだ、噴火、自然現象は分からない人たちですから、魔物のせいだと思ったのです。
CO:龍神様はなんのことでしょう?
CL:浅間山は信仰の山です。龍神が祀られています。
※浅間山に龍神信仰があったことは、浅間山麓嬬恋村の住人によって確認した。「偉大な存在者」はいい加減なことを告げているわけではない。
CO:その龍神が、お山が火を噴いたために住めなくなって、川を下るというように人々は思ったわけですね。
CL:そうです。
CO:それから、そのときの噴火によって空が真っ暗になって、日が射さなくなって、 火山灰が降り注いで、農作物は不作になりますよね。その結果、下界ではどんなこと が起きたのでしょう?あなたはご存じのはずですが、教えてもらえますか?
CL:噴火による土石流で川が堰(せ)き止められ、そのため洪水が起き、たくさんの人が亡くなりました。
※この事実が「浅間焼泥押(あさまやけどろおし)」と呼ばれる大泥流洪水の被害である。吾妻川、利根川流域で流死者1500人あまりが出た。この時点で、私はこうした史実をまったく知らなかった。もちろん里沙さんも知らない。それは2009年のポリグラフ検査で確認できた。
CO:その川の名前が吾妻川でしょうか?
CL:そうです。利根川の上流になります。
※私は吾妻川の実在はもちろん、それが利根川の上流で合流していることもまったく知らなかった。もちろん、里沙さんも知らない。里沙さんの知らない「浅間焼泥押」の被害や吾妻川が利根川の上流になっていることを「偉大な存在者」が語っている。里沙さんが、超ESP(万能の透視能力やテレパシー)を用いて、「浅間焼泥押」被害や吾妻川の情報を入手して、「偉大な存在者」として役割演技をして語っているという、超ESP仮説および、催眠学による説明、つまり、里沙さんの心の力ですべて説明するには無理があると私は思う。ちなみに、私は、このセッションで、宗教色を薄めるために「偉大な存在者」と表現しているが、守護霊と呼ばれている存在と同義である。
その5へ続く

2012年12月1日土曜日

「タエの事例」全セッション記録その3

その2からの続き
ここから先は2006・10月のアンビリでは一切放映されていません。
私に言わせれば、生まれ変わりの真実を探究するとすれば、この先こそ重要なのです。
ここからはタエが魂として肉体を離脱したあとの、霊界に在ったときの記憶を探るという形をとっています。
CO:身体から抜けましたか? 抜けましたか? あなたはどこにいますか?
CL:・・・暗い。
※この「暗い」所とは、臨死体験者が、死後魂として霊界に向かう過程で共通して報告する「トンネル体験」だと思われる。里沙さんは、臨死体験関係の著作を読んだことはない。
CO:じゃあ、その先へ行きましょう。・・・穏やかな気持ちで、今いますか?
CL:はい。
CO:もう暗くはありませんか?
CL:はい。
CO:どんなふうですか? 言葉にしにくいかもしれませんが、できるだけたとえてみたら、どんなふうですか?
CL:・・・うーん、明るい・・・光の、世界。
※いわゆる「トンネル体験」を経て霊界に至った記憶だと思われる。
CO:あなたには肉体はあるのですか?
CL:ありません。
CO:意識だけがあるのですか? 意識って分かりますか? 心。
CL:「わたし」です。
CO:「わたし」がいるだけ? 身体はないのですか? じゃ、あなたが男か女か分かりますか?
CL:分かりません
CO:ほかにも、あなたのように「わたし」だけという存在を感じますか?
CL:はい。
CO:その世界で何をしているのですか?
CL:・・・浮かんでいます。
CO:ずーっと永遠に浮かんでいるのですか?
CL:上へ上へと、行く。どんどん、光の中を。
CO:で、「わたし」という存在のことを、魂と呼んでいいのですか?
CL:はい。
CO:魂のあなたは、そこにずーっと居続けるわけですか?
CL:・・・入れ替わります。
CO:「わたし」が入れ替わるとは、また誰かに生まれ変わるということですか?
CL:はい。
※この返答は後になると「分かりません」になっている。生まれ変わることについて、魂のタエは知っているのか、知らないのか判然としない。
CO:それまでその世界にいるわけですか。で、その世界の居心地はどうですか?
CL:気持ちいいー。
CO:また生まれ変わりたいと思わないくらい気持ちがいいのですか?
CL:・・・分かりません。・・・生まれ変わる?
※あとで守護霊が語ったところによれば、里沙さんの魂は、タエが最初の人生である。したがって、タエ以外の前世はないことになる。ということで、生まれ変わりの意味が分からないと答えていると解釈できる。
CO:次に生まれ変わるのが、もう嫌というぐらい居心地がいいのですか?
CL:・・・分かりません。
CO:実は、その時間も空間も超越した世界のことを中間世って呼びます。そこには、 あなたの次の人生を、どう生きたらいいのかを導いてくれる、偉大な存在者がいると 言われています。でも、その存在者がどんなふうかは私には分かりません。あなたには分かるはずです。その存在者とコンタクトはできますか?
CL:はい。
CO:その姿が見えますか?見えたらどんなふうか、お話してください。
CL:大きい人。髪と髭が白くて巻き毛で長い。眉も長い。鼻は大きい。目も大きい。 唇は厚い。
CO:異国の人ですか? そうではない?
CL:そうです。
CO:肌の色は?
CL:赤黒い。
※セッション後の里沙さんの記憶では、この「偉大な存在者」が赤黒い肌に見えたのは、後光が差しており、逆光の中で顔の色が赤黒く見えたということであった。したがって、異国の人のような感じがしたということであった。
CO:どんな衣装を着けてみえますか?
CL:白い・・・マント? ・・・。
CO:ローブみたいなものですか?
CL:(頷く)
CO:その方はあなたのそばにみえますか? じゃ、コンタクトはとれますか?
CL:はい。
CO:じゃあ、私がいくつか尋ねるので、あなたからその方に尋ねて、答えをもらってください。そこでは言葉がいりますか?
CL:いりません。
CO:心で思ったことが、ストレートに相手に伝わるわけですか。(CL頷く)じゃ、 尋ねます。あなたがわずか一六歳で、みなし子として貧しい生活の中で生きてきて、 そして、みんなのための犠牲になって死ぬわけだけど、その短い人生で、あなたが学ばなければならなかったことは何でしょう? 私から見ると、ただ悲しいだけの人生 に思えるんだけど。その方に聞いてみてください。なぜ、あなたはそんな人生を歩まなければならないのでしょう? 答えが返ってきたら教えてください。
※ここからは、魂となっているタエの霊界の「記憶」の想起ではない。「偉大な存在者」とタエの魂との現在進行形の対話に移行している。セラピーをおこなっている私は、「里沙さんがタエであったときの前世の記憶」とし扱っていたはずなのに、知らぬ間に、「タエが魂状態に在る現在」として扱っているという時制の混乱を起こしている。この奇妙な時制の混乱は、里沙さんが前世の記憶に在るタエを語っているのではなく、タエという存在は、里沙さんとは別に、今、ここに、顕現化している前世人格だという扱いを、無意識的に私がしていることから生じている。こうした分析がきっかけとなって、「前世の記憶」として扱うことから、「前世人格の顕現化」として扱うことへと考え方を大きく転回するSAM前世療法の理論的基盤が生まれることとなった。そして、このセッションから1年半後、私あて霊信(2007,1,11~2,14)の告げた魂の二層構造によって、SAM前世療法の明確な作業仮説の骨格が与えられることになる。
CL:・・・みなのために、村を救う、みなを、幸せにするために、生きる人生だった。
CO:あなたは、今、満足していますか? 自分のタエという人生を振り返って。
CL:はい。
CO:もう一つ聞いてもいいですか。今度は、できればあなたの口を借りて、その偉大な存在者とお話することはできないでしょうか? 要するに、あなたに乗り移るということですよ。直接にその方の言葉で、伝えてもらえないでしょうか? できなければ無理は言いません。できたら、それをやってみたい。できますか?
※この試みは、守護的存在との現在進行形の対話を企てたということになる。この試みを提案した私は、明らかな自覚として、今、ここに、里沙さんに乗り移った(憑依した)守護的存在と、対面することを望んだのである。もはや、里沙さんの前世記憶という扱いを放棄している。そして、里沙さんに霊媒としての役割を担ってもらい、守護的存在と交霊しようと試みたということになる。
CL:・・・はい。
その4に続く

2012年11月30日金曜日

「タエの事例」全セッション記録その2

その1からの続き
CO:あなたが人のために犠牲になることをなんて言うんですか?
CL:お供えに。・・・馬も。馬。ばと様。ばと様。・・・馬頭観音様。
※馬頭観音を「ばと様」と呼ぶことを里沙さんは知らない。里沙さんの周辺地域には馬頭観音を祀ってあることが稀である。なお、渋川市上郷良珊寺の僧侶より、現在でも「ばと様」という呼び方が現地に残っていることが確認出来ている。ちなみに、このときの私には、「ばと様」という意味がまったく理解できなかった。
CO:馬頭観音様と一緒に? ふーん。
CL:雷神様は馬に乗ります。龍神様はわたしを乗せて行きます。
CO:龍神様というのは吾妻川のことですか?
※2006年アンビリ放映では渋川市教委小林氏が、吾妻川を龍神に見立てたのであろう、という推測を述べているが、そうではなく、タエの言うように、浅間山に龍神が住まうと当時の村人は考えていた。吾妻川そのものを龍神と考えていたわけではない。浅間山に龍神信仰のあったことは、浅間山麓嬬恋村住人から確認している。
CL:浅間のお山に住む龍神様です。熱くて、住めないので、川を下ります。
CO:お山が熱くて住めないので、浅間山から川を下る龍神様に、あなたが乗るということですか。じゃ、今あなたはどこにいるのですか? 川の中ですか?
CL:はい。
CO:川の中でどんなふうにされているんですか?
CL:白い着物を着て、橋の柱に縛られています。
※この橋は現存していない。当時の街道を結ぶ橋のあったことは事実で、その場所は現地調査で確認している。再セッションでは、雷神を乗せる馬も、タエとともに橋の柱に繋がれていたと語っている。当然、馬も流されているはずであるが、渋川村の流失人馬の被害の中に、馬の記述はない。流されることが自明のことなので被害として計上されなかったと思われる。タエも同様に流死することが自明であったはずであるが、さすがに人の流死は伏せることができなかったのであろう。「人壱人流(ヒトイチニンナガル)」の記録がされている。
CO:それは自分から縛ってもらったのですか?
CL:はい。
CO:じゃ、川岸では誰かあなたを見守ってるでしょ?
CL:行者様。導師様。みんないます。
CO:あなたの村では他にも犠牲になった人はいますか? 人々のために。
CL:いません。
CO:他の村でも、そういう話を聞きましたか? 人柱って言うんですよ。
CL:知らない・・・。・急ぐの・・・急ぐ。
CO:急ぐ?
CL:急ぐ! 時間がない。
※天明三年七月八日(旧暦)午前10時頃の浅間山大噴火の火砕流(鎌原火砕流)で堰き止められた吾妻川上流部のダムによって下流の流れが一時的に止まった。やがてダムは決壊し、未曾有の大泥流が一気に流れ下った。200km下流の伊勢崎市には午後3時に押し寄せた記録が残っている。この事実から計算すれば、渋川村辺りに大泥流が押し寄せたのは決壊後約2時間程度のことになる。この史実から推定すると、タエの死亡は七月八日正午前後になる。
CO:それで、そうやって人のために犠牲になると、みんなが供養してくれませんか?
お地蔵さんかなにかに祀られませんか?
※一般に人柱の犠牲者を供養するために、地蔵尊などを祀ることが多い。こうした供養の事実を地元郷土史家に調査していただいたが、タエの人柱供養のための地蔵尊、供養塔などの言い伝えは渋川市には残っていないとの回答を得ている。上流の村々の多数の流死者被害に紛れて、タエの供養どころではなかったかもしれない。ただし、渋川村の流死者は「人壱人流(ヒトイチニンナガル)」となっている。他の村々の流死の記述は「人、○○人」となっており、渋川村に限って流死者の数の後に「流」が付け加えられている。意味深な記述に思われる。
CL:分からない。
CO:あなたは自ら望んで、みんなのために、人柱になったのですね。
CL:(頷く)・・・うれしい。(微笑む)ごちそう食べて、白い着物着て。
CO:その着物って絹ですか?
CL:花嫁衣装。
※タエは、やがて起こる大洪水から上流の村々を救うために、吾妻川を下る龍神の背に乗る花嫁として人柱になるということ。そのタエを送り出すための酒宴がおこなわれたと再セッションでタエは語っている。そこで、タエはキチエモンに勧められるまま、意識朦朧となるまで飲酒させられたとも語っている。
CO:花嫁衣装で。あなたは、今、何歳?
CL:一六。
CO:一六歳ですか。川岸にキチエモンさんの姿見えますか? それで川の水は増えているんですか?
CL:昼間だけど真っ暗で提灯が・・・ 分からない。
※浅間山から東南東に50km離れている渋川村で、大噴火の噴煙で「昼間でも真っ暗で提灯が必要」というタエの語りは誇張のように思われる。しかし、当時の日記に東に60km離れている伊勢崎市でも「七月七日(旧暦)昼になっても暗夜のようだ」と記述されている。また東南東62km本庄でも「七日、14時頃にわかに暗くなり闇となった。往来の人は提灯を使う」と当時の記録(『天明度沙降記』)にある。こうした史実に照らせば、タエの「昼間だけど真っ暗で提灯が」という語りが、真実を語っていることに間違いない。ちなみに、七月七日深夜に大爆発があり、吾妻火砕流が起きている。翌八日午前には鎌原火砕流を起こした大爆発が続いて起きている。
CO:なぜ昼間なのに暗いんでしょう? 分かりますか、そのわけが。
CL:お山が火を噴いてるから。
CO:煙で暗いわけですか。太陽が遮られて。(CL頷く)そういうことですか。それで昼間に提灯がいるくらい暗い。あなたのいる川の水は今どんどん増えていますか?
CL:は、は、はい。増えてます。ウウーククー。苦しいー。ハア、ハア。ググッウー ウウー・・・ハア、ハア・・・。                      
CO:どんどん増えてますか? 大丈夫ですよ。苦しいですか?
※ここでタエは泥流に呑まれて溺死する。このタエの溺死の苦悶が里沙さんに再現され、その苦しさ筆舌に尽くしがたいと言う。したがって、タエの再セッションを7年後の2012年5月まで許可していただけなかった。そして、この再セッションにおいても、突然溺死場面に戻ることが起き、その苦悶はすさまじかった。このことは証拠映像に撮ってあるので、今回制作の映画の中で公開される。
その3へ続く

2012年11月28日水曜日

「タエの事例」全セッション記録その1

『催眠・魂・生まれ変わりの真実』と題したドキュメンタリー映画制作にあたって、「タエの事例」のセッション全記録映像を前半のメインとしました。
タエの台詞を字幕で入れる作業が終わりましたので、その過程で、2005年6月4日のセッション以後、今日までの7年半の間に、新たに分かってきたことを※印のコメントを加えて公開します。
なお、COはカウンセラーの筆者、CLはクライアント里沙さんの略です。
CO:さあ、これであなたは、時間も空間も関係のない次元に入りました。もし、あなたに、今の人生のほかにも人生があったら、そこに自由にどこへでも行くことができ ます。でも、最初にこの前行った江戸時代へ行ってみましょう。何も心配したり怯(おび)え ることはありません。私が付き添ってガイドしますからね。それでは、これから三つ 数えます。そうしたら天明の時代に生きたあなたの楽しい場面にまず行ってみましょうか。いいですか、天明に生きたおタエさんの一番楽しい場面に戻りますよ。一・二 ・三。さあ、あなたはどこで何をしていますか?
※一番楽しい場面に戻る、という暗示をしたのは、前回3ヶ月前のセッションで、タエ溺死の場面に戻りてパニックになったことが分かっているので、それを避けるためである。
CL:・・・桑畑で桑の葉を摘んでいます。
CO:あなたのお名前は?
CL:タエ。
CO:それで、桑畑には他にもあなたの知ってる人がいますね。誰がいますか?
CL:・・・働いてる。
CO:働いてる? あなたの親とか兄弟はいませんか? あなたは一人ですか?
CL:はい。
CO:あなたはみなし子ですか?
CL:はい。
CO:今あなたは何歳ですか?
CL:一三。
CO:一三歳ですか。あなたがみなし子だった事情を誰かから聞いていませんか?
CL:捨てられてた。
CO:気がついたときには、赤ちゃんで捨てられていたのですか?
CL:そう。
CO:それで、あなたを育ててくださった人がいますね。どんな人ですか?
CL:安永九年(一七八○年)、渋川村、上郷(カミノゴウ)、名主クロダキチエモン。
※渋川市教委を通じて、渋川市史編集委員の郷土史家の蔵書の検索によって、当時の渋川村の名主が4名であったことが判明。そのうち一人がホリグチキチエモンであった。クロダキチエモンではなかった。2012年5月29日の再セッション(映画で公開予定)によって、クロダキチエモンは、「クロダのキチエモン」と呼ばれていたことをタエが語った。名主キチエモンの田畑の土が黒かったので村の衆がそう呼んだ。つまり、「クロダのキチエモン」は俗称であり本名ではなかった。本名をタエは知らないと語っている。ホリグチ家は初代以後明治になるまで当主は代々ホリグチキチエモンを襲名していることが判明。村の衆は、当代ホリグチキチエモンを先代、先々代と区別するために「クロダのキチエモン」と俗称で呼んだことは信憑性が高いと思われる。
CO:クロダキチエモンがあなたの義理のお父さん。キチエモンさんの連れ合いであなたの義理のお母さんは?
CL:ハツ。
※ハツの実在を検証するため、渋川市上郷の良珊寺にあるホリグチ家の墓碑を探したが、古い石塔は苔むして文字が判読不可能で特定に至らなかった。残る検証方法は良珊寺に残る過去帳で検索することであるが、差別戒名の問題によって過去帳の公開は禁止となっている。なお、当時の人別帳は焼失して残っていない。
CO:クロダキチエモンさんとハツさんご夫婦に、あなたは育てられたわけですね。あなたが捨てられていたことは、そのお父さん、お母さんが話してくれたわけですね?
CL:(頷く)・・・たくさん。
CO:たくさん拾われた子どもがいるんですね。キチエモンさんは、そういう篤志家(とくしか)ですか。渋川村の名主さんですね。渋川村というのはどの辺りですか?
※渋川村は、現群馬県渋川市となっている。渋川市には上郷(カミゴウ)の地名が残っており、天明年間は(カミノゴウ)と呼ばれていたことが判明。渋川村が現渋川市として存在していることを、私を含めて8名全員が知らなかった。 
CL:上州、上野(こうずけ)の国。
CO:あなたは今一三歳で、年号は何年ですか?
CL:安永九年。(一七八○年)
※安永は九年で終わっていることがセッション後判明。安永という年号があることは、私を含めてその場の見学者7名全員が知らなかった。
CO:はあ、安永九年で一三歳。で、今、桑畑にいる。それがなぜ一番楽しいのでしょう?
CL:桑の実を摘んで食べる。
CO:桑の実を食べるんですか。口の周りどんなふうになってるか分かりますか?
CL:真っ赤。(微笑む)おカイコ様が食べる桑の木に実がなる。
CO:それならどれだけ食べても叱られることないんですか。ふだんはやっぱり遠慮がちなんですか? (CL頷く)拾われてるから。あなたと同じように拾われた兄弟も 一緒に葉を摘んでますか? (CL頷く)楽しそうに。(CL頷く)じゃ、ちょっと 夕飯の場面に行ってみましょうか。三つで夕飯の場面に行きますよ。一・二・三。今、 夕飯の場面ですよ。どこで食べてますか?
CL:馬小屋。みんなも。
CO:下は?
CL:ワラ
CO:どんな物を食べてますか?
CL:ヒエ。
CO:ヒエだけですか。おかずは?
CL:ない。
CO:ヒエだけ食べてるの。白いお米は食べないんですか? (CL頷く)だからあまり夕飯は楽しくない。で、みんなとどこで寝るのですか?
CL:馬小屋。
CO:馬小屋で寝るの。お布団は?
CL:ない。
CO:寒いときは何にくるまるのですか?
CL:ワラ。
CO:ワラにくるまって寝るの。あなたの着てる物を見てごらんなさい。どんな物を着てますか?
CL:着物。
CO:着物の生地は何でできていますか?
CL:分っからない。
CO:粗末なものですか。(CL頷く)手を見てごらんなさい。どんな手になってます か?
CL:きれいな手じゃない。
※キチエモンは捨て子を拾い育てているが、おそらくは農作業の労働力として使役するためであろう。したがって、牛馬同様の過酷な扱いをしていたと考えられる。
CO:じゃ、もう少し先へ行ってみましょう。三年先へ行ってみましょう。悲しいことがきっとあると思いますが、その事情を苦しいかもしれませんが見てください。どうですか? で、三年経つと何年になりますか?
CL:天明三年。(一七八三年)
CO:天明三年にどんなことがありましたか? 何か大きな事件がありましたか?
CL:あ、浅間の山が、お山が、だいぶ前から熱くなって、火が出るようになって・・・。
※天明三年五月あたりから浅間山が断続的に大噴火を始めた。七月に入ってますます噴火が激しくなり、遂に七月七日夜にかけて歴史的大噴火を起こした。この夜の大噴火によって、鎌原大火砕流が発生し、このため麓の鎌原村はほぼ全滅、火砕流は吾妻川に流れ込み、一時的に堰き止められた。半日後に火砕流によるダムが決壊し、大泥流洪水となって吾妻川沿いの村々を襲った。この大泥流洪水の被害報告が、『天明三年七月浅間焼泥押流失人馬家屋被害書上帳』として残っている。この大泥流に流されてきた噴火による小山のような岩塊が、渋川市の吾妻川沿いの川面から数メートル高い岸辺に流れ着いて、「浅間石」と名付けられて現存している。
吾妻川沿岸55か村におよぶ被害は、流死1624名、流失家屋1511軒であった。ちなみに、渋川村の上流隣村の川島村は、流死76名、流失家屋113軒、流死馬36頭であり全滅状態であった。ただし、渋川村の被害は「田畑少々流水入 人壱人流」となっており、流死はたった一人であった。こうした事実はセッション後の検証で判明した。
CO:火が渋川村から見えますか?
CL:うん。
CO:噴火の火がみえますか?
CL:ふんか?
※天明の頃には「噴火」という語は無く、浅間山の噴火を「浅間焼」と言った。
CO:噴火って分かりませんか? (CL頷く)分からない。火が山から出てるんですか?
CL::熱い!
CO:煙も見えますか?
CL:は、はい。
CO:じゃ、灰みたいな物は降ってますか? そのせいで農作物に何か影響が出てますか?
CL:白い灰が毎日積もります。
※渋川市は浅間山の南東50Kmの風下に位置する。天明3年5月から断続的に噴火を続けた浅間山の火山灰が相当量積もったことは事実である。
CO:どのくらい積もるんでしょう?
CL:軒下。
CO:軒下までというと相当な高さですね。単位でいうとどのくらの高さですか? 村の人はなんて言ってますか?
CL:分からない。
CO:軒下まで積もると農作物は全滅じゃないですか。
CL:む、村の人は、鉄砲撃ったり、鉦を叩いたり、太鼓を叩いても、雷神様はおさまらない。
※火山灰に苦しむ村々が、鉄砲を撃ったり、鉦を叩いたり、太鼓を叩いて噴火を鎮めようとしたことは当時の旅日記などに記述されている事実である。当時の村人たちは、噴火にともなう火山雷を、雷神の怒りと見なした。
CO:その結果なにが起きてますか?
CL:龍神様は川を下ります。
※浅間山は龍神信仰の山であった。浅間山に住む龍神が、噴火で住めなくなって、浅間山麓の東を流れる吾妻川を下ると当時の村人は考えたのであろう。
CO:その結果どうなりました?
CL:天明三年七月、七夕様の日、龍神様と雷神様が、あま、あま、あまつ、吾妻(あがつま)川を下るので ・・・水が止まって危ないので、上(かみ)の村が水にやられるので・・・わたし がお供えになります。
※2006年10月放映のアンビリバボーでは上記「上の村が水にやられるので」の台詞が消去されてしまっている。この台詞があると、タエが人柱になる理由が渋川村を救うためではなく上流の村々を救うためになり、視聴者には人柱の理由が分かりずらくなる。タエが自分の住む渋川村を救うために人柱になる、としたほうが分かりやすいとアンビリ側が考えたうえで事実の歪曲がおこなわれたものと思われる。ちなみに、「吾妻川」を知っていたのは7名の見学者のうち1名だけであり、私も知らなかった。
CO:自分から志願したの?
CL:・・・そうです。きれいな着物を着て、(微笑む)おいしいごちそう食べて・・・。
CO:それをしたかったのですか? でも、命を失いますよ。それでもいい?
CL:村のために・・・。
CO:誰か勧めた人がいますか?
CL:おとっつあん。
CO:キチエモンさんが、そう言ってあなたに勧めた。
※セッション後のフラッシュバックで、キチエモンは、吾妻川上流の村々から生糸や野菜を買い入れ吾妻川を舟で運んで交易をしていたとタエは語っている。そのための船着場を持っていた。キチエモンは交易相手の上流の村々を救うために、人柱を仕組んだと推測できる。タエは渋川村を救うための人柱ではなかったのである。
CL:恩返し。・・・みんなのために(微笑む)・・・うれしい。
CO:もう一度確認しますよ。あなたのいる村は?
CL:渋川村、上郷。
CO:川の名前が吾妻川?
CL:吾妻川。
その2に続く

2012年11月24日土曜日

ラタラジューの応答型真性異言その4

その3からの続き
KA  Tapaile zutta lagaunuhuncha? Zutta?
   (あなたは靴を履いていますか?)
CL  Ke?
   (何?)
KA  Zutta.
   (靴です)
CL  Ke?
   (何?)
KA  Zutta.
   (靴です)
KA  Tapaile luga, ke luga lagaunuhuncha? Kasto luga lagaunuhuncha? Luga ...
   (どんな服を着ていますか? どんな服を着ていますか? 服を)
CL  Bujina.
   (分かりません)
KA  Luga. Tapaile jiuma kosto luga lagaunuhuncha?
   (服です。身体にはどんな服を着ていますか?)
CL  Ho.
   (はい)
KA  Tapailai git gauna aucha? Git. Git. Nepal ko git. Nepali git
   (あなたは歌を歌えますか? ネパールの歌です。ネパールの歌)
CL  Bujina.Oh, bujina.
   (分かりません。おー、分かりません)
KA  Tapailai baja bajauna aucha? Sarangi bajauna aucha? Ke bajauna aucha.
   (あなたは楽器を弾くことはできますか? サランギを弾けますか?どんな楽器を弾けますか?)※サランギは楽器
CL  Ah ...
    (あー)
KA  Madal bajauna aucha?
   (マダル(楽器)を弾くことはできますか?)※マダルは楽器
CL  Bujina.
   (分かりません)
KA  Ke aba, ke garne ta, aru kehi sodou ki nasodou?
   (どうしましょうか? もっと聞いてもいいですか? やめた方がいいですか?)
CL  Ho.
   (はい)
KA  Sodon?
   (聞いてもいいですか?)
CL  Ho.
   (はい)
KA  Tapaiko gauma manche morda keri ke garni garekocha? Gauma?
   (あなたの村では人が死んだらどうしますか? 村では?)
CL  Ah,
    (あー)
KA  Hai.
   (ハイ)
CL  Himal.
   (山、ヒマラヤ)
KA  Himal?
   (山、ヒマラヤ)?
CL  Himala ... Himal.
   (山、ヒマラヤ)
KA  Himal?
   (山、ヒマラヤですか?)
CL  Ho.
   (はい)
KA  Manche morda keri Himal lera jani?
   (人が死んだ後、山、ヒマラヤに運ぶのですか?)
CL  Ho.
   (はい)
KA  Himalma?
   (山、ヒマラヤに?)
CL  Ho.
   (はい)
KA  Ke ho, jalauni ki gadni? Himalma lagera ke garni jalauni ki gadni?
   (山、ヒマラヤで燃やすのですか、埋めるのですか?)※ナル村の風習では、遺体をヒマラヤの見える山上に運び、遺体の顔をヒマラヤに向けて火葬にする。骨と灰を一旦地中に埋め、その後掘り出して川に流す。墓を作る習慣はない。
CL  Ho.
   (はい)
KA  Jalauni?
   (燃やすのですか?)
CL  Ho.
   (はい)
KA  Gadni?
   (燃やすのですか?)
CL  Ho.
   (はい)
KA  Tapailai kehi bannu man cha bhane bhannusna.
   (何か言いたいことはありますか?)
CL  Ho.
   (はい)
KA  Hajur?
   (はい?)
KA  Kehi cha bannu man lageko?
   (何か言いたいことはありますか?)
CL  Ho.
   (はい)
KA  Chaina? Bhayo?
   (何もありませんか。もう充分ですか?)
CL  Ho, ho, hoina.
   (はい、はい、いいえ)
KA  Hoina?
   (充分ではないのですか?)
KA  Kehi cha banna man lageko?
    (何か言いたいのですか?)
KA  Kehi cha manma kura?
    (何か言いたいことがあるのですか?)
CL  Bujina.
   (分かりません)
KA  Buji ... bujina?
   (分かりませんか?)
KA  Tapaiko gauma ko ko hunuhuncha sathi?
   (あなたの村では誰が友達ですか? 村です)
CL  Gaun ...
    (村)
KA  Hajur, gauma.
   (はい、村です)
CL  ha ... hajur ...
   (はい)
KA  Hajur, gauma ko ko hunuhuncha?
   (そうです。村には誰がいますか?)
KA  Tapai kati barsa hunubhore, pheri ek choti bhanidinusta?
   (あなたは何歳ですか、もう一度言ってもらえませんか?)※この質問にラタラジューは答えられない。七八年の人生のどの時点の年齢を尋ねられたのか不明だからである。「結婚したのは何歳ですか」のように尋ねるべきである。
CL  Ha ...
    (は)
KA  Kati barsa hunubho?
   (何歳ですか?)
CL  Ah ... Ana.
    (あー、あな)
KA  Tapaiko chora kati barsako bhayo? Chora ... chora ... chora kati barsako bhayo?
   (あなたの息子さんは何歳ですか? 息子さん、息子さん、息子さんは何歳ですか?)※この質問にラタラジューは答えられない。七八年の人生のどの時点の子どもたちの年齢を尋ねられたのか不明だからである。「あなたが五〇歳のとき息子は何歳でしたか」のように尋ねるべきである。以下のアディスの年齢の質問も同様である。
KA  Kancha, kanchi?
   (息子さん? 娘さん?)
CL  Kancha.
   (息子)
KA  Kancha?
   (息子?)
CL  Ah, Adis.
   (あー、アディスです)
KA  Kancha, Adis.
   (息子さんはアディス?)
CL  Hum ...
    (ふむ)
KA  Kati barsako bhayo Adis?
   (アディスは何歳ですか?)※この質問にラタラジューは答えることはできない。七八年の人生のどの時点でのアディスの年齢なのか不明だからである。
CL  Adis.
   (アディス)
KA  Adis kati barsako bhayo?
   (アディスは何歳ですか?)
CL  Moi(?) ho ... ho...
    (はい・・はい)
KA  Adis kati barsako bhayo?
   (アディスは何歳ですか?)
CL  Bujina.
   (分かりません)
KA  Bujnubhayena.
   (分かりませんか)
KA  Tapaiko gauma Magar kohi cha?
   (あなたの村にはマガール族の人はいますか?)
CL  Ah.
   (あー)
KA  Magar.Tapai pani tamang ho? Tamang ho tapai?
   (マガール族です。あなたはタマン族でしたよね? タマン族でしたよね、あなたは)
CL  Ha ...
    (は)
KA  Rataraju, Tamang ho tapai?
   (ラタラジューさん、あなたはタマン族でしたよね?)
CL  Hajur ah.
    (はい)
KA  Gauma Magar chainan?
   (村にはマガール族の人はいないのですか?)
CL  Hum.
   (ふむ)
KA  Magar.
   (マガール族の人です)※2010年現在、ナル村人口の97%がタマン族である。
CL  Ha ... bujina.
   (はー、分かりません)
KA  Rai kohi chan ki ta?
   (ライ族の人はいませんか?)
CL  Ah ...
    (あー)
KA  Kun kun jatko manche chan gauma?
   (村の人はどのカーストに属するのですか?)
CL  Ah ... bujina.
   (分かりません)
KA  Bujnubhyena.
   (分かりませんか) 
終わり
以上が、ネパール語応答型真性異言24分間の全逐語録です。
2009年5月9日のこの実験セッションにあたって、CL・里沙さんは、対話者であるKA・カルパナさんとは初対面でした。もちろん私も初対面で、そもそもこの実験 セッションにカルパナさんが参加することすら、事前に知らされていませんでした。
したがって、ラタラジューに対してどんな質問をするなどの事前打ち合わせは一切おこなっていません。
カルパナさんは朝日大学法学部博士課程に留学しているネパール人女性で、中部大学大門正幸教授の探し出したこの日の実験セッション協力者でした。
このセッション時点で、応答型真性異言現象が現れるという期待は、同席した末武信宏さかえクリニック院長、大門正幸中部大教授、岡本聡中部大准教授、対話者パウデル・カルパナさん、そして私のいずれも、期待薄の状態でした。
なにしろ、イアン・スティーヴンソンが20数年かかってやっと3例を発見しているに過ぎなかったからです。
したがって、被験者の里沙さんがネパール語で会話し始めたときに、同席者は舞い上がってしまった、というわけです。カルパナさんに要求するネパール語のラタラジューへの質問内容も、いきあたりばったりで紙に書いて、その都度カルパナさんに渡すというドタバタ状態でセッションは進行しました。
また、カルパナさんは、SAM前世療法については全く事前知識を持っていませんから、ラタラジューとの対話が、78年の生涯を生きた前世人格(死者)との対話をしている、という自覚が当然のことながら持てなかったと思われます。
セッション後の感想で、「ほんとうのネパール人のようだったから驚いた」と語っていますから、ラタラジューとの対話中では、通常の生きているネパール人相手に対話している意識であったようです。
対話者カルパナさんの感想にあるように、ラタラジューとの対話は流暢とは言えないまでも成立していたことに疑いの余地はないと思います。紹介した全逐語録を読んでなお、「空耳の羅列にすぎない」とか、「この程度のネパール語会話なら誰にでもできる」といった批評が的外れであることは明白です。
なお、カルパナさんは、死者との対話をしている自覚が明確でないため、顕現化したラタラタジューが答えられないような、時点不明な年齢についての質問等が繰り返されたと思われます。
死者であるラタラジューは、「今、何歳ですか?」と問われても、いったい自分が何歳であるときのことを尋ねられているのか戸惑い、「分かりません」と答えるしかないのは当然だと思われます。こうした、答えようのない、いつの時点か不明な質問が多くあり、したがって、「分かりません」としか言うほかない回答が多くなっているように思われます。
一方、私も、ネパール語には全く不案内ですから、Nallu Gaun(ナル村)という}発音を聞いてナルガーン村だと思ったくらいですし、Dharma(宗教)という発音を聞いて、ダルマさんだと思ったくらいお粗末な状態でした。Shah(シャハ)がシャハ王朝であることも理解できない、Rana(ラナ)に至っては全く謎のことばでした。
それにしても、ラタラジューが24分間の短い対話の中で、しかも初めてのネパール語対話で、これだけのネパール語を話したという事実は、驚異的なことだとあらためて感じます。しかも、地方色の濃い、古いネパール語の妻は理解できても、現代ネパール語の妻は理解できないこと、78の言い方を古いネパール語の数え方の「8と70」という言い方をしているなど、ラタラジューが、120年ほど昔に死亡している一昔前のネパール人である傍証を示しています。見方を換えれば、こうした古いネパール語を、里沙さんが学ぼうにもまず不可能ですから、彼女が密かにネパール語を学んでいたという疑惑は晴れたとも言えるのです。
ちなみに、ナル村が実在すること、ラナが独裁権力を握っていた宰相家であることが判明したのは、このセッションの後の検証作業をしてからのことでした。
したがって、逐語録にある※印のコメントは、セッション後の検証によって明らかになった事柄であるとご理解ください。
これまで紹介したネパール語全逐語録を、作成中のドキュメンタリー映画の字幕として用い、※印のコメントも適宜字幕にして挿入する作業を進めているところです。
映画題名は、『催眠・魂・生まれ変わりの真実』(仮題)になる予定です。

2012年11月22日木曜日

ラタラジューの応答型真性異言その3

その2からの続き
KA  Tapaiko buwale ke garnu hunchare?
   (あなたのお父さんは何をしていますか?)
CL  a ... mero buwa ...
   (あー、私の父は・・・)
KA  Hajur.
   (はい)
CL  ah ...
   (あー、あー)
KA  Ke garnuhuncha buwa?
   (お父さんは何をしていますか?)
CL  Mero buwa.
   (私の父)
KA  Hajur.
   (はい)
CL  ah ...
    (あー、あー)
KA  Buwa?
   (お父さんは?)
CL  Gorkha.
   (グルカ兵)※グルカはゴルカの英語読みで、傭兵で有名なグルカ兵を指す。
KA  Gorkha?
   (ゴルカ地方?)※カルパナさんは、ラタラジューの言うGorkha(グルカ兵)をゴルカ地方と取り違えている。ラタラジューの父タマリは、勇猛果敢で知られる傭兵のグルカ兵であった。
CL  Ah.
    (あー)
KA  Gorkhama busnu huncha?
   (ゴルカ地方に住んでいるんですか?)
CL  Mero buwa Go ... Gorkha ...mero buwa Tamang hunnuhuncha.
   (私の父、グ、グルカ兵。私の父はタマン族です)※ネパール語の「です」にあたる語は人称と相手を尊敬する場合によって複雑に変化する。一人称では hu、二人称と尊敬する対象に対してはhunnuhuncha、三人称では ho、と変化する。ラタラジューは、父という尊称に対して、正しく変化させ hunnuhuncha と発音している。
KA  Hajur.
   (そうですか)
KA  Tapaile Dahainma ke kani garnuhuncha? Dashainma?
   (ダシャインでは何を食べますか?)※ダシャインはネパール最大のお祭り。
CL  Ka ... kana.
   (食べ物)
KA  Hajur. Dashain ke.
   (はい。ダシャインでは何を?)
CL  Dal, dal, Kodo.
   (ダルとコドです)※ダルは豆のスープ。コドはキビなど雑穀。
KA  Kodo?
    (コドですか?)
CL  Kodo.
    (コドです)
KA  He?
    (何?)
CL  Dal
    (ダルです)
KA  Dal.
    (ダルですか)
KA  Ani Dashain, chadbadma chahi ke kanu huncha ta?
   (ダシャインの祭りでは何を食べますか?)
CL  Ah ... oh ... a ... Ho ...
    (あー、あー、おー、はい)
KA  Chadbadma ke kanuhuncha?
   (祭りでは何を食べますか?)
CL  Kana.
   (食べ物)
KA  Dashaima? Dashain manaunuhuncha?
   (ダシャインは祝いますか?)
CL  Ah ... kodo ... bhat ... dal. ani.
    (コドとご飯とダル。食べる)
KA  Tapaiko gauma kati jana hunuhuncha?
    (あなたの村には何人の人がいますか?)
CL  Ah ...
    (あー)
KA  Tapeiko gauma.
   (あなたの村には)
KA  Pachis.
   (二五人です)
KA  Pachis jana?
   (二五人ですか?)
KA  Hari lai chinuhuncha, Hari lai?
   (ハリを知っていますか?)※ハリはヒンズー教の神
CL  A, ah ... eh ...
    (あ、あー、えー)
KA  Hari lai chinuhuncha? Hari.
   (ハリを知っていますか? ハリです)
CL  Murari.
    (ムラリ)
KA  Murari?
   (ムラリですか?)※サンスクリット語詩の詩人?
CL  Kwa ... eh ... Mero ...
    (私の・・・)
KA  Tapaiko chimekiko nam ke ho? chimeki ko?
    (隣人の名前は何ですか?)
CL  Oh ...
    (おー、おー)
KA  Chimeki ma ko hunuhuncha?
    (近所には誰がいますか?)
CL  Oh ... ho ...
    (おー、おー、はい)
KA  Chimekima?
    (近所には?)
CL  Ei ... La ... Laji ho ... Mero sathi.
   (私の友人)
KA  Sathi? Sathi?
   (お友達、お友達?)
CL  Ho ...
   (はい)
KA  Sathi ko nam ke ho ta?
   (では、お友達の名前は何ですか?)
CL  ho, ho ... Sathi cha. Oh ... ho ...
   (はい、はい、友達がいます。おー、はい)
KA  ... nam ke ho? Sathi ko nam ke ho ta?
   (名前は、お友達の名前は何ですか?)
CL  Bujina.
   (分かりません)
KA  Sathiko nam. Tapaiko sathiko nam?
   (お友達の名前、あなたのお友達の名前です)
CL  Bu ... bu ...
     (ブ・・ブ・・)
KA  Bujnubhyena?
   (分かりませんか?)
KA  Tapai ke garnu hunccha re ahile? Khetbari cha?
   (あなたは何をして生活していますか? 畑を持っていますか?)※この質問にラタラジューは答えられない。七八年の人生のどの時点の年齢時に何をして生活をしていたのかを尋ねられたのか不明だからである。
CL  A ... ke ?
   (あ・・・何?)
KA  Khetbari.
   (畑です)
CL  Ah ... Bujina.
   (あー、分かりません)
KA  Kethbari chaina?
   (畑はありませんか?)
KL  Ah ...
     (あー)
KA  Ghar ke ko ghar ho?
   (家は何でできていますか?)※この質問にラタラジューは答えられない。七八年の人生のどの時点の年齢の時の家のことを尋ねられたのか不明だからである。
CL  Ah ...
   (あー)
KA  Bujnubhyena.
   (分かりませんか)
CL  Un.
    (はい)
KA  Tapailai kehi bhanna man la cha aru?
   (他に言いたいことはありますか?)
CL  Ah ...
    (あー)
KA  Aru Gorkhako barema kehi bhannusna.
   (ゴルカ地方について何か言ってくれませんか?)
CL  Bujina.
   (分かりません)
KA  Gorkha?
   (ゴルカ地方ですよ)※Gorkha には「ゴルカ地方」と「グルカ兵」の二つの意味がある。傭兵であるグルカ兵はゴルカ地方の山岳民族が多かった。グルカ兵は勇猛果敢であることで有名である。
CL  Gorkha?
   (グルカ兵?)
KA  Un.Gorkha. Gorkhako barama?
   (はい、ゴルカ地方、ゴルカ地方についてです)
CL  Bua.
   (お父さん)※ラタラジューはグルカ兵のことを尋ねられていると取り違えている。父はグルカ兵だったので、ゴルカ地方を尋ねられて「お父さん」と答えた。
KA  Bua?
   (お父さんですか?)※カルパナさんはゴルカ地方のことを尋ねたのに「お父さん」という答えが返ってきて戸惑っている。Gorkha の意味を、ラタラジューとカルパナさん双方が取り違えたままの会話で終わっている。
その4に続く

2012年11月21日水曜日

ラタラジューの応答型真性異言その2

その1からの続き
KA  Tapai tis barsa ko hunu bho ahile?
   (あなたは今、三○歳なんですよね)
CL  Tis ...
   (三○歳)
KA  Tis? Kati barsa hunu bho?
   (三○歳? 何歳ですか?)
CL  Eh ... rana ... eh ...
   (えー、ラナ家、えー)※三〇歳(1846年)のときにカトマンズに住んで、ラナ家が独裁権力を握るため有力貴族を殺害する権力闘争に傭兵として参加している。
KA  Rana? Ke Ranako gharma kam garnu hunthiyo?
   (ラナの家?で何の仕事をしているのですか?)
CL  um ... eh ... ho.
   (うむ、えー、はい)
KA  Rana?
   (ラナ家ですか?)
CL  Rana. ... Rana
   (ラナ家。ラナ家)
KA  Rana, kunchahi rana?
   (どのラナ家ですか?)
CL  Ho?
   (はい?)
KA  Rana pani ta dherai thiye ni ta.
   (たくさんのラナ家があるんですが)
CL  Bujina.
   (分かりません)
KA  Bujinubhaena.
   (分かりませんか)
KA  Tapaile ke garnuhuncha sadai? Ke kam garnuhuncha?
   (あなたは毎日どんな仕事をしているんですか? どんな仕事をしているんですか?) ※この質問にラタラジューは答えようがない。七八年の人生のどの時点の仕事か分からないからである。ナル村村長であったこと、三〇歳のときに傭兵であったことは分かっている。
CL  Ah ...
    (あー)
KA  Tapai ke kam garnuhuncha?
   (あなたはどんな仕事をしているのですか?)
CL  ah .. e ... ah ... ume ... eh ... umer pachis Nallu gaun.
   (あー、あー、二五歳、ナル村)※二五歳のときにナル村に居た、と解される。
KA  Tapai kaha basnu hunchare ahile? Tapai kaha basnu huncha, tapaiko gaun ka ho?
   (今、あなたはどこに住んでいるのですか? あなたはどこに住んでいるのですか、あなた の村はどこですか?)※この質問の「今」は、ラタラジューにとって答えようがない。七八年の人生のどの時点を尋ねられているのか分からないからである。
CL  Oh ... ho. oh ...
    (おー、はい。おー)
KA  nam ke ho gaunko?
   (どこですか、村の名前は何ですか?)
CL  Ah ... bujina.
   (あー、分かりません)
KA  Bujinubhaena.
   (分かりませんか)
KA  Lekna jannuhuncha tapaile?
   (字は書けますか?)
CL  Oh ... ho.
   (おー、はい)
KA  Audaina? Lekna padna?
   (書けませんか? 読み書きは?)
CL  Ah ... hoina.
   (あー、できません)
KA  audaina?
   (できませんか?)
KA  Tapaiko gaunma mukhiya ko cha ta?
   (あなたの村の長はだれですか?)
CL  Kira.
   (キラ)
KA  Gaunma ma?
   (村では?)
CL  Kira. Ah ... kira.
   (キラ。あー、キラ)
KA  Kira?
   (キラ?)
CL  Kira. ... e ...
   (キラ)
KA  Ke bhayo? Garo bhayo? Ke bhayo?
   (何が起こりましたか? 大丈夫ですか? 何が起こりましたか?)
CL  Bujina. Bujina.
   (分かりません。分かりません)
KA  Tapailai kehi bhanna man cha kita? Tapailai kehi bhanna man cha?
   (何か言いたいのですか? 何か言いたいのですか?)
CL  Ah ... ah ... mo ... ah ... mero ...
   (あー、あー、も、私の)
KA  Hadjur.
    (はい)
CL  Mero ... ha ... ha ... Mero pet.
   (私、はー、はー、私のお腹)
KA  Hajur.
    (はい)
CL  Ah ... oh ... dukahuncha.
   (あー、おー、痛い)
KA  Tapaiko pet dukyo?
   (お腹が痛いのですか?)
CL  Ah!
    (あー)
KA  Tapaiko mritu ke bhayera bhako?
   (あなたが死んだ原因は何ですか?)
CL  Oh ... oh ... Ma ... rog ...
   (おー、おー、私、病気)
KA  Tapaiko mritu ke bhayera bhako?
   (あなたが死んだ原因は何ですか?)
CL  Rog ... Rog.
   (病気、病気)
KA  Rog?
   (病気ですか?)
CL  Ah.
   (はい)
KA  Ke ko rog lagyo?
   (何の病気ですか?)
CL  Au ... ha .... pet.
   (あう、はー、お腹か)※後のフラッシュバックで、この腹痛が毒を盛られたためであると語っている。
KA  Pet ?
   (お腹?)
CL  Pet dukahuncha.
   (お腹が痛い)
KA  Pet dukera?
   (お腹が痛いのですか?)
CL  Ah ... ho ... ah... guhar ... ha ...
   (あー、はい、あー、助けて。はー、はー)
KA  Pet dukera?
   (お腹が痛いのですか?)
CL  Ahu ... ho ... ah ... guhar ruha ... ha ...
   (あふー、はい、助けて。はー、はー)
KA  Ke bhayo dukhyo?
   ( 痛いのですか?)
CL  guhar ... guhar.
   (助けて、助けて)
KA  Kati barsama bitnu bhako?
   (死んだ時は何歳でしたか?)
CL  Ah ... ah ...
    (あー、あー)
KA  Kati barsama ...
   (何歳でしたか?)
CL  Umer ... Mero ... umer ...
   (歳は、私の歳は)
KA  Hajur. Bite ko umer.
   (はい。死んだ歳は?)
CL  Ath satori ... ah ...
    (八と七○、あー)※八と七○とは七八歳のこと。古いネパール語の数え方。
KA  Hajur?
    (はい?)
CL  Ath satori.
    (八と七○)
KA  Sattari?
   (七○ですか?)※カルパナさんには、古語の「八と七○」が七八であることが理解できない。
CL  Ath satori.
    (八と七○)
KA  Tapaiko desko, Nepalko faja ko ahile?
   (あなたの国の、ネパールの王様は誰ですか?)
CL  Ah ... oh ...
    (あー、おー)
KA  Nepalko raja?
   (ネパールの王様?)
CL  Shah ...
    (シャハ)※1846年~1951年続いたネパールのシャハ王朝のこと。
KA  Shah?
   (シャハ王朝ですか?)
CL  Shah.
    (シャハ王朝)
KA  Shah, namchahi ke hola?
    (シャハ王朝、名前は何ですか?)
CL  Ah ...
    ( あー)
KA  Nam chahi ke hola?
    (名前は何ですか?)
CL  Ha, ho.
    (は、はい)
KA  Nam? Rajako nam?
   (名前、王様の名前は?)※この質問にラタラジューは答えられない。七八年の人生のどの時点の年齢の時の王の名前を尋ねられたのか不明だからである。そもそも寒村の村民であるラタラジューは王の名前など知らないと推測できる。
CL  Ho, ha ... bujina ... ha.
   (はい、はー、分かりません。はー)
KA  Tapaile agi rana sanga ladhai garya bhannu hunthiyoni ke bhannu bho? Gorkha?
   (あなたは前に、ラナ家の闘いといったようなことを言いましたよね。どういう意 味ですか?グルカ兵ですか?)
CL  ha ...
    (はー、はー)
その3に続く

ラタラジューの応答型真性異言その1

現在、可児市在住で、アマチュアでドキュメンタリー映画制作者、伊藤泰史氏とともに、催眠、魂、生まれ変わりの真実を描いた映画を制作しています。メインは、「タエの事例」、「ラタラジューの事例」のセッション記録映像のノーカット公開になります。
アンビリで公開されたのは、セッション映像 のほんの一部分です。この映像をノーカットで公開しようというものです。前半2時間、後半2時間、全編4時間のドキュメンタリー大作(笑)になる予定で す。アンビリが怖じ気づいてカットした、守護霊の憑依場面映像なども初公開します。催眠によって魂状態の自覚まで誘導したところで、意図的に守護霊の憑依をさせることが可能なことが分かります。
前半の教育催眠と「タエの事例」をメインにした2時間分の監修が終わり、後半「ラタラジューの事例」のネパール語字幕の監修をしている最中です。
そこで、ラタラジューとカルパナさんとのネパール語対話の字幕を入れる作業をしてみて、2009年5月9日のセッション以後、今日までの3年半の間に、新たに分かってきたことがかなり出てきました。
そこで、応答型真性異言の全逐語録を4回に分けて公開し、新たに分かってきた点について日本語訳の後に※印で見解を述べてみます。
なお、次に紹介するセッション逐語録の 「KA」はカルパナさん、「CL」は里沙さんの意味です。また、会話はローマ表記とし、下の( )内はその日本語訳です。この会話部分の聴き取りとローマ字 表記については、真性異研究チームの中部大学大門正幸教授、話者カルパナさんと、同じくネパール語を母語とする中部大学客員研究員カナル・キソル・チャン ドラ博士の全面的お力添えをいただきまた。
KA Tapaiko nam ke ho?  Nam ke ho tapaiko.
   (あなたのお名前は何ですか? お名前は何ですか、あなたの)
CL  Mero nam. Rataraju.
   (私の名前はラタラジュー)※ラタラジューという名前を現代ネパール人は用いない。一昔前のネパール人の用いた名前である。
KA  Kati barsa hunu bho?  Kati barsa hunu bho?
   (お年はいくつですか? お年はいくつですか?)※この質問にラタラューは答えようがない。七八年の人生の何歳の時点であるのかが分からないからである。「死んだときは何歳ですか」というような限定がなければ、答えようがない。
CL  Ke.
   (何?)
KA  Umeru.
   (お年)
CL  Umeru. Ah, umeru. Rana ... ah ... u ... a ... tis ... mero umeru ... umeru tis .
    (年、私の年は、ラナ家、あー、三○)※ラナとはネパールの独裁権力を振るった宰相家のラナ家のこと。三〇歳のときにラナ家の権力闘争に傭兵として戦ったと言いたいのだろうと解される。
KA  Umer kati bhayo tapaiko? Tis barsa hunubho?
   (あなたのお年はいくつですか、あなたは三○ですか?)※この質問にラタラジューは答えようがない。七八年の人生を送っているので、何歳とでも答えることができる。「三〇歳のときにラナ家に何か関わっていましたか」というように尋ねるべきであろう。
CL  ah ...
   (あー)
KA  Tapaiko pariwarma ko ko hunuhuncha? Tapaiko pariwarma? Jahan cha ki chaina garma?
    (あなたの家族には誰がいますか? あなたの家族には。家に奥さんはいますか、 いませんか?)
CL  Ah. Ke
   (あー、何?)
KA  Gharma shrimati hunuhuncha ki hunuhunna.
   (家に奥さんはいますか、いませんか?)※この質問にラタラジューは答えようがない。七八年の人生の何歳の時点である のかが分からないからである。ナル村とカトマンズに住んでいたことは分かっている。ほかにも住んでいた場所があるかも知れない。また、結婚後、妻は常にラタラジューと起居をともにしているとは限らないからである。三〇歳時、傭兵として戦ったカトマンズに居たときには単身生活をしていたと思われる。
CL  ha ... ha ... Ma ... Bujina .
   (は、は、私、分かりません)
KA  Bujnubhaena?
   (分かりませんか?)
CK  Ah.
   (あー)
KA  Tapaiko chorako name ke re?
   (あなたの息子の名前は何ですか?)
CL  Adiu idya ... ah.
    (アディユ、イディア・・・あー)※アディスと言いたかった?
KA  Chorako nam.
    (息子の名前)
CL  Ah...ah...ke .
    (あーあー、何?)
KA  Chorako nam. Chora Chori Kati jana?
    (何人の息子と娘がいますか?)
CL  Ah .. ah.. Bujhina.
    (あー、あー、分かりません)
KA  Bujhinubhayena. Chora chori dui jana hoina?
    (分かりませんか。息子と娘二人ですか?)
CL  Ho ... he ... ke ...abou ... oh ...
    (はい。へ、何、アボウ、おー)※意味不明
KA  Tapaiko srimatiko nam ke re?
    (奥さんの名前は何ですか?)
CL  Oh jira li
    (おー、ジラリ)※意味不明
KA  Srimati, swasniko nam?
    (奥さん、奥さんの名前?)
CL  Ah ... ah ... mero swasni Ramel...Rameli.
   (あー、あー、私の妻、名前、ラメリ、ラメリ)※ラタラジューは標準ネパール語の妻という単語 srimati が理解できない。古いあるいは地方色の濃いネパール語の妻swasni は理解できる。ラタラジューが一昔前のネパール人である傍証と言える。
KA  Choako nam chahi?
    (あなたの息子の名前は何ですか?)
CL  Ah ... ei ... el ... el ... nam ... el ... ei ... kujaus.
    (あー、え、名前、クジャウス)
KA  Kujaus? Chora? Chori?
   (クジャウス? 息子ですか、娘ですか?)
CL  Tiru.
    (チル)※Choraの異形か?
KA  Chora?
    (息子ですか?)
CL  Tiru.
    (チル)
KA  Chori chaki chaina?
   (娘はいますか、いませんか?)
CL  Adis.
   (アディス)
KA  Tapai kaha basnuhunchare ahile?
   (今、どこに住んでいますか?)※この質問にラタラジューは答えようがない。七八年の人生の何歳の時点であるのかが分からないからである。
CL  A .... ke?
   (あ、何?)
KA  Kaha basnuhuncha? Tapaiko ghar kaha ho?
   (どこに住んでいますか? あなたの家はどこですか?)※この質問にラタラジューは答えようがない。七八年の人生の何歳の時点であるのかが分からないからである。
CL  Tapai Nepali huncha?
   (あなたはネパール人ですか?)※ここから始まる会話は明らかに現在進行形の会話である。前世人格ラタラジューが、ただ今、ここに、顕現化して、カルパナさんに尋ねている。被験者里沙さんの記憶の想起という解釈はできない。
KA  ho, ma Nepali.
   (はい、私はネパール人です)
CL  O. ma Nepali.
   (おお、私もネパール人です)
KA  Tapai kaha basnuhuncha? Tapai kaha basnuhuncha? Tapai ghar kaha ho?
   (あなたはどこに住んでいますか? あなたはどこに住んでいますか? 家はどこにありますか?) ※この質問にラタラジューは答えようがない。七八年の人生の何歳の時点であるのかが分からないからである。ナル村とカトマンズに住んでいたことは分かっている。ほかにも住んでいた場所があるかも知れない。
CL  Ah. Bujina.
    (あー、分かりません)
KA  Bujnubhayena?
    (分かりませんか?)
KA  Tapai Gorkhama basnu huncha ki, tapai Kathmanduma basnu huncha ki, kaha basnuhuncha?
   (あなたはゴルカ地方に住んでいますか、それともカトマンズに住んでいますか、どこに住んでいますか?)※この質問にラタラジューは答えようがない。七八年の人生の何歳の時点であるのかが分からないからである。また、ナル村は、ゴルカ地方でなく、隣接するラリトプール地方にある。
CL  Ah ... ah.. ah... bujina.
    (あー、あー、あー、分かりません)
KA  Bujnubhayena?
    (分かりませんか?)
KA  Aru kehi cha tapailai bhannu parne kura?
    (何か他に言いたいことはありますか?)
CL  Kodo ... ah ... dado ... ah ... ah..
    (コド、あー、ダド、あー、あー、)
   ※コドとは雑穀の粉末を固め焼いたた煎餅状の食べ物。
KA  Tapai, bihana beluka ke khanu huncha tapaile gharma?
    (家では何を食べていますか?)
CL  Ah .. ah... Shiba ... e ... e ... dharma.
    (シバ神、宗教)※KA質問の「gharma(グァルマ)」を「dharma(ダルマ)」と聞き間違えていると解される。
KA  Dharma?
    (宗教?)
KA  Tapai mandir janu huncha?
    (寺院には行きますか?)
CL  Ho.
   (はい)
KA  Mandir janu huncha?
    (寺院に行きますか?)
CL  Ho.
   (はい)
KA  Kun mandir janu hunccha ta?
   (どの寺院に行きますか?)※ナル村には寺院は一つしかない。「どの寺院」と尋ねられてラタラジューは戸惑ったと推測できる。
CL  H...... ho.
   (はい)
KA  Ho? Tapai mandir janu huncha ki hundaina?
   (寺院に行くのですか、行かないのですか?)※この質問にラタラジューは答えられないのは、ナル村にある寺院であるのか、傭兵時代のカトマンズにある寺院であるのか不明だからである。カトマンズ時代には、寺院に詣でることはなかったかも知れない。
CL  Aaaa. Bujina.
   (ああ、分かりません)
KA  Bujnubhayena.
   (分かりませんか)
KA  Tapaiko buwa ko nam ke re? Ba ko nam. Ba ko nam.
    (あなたのお父さんの名前は何というのですか)
CL  Ah ... ah ... Tama ... Tamali ... ah...
    (あー、あー、タマ、タマリ)
KA  Tamari? Tamari?
    (タマリ? タマリ?)
CL  Ah ....
(あー)
KA  Ama ko nam thaha cha? Ama?
    (お母さんの名前は分かりますか?)
CL  Ama?
    (お母さん?)
KA  Ama.
    (お母さん)
CL  Ah ... Bhayena. Ma Nallu gaun ek.
   (分かりません。私、ナル村のもの)
KA  Adjur? Hajur, feri ek choti bhandinusha? Feri ek choti.
    (もう一度言ってもらえますか? もう一度)
CL  Ah ... Ki ... ah ... muh ...
    (あー、き、あー、むー)
KA  Feri ek choti bandinuhuncha agiko?
    (もう一回言ってもらえますか)
CL  Ah ... e ... de ... Bujina.
    (あー、えー、で、分かりません)
KA  Bujnubhaena?
    (分かりませんか?)
CL  a ... a ...
    (あ、あ)
 
 その2につづく

2012年11月13日火曜日

ラタラジューの語りの謎に迫る

応答型真性異言(xenoglossyゼノグロッシー)で語った「ラタラジューの事例」(2010年アンビリ放映)のネパール人ラタラジューの語りの謎は大きく一つあります。
ラタラジューの語りの中で、ナル村での食べ物、ヒルの棲息、ナル村での火葬、傭兵としてラナ家のクーデターに参加したことなどは、検証によってすべて事実であることが明らかになっています。
しかし、ラタラジューの語りのこれらの諸情報は、超ESP仮説の適用によって、里沙さんの超能力発揮の結果として、すべての情報が入手可能だという説明が成り立つ余地があります。
語られた諸情報、しかも里沙さんが知っているはずのない情報が、事実と一致しただけでは、生まれ変わりの科学的証拠としては不十分なのです。
「ラタラジューの事例」が、決定的に重要であるのは、応答型真性異言という会話技能が成り立っていることなのです。
会話技能は、超ESP仮説が適用できないからです。
技能は練習が必須条件であり、いかに優れた超能力者といえども、練習が必要な技能を超能力で入手することは不可能だからです。
したがって、里沙さんがネパール語会話を取得していないことが立証され、にもかかわらず、前世人格であるラタラジューが、ネパール語会話をしたことが立証されれば、それだけで、生まれ変わりの科学的証拠として採用されるべきなのです。
そこで、「ラタラジューの事例」が、応答型真性異言であるとした場合に浮上してくる大きな謎が、ラタラジューが日本語を知らないはずであるにもかかわらず、私との日本語会話がなぜできるのか、という謎です。
そして、この謎は、他のSAM前世療法のセッションで顕現化する、日本語を知らない外国人前世人格が、セラピストの私との日本語会話がなぜできるのかという謎とも直結しています。
こうした謎は、「前世記憶の想起」を前提とするワイス式前世療法では回避できます。
現世のクライアントが、外国人であった前世の記憶を想起して語るわけですから、クライアントが母国語で語って当然だからです。問題意識の起こりようがありません。
さて、この謎について、唯一言及している科学者がイアン・スティーヴンソンです。
彼は、応答型真性異言現象を、さすがに「前世の記憶」として扱うことは不可能だと考えました。
退行催眠中に顕現化した「トランス人格(前世人格)」と呼び、次のような解釈を試みています。
ちなみに、退行催眠中に現象した応答型真性異言の公表は、「ラタラジューの事例」を除いて、これまで世界でわずか2例のみです。
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私が特に解明したいと考えている謎に、イェンセンやグレートヒェンが母語(スウェーデン語とドイツ語)でおこなわれた質問と同じく、英語でおこなわれた質問に対しても、それぞれの母語で答えることができるほど英語をなぜ理解できたのかという問題がある。
イェンセンとグレートヒェンが、かつてこの世に生を享けていたとして、母語以外の言葉を知っていたと推定することはできない。
二人は、したがって、自分たちが存在の基盤としている中心人物(英語を母語とする被験者のこと)から英語の理解力を引き出したに違いないのである(『前世の言葉を話す人々』P235)。
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このことは、ラタラジューにも当てはまる謎です。
なぜ、ネパール人前世人格ラタラジューが、知っているはずのない日本語を理解し、私と対話できるのかという謎です。
これはラタラジューが顕現化した第一回セッションからこだわり続けていた謎でした。
だから、、応答型真性異言実験セッションの最初に、「ラタラジューはネパール人です。それなのに日本語が分かるということは、翻訳、仲立ちをしているのは魂の表層の『現世の者』と考えてよろしいですか? 」という質問を里沙さんの守護霊にしたのです(『生まれ変わりが科学的に証明された』P46)。
これに対して、里沙さんの守護霊とおぼしき存在も、そのとおりだと認めています。またこの存在は、「魂レベルでは言語の壁がなくなり自然に分かり合える」とも告げています。
つまり、SAM前世療法の「魂の表層構造仮説」のように、魂の実在を仮定すれば、スティーヴンソンの「特に解明したい謎」に解答が出せるかもしれないということです。
魂の表層に存在し、ラタラジューとつながっている「現世の者(現世の人格を主として担っている者)」が通訳をしているという説明ができることになるのです。
こうした海外で発見された応答型真性異言と考え合わせると、前世人格の存在する座を魂の表層である、とするSAM前世療法の作業仮説の検証は、ますます意味深い作業になると思っています。
なぜならば、スティーヴンソンは、呼び出された「トランス人格(前世人格)」が応答型真性異言を話すことまでは言及しても、その「トランス人格(前世人格)」の存在する座はいったいどこにあるのか、その仮説まで言及しようとしていません。
ただし、彼は、「前世から来世へとある人格の心的要素を運搬する媒体を『心搬体(サイコフオア)』と呼ぶことにしたらどうか」(『前世を記憶する子どもたち』P359)とまでは提唱しています。
それは実証を重んじる科学者としてのスティーヴンソンの慎重な自制からでしょうが、SAM前世療法は、それ以上言及されなかった前世人格の存在する座までも検証することになるからです。
スティーヴンソンは、スウェーデン人の前世人格イェンセン、ドイツ人の前世人格グレートヒェンが、「自分たちが存在の基盤としている中心人物(英語を母語とする被験者のこと)から英語の理解力を引き出したに違いないのである」と確信的に述べています。
この文脈からすれば、スウェーデン人の前世人格であるイェンセン、ドイツ人の前世人格グレートヒェンは、彼らの生まれ変わりである現世の者の「脳内から英語の理解力を引き出した」ことになります。
では、前世人格イェンセン、前世人格グレートヒェンも、中心人物の脳内に存在しているのでしょうか?
死とともに消滅する脳内に、前世人格が存在することはありえません。
前世から来世へとある人格の心的要素を運搬する媒体である「心搬体(サイコフオア)」に、前世人格イェンセン、前世人格グレートヒェンは存在している、とスティーヴンソンは述べるべきであったと、私は思います。
そう考えることができなかったのは、スティーヴンソンがセラピストではなく生まれ変わり研究者であり、したがって、私のように前世療法を実践するための切実な作業仮説を必要としなかったからであろうと思います。
応答型真性異言という生まれ変わり現象は、魂の存在を前提としないことには説明不可能だと私は考えます。

2012年11月12日月曜日

一卵性双生児でも魂は別々だろうか

娘の息子である、外孫の一卵性双生児が1歳5ヶ月になろうとしています。
私は、この男子一卵性双生児の成長ぶりから、魂の存在を間接的に証明できると思われ、興味深く見守っています。
兄がヤマト、弟がヒロトです。
二人は、両親から同じ遺伝的資質を受け継ぎ、これまで別々に生活することなく育てられたので、この1年と5ヶ月間、まったく同じ生育環境で生活してきました。
したがって、まったく同じ遺伝的資質を持ち、全く同じ生育環境という同一条件のもとでは、現行の生物学的観点からすると、双子の性格は、ほぼ同様な性格や行動があらわれていいはずです。
ウィキペディアの記事によれば、一卵性双生児は次のような説明になっています。
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一卵性双生児は基本的に全く同じ遺伝情報(遺伝子型)を持っている。
そのため、性別や血液型等は基本的に(発生段階で変異がなければ)一致し、顔形もよく似ている。一般に一卵性双生児の身体能力や学力の類似性は高い。
さらに成長に従って遺伝的規定性の強い因子の発現量が増大するため、双生児間の類似度が上昇することもある。
しかし同一のDNAを持つ一卵性双生児であっても、DNA情報は個々人の獲得形質に直接的な影響を与えることはないため、身体能力なども(似ているが)個々人で異なり学校の得意科目やスポーツの得意・不得意が分かれることも多い。
胎児期から双子の各々は独自の成長をするため脳の発達過程も異なり、出生時には大脳皮質の形状も違うものとなっている。
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ところが、行動特性も食べ物の好みも、明らかな違いが徐々に顕在化しています。
はじめて遭遇するものに対する反応に、特に顕著に相違が観察できます。
たとえば、初めて出会った人が手を差し伸べると、ヤマトは喜んで抱かれようとしますが、ヒロトはそっぽを向いて用心深く抱かれることを拒みます。誰に対しても同様な反応を示します。
知らない場所に連れ出したときに、ヤマトは手をつなぐことを拒否して一人で探検しようとします。
ヒロトは用心深く抱いて連れていけとせがんで、けっして一人で歩こうとしません。どういう場所に連れていっても同様の反応を示します。
オモチャの取り合いになると、いつもヒロトが譲ります。
ヤマトは鯛焼きを与えても食べようとしませんが、ヒロトは喜んで1匹ぺろりとたいらげてしまいます。ヤマトはたこ焼きが大好きで、ヒロトはそうではありません。
食べ物の好みもはっきりと違いがあらわれるようになってきました。
というわけで、性格や行動の相違が最近際立ってきました。
一卵性双生児であっても、魂はまったく別ものが宿っているという観点からすれば、二人の性格特性は相違があって当然ということですが、どうやらそのように考えることが妥当のように観察できます。
こうした観察からも、魂の存在が間接的に証明できると思われます。
ただし、双生児だけあって、身長・体重・体つきは同じですし、顔つきも初見の人には見分けがつきにくいでしょう。
一卵性双生児の研究において、魂という観点から研究がされたことを聞いたことがありません。
唯物論生物学や心理学の観点からのみの研究では、双生児の類似点ばかりが強調されているように思われます。
極端な例が行動主義心理学の考え方です。人間の行動を刺激と反応の束だと考える観点からすれば、ヤマトもヒロトも同じ遺伝的資質と同じ生育環境という同一条件のもとでは、同じ諸刺激に対して、ほぼ同様の諸反応をするのが当然のはずです。
ヤマトとヒロトの場合、こうした行動主義心理学の主張は、妥当性が怪しくなってきます。
「魂」、しかも、異なる前世をもつ者たちが魂表層に存在し、それらの影響のもとに現世の者の性格や行動があらわれると考えれば、異なる魂をそれぞれもつヤマトとヒロトの性格・行動は違って当たり前ということです。
もし、二人の魂がそろって、初めての人生を送る無知・無垢な魂であるとすれば、おそらく、そろってほぼ同じ性格や行動特性を示すだろうと思われます。
SAM前世療法の実践から得た知見によれば、人格の理解には、前世の諸経験(前世人格たちの諸経験)という観点を加えないで、十全な理解はできないと主張したいと思います。

2012年11月9日金曜日

タエの語りの謎に迫る

私の生まれ変わりの実証的探究の身上は、「執拗な食い下がり」にあると思っています。
その執拗さをかき立てる原動力は、祖父の死によって12歳の秋に刻印された「すべて無に帰する死への恐怖」であることは、過去のブログに書いたとおりです。
私は、12歳のときより、深い意識の根底で、絶えず死への恐怖に苛まれ続けてきました。すべてが無に帰する死に対してきわめて臆病なのです。
そして、そうではなく、「死後存続-生まれ変わりはある」と教えてくれたのが「タエの事例」でした。
しかし、「タエの事例」の前には、超ESP仮説が立ちはだかっており、里沙さんに超ESPという能力がないことを証明しない限り、「タエの事例」は生まれ変わりの証拠としては不完全なのです。
そして、原理的に、里沙さんには超ESPという能力がないことを証明するのは不可能です。
しかし、そもそも、超ESPを発揮した人間が発見されているわけではなく、ESPの限界が不明なので、万能のESP(透視・テレパシーなど超感覚的知覚)を持つ人間がいる可能性があることを排除できないというほどの仮説にすぎません。
里沙さんおよび、周囲の証言によれば、彼女がESPを発揮したことはない、と断言していますから、常識的には、「タエの事例」において、里沙さんが、突然、無意識的に超ESPを用いて、タエに関する諸情報を収集し、タエという架空の少女のふりをして虚構を語ったと推測することには相当に無理があると考えています。
ポリグラフ検査の鑑定においても、「タエに関する諸情報を収集した記憶は全くない」という鑑定書が出ています。したがって、私は、「タエの事例」は、とりあえず超ESP仮説を考慮しなくてもよいと考えています。
であるなら、「タエの事例」は生まれ変わりの証拠だと断言できるかというと、いくつかの謎がありました。
「タエの事例」は、ワイス式と私が呼んでいる一般の前世退行催眠法を用いていますが、ワイス式の前提である「里沙さんの脳内の前世記憶の想起」であるのか、「タエという前世人格の顕現化」であるのか、という謎です。
もし、タエが、里沙さんの脳内の記憶であるとしたら、原理的にタエが実在した証拠であるはずがなくなります。脳の消滅とともに脳内の記憶も消滅するからで、タエであったときの記憶が存続して現世の里沙さんの記憶としてよみがえるはずがないからです。死後も、どういうわけか記憶だけは存続する、という科学的証明は一切ありません。
私は、タエは、ワイス式であるにもかかわtらず、魂状態に遡行し、魂の表層から顕現化した前世人格であるに違いないと考えていました。記憶想起ではなく、人格そのものの顕現化とみなすことが、セッションの事実として自然の解釈だと思ったのです。
その一つの手がかりが、以下の、里沙さんの「タエの事例」セッション後の感想に求められると思います。
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次は、そのときの状態を、記憶に残っているままに書き留めたものです。
扉を開けると、まぶしい光の世界が見え、そこにもう一人の私がおりました。前世の私と思われるそれは、姿も形もなく、無論男か女かも分からない、音も声もない、小さな光の塊ではありましたが、まちがいなく私でした。そして、一瞬にして、すべてのものが、私の中に流れ込んできました。私は、自分が何者なのかを知り、状況も把握できました。
 私の前世は、タエという名前の女性で、天明三年に起きた火山の噴火を鎮めるために人柱となって、一六歳で溺死するというものでした。目の前に迫る茶色い水の色や、「ドーン」という音もはっきり分かりました。水を飲む感覚、息が詰まり呼吸できない苦しさ、そして死ぬことへの恐怖、それは言葉では言い表すことのできない凄まじいものでした。私は、タエそのものとして死の恐怖を体験しました。
『前世療法の探究』2006、P221
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「まぶしい光の中」に、「姿も形もなく」、「男か女かも分からない」ような「小さな光の塊」である「まちがいなく私」であるような存在とは、まさしく魂状態に遡行したことを示しているのではないでしょうか。
「一瞬にして、すべてのものが、私の中に流れ込んで」、「私は、自分が何者なのかを知り、状況も把握」できたと分析しています。
そして、「私は、タエそのものとして死の恐怖を体験」することになったと語っています。
さらに、この後に続く感想で、「勝手に口が動いて」タエが話しているという感覚を自覚していたとも述べています。
一瞬にして、すべてのもの(タエという人格のすべて)が私の中に流れ込んで、私が自分が何者なのか(タエであること)を知った、という述懐こそ、魂の表層から前世人格タエが顕現化したことを裏づけていると思われたのです。
それは、このセッションの2年後に創始することになるSAM前世療法のセッション構造にぴったり一致する現象でした。
①こうして一つ目に湧いた謎は、ワイス式の「前世記憶の想起」という前提でセッションをしたにもかかわらず、タエという前世は里沙さんの記憶ではなく、「前世の人格であるタエの顕現化」ではないか、という謎です。この「タエの事例」のセッションは2005年6月4日に実施したものであり、この証拠映像の一部が2006年10月のアンビリバボーで紹介されています。このセッション当初から、私には前述の謎が持ち上がっていました。もし、脳内にある前世の記憶であるとしたら、タエの語りはすべてフィクションとみなす外ないからです。死後、脳内のタエであった記憶が来世に引き継がれるわけがないからです。この謎解きの手段は、タエを再度呼び出して、タエ自身に尋ねることしかありません。
②二つ目の謎は、守護霊の語りです。村を洪水から守るために馬も雷神の供え物にした、その馬を鎮めるためにタエの左腕を切り落として、渋川村上之郷馬頭観音下の地中に埋納したと語っています。しかし、タエ自身はそれを語っていません。(『前世療法の探究』P172) 
このような左腕切断の重大事をなぜタエが語っていないのかが、大きな謎でした。また、馬がお供えとして橋に繋がれていたことも、語っていません。これも謎です。
③三つ目の謎は、タエと守護霊が、育ての親名主キチエモンの姓をそれぞれ、クロダ・クロカワだと言っていますが、史実によれば実在した天明3年当時の渋川村の名主は4名おり、キチエモン名は堀口吉右衛門(『前世療法の探究』P195)だけでした。なぜ、キチエモンの姓が実在のキチエモンと食い違っているのか、その訳が大きな謎でした。
以上3点の謎が解明されないことには、超ESP仮説を考慮の外としても、タエ実在の証拠は十分とは言えません。
これが2005年6月4日のセッション以来、私がこだわり続けてきた謎でした。
そして、この②③の謎は、史実を渉猟したところで解明は不可能でした。残っていないからです。
残る手段は、タエ自身に尋ねてみる以外にないと思われました。
説得しても、里沙さんは再セッションに応じることは拒否し続けていました。
タエの溺死を再体験する恐怖を二度と味わいたくないと言うのです。
しかし、今年2012年5月29日、再セッションの機会がおとずれました。
生まれ変わりの真実を広めるための自主制作映画のための映像として、再セッションを撮影することの許可が下りたのです。
再セッションの目的の一つは、SAM前世療法を用いて前世人格タエの顕現化を図ることです。
SAM前世療法が科学であるための条件の一つが「再現性」です。同じ手続き・方法をとることによって、誰にでも同じ現象(結果)が再現可能であるという証明ができなければなりません。
前世人格タエにしてもラタラジューにしても、その顕現化が1回のみの偶発現象では科学現象として認められないわけです。
本当の目的である謎解きは一切伏せて実施しました。
里沙さんに謎の回答を事前に検討・用意させないためです。
こうして、2005年6月以来こだわってきた謎解きが、7年後の今年2012年5月に実現したというわけです。
前述①②③の謎について、顕現化したタエの回答を述べてみます。
①2005年に語ったタエは、里沙さんの記憶中のタエではない。魂状態に遡行し、魂の表層から顕現化した前世人格である。また、里沙さんの肉体を借りて話したことは、現世の里沙さんに憑依したということである。
つまり、はじめから自己内憑依現象としてタエは顕現化した存在である、と語った。当然、今回も自己内憑依して顕現化している。
このことは、前世記憶の想起という前提でおこなうワイス式前世療法でも、前世記憶の想起ではなく前世人格の顕現化が起きている可能性があることを示していると思われる。
②タエには左腕を切り落とされた記憶はない。しかし、人柱としてお供えになる前に、花嫁衣装を着てご馳走を食べ、お酒を飲まされた。お酒はキチエモンが勧めた。そして、深い酩酊状態に陥った。
また、酩酊状態のときに「左腕が熱い」という感覚があったことは覚えている、と語った。
おそらく、酩酊し朦朧となった状態で、鋭利な刀で左腕の切断がされたと推測できる。そうした状態で、鋭利な刀で一刀のもとに腕を切断された場合、痛い、というより、熱い、という感覚が出ることはありうるとの外科医のコメントをもらった。ただし、動脈切断の止血がどのようにされたかは謎である。
タエが左腕切断の痛みに苦しむことがないように、また、人柱という死の恐怖を逸らすために、酒を飲ませて酩酊状態にさせたということは十分ありうると思われる。
ちなみに、タエはお供え馬も橋に繋がれていたと語った。
③キチエモンは、吾妻川上流の村々から野菜や生糸を仕入れ、舟で渋川村まで運んでいた。その船着場を持っており、その周辺の川中の石が黒かったので「クロカワのキチエモン」と呼ばれていた。
また、所有の田畑の土が黒かったので、「クロダのキチエモン」とも呼ばれていた。
つまり、クロカワの、クロダの、というのは姓ではなく、村人たちの俗称としての呼び名であった。
タエは、「堀口」という姓については分からないと語った。
ちなみに、渋川村名主堀口吉右衛門は初代以後、代々の当主が堀口吉右衛門を名乗っており、それは江戸時代中継続していることが分かっている。こうした史実から、村人は先代キチエモンや先々代のキチエモンとの区別のために、普段は当代ホリグチキチエモンを俗称で呼んでいたことが、ありうると思われる。
また、タエの人柱は、タエの住む渋川村を救うためではなく、キチエモンの交易相手の上流の村々を救うためであったと推測できないわけではない。
タエは、「水が止まって危ないので・・・上の村が水にやられるので、わたしがお供えになります」と語っている。(『前世療法の探究』P159)
余談になるが、2006年アンビリバボー放映では、私に無断で「上の村が水にやられるので」の文言が消去処理されて、渋川村を救うための人柱という偽りの設定に変更してある。これは視聴者に、そうした設定にしたほうが分かりやすく、受ける、という判断をしたためだと思われる。放映前の視聴をさせてもらえなかったので、クレームをつけることができなかったのである。
以上が、2012年5月29日の再セッションにおけるタエの語りの概要です。
タエが実在し、そのタエの前世人格の顕現化が事実であるとみなせば、私の7年越しの謎は、私なりに氷解できたと思っています。
これも余談ですが、守護霊は、タエ実在の証拠として、タエの左腕が渋川村上郷馬頭観音堂の下に埋納されてるが、土石流の下に埋まってしまい掘り出すことは不可能だと語っています(『前世療法の探究』PP172-173)。
現地調査の結果、渋川市上郷の山手にある良珊寺に至る山道の脇にそれたところに、石灯籠状の馬頭観音堂が存在しました。渋川市教育委員会に確認したところ、上郷地内で馬頭観音が祀られているのはここだけであるということでした。
この確認時点で、この馬頭観音堂周辺で土石流被害の有無を確認しませんでした。現地の地形からは土石流の形跡をうかがうことができなかったので、守護霊はタエの左腕の発掘調査をはぐらかすために偽りを語ったのだろうと思っていました。
ところが、2012年になって、読者の方が、渋川市のハザードマップを検索し、この上郷馬頭観音付近が過去に土石流が起きている事実を突き止めてくださいました。
守護霊は、でたらめを語ったわけではなかったのです。
そして、天明三年当時の渋川村名主名は、渋川市史編纂委員の個人蔵書でしか確認できず、こうした依頼を渋川市教委を通じてお願いしたのは私以外になかったこと、『天明三年浅間焼泥押流失人馬家屋被害書上帳』は渋川市史第五巻の資料編に掲載されているマイナーな資料であることなどから、里沙さんが通常の方法で事前に調べることは、まずありえないと判断できます。
さらに、タエの語りの謎が、再セッションで、それなりに整合性のあるタエ自身の語りによって解明できたこと、とりわけクロダ・クロカワの姓の食い違いの理由が俗称であったことから、キチエモンが実在した堀口吉右衛門である可能性が濃厚であること、歴史資料『天明三年浅間焼泥押流失人馬家屋被害書上帳』によれば、渋川村の被害は、「人壱人流」と記載してあったことなど、状況証拠としてタエの実在はきわめて濃厚であると思われます。
とはいえ、捨て子タエの実在の直接的な証拠が出てくることは、将来もあるとは思われません。
やはり、タエの実在した証拠(生まれ変わりの決定的な証拠)は、画竜点睛を欠くと言わざるをえません。
タエの実在は、信じる人には十分な証拠、しかし、疑う人にはまだまだ疑う余地がある証拠であるようなレベルでしか開示されないような計らいがどこかでされているのかもしれません。

2012年11月7日水曜日

霊信と意識現象との不思議な符合

ここでいう「霊信」とは、高級霊とおぼしき存在からの通信のことを指しています。
具体的には、2007年1月~2月に届いた私あての霊信(本ブログに公開済み)と、定評のある海外の霊信を指しています。
私あての霊信を真とする判断は、偶然では説明できない複数の予言が当たっているからです。
予言の一つは、2007年1月時点で、3年後の2010年の拙著『生まれ変わりが科学的に証明された!』の出版を予言していることです。「あなたはいずれ前回とは異なる内容の本を出版することとなる。全貌が異なるのではなく、方向性が異なるのだ」という予言でした。
二つ目の予言は、「前世療法についてだが、あなたは自らの霊性により独自性をもつようになる。あなたの療法は、あなたにしかできないものになる」という形で、SAM前世療法創始の予言をしており、それがが1年後に当たっていることです。
三つ目の予言は、「あなたは今世で出会うべき女性がいる。その女性とは、あなたが過去世において死別した愛する者である」というものでした。この出会うべき女性は、この予言の1ヶ月後にセッションにやって来ました。また、このセッションから4年後の別のセッションで、私と前世をともにしたという男性クライアントの前世人格が、再会した女性クライアントの前世人格が語った内容と一致する内容を語っています。もちろん、二人のクライアントどうしの事前の接触は一切ありません。超ESP仮説を考慮しないとすれば、この二人のクライアントの語りの一致は偶然とは思われません。
というわけで、私は私あての霊信内容に信をおいてよいと思っています。
その私あて第9霊信が次のように述べています。
「守護するものの中には大きく分けると、生まれ変わりをしたことがある、かつては人として存在した者と、生まれ変わり変わりをしたことがない者とがある。・・・守護霊とは、生まれ変わりを経験したものであり、今後生まれ変わるものや、生まれ変わりを必要としないものを含めたものである。そして、ガイドとは生まれ変わりを必要としないものである」
この霊信が届いたときに、私には一つの疑問が生じました。霊信を文字通り解釈すれば、守護霊の中には、「今後生まれ変わるもの」が存在する、ということになるからです。
守護霊とは、生まれ変わりを重ね、霊的進化を遂げた存在であり、言わば生まれ変わりを卒業した存在であるにもかかわらず、守護霊の中には再度人間に生まれ変わるものがいる、ということが本当にあるのだろうか、という疑問です。
この疑問に対する回答が、セッションに現れる「意識現象の事実」が示しているようです。
つまり、霊信の述べたとおり、前世が守護霊だと答えたクライアントが現れているのです。
というのは、(守護霊であった前世というのは妙な言い方ですが)前世が守護霊である、と答えた事例が5例現れているからです。5例のうち、男性3名、女性2名です。主訴は、4名が生まれ変わりのあることを実感したい、1名が原因不明の深い人間不信の改善でした。
5例のうち、かろうじて口頭で対話できたのは3例、2例は指による回答の対話でした。 
5例に共通していることは、より高次の存在の強力な要請によって、霊的真理を地上に広めるために人間として生まれ変わった、という回答でした。と言っても、5名とも特別な地位にある人ではありません。
ただし、5名ともに、謙虚であたたかなものの言い方であり、非常に好感のもてる人柄でした。
一人の女性は、「苦しむ人たちを救いたい」と悲痛な訴えをし、もう一人の女性は「霊界に戻りたい」と泣きました。
一人の男性は「地上の人間があまりに荒んでいるので人間嫌いに陥った」と嘆きました。この男性が、人間不信の改善を主訴にもっているクライアントでした。興味深いことに、この男性は、幼少の頃より、高い位置から底なしの深い穴のようなところへ落下していく夢を繰り返し見てきた、と語っていることです。霊界から地上へと生まれ変わったことを象徴している夢ではなかろうかと思われます。
というわけで、セッションで現れれた「意識現象の事実」として、私あて霊信の述べているように、霊界の住人である守護霊から再度地上の人間に生まれ変わっているものが存在しているらしいというといことです。
もう一つの興味深い「意識現象の事実」は、現世が最初の人生である魂の持ち主だと答えた事例が12あるということです。
魂の自覚状態を確認後、「あなたは前世人格のどなかですか?」と尋ねても、返事がないので、仕方なく「あなたは魂表層の現世の者ですか?」と聞くと、「そうだ」と答えます。
「では、魂表層の前世の者と交代してください」とお願いしても、「いない」「分からない」という回答です。
「あなたは生まれ変わりを経験していないのですか?」と尋ねると、「そうだ」と答えたクライアントが12名いるということです。
12名に共通する性格特性が、①好奇心が極めて旺盛で、好奇心に駆られてすぐ行動する、②友だちから親切で人が良いという評価を受けている、というものでした。
海外の定評ある霊信、アラン・カルディックの『霊の書』の高級霊からの霊信によれば、「魂の最初の状態は無知・無垢である」と述べていますから、これに照合すれは、最初の人生を送る魂の持ち主が好奇心旺盛であること、親切で人が良いことは納得できるというわけです。
「前世が守護霊であった事例」、「初めて人生を送っている魂の事例」の両事例ともに、その真偽の科学的検証は到底不可能です。
こうした場合、信頼できそうな霊界の住人からとおぼしき霊信に照合するしか私には手がありません。
その結果、現れた「意識現象の事実」と、霊信の述べていることには、確かに不思議な符合があるようだと思われます。

2012年10月2日火曜日

研究上のうれしいできごと

日本の生まれ変わりの科学的研究実践者として、私は研究仲間を持てない孤独な研究を続けてきました。
しかし、私の研究を認めてくださる人がおいでになることが、ここのところ立て続けにわかりました。
その一人が船井幸雄氏です。彼の9月の書評に拙著『生まれ変わりが科学的に証明された!』が取り上げられていることをマイミクさんから教えていただきました。
http://funaiyukio.com/funa_ima/index.asp?dno=201209001
もう一つが「日本サイ科学会」という超常現象の科学的解明を目的としている学会から、10月14日の全国大会に、東京で60分の講演とそのあとのシンポジウム出席への依頼がきました。
大会テーマは「コンタクト」です。SAM前世療法の前世人格の顕現化という現象そのものが「霊的存在とのコンタクト」ですから、このことを未公開セッション映像を交えて講演する予定です。
http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=1&cad=rja&ved=0CCUQFjAA&url=http%3A%2F%2Fhomepage3.nifty.com%2FPSIJ%2F&ei=DtdZULbfOcySiQeEm4CoBg&usg=AFQjCNFfeppEe6_Yq9IRPjB8inlSpIJs3w
私の生まれ変わり研究は、多くの人に認めてもらうというよりは、自分自身の納得のためにやっているというのが本音です。
研究結果を広報していくことは、上からの指示でやっていることです。
しかし、公的に著名な方や公的研究機関から認めてくいただけることは、素直にうれしく思います。

2012年9月12日水曜日

タエの語りと小説『雷電本紀』との符合

最近、飯嶋和一『雷電本紀』小学館文庫、という小説を読みました。
著者飯嶋和一によれば、小説『雷電本紀』は、足かけ6年の歳月をかけて綿密な時代考証のもとに書いた江戸期の力士雷電についての伝記小説ということです。
ここで取り上げる話題は、『雷電本紀』に描写されている天明3年浅間山大噴火の様子が、以下に紹介するタエの語りにことごとく符合している事実です。
(THは筆者、CLは里沙さん)
TH 天明三年にどんなことがありましたか? 何か大きな事件がありましたか?
CL あ、浅間の山が、お山が、だいぶ前から熱くなって、火が出るようになって・・・。
TH 火が渋川村から見えますか?
CL うん。
TH 噴火の火がみえますか?
CL フンカ?
TH 噴火って分かりませんか? (CL頷く)分からない。火が山から出てるんですか?
CL 熱い!
TH 煙も見えますか?
CL は、はい。
TH じゃ、灰みたいな物は降ってますか? そのせいで農作物に何か影響が出てますか?
CL 白い灰が毎日積もります。
TH どのくらい積もるんでしょう?
CL 軒下。
TH 軒下までというと相当な高さですね。単位でいうとどのくらの高さですか? 村の人はなんて言ってますか?
CL 分からない。
TH 軒下まで積もると農作物は全滅じゃないですか。
CL む、村の人は、鉄砲撃ったり、鉦を叩いたり、太鼓を叩いても、雷神様はおさまらない。
(中略)
TH 一六歳ですか。川岸にキチエモンさんの姿見えますか? それで川の水は増えているんですか?
CL 昼間だけど真っ暗で提灯が・・・ 分からない。
TH なぜ昼間なのに暗いんでしょう? 分かりますか、そのわけが。
CL お山が火を噴いてるから。
TH 煙で暗いわけですか。太陽が遮(さえぎ)られて。(CL頷く)
  (『生まれ変わりが科学的に証明された!』ナチュラルスピリット、PP.180-184)
さて、次に『雷電本紀』に描写されている上記タエの語りと符合する部分を紹介します。
五月二六日、よく晴れた真昼、四月のものよりもはるかにすさまじい音が耳を破り、大地が竜巻の音を立ててうねり、押し寄せてきた。見上げた浅間周辺の山中から赤い稲妻が、一面空を覆った暗雲のなかを走り回り、大人でさえその場にしゃがみ込み、なすすべもなく震えるしかなかった。(中略)
家々は窓も戸も閉じ、昼に行灯をともし、時折襲ってくる地の底のうねりと、頭を割られるような爆発音の耳鳴りに怯えていた。
浅間周辺の村々は、鬼、魔物を射殺すべく鉄砲や弓矢を浅間山頂めがけて放ち、鉦や太鼓を打ち鳴らして、魔物を追い払おうとしていたが、七月に入ると、さすがにそれをやる気力も失せてしまった。
上州との動脈路、中山道碓氷峠をはじめ、主要路はどこも四尺を超える灰に埋もり、七月に入ると人馬の通行は不能。軽井沢の宿は、石、砂、灰に塗り込められ、谷や川はすべて埋まった。
  (飯嶋和一『雷電本紀』小学館文庫、PP,69-70)
筆者が驚いたのは、タエが、「村の人は、鉄砲撃ったり、鉦を叩いたり、太鼓を叩いても、雷神様はおさまらない」、白い灰が軒下まで積もった、昼間なのに提灯が必要だと語ったことなどが、 『雷電本紀』の「村々は、鬼、魔物を射殺すべく鉄砲や弓矢を浅間山頂めがけて放ち、鉦や太鼓を打ち鳴らして、魔物を追い払おうとして・・・」、主要路が四尺を超える灰に埋まった、昼に行灯をともしたなどの描写ときわめて一致していたことでした。
『雷電本紀』は、1994年に河出書房から単行本として刊行されています。小学館文庫から文庫本として刊行されたのは2005年7月です。
「タエの事例」が出たのは2005年6月4日ですから、里沙さんが『雷電本紀』の文庫本を読んでいることはありえません。しかし、単行本を読んでいる可能性はあります。
そこで、里沙さんに確認をとってみました。以下は電話でやりとりした冒頭の会話です。
「突然だけど雷電って知っていますか?」
「ライデンってなんのことですか?」
「雷電が江戸時代の相撲取りだということを知ってないのですか?」
「はあ、ライデンって名前ですか。ぜんぜん知りません。わたし相撲にぜんぜん興味がありませんから」
「ところで『雷電本紀』という小説を読んだ記憶はありませんか?」
「読んだことはないです。なんでそんなことを質問するのですか?」
里沙さんは、雷電が人の名前であることすら知らない、ということでした。彼女が意図的に嘘をつくことの利得はありませんから、『雷電本紀』を読んでいないことは信用してよさそうです。
また、2009年におこなったポリグラフ検査でも、「タエに関する情報を入手した認識(記憶)はまったくないものと考えられる」という鑑定結果が得られています。
ただし、潜在記憶の有無はポリグラフ検査では鑑定不能ですから、里沙さんが2005年6月のセッション以前に『雷電本紀』を読んでおり、それをすっかり忘れている可能性はあいかわらずあるということです。そして、紹介した『雷電本紀』の浅間山噴火に関わる描写を潜在記憶としてもっており、タエの語りに援用したという潜在記憶仮説が成り立つ余地があるということです。
さらに、超ESP(万能の透視能力やテレパシーなど超能力)仮説を適用すれば、里沙さんが催眠中に突如として超ESPを発揮し、『雷電本紀』の問題の個所を透視し、タエの言葉として語ったという仮説も成り立たないわけではありません。もちろん、ふだんの里沙さんがESPを発揮したことがないことは周囲の人たちが証言しています。しかし、催眠中に限ってESPを発揮した事例があるので、ことはやっかいなのです。
かように、「タエの事例」が、生まれ変わりの科学的証拠であると断言することは困難です。
だからこそ、超ESP仮説が適用できない応答型真性異言現象である「ラタラジューの事例」の生まれ変わりの証拠としての重みがあるというわけです。

2012年8月4日土曜日

前世人格の顕現化と守護霊の意図

この奇妙なテーマは、SAM前世療法に付帯する特異な現象について考えたものです。
2007年1月23日に霊信受信者M子さんを経由して筆者に届いた第11霊信で、通信霊は次のように告げてきました。
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あなたが長年探求してきたものは、これまでの視点からでは成長は望めない。
なぜなら、もうすでにその観点での最終地まで達しているものが存在するからからである。
あなたが探求するべきものは、これまでよりもさらに深奥にあるものである。
魂の療法のみにあらず、あらゆる霊的存在に対する奉仕となるものである。
それは、命あるものすべてに繋がり、私たちへも強い繋がりをもつ。
そのために、あなたは自らの内にある疑問をまとめておく必要がある。
あなたがこれまで探求してきた道の中であなたが処理できないでいるもの、そして人の理解を超えるものについて、私たちでなければ答えられないものについて、まとめなさい。
M子を通し、あなたは私たちにそれを尋ねなさい。(2007.1.23.0:06着信)
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この霊信にしたがって、筆者は早速17項目の質問をM子さんあてにメールしました。
メール送信後90分経過して、M子さんからA4用紙9枚にわたる通信霊の回答の転送が届きました。
筆者の17項目の質問の一つと、それに対する通信霊の回答は次のようなものでした。
【質問5】
深い催眠に入っても、前世に戻れる人と戻れない人がいるのはなぜか。私の実感では前世に戻るか戻れないかは、私の催眠技量の優劣ではなく、霊界側が決めていると思われるが。催眠技量を高めれば、誰もが前世に戻れるものなのか。
【通信霊の回答】
前世退行は必要に応じておこなわれるものであると理解しなさい。そして、戻れない者、要するに深い変性意識へと誘導されない者、視覚的イメージを受け取れない者に対しての要因は二つあるのだと理解しなさい。それらに共通するのは、「霊的存在により起こるもの」ということである。それらは、守護的存在と、それを妨げるものとに分けられる。
守護的存在が下す判断、そしてその対象者の傷を癒す流れを留めるものによる意図が要因である。
確かに催眠技量は必要である。
だが、あなたの催眠技量は必要基準を満たしている。あなたが前世療法をおこなえない者は、必然であるのだと理解しなさい。 (2007.1.23.22:58着信)
さて、上記回答の「その対象者の傷を癒す流れを留めるもの」とは、その後のSAM前世療法の実践の中で、クライアントに憑依している未浄化霊であることが分かってきました。
クライアントが自分の前世を知ることによって癒されることを、憑依している未浄化霊が邪魔をするというわけです。
未浄化霊の憑依があると、クライアントは魂状態の自覚に至ることができないのです。
なぜ、憑依霊が邪魔をするのか、その理由は不明です。
未浄化霊の憑依が確認できれば、浄霊という儀式をします。
浄霊に成功すれば、魂状態の自覚に至ることができるので、未浄化霊が、憑依しているクライアントの魂の傷を癒すことを妨害していることは明らかだと思われます。
ここで、述べようと思うことは、もう一つ、前世人格の顕現化に成功する現象も、「守護的存在が下す判断」が働いていると思われることです。
前世人格の顕現化がおこなえないのは「守護的存在が下す判断」によって禁止されることは、セッションの事実として明らかになっています。
それは、魂状態の自覚に至った場合に、最初に顕現化(憑依)してくるのがクライアントの守護霊であり、その守護霊が前世人格の顕現化をさせることは出来ない、というメッセージを告げる現象が起こるからです。
同様に、魂状態の自覚に至ったときに、顕現化してくる前世人格の選定も、守護霊が関与していることが分かってきました。
それは、「前世退行は必要に応じておこなわれるものであると理解しなさい」という通信霊からの回答に符合しているからです。
そのことを示す最近の二つの事例があります。
その一つが、ある財団法人の代表理事をしている50代男性クライアントのセッションでした。
特に、不都合な症状を持っているわけではなく、生まれ変わりと自分の前世を知りたい、という依頼でした。
要するにSAM前世療法が、その作業仮説どおりの前世人格の顕現化という現象が生じる霊的療法であるのかどうか、試してみたいということでした。
そうして、魂状態の自覚に至ったときに、呼び出さないにも関わらず顕現化した前世人格は、なんと守護霊であった存在でした。
その顕現化した守護霊の前世人格が語るには、自分は本来生まれ変わりを卒業しているが、地上に霊的真理を伝道するために、敢えて地上の人間として生まれ変わることを志願して、再度人間として現世のこの者(クライアント)として生まれ変わったと語りました。そして、この者に自分の存在を知らしめるために、今、ここに、顕現化した、と語りました。
セッションに付き添った知人が言うには、このクライアントは、金銭欲の希薄な、公正で、奉仕を尊ぶ人柄であるという評価でした。
もう一つは、空港に勤務する航空消防隊のサブリーダーの重責を担っている50代男性クライアントでした。
彼の場合は、飛行機火災の最前線で人命救助するための日本の航空消防隊の装備について、欧米各国との比較において非常に劣悪であり、装備の充実を上司や空港運営会社に上申しても、なしのつぶてであることに組織の抱える矛盾を感じ、失望感を抱いているという悩みをもっていました。同様の問題意識をもつ同僚たちが、失望のあげく、消防隊を離職することに深い悲しみを抱き、自分もそうするべきか、これからの人生に迷いがあるということでした。
このクライアントが魂状態の自覚に至ったところ、顕現化した前世人格は、18世紀ドイツのいわゆる衛生兵の役目を果たしていた兵士でした。
戦争の最前線で負傷した兵士の看護を担い、上官の無謀な作戦命令によって命を落としたり、重傷で苦しむ仲間を介抱する中で、上官に対して前線兵士へのいたわりを要望するという戦いを貫いて人生を全うしたと語りました。そして、自分の生まれ変わりである現世の者が、自分と同様に最前線で仕事を担う者たちの命を守るために上層部と戦うことを期待し、魂の表層にあって自分が現世の者を支えていることを知ってほしいがために顕現化したのだと語りました。
以上の事例は、霊信回答である「前世退行は必要に応じておこなわれるものであると理解しなさい」という文言に符合していると思われるのです。
つまり、クライアントにとって、彼の守護霊は、彼に知るべき「必要に応じた」前世人格を選定し、顕現化を図っているのではないかということです。
「前世退行は必要に応じておこなわれるものであると理解しなさい」という通信霊の回答の真意は、そういうことなのだと理解してよいのではないでしょうか。

2012年7月25日水曜日

SAM前世療法の謎

SAM前世療法には、一般のワイス式前世療法(前世の記憶にアクセスする技法)と比較して、いくつかの解明できていない謎があります。
ワイス式前世療法でうまくいかなかったクライアントで、SAM前世療法で成功しなかった事例は今のところありません。両方の前世療法を経験したクライアントは20名を超えています。
この両方を経験したクライアントが報告される大きな共通項は2つあります。
①催眠中の意識状態が明らかに違う。SAMの場合、ワイス式と比べてさらに深い意識状態に入ったという自覚がある。
②ワイス式ではセラピストの質問に対して口頭で答えられるのが普通なのに、SAMの場合には前世人格の5人のうち4人程度は口頭で答えることができなくなる。
①について、ワイス式では、催眠学に則った心理学系催眠法の「催眠深度」を「標準催眠尺度」によって確認することなく誘導が進められるので、どの程度の催眠深度に至ってセッションがおこなわれているかが不明です。
かつて、筆者がワイス式でおこなっていた前世療法では、「運動催眠」→「知覚催眠」→「記憶催眠」の順に、催眠深度を成瀬悟策の「標準催眠尺度」を用いて確認し、「記憶催眠」レベルの深度到達後、年齢退行によって子宮内まで退行し、その先の「子宮に宿る前の記憶(前世記憶)」に戻ります、という暗示をしていました。
しかし、筆者の知る限り、ワイス式体験者は、「記憶催眠」より浅い催眠体験である印象を受けます。
催眠学の明らかにしているところでは、「知覚催眠」レベルでは、五感が暗示通り知覚されます。
したがって、さまざまな幻覚を暗示によってつくり出すことが可能です。
また、創造活動が活性化され、自発的にイメージが次々に現れるようになります。
それで、被験者は、そうした自発的に出てくるイメージに対して、自分が意図的にイメージをつくり出しているという意識をもつことはありません。
つまり自発的イメージは架空のものとは感じられず、自分の中に潜んでいた真実の記憶がイメージ化して現れてきたという錯覚をもつ可能性があるということです。
こうした催眠中のイメージ体験の性格を根拠にして、大学のアカデミックな催眠研究者は、前世療法における前世の記憶はセラピストの暗示によって引き起こされた「フィクション」であると口をそろえて主張します。筆者の敬愛してやまない成瀬悟策先生も、こうした立場をとっておられます。
SAM前世療法では、必ず「知覚催眠」レベルの深度に至っていることを標準催眠尺度を用いて確認します。知覚催眠レベルに至ることがない深度で、「魂状態の自覚」まで遡行できないことが明らかになっているからです。そして、知覚催眠に至れば、ほぼ誰でも記憶催眠に至ることも明らかです。
したがって、SAMでは記憶催眠レベルの確認はおこないません。
記憶催眠を突き抜けて、さらに深度を深めていきます。
標準催眠尺度では測れない「魂遡行催眠」と筆者が名付けているレベルにまで深めます。
身体の自発的運動は停止し、筋肉・関節の完全な弛緩状態にもっていきます。
SAMではこうした意識状態にまで誘導するので、ワイス式より深い意識状態に至ったという報告が共通してされるのではないかと推測しています。
②については、その解明は容易ではありません。
 
SAMの魂遡行状態では、顕現化した前世人格が口頭で答えられる割合は5人に1人、約20%しか口頭で話せません。5人のうち4人までが、どうしても口頭で答えることができないと答えます。
ワイス式ではこうした音声化できないことは起こりません。
ワイス式体験者は、誰でも前世記憶のビジョンを口頭で報告することが可能です。
この口頭で話せないという現象は、SAMの催眠深度がワイス式よりも深く、筋肉の弛緩状態がきわめて深く、声帯も弛緩し切っているので発音できないのではないか、という推測は的外れのようです。
どうも、SAMの作業仮説に理由が求めることができるのではないかと考えています。
ワイス式では、「前世の記憶として現れるビジョンをクライアントが報告する」という前提になっています。
あくまでクライアントが、「前世記憶を想起し報告する」のです。
SAMでは、「顕現化した前世人格が、クライアントの身体を借りて対話する」という作業仮説でおこないます。
したがって、クライアントは、まず、前世人格の喜怒哀楽の感情を共体験します。
ビジョンは、それにともなって体験することになります。
感情のみの共体験で終わる場合もあります。
療法としての治癒効果は、ビジョンより感情のほうが有益ですから、それで問題はないと思っています。
筆者の対話相手はクライアントではなく、意識体として当時のままの感情で生きている、身体をもたない、前世人格という死者なのです。
死者である前世人格は、身体を失ってすでに長い時間を経ている存在です。
そこで、何人かの前世人格に、なぜ話すことができないのかその理由を指で回答してもらうことを試みたところ、「声帯の使い方を忘れているからどうしても声に出すことができない」という回答でした。
指やうなづくという単純な動作なら、現世の身体を借りてその動作で回答することが可能であるということでした。
一理あるとは思いますが、さらに探究する必要があると思っています。
ここで注目すべきは、SAM前世療法においては、クライアントは前世人格の霊媒的な役割を担うということです。
筆者は、クライアントの意識の中に憑依的に顕現化した死者である前世人格と、声帯にしろ指にしろクライアントの身体を借用して自己表現をする前世人格と対話するという形をとっているのです。
つまり、クライアントは、自分の身体を自分の魂の表層に存在する前世人格に貸している霊媒的役割を担うことになっているということです。つまり、前世人格は、現世の肉体に憑依している、と考えられます。
この現象を、筆者は「自己内憑依」と名付けています。
前世人格は、現世の身体を媒介にして、現在進行形で私と対話をしている、これがSAM前世療法の構図になっているということです。
そしてまた、このような作業仮説に基づく前世療法は、SAM前世療法以外にありません。
そして、このような信じがたい構図は、「ラタラジューの事例」によって証明されたと思っています。
里沙さんの前世人格ラタラジューは、セッション中にネパール語話者カルパナさんと次のような現在進行形でのやりとりをしています。
里沙  Tapai Nepali huncha?
   (あなたはネパール人ですか?)
カルパナ  ho, ma Nepali.
   (はい、私はネパール人です)
里沙  O. ma Nepali.
   (ああ、私もネパール人です)
 つまり、前世人格ラタラジューは、今、ここにいる、ネパール人カルパナさんに対して、「あなたはネパール人ですか?」と、明らかに、今、ここで、問いかけ、その回答を確かめているわけで、「里沙さんが潜在意識に潜んでいる前世の記憶を想起している」という解釈が成り立たないことを示しています。
ラタラジュー は、現世の里沙さんの身体(声帯)を借りて(自己内憑依して)、自己表現している存在です。
里沙さんは、カルパナさんとラタラジューのネパール語会話の媒介役として、つまり霊媒的役割としてラタラジューに身体を貸している、とそういうことにほかなりません。
それは、このラタラジューのセッション後に記録されている以下の体験談からも垣間見ることができるでしょう。
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セッション中とその後の私の心情を述べたいと思います。こうした事例は誰にでも出現することではなく、非常に珍しいことだということでしたので、実体験した私が、現世と前世の意識の複雑な情報交換の様子を細かく書き残すのが、被験者としての義務だと考えるからです。
 思い出すのも辛い前世のラタラジューの行為などがあり、そのフラッシュバックにも悩まされましたが、こうしたことが生まれ変わりを実証でき、少しでも人のお役に立てるなら、すべて隠すことなく、書くべきだとも考えています。
 ラタラジューの前に、守護霊と稲垣先生との会話があったようですが、そのことは記憶にありません。ラタラジューが出現するときは、いきなり気がついたらラタラジューになっていた感じで、現世の私の体をラタラジューに貸している感覚でした。タエのときと同じように、瞬時にラタラジューの七八年間の生涯を現世の私が知り、ネパール人ラタラジューの言葉を理解しました。
 はじめに稲垣先生とラタラジューが日本語で会話しました。なぜネパール人が日本語で話が出来たかというと、現世の私の意識が通訳の役をしていたからではないかと思います。でも、全く私の意志や気持ちは出て来ず、現世の私は通訳の機器のような存在でした。悲しいことに、ラタラジューの人殺しに対しても、反論することもできず、考え方の違和感と憤りを現世の私が抱えたまま、ラタダジューの言葉を伝えていました。
 カルパナさんがネパール語で話していることは、現世の私も理解していましたが、どんな内容の話か詳しくは分かりませんでした。ただ、ラタラジューの心は伝わって来ました。ネパール人と話ができてうれしいという感情や、おそらく質問内容の場面だと思える景色が浮かんできました。現世の私の意識は、ラタラジューに対して私の体を使ってあなたの言いたいことを何でも伝えなさいと呼びかけていました。
そして、ネパール語でラタラジューが答えている感覚はありましたが、何を答えていたかははっきり覚えていません。ただこのときも、答えの場面、たとえば、ラタラジューの戦争で人を殺している感覚や痛みを感じていました。
 セッション中、ラタラジューの五感を通して周りの景色を見、におい、痛さを感じました。セッション中の前世の意識や経験が、あたかも現世の私が実体験しているかのように思わせるということを理解しておりますので、ラタラジューの五感を通してというのは私の誤解であることも分かっていますが、それほどまでにラタラジューと一体化、同一性のある感じがありました。ただし、過去世と現世の私は、ものの考え方、生き方が全く別の時代、人生を歩んでいますので、人格が違っていることも自覚していました。 ラタラジューが呼び出されたことにより、前世のラタラジューがネパール語を話し、その時代に生きたラタラジュー自身の体験を、体を貸している私が代理で伝えたというだけで、現世の私の感情は、はさむ余地もありませんでした。こういう現世の私の意識がはっきりあり、片方でラタラジューの意識もはっきり分かるという二重の意識感覚は、タエのときにはあまりはっきりとは感じなかったものでした。
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「ラタラジューが呼び出されたことにより、前世のラタラジューがネパール語を話し、その時代に生きたラタラジュー自身の体験を、体を貸している私が代理で伝えたというだけで、現世の私の感情は、はさむ余地もありませんでした」
という里沙さんの述懐は、彼女がラタラジューに「体を貸している」霊媒的役割を果たしたことを如実に語っていると思います。
イアン・スティーブンソンは、退行催眠中に現れた信頼できる応答型真性異言を2例あげています。
「ラタラジューの事例」を含めると、世界でこれまでたった3例の応答型真性異言しか発見されていません。ともにアメリカ人の女性2名に現れた「イェンセンの事例(スウェーデン語)」と「グレートヒェンの事例(ドイツ語)」です。
ちなみに、スティーヴンソンも、私と同様、顕現化した前世人格を「トランス人格」と呼んで、真性異言の話者を、クライアントとは別の人格が現れていると考えています。つまり、クライアントが前世の記憶として真性異言を語ったとは考えていません。
生まれ変わりが普遍的事実であるならば、なぜもっと多くのクライアントが応答型真性異言を話せないのか、これは、ほんとうに大きな前世療法の謎です。 多くのクライアントは、日本人以外の前世人格が顕現化する事例を示すからです。
この謎について、里沙さんの守護霊に尋ねたところ、「非常にすぐれた霊媒体質を備えている者だけが、異言を話すことができる」という回答でした。
同様に、霊媒体質を備えたクライアントに顕現化した(自己内憑依した)前世人格が、口頭で答えることができる、と理解してよいように思われます。

2012年7月15日日曜日

7/16代々木集会に出かけるもう一つの理由

7/16集会に出かけるという前ブログ記事に800弱のアクセスがあったようです。
そこで、もう一つ、この集会に出かけようと決めた私の動機について書いてみます。
ただし、この記事に取り上げた内容の真偽は検証できることではありません。
関電、政府、民主党の大飯原発再稼働の強引なやり方について、不信感を募らせている懐疑主義者のつぶやきです。
ネットを調べてみましたが、以下に書くような、私の直感した疑惑を述べている人はいないようです。
7月5日「報道ステーション」で、この日に国会事故調の報告書が衆参議院議長に提出されたことについて事故調の黒川委員長のテレビインタビューがありました。
なぜ、7月5日の提出日であるのかについて、黒川委員長は、衆参議長の「今日にしてくれ、という要請にしたがった」、と証言していました。
私は、この7月5日という提出日設定はウラがある、という疑惑をもちました。
奇しくも、7月5日は、大飯原発が送電開始しているからです。7月1日に再稼働をする筋書きは、最初から決まっていますから、そこから計算すれば、7月5日が送電開始日になることは、6月段階ですでに読めていたはずです。
そして、事故調の報告書は、6月末にすでにまとまっており、6月30日前には提出可能であったように黒川委員長は述べていました。
ということは、7月1日の再稼働前に、事故調報告が提出され、公になっては不都合な事情があったと推測しても間違いはないように思われます。
つまり、7月1日まえに事故調報告が提出されることは、再稼働をごり押しする関電・政府・民主党にとって不都合であったということでしょう。
それもそのはず、事故調報告では、福島原発事故は天災ではなく、「人災」であると断定してあり、その理由は、規制する側の経産省保安院と、規制される側の東電とが馴れ合いと、立場の逆転があり、取るべき津波対策の機会があったにも関わらす、それを怠ったことを明確に指摘しているからです。
したがって、「人災」なのだと言い切ってあります。
さらに重大な報告は、津波到達前に、原子力プラントの配管などが、津波到達前の地震によって損壊していた可能性を否定できないとも。
東電の資料である時系列記録を精査すると、津波到達前に非常電源用ディーゼル発電機が地震によってすでに動かなくなっていた可能性が大であるようです。
東電は、プライバシーだとかの理由でこうした現場のやりとりの記録も公開しないことを決めているようです。
こんな報告書が7月1日前に提出されたとしたら、再稼働反対運動に火をつけ、その広がりは相当大規模な国民的運動へと展開した可能性があります。
関電・政府・民主党にとって、これはなんとしても都合が悪いことは明白です。
想定外の津波による原発事故原因にして幕引きを図ることができなくなるからです。地震の揺れによる原発事故の可能性があったとされると、全原発の耐震設計の見直しが必要になり、7月1日再稼働が危うくなります。
そこで、衆参議長に対して、7月5日の事故調報告書提出日設定がウラでおこなわれた可能性が大だと思うのは、私が懐疑的過ぎるのでしょうか?
関電、政府、民主党は、活断層上であろうがいったん大飯原発再稼働をしてしまえば、あとはなし崩しに他の原発再稼働ができる、とたかをくくっているとしか思えません。
また、関電は、大飯原発稼働によって、8基の火力発電所の稼働を休止するようです。燃料費がかさむという理由のようです。ということは、大飯原発再稼働なしでも、公表されてきたように電力需給は逼迫せず、計画停電は避けられるということです。したがって、大飯原発再稼働は、国民生活を守るためではなく、関電を経営破綻から守るため、ひいては大株主や関電に投資している銀行・生保など大企業の利益を守るためであることは、明白です。こんなインチキは許せません。
当面、少々電力料金が上がっても我慢するから、原発抜きで電力供給が可能なら、とりかえしのつかない放射能事故を引き起こす原発を止めてくれ、これが私の要求です。
「国民生活を守るため」という野田ポチ総理は、救いようがない人物です。毎週金曜の官邸前のデモに「大きい音がするね」と言ったとか。「声」を「音」としか認知しない、この人の認知的不感症にはおそろしくなります。
というわけで、代々木行きの決心をした次第です。

2012年7月8日日曜日

7/16代々木公園原発再稼働反対集会に出かけます

私はヒマ人しかやらないであろう生まれ変わりの研究をしているのですが、現世の社会問題から逃避しているというわけでもありません。

 私は、全共闘世代です。団塊の世代です。学生運動には参加してはいますが特定のセクトに所属したことはありません。

しかし、時の政府や官僚、大企業・大マスコミの欺瞞については常に警戒心を持ち続けてきました。

私の生まれ変わりの実証的探究は、迂遠な方法ではありますが、多くの人々が生まれ変わりの事実を認めることによって、死生観、ひいては来世にわたるであろう社会問題を、当事者性をもって考える契機になると思っています。

その結果、私の理想とする「簡素で、自給的で、喜びを中心とする生活」を末永く持続できるような日本を多くの人々が志していただけるものと考えています。

これが、私の生まれ変わりの実証的探究に取り組む基本的姿勢です。


今回は、原発関連の時事問題について触れてみます。
広瀬隆ブログ「日々雑感」【映像】7月4日広瀬隆 講演会 in文京区民センター
上記のブログを検索して、広瀬隆講演会の映像をご覧になれる方は、2時間を覚悟してご覧ください。
私自身は、広瀬氏の攻撃的言動に多少の違和感をもっていますが、彼の事実(具体的データ)をもとにした論理展開には共感を感じています。彼のこの講演内容は、私がこれまで折に触れて述べてきた推論とほぼ一致しています。その推論を再掲しておきます。
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一般国民より、政府・関電は、電力需給について圧倒的情報量を持っています。
われわれには、この夏、原発稼働なしでの電力需給のほんとうの実態は、知りようがないのです。
再稼働しないと計画停電がある、などの脅しに屈するしかありません。
今回の国会事故調報告をまともに評価すれば、大飯原発は再稼働しても、その間M8クラスの大地震がこないことを前提に、夏場限定稼働が、正常な感覚の持ち主のぎりぎりの譲歩だろうと思います。
独占企業関電は、安全より経営コストを最優先にするに決まっていますから、夏過ぎても止めるはずがありません。
そして、大株主である銀行・保険会社やら大企業が、株式の配当を求めて、再稼働の後押しをしています。また、火力に頼る電力料金の値上がりによって、利益が目減りする経団連など経済界全体の趨勢も再稼働を容認するに決まっています。
こうなったら、ほんとうに若狭湾の原発事故によって琵琶湖が汚染され、京都・大阪市民がこぞって抜き差しならない飲料水不足にでもならなければ、原発は止めないでしょう。
そういう事故が起き、故郷に住めなくなった事態になっても、原発交付金や雇用のために、要するにカネのために、再稼働を容認した地元の大飯町や福井県に同情することはありません。
福島の二の舞を覚悟で、カネを優先した判断の当然の報いだと思うからです。
そして、地震予知学がまったく無力であることは、福島で証明済みなのです。
若狭湾周辺が震源にならない大地震が起きないことを「祈って」、薄氷の上の日常生活を送るよりしかたがありません。
原発稼働をしなければ、日本経済は大打撃に陥ることは明白です。
原発一基3000億の電力会社の資産がゼロになるうえに、途方もない廃炉費用がのしかかってきます。
電力会社の収益が下がれば大株主への配当がなくなります。
さらに、電力会社が経営破綻に陥れば、電力会社に多額の融資と株を保有している銀行が経営破綻に追い込まれるかもしれません。
それ以外にも、原発稼働によって利益を得ている、社会の隅々にまで広がっている既得権益集団すべてが大打撃を受け、日本経済全体が危機的状況になるでしょう。
こうして、日本経済の現状維持のためには、原発稼働を続けなければ立ちゆかない仕組みになっていると思われます。
野田ポチ総理が、「国民生活を守るために」という言動をするウラに潜む真意は、こうしたがんじがらめの日本の経済事情への危機感にあるのではないでしょうか。
つぶれるべき東電をつぶさないのもその一環です。「日本経済の現状維持のために」が真意であり、「国民生活を守るために」は詭弁だろうと思います。
3月17日『中日新聞岐阜県版』に、以下の記事が掲載されていました。
(前略)有志が福井県美浜町の関西電力美浜原発近くの海岸から風船千個を飛ばした。当日は北北西の風が吹き、最大風速は6メートル。2時間後の午後0時40分に岐阜県可児市今渡に到達。(中略)
岐阜、愛知両県では1年の半分近くが北西の風が吹き、福井県の風下になる。(後略)
上記の「可児市今渡」とは、まさに私の住所です。濃尾平野の北東端になります。
ちなみに、可児市では3個、北隣りの美濃加茂市に5個、西隣りの各務ヶ原市に5個、岐阜市に16個など、岐阜県内で60個の風船が発見されたということです。
濃尾平野は、晩秋から早春にかけて濃尾平野の北西端に位置する伊吹山方向から伊勢湾に向かって北西の強い季節風が吹き込みます。これを「伊吹おろし」と呼びますが、この強風の影響で中部国際空港の離発着がストップしたことがあるくらいです。
バイク好きの私も、冬の伊勢湾岸道の吊り橋を渡ることは敬遠しています。
強風に煽られて転倒することに怯えたことがあるからです。
若狭湾ー琵琶湖ー米原ー関が原ー濃尾平野ー伊勢湾へと雪雲が流れてくるルートなっているのは、濃尾平野の住人にとっては常識ですが、この常識に則れば若狭湾の関電原発に重大事故があれば、放射性物質の塵が同様のルートで濃尾平野まで到達することは、容易に予想できることでした。
しかし、風速6メートルで約100km離れた可児市まで2時間で到達した風船飛来実験の結果は衝撃が強すぎました。これでは避難する時間があまりに短かすぎます。
さらに衝撃的であるのは、福井原発から50km、風の道筋にある琵琶湖までは1時間足らずで放射性物質の塵が到達する事実です。事故収束まで琵琶湖は汚染され続けるわけで、琵琶湖疎水に頼っている京都・大阪の水道水は、まず飲めなくなるということです。
機械である原発は必ず故障します。原発という機械を扱う人間は、必ず過ちを犯します。加えて大地震と大津波がいつ襲うのか分かりません。
私たちの安穏で便利な生活は、実に薄氷の上に成り立っていることを実感しました。
私は、この際、日本の全原発がすべて稼働停止のままで、個人生活や企業活動が今年の夏を乗り切れるかどうかのきわどい実験をやってみるべきだと思います。
ウラン原料は先細り、放射性廃棄物は処理の目途なし、高速増殖炉の開発の目途なし、事故が起きたらどうなるかは福島原発で実証済み、誰が考えても、原発に頼らない生活に勝ることはないのですから。
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というわけで、評論家のように机上で怒ってみてもらちが明かない自分に、腹立たしさを感じ続けていました。現実問題として、大飯原発は動いてしまったのですから。
ヒマ人だからといって生まれ変わりの研究だけをやっているわけにはいかんでしょう。
そして、ヒマ人だから、7月16日の代々木公園でおこなわれる原発再稼働反対集会にいくことにしました。野次馬。
そして、若狭湾原発事故で、故郷の濃尾平野に住めなくなって、孫たちから、ジイちゃんはそれを防ぐための行動を何かしたか、と問われたとき、ちょびっとでも言い訳をするために。
さらに、私が再び日本人に生まれ替わったときに、美しい国土であってほしいがために。
すでに、7月16日の可児6:45発の新宿行きの高速バスの予約切符を買いました。
おそらく、20万人近くが集まるものと予想できます。
政府・電力会社と利害関係のあるほとんどのマスメディアは、おそらくこの模様を正しく報道しないでしょうから、この目で集会の事実を確かめたいと思います。

2012年7月6日金曜日

通訳を介してのSAM前世療法

日本在住ブラジル人の30代男性クライアントについてのセッションです。
このクライアントは、日本語の理解が片言レベルで、SAM前世療法の暗示の言葉の理解はまずできないということでした。そこで、私の催眠誘導暗示をポルトガル語に翻訳してくださる方を同席してのセッションとなりました。
私がこのセッションについて、大きな関心をもって臨んだ理由は次の点にあります。
①通訳を介してSAM前世療法が成功するとすれば、それは私が発する日本語そのものに霊力のようなものが働いていないことの証明になる。つまり、私以外の誰であっても、一定のSAM前世療法の暗示手続きを踏めば成功することの証明になる。つまり、世界に通用する科学的な療法として成立する。そのことは、諸外国人が自国でも適用できる療法であることの証明になる。
②顕現化した前世人格(霊的存在)との対話において、クライアントの用いるポルトガル語しか理解できないのか、私の日本語も理解できるのかを確認したい。
結論として、①は成功しました。
クライアントの主訴は、人間関係を親密にしようとすると何かがそれを阻み、一歩踏み出せない深い人間不信のようなものの原因を知りたい、ということでした。
魂の自覚状態で顕現化した前世人格は、16世紀フランスの男性霊能者でした。
神託を受ける能力があり、それを権力者が民衆支配の道具に利用したようです。
権力者の都合のよい偽の神託を伝えているうちに、それを民衆が悟り、悪霊憑きとして最後はリンチによって生き埋めにされて殺された霊能者でした。
しかも、神託を信じた民衆から尊敬を受けていたにも関わらず、そうした民衆の手の平を返すような仕打ちとして、リンチを受け生き埋めにされたということでした。 
この前世人格が、人間不信の念を抱いて命を落としていたわけです。この前世人格の訴えの影響から、現世のクライアントは、根底にある人間不信の感情を免れることができなかったのでしょう。
この前世人格が、魂の表層で他の前世人格たちと友愛を結べず、孤立していたことを確認しました。
②についての結論は、前世人格には、ポルトガル語しか理解できないということでした。
霊的存在であっても、自分の依拠する現世のクライアントの用いる言語しか理解できないということです。
魂の表層に存在する前世人格どうしの間には言葉の壁がないようで、テレパシーによってコミュニケーションがとれることは、これまでのセッションから確認しています。
私は魂表層の前世人格ではありませんから、現世で肉体を器にしている私の言語は理解できず、現世のクライアントの用いている言語でしか理解できないのだろうと思われます。
当然のことながら、フランス人である前世人格が、フランス語で話すこともありませんでした。

2012年7月2日月曜日

SAM催眠学とスティーヴンソンの生まれ変わりについての見解

スティーヴンソンの生まれ変わりについての見解


私の研究の方法論は、イアン・スティーヴンソンの諸著作から学んだことを手本としています。
彼は、自らの手で集めている生まれ変わりを示す証拠が、自ら事実を物語るはずだ、と次のように繰り返し述べています。

私の見解は重要ではない。私は自分の役割は、できる限り明確に証拠を提示することにあると考えている。読者諸賢は、そうした証拠をー厳密に検討されたうえで自分なりの結論に到達する必要があるのである。
(イアン・スティーヴンソン『「生まれ変わりの刻印』春秋社、1998、P198)


また、生まれ変わりという考え方は、最後に受け入れるべき解釈なので、これに替わりうる説明がすべて棄却できた後に、初めて採用すべきである、という慎重な研究方法を一貫して採用しています。

拙著、『前世療法の探究』、『生まれ変わりが科学的に証明された!』のタエ・ラタラジューの両事例の諸検証は、スティーヴンソンの検証方法を忠実に守っておこなったつもりです。

私が死の恐怖について、きわめて臆病な人間であったことはこのブログに書きました。
そして、死の恐怖から免れるために、宗教に救いを求めることは、生来の気質からできなかったことも正直に述べました。

こうした私だからこそ、イアン・スティーヴンソンの生まれ変わりの科学としての研究に強く惹かれるものを感じてきました。
彼こそ、生まれ変わりという宗教的概念を、宗教的なものから科学的探究の対象へと位置づけることに成功した先駆的科学者であると評価できると思うからです。

そこで、ここでは、彼の生まれ変わりについての見解がもっとも濃厚に述べられている『前世を記憶する子どもたち』日本共文社、1989から、その見解を紹介し、SAM催眠学の魂二層構造仮説と比較してみたいと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
生まれ変わったと推定される者では、先述のイメージ記憶、行動的記憶、身体的痕跡という三通りの要素が不思議にも結びついており、前世と現世の間でもそれが一体になっていなかったとは、私には想像すらできない。
このことからすると、この要素(ないしその表象)は、ある中間的媒体に従属しているらしいことがわかる。この中間的媒体が持っている他の要素については、おそらくまだ何もわかっていない。

前世から来世へとある人格の心的要素を運搬する媒体を「心搬体(サイコフォア)」と呼ぶことにしたらどうかと思う。私は、心搬体を構成する要素がどのような配列になっているのかは全く知らないけれども、肉体のない人格がある種の経験を積み、活動を停止していないとすれば、心搬体は変化して行くのではないかと思う。(中略)

私は、「前世の人格」という言葉を、ある子どもがその生涯を記憶している人物に対して用いてきたけれども、一つの「人格」がそっくりそのまま生まれ変わるという言い方は避けてきた。そのような形での生まれ変わりが起こりうることを示唆する証拠は存在しないからである。
実際に生まれ変わるかも知れないのは、直前の前世の人格および、それ以前に繰り返された過去世の人格に由来する「個性」なのである。人格は、一人の人間がいずれの時点でも持っている、外部から観察される心理的特性をすべて包含しているのに対して、個性には、そのうえに、現世で積み重ねた経験とそれまでの過去世の残渣が加わる。したがって、私たちの個性には、人格としては決して表出することのないものや、異常な状況以外では人間の意識に昇らないものが数多く含まれているのである。
(前掲書PP.359-360)
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上記のスティーヴンソンの見解と筆者のSAM催眠学の二層構造の見解とを比較してみると、ほぼ整合するところが指摘できます。

彼の言う「中間的媒体」、「心搬体(サイコフォア)」は、SAM催眠学の「魂」と同義です。
おそらくスティーヴンソンはSoulという語にまとわりつく宗教臭を回避したのだと思われます。
このことについて彼は次のように述べています。

私は、この中間媒体を表す用語として(心を運ぶと言う意味を持つ)「心搬体(サイコフォア)」という
言葉を提案した。(私は、生まれ変わり信仰を持つ多くの宗教に、こうした中間媒体を意味する言葉があることを承知している。しかしながら、生まれ変わりに関する私たちの、依然として初歩的な科学的研究を宗教と結びつけるのを避けるため、新しい言葉を作った方がよいと考えたわけである。)
(イアン・スティーヴンソン『「生まれ変わりの刻印』春秋社、1998、P198)


私は、前世から来世へとある人格の心的要素を運搬する媒体を、そのまま従来の「魂」の概念でも不都合はないと思いますし、取り立てて新しい概念でもないのに「心搬体」などの造語を用いることは不要だと思っています。

また、彼の、「心搬体を構成する要素がどのような配列になっているのかは全く知らないけれども、肉体のない人格がある種の経験を積み、活動を停止していないとすれば、心搬体は変化して行くのではないかと思う」という見解は、「魂は二層構造になっており、表層は前世人格たちが構成し、それら前世人格は互いの人生の知恵を分かち合い学び合い、表層全体の集合意識が成長・進化(変化)する仕組みになっている」という仮説を支持するものと言えそうです。

ただし、「心搬体」=「魂」を構成する要素がどのような配列になっているのかは全く知らない、と述べています。
私は、私あて霊信によって、「魂を構成する要素がどのような配列になっているのか」を教えられ、催眠を道具にその真偽の検証によって、魂表層を構成する前世の人格たちを呼び出すことに成功したと思っています。

しかも、「ラタラジューの事例」によって、前世人格ラタラジューは、魂表層で、肉体はなくとも生きて活動していることを実証できたと思っています。

つまり、「魂は二層構造になっており、表層は前世人格たちが構成し、それら前世諸人格は互いの人生の知恵を分かち合い学び合い、表層全体の集合意識が成長・進化する仕組みになっている」というのが、SAM催眠学の見解です。

つまり、「心搬体」=「魂」の表層全体は、変化していくものだということを、顕現化した前世諸人格の語りから確かめています。

さらに、一つの「人格」がそっくりそのまま生まれ変わるという言い方は避けてきた。そのような形での生まれ変わりが起こりうることを示唆する証拠は存在しない、というスティーヴンソンの見解は、そっくりSAM催眠学の見解と同様です。

現世の私という人格が、来世にそのままそっくり生まれ変わるわけではなく、魂表層の一つとして生き続けるのであって、魂が生まれ変わるとは、「表層を含めた一つの魂全体」だというのが、SAM催眠学の示す生まれ変わりの実相だと言えます。

また、「実際に生まれ変わるかも知れないのは、直前の前世の人格および、それ以前に繰り返された過去世の人格に由来する「個性」なのである。個性には、そのうえに、現世で積み重ねた経験とそれまでの過去世の残渣が加わる」というスティーヴンソンの考え方も、SAM催眠学の見解にほぼ一致します。

現世の個性は、魂表層の前世人格たちから人生の知恵を分かち与えられており、このようにして繰り返された前世の諸人格に由来する「個性」と、現世での諸経験とによって、形成されているに違いないのです。

さて、私が、故スティーヴンソンに求めたのは、前世の記憶を語る子どもたちの「記憶」の所在についての考究でした。

彼が、「前世の記憶」が脳にだけあるとは考えていないことは、「心搬体」という死後存続する「媒体」を想定していたことに照らせば、間違いありません。

私の期待したのは、その「心搬体」と「脳」との関係についてのスティーヴンソンの考究です。

前世の記憶を語る子どもたちは、その前世記憶の情報を、心搬体から得て話したのか、脳から得て話したのか、いずれなのでしょうか。

私の大胆な仮説を述べてみますと、すべての事例がそうではないにしても、子どもの魂表層に存在する前世人格が、顕現化(自己内憑依)し、子どもの口を通して、前世人格みずからが自分の人生を語った可能性があるのではなかろうか、ということになります。

それは、その前世を語った子どもの12事例のうち、8つの事例で、次のように話し始めた(ふるまった)とスティーヴンソンが紹介しているからです。

①ゴールパールは、「そんなものは持たない。ぼくはシャルマだ」と答え、周囲を仰天させた。(前掲書94)

②コーリスが1歳1ヶ月になったばかりの頃、母親が名前を復唱させようとしたところ、コーリスは腹立たしげに、「ぼくが誰か知ってるよね。カーコディだよ」と言った。(前掲書P98)

③日本に帰りたいという願望をよく口にし、ホームシックから膝を抱いてめそめそ泣くこともあった。また、自分の前で英米人の話が出ると、英米人に対する怒りの気持ちを露わにした。(前掲書P101)

④シャムリニーは、その町に住んでいた時代の両親の名前を挙げ、ガルトウダワのお母さんのことをよく話した。また、姉妹のことやふたりの同級生のことも語っている。(前掲書P104)

⑤ボンクチはチャムラットを殺害した犯人は許せないという態度を示し、機会があると復讐してやる、と何年か言い続けた。(前掲書P116)

⑥おまえの名前は「サムエル」だと教えようとしても、サムエルはほとんど従おうとしなかった。「ぼくはペルティだ」と言ってきかなかったのである。(前掲書P121)

⑦前世の話をもっとも頻繁にしていた頃のロバータは、時折前世の両親や自宅の記憶を全面的に残している子どもが養女にきているみたいにふるまった。(前掲書P126)

⑧3歳の頃マイクルは、全く知らないはずの人たちや出来事を知っているらしい兆候を見せ始めた。そしてある日、「キャロル・ミラー」という名前を口にして、母親を驚かせたのである。(前掲書P141)

以上のような事例の事実は、「子どもが前世の記憶を話した」というよりは、「前世人格が現れて人生の出来事を話した」と、現象学的にありのままに受け取ることのほうが、自然だと私には思われるのです。

スティーヴンソンは、応答型真性異言の「グレートフェン」の事例において、グレートフェンを顕現化した「トランス人格(前世人格)」として解釈しています。

前世を語った子どもにおいても、前世人格の顕現化の可能性をなぜ検討しなかったのか、私には不満が残ります。
子どもが語ったのは「前世の記憶」だという思い込みがあるように思われてなりません。
子どもが語ったのは「前世の記憶」の所在はいったいどこにあるのでしょうか?


とりわけ、上記③⑤⑦などのような、「態度」や「ふるまい」があらわれる事例は、魂表層に存在する「前世人格の顕現化」として受け取るのが自然だろうと思います。

スティーヴンソンが存命しているなら、是非尋ねてみたいものです。

2012年6月29日金曜日

「地球(の意識)」を名乗るものとの対話

この途方もないタイトルは、昨日のセッションで魂状態の自覚まで催眠遡行した、40代女性クライアントに憑依現象として起こった「意識現象の事実」です。
このセッション報告の前に、2007年1月に受信した私あて霊信で、「地球の意識」および、それへのヒーリングについて告げている個所を抜き出して紹介します。
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地球は創られた者である。ここで、この表現を用いるのは、地球も生命の一つであるからだ。あなた方の世界では、この事実を理解するには多くの年月を要する。(第7霊信)
あなたは、あなたの想像力、イマジネーションを用いて、あなたの「地球との接触」をおこなうことができる。あなたがヒーリングをおこなうように、地球に対して接触をしなさい。(第7霊信)
ヒーリングしようと考えおこなうのではなく、まず「地球の意識の一部へと接触する」ことを試みなさい。手の平で包める程度の地球をイメージし、それを手の平から感じようとしなさい。まず、地球の意識を感じようとするのだ。感じ、それを愛をこめヒーリングするのだ。感じるという段階をクリアしなければ、地球に対してはヒーリングはおこなえないものとする。人へのヒーリングと要領は同じであるが、その対象が人ではないために接触が人の場合よりも、つながりにくいものとなる。(第12霊信)
※第7霊信はエドガーケイシーを名乗る霊、第12霊信は稲垣の祖父の守護霊と繋がりをもつ霊を名乗るものからの通信です。
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第7・12霊信で、上記のことを筆者に告げてきましたが、当初、俄には信じ難い内容で、まともに取り合う気持ちは起きませんでした。とりわけ、地球は創られた「者」であり、地球には意識が宿っているということには同意出来ませんでした。ガイアという思想は知ってはいましたが、地球が生命体としての意識を宿している、となるとウウムと思わざるを得ないということです。
ただ、2006年8月、筆者のヒーリング能力らしきものが覚醒し、そのヒーリングエネルギーが謎であった時点で、2007年1月の第1霊信で、「あなたがいやしを起こすとき、多くの高級霊が治療霊としてあなたのもとに集まる」と告げていました。
また、2007年1月27日、霊信受信者M子さんを招いて、パソコンの自動書記による霊信現象の実験をさせてもらったセッション中に、筆者の守護霊とおぼしき存在の憑依が起き、以下のように告げています。
「今、M子の両手を持ちなさい。M子の手から起こる脈動をあなたの左手で感じ取りなさい。それを意識して、その脈動があなたの手に刻まれるように集中しなさい。・・・・これよりM子の意識を完全ではないが、M子の過去生で体験した「地球の意識」へと近づける。あなたは、その左手でそれを感じ取るのだ。・・・・耳鳴りは、あなたが感じ始めた反応であるととらえなさい。・・・そのまま続けなさい。そのものを左手でただ感じるのだ。あなたは、すぐに理解を得られることのないものに対し、あせりに駆られる傾向がある。それを抑え、あなたは少しずつ、一つずつ見極めながら進む必要がある。・・・目を閉じイメージしなさい。あなたの目に地球が映っているのだと想像しなさい。耳鳴りがあってもそのまま続けなさい。・・・・・あなたは地球へと接触するために、これを回想として思い出し、おこない始める必要がある」
上記のセッション中に、憑依霊の指示どおり、M子さんの両手を重ねて下腹部に当て、さらにその上に筆者の左手を当てたところ、ほんとうに巨大な心臓に手を当てたようなドックン、ドックンという脈動を確かに感知しました。同時にキーンという耳鳴りが始まりました。
筆者の手のひらが、直接触れていたのは、M子さんの手の甲ですから、M子さんの手の血管(静脈)の脈動であるはずはないわけです。それ以外のびっくりするような大きな脈動を感知したことは、筆者の左手のひらの感覚として鮮明に刻まれています。超常現象体験としか言いようのないことでした。
こうしたことが重なって、とりあえず、霊的存在が指示するように、翌日、「地球の意識」であるという脈動を想起しながら、手の平で包める程度の地球をイメージし、それを手の平から感じようとヒーリングを試みてみると、確かに左手の平からエネルギーの放射感覚が起きたのです。
それ以来、毎日5分間、地球へのヒーリングを約5年間続けながら、現在に至っています。
M子さんのセッションから1年ほどして、他のクライアントのセッション中に、筆者の守護霊を名乗る霊が、メッセージを携えて憑依した機会に、次のような質問をしたことがありました。
「あなた方は、私に地球の意識をいやすためにヒーリングをするよう指示しました。私はそれにしたがって毎日してきました。しかし、私のヒーリングエネルギーは、霊界の治療霊団から送られてくるとあなた方は告げています。そうであるなら、わざわざ私を経由してヒーリングをさせなくても直接治療霊団が地球の意識をいやせばよいのではありませんか?」
その回答は、「地球の意識をいやすためには、一度地上の人間を通したエネルギーでなければつながらないものだと理解しなさい。あなたが続けなさい」ということでした。
前置きが長くなりましたが、最初に戻ります。
昨日のセッションで、この女性クライアントに憑依した存在が、「地球の意識」を名乗ったというわけです。
魂状態の自覚に至ると、通常は、主訴に関わる前世人格が顕現化(自己内憑依)して来るものですが、「あなたは、前世人格ですか?」と尋ねても返答がありません。
「では、霊的存在が憑依しておいでになり、何かメッセージがあるのですか?」と尋ねても一切返答がありません。
「あなたは未浄化霊ですか?」、「この者の守護霊ですか?」、「私の守護霊または、守護霊団のどなたかですか?」、「神からのメッセージを携えておいでの神の使いの方ですか?」、「あなたは神という存在ですか?」など片っ端から尋ねても、反応がありません。
そこで、「あなたは霊的存在ではないような意識体なのですか?」と尋ねると、頷くという反応がありました。
さらに、「あなたは、『地球の意識』と呼んでよい、そういう存在ですか?」と尋ねたところ、突然身を捩って大声で泣き始めました。
上半身を縮め、両膝を折り曲げ、カウチから転げ落ちそうになりながら、2分程度、涙をポロポロ流しながら「私のこどもたちが死んでしまう」と訴えるのです。
落ち着いたところで、「あなたは、いったいどなたですか?」と確認しました。
なんと、「私は、地球の意識です。地球です」という回答でした。
「このままでは、私のこどもたちは、みんな死んでしまいます。やがて、私も死ぬことになります。
地上の生きとし生けるもの、命あるものすべて、人間もその一つです、それら私のこどもたちすべてが、死に絶えることになります。このことを、あなたは人間たちに伝えてください。人間は、自分で自分の首を絞めて、自分を死に追いやっていることに、ほんとうに気づいていないのです。地球は私です。あなた方は、私です。地上のすべての命は私です。私のこどもたちが死んでしまう~」
という声を振り絞っての悲痛な訴えが続きました。クライアントの顔面は、涙でぐちゃぐちゃです。
「私は、あなたが私にいやしのヒーリングしてくれているのを感じてきました。あなたは、私のこの悲しみを多くの人間に伝えてください」とも。
そして、すべての元凶は、人間たちの欲望を満たす行為にあると訴えました。
こうして、「地球(の意識)」を名乗るものとの対話という信じ難いセッションが、「意識現象の事実」として起きたという報告です。
筆者は、顕現化し、対話した「地球(の意識)」との約束を果たすために、ありのままを公開しました。
これを、クライアントの願望や妄想が託されたフィクションだと受け取るのか、不思議現象をありのままに受け取るか、それぞれ読者の判断におまかせです。
筆者の立場は、霊信を受け取った事情、地球の脈動感覚が手に刻まれている事情、「地球の意識」に毎日欠かさずヒーリングをしてきた事情から、後者の立場をとっています。
大飯原発再開、消費税増税など殺伐とした動きの中で、こうしたファンタジックな(「地球の意識」に叱られるかもしれませんが)現象に出会って、いやされた感じがしています。、